第十四話「謎の大戦士シャドウ登場」
イドとスピリカは、とりあえずスラムから離れて、小さな家々が並ぶ市街地に舞台を移した。
「この国は何もかも足りません、絶望的なほどに貧しい国なのです」
居並ぶ家の一つ、小さな酒場に入るとスピリカは中央のテーブルを指差した。
「・・・誰もいないな」
酒場には店主を除けば誰もおらず、その店主も痩せた、まるで鶴のような老人だった。
「この店はポローヴェ唯一の酒場です」
客は中々入りませんが、そう続けると、スピリカは椅子を引いて、イドに座るよう促した。
二人がテーブルにつくと、店主は二人に翡翠色の飲み物を出した。
「・・・ディケンズ博士、この国は如何でしょうか?」
「・・・貧しい、あまりにも貧しく、そして飢えている」
先ほどのスピリカではないが、イドはこの世界に来たばかりの、痩せた大地と乾ききった植物を思い出した。
「この国がいつからこうだったかは定かではありません、しかしいつしか土地は痩せ、人心は荒廃し、このような貧困国になってしまったのです」
スピリカは飲み物を口に含んで少しだけ喉を湿らせると、軽く頷き、自分の両手を見た。
「私がウェルスプルで学んだのもこの国を少しでも良くするため、この乾いた大地を復活させるためでした」
「・・・スピリカ女史、貴女はたしか・・・」
もしイドの記憶が正しければ、彼女はこの時点で精霊の力を得ていたはずだ。
「・・・私の精霊たちは純精霊、この痩せた大地では、精霊たちは力を十全には発揮することは出来ませんでした」
精霊、さらに細かく言えば四大元素に対応する四精霊は、純精霊と魔精霊、闇精霊がいる。
エネルギーや要素そのもので、純粋なエネルギーに近い、形なき原始の精霊が純精霊。
人間に近い姿と発想、知識を備えており、純精霊以上の能力を行使するのが魔精霊であり、純精霊と違い、極めて魔物娘に近い生態を持つらしい。
そして三番目、闇精霊は、魔界の瘴気と結合し、魔精霊となっていた精霊たちが、さらに汚染され、魔物娘そのものとなった精霊の姿である。
とにかく、ポローヴェは環境に恵まれているとは言えず、また気候も良いものではないため、純精霊では力を出しにくいのだ。
「私は、色々なことを試しました、いくつもの旅の果て、四精霊を揃え、祖国を少しでも良くしようと」
イドの記憶の中では、魔界自然紀行におけるサプリエート・スピリカはわずかな期間で地理や精霊の知識を極めている。
それだけのことを成すためには、人並み外れた努力と苦労があったはず。
それは間違いなく、祖国であるポローヴェを救い、ただ人のために自分の力を使うためであったはずだ。
『なんじゃ緯度、お主、泣いておるのか?』
妹喜の言葉に、初めてイドは自分の頬を、冷たいものが伝っていることに気付いた。
見ればスピリカは、目を見開いてイドを見つめている。
「泣いて、くれるのですか?、私の、ために・・・」
「・・・すまない」
何やら顔に似合わぬ可愛らしいハンカチでイドは涙を拭うと、翡翠色の飲み物に口をつけた。
「・・・スピリカ女史、私に出来ることがあるならば、何でも言って欲しい、協力させてくれ」
思わず立ち上がると、イドはスピリカの両手を握っていた。
「・・・ディケンズ博士・・・」
「イド、だ、私の名前はイド、これから仲間になるのだから、名前で呼んでくれないだろうか?」
しばらくスピリカは自分の手を包み込むイドのがっしりした両手と、まだ微かに潤ませた両目を代わる代わる見ていたが、すぐさま頷いた。
「はい、よろしくお願いします、イドさん」
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話しはまとまった、だがこの荒れ果てた大地を復活させるためには二人だけの力では、あまりにも脆弱である。
「イドさん、実はポローヴェから少し離れた教団都市に、教皇聖下が来られているのです」
「・・・教皇?」
イドの記憶の中にある知識では、教皇は創世の神である主神を祀る教団の統括者。
全聖職者の頂点に立ち、主神に代わり教団を動かす責任者であるはずだが。
「行幸のためですが、何とか謁見出来ないでしょうか?」
教皇との謁見、あまりにも難易度が高く、現実的ではないことだ。
「(仮に謁見出来たとして、力を貸してくれるだろうか?)」
イドは肩に乗る妹喜に対してヒソヒソと尋ねてみたが、彼女は微かに首を振った。
『(恐らく無理じゃな、主神教団はあちこちで魔物娘との戦いを抱えておる、辺境の国の救助をするとは思いにくい)』
だが、もうそれしか手がないのもまた事実、それに教団に訴えても審議には時間がかかるであろうことは目に見えている。
ならばもう、一か八かで教団の首魁と謁見するしか方法はない。
「・・・わかった、なんとかしよう、それでプランは?」
「・・・教皇聖下はその街の教会の宿舎にいるそうです、ですが日に八度の礼拝を行われています」
最も警備が手薄になるのは夜十二時の夜半課、この時刻は夜勤の兵士のみの警備になり、比較的手薄になるのだという。
さらに言えば夜半課、早課、一時課の三度の祈念は礼拝堂ではなく、宿舎の自室でするのだと言う。
「精霊たちの力を借りて忍び込み、謁見を果たします、イドさんは私が見つかった時のためについてきて下さい」
つまりスピリカに代わって教皇に救助を要請するのだ、重大な任務に、イド静かに頷いた。
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結構は明日、今日は早く休むことにして、イドはスピリカと別れ、彼女が用意してくれたポローヴェの旅籠に入った。
「妹喜、どうだ?」
魔界自然紀行の物語、うまく進行出来ているのかどうか、イドは藁のベッドに寝転びながら妹喜に問いかけた。
『うむ、進んでおるはずじゃ、しかし・・・』
妹喜曰く、魔界自然紀行は本来筋道が立てられた物語ではなく、設定集に近いのだと言う。
さらに言えば、スピリカについても僅かにしか記述がないため、どこまで進めば結末なのか、わかりにくいのだ。
「・・・とにかく、なんとかするしかない、私はイド・ディケンズなのだからな」
ふとイドは、窓の外から殺気を感じて飛び起きた。
「誰だっ!」
瞬間窓の外から手裏剣のように何かが飛来して、先ほどまでイドがいた場所に突き刺さっていた。
『むっ!』
「これは、トランプ、か?」
突き刺さっていたのはシンプルなデザインの一枚のトランプである。
カードには剣菱が一つと、Aの文字、スペードのエースである。
彼が見ている前でトランプは空中を勝手に浮遊し、窓から外に出て行った。
「待てっ!」
すぐさまイドは窓から飛び降りると、浮遊するトランプを追いかけた。
『イド、用心せよ、何やら嫌な予感がする』
妹喜の声に頷きながら、イドはトランプが町外れの荒地に落ちたのを確認した。
「・・・ようこそ、待っていた」
イドの前でいくつものトランプがどこからともなく現れ、またいずこかへ消えていく。
トランプが消えた後、そこには一人の男がいたが、その姿は異質なものだった。
装束は、白い服に白いマント、腰には剣、奇術師じみた姿に、どこか戦士の趣きがある姿だ。
だがその顔は半透明な丸いヘルメットに隠され、外からは血管が浮かんだ禍々しい肌とつり上がった赤い口、さらには邪悪な両眼しか見えない。
「初めまして、緯度、我が名はシャドウ、ゼネラルシャドウ、以後お見知りおきを・・・」
その男、シャドウはそう呟くと、手にしたトランプの束から、カードを一枚引き抜いた。
「ふむ、スペードのエース、実に興味深い」
「シャドウ、とやら、貴様は一体なにものだ?、もしや・・・」
破壊師団、流星のブレードの仲間だろうか?
「破壊師団、流星のブレード?、くくっ、安心しろ、シャドウはそのような連中の仲間ではない」
ならば何者だろうか?、明らかに世界観からかけ離れた姿、間違いなくイド同様異邦人のはずだが。
「シャドウの目的はただ一つ、貴様の力を確かめることだ」
ぴんっ、とシャドウは先ほどのトランプカードをイド目掛けて放り投げた。
「むっ!」
カードは空中で剣に変わると、そのまま地面に突き刺さった。
「さあ、お手合わせ願いたい、貴様の実力を見せてもらおうか」
イドが剣を地面から引き抜くと、シャドウはニンマリと笑い、自分の剣を抜いて、切り掛かった。
「ちっ!」
すぐさまイドは斬撃を弾くものの、あまりに鋭い一撃に、両手が痺れるかのように感じた。
「(こいつ、強い、流星のブレードなど問題にならないほどに・・・)」
「さあさあ、どうした?」
怒涛のごとき連続攻撃をしかけるシャドウに対して、イドは防戦一方。
速度に関してこそシャドウはブレードに一歩譲るかもしれないが、剣術に関しては間違いなくブレードをはるかに超えるだろう。
「ちっ!」
だが、シャドウの動きには意外なことに隙がある。
というのも動きこそ素早いながら、剣戟が大振り過ぎるのだ。
手を抜かれている、そうイドは気付いたが、どうにもならない。
手を抜いていてこれなら、全力で来られた場合、即座にイドは首を斬られてしまうことになるだろう。
「ふむ、悪くない、まあ及第点か・・・」
ある程度剣を交えると、シャドウは大きく飛び上がり、イドと距離を開けた。
「ふっふっふ、緯度、いずれまた出会うことになるだろう、が・・・」
いくつものトランプカードが現れ、シャドウの身体を包み込んでいく。
「『毒殺部隊』が動き出した、精々注意すると良い」
トランプカードが霧散すると、もうそこにはシャドウの姿はなかった。
『何者、じゃろうか?』
「・・・わからん」
その場に大の字で倒れると、イドは大きく息を吸い、呼吸を落ち着けた。
「だが、破壊師団や流星のブレードを知っていた、無関係ではあるまい」
ゼネラルシャドウ、恐ろしい相手だった、目的は何にせよまた戦うことになるだろう、そうイドは感じていた。
16/12/16 17:26更新 / 水無月花鏡
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