読切小説
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集会の結果
 とある街の教会を、月明かりが煌々と照らしている。
その中では数人のヴァルキリー達が深刻な面持ちで話し合いをしていた。

「しかし困ったものですね。我々の仲間達の多くが、こうも簡単に堕落してしまうなんて……」
「まったくです。なんとか対策を考えないと、このまま堕落してしまう者が増える一方でしょう」

 彼女達が話題としているのは『ダークヴァルキリー』の増加についてであった。
 ヴァルキリーが地上に降り立つのは、彼女達を遣わした『神の声』に従い、魔物に対抗できる『勇者』を育てる使命を担っていることが理由だ。
 ところが最近、魔物による妨害工作の結果として、堕落した戦乙女である『ダークヴァルキリー』に変わってしまう者達が急増していたのである。

「聞いた話によれば、魔物たちは卑しくも神の声を騙ることで、我々を堕落へと誘うそうです」
「なんと卑劣な所業でしょうか! やはり魔物というものは悪しき存在なのですね!」
「堕落してしまった仲間達も、もはや許してはおけません! 魔物と一緒に討つ必要があるでしょう!」

 神に仇なす邪悪な魔物達と、その同類へと堕ちた同胞に対して、ヴァルキリー達からは口々に怒りの声が上がる。
 しかし話題が『自分たちがどう堕落から身を守れば良いのか』ということになると、誰もが口をつぐんでしまうのであった。

「ですが我々はどうすれば、本物の神の声と偽の声を区別できるでしょうか?」
「ええ……皆が騙されているのですから、魔物の声はよほど神の声と似ているのでしょう」
「まさか、声が聞こえる度に神の元へ還り、内容が正しいか確認するわけにもいきませんし……」

 どう対策したものかと俯いていたヴァルキリー達であったが、その中から一人のヴァルキリーが、何かを思いついた様子で顔を上げた。

「こういう方法はどうでしょう? 何も神に直接伺いを立てることはないのです。定期的に我々ヴァルキリーが集まり、神からどんな指示が届いているのかを報告し合うことにしましょう」
「なるほど……一人だけでは偽の指示に騙されてしまうかもしれませんが、皆で集まってその内容を判断すれば、不審な指示はすぐに見破ることができる」
「名案ですね。それならば我々が堕落を防ぐこともできますし、堕落の疑いがある者も前もって知ることができますよ」

 話し合いに参加していたヴァルキリー達は全員、仲間の提案に喜んで賛成をした。

「それでは来週からこの教会に集まるようにと、この場にいない仲間たちにも伝えてきます」
「ええ、お願いします。できるだけ大勢の仲間に来るようにと伝えてください。人数が多い方が、集会の効果も高まります」

 ヴァルキリー達は軽やかに舞い上がると、白く輝く羽根を散らし、天窓から次々に飛び去っていく。
 最後に残ったヴァルキリーが一人、窓から覗く月を祈るように見上げていた。
 
「これで、堕落する仲間が一人でも減ってくれると良いのですが……」


 ◇◆◇


 翌週の晩になり、教会の中には多くのヴァルキリー達が集っていた。
 十分な人数が集まったと見えたころで、ヴァルキリー達は一人ずつ、自分が受け取った『神の声』の内容を他の仲間に報告を始めていく。

「私は『勇者と恋人のように振る舞え』という指示が届いたのですが、皆はどんな指示が聞こえましたか? まさか神からこんな指示が下されるなんて、私には思えないのですが……」

 まだ地上に来てから日の浅いヴァルキリーが、少し不安げな表情で仲間の反応を伺った。
 次に、隣に立っていたヴァルキリーが首を傾げつつ、他の仲間達を見回していく。

「私も全く同じ声が届きました。少し変な内容だとは思いましたが、特に勇者に悪い影響もないので従っています。他の皆はどうでしょう」

 すると今度は、既に勇者として名を上げつつある青年を担当しているヴァルキリーが口を開いた。

「その指示なら私も聞きましたね。ですが、その指示通りにしてからは、勇者が目に見えて力を伸ばし始めました。実際に効果があるのですし、皆が聞いているとすれば、これは本物の神の声で間違いないのでしょう」

 その発言をきっかけに、どのヴァルキリー達も口々に、自分の元にも全く同じ内容が届いていたことを話し始めた。
 初めは硬い表情をしていたヴァルキリー達も多かったが、自分の聞いていた声が間違いでないと知ると、ほっとしたように顔を和らげた。

「しかし安心できました。自分がいつの間にか騙されているかもしれないと不安だったのですが、この方法ならその悩みが解消されますね」
「本当ですね。これからも集会は定期的に、欠かさず開くこととしましょう」
「これで我々も、心置きなく勇者の指導に専念することができるようになりますね」

 互いの報告から得た安心感に満足し、ヴァルキリー達は皆、晴れやかな顔で教会を後にしていく。
 しかしその中で一人だけ、未だに納得がいかないといった様子のヴァルキリーが、飛び立とうとする他の仲間達の間を尋ねて回っていた。

「……本当に、あの指示が正しいのでしょうか? 恋人のように振る舞えなど……神がそんなことを仰るなんて、私はまだ信じられないのですが……」
「そう心配することはありませんよ。私も疑問でしたが、皆が同じ声を聞いたのなら大丈夫です」
「きっと勇者達と親しくすることで、より良く彼らを導けるようにとの、神の思し召しなのでしょう。現に効果があるようですし」
「さぁ、そうと分かれば急いで帰らなくては。私の勇者に晩御飯を作ってあげなくてはいけません」

 私は編み物をしてあげましょう。なら私は買い物にでも誘ってみましょうか。
 そう言い残すと仲間たちは空へ舞い上がり、月明かりに向けて飛び去っていった。
 どこか弾んだ声に違和感を覚えつつ、一人残った彼女は少しの間、仲間たちが残した白い羽根を見つめてから、自分も同じように空へと舞い上がっていった。


 ◇◆◇


 それからもヴァルキリー達の集会は定期的に、欠かさず開催された。

 最初の数回はまだ『自分の聞いた声が偽者ではないか』と懸念する者もいたが、次第にそういった心配をする者はほとんどいなくなっていた。
 それというのも、仲間達の報告はほとんど全てが自分と同じ内容か、もし違っていたとしても、後に自分が神から伝えられる内容だったからだ。

「今度は『毎晩勇者と口付けをするように』という声が聞こえるようになりました。皆はどうでしたか?」
「私はそれだけでなく、『寝るときは勇者の身体を抱きしめてあげるように』という指示まで届きましたよ」
「それは本当ですか? 悔しいですね……私はまだ口付けまでしか指示されていません」

 神の声に絶対の信用ができるようになると、今度はヴァルキリー達にとって仲間への報告自体が、ある種の『楽しみ』のようなものに変化していった。
 神から授かった指示は、確実に勇者を逞しく育てていき、自分との絆を強くしてくれる。
 今まで感じたことのない胸のときめき。信頼し、信頼され、愛し、愛されることの喜び。
 それは指示の内容が進めば進むほど、どんどんと大きな感情に膨れ上がっていく。
 神聖な話し合いの場であった教会は、いつしかヴァルキリー達の黄色い歓声で満ちるようになっていた。

「ようやく彼に対して、口でのご奉仕まで指示されるようになりました!」
「甘いですね、私は『彼の愛撫を受け入れろ』という声まで届いたんですよ?」
「それが何だと言うのですっ! 私なんてついに、彼に初めてを捧げることまで許されましたっ!」

 そして知るようになった、女としての快楽。愛と情欲に身を焦がす享楽。
 どのヴァルキリー達も頬を赤く染めながら、自分が育て上げた勇者がいかに良い男であるか、そしてその愛する勇者とどれだけ淫らな行為に及ぶようになったのかを、嬉々として語り合う。

 その中でたった一人、現状を受け入れられないヴァルキリーが声を張り上げ、必死に仲間を説得しようとしていた。

「皆おかしいと思わないのですかっ!? 私たちは勇者を正しく導くのが使命だったではないですかっ! それがこんな、誰もが淫らな行為に耽るようになるなんて……まるで本当の魔物のようではありませんかっ!」

 しかし淫欲に溺れたヴァルキリー達は、彼女の疑問に全く耳を貸すことはなかった。

「良いのです。どれだけ淫らなことに思われようが、これも神の声によるものなのですから。ならばその声に従うのが我々ヴァルキリーにとって当然のことなのです」
「それに私たちはこの声が偽者かどうかを確認するために、こうして定期的に集まっているのではありませんか。皆が同じ声を聞いているのであれば、この声に間違いなんてありえませんよ」

 反論が出来なかった。仲間達の言うとおり、彼女も同じ『神の声』を聞いているのだ。
 
 それが間違いであるはずがない。
 いや……間違いであってはならない。
 もしもこの声が間違いであるとすれば、それが意味することは一つ――

「…………ッ!」

 想像してしまった事実に、彼女の身体は震え上がる。
 青ざめる彼女を見た仲間達はしかし、彼女の恐怖に全く気づくことなく、優しく声をかけてきた。

「大丈夫ですか? 具合が悪いのなら、無理をすることはありませんよ?」
「もしや……最近ずっと様子がおかしいですが、あなたは別の声が聞こえていたりしますか?」
「いえ、そんなことはありませんが……」

 皆と同じ声が聞こえているからこそ、何が正しいのか、何が間違っているのか、それが分からないのだ。
 そんな彼女に追い討ちをかけるように、仲間達の口からは、信じられない言葉が飛び出した。

「何か不安なことがあったら、遠慮なく言ってくださいね。我々は決してあなたを見捨てたりしませんよ」
「たとえ堕落に誘われようとしても……それでもあなたは、我々の仲間なのですから」
「…………ッ!?」

 彼女は再び絶句した。

 魔に冒された者は、もはや仲間ではない。我々にとっての敵である。
 神の眷属であるヴァルキリーにとって、それは非情であったとしても、信ずるべき正義のはずであった。
 しかしどうしたことか……今の仲間達は自分を心底から案じてくれている。
 『敵』になりつつあるかもしれない、自分のことを。

 彼女には分からない。

 間違っているのは、どこまでも心優しい仲間達なのか。
 それとも……その優しささえ薄ら寒く感じてしまう、薄情な自分なのであろうか。
 
 彼女には分からない、

 しかし、この疑問に答えくれる相手は、誰もいない。

 猛烈な孤独感に打ちひしがれながら、仲間達の姿が消え去った後も、彼女は教会の中で一人立ち尽くしていた。


 ◇◆◇


 彼女が勇者の元に戻ってきたのは、既に朝日が昇った頃であった。

「馬鹿野郎っ! こんな時間まで帰ってこないで、いったい何してたんだよっ!?」

 黙ったままの彼女を怒鳴りながら、勇者が急いで駆け寄ってくる。
 どうやら戻ってこない彼女を夜通し探していたらしいことが、その息を切らした様子から見て取れた。

「本当に……俺がどれだけ心配したと思ってるんだよ……!」

 彼女の視線の先で、『彼』は様々な感情を見せる。

 夜が明けるまで帰ってこなかった自分に対する怒り。
 自分の身に何か危険が及んだのではないかという不安。
 自分が無事に帰ってきたことへの安堵。
 そして、全ての根底にある――自分に向けられた、真っ直ぐな愛情。

「ぅ……ぁ……ッ!」

 彼女は弾かれたように彼の胸に飛び込み、嗚咽を漏らし始めた。
 急に抱きついてきた彼女に勇者は驚いていたが、すぐに優しい微笑を浮かべて、彼女をそっと抱き返した。

「お帰り……」
「はい……はい……ッ!」

 これでいいと、彼女は思い始めていた。
 もうどうでもいい。自分が正しかろうが、間違っていようが、どうでもいい。
 そうだ、『彼』だけは自分のことを受け入れてくれる。
 自分が育てた勇者。自分と共に歩む勇者。自分を信じてくれる勇者。自分を愛してくれる勇者。

『――彼に口付けをしてもらえ――』

 また頭の中で何やら声がするが、どうでもいい。
 この声が神のものでも、魔物のものでも、どちらだっていい。
 今まで散々迷っていたが、そんなことはもうどうでもいいのだ。
 自分は彼を愛しているし、彼は自分を愛してくれている。
 その事実がありさえすれば良いのだ。
 彼に慰めてもらうことも、彼に愛されることも、彼と愛を交わすことも――

――全ては『自分が望んでいること』だ――。

「……愛して、います」

 彼を見上げてみると、顔を赤くして驚いている。
 ああ……そう言えば、今まで一度も『愛してる』とは口にしたことがなかった気がする。
 どうして今まで言ってあげなかったんだろうか。
 もっと早く言ってあげれば、彼がこんな愛しい表情も見せてくれるのだと知ることができたのに。

 涙を滲ませた笑顔を浮かべて彼女は口付けをせがみ、彼の身体をベッドへと押し倒す。
 視界の端では、舞い散った羽根が朝日を浴びながら、ゆっくりとその身を黒く染めていた。


 ◇◆◇


 次の集会の日になり、一人のヴァルキリーが堕落したことが全員に伝えられた。

「ついに一人、堕落した仲間が出たそうですよ」
「あの集会に疑問を持っていた彼女が? そうですか、やはり彼女がですか……」
「どうか彼女にも、愛に溢れた幸福が訪れますように……」

 その報せを耳にしても、ヴァルキリー達は動じた様子を見せなかった。
中にはダークヴァルキリーとなった仲間を祝福するように剣を掲げる者たちさえ存在している。

「思ったのですが、もう私たちが集会をする意味はないのでは? 仲間が堕落しないようにと始めた集会ですが、もう私たちは堕落することはないように思われます」

 ふと一人のヴァルキリーが、思い付いたように口を開いた。

「言われてみればそうですね。最近は神からの声もめっきり聞こえなくなりましたし、もう魔物も我々を騙すことを諦めたのでしょう」
「それなら今日が最期の集会でも問題はないですね。実を言えば、最近はここに集まって話をするよりも、彼と繋がっている方が大事な気がしていたんです」

 その言葉にうなずくと、一人、また一人とヴァルキリー達は翼を翻し、愛する勇者の下へと飛び立っていく。
 静寂が戻った教会の中では、舞い散った羽根が月明かりを浴びながら、変わらず白い輝きを放ち続けていた。
17/03/03 00:59更新 / まわりの客

■作者メッセージ
やっぱり自分はネタだけ書いていた方が良いのかもしれませんね。
思いついた内容からかけ離れた駄文になってしまいました。
んで変な表現になってたとこの訂正に加えて、全体的に加筆修正しましたが、今度は冗長になった気もします。駄文は変わらず。

……でも勇者に晩御飯作ってあげるヴァルキリーさんはお気に入り。

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