連載小説
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メイ(その2)・鈴木・白戸さん
「ご主人様ぁ、早く早くこっちだにゃ!」

メイが昇太郎の袖を引く。休日で人通りの多い通り、街行く人達が、こちらを興味深く見ている。中には振り返る人までいる。それもそのはず、某電気街広しといえども、猫耳メイドに手を引かれている客などなかなかいない。

「メイ、そんなに急がなくてもいいだろ!」
「だって、ご主人様が歩くのが遅いのがいけないにゃ!」

メイはなおの事強引に僕を引きずり回す。街は人込みで溢れていた。男性が多かったが、女性もちらほら見かけた。それに外国人も多い。さらには魔物もいたるところにいる。さすがはジパングが世界に誇る街だ。まさに電気製品と萌えの街である。歩いているとよくメイドさんの姿を見かけた。彼女たちは客引きらしい。かわいらしいコスチュームに身に纏い、ビラを配っている。

「ご主人様、ここだにゃ!」

とあるゲームセンターの脇の小道を入ったところにメイド喫茶【キャット・ジョーカー】はあった。一見ただの喫茶店にも見えたが、入り口に掲げられているプレートには「いらっしゃいませ、ご主人様」と丸文字で書かれていた。

「遅かったな、昇太郎。待ちくたびれたぞ」
「鈴木!」

メイド喫茶の前には、黒縁メガネをかけた男子がいた。友達の鈴木である。今日は携帯で待ち合わせをしていたのだ。こいつは一見草食系で、整った顔立ちをしているが、いわゆるオタクである。というか、自他ともに認める根っからの変態である。

「おっとぉ、そこにいる天使は、ま、まさか、メイちゃんではないか?あれぇ、これはどういうことだね、昇太郎君」
「あ、鈴木さん、いつもご来店ありがとうだにゃ!」

どうやら鈴木は毎週のようにこの店に通っているらしい。友人の昇太郎もこれには、ドン引きである。とりあえず昇太郎は経緯を話した。

「な、なんだってぇ、それは許すまじ、昇太郎!貴様、この僕を差し置いて、メイちゃんときゃっきゃ、ウフフな日常を送っているとは!なんて、うらやま…ゲフンゲフン、破廉恥な!僕も混ぜろ、というか、今度家に招待してください!」

鈴木は妄想だけで鼻血を垂らしていた。こいつの妄想力は、半端ない。昇太郎はそう思った。そして昇太郎達は、メイに促されて、店内に入った。

「な、思ったよりも雰囲気出てるなぁ!」
「だろう?ここはこの街でも有数のメイド喫茶だからな。ねーメイちゃん?」
「そうなのにゃん!」

店内は広い喫茶店のようだった。フロアにはテーブルが置かれており、前方には、ステージがあった。客の入りも上々のようで、国籍男女問わず、賑わっていた。そして、メイと同じく、胸元に赤いリボンをつけた、白と黒のフリフリのメイド服を着たメイドさん達が客を接待していた。僕たちが入り口のところでそんな様子を見ていると、近くにいたサハギンの魔物のメイドさんが駆け寄ってきた。彼女の長い髪が揺れる。

「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「おかえりだにゃん、ご主人様!」

メイもそれに合わせてお辞儀した。メイに店の視線が集まる。どうやら本当に人気者らしい。どこからか「メイちゃーん」という掛け声が聞こえた。僕たちは、奥のソファ席に通された。「今日はメイの驕りにゃん、ご主人様と鈴木さん、沢山楽しんでにゃん!」メイがそういうと鈴木がすかさず「今日は、鈴木じゃなくて、お兄ちゃんと呼んでくれたまえ!メイちゃん」と言う。こいつ、ガチだ。と昇太郎は思った。

鈴木が、「トロピカル萌え萌えアイスソーダ@キャット・ジョーカー」を頼む。なんだ、その盛っている名前は、と昇太郎は思ったが、勝手が分からないので、同じものを頼む。すると、先ほどのサハギンのメイドさんが昇太郎達のところまでとてつもなくバランスの悪いアイスソーダを持ってくる。どう考えてもアイスの五段はやりすぎだろう。よく見ると、ポッキーが脇に突き刺さっていた。まるで前衛芸術である。鈴木の隣に座ったサハギンの女の子が口を開いた。

「それじゃあ、魔法の言葉をかけますよ!おいしくなーれ、萌え萌えキュンでえす!」
「ほら、ご主人様とお兄ちゃんも一緒にしてにゃん!」

昇太郎は若干照れくさそうにしていたが、鈴木はさすが玄人だった。手で作るハートの形が綺麗である。「ほら、昇太郎、いいか、こういうのはノリが大事だぞ」説得力のある低音で彼が言った。普段は見せないいい顔である。

「おいしくなーれ、萌え萌えキュン!」
「ねぇ、これでいいかな、白戸ちゅわーん?」

鈴木が馴れ馴れしく隣のサハギンの女の子に声をかける。どうやら彼女は白戸さんというらしい。すると、彼女は彼女の目つきが変わる。鈴木を明らかに見下した顔で言い放つ。

「はぁ?別にあんたに言ってほしくて頼んだんじゃないんだからね。お客だから、仕方なくよ。勘違いしないでよね」
「もぉ、そんな事言わないでよー」

友人として昇太郎は恥ずかしい限りであった。魔物だから実年齢は上だと思うが、見た目年下の女の子にでれでれするとは。白戸さんはそんな鈴木を無視して、僕に向かって丁寧に頭を下げた。

「えっと、昇太郎さんですよね、メイちゃんから、話は時々聞いています。私、白戸結衣と言います。彼女とは同期で、仲よくしてます」
「そうなんだ。いつもメイが迷惑をかけてすまないね」
「いえいえ、そんなそんな。でも、メイちゃん、本当に今日の事、楽しみにしてたみたいですよ」
「結衣ちゃん、余計なこといわないでにゃん!」

メイが顔を真っ赤にする。そういえば、最近構ってなかったからな、と昇太郎は思った。鈴木がトロピカルソーダーを飲みながら言った。

「昇太郎、二人はこの【キャット・ジョーカー】でもナンバーワンとナンバーツーなんだぜ」
「へーそうなのか、メイ、お前が上手くやってるみたいで安心したよ」

確かにこれだけのお店で人気をとっているとなると、なかなか大したモノである。昇太郎は親心にそう思った。「えと、そろそろ、ダンスの時間です。昇太郎さん、メイちゃんのダンスすごいんですよ。しっかり見届けてくださいね」「うへへ、結衣ちゃん、応援してるぜ!」「はぁ?別にあんたに見てほしくて踊るわけじゃないんだからね」白戸さんは鈴木に冷たい。

店内が薄暗くなり、スポットライトがステージを照らす。そこに浮かび上がったのは、メイド姿のメイだった。踵をステージにリズミカルにぶつけ音を出す。いわゆるタップダンスというやつだ。スカートの袖を持って、カツンカツンと、次第にその速度を上げていく。四分音符が、八分音符になり、十六分になる。踵と爪先を使っての妙技。会場は静まりかえった。すると、会場に音楽が流れだす。ステージ全体が明るくなり、十数人のメイドが一斉にタップを踏む。カツカツという音が揃っていて小気味がいい。会場は次第に熱狂に包まれ、彼女たちの奏でる音楽が、会場全体に広がる。彼女たちの体温が、息遣いが、客席を飲み込む。ダイナミックな動き、狂いのないリズム。会場が最高潮に盛り上がったとき、メイド達のステージは終幕を迎えた。



「ご主人様ぁ、今日のステージどうだったにゃん?」
「あぁ、なかなかだったんじゃないか」

鈴木と別れ、二人で電気街を歩く。日は沈みかけているが、明日が休日だということもあり、街の人は来た時よりも多くなっていた。彼女の尻尾が僕の腰に絡みつく。そうだ、今日は、スーパーでマグロでも買ってやるかと昇太郎は思った。
12/04/29 23:02更新 / やまなし
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