連載小説
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その7
 朝っぱらから元気びんびん、性欲が治まらなかった俺は駅で運命の女に出会い、思わず電車で素股しちまったんだ! でもそれは夢みたいな時間で、駅に着いたらきれいさっぱり痕跡がなくなっていた! ガチ凹みする俺になんと夢でみたのと似た女性が寄ってきて、そのまま朝食までお誘いできちまった! これはもう付き合うしかねえなと思っていたら彼女は子持ちだという! なんてこったい!

「アホみたいだ」

 今日の回想をひと息に記してみて、感想はそれだった。酒をかっ食らってネジを3本くらい飛ばした作家でももう少しマシなプロットを書く気がする。

「客観的に捉えようとするからよ。事実は小説より奇なりって言うじゃない? 自分の感じたままを受け入れる方が楽だと思うけれど」

 目の前の女性、カオルの母親だと名乗る女が、フレンチトーストをパクパク放り込みながら言う。言ってることは尤もだけど、元凶のセリフじゃないと思うなぁ。

「朝から分からないことばかりで頭が痛くなってきた。これ以上混乱させるようなことを言わないでくれ」
「ふーん。人間ってやっぱり脆弱なのねぇ。この程度で音を上げるなんて」
「……なんか、口悪くなってないか?」

 ついでに口調も変わっている気がする。外見的にはこっちの方が似合っているけれど。

「こっちが素だもの。旦那様の前では素直になるって決めてたから」

 パチン☆とウィンクを贈ってくる。くそう、可愛い。
 さらりととんでもないことを言われた気がしたけど、捌ききれる自信がないのでスルーした。

「ま、長々と説明する気はないし。まずあなたの記憶を戻してからにしましょうか」
「は? 記憶?」
「手っ取り早いからね。あの子たちが掛けた術を解くなんて、卵を割るより簡単だわ」

 カィン

 グラスの縁にフォークを軽くぶつけた音。行儀が悪いと咎めようとした口が、開かなかった。
 その甲高い音が、ゆっくりと俺の耳まで反響してきたからだ。音は次第に大きく、仰け反りたくなるほどの圧倒的な奔流に変わってくる。そのプレッシャーにどっと冷や汗が湧いた。思わず耳を覆うが、既に入り込んでしまった音を追い出す手立てなどない。
 津波のような衝撃が、俺の脳内に貼りついていた暗幕を根こそぎ押し流していく感覚があった。真っ白になりかけた視界が戻ってきたとき、俺は目の前の女性が誰かを理解する。そして、自分がどういう日々を過ごしていたのかを。

 金曜。桜色の髪をしたカオルに声を掛けられ、自宅まで連れ帰った。
 土曜。紫色の髪をしたカオルとデートをして、彼女を追い出した。
 日曜。亜麻色の髪をしたカオルがやってきて、彼女に精を飲ませた。
 そして今日。カオルとは全くの別人に、俺は欲望をぶつけたのだ。
 カオルの母を名乗る、この黒髪の美女に。

「思い出した?」

 いかにも愉快そうに笑う彼女に、俺は首を縦に振った。

 そうとも。思い出した。思い出してしまった。
 もう俺は、逃れられないところまで堕ちているのだと、気づかされてしまった。
 こんな果実の味を。欲望を曝け出した淫蕩の日々を知ってしまったら。
 もう、俺の日常になんて戻れる筈がない。

「……君たちは何がしたいんだ」

 聞こえによっては無礼ともとれる発言だ。けれど言わずにはいられなかった。
 ここまでの出来事を思い出したら当然だろう。さっきの電車でのこともそうだが、昨日や一昨日だって、"俺が"まともじゃない。記憶の齟齬のせいだけではなく、感性が、どう見たっておかしくなっていた。たとえ誘惑されたってあそこまで突っ走る人間じゃなかった筈だ。
 彼女たちがそうなるよう仕向けているのは間違いない。そこまでする理由はなんだ。俺の身体が目当てなら、問答無用で襲えばいい話じゃないか。

「決まってるじゃない。私たちの目的はひとつ」

 事も無げに、どこか愛おしそうに、彼女は目を細めた。何のてらいもない口調で言う。

「あなたの欲望が向くまま、舐めてしゃぶって貪り尽くして欲しいだけ。そのためなら何だってする。何だってしたいの。それが生き甲斐だから」

 フォークについたシロップをこそげ取る。誘うように踊る舌から紡がれた言葉は、俺の心臓を容赦なく鷲掴んだ。
 こんな美女が? 俺に食べて欲しいって?
 震えそうな手でグラスを握り、ひと息に飲み干した。噴き零れそうだった欲望を水で鎮火する。駄目だ、ここで呑まれちゃいけない。

「生き甲斐とか、大げさな言い方をするんだな」

 美人局だってもう少しオブラートに包んだ言い方をするだろう。何故って、男の期待を煽る方が効果的だからだ。こんな馬鹿正直な言葉、真に受ける方が珍しい。
 だが、俺の試すような言葉に、彼女は微笑みだけで応じた。俺の本心などお見通しと言わんばかりに。

 正直に告白しよう。
 俺は彼女の主張を信じたい。

 だって俺には記憶があるのだ。あの3日間と今日、彼女たちがどんな顔で、俺という雄を求めてきたかが鮮明に。その根底にこんな欲求があるというのなら、それほど素晴しいことはなかった。これ以上のものがあるだろうか。
 ただ。これだけは聞いておかねばなるまい。

「君たちってやっぱり……人間じゃない?」
「ええ。分かり易く言えば、異世界の魔物ってことになるわね」

 異世界の魔物。何とも現実感のない響きだ。常識で考えれば、そんなものは架空の存在でしかない。普段なら一笑に付すところだろう。だが俺の常識なんて、とっくに崩れ去っていた。頭で理解できなくても本能的に悟ってしまう。
 もはや俺の現実は、彼女たちを中心に回り始めていた。

「もしかして、魔法とか使えちゃう感じか」
「もちろん。こっちじゃ少し燃費が悪いけど、大抵のことは出来るわ。このままあなたの家にワープしたりとか」

 何でもない風に言ってるがそれってとんでもない事じゃないか?
 とりあえず、彼女たちに踏み込むのは相応の覚悟がいるということは確かだ。その気になれば俺ごときどうにでも出来てしまうだろう。

 覚悟。覚悟か。

(一生分なら安いとか思っちゃうくらい、参ってるなぁ俺)

 こんな俺だって、それなりに積み重ねてきたものがあるというのに。
 それを捨て置いても彼女たちを手に入れたいと考えてしまっている。身体がもう、ただの快楽では満足できない気がしていた。記憶を戻された時点で俺の人生は詰みなのかも知れない。これほどの魅力なら、人間だと言われた方が理解できなかったまである。

「分からないことも多いけど、君たちが人間じゃないってことは良く分かった」
「そう。やっぱり怖いかしら?」
「いや、むしろ納得した。だからそんなに綺麗なんだな」
「……もう。それ、言ってみたかっただけでしょ」

 バレてた。でも少しは照れてくれたみたいで、恥かいた分の儲けあり。
 内心かなり混乱しているのに軽口を叩けるのは、ここ数日のとんでもない性体験のおかげだった。子孫繁栄的な意味で相当な修羅場を潜ったという自負が、俺に平常心の重要性を教えてくれている。

「それで。君は結局なにを、」
「待って。君だなんて他人行儀よね。ちゃんと名前で呼んでくださる?」

 悪戯っぽい目で面白いことを仰る。名乗ってないのは自分で分かってるだろうに。
 まあ、ここは付き合ってやろう。

「じゃあ……篠宮さんで」
「ふふ。あの子たちみたいには呼んでくれないのね。寂しいわぁ」

 演技くさいと分かっててもドキドキする。何だろう、この昼ドラ感。ヤることヤってしまった後だけに罪悪感ヤバい。
 赤くなるか青くなるか迷っている俺を愉快そうに一瞥して、篠宮さんは言う。

「最初はね、あの子たちより先にツバつけちゃえば面白いと思ってたのよ。今もちょっと期待してるけど……どう?」
「……」

 俺は答えないが、ここでの沈黙は雄弁だ。
 篠宮さんは仕方なさそうに頭を振って続けた。

「かと言って、あれだけのことをされたのに『はい召し上がれ』ってあの子たちに譲るのも業腹だと思わない?」
「されたっておま、自分から誘っといてよくも……」
「乳首触ってなんて言ってませんー。今もちょっとヒリヒリしてるんだからね、もう……♥」

 思わせぶりな流し目を寄越すと、篠宮さんはおもむろにキャミソールの襟ぐりについたフリルの下に右手を潜らせた。長い指を殊更に折り曲げ、さする様に動かす。
 待て見るな! これは孔明の罠だ! と目を逸らした時点で既に敗北していた。視覚が抜け落ちることで想像力は伸び伸びと羽ばたくのだ。瞼の裏に貼り付いた悩ましげな手遊びから逃れることはできなかった。撫で擦る衣擦れの音が、あの甘美な感触を呼び醒ましてくる。

「大丈夫? もっかいヌく?」
「困りますお母様ッ! あーッ! おやめくださいっ! あーッ!」

 いつの間にヒールサンダルを脱いでいたのか、股間を裸足でぐりぐりと弄られ、俺は矢も楯もたまらず立ち上がった。おい、俺は午後から仕事なんだよ! これ以上体力を使わせるな!

「体力なんて、今のあなたは無尽蔵みたいなもんでしょ。今朝から溜まって仕方ないくらいじゃないの?」
「んっ? ……あれ、確かに」

 言われて気づく。そうだ、電車の中だけでもあれだけ消費したはずなのに、何も気怠さが残ってない。あれだけの精を吐き出してなお今また漲り始めたという事実。節操ないとかいう以前に、異常だ。

「あの子たちと同衾してお菓子をシコタマ食べた上、昨日の搾精が決定的だったんでしょうね。気絶したのは元の耐性が皆無なせいだし。抵抗する素地が無いってことは、裏を返せばスポンジみたいに吸収するってことだから」

 畳みかけるように言われるが、正直よく分からない。つまりは?

「精力魔人になりつつあるってこと。良かったわね、男の夢でしょう?」

 それは確かにそうだが。これで寿命縮んだりしないよね? 力の代償的なあれで。こんなしょうもなくはないけど微妙なことに費やしたくないんだが。

「むしろ伸びるわよ。あの子たちにつり合うだけの能力と一緒にね」
「……さっきから気になってるんだけどさ。あの子たち、ってカオルのことだよな?」
「そうだけれど。……あら? そういえば、まだ説明してなかったわね」

 記憶が戻った今、カオルのことは何となく分かっていたが、ここではっきりと聞いておかなくてはいけない気がする。
 篠宮さんは少しだけ身を正し、噛んで含むように言った。

「カオルには4つの人格があるわ。それぞれ自我があって、記憶も感覚も全て共有しているの。こちらの言葉を借りるなら四重人格者ってところかしら」
「よ、四……!?」

 想像より1人多い。俺の知らない人格がもう1人いるのか。

「面倒だし簡単に言うわ。
 元お姫様の好奇心旺盛後輩女子系匂いフェチと、
 元勇者で男の謹厳実直風紀委員風の乳首マニアと、
 元神官だけど秘めた性欲無限大の1人SM女と、
 元悪魔で寂しがり屋なヤンデレ気質になった私で4人。
 みんなドエロでねちっこいから、ちゃんと全員を愛さないと駄目よ?」
「え? いま、"私"って言ったか?」
「その辺りは話すと長いから。ここにいる私とは少し別モノだし、今は気にしなくていいわ」

 なんか、さらりとトンデモないことを言われた気がする。
 ってか紹介が長い。属性過多で頭に入ってこないぞ。元って何だ。

「ともかく。あなたは1人で4人分を満足させないといけないの。その辺りの覚悟が甘いと死ぬわよ。性的な意味で」
「お、おう。がんばります」
「気の持ち様だけじゃどうにもならないわね。なにせ、勇者並みの体力と精神があったって敵わないような魔物が4体よ?」

 勇者という言葉がやけに大きく聞こえる。異世界出身者が言うと重みが違う気がした。

「じゃあどうすればいいんだ? 俺、なんの所縁もない一般人だけど」
「そ・こ・で♪」

 待ってましたとばかりに、篠宮さんが微笑む。その悪そうな笑顔を見て俺は、魔物に個性があるならこの人は悪魔だろうな、と思った。この時の俺は知る由もないが、それは正しい理解だったと言える。

 ギシィ

 彼女が身を乗り出すと、テーブルにでんと置かれていた肉房がむにゅりと歪んだ。その圧力にテーブルの足が軋んだ音がする。……サイズは、カオルの方が大きいな。
 そうして眼前にまで迫った彼女の目は、白目が黒に反転し、瞳が燃えるように紅かった。
 ああ、やっぱり悪魔だ。だからこんなに美しい。

 人外の美貌を喜悦に歪ませて、悪魔は囁いた。

「私と、契約しましょうよ……♥」



  ○    ○



 ジリリリと、コオロギの鳴き声がする。夏真っ盛りの今、住宅街であっても鳴き声は至る所から聞こえてきた。時刻は19時を回った頃。それでもまだ街灯いらずの明るさに夏を感じる。
 唐突な午前半休に加えた定時退社でも、職場の面々の対応は温かかった。何でも、俺が駅の自販機にもたれかかり、栄養ドリンク片手にグロッキーな表情で佇んでいたのを見かけた人がいたらしい。「夏バテには気を付けろよ」という上司の言葉が嬉しかった。
 しかし、今の俺は元気ハツラツ。夏バテとは無縁の健康体だった。申し訳なさを感じなくはないが、それは明日からの仕事で返すとしよう。

 明日、俺が生きていたらの話だが。

 アパートの階段を上り切ると、自室の窓から明かりが漏れているのが見えた。無論、俺は点けっぱなしで出掛けてなどいない。
 カオルが、中で待ち構えているのだ。俺がアパートに近づいた時点で、彼女の方も察知して動いているのは間違いないらしい。
 扉に近づくにつれ、あの、もはや嗅ぎ慣れた甘ったるい香りが徐々に強く香ってきた。篠宮さんが言っていた、これがカオルの魔法の呼び水になっているそうだ。今日からは本気の本気だろうから、気合では防げないだろうとも。
 今それらは、篠宮さんの魔法によって弾かれていた。魔法は精神干渉を無効にするもので、外部からの影響を問答無用で跳ね除けるものだ。
 つまりこれからやることは全部、俺の意思で行わなければならない。

 覚悟は既に済ませてきた。

「……ふーっ……」

 深く息を吐き、篠宮さんが提示した条件を反芻する。

 ひとつ。カオルの用意している設定にはなるべく従うこと。怪しまれない為に。
 ふたつ。用意した秘密兵器は全て使い切ること。これが肝なので絶対遵守。
 みっつ。無駄弾は許さない。出すときはすべてカオルの中で出すこと。なんかムカつくから。

 ……みっつめだけ難易度と理由が別枠なんですけど。どういうことなの?

 だが悪魔と契約した以上、違反は許されない。もし失敗した場合、『搾精奴隷にしてあげる』と念押しされた。無論、人類に戻れなくなるレベルで骨抜きにして下さるという。正直、そんなバッドエンドも味わいたくなったのは秘密だ。
 けれど俺は、カオルに会いたくてここにいる。紛れも無く、これが俺の欲望だ。
 扉の前に立つ。匂いは一層濃くなり、俺を浸蝕せんと手ぐすねを引いているようだった。香りが視認できそうなほど重たく、肺をいっぱいに満たしていく。魔法による対策無しでは呆気なく洗脳されていたことだろう。カオルの本気具合が存分に伝わってきた。
 俺も負けてはいられない。ドアノブを掴み、引き開ける。

 いざ!




「お帰りなさいませッ!」


 眼前に飛び込んできたのは、ふわふわフリルをこれでもかとあしらった、天使の羽みたいなエプロンを身に纏った美少女だった。
 腰に片手を添え、艶めかしくしなを作ったグラビアポーズ。エプロンは太腿をギリギリ隠すくらいのミニ丈で、胸元のサイドから肉がこぼれてしまっている。露出した肌面積から察するに、裸だ。
 つまりは裸エプロン。ありがてえありがてえ。
 しかしそんなエロ可愛らしい恰好にも関わらず、表情は凛々しく真剣そのものだった。顔ばかりか布地の隙間から覗く素肌まで、全身を羞恥に赤く染めていなければ、これが彼女の普段着かと勘違いするまである。

「……」
「……」

 無言のまま見つめ合うこと数秒。俺が落ち着いてるのは、興奮とは別の感情も湧いているからだった。
 やってる方が恥ずかしがってるとそれを見てる方も恥ずかしくなってくるって、この居た堪れない感じはご理解いただけるだろうか。ご本人も耐えようとしてるのが伝わってきてなお気まずかった。さっきからもうすごく背中がかゆいしめっちゃ家に帰りたい。もう帰ってるけど。
 上手い切り返しなど思いつく筈もなく、かと言って無視することも出来ず。
 俺はとりあえず笑った。油断するとニヤけそうになるが我慢だ。ある意味、全裸姿と鉢合わせた時よりも緊張した。

「た、ただいま」
「……お。お帰りなさい……」

 なんとも微妙な空気の中、俺たちは挨拶を交わした。



○    ○



「申し訳ありません。久々に会えたもので、浮かれておりました……」

 仕切り直し。
 俺を居間に招いたカオルは、正座の体勢でしゅんと縮こまっていた。とりあえず裸エプロンはやめさせて、俺のタンクトップと短パンを着せている。しかしエプロンをまた着てしまったせいで正面からみたらそんなに変わってない。しくじった。いや良くやったというべきか。

「気持ちは嬉しいけど、さすがにびっくりしちゃうから。今後は、ね?」
「はい。まずは水着から、徐々に段階を踏んでまいります」
「うん」

 なんかズレてる気がするが、藪蛇になりそうなので指摘しない。
 記憶では初めて出会う、深海を思わせる濃藍色の髪をした少女。やや釣り目気味な目はこれまでの誰よりも真面目な印象だ。顔立ちは同じでも顔つきでこうも雰囲気が変わるのかと、実際に目にすると驚きしかなかった。敬語というのも新鮮で調子が狂う。
 だが、彼女もカオルであることは間違いない。これまで通り、年下に接するようにすれば良い気がした。

「入浴の準備は整っておりますが、先に夕食をどうぞ。腕によりをかけました」
「おお! マジか、ありがとう!」

 エプロン姿は振りではなかったようだ。帰ってきたらすぐに飯が食える、これだけでもかなりありがたい。
 俺の言葉に嬉し気にほほ笑むと、カオルは台所に下がっていった。そして鍋掴みを両手に嵌めると、ぐつぐつと湯気を吐き出す土鍋を抱えて戻ってくる。
 ドヤ顔のカオルに対し、俺がどんな表情を浮かべたかは言うまでもあるまい。

「精をつけていただきたく、キノコ鍋にしてみました。夏バテ防止にも効果が期待できます」
「……クーラー、温度下げるね」

 リモコンを操作し、2度ほど調整する。
 まさかのチョイス。しかも『精をつけて』とか普通は忍ばせるもんじゃないのか。真面目一辺倒な態度からみて、この子は腹芸と無縁のタイプなのかも知れない。

(本当、別人みたいだな……)

 これまでのカオルの表情や言動、態度などを思うにつけ、ますます感心してしまう。多重人格の知り合いが出来るなんて想像もしていなかった。
 いや。もはや"知り合い"のラインなど軽く越えているだろう。そして今夜俺は、さらに深く彼女たちに踏み込むのだ。

「たくさん、召し上がって下さいね……♥」

 ともあれ、このカオルの態度は単純かつ強烈だった。『私、今夜頂かれます』という期待が瞳に満ちている。
 俺も既に覚悟完了してはいるものの。まずは風呂に入ってからにしようと、少しだけ及び腰になっていた。裸エプロンに精力料理という凶悪コンボでこうもストレートにがっつかれると、童貞にはキツい。動悸もヤバい。いつぞやの口淫のときの冷静さは、カオルの洗脳ありきだったのだと改めて気づかされる。
 箸を持つ手が震えないよう気合を入れて、俺は手を合わせた。心境的にはもはや神頼みも辞さない。

 悪魔に祈る方が効果はありそうだが。



○   ○



 鍋を堪能した北上が風呂場に引っ込んだ頃。
 カオルは手早く洗い物を終え、テーブルで立て肘をついていた。自分の携帯を一瞥し、物憂げにつぶやく。

「……予測よりも落ち着いているな」

 夕食の後、腹ごなしにとマッサージを提案したのだがやんわりと断られ、そのまま風呂に逃げられてしまった。折角鍋で身体を温めさせて頂いたというのに。
 いや、今の季節は人にとって厳しい暑さだと聞く。汗をかかせたことで入浴への欲求を高めてしまったのだろう。これは反省事項だ。

「もったいないなぁ。すっごく良い匂いだったのに」

 ぶう、と行儀悪く頬を膨らませる。言わずもがなの匂いフェチだった。

「はしたない真似をするな。お前の性癖などどうでも良い」
「あ、ひどーい! 自分だってキタガミの服着て勃ってるじゃん!」
「ち、ちがう! これはお前のせいだろう!」
「白々しいなぁ。『後で脱いだシャツも着よう』とか考えてるくせにー」
「黙れ! そんなもの、終わるまで我慢するに決まってる!」

 ビシっと言いきり、カオルは邪念を振り払うように頭を振る。

「とにかくだ。彼の対応が冷静過ぎるとは思わないか? あれほどの恰好をしたというのに、動揺なさるどころかお叱りを受けてしまった」
「……動揺はしてたけど、別に普通。倫理観が強いと分析していたのはアナタじゃない」

 予想外の人格に答えられて、カオルは少し驚く。
 てっきり彼女のことだから、終わるまで黙っているかと思っていた。しかもまだ言い足りないようで、左手の操作を奪ってテーブル板を指で叩き始める。カツカツという音が彼女の苛立ちをこれ以上なく表していた。

「そもそも。あんな勢い任せの出迎えありえない。キタガミが困ってるの分かった?」
「いや、あれは、恥ずかしがる素振りを見せては申し訳ないと思って……」
「恥ずかしいなら恥ずかしいままで良いの。それが味になるから。態度で誤魔化そうとするから気を使わせちゃっただけ」
「そ、そうなのか……」

 やはり男を誘惑する手腕にかけてはまるで敵わない。意地を張らずに任せれば良かったのかなぁと少し弱気な自分が顔を出した。

「まーまー。蛇だって昨日も我慢できなくて、竜が抜かなかったら毒でやばかったじゃん。これでお相子でしょ」
「そうそう。お互いに強みと弱みがあるんだから、今は言いっこなしにしましょ?」

 獅子がやんわりと左手の操作を戻し、山羊も執り成してくれる。心情がフラットに戻され、正常な思考が戻ってきた。
 そうだ、まだ何も終わっていない。いま挫けてどうするのだ。

「すまない。至らぬこともあるかと思うが、お前の協力は不可欠だ。力を貸してくれ」
「……ん。もちろん」
「はい仲直り♪ それじゃあ、現状の整理をしましょうねー」

 山羊の合図をもって、カオルはしばし黙考する。
 昨日、口淫で北上が気絶してしまったことを踏まえ、思考の誘導は控えるように方針を切り替えた。魔法は自分たちの立場を誤認させるに留めて、彼の自由意思に委ねることにしたのだ。そのため、いつでも臨戦態勢だとアピールしようと、恥を忍んであんな恰好を選んだのだが。
 彼の反応を見るに、期待通りの成果が出せたとは思えない。つまり現状のままでは、手を出してくれない可能性が高いということだ。計画の見直しが急務である。

(今日を逃すわけにはいかない。失敗は許されん)

 明日は山羊の番だ。この中の誰よりも好色で恥知らずな彼女は、あらゆる卑劣な手段を用いて彼を篭絡することだろう。そんな恥辱まみれの初体験など看過できない。

「竜ちゃんってばあけすけ過ぎない? 私、傷つくなぁ」
「どの口がほざくか。お前の考えていることは皆知っているぞ」
「……流石の私もドン引きかなぁ。自分たちが処女ってこと忘れてない?」
「私は別に。キタガミが壊れない程度の調整は必要だと思うけど」
「んふふ♪ でもそれは明日の話だからねぇ。今日をいっぱいがんばれ♥ がんばれ♥」

 不穏な空気をまき散らして下がっていく山羊に、彼女の変態性も自分に混じっているのだろうかと、カオルは少し不安になった。
 ともあれ、このまま手ぐすねを引いているだけでは駄目だということは間違いない。もう一歩、踏み込んだ策を講じるべきだろう。
 カオルは旅行鞄を引っ張り出し、必要な道具を漁った。



○    ○



「わぁ。すごいや」

 風呂椅子に腰かけた俺は、股座から屹立した益荒男を見て少年のような歓声を上げた。
 脱衣所でパンツを脱いだ時点で分かっていたことだが、異世界産作物の素敵成分をこれでもかと摂取した陰茎は、女泣かせの逸品へと変貌していた。男子がかつて夢見た景色がここに。しかも絶倫でしょ? 笑うしかないぜ。
 ここ数日で相当な進化を遂げた肉棒だが、じっくり向き合ったのは昨日ぶりだ。やはりエグい。くわえて人生初の晴れ舞台を控えたせいか、ウォーミングアップどころかフルマラソンを終えたばかりのように湯気を上げていた。温水シャワーを掛けてもまるで熱さを感じない。これはこれで大丈夫かと心配になる。

(タケリダケ……だったっけ? 服屋でとんでもないことになったのもこいつのせいらしいな)

 これほど漲っていれば、思考が桃色に染まっても仕方ない気がした。
 タケリダケの効能の1つである凶悪な強姦欲求は、篠宮さんの魔法によって打ち消されていた。今の俺は精神干渉無効。タケリダケのバフによる一部デメリットを他のバフで相殺したイメージだ。だからと言って自前の興奮が無くなることはないのだが。

(前後不覚のまま初体験ってことにはならなそうだけど……メリットとは言い切れないよなぁ)

 なにせ、俺史上前例のないミッションである。勢い任せにがっつける方がまだ気楽な気がした。

(いやいや駄目だろ。カオルだって初めてなんだから。男の俺が他に頼ってどうすんだ)
「そうよ。だいたい、そんなので秘密兵器が着けられるわけないでしょう」
(そうだその通、り、……?)

 おや? と顔を上げる。
 鏡に映る、風呂椅子に腰かけた俺の隣に。つるりとした青肌の陰部がチンと置いてあった。チンではなくてマンですかね。我ながら最低だな。

「ぅぁーッ!?」

 腹の底から叫び声をあげた筈なのに、口からはため息のような声量しか出なかった。

「しーっ。あの子たちが飛んできちゃうでしょ。静かになさい」

 思わず立ち上がっていた俺の口元に人差し指を立て、いかにも悪戯っぽい笑顔を見せる。視界の下でたぷたぷ揺れる青乳、先端は桜色。心臓に悪いなんてもんじゃなかった。

(――なんでッ!?)

 篠宮さんだ。どういうわけか俺ん家の風呂場にいる。
 全裸で。
 なんか青い。
 角生えてる。
 エルフ耳だ。
 羽根に尻尾、瞳も紅ければ足の爪まで紅い。

 悪魔だ。これが。

 本能的に理解した。恐怖より先に納得したのは、今朝見た顔だったおかげだろう。正体をあらかじめ聞いておいたことも大きい。

「なぁに? 私と分かった途端、舐めるように見ちゃって……。照れるわねぇ♥」
「どうしてここに!?」
「旦那様の初陣だもの。最初から最後まで見守るのが貞淑な妻ってものじゃなくて?」

 貞淑な妻は風呂場に全裸で乱入したりしない。
 思ったが言うだけ無駄だと悟った。『貞淑な妻』って響きがエロいから言っただけだこれ。

「か、カオルはもうシャワーを浴びたと言ってたよ。俺が上がればいつでも始められる」
「あらそう? あなたがアレを1つ持ち込んだから、てっきりここで始めるのかと思ったんだけど」

 覗き込むように屈まれると視界が揺れるから止めて頂きたい。男の視線はオート照準なので半ば義務のように追いかけてしまうんですよ!
 『お? 出番か?』と息子が張り切り始めた予感がして、俺は慌てて天井を見上げた。くすくすと笑われているのが分かるが、もう知らん。なりふり構ってられるか。

「そんなわけないだろ。俺はちゃんとベッドで、」

「キタガミさん? そこにどなたかいらっしゃるのですか?」

「――っはぉッ!?」

 強烈な吐き気すら覚えるほど、驚く。心臓が口からまろび出るかと思った。
 カオルの姿が擦りガラス越しに映っていた。いつの間にか脱衣所に入ってきていたらしい。脳内の非常警報ランプが掘削機のように廻り出す。

「えッ!? なななんのことッ!? き、きぶんのって、うたをねッ!? うたっててぇッ!?」

 いつもよりワントーン声が高くなってしまう。気の動転がこれでもかと表れていた。

「きゅ、急に話しかけてごめんなさい。ひどく驚かせてしまったようで」
「……いや、大丈夫……。こっちこそごめん。油断してて」

 驚かされはしたが、カオルが謝るようなことじゃない。何より謝るべきは、俺の隣でくっくと忍び笑いをしている青悪魔だろう。美人は笑顔なだけで許されるんだからホントずるい。
 このヒトでなし、これがやりたくてわざわざ声を掛けてきやがったな……。見守るだけなら姿を消すなりしてこっそり出来た筈だ。そう思うと少しだけ落ち着けた。好き好んでピエロになりたくはない。

「それで、どうしたの? 何かの置き場所とか訊きに?」
「いえ、あ、……その……せ、背中を……お流ししようかと、思いまして……」
「うん?」
「失礼いたしますッ!!」
「えちょ、」

 返事してませんけど! という突っ込みをする暇もなく。
 引き戸がパーンと開け放たれ、白ビキニを身に纏って正座したカオルの姿が現れる。驚きの連続過ぎてもう反応に困った。
 ただ、真率な表情も、恥じらいに頬を染めた表情も、先ほどと何も変わらない。彼女も彼女なりに必死なのだ。

 気づいた時、俺はそれを受け止めてやりたいと思った。

 そうだ。今俺は、彼女を受け入れる覚悟でここにいる。流されるままでいて良いはずがない。動悸はいまだ怪しいが、情けない姿を晒したままでは駄目だ。

「……おう。水着、持ってたんだ」
「はい。飾り気のない簡素なものですが……効果は十分なようですね……♥」

 俺の股間に熱い視線を注ぎ、うっとりと息を吐くカオル。真面目そうな顔つきが一瞬でだらしなく崩れた様に、『私たちは旦那様に逆らえない』という篠宮さんの助言がリフレインする。
 妙な気まずさを覚えて視線を逸らすと、篠宮さんはいつの間にか湯船に浸かっていた。『ごゆっくり』とばかりに掌をひらひらさせ、興味深そうに横目を送ってくる。
 予想はしていたが、比喩でなく、カオルの目に彼女は映っていないようだ。なら俺も好きにやらせてもらうとしよう。

「じゃあ、洗ってもらおうかな」
「――はい! 是非に!」

 そそくさと膝を上げ、風呂場に踏み込むカオル。後ろ手に戸を閉め、待ちきれない様子で俺の背後についた。ボディーソープの確保すら迅速だ。

「では……」

 手と手を擦り合わせる、ヌチヌチという音が風呂場に響く。いちおう壁にはボディータオルが掛かっているのだが、ここはカオルに任せるとしよう。
 石鹸の匂いに混じって、雌の体臭も漂ってくるようだった。娘と母。同時に2人の女性を我が家の風呂に招くことになろうとは。感慨深さもひと塩である。俺何もしてないけど。
 物思いに耽るうち、泡立てる音が止んだ。風呂場が静寂に包まれる。

「参ります……」

 カオルの緊張が声から伝わる。正面の鏡を見ると、俺の肩からぷるんとした肌色の双丘がこんにちはしていて、全身が強張った。この光景は目に焼き付けねばなるまい。
 ぴとりと、恐る恐るといった感じでカオルの掌が俺の背に触れた。泡を馴染ませるように、五指を広げてにゅるにゅると円を描く。徐々に範囲を広げ、時折ボディーソープを追加しては背中全体を塗りたくっていった。

「大きい、ですね」
「そうかな? 普通だと思うけど」
「……いえ。とても、逞しいです……♥」

 声に混じった艶に妙なものを覚え、鏡越しにカオルの顔を見る。するとカオルは中腰の体勢で、覗き込むように俺の股間を眺めていた。俺の肩から乳房が出てたのはこういうことかと納得する。背中を流すと言ったから、背中しか触りませんということなのだろうか。
 正直、微笑ましい。
 そして少し、意地悪もしたくなる。

「背中はもういいよ」
「ぁえっ? で、ですがまだ、もう少し……」
「前も。洗ってくれ」

 迎え入れるように、両腕を持ち上げてみせた。

「――ッ! は、はい!」

 抱きつかんばかりに、カオルの腕が俺の胸元に絡みつく。ペタペタとおっかなびっくりに撫でるのは最初だけで、段々と、押し付ける動きに変わっていった。ボディーソープが足りてないのも気づいてない様子で、ひたすら俺の胸板を撫で回す。

「硬い、です……まるで鎧みたい……はぁぁ……」
「そっちは柔らかいね。スポンジみたいだ」
「えっ? ……あっ♥」

 言われるまで気づかなかったようだ。それほど夢中だったということか。
 カオルの豊かな双丘は、俺の背中にみっちりと密着して泡まみれになっていた。見えないことでその形がどれくらい卑猥に歪んでいるかが顕著に伝わる。そして、薄い布地を押し上げて主張する突起も、よく分かった。
 それだけならまだラッキースケベで済んだろう。だがカオルは指摘されたにも関わらず、むしろ一歩踏み込んで乳房を擦り付けてきた。まるで、自分の欲求を満たすかのように。興奮に上気した吐息が、俺の耳の穴から浸食してくる。
 それでも洗うという名目を崩す気はないのか、俺の下腹部には決して触れず、ひたすらに胸板と背中を撫で回していた。

「しっかりぃ……んっ♥ 洗わ、ないとぉ……♥」

 ああくそ。ヤバい。俺にも余裕はない筈なのに、このカオルの、健気で性的な姿を見ていると欲望が止まらなくなくった。もう、ここでやっちまうか。
 余裕のない目で湯船を見やる。篠宮さんは縁に腕を乗せて、いかにも愉快そうに笑っていた。
 『ほら。やっぱりするんじゃない』と。

 そうだ。もうこれは、止められるものじゃない。勢い任せに突っ走るのもアリじゃないか。
 俺は覚悟を決めて、口を開いた。

「……石鹸、足りてないみたいだね」
「あ……ごめんなさい。気づかなくて……」

 ボディーソープに伸ばそうとしたカオルの手を、しっかりと捕まえてやる。

「いや。十分溜ってるし、そこで洗ってよ」
「えっ……? どこです?」
「分からない? おっぱいだよ」
「――おっ!?」

 つるりと手が滑り抜け、カオルの身体が後退する。思わずといった様子で両胸を庇っている姿が鏡越しに見えた。皮肉なことに、隠そうと乳房を歪ませている方がかえって卑猥に見える。欲望の火に油が注がれるのを感じた。

「水着も邪魔だね。脱ごうか」
「ぬ、脱ぐ……!?」

 風呂椅子の上で回転し、カオルの方を向く。動揺するカオルを見ながら、ぺしぺしと自分の膝を叩いた。

「床はすぐ冷えて横になれないし。ここ、座りなよ」
「えっ? えっ?」

 怒涛の展開に動揺するカオル。おそらく彼女の中では、風呂で俺の身体を洗うまでで終わる筈だったのだろう。彼女の想像以上に、俺が積極的だったのだ。
 でもそれは甘いと、俺は切り捨ててやる。これまで散々誘惑していたなら、素肌で触れあったらどうなるかなんて分かる筈だ。この動揺は覚悟が足りてない証拠。
 だから俺は、あえて突き放した態度を取ろうと決めた。
 俺からは歩み寄らない。カオルの意思で、やらせるのだ。

「ボサっとしちゃ駄目だよ。まず脱いで」
「――はっ、はい……」

 ぷるぷると、身体の震えが乳房に表れていた。恐怖ではない。
 緊張か、興奮か。どちらでも構わない。
 カオルはゆっくりと片腕を回し、首と背中の結び目を解いた。もう片手で胸元を支えているのを見るが、そこには触れずにおく。
 そして、躊躇うように、腰の紐に指を掛けた。許しを乞うような目で俺を見つめる。
 だが、その内に潜ませた期待を、俺は見逃さなかった。

「脱ぐんだ」
「は、い……♥」

 しゅる

 指を引っ張るのと同時、胸元を抑えていた手も放す。彼女の脚元に、役目を終えた白い布切れがぱちゃりと落ちた。
 カオルの艶めかしい肢体が露わになる。胸に実った2つの果実は、1つを両手で掴んでも余る大きさ。だというのに垂れることなくツンと上向いているのは奇跡だ。その官能的な膨らみを下った先には、上の豊かさとはまるで正反対のか細い腰がある。けれど肉がのってないわけじゃないのは、水着の紐が食い込んだ様から良く分かっていた。鼠径部のラインを辿った先には毛のない、つるりとした陰部がある。シャワーを浴びせたわけでもないのに、内股には水気が粘りついていた。
 そして、腰よりも太そうなムッチリと肉付いた太もも。僅かに開いた股の向こうには、俺を誘惑してやまなかった尻肉が覗く。正面からでもその豊かさが窺えるとは、やはりとんでもない逸材だ。
 彼女はもう、両腕を垂らして隠そうともしていない。かつて俺が、風呂上がりに居合わせたときのように。
 それと明確に違うのは、俺がそれを見たいと望み、彼女がそれに応えたということ。両者の合意を得たこれは契約だ。雌雄の関係を承認したという、生物的本能に、股座の逸物がますます勢いづく。

「……キタガミさん、ご立派です……♥」
「どうも。カオルも、すごく綺麗だよ」
「私は? キタガミさん♥」

 綺麗だよ、と反射的に応えそうになってぐっと息を飲む。篠宮さんは愉快そうに水面を叩いていた。くそう、忘れかけたところで掻き回してきやがる……。緊張はほぐれるが、度が過ぎるようなら水を抜いてやろう。
 ともあれ。いつまでも夢心地ではいられない。これからもっと生々しい体験をするのだ。
 深く息を吸い、再び膝を叩く。

「じゃあ、ここに。座って」
「……っ」

 カオルは戸惑いながらもてしてしと近づいてきた。その圧倒的グラマラスボディに、むしろ俺が遠ざかりたくなる。見上げるような姿勢だからか、威圧感がすごかった。

「え、と……?」

 だが、可愛らしく首を傾げる仕草は本当に愛らしい。状況を忘れて撫で繰り回したくなる。

「俺が膝を閉じるから、それを跨いでくれるかな」
「ま、跨ぐッ……!? わ、分かりました……」

 ハァ ハァ ハァ

 分かりやすく息が上がり始めたカオルだが、俺も人のことは言えなかった。何せ、美少女の秘部が眼前に迫ってくるのである。もの欲しそうにぴくぴくと痙攣しているのまで鮮明に見えていた。こっちは逆に距離を詰めたくなる。
 しかし、我慢だ。カオルが羞恥に目を瞑ったのを確認するや、俺はすぐさま身を捻り、風呂場に持ち込んでおいた秘密兵器の包装を破った。中身を取り出し、ひと息に装着する。おお、見事なフィット感。オーダーメイドなだけある。
 篠宮さんが感心した風に手を打った。

「やるわねぇ。一番最初が大変だと思ってたのよ」

 こっちも必死なんでいろいろ考えるだよ、と内心で答える。ともあれ、第一フェーズクリア。次はこいつをぶち込む番だ。
 改めてカオルの秘所を眺める。もう準備万全とばかりに涎を垂らしているように見えるが、正直、比較対象がないのでよく分からない。分からないまま、とりあえず触って確かめとこうと、下心丸出しの好奇心で手を伸ばした。確か、思ったより下の辺りにあると聞いたことがあるな……
 適当に辺りをつけて人差し指を突っ込んだ。にゅるりと、驚くほど抵抗なく指が飲み込まれる。

「ぉひッ!?」

 しかしそれはカオルが油断していたせいだったようで、声が漏れた途端、凄まじい膣圧が掛けられて追い出された。おお、よく締まってやがる(震え声)

「なななにをなさるのですかッ!?」
「ごごごめんなさい! ちゃんと中まで濡れてるか確かめたくて!」
「えっ!? ま、まさかここでなさる気ですか!? 正気ですか!?」
『全裸で抱きつこうとしといて、それはないでしょ……』

 篠宮さんに全面同意したかった。

「俺的には、なさる気だったんだけど……ここで」
「そ、そうなのですね……。すみません、理解が足りず……」

 確認するが。お互いに全裸で、カオルは椅子に座った俺の眼前に股を晒している。そしてゆっくり腰を落として、俺の太腿に自分の太腿を上重ねるようにして座り、俺に抱きつこうとしているのだ。
 いわゆる対面座位。これで何もせずに終わると思う方がおかしくはなかろうか。
 だがまあ、そのズレた台詞のおかげで場の緊張が和らいだ、と前向きに解釈しよう。発言がいちいち初々しくて可愛らしさが鰻登りだ。なんかもう、辛抱堪らなくなってきた。

「……カオルは? もう、挿れてもよさそう?」
「へっ!? え、えと、……わ、分からないです……」

 思わずといった様子で、カオルは片手を股に被せる。しかし俺の目は、その指の隙間から、ぬとりと、粘ついた雫が滴り落ちるのを見逃さなかった。
 行けるだろこれ。行っちまえ。
 欲望の声が噴出する。これを抑える筈の理性は、どこを探しても見当たらなかった。
 いや、いるにはいるが。

(おっぱいスポンジで暴発の危険性を高めるよりも、ドッキングからの洗浄行為の方がリスクは低いぞ)

 なんか残念な仕上がりになっていた。だが反論もない。

 俺はカオルの腰を掴み、ゆっくりと引き下げた。ひゃあ、という声が聞こえるが、気遣う余裕なんてなかった。
 抵抗するように脚で踏ん張っているのも伝わるが、腰が入ってない。何故って俺ががっちり捕まえているから。指が肉に沈み込み、吸いつく様な柔肌は汗でも滑らないほどだ。

「あっ♥ あっ♥ あっ♥」

 カオルも、どこまで本気で抗っているのか分からない。
 その方が俺が興奮すると思っているのなら、大正解だ。
 むくむくとさらに角度をつけた屹立が、ぴちりと、カオルの入り口を舐めた。

「うぁぁぁ……♥」

 それだけでへなへなと脚の力が抜けていくのが分かった。
 逃げられない。逃げたくない。カオルの表情が緊張から喜色に染まり、徐々に瞳が紅く濁っていくのが見えた。

「お、犯すのですね……私を……」
「ああ。犯すよ」
「ゴムまでつけて……私が、ここに来ることも、分かっておられたのですね……」

 それには答えない。意味がないからだ。
 返事の代わりに、少しだけ強く押し付ける。位置はもう分かっていた。カオルの身体が、ここですとばかりに咥え込もうとしているおかげだ。

「やはり、ダメでした……。私は、皆のようにはいきません。私は、アナタに、まるで敵わない……♥」

 自分の言葉で自分を詰り、熱い吐息を零す。

「私の、敗けです……♥ キタガミ様、惰弱な私に、どうか罰を、お与え下さい……♥」

 ドキリと心臓が跳ねた。興奮だけではない。
 彼女の芯を折った証のその言葉に、勝利を確信したからだ。

 昂ったカオルの瞳は、俺しか見ていない。今、自分のヴァギナに添えられているものに、何が纏わりついているかを分かっていないのだ。
 俺が陰茎に着けたのは、確かにコンドームだ。しかしそれは、篠宮さんの作成した魔道具。その証拠に、極限まで薄い被膜の表面に、禍々しい文様がびっしりと浮かび上がっている。これこそが秘密兵器。カオルという魔物を殺す、悪魔の魔手だ。
 それがもたらす効果を知っていてなお、それをカオルに使おうとしていた。
 自然、口角が吊り上がってしまう。それを見た篠宮さんが両手を頬に当てて惚れ惚れとしていたのが分かった

 征服感の絶頂は、蹂躙する直前にあるのかも知れない。

「……そうだな。じゃあ、お仕置きだ」
「ああ……嬉しい♥」

 恍惚とした表情で、カオルは俺に抱きついてきた。胸肉の間に顔が埋まり、視界が覆われる。石鹸とカオルの香り。それを肺いっぱいに吸い込みながら、俺は徐々にカオルの腰を引き寄せた。
 かぷりと亀頭に噛みついていた陰唇が、さらに奥へと肉棒を咥え込んでいく。追い出そうと締まる確かな抵抗感、それを押し広げていく感覚に鳥肌が立つ。オナホールとは明らかに違う、肉厚な膣面のひだが、カリ首に絡みついてくるのだ。
 これが、カオルの中か。

「んっ♥ んぃ♥」

 カオルは少しでも楽な角度を探っているのか、くいくいと小刻みに腰をひねっていた。そのうち腰が落ちてくると、乳房が俺の肩を下り、にゅるりと俺の胸板を滑ってくる。その先端が、俺の胸板を擦った、その瞬間。

「あぃひッ!?」
「うあッ!?」

 ぎゅぅう

「いっ” ぁあっ! いいっ……♥」

 やんわりと押し出そうとしながらも何とか飲み込んでいた膣の感触が、反転する。一切の遠慮なくぎうぎうと締め付けてきたのだ。
 カオルは脚に力が入っておらず、俺の両手だけでカオルの身体を持ち上げ続けることは出来ない。逃げ場のない全方位からの強烈な圧に、堪らず声が漏れた。

「きっ、きっつぃ……! カオルッ! ちから、抜いてくれ!」
「やだ、やだぁ……♥ かたいのぉ♥ こす、擦れ、擦れると、キモチいーぃ♥♥♥」
「うぅぅぉぁがッ!?」

 あれが全力だと思ったか? と言わんばかりに膣の圧が高まる。捩じ切られるんじゃなかろうかという、凄まじい力だ。

「んひぃ♥ むないたぁ♥ ごつごつしてぇ♥ たくましい♥ すごい♥ すごいよぉ♥」
「いぃいぃでぇッ!!」

 ぐりゅんぐりゅんと、俺の胸板でカオルの乳首が踊っている。カオルは上半身をいやらしく捩じらせ、ビンビンに勃ちあがったそれを俺の胸板と自分の乳肉でサンドして、乱暴にこねくり回してしていた。両腕で俺にがっちりとしがみ付き、快感の行き場を乳に集めているかのようだ。もはや俺がどんな状態かも目に映っていない。

「これ、もう♥ わたしの♥ わたしのなんだからぁ♥ みんなにだってあげないのぉ♥ わたしの♥ わたしのなのぉ♥」
「その子、こうなると止まんないから、んっ♥ やり切った方がいいわよ?」

 篠宮さんが湯船から助言を送ってくる。視線をやると、なんと彼女も湯船の縁に乳房を乗せてしゅっしゅと乳首を弄っていた。冗談みたいな光景だが、本人たちはいたって真剣だ。熱が篭ってるという意味で。
 隣を見ても乳首。俺の胸にも乳首。

(乳首のワンダーランドってこれかぁ)

 感動で胸が痛い。俺のは別に開発されてないから普通に痛い。っていうか息子も痛がってる。

(やるしかない……!)

 せめてゆっくりと味わいたかったが、そんな余裕はどこにもなかった。楽しんだもの勝ちならば、それで構わない。俺に楽しむ余裕はあまりないから、せめて役目を果たさなくては。
 俺はカオルの両踵を軽く引っ掛けて、彼女の身体が一瞬、不安定になるよう仕向けた。その隙を逃さず、腰に添えていた手を一気に引き寄せる。彼女の全体重と俺の腕力を合わせた勢いは、膣内の抵抗など物ともせず、メリメリと狭い穴を押し広げるようにして、俺の逸物をずるりと飲み込ませた。

「――ひぃぁあああああッ♥♥♥」

 ズンッ

 浮き上がっていた腰が完全に沈み込み、俺の太腿にカオルの太腿が密着する。

「あぁ……♥ すごい。無茶するわねぇ」

 篠宮さんの声も遠かった。俺の目は今、カオルしか見ていない。夢中になっていたカオルは、己が今まで守っていた貞操が、破かれたのを自覚したようだ。

「ひっ♥ ひッ♥ ひぃッ♥」

 痛みはないようで、間近に迫った俺の顔を見て、呆然としている。性的興奮が臨界点を容易く突破して、食いしばろうとした歯の根が噛み合っていなかった。カチカチと歯を鳴らしながら、焦点の怪しい目で、救いを乞うように俺にしがみ付く。腰はがくがくと揺すられ、ぱしゃぱしゃと股から断続的な水しぶきが上がっていた。
 俺も似たような、ひどい顔をしていることだろう。だが救いを求めるように搔き抱いてくる彼女に応えようという一心で、精いっぱいのやせ我慢をしていた。

「大丈夫。大丈夫だ……」

 にっこりとほほ笑んでやり、キスをした。
 カオルはくしゃくしゃになりながらも、嬉し気に笑い、俺に応えてくれる。その目からはハラハラと涙が零れていた。
 本当に美しい。これが魔物の姿なら、俺は魔物でいい。カオルがいい。まだ彼女のことをろくに分かっていないけれど、それでも構わない。カオルがいいのだ。
 自分でも訳の分からない衝動に苛まれた。優しく、離さないように、カオルを抱きしめる。カオルも、抱きしめ返してくれた。

 そして。

 俺の限界が近づくにつれて。
 陰茎に嵌めていた魔道具が、ゆっくりと目を覚ます予感がした。

『それじゃあ……壊れないでちょうだいね……♥』

 篠宮さんの声は、どこまでも愉しげだった。

16/08/10 00:52更新 / カイワレ大根
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■作者メッセージ
遅くなり申し訳ございません。
これもそれも世界樹ってやつが悪いんだ。

次回で最終話の予定です。きっと。

いいね! と 感想、どちらもありがたく頂戴しております。
特に感想。完結するまでは返信を控えるつもりでいますが、
何べんも読み返すほどに励みになっています。ありがとうございます。

どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。

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