読切小説
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ちびっ子メドゥーサ ニナ
「うーん、濃度をもう少し濃くしてみるか」

 錬金術師アミルは、薬品の入ったフラスコをテーブルに置いた。霊薬作りは常に試行錯誤の連続であり、まだ若い彼でも失敗は慣れっこだった。教団の錬金術研究所にいた頃は、経費でどんな材料も手に入ったが、脱走した今となっては自力で調達しなければならない。
 とはいえ、今の方が幸せには違いなかったが。

「うーん、アルダン鉱山産の水銀が欲しいな。でもこの辺じゃ売ってないだろうし……」

 アミルが頭を抱えた時、ふいに部屋のドアが開かれた。ずりずりという音と共に、小さな少女が研究室に入ってくる。
 神話にも登場する上位の魔物、メドゥーサ。まだ子供であるが、小さな下半身の蛇体や、途中から蛇になった髪など、異形の体は不思議な美しさを持っている。魔物らしく露出度の高い服装だが、まだその体は未成熟で、胸の脂身も微かにその存在が確認できる程度だ。

「薬、とどけてきたわよ」
「ああ、ありがとう」

 ムスッとした顔の彼女の頭を、アミルは撫でた。髪の蛇が、アミルの手にすり寄ってくる。

「もうっ、子供じゃないんだからやめてよ!」
「はいはい、いい子いい子」

 口では嫌がっていても、止めさせようとはしない。何よりも手に絡みつく蛇たちが、彼女の本心を表していた。


 教団の下で錬金術の研究をしていたアミルが脱走したのは、彼女……ニナと出会ったからである。
 ある夏の日、聖騎士団が魔物の子供を捕らえたと聞き、アミルはこっそり見に行くことにした。彼は神の教えなどよりも、自分の好奇心を満たしたいがために、錬金術の設備が整った教団にて研究を行っていた。そのときも好奇心から、神話にさえ登場する大物モンスターの子供を一目見たいと考えて行動したのである。
 しかし、牢獄に忍び込んだアミルが見たのは、必死に涙をこらえる小さな少女だった。魔物とはいえ、こんなにも小さく儚い存在を、教団は処刑しようとしている……アミルは義憤に駆られ、彼女を助け出すことを決意した。錬金術の薬品によって鉄格子を腐食させ、警戒する彼女を無理矢理牢獄から連れ出した。あらかじめ作っておいた催眠ガスで警備兵を眠らせ、魔物の勢力圏までひたすら逃げたのである。
 最初は人間を信用しなかったニナも、アミルが命がけで彼女を守っているうちに、信頼してくれるようになってきた。

 ……もっとも、彼女の中に別の感情が芽生えていることに、アミルは気づいているのだろうか。

「もう子供じゃないもん! りっぱな魔物の女なのよ!」
「分かった分かった。今日のおやつはブリオッシュだよ」
「えっ、ホント!? って、そうじゃなくて!」

 好物に顔を綻ばせてしまい、慌てて表情を元に戻す。その様子が面白くて、アミルは更に追い打ちをかけることにした。

「晩ご飯はオムライスにしようか」
「わっ♪ ……って、だーかーらー!」

 顔を真っ赤にして叫ぶニナ。これが彼らの日常である。

「もうっ、そうやって子供あつかいしてられるのも今のうちなんだから! いつかおそってやるんだから!」
「はいはい、楽しみにしてるよ」

 アミルは笑って、おやつの用意を始めた。






 端から見れば仲の良い兄と妹だろうが、ニナはその現状に満足できずにいた。
 幼くして教団にさらわれた彼女にしてみれば、そこから助け出してくれたアミルは最早『自分の全て』と言っていい存在なのだ。彼を自分の物にしたいという、魔物としての本能が唸っているのである。また、アミルが割と女性に人気があることも、彼女の感情に拍車をかけた。メドゥーサの嫉妬深さが、「アミルは自分だけのもの」という願望を掻き立てる。
 だがアミルはそんなニナの思いに気づいているのかいないのか、彼女を子供扱いしかしていない。


「……あたしだって、お料理くらいすこしはできるし、もうりっぱな女なのに」
「そうだね〜」
「いや、そりゃまだアミルの両足にまきつくのが限界だし、全身にまきついてギュ〜、とかはできないけど……」
「そうだね〜」
「それにしたってあんなあつかいひどいわよ……頭なでてもらうの、きらいじゃないけど……
「そうだね〜」
「……バブりん、あたしの言ってることわかってないでしょ?」
「そうだね〜」
「ふざけんなぁ!

 ニナは友達のバブルスライムを軽く睨み付けた。するとどろどろに溶けたスライム体が瞬時に固まり、石のようになってしまう。まだ子供でも、メドゥーサの能力は多少備わっているのだ。

「あーあ、どうすれば気づいてくれるのかな……」
「や、やっぱり……ヤっちゃうしかないと、思う……よ?」

 固まったバブルスライムを恐る恐るつつきながら言うのは、ナイトメアの子供。臆病な魔物だが、まだ子供なのにこのような発想が浮かぶ辺り、彼女たちも立派に淫乱な魔物であることが分かる。

「うー、それがいいとは思うんだけど……」
「ニナちゃん、メドゥーサ、だし……石にして、おそっちゃえ、ば?」
「そそそ、それはムリ!」

 メドゥーサやコカトリスが使う石化能力は、目を合わせた者に対して発動させることができる。石化させたところで死ぬわけではなく、石化状態で相手と性交することもよくある。しかしニナはアミルを『睨み付ける』ことにさえ抵抗を感じるほど、彼をこよなく愛していたのだ。

「じゃ、じゃあ……寝てるとき、とか」
「寝てるとき……」

 ニナは考えた。そういえばアミルは、眠るとなかなか起きないのだ。朝はいつもニナが布団を剥ぎ取ったり、激しく揺さぶったりして起こすのだが、それでも起きないときはナイトメアを呼んできて夢の世界にいるアミルを直接叩き起こしてもらっているくらいだ。アミルが寝ているうちにこっそり服を脱がせ、犯してしまえば……。

「よし、それでいくわ! じゃあねメアっち!」

 ニナは小さな蛇身をフル稼働させ、家に向かって走っていった。

「あっ、ニナちゃん、バブりんの石化……行っちゃ、った……」













…………そしてその日の夜。

「ご馳走様でした」
「……ごちそうさま」

 大好物であるとろとろ卵のオムライス(当然アミル手作り)を食べ終え、ニナは食器を洗うのを手伝い始める。背が低くても蛇身を背伸びさせれば、流し台に手が届く。

「ねえ、今日もいそがしかったでしょ? はやく寝たら?」
「ん? 別に大丈夫だけど」

 涼しい顔で答えながら、アミルは洗った皿を片付け始めた。

「ダメよ! アミルはいつも平気な顔でムリするんだから!」
「あはは、耳が痛い……」

 アミルは研究に熱中すると時間を忘れてしまうことがあるので、結果的に夜更かしすることも多い。しかしニナにとっては、少なくとも今日はさっさと寝て貰わなければならないのだ。

「とにかく! 今日ははやく寝なさい!」
「分かったよ、できるだけ早く寝るから」


 ……その後、ニナにとって事態は最良の方向に転がった。
 アミルが研究室で椅子に座ったまま、眠ってしまったのである。彼は机に向かって霊薬精製の理論を書き続けていたが、ふと筆を止めた考え込んだ隙を睡魔に付け込まれたらしい。分けの分からない図や、暗号化された論理式がびっしり書き込まれた紙に突っ伏し、無防備に寝息を立てている。

 絶好のチャンスだった。寝息を聞き、その眠りが深い物であることを確認する。後は服を剥ぎ取り、事に及んで既成事実を作ってしまえばいい。

 ――でも……

 ニナは躊躇った。
 アミルの寝顔は美しかった。普段から女性と間違われることもある彼は、男としては肌も綺麗だし、少年のような寝顔を見せるのだ。それを自分の手で汚し、犯す……大人の魔物ならむしろ興奮するシチュエーションだろうが、まだ幼いニナはそれに抵抗を覚えてしまった。
 つまり、卑怯ではないか、と。

 ――けど、今できなかったら、いつ……うう

 ニナの中で葛藤が起こり始めた。小さな胸に手を当て、どうすればよいか考える。
 アミルを自分のものにしたい。でも、寝ている間に襲うのは……

 ――決めた!

 ニナは拳を握りしめ、アミルに顔を寄せた。

 ――少しだけ、少しだけ……せめてこれくらい……

 ゆっくり、ゆっくりと、ニナは顔を近づけていき……




 ちゅっ、とキスの音が響いた。








 … … …

「……ふあ〜ぁ……あれ!? もうお昼じゃん!」

 アミルは飛び起きた。論理式を書いた紙、机の上の時計、窓の外を確認し、状況を確認する。何故だ、いつもならニナが起こしてくれるはずなのに――そう思ったとき、部屋の隅で文字通りとぐろを巻いて、うずくまっているニナを見つけた。

「ニナ、どうした? 具合が悪いのか?」
「こ、こないでっ」

 心配して駆け寄るアミルに、ニナは顔を伏せたまま叫んだ。
 今近づかれたら、見られてしまう。熟れたリンゴのように、赤く染まった顔を。

 ――こ、こっそりキスしちゃったなんて……恥ずかしくて言えない! 顔合わせられない!

 キス一つでここまで大げさな反応を示す魔物など、殆どいないだろう。しかしニナにとって、昨夜のキスは凄まじく重要なものだったのだ。あの後、キスだけでも寝込みを襲ったことになってしまう、という思いに達し、いつものようにアミルを起こすことさえ恥ずかしくてできなくなってしまったのだ。顔を合わせるなどとんでもない。

「ニナ……?」
「平気、平気だから……!」

 そう言いつつ、ニナはうずくまったままだった。恥ずかしさのあまり、大好きなアミルにさえキツイ口調で言ってしまう。子供ながらに、自分の不器用さを恨んだ。
 こんなことでは、アミルに嫌われてしまう。そうなったらどう生きていけばいいのだろう。いっそ自分のしたことを全部白状すれば、笑って許してくれるかもしれないのに。

 そうやって悩むニナに、アミルは薬瓶を差し出した。

「僕が昨日作った、最高に苦い薬だ。これを飲めば一瞬で元気がでるよ」
「い、いらないっ」
「そう? じゃあ注射にしよう」


 ち ゅ う し ゃ


 その単語に、ニナの頭の蛇たちまでもが痙攣するかのように震えた。

「ほら、腕出して」
「い、いやあああ!」

 思わず顔を上げたとき、ニナの唇に何か柔らかいものが当たった。
 アミルの顔が近くにある。触れているのは……唇だ。

「……元気出た?」

 顔を離し、アミルが笑いかける。ニナの体が、もの凄い勢いで熱くなった。

「ば、ばばば……ばかアミルーっ!」

 ……気づいたときには、ニナはアミルの胸に顔を埋めていた。アミルは少し驚いたが、優しく彼女の頭を撫でる。



 彼の腕の中で、ニナは未だに顔を真っ赤にしながらも、幸せそうに微笑んでいた。



 昨日と今日のキスが、彼をモノにするための大きな一歩となることを祈って。




END

11/04/23 20:38更新 / 空き缶号

■作者メッセージ
お読みいただきありがとうございます。
以前チャット場で佐藤氏が提案したネタが元になっております。
面白そうだったので「俺に任せろ! バリバリー!」とか言って小説家してみたはいいものの……どうでしょうか。

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