天を覆い尽くす黒雲より、無数の雷撃が魔物娘達へ降り注ぐ。

「無駄よ！」

　この程度の雷撃では、リリムを仕留めるには不十分と言わざるをえない。ガラテアは魔物娘達一人一人を覆う防護結界を展開し、落雷を防ぐ。

『この私を相手にしようというにもかかわらず勉強不足ですねぇ。少しは歴史の勉強をした方がよろしいと思いますよ？』
「「「「「「「「「ぐああああああああああァァァァァァァァッッッッ!!!!????」」」」」」」」
「え!?」

　しかし、防いだはずのメフィラスの雷撃は、なんとリリムの防護結界をすり抜け、彼女の率いる魔物娘達全員の四肢に直撃、感電させた。

「ああああぁぁ………………!!!!」
「くうぅ……い、痛い……痛いよぉ……!!」
「腕が……足がぁ…………焼けて……!!」
「助けて……あなたぁ……！」

　彼女等の四肢は電熱で焼け焦げてしまい、誰も立っている事は出来なかった。倒れ伏す魔物娘達は苦痛のあまり呻き声をあげ、あるいは夫の名を呼び、無意識に助けを求める者さえいた。

「な、何故…!?」

　リリムは目の前の惨状を未だ信じられずにいた。確かに防護結界を張っており、攻撃を喰らうはずがなかったのだ。
　にもかかわらず、引き連れていた精鋭二百は倒れ伏し、苦悶の表情を浮かべ、ただその四肢の激痛に耐えている。

『だから申し上げたでしょう、“歴史の勉強をした方がよろしい”と……そうすれば、少しは私達への対策を立てられたはずです。
　なにせ、我々がどういう戦法を好み、何を得意とし、どういう性格なのかは史書に多かれ少なかれ書いてあるのですから』
「！」

　メフィラスは呆れ気味に述べるものの、さすがに理不尽と言わざるをえない。彼等は歴史上の有名人ではあるが、彼等の嗜好をそこまで把握している者は歴史家でも少ないだろう。
　そもそもゼットン誘拐事件の際に現れたのはグローザムだけであり、他のメンバーが存命なのかはその時点では分かっていなかった。したがって、グローザムの情報だけが魔物娘達に伝えられていたのである。

『それらの情報を知らなかったのはともかく、私が“魔術師元帥（グランドマスター）”の称号を持っている事は先程申し上げたはず。その私がリリム相手にただ威力が高いだけの攻撃魔術など使うと思いますか？
　君達がバカの一つ覚えの如く防護結界で防いでくるのは想定済みに決まっているでしょう。当然、その対策は取りますよ』

　重ね重ね呆れた様子で、メフィラスはガラテアに説明する。

『それと……一つ訂正しておきましょう』
「…？」
『先程まで私はあなたと実力が互角だと考えていました。しかし、今の様子を見る限り、あなたはまだリリムの中では若輩のようだ。それでは私に及ぶべくもありません』
「……!!」

　呆れる魔術師の指摘通り、末妹でこそないが、ガラテアは姉妹の中ではかなり若い方である。生まれてまだ四十年も経っておらず、したがってまだ戦の経験は少ない。
　魔王の娘故に素質は十分過ぎる程だが、それを活かすにはまだまだ経験不足なのだ。

『まったく……魔王か、それとも魔王軍の上層部の決定かは知りませんが、我々もナメられたものです。いくらリリムとはいえ、こんな小娘一人を差し向けたところでどうにもならないでしょうに。
　それとも我々程度の相手ならば、経験値稼ぎにちょうど良い相手とでも考えたのですかね？』

　侮られたと憤慨するメフィラスは周囲を見回し、哀れな魔物娘達を眺める。

『その結果がこれですよ。見なさい、この哀れな魔物娘達を……情けなく地に這いつくばり、四肢を焼かれているので逃げる事も出来ない。そして、この責任の一端はあなたにもあるのですよ？』

　悪辣な事に、彼女等の四肢は見た目こそ原型を保っているが、内部では神経や筋繊維は焼き尽くされていた。そのせいで回復魔術でも再生しきれない状態に陥り、彼女等の動きを巧妙に封じていたのだ。
　完全に回復させてやるには、王魔界に運んで適切な治療を受けさせてやらねばならないのだろうが、敵がそれをさせてくれるはずもない。

「わざと……やったわね……？」

　この惨状を見たガラテアは魔術師に問いかける。その表情は怒りのせいか非常に暗いもので、美しいながらも不気味なものであった。

『わざと、とは？』

　ガラテアの質問の意図を解っていながら、メフィラスはとぼけた。

「あなたなら、彼女達をそのまま殺す事も出来た。それをわざと殺さず、苦しめるような真似を……!!」
『さすがに気づいていましたか……ええ、その通りですよ。殺すのは簡単ですが、それではあまりにも短絡的、非生産的だと考えましたのでね』

　怒るリリムに対し、悪びれずに答える帝国七戮将筆頭、メフィラス・マイラクリオン。彼の悪名はその隔絶した魔術の実力によるものでもあるが、それ以上にその“悪趣味さ”で知られていた。
　彼はエンペラ帝国の宰相となる前から、魔術を極めるために非道な人体実験を繰り返していたという。その犠牲者の数は膨大で、本人ですら最早把握しきれていなかったと言われる。
　宰相となってからも、彼は時折捕虜の中でも特に反抗的な者や死刑囚などを用いて新たな魔術の開発を度々行なっていたという噂があった。そして、数多の残虐な実験を心の底から彼は愉しんだと言われている。

『なにせ、我々を散々悩ませてくれた魔物達ですからねぇ。少しくらいは“魅せて”いただかないと』
「………………嬲り殺しにするっていう事かしら？」
『御名答です！』

　ガラテアの問いかけに、実に嬉々とした様子でメフィラスは答える。

『ただ殺すだけでは面白くない！　愚かで卑しい下等生物たる魔物には最も惨たらしく、屈辱的な死を与えるのが私の流儀です！』

　そう高らかに宣言し、メフィラスは興奮気味に続ける。

『私は見たいのです!!　美しい君達の見せる、その苦悶！　絶望！　生への渇望！　そして叶わないと知りつつも、愛する夫へ助けを求める姿を！　いくらやっても、やめられないのですよ!!
　もう何千、何万回、魔物が絶命するまでそれを見た事か――――しかしながら全く飽きない!!　私は君達が憎いが、同時に君達の死にゆく姿は実に素晴らしいとも感じているのですよ!!』
「……もういい!!　もうウンザリだわ!!!!
　私は人間という素晴らしい生き物の中に、あなたみたいなどうしようもない最低の下衆がいるという事実が許せない!!!!」

　敵将の異常極まりない嗜好を目の当たりにしたガラテアは激昂するが、その様を見たメフィラスは失笑する。

『フッフッフッフ……これはおかしい』
「おかしいですって!?」
『いや失敬……あなたは人間に妙な幻想を抱いているようなので、それがついおかしくてですねぇ。
　あなたはどうも誤解なさっているようですが、人間はそんなに素晴らしい生き物ではありませんよ。少ないながらも、当然私のような者も中にはいます』
「！」
『人間の本質は所詮“悪”……その邪悪さにおいては、残念ながら魔物にも人間にもそれ程差は無いのです。下等生物でないだけマシとはいえ、愚かで救い難い生き物には違いないのですよ』

　そう語るメフィラスは頭を振るが、その様は魔物を憎悪する以上に、人間の本質への嫌悪、諦観に満ちたものだった。ガラテアもそれを感じ取ったのか、怒りを少し忘れると共に、怪訝そうな表情をしている。

『そして、そんな破綻した生物の寄り合いを安定させ、支配するためには、絶対的な“力”を持った存在が必要というわけです』
「……それがあなた達ってわけ？」
『んん〜残念、不正解です！』

　ガラテアの答えは間違っているらしく、メフィラスは手で×字を組む。

『冗談はさておき……人間もまた暴力的な獣にすぎません。そして、そんな獣どもを治めるためには、絶対的な力を持った統治者が必要です。
　けれども、その役目に相応しいのは我々ではありませんし、もちろん神や魔王でもない』
「……解せないわね」

　世界征服を目的としているが、世界を支配するのは彼等自身ではないという。ならば、一体彼等エンペラ帝国の残党は誰のために帝国を復活させようとしているのか？　エンペラ一世は既に亡く、最早生き残りは彼等だけであるというのに。

「いろいろ詳しく聞きたいところだけど、あなたみたいな輩をこれ以上放置すれば地上と魔界、両方に禍をもたらすわ！」
『ほう、どうするおつもりで？』
「当然、召し捕らせてもらうわよ！」

　先程の失敗を鑑み、十種にも及ぶ魔術防御及び三層の防護結界をガラテアは自身に展開、さらにはMキラーザウルスと互角の綱引きを演じた触手を召喚する。

『……』

　それを見たメフィラスは何故かガラテアに背を向け、そのまま歩き出した。

「今更逃げる気!?　待ちなさい！」

　触手を高速でメフィラスに向けて伸ばすガラテアだが…

「な!?」

　突如降り注ぐ無数の落雷によって焼き払われてしまう。そして甚大なダメージを負った触手は消滅してしまった。

『だから、あなたの実力では私には敵わないのですよ。いい加減理解したらどうです？
　そうだ！……愛しい父上と母上に泣きつき、助けてもらうという手もありますよ』
「……この……っ!!」

　背を向けながらも侮辱し続けるメフィラス。ゆっくりしたものながら、その歩みは止まらない。そして、その歩みを止められないガラテアは焦燥すると共に、怒りが湧いた。

「……許さない!!」
『それはあなたの邪魔をしたからですか？　それとも私が今までしてきた事に対してですか？』
「後者よ！」
『ほう、これは驚きました！　都合の良い幻想を人間に抱いているのに加え、安っぽい正義感まで持ち合わせているとはね！
　淫魔風情がよくもまあ、そんな感情を抱いたものですよ！』

　蔑みを続ける魔術師に対し、リリムの怒りはますます高まっていく。

「〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!」
『私は人間なんです。言いたい事があるなら唸り声でなく、言葉で言ってもらわねば解りませんよ？』

　あいも変わらず挑発を続けるメフィラスへついに堪忍袋の緒が切れ、ガラテアは勢い良く飛びかかるが…

『…だから小娘だと言ったのです。あなたは若さ故か実に短絡的で、無謀極まりない愚か者だという事を理解した方がいい』

　この挑発が罠だという事に、冷静さを失ったリリムは気づいていなかった。

「!!??………………〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜アアアアアアアアァァァァァァッッッッ!!!!????」

　その瞬間、あらゆる防御をすり抜けて、極太の稲妻がガラテアに直撃した。雷撃はリリムの体を焼き、一撃で絶大なダメージを与えると共に、全身からもうもうと煙を立ち昇らせながらガラテアは倒れ伏した。

「ぅ……」
『なぁに、殺しはしません。君にはまだ利用価値がありますからねぇ』

　全身を焼かれたものの、それでもまだ外見で本人だと解る程度のダメージである。しかしながら瀕死には違いなく、意識が保たれているのは奇跡としか言いようがない。

『……君はあらゆる意味で“未熟”なんですよ。そんな小娘が、このメフィラスに敵うとお思いか？』
「〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!」

　ガラテアに近づいたメフィラスは、彼女の耳元でその未熟さを囁く。リリムは己の未熟さを改めて思い知り、悔しさのあまり涙を浮かべた。

『とはいえ、そこまで気に病む事もありません。君を派遣した輩が誰か知りませんが、責任はそちらの方が重い。
　本来もっと戦闘経験豊富なリリムなりバフォメットなりを派遣すべきだったところを、あなたのような未熟者が来たのは我々にとって幸いでした』

　本来はデルエラ辺りを差し向けるべきところを、今回彼女のような若いリリムが派遣されたのは帝国残党にとって僥倖であった。それを謝し、メフィラスはリリムに礼を述べた。

『その感謝の気持ちと言ってはなんですが、その美しい容姿は残しておきますよ』
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

　激怒するリリムだが、見た目に反し、言葉すら絞り出せない程のダメージを負っている。やがて、その意識は途切れてしまった。
　
「クソッ……！」
「ぐあぁぅう……！」
「ちくしょ〜〜……っ！」

　目の前でみすみす主を敗れさせておきながら、精鋭二百は何も出来ずに見ているしかなかった。その悔しさのあまり、彼女等もまた涙を浮かべている。

『…さて、主も守れぬ役立たず、恥晒しの精鋭達よ。何も出来ずに見ているしかない気分はいかがですか？』

　リリムを担ぎ上げたメフィラスは周囲の何も出来なかった精鋭達に対し、その醜態を侮辱する。

『手足が使えなくても魔術がある――――まぁ、素人ならそう考えるのでしょうが、君達はそれはやらなかった。それだけは褒めておきましょう。
　もっとも、そもそも今の状態で魔術を使っても当たりませんし、私相手に魔術で挑むなど論外ですけどねぇ』

　しかし、そこまで述べたところで、メフィラスはおかしそうに笑いを噛み殺した。

『しかし、羨ましいですよ。なにせそれ程の失態を晒しておきながら、まだのうのうと生き延びられるのですからね。
　我が帝国軍…いや普通の軍隊だったら打首かそれに準ずる処罰を受けるところを、軍規の破綻した魔王軍のこと。大した罪には問われないでしょう』

　初めは彼女等を始末しようと考えていたメフィラスだったが、それよりも面白い事を思いついたため、生かしておく事にした。

『ただ、公には処罰を受けずとも、果たして魔王軍の他の連中は君達にどう接しますかね？』
「「「「！」」」」

　メフィラスの発言通り、彼女等は他の魔物達から大いに蔑まれるのは目に見えていた。
　そもそも彼女等は魔王軍の中でも精鋭、優れた名声を博した戦士達であり、だからこそ失敗の許されぬ立場にある。ところが今回の出撃において指揮官であるリリムをむざむざ囚われた上、自分達も力の限り戦うどころか、真っ先に無力化されて何も出来ずに見ていただけ。
　例え処罰されずとも、魔王軍の戦士としての務めを果たせなかった彼女等には一生悪評が付いて回る事になる。もし戦士としてのプライドがあるならば、周りの冷たい目には耐えられず、引退して知らない土地に逃げねばならぬ破目になるやもしれない。
　これらの事実は、魔王軍に在籍し続けるにはあまりにも辛い要素と言わざるをえないだろう。

『もしそうなるのが嫌ならば、自害する事をお勧めしますよ。なぁに、夫君もその事を責めはしないでしょう。
　それとも、「夫を残して死ねない」と言い訳をほざいて、その恥を上塗りして生き続けますか？　私は別にどちらでもかまいませんよ。なにせ、君達が死のうと、一生後ろ指を指されて生きていようと、愉快な事であるのには変わりませんからねぇ。ただ、君達の今後に一体どのような障害が待ち受けているのか考えると、なかなか面白そうですが』

　目深にかぶったローブで見えないが、メフィラスは魔物達に向けて嘲笑を浮かべていた。彼女等もそれを感じ取ると共に、今の己の現状を恥じたのである。

『おお、そうだ……わざわざ生かしておくのです。君達にはメッセンジャーとなってもらい、魔王にこう伝えてもらいましょうか。
　「精鋭を名乗る私達はあっさり手足を焼き潰され、王女殿下を為す術もなく攫われました。そして残念ながら、我々にはただ見ているだけしか出来ませんでした」、とね』
「「「「「「「「……!!」」」」」」」」
『まぁ、結果は分かりきっていた事、気に病む必要はありません。このメフィラスにとって、君達ごときは虫ケラ同然。
　虫ケラが人に踏み潰されるのは至極当然、分かりきった事ですからねぇ』

　これ程傲慢無礼を極めた発言を、臆面もなく言い放つ。一片の疑いも抱かず、この男は心の底からそう信じ、そう考えているのだろう。

『では、私の言伝を頼みましたよ』

　メフィラスは周囲を一瞥すると、今度は同僚達の方を見やる。

『諸君！　ゼットン君を回収し、今またリリムの身柄を得ました!!
　したがって、この不浄な土地にもう用はありません！　さっさと退きますよ!!』

　そして拡声魔術による大声により、辺り一帯にメフィラスの声が響き渡る。

『フン、先を越されたか』
『グオオオオ……！』
『何ィ〜〜？　パーティーはまだ始まったばっかりなのによォ！』
『まだ性能検証は終わっていないのだが……仕方ないか』

　各々勝手な不満が出るが、彼等はまだ闘いを終わらせるつもりはない。

「ちぃっ、姫様が！」
「手傷も負わせずに、あっさり捕まりやがって！」
「ぬぅ！　だからもっと経験豊富な指揮官を行かせるべきだったのに！」
「…第三種警戒態勢」

　しかし、彼等と闘うディーヴァ達は違った。

「指揮官が攫われては仕方ない、勝負はお預けだ！」
『ぬおっ!!――――貴様、待て!!』

　デュラハンはグローザムと数十合にわたって斬り合っていたが、隙を突いて右前蹴りを喰らわせて間合いを離し、そのまま離脱する。

「ワリィが、勝負はお預けだ！」
『グオォッッアァッ!!??』

　オーガも二倍近い身長、五倍近い体重のデスレムと壮絶な殴り合いを演じていた。しかし隙を見て跳び上がり、そのまま強烈な右アッパーカットを彼の顎に叩き込んで空中高くかちあげると、同じく離脱したのだった。

「勝負はまたいずれ！」
『何ィ!?　テメェふざけんじゃ――――ギゲゴォッッ!!??』

　アークボガールと交戦中だったドラゴンは彼の巨体を持ち上げると、背中から地面に叩きつける。その際、彼の凄まじい重量のせいで大地は大きく陥没し、アークボガールはその中へめり込んでしまった。

「救助開始」
『待てぇポンコツが!!　まだ解体は済んでないぞぉ!!』

　激昂するヤプールを尻目にゴーレムは両足裏と背負子のバーニアより爆炎を噴射、そのまま離脱する。彼女を逃さぬべく、機械獣よりミサイルやビームが雨の如く発射されるが、飛行中のゴーレムは電磁力によるシールドを展開したのでそれに防がれてしまい撃ち落とせなかった。

「エヴァ、あいつの空間移動を封じろ！」
「了解」

　集まった四人はすぐにメフィラスの四方を取り囲む。彼女等の行動は迅速で、オーガの指示を受け、ゴーレム『エヴァ』が空間移動を封じる魔方陣を展開するまで、そう時間はかからなかった。

『ふむ、これでは逃げられないか。それにリリムを抱えていてはこちらが不利』

　冷静に呟くメフィラス。しかしそうは言うものの、全く慌てる素振りは無い。

「もらった！」

　突っ立ったままで余裕の状態のメフィラスの背後からデュラハンが斬りかかる。

『無駄ですよ』

　しかし、斬られた瞬間メフィラスはかき消えてしまう。

「幻影!?」
『正解です！』
「!!」

　すぐ別の場所に現れたメフィラス。デュラハン目がけ、両手より電撃を放出する。

「【バッテリーガード】！」

　しかしゴーレムの手より強力な電気が放出、即座に四人を覆い尽くした事で彼の電撃は無効化された。

『ほう、私と同じく雷を操るのですか！　しかもなかなかの電量、さすがに精鋭なだけはあるようだ！』

　攻撃を防がれて感心するメフィラスは、素直にエヴァへ称賛を送った。

『とはいえ、今はちと時間が押しています。闘うのはいずれまた…』
「！…いない！」

　そこまで喋ったところで、ゴーレムは違和感に気づく。

「貴様ッッ!!」
「…上か！」

　目にも留まらぬ速さで飛び出したオーガはメフィラス目がけて右踵落としを叩き込むが、その瞬間にまたかき消えてしまう。そして20m程上空に姿を現した魔術師目がけ、間髪を入れずドラゴンは口から強力な光線を撃つが、今度は防護結界で防がれてしまった。

『さて、そろそろお暇しましょう。では七戮将達よ、退きますよ』
『『『『…了解』』』』

　各々不満は残るが、今回の出撃の目的は一応果たしたには違いない。
　ヤプールとしてはもう少し戦闘を続行したくはあったが、機械獣の持つ戦力全てを魔物達に知られたわけでもないので、性能検証実験は後回しにしても一応問題は無い。他の三人もまた目的の優先順位は理解しているので、消化不良気味ではあるがメフィラスの指示に従う事にした。

『では下等生物諸君、名残惜しいが我等はここで失礼いたします』
「「「逃すか!!!!」」」

　四人は各々の武器をかまえ、もしくは必殺技の体勢に入るが、

『『『邪魔をするな!!!!』』』

　そこへグローザムの冷気、デスレムの流星群、そしてMキラーザウルスの全身の武装による攻撃が雨霰と降り注ぎ、彼女等はそれを防ぐので精一杯となった。引き連れていた戦力も二百名の負傷者を庇わなければならないので攻撃どころではなく、まともな反撃も出来ない。

『ほう、これほどの攻撃でも死者を出さないとは！　精鋭というのは一応本当のようですね！』

　防戦一方になったとはいえ、これだけの攻撃を受けて、死者を出さずに耐えきった事は賞賛に値すると言える。

『では改めて“精鋭”諸君、我々はここで失礼いたします。次は“太陽の消える日”の後に、また……』

　言い直してから別れの挨拶を行なったところで、メフィラス達の姿は靄がかかったかのように急速に薄まり、やがては消え失せたのだった。










『リリムの身柄を得るとは、なかなかの収穫でしたよ』
『ああ……奴の体を調べれば、魔王の体の特性も分かるやもしれん』
『ギシシシシ！　帝国の復活、世界征服の成就も近い！　魔物を絶滅させるのももうすぐだ！』
『しかし、その前にやらねばならん事がある。“支配者”がいなければ、国は成り立たんからな』
『グオオオオ………………“日蝕”は刻一刻と近づいている』
『日蝕時には神々の力が弱まる。即ち、天上の憎き封印も弱まるという事。
　それを逃せば、次の機会は何百年後になるか分からん』
『あの御方が亡くられてから、一体どれ程待ち続けた事やら解らねェ。だが、それももうすぐ終わりだぜェ…！』
『四百年余りの雌伏の日々、ひたすら耐え忍ぶ日々にはもう飽き飽きしていた。魔族への、そして世界への復讐の刻は近い！』
『必要なカードは揃いました、後はその日に儀式を行うのみです。ゼットン君の体を用い、復活の儀式さえ行えば……』
『そう、我等が主……かつて世界を支配せし偉大なる皇帝！』
『“エンペラ一世”を復活させる事が出来ます!!!!』

■作者メッセージ
備考：日蝕

　太陽が月によって覆い隠される現象。太陽の全体が隠される現象を『皆既日食』、月の外側に太陽がはみ出して光輪が見える事を『金環日食』と呼ぶ。
　特に皆既日食の日は神々の力が弱まり、逆に悪しきものの力が強まる事が知られているが、その継続時間は極めて短いため、残念ながら悪用出来る事は限られると言われている。
　また、日蝕中はあの世とこの世の境が薄くなると言われており、それは日蝕が終わってからも半日ほど続くという。
　そのため、その間ならば死霊魔術の成功率が飛躍的に高まると言われており、人工的に造られたアンデッドの数%程はその日が誕生日であるらしい程、死霊魔術を日蝕時に行う者が多い。