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第十三話「貧困国家ポローヴェ」







「・・・博士、緯度がこの世界に現れたようです」



「ひひひひひ・・・、そいつあ楽しみだねぇ、任務の片手間、楽しみが増えるってもんさ」


「・・・緯度に関しては私にお任せくださいませんか?」



「勝ち目はあるのかい?」



「はい、博士より頂いたこの『力』があれば、緯度など恐るるに足りません」



「ふうん、まあ良いさ、とにかくやってみな、上手くやればあんたの二重スパイは不問にしてやる」



「ははっ!、このアコニシンの武霊怒蘭、博士の信頼に応えてみせます」







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図書館から出ると、そこは人気のない片田舎のような、そんな雰囲気の場所だった。


「人がいないな・・・」


周りには見渡す限りの荒野が広がり、緯度が出てきた場所は痩せた木と板で組まれたバラックのような掘建小屋だ。



『うむむ、魔界自然紀行の世界か、ならばまずはキーパーソンたる人物を探さねばなるまい』


「サプリエート・スピリカ、か?」


緯度の言葉に、驚いたように妹喜は目を見開いた。


「なんじゃ、お主知っておったのか?」


「いや、世界を越えた時にまた記憶が流れ込んできた」



サプリエート・スピリカ、ポローヴェ出身の学者であり四精霊使いを志す才女。


そしてこの世界での緯度は学術都市ウェルスプルの植物学者であるイド・ディケンズ、スピリカの頼みでポローヴェに調査に来ている、らしい。



『うむ、お主の言葉が正しいならばここはスピリカ嬢の祖国、ポローヴェ、というわけか』



周りをキョロキョロと見渡す限り妹喜だが、あまりに寂しい土地であるため、目を細めた。


「緯度、なんとも荒涼とした場所じゃのう・・・」



「ああ、私もそう思う」


イドはかがむと、地面にある土を簡単に調べてみた。



あまりに乾燥しており、肥沃の欠片もないような痩せた土である。


実際周りには鳥はおろか虫も存在せず、あるものといえばポツリポツリと点在する痩せた木くらいである。


「とりあえずここにいても仕方がない、歩いてみるか?」









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痩せた土地をしばらく歩くと、いくつものバラック小屋が集まって出来ている集落に辿り着いた。



『緯度、ここは・・・』



「うむ、難民が集まるスラムのような雰囲気だな」


痩せた身体の老人があちらこちらにしゃがみ込んでおり、襤褸を纏った少年たちがうろついている。



「妹喜、ポローヴェとはこれほどまでに貧しい場所なのか?」



イドがいた世界にも貧困に喘ぐ発展途上国はあったが、実際にこうしてスラムを見るのは初めてである。


そのあまりの悲しさに、イドは奥歯を噛み締めた。



『うむ、実際スピリカ博士もスラムの出身、幼い頃から苦労しているからこそ、ポローヴェをなんとかしたいのじゃろう』



イドの内に、サプリエート・スピリカという人物に対する好奇心が俄然として生まれた。


「・・・会ってみたいものだな、そのスピリカとやらに」


「あ、おじさんっ!、背中にゴミついてるよ?」


いつの間にいたのか、小さな男の子がイドの背中を叩いていた。


「う、うむ、すまんな」



「うん、気をつけなよ?」


パタパタと手を振り、少年は素早くどこかへ去っていった。


『緯度、やられたな』



「・・・え?、あっ!?」


言われて気づいた、腰にあった菊水と放下、紅桜と針槐がなくなっている。


さっきの少年にスられたのだ、おまけに背中には『小遣いをいただく』というメモまで貼り付けられている。


「やられた、まずいことになってしまったな」


武器がないのは困る、だが少年がどこへ行ってしまったのかわからない。


『犯人を聞いて回るのは無駄じゃぞ?、おそらく誰も身内を売るような真似はすまいからのう・・・』



「とにかく探すしかない」



少年が消えた方向を見つめながら、軽くイドは首を振るった。



「やれやれ、いきなりハードだな」



嘆息すると、イドはスラムの中を走り始めた。








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「よう、どうだった?」



「ばっちし、これで姉ちゃんにまたがんばってもらえる」



スラムの裏道、そこに何人かの少年がいたが、彼らの前にはたくさんのくず鉄に交じって、立派な太刀と脇差、特徴的な装飾の二丁拳銃があった。



「にしてもたかそうだなあ、どこで見つけたんだ?」



「なんか変な兄さんからスった、なんに使うんだろうな?」



少年はうち一人が鼻を鳴らしながら針槐を手にした。



「知らねーの?、ジパングの刀だよ、『おサムライ』は二本挿してるんだって」


「刀は知ってるよ、でもさ、これはなにかな?」



どうも少年たちは拳銃を知らないらしい、もしかしたらまだポローヴェでは拳銃は発明されておらず、見たこともないのかもしれない。



「なんだかわかんないけど、高く売れそうじゃないか?」


針槐を調べていた少年は、ニヤリと笑った。


「とにかく、これを売って、スピリカお姉ちゃんを少しでも楽にするんだ」



「・・・やっと見つけたぞ?」



ゆらりと路地裏に黒いコートの青年がやってきた。


「ひっ!」



慄く少年、現れたのは誰でもない、両刀と二丁拳銃の本来の持ち主であるイド・ディケンズその人である。





「君の動きは迅速そのものだが、一つ重大な穴があった」


イドが広いスラムをそれほど走らずに、ここまで来れたのは勿論単なる偶然ではない。


「犯行には必ず、匂いが残るものだ」


少年が残したメモ、これを使って妹喜が犯人の居場所を探知したのだ。



「さて、私の武器を返して貰おうか、それは君たちの手には余るものだ」


ゆっくりと近づくイド、だが少年はあろうことか針槐の銃口をこちらに向けた。



「くっ、来るなっ!」


「やめておいたほうが良い、それは君には使いこなせない」


また近づくイド、だが少年は震える手で針槐を握っている。


「大人しくそれを返せば何もしない、さあ、こちらに渡せ」



「う、嘘だ、武器を使って俺たちを責めるんだろうっ!?」


よくわからないがこの少年たちは大人に対してひどく失望しているようだ。


「そんなことはしない、さあ・・・」


瞬間、そう意識していたのではないかもしれないが、少年の指が引き金を引いてしまい、針槐から弾丸が放たれた。



「っ!」


だが至近距離ではあったものの、銃口を警戒していたイドは、たやすく軌道を読み、左にかわした。


「ぎあっ!」


だが、拳銃の衝撃は少年に容赦無く襲いかかり、彼は後ろにいた仲間たちを巻き込んで跳ね飛ばされた。



「・・・だから止めろと言ったのに」


針槐、紅桜、いずれも反動は半端ではなく、一発撃つだけでも、本来は片手では行うことは出来ない。


そこでイドや妹喜ら士魂のエージェントたちは発砲時に仙術を利用して、反動を最小限にまでとどめているのだ。


「うっ、うう・・・」


なんとか少年たちは立ち上がるが、針槐を撃った少年はまだ手が震えている。


静かにイドは針槐の銃身を握り、引き金を持つ手に指を添えた。


「貴方たち、そこで何をしているのですかっ!」


どこからか鋭い声がした、イドは針槐に集中していた意識を、そちらに向ける。


「誰だ?」


表通りから路地裏に至る入り口、そこに一人の美しい女性がいた。


艶やかな長髪に、素晴らしいまでに整った相貌、その身にまとう学士の装束と眼鏡が、理知的な雰囲気をさらに高めていた。


「君は・・・」


「す、スピリカお姉ちゃんっ!」


少年の一人が、彼女に向かってそう叫んでいたため、イドは相手に話しかける前に、正体を計ることが出来た。



「スピリカ?、あの少女が、サプリエート・スピリカ、なのか?」


「貴方は、ウェルスプルの、イド・ディケンズ博士、ですか?」


どうやらスピリカはイドのことを知っているらしい。

それはそうだ、『設定』では『イド・ディケンズ』をポローヴェに呼んだのはスピリカその人、故に顔くらいは知っているだろう。


記憶にはスピリカと会った情報がない以上、お互いに初対面ではあるのだろうが。



「何をしているのです?、まさかその子たちが何か粗相を・・・」


スピリカは少年たちとイドを代わる代わる見つめていたが、落ち着いているイドに対して、少年たちはビクビクしている。


「・・・貴方たち、まさかまたスったのですか?、窃盗は止めろとあれほど・・・」


「待ってくれスピリカ女史、誤解がある」


イドは軽く手を上げて、説教を始めようとしたスピリカを制した。


「誤解、ですか?」


「そうだ、この子たちは道に迷った私を助けてくれてな、そのお礼として私の持ち物を渡していたところだ」


イドは針槐を握っていた少年の手を軽く撫でると、そのまま手を離した。



「・・・そう、なの?」


スピリカは困ったように少年たちを見ていたが、彼らは何も話さなかった。



「そんなことよりも・・・」


空気を変えようとイドは首を振り、スピリカに視線を合わせた。


「貴方と話しがしたい、サプリエート・スピリカ・・・」
16/12/15 14:50更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
はい、みなさんこんにちは〜、水無月であります。

いよいよ今回から新章突入、舞台は変わりまして図鑑世界(風な)ポローヴェ(みたいなところ)に移ってまいります。

いきなり武器がなくなりましたが、はてさて、どうなっていくのやら。

ではでは、今回はこの辺りで。

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