白紙のキャンパス
「この絵を買った奴も、他の贋作を買った連中も、透視魔術を使える魔法使いに鑑定させれば贋作と気づいたでしょう」
俺は領主たちの前で語った。思ったよりも淀みなく言葉が出てきた。まるで画商として絵を売っていた時代のように、弁舌巧みな自分に戻っていくのを感じた。
「私はルトラージェンと同時代の無名の画家の絵を購入し、絵の具を剥ぎ取り、そのキャンパスに新たな絵を描いたのです」
以前と違うのは嘘がないことだ。洗いざらい全部話し、その上で騙してきた連中の節穴ぶりを嘲笑ってやる。それで俺の復讐は終わる。後は罪を償うのみ。
「真作と同じ時代のキャンパスを使う事で、鑑定家の目を誤摩化したと？」
「そうです。しかし透視を行えば、除去しきれなかった元の絵の一部が見えるはずです」
それにも関わらず、俺の贋作を買った権力者はそれをしなかった。魔法使いなど容易く雇えるような金持ちばかりだったが、そこまでして絵の真贋を確かめようとせず、盲目的に真作だと信じた。
巨匠ルトラージェンは英雄の堕落に失望し、長い空白期間の後、絵の題材を『英雄の活躍』から『庶民の生活』に変えて復活した。しかしその空白期間にも英雄の肖像を描いていたのではないか、という学説があった。俺はそれを利用したのである。
幻の名画がまだあるのではないかという仮説は、『あって欲しい』という願望に変わる。
やがてそれが『あるはずだ』という思い込みに変わる。
そこに付け入るのは簡単なことだ。欲しがる物を与えてやれば、誰もそれを本物と信じたくなる。マフリチェカが言ったように、絵のタッチがルトラージェンの真作とは多少違っていても、だ。後は時代による経年劣化などを再現してやればいい。
「表面には自作した保護薬を塗りました。アルコールで拭かれても大丈夫なように」
時間を経た古い絵の具は簡単には落ちないが、まだ描かれたばかりの絵はアルコールで拭けば溶け落ちてしまう。しかし錬金術師の家に生まれた俺にとって、絵の具表面を保護するニスを作るのは容易いことだった。絵の具自体も自作し、ルトラージェンの時代のものを再現した。
「最も苦労したのは、経年劣化によるひび割れの再現でした」
時を経た絵画は絵の具の表面に細かい亀裂が走る。それも錬金術で作った薬品や、キャンパス自体を窯に入れたりして何度も実験を重ねた。絵を傷めないように、それでいて経年で自然にできる不規則な亀裂を再現するのは大変な作業だった。
そして専門家の目を誤摩化してお墨付きをもらえれば、後は画家のことなどろくに知らない馬鹿に売るだけだ。
「私は罪を償う気はあります。しかしそれは巨匠の名を騙ったこと、他人の描いた絵を贋作作りのため剥ぎ取ったことに対してです。騙した相手に対する償いは一切する気はありません」
「確かに、そなたが贋作を売ったという者達は……」
書記のアヌビスからリストを受け取り、領主はため息を吐いた。俺が告白した『被害者』を列記したものだ。
「いずれも腐敗した為政者や軍人、地主などの類だ。この件を公開すれば、世界中の庶民はそなたを英雄と讃えるであろうな」
「そんなことは望んじゃいない。私は金をむしり取っただけです」
悪党を騙した詐欺師を義賊と呼ぶ者もいるだろう。だが俺は貧しき者に施しをしたわけでもないし、苦しむ者を救おうとしたわけでもない。精々酒場やカジノなどで盛大に金を使った程度だ。そんな中で出会った一人のバーテンダーのみが、俺の正体を見抜いた。テオは美術の知識などほとんどない癖に、下手な評論家よりよっぽど真贋を見抜く目に長けている。絵の目利きはできなくても、俺が嘘つきであることを見抜いたのだ。
「貴女は私の請願があったとはいえ、リャナンシーに絵を見せて鑑定させました。仮に反魔物領でもしっかりと手段を尽くして鑑定を行えば贋作だと見破れたはずです。金のかかる絵を持って自慢したがるような、美術のことなど分かっていない連中はその努力をしなかった」
「つまり騙される方が悪いと？」
「突き詰めてしまえばそういうことになります。美術界では特に」
金と権力に物を言わせて美術品を買い漁る連中は、真実などより面子が大事なのだ。もし俺の贋作を買った『被害者』たちに、それは偽物だから焼き捨てよと神が命じたとする。恐らく誰も応じないだろう。自分の目が節穴だったことを必死で隠そうとするに違いない。
「贋作は永遠になくなりません。それを欲する人間がいる限り。真贋や絵の美醜より、それを買える権力を誇示したい奴らがいる限り」
偽りのない、俺の本心だった。俺がいてもいなくても、どこかで誰かが贋作を作る。そしてそれを喜んで買う奴らがいる。
「しかし、私は二度と他人の名を騙って絵を描くようなことはしないと誓います」
「……ふふ」
領主は笑みを浮かべた。どことなく愉快そうな、そして慈しみを感じる笑顔だった。正直、罪人に裁きを申し渡す場には似合わない表情だ。
「マフリチェカ・ジーネ」
不意に名を呼ばれ、マフリチェカが弾かれたように立ち上がった。
「リャナンシーとして、そなたはこの男をどう評するか？」
「……彼の罪が消えることは、ないと思います」
静かな声で、だが躊躇いなく彼女は言った。しかしその口調にしっかりと前を見据える視線に、俺に対する侮蔑は一切含まれていなかった。
「そして彼が美術界に投げかけた問題も、消えることはないかもしれません。ですが、今一度この絵を見てください」
マフリチェカは壁にかけられた『吊り橋の決闘』を指差した。徹底的に再現した経年劣化、剣士の勇猛さと覚悟、揺るぎない信念を宿した絵。俺が心血を注いで作り上げた贋作。
「例え憎しみから生まれた創作意欲であっても、これだけの強い力を絵に宿せる人が、果たしてどれだけいるでしょうか。皆さんにも分かるはずです。彼の絵の力が！」
小さな体から声を振り絞り、彼女は叫んだ。俺のために。芸術を司る妖精が、俺のような男のために。
「憎しみから開放されて、罪と向き合えたなら、彼は自分自身の『本物』の作品を描けるはずです！ その機会をどうか、奪わないでください！」
マフリチェカの言葉が室内に響き渡り、一瞬沈黙が生まれた。領主は相変わらず笑みを湛えたまま、今度はテオに視線を移す。
「テオ・ベッカー。そなたは全て知っていたのか？」
「ええ。しかしお客様の秘密はお守りするのが、バーテンダーとして当然のことですので」
「……大した奴だ」
俺が抱いたのと同じ評価を、領主はテオに下した。全くもって大した奴だ。如何に旧知の仲と言えど、町の領主相手にもバーテンダーの義務を守るとは。そして何より、俺の嘘を見破れた唯一の人間なのだ。
感心すると同時に、俺は緊張が高まってきた。果たして領主はどのような判決を言い渡すのか。
「では罰を言い渡そう」
表情を引き締め、高らかに領主は告げた。いよいよ、審判の時だ。
町から追放されなくとも、遺跡発掘隊の仕事からは降ろされるかもしれない。それでもこの町にいられれば、マフリチェカとも一緒にいられる。仮に追放されたとしても、彼女はきっと一緒にいてくれる。励ますような笑みを向けてくれるマフリチェカを見て、そう確信した。
平民を食い物にし、その命を踏みにじっていたあの伯爵家は、財政難に陥ったところを農民と使用人の反乱を受けた。その遠因となったのは俺の贋作を買ったため、雇っていた傭兵への給料を払えなくなったためだった。元から人望もないのに金も払われなくなれば当然傭兵は裏切る。絵を買った伯爵の息子は生きたまま馬で町中を引きずり回され、最期は逆さ釣りにされて四方八方から投石を受けて息絶えたという。
その話を伝え聞いて、俺の復讐は終わったと思った。同時に贋作を作ったことへの罪の意識も感じた。今からでもまともな画家に戻れないかと、テオの紹介でこの町に来た。
だからここで裁かれるならば悔いはない。美術品を市井に公開し、領民をいたわり、ノブリス・オブリージュを果たす真の貴族。名君の裁きなら甘んじて受けよう。
腹を決めた俺に対し、領主は口を開いた。
「この絵……『吊り橋の決闘』が傑作であることに疑いの余地はない。予定通り、市民美術館に展示する。作者名はベルスト・ヴァン・クーベルマン」
思わず目を見開いた。心臓が大きく鳴る。
「そなたの罪はこの町にて保存される。それを忘れることなく、この町で私の部下として歩め。以上」
凛とした声が響き、場は静まり返る。誰一人として言葉を発する者はなく、町の幹部たちも納得したような顔をしていた。
慈悲深く、そして厳しい判決だった。
「異論のある者はないか？ ならばこれにて閉会とする！」
………
……
…
夜の町は静まり返っているようで、実は眠っていない。この町で人間と魔物は常に引かれ合い、夜は特にその磁力が強くなる。家のベッドで、何処かの出会いの場で、愛を深めている。
夜空に煌めく月はそれを見下ろすのみ。俺はその狭間、つまり住まいであるアパートの屋上から町を見下ろし、上から降り注ぐ月光と夜風を浴びていた。
「この風景を絵にしたいね」
肩に座るマフリチェカに、ぽつりと語りかける。査問会の後、マフリチェカは何も言わず俺についてきた。ぴたりと寄り添い、時折そっと頬にキスをしてくる。このリャナンシ―が変わらず俺の側にいてくれることが、何よりも嬉しかった。
「もう絵を描くのに理由なんていらない。ただひたすら描きたい」
「ええ、それでいいんです」
彼女は嬉しそうに言った。宙に飛び上がり、夜景を背に俺の眼前をふわふわと飛ぶ。
「ベルストさんは憎しみから、自分を放つことができたんです。きっとこれから、ベルストさん自信の作品を描けるはずです！」
俺の前途を祝福するかのように、彼女は屈託の無い笑顔を見せてくれた。罪は消えなくとも、俺は前に進むことができる。ここはそういう町なのだ。
領主は優しさと厳しさを併せ持つ女性だ。俺の描いた贋作は他ならぬ俺の作品として、市民の目に留まることになる。そして俺もそれを見る度、自分の罪を思い出すだろう。過去を捨てることを許さず、引きずりながら前進せよとあの領主は命じたのだ。
荷は重い。だが俺が倒れそうになっても、小さな体で俺を支えてくれる妖精の恋人がいる。
「これからも一緒にいてくれるか、マフリチェカ」
「はいっ！ ベルストさんの絵を……もっともっと、すぐ側で見ていたいです！」
俺の顔に飛びついてきたかと思うと、額に小さな唇でキスをしてきた。だが柔らかな感触の直後、俺は間近に見える彼女の体に目がいった。
ヒラヒラした可愛らしい赤のスカート。その裾から覗く、細く奇麗な脚。少女の姿をした妖精の、小さな下半身に美しさを感じた。彼女の体が芸術品なのはもう知っている。その脚に官能的な美しさを感じてしまうのは無理からぬことだった。
目が合い、マフリチェカは顔を赤らめた。照れくさそうに、おずおずと自分のスカートを掴む。彼女も俺と同じようなことを考えていたのだろうか。
お互いに無言で見つめ合ったまま、小さな手がゆっくりと、スカートをまくり上げていく。柔らかそうなふとももが露出し、続いて下腹部までが露わになる。驚いたのは、その部分を隠す衣類、つまり下着の類がなかったことだ。少女の最も秘められた場所が、無毛の恥丘が目の前にある。
「ん……♥」
僅かに声を出しながら、彼女は小さな指で小さな女性器を押し広げ、見せてくれた。ピンク色の割れ目から愛液がたらりと足れ、ふとももを艶かしく伝っていく。
花の香りが鼻をくすぐった。あのカクテルと同じ、妖精の匂いだ。例え掌に乗るような妖精の体でも、そこは完璧な女性器のミニチュアとなっていた。ただし人間のそれよりも神秘的で、初心な美しさを持つ蜜壷が、そこにあった。
「ここに……挿れたいです」
恥ずかしげな上目遣いをしつつも、発情しきった様子のマフリチェカ。そんな姿を見て平気でいられるわけがない。俺はすでに彼女の虜になっているのだ。
ズボンとパンツを降ろすと、極限まで勃起した男根が反り返って上を向いた。宙に浮かぶマフリチェカはうっとりとそれを見つめ、股を大きく開いて、男根の上にゆっくりと舞い降りていく。
「本当に入るのか……？」
彼女の花園の入り口は小さく、小指ですら入るか怪しい。妖精の体格からすれば当然だが、これで怒張した男寝を咥え込むというのはいささか無謀に思えた。
俺の問いに、マフリチェカは微笑みで応えた。
「魔物の体は、男の人と交わるようにできていますから……♥」
そのままゆっくりと降下し、彼女は反り返った男根のすぐ上まで来る。次の瞬間にはとうとう、そのミニチュアの秘部と亀頭が接触した。
「うっ……！」
「あンっ……♥」
俺たちは同時に声を上げた。たらたらと潤滑液を溢れさせるマフリチェカの女性器は、接触と同時に入り口の形を変え始めた。ねっとりと愛液を絡ませながら、亀頭の丸みに沿ってゆっくりと、割れ目が広がっていく。マフリチェカがぐりぐりと腰を左右に動かし、広がって行く妖精の膣が、俺の男根を飲み込んでいった。
妖精の腹部が亀頭の形に膨らんで行くのは、ある意味とても異様な光景だった。だが俺はその姿にグロテスクな印象は一切覚えなかった。何故なら自ら健気に腰を使い、挿入していくマフリチェカの表情が、快楽に満ちて艶かしく、淫らに輝いていたからだ。
「あぅっ♥ んんっ、えいっ♥ えいえいっ♥」
彼女は楽しそうに、喘ぎ声とかけ声を出しながら、奥へ奥へと男根を導いていく。やがて亀頭のくびれの部分まで、すっぽりと彼女の膣内に収まった。
「こ、これは……」
「はぁぁうぅぅ♥ つ、繋がっちゃったぁ……♥」
小さな少女が蕩けた表情で喘ぐ姿は実に淫らであり、その蜜壷の感触は異次元の快楽だった。まるで男根の先端のみが妖精の国へ送られたかのようだ。小さいだけに亀頭へしっかり密着して締め付けてくるが、それだけではない。男根を優しく労るかのように、内部の細かなひだがゆっくりと蠢き、撫で擦ってくるのだ。
「ふぁっ、ん♥ 私とベルストさん、一つにぃ……♥」
このまま何もしなくても、俺は彼女の中で感極まって精を吐き出すだろう。だがそれでも俺は更なる快楽を求めるべく、マフリチェカの体をぎゅっと掴んだ。
柔らかな感触の体を壊さないように、だが躊躇うことなく。俺は彼女の体を上下に動かした。
「んんっ、あっんっ♥ ふぁあああん♥」
マフリチェカの快楽に染まった悲鳴と、愛液の卑猥な水音が聞こえた。同時に蕩けるような快感が男根を包み込む。膣内が蠢いて亀頭との摩擦が強くなり、上下に擦れる度に感覚を刺激される。何枚もの小さな舌でくすぐられ、淫らに舐められているかのようだった。
俺はさらに激しく、彼女の体を動かす。マフリチェカが痛がっていないかなど気にしなかった。俺が気持ちいいのだから彼女も気持ちいいに決まっている、そんな確信があった。
「ああっ♥ イイっ……♥ もっと、ふぁ♥ ベル、スト、さぁん♥」
そしてそれは正解だった。彼女が翅をばたつかせて悶える度、奇麗な鱗粉が月光を反射して煌めく。それに包まれるマフリチェカの表情はより一層蕩け、歓喜の笑顔で俺を見つめていた。
ぷしゃっ、と小さな音を立て、大きく押し広げられた入り口から何かの液体が噴き出した。潮吹きか失禁かは分からないが、その様子に興奮した俺はますます快楽が強まり、溺れていく。
「マフリチェカ……俺の、リャナンシー……！」
「ベルスト、さぁぁん♥ あうぅぅ♥」
マフリチェカの体が小刻みに痙攣し、それに伴い膣内も脈動する。それが引き金となり、俺の欲望は迸った。
「きゃぅぅ♥ 熱いよぉ……♥」
焼け付くような快楽を味わいながら、狭い蜜壷に精液を吐き出していく。健気な妖精の膣はそれを吸い上げて飲み干そうとするが、量が多すぎる。繋がっている境目から白濁が垂れ流され、一層卑猥な光景を作った。
今の彼女を絵にしたい。俺は躊躇いもなくそう思った。だが絵筆を持てるだけの理性を保てそうにない。今できることはただひたすら、俺の絵の具で彼女を染上げることのみなのだ。
それが俺の、『本物』の人生の始まり。
「はぁ……はぁ……はぁ……♥」
マフリチェカは男根に突き刺されたまま、呼吸を整えている。やがて彼女が幸せそうな笑顔で俺を見上げてくる頃には、もう男根は再び怒張し、その小さな体を上に突き上げていた。
「好きだよ、マフリチェカ……」
再び彼女の体を掴み、互いに微笑んで……俺たちはまた、快楽を貪った。
月の見下ろす下で、何も考えず、ただ無心に。
創作というのも本来、こういうことなのではないか。
再びマフリチェカの中に精を放ちながら、俺は自分が『本物』になる喜びを感じていた……。
……その後、ルージュ・シティの夜景を舞う妖精の姿を描いた絵が、市民美術館で『吊り橋の決闘』の隣に展示されることとなった。
絵の題は、『夜明け前の希望』。
〜fin〜
俺は領主たちの前で語った。思ったよりも淀みなく言葉が出てきた。まるで画商として絵を売っていた時代のように、弁舌巧みな自分に戻っていくのを感じた。
「私はルトラージェンと同時代の無名の画家の絵を購入し、絵の具を剥ぎ取り、そのキャンパスに新たな絵を描いたのです」
以前と違うのは嘘がないことだ。洗いざらい全部話し、その上で騙してきた連中の節穴ぶりを嘲笑ってやる。それで俺の復讐は終わる。後は罪を償うのみ。
「真作と同じ時代のキャンパスを使う事で、鑑定家の目を誤摩化したと？」
「そうです。しかし透視を行えば、除去しきれなかった元の絵の一部が見えるはずです」
それにも関わらず、俺の贋作を買った権力者はそれをしなかった。魔法使いなど容易く雇えるような金持ちばかりだったが、そこまでして絵の真贋を確かめようとせず、盲目的に真作だと信じた。
巨匠ルトラージェンは英雄の堕落に失望し、長い空白期間の後、絵の題材を『英雄の活躍』から『庶民の生活』に変えて復活した。しかしその空白期間にも英雄の肖像を描いていたのではないか、という学説があった。俺はそれを利用したのである。
幻の名画がまだあるのではないかという仮説は、『あって欲しい』という願望に変わる。
やがてそれが『あるはずだ』という思い込みに変わる。
そこに付け入るのは簡単なことだ。欲しがる物を与えてやれば、誰もそれを本物と信じたくなる。マフリチェカが言ったように、絵のタッチがルトラージェンの真作とは多少違っていても、だ。後は時代による経年劣化などを再現してやればいい。
「表面には自作した保護薬を塗りました。アルコールで拭かれても大丈夫なように」
時間を経た古い絵の具は簡単には落ちないが、まだ描かれたばかりの絵はアルコールで拭けば溶け落ちてしまう。しかし錬金術師の家に生まれた俺にとって、絵の具表面を保護するニスを作るのは容易いことだった。絵の具自体も自作し、ルトラージェンの時代のものを再現した。
「最も苦労したのは、経年劣化によるひび割れの再現でした」
時を経た絵画は絵の具の表面に細かい亀裂が走る。それも錬金術で作った薬品や、キャンパス自体を窯に入れたりして何度も実験を重ねた。絵を傷めないように、それでいて経年で自然にできる不規則な亀裂を再現するのは大変な作業だった。
そして専門家の目を誤摩化してお墨付きをもらえれば、後は画家のことなどろくに知らない馬鹿に売るだけだ。
「私は罪を償う気はあります。しかしそれは巨匠の名を騙ったこと、他人の描いた絵を贋作作りのため剥ぎ取ったことに対してです。騙した相手に対する償いは一切する気はありません」
「確かに、そなたが贋作を売ったという者達は……」
書記のアヌビスからリストを受け取り、領主はため息を吐いた。俺が告白した『被害者』を列記したものだ。
「いずれも腐敗した為政者や軍人、地主などの類だ。この件を公開すれば、世界中の庶民はそなたを英雄と讃えるであろうな」
「そんなことは望んじゃいない。私は金をむしり取っただけです」
悪党を騙した詐欺師を義賊と呼ぶ者もいるだろう。だが俺は貧しき者に施しをしたわけでもないし、苦しむ者を救おうとしたわけでもない。精々酒場やカジノなどで盛大に金を使った程度だ。そんな中で出会った一人のバーテンダーのみが、俺の正体を見抜いた。テオは美術の知識などほとんどない癖に、下手な評論家よりよっぽど真贋を見抜く目に長けている。絵の目利きはできなくても、俺が嘘つきであることを見抜いたのだ。
「貴女は私の請願があったとはいえ、リャナンシーに絵を見せて鑑定させました。仮に反魔物領でもしっかりと手段を尽くして鑑定を行えば贋作だと見破れたはずです。金のかかる絵を持って自慢したがるような、美術のことなど分かっていない連中はその努力をしなかった」
「つまり騙される方が悪いと？」
「突き詰めてしまえばそういうことになります。美術界では特に」
金と権力に物を言わせて美術品を買い漁る連中は、真実などより面子が大事なのだ。もし俺の贋作を買った『被害者』たちに、それは偽物だから焼き捨てよと神が命じたとする。恐らく誰も応じないだろう。自分の目が節穴だったことを必死で隠そうとするに違いない。
「贋作は永遠になくなりません。それを欲する人間がいる限り。真贋や絵の美醜より、それを買える権力を誇示したい奴らがいる限り」
偽りのない、俺の本心だった。俺がいてもいなくても、どこかで誰かが贋作を作る。そしてそれを喜んで買う奴らがいる。
「しかし、私は二度と他人の名を騙って絵を描くようなことはしないと誓います」
「……ふふ」
領主は笑みを浮かべた。どことなく愉快そうな、そして慈しみを感じる笑顔だった。正直、罪人に裁きを申し渡す場には似合わない表情だ。
「マフリチェカ・ジーネ」
不意に名を呼ばれ、マフリチェカが弾かれたように立ち上がった。
「リャナンシーとして、そなたはこの男をどう評するか？」
「……彼の罪が消えることは、ないと思います」
静かな声で、だが躊躇いなく彼女は言った。しかしその口調にしっかりと前を見据える視線に、俺に対する侮蔑は一切含まれていなかった。
「そして彼が美術界に投げかけた問題も、消えることはないかもしれません。ですが、今一度この絵を見てください」
マフリチェカは壁にかけられた『吊り橋の決闘』を指差した。徹底的に再現した経年劣化、剣士の勇猛さと覚悟、揺るぎない信念を宿した絵。俺が心血を注いで作り上げた贋作。
「例え憎しみから生まれた創作意欲であっても、これだけの強い力を絵に宿せる人が、果たしてどれだけいるでしょうか。皆さんにも分かるはずです。彼の絵の力が！」
小さな体から声を振り絞り、彼女は叫んだ。俺のために。芸術を司る妖精が、俺のような男のために。
「憎しみから開放されて、罪と向き合えたなら、彼は自分自身の『本物』の作品を描けるはずです！ その機会をどうか、奪わないでください！」
マフリチェカの言葉が室内に響き渡り、一瞬沈黙が生まれた。領主は相変わらず笑みを湛えたまま、今度はテオに視線を移す。
「テオ・ベッカー。そなたは全て知っていたのか？」
「ええ。しかしお客様の秘密はお守りするのが、バーテンダーとして当然のことですので」
「……大した奴だ」
俺が抱いたのと同じ評価を、領主はテオに下した。全くもって大した奴だ。如何に旧知の仲と言えど、町の領主相手にもバーテンダーの義務を守るとは。そして何より、俺の嘘を見破れた唯一の人間なのだ。
感心すると同時に、俺は緊張が高まってきた。果たして領主はどのような判決を言い渡すのか。
「では罰を言い渡そう」
表情を引き締め、高らかに領主は告げた。いよいよ、審判の時だ。
町から追放されなくとも、遺跡発掘隊の仕事からは降ろされるかもしれない。それでもこの町にいられれば、マフリチェカとも一緒にいられる。仮に追放されたとしても、彼女はきっと一緒にいてくれる。励ますような笑みを向けてくれるマフリチェカを見て、そう確信した。
平民を食い物にし、その命を踏みにじっていたあの伯爵家は、財政難に陥ったところを農民と使用人の反乱を受けた。その遠因となったのは俺の贋作を買ったため、雇っていた傭兵への給料を払えなくなったためだった。元から人望もないのに金も払われなくなれば当然傭兵は裏切る。絵を買った伯爵の息子は生きたまま馬で町中を引きずり回され、最期は逆さ釣りにされて四方八方から投石を受けて息絶えたという。
その話を伝え聞いて、俺の復讐は終わったと思った。同時に贋作を作ったことへの罪の意識も感じた。今からでもまともな画家に戻れないかと、テオの紹介でこの町に来た。
だからここで裁かれるならば悔いはない。美術品を市井に公開し、領民をいたわり、ノブリス・オブリージュを果たす真の貴族。名君の裁きなら甘んじて受けよう。
腹を決めた俺に対し、領主は口を開いた。
「この絵……『吊り橋の決闘』が傑作であることに疑いの余地はない。予定通り、市民美術館に展示する。作者名はベルスト・ヴァン・クーベルマン」
思わず目を見開いた。心臓が大きく鳴る。
「そなたの罪はこの町にて保存される。それを忘れることなく、この町で私の部下として歩め。以上」
凛とした声が響き、場は静まり返る。誰一人として言葉を発する者はなく、町の幹部たちも納得したような顔をしていた。
慈悲深く、そして厳しい判決だった。
「異論のある者はないか？ ならばこれにて閉会とする！」
………
……
…
夜の町は静まり返っているようで、実は眠っていない。この町で人間と魔物は常に引かれ合い、夜は特にその磁力が強くなる。家のベッドで、何処かの出会いの場で、愛を深めている。
夜空に煌めく月はそれを見下ろすのみ。俺はその狭間、つまり住まいであるアパートの屋上から町を見下ろし、上から降り注ぐ月光と夜風を浴びていた。
「この風景を絵にしたいね」
肩に座るマフリチェカに、ぽつりと語りかける。査問会の後、マフリチェカは何も言わず俺についてきた。ぴたりと寄り添い、時折そっと頬にキスをしてくる。このリャナンシ―が変わらず俺の側にいてくれることが、何よりも嬉しかった。
「もう絵を描くのに理由なんていらない。ただひたすら描きたい」
「ええ、それでいいんです」
彼女は嬉しそうに言った。宙に飛び上がり、夜景を背に俺の眼前をふわふわと飛ぶ。
「ベルストさんは憎しみから、自分を放つことができたんです。きっとこれから、ベルストさん自信の作品を描けるはずです！」
俺の前途を祝福するかのように、彼女は屈託の無い笑顔を見せてくれた。罪は消えなくとも、俺は前に進むことができる。ここはそういう町なのだ。
領主は優しさと厳しさを併せ持つ女性だ。俺の描いた贋作は他ならぬ俺の作品として、市民の目に留まることになる。そして俺もそれを見る度、自分の罪を思い出すだろう。過去を捨てることを許さず、引きずりながら前進せよとあの領主は命じたのだ。
荷は重い。だが俺が倒れそうになっても、小さな体で俺を支えてくれる妖精の恋人がいる。
「これからも一緒にいてくれるか、マフリチェカ」
「はいっ！ ベルストさんの絵を……もっともっと、すぐ側で見ていたいです！」
俺の顔に飛びついてきたかと思うと、額に小さな唇でキスをしてきた。だが柔らかな感触の直後、俺は間近に見える彼女の体に目がいった。
ヒラヒラした可愛らしい赤のスカート。その裾から覗く、細く奇麗な脚。少女の姿をした妖精の、小さな下半身に美しさを感じた。彼女の体が芸術品なのはもう知っている。その脚に官能的な美しさを感じてしまうのは無理からぬことだった。
目が合い、マフリチェカは顔を赤らめた。照れくさそうに、おずおずと自分のスカートを掴む。彼女も俺と同じようなことを考えていたのだろうか。
お互いに無言で見つめ合ったまま、小さな手がゆっくりと、スカートをまくり上げていく。柔らかそうなふとももが露出し、続いて下腹部までが露わになる。驚いたのは、その部分を隠す衣類、つまり下着の類がなかったことだ。少女の最も秘められた場所が、無毛の恥丘が目の前にある。
「ん……♥」
僅かに声を出しながら、彼女は小さな指で小さな女性器を押し広げ、見せてくれた。ピンク色の割れ目から愛液がたらりと足れ、ふとももを艶かしく伝っていく。
花の香りが鼻をくすぐった。あのカクテルと同じ、妖精の匂いだ。例え掌に乗るような妖精の体でも、そこは完璧な女性器のミニチュアとなっていた。ただし人間のそれよりも神秘的で、初心な美しさを持つ蜜壷が、そこにあった。
「ここに……挿れたいです」
恥ずかしげな上目遣いをしつつも、発情しきった様子のマフリチェカ。そんな姿を見て平気でいられるわけがない。俺はすでに彼女の虜になっているのだ。
ズボンとパンツを降ろすと、極限まで勃起した男根が反り返って上を向いた。宙に浮かぶマフリチェカはうっとりとそれを見つめ、股を大きく開いて、男根の上にゆっくりと舞い降りていく。
「本当に入るのか……？」
彼女の花園の入り口は小さく、小指ですら入るか怪しい。妖精の体格からすれば当然だが、これで怒張した男寝を咥え込むというのはいささか無謀に思えた。
俺の問いに、マフリチェカは微笑みで応えた。
「魔物の体は、男の人と交わるようにできていますから……♥」
そのままゆっくりと降下し、彼女は反り返った男根のすぐ上まで来る。次の瞬間にはとうとう、そのミニチュアの秘部と亀頭が接触した。
「うっ……！」
「あンっ……♥」
俺たちは同時に声を上げた。たらたらと潤滑液を溢れさせるマフリチェカの女性器は、接触と同時に入り口の形を変え始めた。ねっとりと愛液を絡ませながら、亀頭の丸みに沿ってゆっくりと、割れ目が広がっていく。マフリチェカがぐりぐりと腰を左右に動かし、広がって行く妖精の膣が、俺の男根を飲み込んでいった。
妖精の腹部が亀頭の形に膨らんで行くのは、ある意味とても異様な光景だった。だが俺はその姿にグロテスクな印象は一切覚えなかった。何故なら自ら健気に腰を使い、挿入していくマフリチェカの表情が、快楽に満ちて艶かしく、淫らに輝いていたからだ。
「あぅっ♥ んんっ、えいっ♥ えいえいっ♥」
彼女は楽しそうに、喘ぎ声とかけ声を出しながら、奥へ奥へと男根を導いていく。やがて亀頭のくびれの部分まで、すっぽりと彼女の膣内に収まった。
「こ、これは……」
「はぁぁうぅぅ♥ つ、繋がっちゃったぁ……♥」
小さな少女が蕩けた表情で喘ぐ姿は実に淫らであり、その蜜壷の感触は異次元の快楽だった。まるで男根の先端のみが妖精の国へ送られたかのようだ。小さいだけに亀頭へしっかり密着して締め付けてくるが、それだけではない。男根を優しく労るかのように、内部の細かなひだがゆっくりと蠢き、撫で擦ってくるのだ。
「ふぁっ、ん♥ 私とベルストさん、一つにぃ……♥」
このまま何もしなくても、俺は彼女の中で感極まって精を吐き出すだろう。だがそれでも俺は更なる快楽を求めるべく、マフリチェカの体をぎゅっと掴んだ。
柔らかな感触の体を壊さないように、だが躊躇うことなく。俺は彼女の体を上下に動かした。
「んんっ、あっんっ♥ ふぁあああん♥」
マフリチェカの快楽に染まった悲鳴と、愛液の卑猥な水音が聞こえた。同時に蕩けるような快感が男根を包み込む。膣内が蠢いて亀頭との摩擦が強くなり、上下に擦れる度に感覚を刺激される。何枚もの小さな舌でくすぐられ、淫らに舐められているかのようだった。
俺はさらに激しく、彼女の体を動かす。マフリチェカが痛がっていないかなど気にしなかった。俺が気持ちいいのだから彼女も気持ちいいに決まっている、そんな確信があった。
「ああっ♥ イイっ……♥ もっと、ふぁ♥ ベル、スト、さぁん♥」
そしてそれは正解だった。彼女が翅をばたつかせて悶える度、奇麗な鱗粉が月光を反射して煌めく。それに包まれるマフリチェカの表情はより一層蕩け、歓喜の笑顔で俺を見つめていた。
ぷしゃっ、と小さな音を立て、大きく押し広げられた入り口から何かの液体が噴き出した。潮吹きか失禁かは分からないが、その様子に興奮した俺はますます快楽が強まり、溺れていく。
「マフリチェカ……俺の、リャナンシー……！」
「ベルスト、さぁぁん♥ あうぅぅ♥」
マフリチェカの体が小刻みに痙攣し、それに伴い膣内も脈動する。それが引き金となり、俺の欲望は迸った。
「きゃぅぅ♥ 熱いよぉ……♥」
焼け付くような快楽を味わいながら、狭い蜜壷に精液を吐き出していく。健気な妖精の膣はそれを吸い上げて飲み干そうとするが、量が多すぎる。繋がっている境目から白濁が垂れ流され、一層卑猥な光景を作った。
今の彼女を絵にしたい。俺は躊躇いもなくそう思った。だが絵筆を持てるだけの理性を保てそうにない。今できることはただひたすら、俺の絵の具で彼女を染上げることのみなのだ。
それが俺の、『本物』の人生の始まり。
「はぁ……はぁ……はぁ……♥」
マフリチェカは男根に突き刺されたまま、呼吸を整えている。やがて彼女が幸せそうな笑顔で俺を見上げてくる頃には、もう男根は再び怒張し、その小さな体を上に突き上げていた。
「好きだよ、マフリチェカ……」
再び彼女の体を掴み、互いに微笑んで……俺たちはまた、快楽を貪った。
月の見下ろす下で、何も考えず、ただ無心に。
創作というのも本来、こういうことなのではないか。
再びマフリチェカの中に精を放ちながら、俺は自分が『本物』になる喜びを感じていた……。
……その後、ルージュ・シティの夜景を舞う妖精の姿を描いた絵が、市民美術館で『吊り橋の決闘』の隣に展示されることとなった。
絵の題は、『夜明け前の希望』。
〜fin〜
14/06/17 23:25更新 / 空き缶号
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