連載小説
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正しい遊び方
俺が彼女を見つけたのは、通勤電車を待つ駅のホームだった。
この春から見かけるようになったから、彼女はきっと新入社員なのだろう。
ひっつめた黒髪に、黒縁の太い眼鏡。野暮ったい化粧に、分厚く塗られた口紅は、お世辞にも魅力的な女性とは言えなかった。服装もキチッとしたスーツ姿だったが、でるところも出ていない、言っては悪いが、土のついたゴボウのような女性だった。
しかし、俺はどうしてだか彼女に目をひかれた。
それは、かがんでハンカチを拾う彼女のうなじが、やけに白かったからなのかもしれない。

「列車が参ります。白線の内側までお下がりください」
俺がいつも通りの駅のアナウンスを聞いていると、気づけば彼女は隣に立っていた。
横目で見れば、彼女はいつも通りの野暮ったい服装と化粧である。彼女はなにやら熱心にスマホをいじっていた。やがて電車がやってきて、俺は人の海に身を押し入れた。彼女は俺の後ろからついてきて、同じように溺れたようだった。
電車が走り出せばぎゅうぎゅうともみ洗いされるような人混みに、俺は満員電車の男の常として、痴漢と間違われないように両手を掲げて立っていた。
ゴトンとカーブで電車が揺れた時、俺は背中になにやら柔らかい感触を感じた。
女の感触だった。
俺は背中に神経を集中させざるを得ず、それを堪能することにした。誰だか知らないが、その女の胸は潰れていることが分かるくらいには大きかった。
万が一俺から動いてしまえば、痴漢だと声を上げられてしまうかもしれない。だから、電車の揺れに合わせた胸の感触を堪能するくらいだろうと思っていたのだが、その女はあろうことか、俺の背中にその豊満な胸を押し付けてきているように思えた。人混みに押されて止むを得ずという動きではない。明らかに意図的に、まるで乳首を擦り付けるような、弧を描く動きだった。
彼女は痴女らしい。
俺は降って湧いたような僥倖に、至福の時間を味わった。
予定の駅で降りるとき、俺はとても残念な気持ちと、寂しい気持ちに支配された。
この痴女の顔を一目見てやろう。そう思ったのだが、人ゴミの大波に逆らうこともできず、朝のその時間は、無情にも流されてしまった。
会社に着いて上着を脱げば、どうにもその女の、甘ったるい匂いが残っているような気がした。

その日の帰り、遅くなった俺は、一人っきりの電車の窓から、過ぎ行く町の明かりをボンヤリと見ていた。まるで深海を泳ぐ魚の眼ようなその揺らめきは、なんとも言えない心地の良い眠気を誘ってきた。だから俺は、あの彼女が俺の真ん前の席に座ったのが、夢ではないのかと思った。
彼女はいつも通りのスーツ姿に、野暮ったい化粧をして、なにやらスマホをいじっていると、そのうちに目を閉じてしまった。ーー眠ったのかもしれなかった。
ただ朝の通勤時間が同じになるだけの、ただの他人である俺たちが声をかけあうわけがない。俺もこの心地のよい揺れのままに眠ってしまおうか、そう、ウトウトし始めた時だった。
俺のスマホが震えた。
スマホを取り出して確認してみれば、なにやらアプリの通知だった。

【まもむすGO】
この世界には正体を隠して暮らしている魔物娘がいます。
このアプリに写して彼女たちの正体を暴いて手篭めにしてしまえ。

そんな説明が書いてあった。
俺は胡散臭く思いながら、まるで操られるかのような気まぐれな気持ちで、そのアプリをインストールしてみることにした。
なんでも、自分の攻略できる魔物娘は限られており、攻略できる相手には『get me』の表示がされるのだという。俺は何気なしにサーチのコマンドを実行してみた。
すると、一人、近くに『get me』の表示が出ている対象がいた。
電車に乗っている俺は、画面の地図上をものすごい速さで移動している。対象である魔物娘も俺のすぐ近くで、同じ速さで移動しているようだった。
俺は、まさかと思う。
この車両には俺と彼女しかいない。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。そうして彼女をソッとスマホの画面に写してみた。
そこには、魅惑的な姿のサキュバスが写っていた。

俺は動揺をなんとか鎮めつつ、画面上の彼女と向かいの席で眠る彼女を見比べる。
向かいの席の彼女は言うまでもなく人間の姿である。野暮ったいスーツに太い黒縁メガネで野暮ったい化粧をしている。
しかし、画面上の女性は、頭に悪魔の角が生え、その背後から悪魔の羽に尻尾も伸びている。尾の先はハート形だった。艶のある黒髪が肩口まで垂れ、整えられた眉の下、瞼は大きな目だまに膨らんでいる。雪の積もった山の稜線のような白い鼻筋と、みずみずしい果実のような唇。形の良い輪郭に連なるほっそりとした喉の下には、艶かしい鎖骨が浮き出ている。その顔こそが、その化粧の下に隠されていた宝石である、と俺は随分すんなり納得することができた。
画面の彼女は服装まで違っていた。
大きく胸元の開いた扇情的な服を豊かな胸が張り上げ、弾けてしまわないのが不思議なほどで、花瓶の口のように細まったウェストの下、大事なところしか隠していないような、申し訳程度の布面積からムッチリとした太ももがむき出しになっている。
俺は自らの劣情が膨れ上がるのを感じた。

たまらなくなった俺は、思わず画面上の彼女に触れてみた。
すると驚くことに、彼女のたわわな胸が、俺の指につつかれて揺れたではないか。それに、向かいの席の彼女から、「んぅ……」と身をよじらせる吐息が聞こえた。そこには隠しきれない官能の響きがあった。
信じられないことだったが、このアプリも魔物娘とやらの実在も、本当のことのようだった。
仄暗い情欲に支配された俺は、彼女の顔に触れてみる。
スマホの画面だと言うのに、まるで彼女の柔らかい産毛の感触すら分かるような気がした。そのほっそりとした首筋をなぞり、その胸に向けて指を下ろしていく。俺の指の動きに合わせて彼女の唇からは悩ましげな吐息が漏れ、胸にたどり着けば「ンっ……」という喘ぎが聞こえた。
俺は二本の指で二つの膨らみを、それぞれ弧を描くようになぞってみた。
随分柔らかいらしい彼女の胸は俺の指の動きに合わせてぐにゅぐにゅと形を変えて揺れ、彼女から聞こえる押し殺した喘ぎが、徐々に大きくなっていった。
俺の指は彼女の腰をなぞり、そのムッチリとした太ももに移動する。
画面上の彼女の頬は火照り、うっすらと汗ばんでいた。直接舐めてみたい誘惑にかられたが、肉眼で見た彼女は化粧が滲んでいる顔であり、そんな気持ちをおさめることができた。
太ももを撫でれば、その弾力が画面越しに伝わってくる気がした。
そして俺は、そのぴっちりと閉じられた足の奥を、いじってみたくなった。

その部分をコツコツとノックしてみる。
彼女はくすぐったそうに身をよじる。その唇が、イタズラっぽく歪んだのは気のせいではないのかもしれない。太ももの扉はうっすらと開いたり閉じたり、俺を焦らしている以外のなにものでもない動きでは、艶かしくうごめいた。
やがて彼女の閉じていた太ももが開き、
プニん。
俺の指が彼女の大事な部分に触れた。
すっかり夢中になっていた俺は、ようやく彼女の股に触れられて感動を覚えた。だから、彼女の股間の映像がいつしか画面に大写しになり、車内の蛍光灯の影が俺に落ちていたことに、声をかけられるまで気がつきはしなかったのだ。
「ねえ、痴漢さん。私が眠っている間に随分と好きなことをしてくれたみたいね」
楽しそうな女の声に、俺が上を向けば、画面で見ていたのと同じ姿のサキュバスが立っていた。
俺が口を開く前に、彼女の尾が俺の首に巻きつき、彼女は俺にのしかかってきた。
「こんな見え透いた罠にかかってくれるなんて、ふふ、可愛い人……」
彼女は語尾にもその瞳の奥にもハートマークが見えるような様子で、俺に顔を近づけてきた。
そこには野暮ったい新入社員などおらず、男を襲う、魅惑的なサキュバスがいた。
「それにしてもこんなに画面で夢中になって、本当に触って見たいとは思わなかったの?」
彼女の豊満な胸が俺に押し付けられ、悩ましい吐息が鼻にかかってくる。
それは今朝、俺の上着から匂った香りに間違いはなかった。
彼女だったのか……。

「お、俺をどうするつもりだ」
「どうするも何も、食べるだけ。夫になってもらって、これからずーっとずーっと愛してあげるだけ。夢中になって私を嬲っていたんだから、嫌とは言わせないわよ。じゃないと、痴漢として訴えてやる」
捕食者然とした彼女の瞳に、間抜けな俺の顔が映っている。しかし、そんな風に言われずとも、すでに俺は彼女の魅力に屈していた。
「ふふ。あなたをターゲットにして、このアプリを送ってもらった甲斐があったわ」
彼女は満足そうに笑うと、唇を俺のに重ねる。
その暴力的なまでの舌の動きに弄ばれ、俺は彼女を求め返した。
このアプリは、どうやら彼女たちを捕まえるものではなく、彼女たちを捕まえさせるものだったらしい。俺はまんまと罠にはまってしまったというわけだった。

あれから電車の中でのプレイにはまってしまった俺たちは課金し、画面上で使用できる大人のおもちゃで、昼の車内、画面上の彼女で遊んだり、無人の電車や、大勢の俺しか乗っていない電車のフィールドを整えてもらったりと、どっぷりと、様々な意味で搾取されることになるのだった。
17/09/25 22:58更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
アイテムやらイベントやらで奇をてらいすぎていた感もあるので、ちょっとここいらで正しい遊び方をば。
このままほって置くと迷走して膨れ上がって爆発四散しそうな気がしたので……本来はこんなコンセプトのアプリなのでありましたw

正しい遊び方のモデルプレイならば、やはりサキュバスさんということで、シチュもキャラも王道でいかせていただきました。
そして気づいた。俺、実は今までサキュバスさんを前面に押し出した話を書いてなかったな、と。

さて、お楽しみいただけたのであれば幸いです。
しかしそれにしても、主人公を真面目にしすぎてしまっただろうか……?

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