第十話「進む物語」
「夜麻里」
気絶した高原をかかえて廃墟から出ると、そこには縁と佐久耶の二人がいた。
「ふむ、解決するとは、さすがだ」
にこりと笑う縁だが、緯度の正体については気にならないのだろうか?
「射裟御先輩、私は・・・」
「夜麻里、そこから先は言う必要はない」
緯度が口を開こうとすると、縁は軽く右手を振るい、その言葉を制した。
「尋常ではない事情があるのだろう?」
その通りだ、別の世界からやってきてこの世界を狂わそうとする存在と戦っている、そんなことを信じて貰えるわけがない。
「夜麻里、君は普段から佐久耶を気にかけてくれている、そればかりか今回は命をかけて彼女を助け出してくれた」
武道の熟達者らしい、流れるような見事な動作で、縁は深く頭を下げた。
「君が何も話してくれなくても、君がどんな人物かはそれだけでわかる、信頼出来る、とな」
「先輩・・・」
ふっ、と一瞬だけ微笑んで見せると、縁は右手を上げた。
「では、また明日、行こうか佐久耶」
「はい、その、『緯度さん』、今日は本当にありがとうございました」
「あ、ああ、当然のことをしたまでだ、『佐久耶』」
にやっ、と笑ってそう緯度が告げると、佐久耶はしばらく唖然としていたが、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「はいっ」
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ポカポカとした気持ちが収まらないまま、佐久耶は自分の家にたどり着いた。
「やっと、名前で呼んでくれたなあ」
自室のベッドに寝転び、佐久耶はじっと天井の一点を見つめた。
「・・・緯度くん、また、助けてもらっちゃった」
一度ならず二度までも助けてくれた、おまけにそのうちの一つは危険を顧みず、命を賭して。
何故、ここまで彼は、自分のために命を投げ出してくれるのだろうか?
答えは簡単だ、彼がこの上ないくらいに優しく、またどうしようもないお人好しだからだろう。
何らかの意図があるにせよないにせよ、彼は命をかけてまで自分を助けてくれた、その人格は本物だろう。
ふと、そこまで考えてみて、佐久耶は言い知れぬ不安に囚われた。
彼はどこまでも優しい、もし友人が困っていれば、命を投げ出してまでなんとかしようとするほどに。
それゆえに、自分に向けられる善意も、そんな友人の一人に向けられたものの、一つでしかないかもしれない。
「・・・夢宮さんが、うらやましい、かも」
同じクラスの、彼とは幼馴染であるあの元気な女の子のことを佐久耶は思い出した。
彼女はずっと彼と一緒にここまで来た、おそらく一番近い場所にいる友人だろう。
そして、これからも・・・。
「っ!、ダメダメ、こんなこと考えてたら・・・」
「ふうん、彼女に対する友情から?、けれどそれだと貴女の望みは永久に叶いはしない」
すぐ近くで、聞いたことのない女の声がして、慌てて佐久耶さ飛び起きた。
「だ、誰っ!?」
「貴女にとっての救世主、とでも名乗ろうかしら?」
いつの間に部屋に侵入したのか、その女性、サキュバスのアルテアはゆっくりと優雅な動作で壁伝いに歩き、部屋の鍵を閉めた。
「き、救、世主?」
短く呟いた佐久耶、それに対してアルテアはゆったりと頷いた。
「そ、貴女の内に秘めた願いを、解き放つために来たの」
アルテアは佐久耶に近づくと、彼女の額に手を触れた。
「ははあ、随分と緯度の株価が上がってるわね〜」
まあ、いじめっ子から助けてもらい、さらには誘拐から命を救われた、好感を持たないほうがおかしいだろう。
「けれど貴女は何も出来ない、否、しない、の間違いかしら?」
「・・・それは」
反駁しようとする佐久耶だが、出来ず、途中で口を閉ざしてしまった。
「ふふっ、そんなに怯えなくても良いわ、言ったでしょう?、私は救世主だって・・・」
アルテアは佐久耶の眼鏡を外すと、下向きだった顎を持ち上げ、よく顔が見えるようにした。
「・・・あっ」
「うん、思った通り、美人じゃない」
そんなことを言われたのは初めてのこと、思わず佐久耶は赤面してしまっていた。
「本当ならどんな男も見惚れるような美貌、緯度ですら欲情を催さずにはいられなのに、勿体無いわ」
クスクスと微笑むアルテア、佐久耶はごくりと唾を飲み込む。
「本当、なのですか?」
「ん?」
佐久耶の言葉に小首を傾げてみせるアルテア、だがその瞳は妖しく輝き、明らかに何かを企んでいる。
「本当に、私は、緯度くんから見て、その、魅力的、なのですか?」
おずおずとアルテアを上目遣いに眺める佐久耶、不安で一杯といった感じだが、それがより色気に拍車をかけている。
「もちろん、けど今のままじゃダメ、まず貴女は・・・」
すっとアルテアは佐久耶のスカートの中に右手を差し入れた。
「え?、・・・あっ!、んんんっ!」
一瞬、左の腰のあたりに、凄まじい熱が走ったような気がした。
「あっ、ふわああああ・・・」
だが、熱はすぐさま治り、後には身体全体にじんわりと広がる、不思議な快感のみが残った。
「自信をつけるところから、ね?」
「は、はい、わかりました・・・」
アルテアの妖しい笑み、快感に溶かされた今の佐久耶は、その言葉が何を意味するか考えることは出来ず、その身を差し出すしかなかった。
にこりと微笑むと、アルテアは佐久耶のスカートをめくり、先ほどの熱の正体、ハートのような紋様の刺青をなぞった。
それだけで佐久耶は頭がチカチカするような快感を感じ、背中を仰け反らせる。
「ハッピーバースデー、レヴィアタン」
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「・・・何度目、かな?」
柔らかな朝日に照らされ、緯度はゆっくりと瞳を開いた。
「おはよう緯度、うむ、まことに、まっこと良い朝じゃな」
何やら妹喜の機嫌が良い、パタパタと尻尾は揺れ、さらには耳もふるふると動いているからだ。
「ああ、おはよう妹喜、まだ身体の疲れがとれたような気がしないな」
鷹ロイドという強大な敵と争ったのだ、仕方ないことなのかもしれないが中々慣れそうにない感覚だ。
「ふふ、じゃが緯度、苦労した甲斐はあったはずじゃ、物語がまた進んだようなのじゃからな」
「進んだ?、なんの前触れもなく、か?」
服を着替えながら、緯度は首を傾げながら何があったのか推論しようとした。
「ふふっ、お主が試練に打ち勝ち、戦を乗り越えるたびに、物語は進んでいくようじゃな」
とにかく物語が進んでいくのは悪いことではない、緯度は着替えを済ませると、軽く伸びをして部屋の外へと出た。
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学園へと向かう道、今日は明日奈も来なかったため、理梨と二人で登校だ。
「理梨、最近授業はどうだ?」
「・・・別に大したことない」
なんとか会話しようとするが、相変わらずそっけない、これだけ嫌われてしまっては物語の進行が滞るかもしれない。
「お兄はどうなの?、最近女の子侍らせて楽しそうだよね」
じろっ、とライオンも殺せそうなくらいに鋭い瞳で理梨は緯度を睨みつける。
「侍らせてなどいない、私は・・・」
「うっさい馬鹿兄っ!」
耳もとで叫ばれてしまい、緯度は思わず耳を塞いでしまった。
「・・・声が大きいぞ、理梨」
「ふんっ!」
注意しようとしたが、理梨は足早に学園へと走り去ってしまい、緯度が声をかけることは叶わなかった。
「おはよう夜麻理」
いつの間にいたのか、すぐ近くに縁が立っていた。
「射裟御先輩」
おはようございます、と挨拶を返す緯度だが、何やら縁の様子がおかしいことに気づいた。
普段は落ちついている縁だが、今日は珍しいことに微かに狼狽しているように見える。
「先輩、どうかしましたか?」
緯度がおずおずと、様子を見ながらそう訊ねてみると、一瞬だけ縁は目を見開いたが、すぐさま破顔した。
「ふっ、どうやら君には隠し事は出来ないようだな」
何度か縁は頷くと、緯度の隣に立って、歩き始めた。
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「最近、うちの学園で女生徒の印象が変わることがよくある」
縁の言葉に、緯度は妹喜が言っていたことを思い出していた。
すなわち、『この物語は、異界から来たサキュバスが一人また一人と同族に変えていく』のだと。
アルテアが本来の物語の中での仕事、つまり女生徒のサキュバス化をいよいよ本格的にし始めたのかもしれない。
「おとなしく、どちらかと言えばやや陰鬱な印象の女生徒も、何故か次の日から性格はほぼそのままながら、言うべきことは言うようになったりしてな」
悪いことではないが、と縁は呟いたが、何故こんなことが郡発するのか予想出来ずにいるようだ。
「夜麻理、何か気になることがあればいつでも私に言って欲しい」
「・・・わかりました」
実際には気になることがあるどころか、自分がサキュバスを助け、本来の物語の筋を通したためだが、緯度は何も言わずに、昇降口で縁と別れた。
「・・・そう言えば、今日はまだ慧と会っていないな」
いつも元気なあのクラスメイトのことを思い出し、キョロキョロするが、後ろにはいない。
遅刻かもしれない、そう緯度は考えたが、妹喜は、何が起きたのか、大体の予測をして、魔物らしく、ほくそ笑んでいた。
16/12/06 20:33更新 / 水無月花鏡
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