目次 次へ

プロローグ:おいでませ

 きっかけは実に些細なことだった。
 学校が終わり電車に乗って読書をしていると、和服姿の女の子が車両に乗ってきた。都心(と言ってもここらはそこまで都会ではないが、一番栄えているということで都心)の駅だったからコスプレか何かかとも思ったのだけれども、それにしては地味な服だし、ずいぶんと気こなしている風だった――まるで私服であるかのように。
(……)
 特別何を思ったわけでもなかったが、しばらく僕は彼女に目を奪われていた。少しパサついた長黒髪で、前髪も目が隠れてしまうくらいに長かった。特徴と言えばそれくらいで、他には何もない。
 それでも、目を惹かれてしまう。何か魔力を感じているのだ。実際彼女は魔物娘に相当する何からしく漏れ出る魔力を実際に感じることもできたが、そうではないもっと抽象的な魅力に近い雰囲気が彼女からは漂っていた。
(別に好みの女の子とかではないんだけどなぁ)
 失礼な例えかもしれないけども、面白そうな本が棚に並んでいるのを見たときのような感覚。
 好奇心をくすぐられる。それが今の心中を正しく言い表している表現だ。
(んー。もやもやするな。本屋に寄って何か買おうか)
 好奇心をくすぐられるだけくすぐられても、彼女についていってそれを満足させることはできない。きっとこの先しばらくは気になって勉強になんか手をつけられなくなってしまうだろう。だから矛先をずらしておこうという作戦だ。
(そうと決まれば次の駅で降りなきゃな)
 そう思っているうちにも電車が駅に停まる。期せずして彼女も同じ駅で降りるようだが、あまり怪しいふるまいは見せないようにしよう。
 電車を降りた。
「…………は?」
 目の前には田園風景が広がっていた。この駅はさっき言った都心の駅からそう遠くなく、こんなのどかな風景は広がっていないはずだった。実際僕は何回もこの駅で降りていた、こんな風景は見たことがなかった。
「え?」
 間違えた……?
 踵を返して再び電車に――乗れなかった。
 そもそも駅がない。プラットホームも線路もない。あるのはICカードにも対応した自動改札機。本当にそれだけがぽつんと目の前にあって、かろうじてさっきまで電車に乗っていたことが嘘ではないとわかった。
 ピッ
 改札にICカードをかざす。画面には確かに区間通りの料金が示されていた。
「ー……」
 恐る恐る改札の外に出る。踏み入れてしまった、異界に。
「はぁ。何なんだここ」
 とりあえず道なりに進むことにした。

「相棒……あいぼう村」
 水〇豊の顔が真っ先に浮かぶ村名が書かれた古い看板に出会った。その看板は分かれ道の真ん中に立ててあり、傍らにはそれぞれの道を指す看板が他にあった。こちらの方は比較的新しい。
「『西の片割れ』に『東の片割れ』」
 今は北を向いているということか、左の道は『西の片割れ』、右側が『東の片割れ』に通じているようだ。
「西行ってみるか」
 僕はなんとなく左の道を進んだ。
 程なくして村に辿り着いた。
「……思ってたのと違うなぁ」
 土の道が終わり、煉瓦で舗装された道。その先には西洋的な建物が並んでいた。奥には大きな屋敷もチラリと見える。
僕的には和風な方を、というかここは日本なのだから日本的な村があると思ったのだが実際は全く違った。
 さっきから惑わされてばかりだ。現実と予想のスケールが全く噛み合わない。
「ちょっと、怖いなぁ。なんとなくだけども」
 異界感がすさまじい。とりあえず東も見てみることにする。
 来た道を戻り、看板を過ぎてその先へ。
「……西と東ってそういうこと?」
 今度は予想通り、いや予想以上に和風。
 江戸時代にでもタイムスリップしたか? そんな村。やはり奥には先ほどと同じように屋敷が。
 やはりスケールがデカい。この辺りにこんな村が二つもあるなんてマップに載っていない。明らかにおかしい。
 ふと、先ほどの和服の女の子を思い出す。
「あの子は……こっちに来たのかな」
 それも気になったが、まだなじみのある東の方で話を聞きに行こう。
 そう思って村へと足を踏み入れていく。西もそうだったが、静かな村であまり人が外に出ていない。
 ようやく、井戸で水を汲んでいる人を見つけた。女の人だ。
「あのぉ、すいませ、んっ!?」
「ひゃっ!」
 声をかけると、ものすごくびっくりしたように目を見開いてこちらを見てきた。
 お互い、固まる。唖然として呆然として、しばらく言葉が出なかった。
 その光景は、正直電車を出てから最もショッキングな画であった。スケールの齟齬はここにまで現れていた。
 本当に大きな目……それがどんと一つだけ顔に付いていた。
 単眼……角が額に一本生えていることから、この人はサイクロプスであると考えられる。
 震えたいのはこちらの方なのだが、彼女はガタガタ震えながら、声を絞り出すように言った。
「お、男の人……」
 ぞわっと鳥肌が立った。
 この反応はめちゃくちゃ嫌な感じだ。
 この反応は、明らかに珍しいものを見たときの反応。
 必然、この村には男性がいないor少ないものと考えられる。
 つまり、ここには恐らくパートナーがいない魔物娘が……
「し、失礼しましたぁ!」
 僕は足早にその場を去り、村の出口に向かう。
 男の人……男の人ですって……男がここに?……
 ひそひそ声が、辺りから聞こえ始める。視線も。
 今、僕は、あの、大きな目、視線の、的に、なって、いるっ!
「っ!」
 重圧に耐えきれず、ついには走り出してしまう。それに釣られて、家屋の中からサイクロプスが出てきた――ような気がする! 振り向いてないからわからない!
「やばいやばいやばいやばいやばい!!」
 貞操の危機! 正直、男としてはすごくありがたい話だが!
「こんなよくわからんとこでは嫌だぁぁぁ!!」
 異界にて食物を食らえば、それはすなわち黄泉竈食ひ。同じ釜の飯を食うことは強い繋がりになる。そしてそこから帰ることはできないのだっ!
 飯食ってそれなら、布団を共にしたらどうなる!? セックスしたらどうなる!? 物理的に繋がっちゃうんだからそりゃあねぇ!?
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 この分じゃあ、西も怪しい。だから急いで電車に乗らなければならない。それだけが助かる道。
 だが電車にはダイヤがある。丁度その時に来ているかはわからないし、そもそもあそこに電車は止まるのかという疑問もある。
 それでもそこにしか逃げ場はない。とにかく村を抜け、走る。
 看板が見える。そこを曲がればすぐ――着いたっ!
 電車は来ていなかった。
「いやいやいやいや、ICかざせば召喚、みたいな……」
 しかし、アラートと共に改札が閉まる。
 無理みたいだ。
「た、たすけてくれぇ!」
 そんな情けない懇願をするが。
「ほら! こっち!」
「ひっ!」
 無情にも腕を引っ張られ、連行される。
「ご、ご勘弁をぉぉぉ!」
「いいから! 早く!」
 しかし、連行される方向は東でもなく西でもなく、また北でもなく、南だった。
「え?」
 気が付かなかったが、ぽつんとコンビニがあった。僕はそこに連れ込まれる。
「え、え?」
「幸ぃ、こいつか? 電車一緒に降りちまったってやつ」
 目の前には、コンビニの制服を着た、僕より少し年上のお姉さんの――単眼の人。
 背中からは触手が生えていて、その先っぽには目玉。
 僕を引っ張って来たのはゲイザーだった。
「は、はいぃ、メイ店長ぉ」
 そして店内にはもう一人――あの電車にいた女の子がいた。
「あー、とりあえず、奥のスタッフルーム連れてけ! 外のはウチが何とかしとくから!」
「ら、ラジャー!」
 何かわからないうちに、僕は幸と呼ばれた子に先ほどよりも数倍強い力で脇に抱えられ、レジ奥のスタッフルームに連行された。

「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「え、えぇと」
 スタッフルームで二人きりになって、僕はひたすらに謝られていた。頭をひたすらにペコリペコリと下げ、泣き出しそうになりながら謝罪を繰り返す。
彼女の服は和服ではなく、制服だった。
「ま、巻き込んじゃいました! ごめんなさい!」
 どうやら、僕が彼女を強く認識したまま、同じタイミングで降りてしまったことがまずかったらしい。
 いや、それなら悪いのは僕なのだが。
「うぅぅ、私が魅力的なボディしているばっかりに……」
「はい?」
 そういうのではなかったのだが……いや、この子、今自分で自分の事魅力的って言ったのか?
「いや、わ、悪いのは見てた僕ですし……」
 ちらりと彼女の自称魅力的なボディに目をやる。
 んー……んー?
「でも、今も私のこと見ちゃってますし……私が男を誘う無意識系グラマラスなばっかりに」
「いやぁ、そのぉ……そ、そうですね」
 この子、ぶりっ子とかではなく素で言ってそうだ。話が進まないからそういうことにしておこう。
「追い払っといたぞ。もう安心だ、ひとまずはな」
 そうこうしているうちにメイさんも入ってくる。
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ。ただよぉ、お前外の人間で、間違ってここに来ちまったんだよな?」
 外、要するに相棒村の外か。
「そうです、はい……」
「わりぃな、しばらく帰せそうにねぇわ」
 申し訳なさそうにメイさんは手を合わせて謝った。
 幸さんと違って軽すぎない? 謝罪。
「……カエレ、ナイ? マジデスカ?」
「マジ」
「……」
 僕は直後、生まれて初めて号泣というものをした。

20/05/16 00:44 鯖の味噌煮

目次 次へ

このテンションで乗り切ろう。次回、さっそくエッチ、多分
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所]
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33