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第八話「もう一人の淫魔」




朝になると、緯度は窓から差し込む光に起こされた。


「ん?、もう朝か」


ベッドから起き上がり、瞳をこすっていると、すぐ近くで眠っていたはずの相棒の姿がない。


「妹喜?」


名前を呼んでみると、窓にかかっていたカーテンの奥から微かな物音がした。


「うむ、おはよう緯度、良き朝じゃな」


にこりと微笑む妹喜、いつにも増してその表情は明るい。


「妹喜?、どうかしたのか?」


「緯度、気づかぬか?、どうやら妾たちが眠っている間に、物語が進んだようじゃぞ?」


物語が進んだ?、なんのことかさっぱりわからないが、昨日の影のことか?



「ともかく緯度よ、今日の良き日に、乾杯」


前足を掲げて何やら乾杯の仕草をする妹喜、軽く肩を竦めると、緯度は着替えを済ませて自室を後にした。








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茶の間には珍しいことに、すでに理梨がおり、何やらテレビを眺めている。



「おはよう理梨、良い朝だな」


返事を期待したわけではなかったが、意外なことに理梨は緯度のほうに視線を向けると、微かに顎を引いた。


「ははっ、ようやくお兄ちゃんに心を開く気になったかな?」


「うっさい馬鹿兄っ!、ひっつくなっ!」



理梨がぶん投げたリモコンをキャッチすると、緯度は食パンを二枚トースターにセットした。


「(くっくっく、相変わらずのツンデレじゃな)」


肩の上からまたしても妹喜はひそひそと緯度に耳打ちをする。


「(ほっとけ、しかしこんなので良いのか?)」



「(うむ、もう間もなく答えは出る、くっくっく、このツンデレも見納めか)」


よく分からないことを言う妹喜、緯度は焼き上がったトーストにバターを塗ると、食卓についた。




「おっはようっ、緯度くん」


まったく気配を感じさせなかった、いきなり緯度の背後に何者かが抱きついた。



「って、明日奈か?」


いつの間に家に入り、さらには緯度の背後に回り込んだのか、おそるべき早業である。



「うん、私だよ?」


しかし、一夜明けて随分と元気になったようだ。


休んだからか、顔の肌ツヤも良く、髪もサラサラと美しく、まるでこの世ならざる魔性の美しさを、清楚なまま手に入れたような、そんな色気があった。


それより何より、こうして後ろから抱きつかれていると、女性らしい柔らかさが背中につたわり、平常心でいられなくなるのだが。


おかしい、明日奈はこんなに積極的な少女だっただろうか?


「(くっくっく、緯度よ、随分懐かれておるのう・・・)」


「(妹喜、君はこの変化の原因に思い当たる節があるのか?)」



なんとか明日奈を背中から引き剥がし、そんなことを緯度は妹喜に訊ねる。



「(無論じゃ、この変化こそが物語が新たな局面に入った証じゃ)」



妹喜の言うことはいまいちよくわからないかが、とにかく物語そのものは問題なく進んでいるようだ。


「ねね、緯度くん、今日放課後暇?、暇ならさ、どこか行かない?」


トーストを食べる間も明日奈は緯度に話しかけている。


「う、む、まあ、時間がないこともないのだが・・・」


あまりの勢いに圧倒され、つい緯度はそんなふうに答えてしまった。



「もう、静かにしてくださいっ!」


甲高い抗議の声に、一瞬にして茶の間が静かになる。


「理梨?」


ふー、ふー、と肩で息をしながら、理梨は顔を真っ赤にして緯度と明日奈を睨んでいる。


「・・・すまんな、うるさくし過ぎたな」


目を伏せ、謙虚に謝罪する緯度だが、どうやらそれが癇に障ったのか、理梨は鞄をつかんで家から出て行った。


「・・・理梨」


しゅん、と理梨の出て行った扉を見つめる緯度に対して、明日奈の瞳は、どこか妖しく、輝いていた。








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「何なのよっ!、あの馬鹿兄貴、デレデレしちゃってさっ!」



通学路をずんずん進んでいく理梨、あまりに堂々と道の真ん中を歩いているため、周りが避けるような状態である。



夜麻里理梨は、腸が煮えくりかえるほどにイライラしてしまっていた。



原因はよく分かっている、朝の緯度と明日奈の態度である。


幼馴染の少女にボディタッチをされてヘラヘラと、思い出すだけで怒りが増してきそうである。


「何なのよ、もうっ!、私ですら馬鹿兄貴とまともに話してないのに・・・」



そこまで呟いて、理梨ははてな、と頭を傾げていた。


自分はだらしない兄貴と、急に懐いてきた明日奈に怒りを感じているものかと思っていたのだが。



これではまるで、今日までまともに話が出来なかった自分自身に・・・。



「あ、あれ?、私、どうしちゃったの、かな?」


とにかく、歩いているうちに、少しだけ落ち着いてきた。


今はあまり深く考えないようにしよう、そんな風に思いを巡らせていたためか、彼女を見つめる視線に、理梨は気づかなかった。






「あらあら?、私が何かするまでも、ないかもしれないわね」




「ならば先に、もう一人の候補のほうに行くとしますか」






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理梨が歩く通学路を遡ること一、二キロほどの道を、のんびりと緯度と明日奈は歩いていた。



「はあ、完璧に怒らせてしまったな・・・」


ずーん、と緯度のほうは背中に黒い線が走ってそうなほどにおちこんでいるが、明日奈のほうは、何やら思うところがあるのか、目を細めている。


「ううん、私が思うに理梨ちゃんは、緯度くんが考えるほどに嫌ってないと思うよ?」



むしろ、と続けようとした明日奈だが、緯度が落ち込みすぎて話しを聞いていないため、口をつぐんだ。



「ああああっ!、いたっ!」


またしても緯度は後ろから何者かに抱きつかれたが、今度はぼんやり考え事をしていたため、正面の電柱に頭をぶつけた。



「うわらばっ!」


涙目で額をさすっていると、背中に抱きついた人物はバツが悪そうに緯度から離れた。


「おはよう慧、相変わらずだな」


「わふ・・・、おはよう緯度」


慧は緯度と電柱を代わる代わる眺めていたが、しばらく何も言葉が発せられずにいた。


「ご、ごめんね緯度、その・・・」


「別に良い、不注意にしていた私も悪いのだからな」


リュックサックを背負い直して、また道を歩き始める緯度、明日奈と慧は慌てて足を進め始めた。




「慧、何やら焦っていたが、私に用事があったのか?」


「そう、そうだったんだよ、緯度っ、大変なんだよっ!」


緯度が訊ねると、慧は興奮したように鼻息荒く口を開いた。


「隣のクラスの高原さん、行方不明なんだって」


「高原?」


聞いたことのない名前だ、自分の記憶の中にないということは、主人公と関わりが深い人物ではなかったのだろう。


ただ、うっすらと外見くらいは思い出せる、そうだ、あの日佐久耶をいじめていた黒ギャルではないか。


「そうか、誰かに恨みを晴らされるために、消されたのかな?」


緯度の言葉に、明日奈は首を振る。


「まさか、さすがにそれはないと思うよ〜」


「ならば自分の罪の重さに耐えかねて失踪したか、いや、こちらはさらにあり得ないな」


何にせよ失踪とは穏やかではない、一瞬だけ緯度は妹喜を見たが、彼女もどうやら知らないようで首を振っている。



とするならば、物語の都合上起こる出来事ではなく、外部からの要因、破壊師団が関わっているのか?



「緯度くん?、どうかした?」


あまりに黙り込む時間が長かったためか、心配そうに明日奈は緯度を見つめていた。


「・・・いや、少し考えごとをな」


「あれ?、緯度、あの人・・・」


慧の指差す方向、校門のすぐ前、そこには縁がいた。


「射裟御先輩?」


だが普段のクールな姿とは打って変わり、キョロキョロと誰かを探しているようだ。


緯度が校門に近づくと、どうやら縁のほうも気づいたようで、こちらに小走りで近づいてくる。


「夜麻里っ、ようやく来たか、君を探していた」


「先輩?、どうかしたのですか?」


明らかに縁の状態は普通ではなく、かなり焦っているのか、表情には険しさがよく見える。


「夜麻里、佐久耶を知らないか?」


「え?」


どうしたのだろうか?、佐久耶のことならば家が近い縁のほうがよく知っているのではないのか?


「逢間とは昨日から会っていません、もしかして・・・」


佐久耶の身に何かあったのだろうか?


「・・・単刀直入に言う、今朝から行方不明となっている、朝私の家にもご両親から連絡があった」


「行方、不明?」


どういうことだ?、いじめっ子の次はいじめられっ子が行方不明となる、明らかに偶然ではない。


否、偶然でないならば必然と考えねばならない、すなわち、二つの事件にはなんらかの因果関係があると。


「・・・明日奈、慧、私は早退する、突如としておたふく風邪にかかった」


それだけ告げると、緯度は二人が何か言う前に、来た道を走り去っていった。
16/11/27 22:23更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまこんばんは〜、水無月であります。

明日奈もアスタロットへと姿を変えましたが、未だ主人公はそれを知らず、またしても事件に巻き込まれてしまう八話でありました。

この世界の物語もいよいよ大詰め、頑張っていこうと思います。


ではでは、今回はこの辺りで。

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