連載小説
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蠢動編

 雅史は自分の妻を愛しており、同時に全幅の信頼を置いている。
それは学生時代からそうだ。
窮地に陥った雅史を見捨てずに最後まで付き合ってくれた。
結婚してから家事も子育てもそつなくこなし、家計まで助けてくれる。
だから、妻の事を疑った事は一度もない。
なかった。

 ぬちゅぅぅぅぅ……

 「あぐっ……かはっ……」
腰を進め、妻の中に侵入する。
きつい。
子供一人産んだとは思えないくらいにその入り口は狭く、若い頃と変わらず……いや、むしろそれ以上の締め付けで夫をもてなす。
とん、と奥に到達すると待ってましたとばかりにうねうねきゅうきゅうと壁が吸い付いてくる。
腰が蕩けそうな心地を堪えながら、気を紛らわせるため仰向けで夫を受け入れる依江の乳房に手を伸ばす。
まるで垂れる様子もなく重力に逆らう膨らみに触れると柔らかく変形して手首まで埋もれそうになる。
その中に手を弾こうとするようなハリも感じられる。
「ふぅぅん……」
依江が甘い声を上げる、中が反応してうねうねと蠢く。
どうやら、いつも以上に昂っているらしく、既に互いの股間がべとべとになる程濡れている。
いつ抱いても、妻の身体は牡として最高の喜びを与えてくれる。

 そんな人間がいるだろうか……?

 陶酔に浸る頭の端で、疑問が浮かぶ。
自分にとって最高に都合がいいから、以前は疑問にも思わなかった。
だが、しかし……。
「くふぅ、ん♪」
乳首にしゃぶりつく夫を愛し気に見つめながら、依江は腰を下から揺する。
耐え難い動きが、陰茎を襲う。
雅史は堪える、堪えようとする傍から依江が舐め溶かそうとする。

 こんなに、男の理想を体現できるような存在がいるだろうか……?

 妻にいつまでも若々しくいて欲しい、というのは全ての男が願う事だ。
母であると同時に女でいて欲しい、恋人の頃のように。
自分を牡として満足させて欲しい。
それは叶わない願いだ。
無論、妻の努力によって保たれる事もある。
だがそれにも限度があるはずだ。
その叶わないはずの願いを、依江は叶える。
体型も、若さも、新鮮さも、愛しさも、触れる時のときめきさえも。
学生時代からまるで色褪せる事無く保ち続ける。
むしろ底なし沼のように更に深く、離れがたく、夫を虜にし続ける。

 そんな事が可能なのか?

 「ぐぅ……ぁぐ……!」
「ふぅぅん、くぅぅん」
あらゆる疑念をよそに雅史の身体はまた、最高の射精を妻の中に遂げる。
避妊具など結婚して……いや、学生時代から一度も使った事がない。
解放感で頭が白くなる、疑念も、疑惑も、全て流される。
「よい……しょっ」
と、依江が夫の身体をひっくり返して上になる。
一度の放出程度では全く衰えを見せない、夫の槍のようにそそり立つ陰茎を怪しく輝く目で見つめながらずりずりと体を下げる。
たぽん……♪
そうして、深い谷間にそれを挟み込む。
膣とはまた違う圧迫感に雅史は喘ぐ。
その夫の顔を見つめながら先端に舌を這わせつつ、上体全体を使って上下運動を始める。

 たぱん、たぽん、ぱちん、ぱちゅ、にちゅっ

 腰のぶつかり合う音とも違う、肉の音が寝室に鳴り響く。
雅史はその瑞々しい肉の感触にただ喘ぎ続けるしかできない。
「よっっ……!より、えっ……よりっ……!」
「ちゅ、ちゅ、ちゅむ、ちゅぷ」
先端を咥え、早く欲しいと目で訴える妻を見ながら、雅史はまた限界に近付く。

 依江

 依江

 依江

 お前……本当に、人間なのか……?







 ぱちり、と、桃は目を開けた。
ベッドに横になったまま、じっと耳を澄ます。
聞こえる。
やもすると動物の声と聞き間違えそうになるその声。
両親の寝室から聞こえる声。
「……」
身を捩って枕元で充電していた携帯を立ち上げると、暗い部屋の中にぽう、と小さな明かりが灯る。
その光に目を細めながら一つのアプリを立ち上げる。
するとスマホの画面に薄暗い映像が映し出された。
ベッドのある薄暗い部屋。
そのベッドの上で一組の男女が絡み合い、蠢いている。
角度からして、一見して隠し撮りの映像だというのがわかる。
桃はその薄暗い映像にじい、と見入る。
男の上で体を跳ねさせる小柄な女性は他でもない、彼女の母の依江。
ふう、と、桃は熱い息をつくと、もぞもぞと片手を下腹部に持っていく。
ごそ、ごそ、と身を捩りながらも、目はその映像に釘付けになっている。
「は、ぁふ……」
小さく喘ぐとうつぶせになって枕に顎を乗せ、その枕にスマホを乗せる。
そうして映像から目を離さないまま、猫が背伸びをするような尻を持ち上げるような格好になる。
自由になった両手を胸元と下腹部に差し込み、突き出した尻をゆらゆら揺らしながら身じろぎし始める。

 もそ……もぞ、もぞ……ぎし……

 「ふー……ふん……ふぅぅん……」

 部屋に、ベッドの軋む音と、息を殺した声が響く。
「おと……さ……」
両親の情事を覗き見ながら、桃は掠れた声で囁いた。







 少しずつ、少しずつ、わからないくらいの速度で日常は侵食されて行った。
雅史はそれから目を逸らし続けていた。
どうにかして過去を忘れようと。
それは娘に普通に生きて欲しいからだった。
確かに娘の姿はあの「タネコヒ様」に生き写しだ。
偶然だとは思えない。
それでも娘に対して自分の過去含め、それらの因縁については話さないと決めていた。
知る必要の無い事だと、知ってはいけない事だと思っていた。
それが決定的に崩れる出来事が起こった。
娘の高校二年の夏。
いつも三人で家族旅行に出かけるのが恒例だったが、娘は友達と旅行をする予定を入れた。
行先は都会の観光地。
少し寂しかったが、もう娘も年頃なのだし親より友達と一緒に過ごしたいのだろう。
そう思い、久々に夫婦水入らずの旅行をした。
充実した旅から帰ると、娘もその日に帰っていた。
「楽しかったか?」と聞くと「うん」と答えた。
普通だった。
そこまでは普通だった。
その夜だった。
雅史は旅行帰りの荷物整理を済ませて風呂から上がると、桃がリビングのテーブルに財布の中を広げて中身をチェックしていた。
「お金、使い過ぎたんじゃないか?」
「うーん……」
笑いながら雅史が言うと、桃はしかめっ面をしながらお札やクーポン券と睨めっこしている。
「また変なお土産とか買ったんじゃないか?旅行先で買う物は大体後になって後悔するんだぞ」
「んもーぅ、うっさいなぁ……無駄な物なんか買ってませんー」
「旅行先でいつも買うご当地キーホルダーは必要な物か?」
「お父さんわかってないなぁ、あれは有意義なんだよ?ご当地なんだから」
「なんだそりゃ」
他愛ない会話をしながら、雅史は何の気なしにテーブルの上に並べられた娘の財布の内容を見ていた。
(ん……?)
ふと、目に留まった物がある。
新幹線のチケットだ。
勿論旅行の帰りなのだからあっておかしくない。
だが、その行先の地名を目にして雅史の動きは止まった。
それは、前もって伝えられていた娘の旅行先ではなかった。
そしてその地名には見覚えがある。
雅史も行った事のある地名。
そう、丁度今のように、両親との旅行をキャンセルして行った場所。
混乱も収まらないうちに、そのチケットの横にある紙切れが目に飛び込んで来る。
メモ帳の一枚らしきその紙に書いてある走り書き。

 △△村

 あの村。
今はもう廃村になっている、あの村。
その村の名前が、どうして、何で、娘の財布の中に、メモに、書かれて、どうして、行ったのか?、何で、どうして。
視線が引っ張られるようにそのメモから引き剥がされ、娘の顔を見ていた。
さっきまでカードを見ていた娘は、こっちを見ていた。
目線が合う。
じっと、こちらを見ている。
認識している、と咄嗟に分かった。
雅史が自分の財布の中のそのチケットとメモを目にした事をだ。
本当なら、ここで娘を問い詰めなくてはいけない場面だった。
どうして行先が違うのかと、変えるなら変えると連絡しなさい、と。
雅史はできなかった、その村の名前を見て、娘の目を見た時から。
金縛りのように身体が動かず、声も出ない。
桃はただじっと、雅史の方を見ている。
表情は無い、何を考えているか分からない。
雅史は目の前の娘が、先程まで普通に会話していた娘が、何か違うもののように思えた。
その瞬間、踵から首筋に至るまでぞおっと体毛が逆立つのを感じた。
何秒かの沈黙が、リビングに流れる。
雅史は軋むような不自然な動きで顔を逸らし、リビングから移動する。
目を逸らしても、娘の視線が自分を追いかけているのが分かる。
その視線を背中に感じながら、ゆっくりとドアを抜け、妻のいる二階へと移動した。
娘の視線はドアを閉めるまで、雅史の背中に刺さり続けていた。
20/08/19 19:33更新 / 雑兵
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