連載小説
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6件目 『あっちこっちで、見ちゃいました』
「う〜ん……」

最近、妙な噂を耳にするようになった。
その内容というのが、

男狩人「オラ森ん中で女子さ見たべ」
女遊び人「ミーはビューティフルビーチでミタネ! ツインテールがベリーキュート!」
女採掘師「山の中腹だったかな。でも場所も場所だし、見間違いだと思う」

という感じの、なんだかホラーっぽい話である。
そしてこれらの情報の中で共通しているのは、『女の子』という部分。
これが魔物なら単なる掃討作業で済むのだが、本当に女の子だった場合は一大事だ。
ただ、民間警察に迷子捜索という名目の依頼は1件も入ってきていない。
トウカの探偵事務所にも確認したが、あちらにもそういった話はきていないとのこと。

「一応、確認しておいた方が良いよな」

目撃される場所はばらばらで、いずれもそれなりの危険地帯。
そんな場所で女の子を目撃するという時点で信憑性もなにもあったものではないが、やはり万が一ということもある。
正式な依頼ではないため、時間はかかりそうだが単独で調査に向かうことにした。

「ご主人、出かけるの?」
「あぁ、うん。ちょっと仕事でさ。ご飯はたくさん作ってあるから、好きなときに食べて。なんかあったらトウカを頼ればいいから」
「わかった」

俺の胸に身体をスリスリと擦りつけてくるタマの頭を優しく撫でる。
ゴロゴロと喉を鳴らす彼女に、今日は甘えモードなんだな〜とどうでもいいことを考える。

「あ、タマ。コロのことよろしくね」
「……最近ちょっと発情気味で怖いんだけど」
「押し付けてごめんな。頼んだよ」
「うん」

若干の不安を残しつつ自宅を後にする。












西部、精霊の森。

「男狩人はこの辺りで見たって言ってたけど……いないよなぁ」

仮に情報が正確だったとして、その女の子が同じ場所にいつまでも留まっているとは到底思えない。
とはいえ、さすがの俺もこれ以上精霊の森に深入りすることはできないため、ここでの調査はこれが限界である。

「仕方ない。回り道しながら戻るか」

森から出る道中も、やはり女の子を見つけることはできなかった。





『………………………』

木陰に蠢く黒い影に、ベルメリオは気づかない。












北部、海岸。

「……だーれもいないな」

遮蔽物のない、恐ろしいほど見渡しの良い海岸。
数時間かけて波打ち際を歩いても、人のひの字にすら出くわさない。
稀に海から知り合いのシースライムやサハギンが顔を覗かせるも、女の子を目撃したという有力な情報はなし。
この辺りを縄張りとする彼女らが見ていないというのだから、女遊び人の情報自体に問題がありそうだ。

「はぁ……戻ろ」

外国出身の女遊び人にどうお仕置きしてやろうか考えながら海辺を後にする。





『………………………』

水中で蠢く黒い影に、ベルメリオは気づかない。












南東部、山岳地帯。

「さ、ささ、寒い……!」

年中雪の降り積もる山。
寒さに弱い俺にとってはまさに地獄のようなエリアである。
道中で出会った親切なイエティ(人妻ユキノさん)にかなり上質な毛皮の毛布をもらったが、それでも中腹までの捜索がやっと。
俺ですら苦労してきたのに、女の子がなんの準備もせずここまでやって来られるだろうか?
女採掘師が女の子を目撃した日はかなりの豪雪だったらしく、やはり見間違いの線が濃厚だろうと考えられる。

「はぁ…はぁ……下りよう…そろそろやばい」

身体が完全に冷え切る前に下山を決断。
かなりやばかったが、心配になって見に来てくれたイエティ(人妻ユキノさん)に助けられ、どうにか無事山を下りることができた。
さすがに無茶をし過ぎたと反省した(この後人妻ユキノさんに特製シチューをご馳走してもらった)。





『………………………』

岩陰で蠢く黒い影に、ベルメリオは気づかない。












「はぁ……」

真夜中。
全身疲労困憊の状態で帰宅。
さすがに森・海・山を1日で回りきるのは無理があったか……。
トウカにでも手伝ってもらうべきだったと今更ながら反省する。

「ふぅ…ただいまー」

………。
コロの洗礼(抱きつき)がない。
いくら注意しても止めないコロが……これはおかしい。
いや、発情期に入ってボーっとしていることが増えたから、単に俺の気配に気づいてないだけかもしれない。
それならそれで良いんだけど…やっぱりちょっと心配になってくる。

「コロー? タマー? どこー?」

まさか体調を崩して倒れているんじゃ……?
そんな悪い事態を予感して2人の姿を探す。

ギッ……ギッ……

「ん?」

天井から何か軋むような音が聞こえた。

「この位置は……俺の部屋?」

彼女達が俺の部屋でイタズラ(マーキングするため枕に放尿など)することは特に珍しいことではない。
階段を駆け上がり一目散に自室へと向かう。
そして迷うことなく扉を開ける。
するとそこには……

「コロ! タマ!」

パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン!

タマ「………」
コロ「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ……アオーーーーーーーン!!!」
「あー…これは……」







タマの上に覆いかぶさり、一心不乱に腰を打ちつけるコロの姿が。
コロの真っ赤な瞳は限界まで見開かれており、完全に我を失っている。
一方で腰を押さえつけられうつ伏せになっているタマの瞳には光がなく、既にグロッキー状態であることが一目でわかる。

「ど、どうしたもんか……」

というか、そもそもコロは雌。
魔物化したせいなのか、性欲の発散方法がおかしなことになっている。
いつも興奮すると腰を振る癖はあったけど……これはちょっとまずい。
タマのメンタルにも限界があるし、下手をすれば獣欲の矛先が俺にも……。

「仕方ない。時間も時間だけど、頼らせてもらおうかな……」












トントン…………ガチャ

「はわー。見事な"櫓立ち"っすねー。ベルさんの入ってるんじゃないっすかー?」
「入ってないから!」

深夜2時。
さすがに俺とタマだけではコロ(ヘルハウンド)の発情を抑えきれないと判断。
かなり迷惑な時間帯ではあるが、堪らずトウカの営む探偵事務所の扉を叩いた。

「こんな時間にごめん…起こしちゃった?」
「大丈夫っすよー。女の夜は長いっすからー」
「ありがとう。ほんと、こんな状態で申し訳ないけど……」
「やっぱり入ってるんじゃ――」
「入ってない!」

トウカの言った通り俺は今、コロと対面で抱き合うような形で固定されている(櫓立ち)。
タマに覆いかぶさったコロを強引に引き剥がした途端、肩越しから俺の背中に手を回してきたと思いきや、さらに両足をガッチリと腰に絡ませホールド。
一瞬思考が停止したものの、この状態のまま大人しくなったので、そのまま運んでしまおう……という流れで今に至る。
大人しくなったとは言ったが、実際コロの息遣いはかなり荒く、後方に回している手と足の力は尋常ではない。
明らかに苦しそうだ。

「フー…フー……ッ」
「あー、これは見るに堪えないっすねー。本当はーご主人様がなんとかしてあげるべきなんすけどねー」
「………」

なんとかする……その言葉の意味は、馬鹿な俺の頭でも十分理解できる。
魔物の性欲を解消する方法なんて、1つしかないから。
でも、

「家族、だから」
「フー…フー……ッ(ギュッ」

抱きつく力が更に強くなる。
たぶん、コロも同じだ。

「家族の定義ってー、曖昧っすよねー」
「うん。そうだな」

本来ならヘルハウンドに襲われ無事に生還(貞操的な意味で)できる男なんてまずいない。
でも、コロはそうしなかった。
1度家族の壁を越えてしまったら、もう元には戻れない。
それをわかっているからこそ、コロは俺を襲わず、歯を喰いしばり耐えてくれている。

「ほむん。まさかベルさんからの最初の依頼がー"ペットの性欲解消"とはー、さすがのうちも予想外だったっすよー」
「あはは…ごめん」
「気にしないでイイっすよー。頼ってくれてー凄く嬉しいっすー」

そう言うとトウカは山積みになった本を掻き分け、なにやら怪しげなビンを手に取った。

「それは?」
「企業秘密っす。まー要するに"眠くなる薬"っすねー」
「だ、大丈夫なのか?」
「ノープロブレムっすノ さ、ベルさん息止めるっす」
「あ、あぁ」

トウカに促されるまま、俺は大きく息を吸い込み、止める。
その間にトウカはビンの蓋を素早く開けると、それをコロの顔にソッと近づける。
すると、

「フー…フー……フー…………スー…スー……」

ものの数秒でコロの体から力が抜けていく。

「ほい、もうイイっすよー」
「ぷはっ! はー…凄い効き目だな。こんなん普段なにに使うん?」
「企業秘密っす」
「あ、そう」

すっかり力の抜けきったコロを本まみれのソファーに寝かせる。
薬が効いたのか、だいぶ落ち着きを取り戻したように見える。

「もしかして、これで解決?」
「その場凌ぎっすよー。本番はこれからっすー」
「ほ、本番?」
「さーさーここからは女の時間っすよー。ベルさんはとっとと出ていくっすー」
「え、ちょ!?」

トウカに背中を押され半ば強引に事務所の外へと追いやられる。

「ト、トウカ!?」
「明朝までには何とかするっすー。だからベルさんも大人しく休むとイイっすよー」
「いや、あの……」
「じゃそゆことでーノ」

バタンッ

「………」

あっという間に話が終わり、気づけば俺は蚊帳の外。

「ふぅ……帰るか」

まぁ、トウカに任せておけば大丈夫だろう……たぶん。
それよりも今日は疲れた…シャワーでも浴びて、さっさと眠ろう。
明日もまた、忙しくなりそうだ――――












翌朝。

「わふ!」
「コロ! もう大丈夫なのか?」
「わふ! すげースッキリした! カラダ軽い!」
「まー、こんなもんっすねー」

トウカは(そこそこ大きい)胸を反らしドヤ顔。
徹夜明けのはずだが、疲労感をまったく感じさせない。

「凄いなぁ。どうやったんだ?」
「それはー…うちの口からは言えないっすねー」
「あ、そう? じゃぁコロ、なにされたんだ?」
「いろいろ『突っ込まれた』! すげー気持ち良かった!」
「………」

『なに』を『どこ』に突っ込まれたのかは聞かない方が良さそうだ。

「あー、女の子の『膜』は無事っすからー、安心してイイっすよーノ」
「ま、まく?」

まく…って、なんだ?
んーー??
まぁいいか。トウカに聞くのもアレだし、今度エリィにでも教えてもらおう。

「と、とにかくありがとう! 助かったよ」
「なんのなんの。なにかあったらーいつでもうちを頼るとイイっすよーノ」
「うん、心強いよ。それで、今回の報酬だけど……」
「タダでイイっすよー」
「え、いいの?」
「初回はタダって約束っすからねー。次回からはきっちりいただくっすよー」
「了解了解。あーだったらもっと厄介な仕事頼めば良かったなぁ」
「……ヘルハウンドの性欲処理以上に厄介な仕事なんてあるんすかー?」
「はは! ごめんごめん! あ、そうだ」

ポケットから数枚の紙切れを取り出し、それをトウカに握らせる。

「っす?」
「商店街の割引券。俺はあんまり使わないから、トウカにあげる。期限とかないから、なんかあったときに使って」
「はわー、イイんすかー?」
「さすがにタダってのは悪いしさ。まぁ、大したもんじゃないけど」
「ほむ。そういうことならーありがたく頂戴するっすー」
「うん!」

持ちつ持たれつ。
困った時はお互い様。
言うのは簡単だけど、実行するのはなかなか難しい。

「わふん! ご主人! 腹減った!」
「わかったわかった、すぐ準備するから。んじゃトウカ! ありがとな!」
「お大事にっすーノ」

改めてトウカに礼を言い、その場を後にする。
次は俺がトウカの役に立ちたいなぁ……なーんて思いながら。





「っすー」

ベルメリオが去った後、トウカはボーっと空を見上げていた。

「守銭奴のうちがタダ働きっすかー…どうなっちゃってるんすかねー」

商人である両親からはギブ&テイクの関係が基本であると言い聞かされてきた。
それなのに、

「………」

彼のために、なにかしてあげたいと思ってしまう自分がいる。
こんな感情、きっと商売の妨げにしかならないだろう。
それは一銭の得にもならないし、ましてや目に見えるわけでもない。
でも、だからこそ、この気持ちを大切にしたいと思った。

「……♪」

彼からもらった割引券を大事に握りしめ事務所へと戻る。
あぁ、これは理屈じゃない。
自分はもう1度、彼の喜ぶ顔が見たい―――――





〜探偵事務所・本日の業績〜

・ペットの性欲処理1件 解決済み
・ベビーシッター1件 解決済み
・犬の散歩4件 解決済み

17/12/05 22:14更新 / HERO
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■作者メッセージ
「エリィ、ちょっといいかな」
「はい、どうかしましたか?」
「1つ聞きたいんだけど……女の子の『膜』って、なに?」
「っ……///」
「? エリィ?」
「し、知りません!」
「あぁちょっと…って、行っちゃった。んー、膜って、なんのことだ?」

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