読切小説
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少し変わったケット・シーさん
暖炉の火の赤。
生い茂る木々の緑。
石畳の灰色に、果実の橙。

私がただの猫だったとき、ちゃんと見えなかったもの。

晴れわたる空。
光り輝くサファイア。
広大な海に、鏡に映る私の瞳。

私がただの猫だったとき、はっきりと区別できなかったもの。

世界には、私の知らなかった様々な色があった。

それぞれ主張し、時に穏やかに重なり合うそれらは、魔物になった私の瞳に痛みを覚えるくらい強烈に飛び込んできた。

私の心をつかんで、離さなかった。

つまり、私がケット・シーとなって初めて覚えたのは、

魔物となった驚愕でも、
これからのどうしようかという不安でも、
生物として根本から変わってしまった戸惑いでもなく、

「…きれい。」

視界に切り取られた世界の美しさへの、感動だった。





この感動を表現したい。

息が詰まりそうになるくらい満ち満ちたこの心をどうにかしたい。
食欲でも睡眠欲でもない、こんな欲求、初めてでわからなかった。

どうにかしてこの感情を発散したかった。

だから、私はご主人様に自分の感情を語った。
つたない、覚えたての言葉でとにかく伝えた。

今にして思えば、自己紹介もおざなりだった私の話をよく聞く気になったなと思う。
家に帰ってきたら飼い猫を自称する見知らぬ魔物が居て、しかもわけのわからないことを言いだして。

でも、ご主人様は私の話をちゃんと聞いてくれた。
とても、嬉しかった。

次の日、ご主人様はすこし小さな白い板を持ってきて、とても小さな魔物を私に紹介した。
そのとても小さな魔物はリャナンシーと呼ばれる種族らしく、私の話を聞くと満面の笑みを浮かべた。

そして渡される、彼女からすれば大きな絵の具入れと柔らかな筆。

私がまさに欲しかったものだった。





…ここは赤を強くして、ううん違う。強くするんじゃなくて、黄色を混ぜて鮮やかに。ああ、毛についちゃった。

今日も今日とて私は、自室のアトリエで自分の「世界」を表現する。
時には小さなリャナンシーの友人と一緒に、時にはご主人様とのお散歩の先で。


時折、私と似た猫の魔物に変わり者と言われることがあるけれど、

絵を描くのが好きなケット・シー。

海辺の町の小さな家に住むご主人様に拾われた、元のら猫。

それが私なのだ。





夕焼けの赤。
変わりゆく紫。
すべてを覆う黒。
そして点々と輝く、白。

私がただの猫だったとき、気にすることもできなかったもの。

でも、私がただの猫だったときからもう一つ覚えたものがあって、


「ねえ、ご主人様ぁ…」





それは、ご主人様と一緒に創る「色」。
私が覚えた、とても大好きな、素敵なもの。

…これはきっと、他のケット・シーも同じ、かな?
24/03/05 20:36更新 / ルーカ

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