連載小説
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狂気
そして一ヶ月が過ぎた。


統率が不可能になり暴動を起こす前に魔王軍は撤退する方針を固めた。


事実上魔王軍の、そしてソフィリアの敗北である。


撤退の理由の最大の理由はこれ以上遠征を続けたとしても旨みがないからだ。
なにせ今は停戦という状態、しかもこの先停戦が解除され戦争行動が行われる事は無いのだ。
マクシミリアン王子に勝てば無条件で降伏する。そして負けている今でも停戦という状態である。
包囲網を敷いた攻城戦、というのであれば長期間の遠征というのはあり得る。
待機そのものは重要な任務ではあるが、これを維持し続ける意味は薄い。

そもそも停戦の際に『必要以上に戦備を整えることを互いに禁ずる』事を条件として調停した。
停戦中にその相手を攻める意図の装備を揃える事を禁ずる、と条件は一般的なものである。
いや、停戦の協定を無視し戦備を整え魔王軍への反撃を繰り出すということも考えられる。
しかし、彼らは正しく停戦を実行している。それは斥候からの情報として確実と見える。
それは王子を信頼しての事なのか、それとも諦めが混じっているのかわからない。
だが、敗北を目の前にしての行動としては不気味ですらあった。


しかし、ただの静観といえど王子が勝ち続けている事は魔王軍に深刻なダメージを与えていた。
戦争には莫大な資金が必要となる。この遠征にも相当の金額がかかっているだろう。
大軍を待機させておくだけで糧食、燃料、水が大量に必要になってしまう。
もう既に軍隊としての行動を必要としない現状、この場に留まることが致命傷となり得るのだ。


ソフィリアは総指揮官の座を降りる事を決定し、部下の一人が撤退の指揮を執ることになった。
指揮官としてのソフィリアの名声は失墜していた。
いや名声そのものは残ったが、ソフィリアの伝説が途切れたと表現するのが正しいだろう。
策を出せば面白いように戦に勝ち、必ず勝利に導く将としての名声は未だに残っている。
そして、この戦争の無血の完全勝利が目の前だということも魔王軍の全員が理解している。

だが後一歩で勝てていない。という事実は何よりも重く魔王軍にのしかかっていた。
魔王軍の中にもソフィリアを批判する者は居たが、その声は思ったより小さい。
なぜなら決闘を行う前は相手の王子が勝ち続けるなど、誰も思っていなかったのだ。
「 無血の賢将 」相手に知謀で挑もうなど、それは愚行の域。と。王子を哀れに思った程だ。
偶然王子が勝つことも考えられたがそれでも一日二日程度だと誰もが思っていたのだ。



魔王軍のミスはただ一つ。マクシミリアン王子を甘く見ていた、という一点だけだったのだ。



* * *



ソフィリアは少数の護衛と共にこの地に残った。
少数といえど精鋭揃いの面々が残り、実行に移そうと思えばこの国を打倒できる程の戦力である。
故にソフィリアを人質に取る、などという手段は未だ取ることは出来ない。
いや、ソフィリアを人質に取る事が出来る者が居るとしたらそれは勇者くらいの存在だろう。
勇者はこの国には居ない。それは何方の勢力も理解している事実である。


だが、ここからは敵地に残っての戦いとなる。それは更にソフィリアの精神を蝕んだ。


作法そのものは正しい戦争の手順を踏んでいたのが功を奏し、王城に招かれることとなった。
停戦中の将であればその位に従った扱いをしなければならない。
魔王の娘であるリリムであるソフィリアは、言わば王族として扱われる。
例え強力な誘惑の魔力を持った魔物と言えど、正しく扱わねばならないのだろう。
誘惑により内部からこの国を掌握することは容易であったが、それを行うことは無かった。
それはマクシミリアン王子との決闘を反故することになる気がしたからだ。

そう、まだソフィリアとマクシミリアン王子の戦いは終わっていない。
そしてこの戦いはここからが本番だと、ソフィリアの勘が告げていた。


ソフィリアはずっと考えていた。
王子はリリムの誘惑に膝を屈した、と言った。
わざわざこの言葉を告げた、ということはそのリリムは私なのだろうと理解していた。
だが、ソフィリアは王子と出会った事は無い。
何処かで遭っているのであれば王子ほどの気品を持つ人物が記憶から抜けるはずが無い。
つまり、マクシミリアン王子は一方的に私を知っていることになる。
いや、おそらく私を見たことがあるのだろう。そして私が魅了してしまったのだ。
私に誘惑されていない男だという事に彼から告げられてやっと気がついたのだ。
最初に出会った時に気がついていれば、と今更ながらに後悔した。

そう、"彼は最初から私に魅了されていた"のだ。

だが、彼は私に対し愛を囁く事などはしない。それが何故なのかはわからない。
しかしそれは彼の秘密を探り、この戦いを終わらせるための鍵になるだろう。



* * *



そして私は今、王子の執務室の前に居る。


「 余程私の秘密を知りたいと云うのであれば、ご案内しましょう。
  もはやこの状況に至って隠すほどのものではありません。 」


既に夜も更けた時刻に、王子が明かりを持ちながら扉の前で待っていた。

私は、部下も連れずに一人で来た。

王子からは人数の指定は無かった。しかし、それを知るのは私だけのほうが良いと思ったからだ。

私を見ると王子はほんの軽い挨拶を交わし、執務室の扉を開けた。

王子の目的の場所は執務室では無かった。執務室の本棚の本を一つ王子は押したのだ。


滑らかに、本棚がスライドし、隠し扉が現れ、その扉の先には螺旋階段が下に続いていた。


現れた螺旋階段を下っていく。明かりは王子の持つランタンだけだ。


そしてその先には。








王子の狂気があった。










広い空間に出た。まるで神殿のような空間が広がっていた。
そしてその広い空間の壁は全て本棚で出来上がっていた。
王子が云うにはこの城は古代遺跡を改造したものであるという。
そしてここはその遺跡の図書室であったと言った。
まあ、本は一冊もありませんがね。と王子は告げた。


そう、本は一冊も無かった。














本棚全てが棋譜で埋まっていた。










15/06/16 01:27更新 / うぃすきー
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■作者メッセージ
このくらい本気にならねばリリムを倒すことは出来ないという説。
でもダークやホラーやサイコのタグを加えようかと若干思いました。
棋譜というのはチェスの対局の記録の事を指します。これを元にプロは勉強をします。

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