読切小説
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大百足さんに参拝
大百足 社 

神は身勝手だ。

悪魔も身勝手だ。

人間は言うまでもない。

だから俺は教会から逃げた。誰かの意向で動くのがばからしくなったからだ。だからといってやりたいことはない。ふらふらと用心棒などしながらその日暮らしを続けている。

今回立ち寄った村は、教会のお膝元と言わないまでも、主神教の教えが浸透している。善良に生きることが尊く、魔物は邪悪な存在。それが悪いとは言わない。俺もその一人であったわけだから。だが知ってしまえばそれはひどく薄っぺらいものであったというだけだ。

ここで割のいい仕事をもらった。森の奥で魔物を見た者が多数いるので調査してくれというものだ。もちろん、魔物がいたら退治してくれと言われた。毒や魅了の魔法で組み敷かれることには注意しなければ…

準備を揃え、森に入る。半日ほど歩くと木製の建物があった。教会のようだが主神教の印はなく、どこかこじんまりしている。今は信仰されぬ神の社。猟師などはここを休憩場に使っているのでここを基点に調査したらいいということだ。

中は思っていたより広く、開放的だ。奥には金物でつくった神具が奉られている。その中央から長く伸びる神体。信仰の対象は龍でもなく、蛇でもない。百足であった。

なんとも珍妙な神の社だ。そう思っていると気配を感じたので天井に視線を上げる。陰鬱な印象の女と目が合った。その下半身は百足のもの。そう魔物だ。すぐに襲って来ないあたり話の通じそうな相手だ。

「お初にお目にかかるご婦人。私はヨヒと申します。」

「これはご丁寧に。私はひなげしと申します。ここに地元の人間以外が来るのは珍しい。何用でしょうか?」

「この先の村であなたが見られて騒ぎになっている。教会の教えが浸透した村であるから討伐ということにもなりかねない。すまないがこの地から引っ越してくれないでしょうか?そうすれば私が退治したと村のものに伝えておきます。追っ手が来ることもないでしょう。」

「ふふふ」

「?」

「正直でなかなか礼儀正しい人ね。あなたのお父さんは人を見る目に関しては抜群よ。どう、あんず?」
そうひなげしが言うと天井の奥から一回り小さい百足での娘が這い出して来た。

「ごめんなさいね。この依頼は嘘なの?」

「は?」

「私達はこの地を見守る一族なのです。ですから村のものとは何年も良い関係を築いて来ました。ちなみに村長は私の夫です。」

「村は主神教の教えが浸透していたはずだが…なぜそんな嘘を?」

「主神教に目をつけられると面倒ですからそのように過ごしているのです。嘘をついたのはあなたをこの娘の夫に…」

話の途中であったが逃げさせてもらおう。見慣れない魔物が二人、こういう場合は逃げる以外ない。捕まればこの地で婿に入り定住することになる。

嫌だ。まだ旅を終わらせたくない。なにより誰かの意向で生きたくない。結婚などがんじがらめの最上級ではないか!

「そんなに、結婚は嫌ですか?」
後ろも見ずに走っていたのにすぐ近くから声がする。振り向けば百足の娘の顔がすぐ後ろにあった。

「っつ!」
百足とはこんなにも速く移動できるもなのだろうか。あのように長い身体を持ちながらこの速さは異常だ。

少し距離をとり百足の娘と対面する。無表情ながら整った顔立ち。独特の衣装は暗い緑色に毒々しい模様が紫色で入っている。下半身から伸びるは百足の足。
「先ほどは母が勝手なことを言い、申し訳ありません。名乗るが遅くなりました。私はあんずと申します。」

「…ヨヒと申します。悪いが手荒なことをさせてもらう。」逃げ切れないとなれば武力で道を開けてもらうしかない。俺は腰に挿した二本の刃の潰れた短刀を抜き彼女に襲いかかる。

彼女の後ろをとり首もとに短刀の柄を降り下ろす。しかし、身を翻した彼女は尻尾の先で短刀を受け止めた。

「あなたは優しいのですね。不意に襲いかかってしまえばいいものを…それに刃の潰れた得物であるにも関わらず手心を加えるなんて徹底していますね。」
うっすらと笑みを浮かべ彼女はなにもかもを見通しているように寛大に構えている。

わからない…手加減をしたのは俺が生まれながらに加護を受けているからだ。ドラゴンやヴァンパイア相手なら今の状況は呑み込める。しかし、見たことのない魔物といえども特別に力を持った種族とは思えない。

だが、手加減しなくていい。刃の潰れた短刀で丈夫な魔物は死ぬことはないだろう。戦うことは嫌いではない。

意を決し再び彼女に襲いかかる。短刀の長所生かして手数の多い攻撃をしていく。左に一閃。右に一閃。尻尾で攻撃を薙ぐ勢いを利用し下段から一閃。

彼女はこちらの攻撃を長く伸びる半身で器用に受け止め、その半身を鞭のようにしならせ反撃してくる。

攻防は長く続かなかった。俺の得物は弾かれ半身の一番先端。毒針を喉元に突き付けられた。

「私の勝ちですね。」
抑揚なく彼女の声が結果を告げる。

「…襲わないのか?」

「この地を預かるものとして誇りがありますから、あまり不粋なことは出来ませんよ。あなたがいいというなら遠慮はしませんが…」

「断る。」

「そうですか…残念。一つ提案なんですが、いきなり婿になれと言っても受け入れられないのはよく分かります。ですからあなたの旅にご一緒させていただけませんか?」

「なぜ、そうなる?」

「拒否すれば否応なしに押し倒して婿入りさせちゃいますよ?」

「…なぜ俺にこだわるんだ。」

「あなたがいい人だとわかるんですよ。なにせ私は人の魂が見えるのですから?」

「そんなことがあるのか?」

「嘘です。単純にあなたに興味がわきました。」

「…」
そんなに笑顔でしてやったりという顔をされても困る。

「あんた珍しい魔物だな。」

「どういうことですか?」

「有無言わさず男を押し倒してしまうのが魔物なんだろ?」

「言ったでしょう。この地を預かる者の誇りがあると、それに…」

「それに?」

「女として、あなたを心から徐々に毒してみたいなって…」
そう言うと彼女は恥ずかしそうに控えめに笑う。

そんな勝手な願望に付き合ってみるのもの面白いかもしれない。彼女の笑顔は俺にそう思わせてくれた。

                             
13/01/16 21:38更新 / 包み紙

■作者メッセージ
毒々しい大百足さんはいないです。土着の神様を書いてみたい!って思った結果がこれなんだ… 誰かの気分転換になればいいな。

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