連載小説
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3:愛しの羽音[ヴァンプモスキート]
中島 五郎 32才。
妻なし、彼女なし。

部下たちが魔物娘の妻を迎え、仲睦まじく暮らしているのを羨む毎日。

...いやしかし、部下の古谷(フルヤ)には悪いことをしてしまったな。

五郎が強引にキャバクラに連れていったばかりに、次の週明けはまるでミイラのような出で立ちでビクンビクンしながら出勤してきた。

何事かと思ったら、「ぬれおなごの奥さんに即バレ&地獄のエンドレスお仕置きナイトが待っていた」との事。なにそれこわい。

...古谷の奥さんに恨まれたりしてないよな?

そして暫く経った金曜日。今日は一人だ。

懲りずに古谷を誘おうと声をかけたら、「キャ」と聞いた瞬間にガタガタし始めたからである。

(どんな地獄を味わったんだよ...)

さて、行きつけのキャバクラにでも行くかと、ネオン街へ足を向けた。

直後、五郎ははたと足を止め、後ろを振り返る。

...誰も居ない。

なんとなく、なんとなくだが


ー井戸の底のような、冷たい...濁ったような視線を感じた気がしたのだー


首を傾げながら、五郎はネオン街への道のりを進み始めた。


足元に染み出した、"水溜まり"に気付かないまま。




***




やって参りましたネオン街。

きらびやかな見た目とは裏腹に、ぼったくりや怖いお兄さん方が出張るような店も混じっている。
...最近は魔物娘の台頭で少なくなってきてはいるが。

よって、五郎は安全な『行きつけ』を必ず選ぶ。そこ以外には入らないようにしているのだ。

ここを右、ここを真っ直ぐ...
そしてこの路地を...


すると何処からともなく、虫の羽音のようなものが聞こえ始めた。

鬱陶しい蚊の羽音である。

しかし妙だ。

不愉快、という認識が沸き起こると同時に差し込まれる"もっと聞いていたい"という欲望。
例えるなら、本来臭くて嗅ぎたくない筈のものを、分かっていてもつい、嗅いでしまうような。

んん?不思議な感覚だな...

そう思っていると、気付いた時にはネオン街の反対側まで出てきてしまっていた。

「あれ...?っかしいな...いつの間に」

くるりと反転。また歩く。
そうだ、この路地を...
そしてまた聞こえ始める、虫の羽音。

またあの


ミ 鬱陶しい蚊の羽音


「くそ、鬱陶しいな。せっかく愛しの愛ちゃんに会いに行こうと思ってるのに。」

愛ちゃん。

行こうとしているキャバクラの、五郎のお気に入りである。
愛想よく、こんなオジサンでも接してくれる。
多少ブランド物のおねだりがキツイが、あの美人になら許せてしまう。

というか大体、こんな暑くもない季節に蚊がいるなんて。
地球温暖化ってやつか?
世界の政府は何をやってんだ。
うちもエコに力を入れるべきかな...?

思考が脱線していることに気が付いたのは、
彼がネオン街の入り口まで戻ってしまったあたりだった。

ふと、身体に痒みが走った。見やると右腕には虫刺されが。

すっかり気持ちを削がれ、その日は家路につくことにした。もうあの羽音は聞こえてこなかった。





***





土曜日。

今日は何もなく、普通に休日である。
しかし、五郎は浮かない顔でいた。
原因は主に二つ

昨日愛ちゃんに癒されるはずであった所が上手くいかなかった事。

妙に身体が疼き、自身で鎮めようとしても、ちっとも達せなかった事。

なんだか、ムシャクシャしてきた。
電車で風俗街へでも行ってやろうか。

そう思い立ったら行動は早い。
準備すると颯爽と家を出た。

「取り敢えず駅まで歩くか...車がありゃ一発なんだがな」

五郎は車を所持していない。
維持費がかさむからである。

慣れ親しんだ道を歩く。
この交差点を渡

羽音。

(...渡るんだったか?なんだったか?)

羽音。

(...くそっ頭が纏まらない)
それもこれもあの



ミ鬱ョ陶テしナい蚊の羽音が



「...!?」ゾワッ

なにか、ぞくりとしたものが背中をかけ上がった。

今何か、考えてはいけない事を考えたような...

羽音。

(いや、まて、一体俺は何に怖がっているんだ...?)

恐怖を感じたモノに対して"注意を向けられない"

上がる心拍数。

人間、未知というものが一番恐怖心を煽る。

"何に対して怖がっていたのか分からない"

こんな状態になってマトモな状態で居られる人間の方が少ないのである。


痒む首筋をボリボリ掻きながら、纏まらない頭を必死にまとめようとする。

(首筋?)

触ってみると、昨日のような虫刺されが出来、仄かに熱を帯びている。

こんな寒空で、あのネオン街から遠く離れた場所で...?同じ虫が居るとでもいうのか?


そうだ、昨日の夜から何かがおかしい。

羽音。羽音。羽音。

そうだ。あの



ミリョクテキナカノジョノ羽音ガキコエテカラ



「なんだってんだ......!?」


パニックになる。自分の脳が信じられない。


既に自分の制御を離れてしまっているような気がする。


何を信じれば良い?


この目で見たものか?


「ぁぁ...!?」


交差点の向こう側に、ミリョクテキナ羽ヲ生やした女が見える


この千切れんばかりに走る脚か?


「なんでだよ...!なんでなんだよ!!」


交番に逃げ込む筈が、いつの間にか自宅に向かって走っていることに気付く。


では、耳は?


「やめろぉ...やめてくれ!!」


先ほどからずっと近くでとてもミリョクテキナ羽音ガ鳴り響いている。


では、一体何を信じれば良い!?
自分の指で触れたものか!?


「くそっくそっくそっ!!!」


虫刺されの跡は、先ほどの比ではないほどの熱を帯びている。自分で触っても、掻きむしっても、少しも改善される気配がない。


震える手で、乱暴に家のカギを取り出す。



背後から音の壁が迫ってくる。

羽音


羽音

 羽音

羽音  羽音

羽音 羽音羽音

羽音 羽音  羽音 羽音
 羽音  羽音 羽音

羽音  羽音 羽音 羽音 羽音
 羽音羽音  羽音羽音 羽音
羽音 羽音 羽音   羽音羽音


「ちくしょう!!」

鍵穴に嵌まるまでの時間が数時間に感じた。

朦朧とする意識の中、ドアを開け放ち、中に入ると勢いよく閉じた。

「はぁっはぁっ...ごほっ...はぁ...」

静寂。


汗が全身を滴らせているのに気付いたのも、今。

肩で息をしながら、自身の寝室へ向かう。
頭の中に羽音がこびりついて取れない。

それはまるで"自身の寝室からも"聞こえているようだった。

もう五郎は限界だった。

考える事に"注意を向ける"事が出来なくなっていた。

自身が感じたことにも、考えたことも、行動したことも、
全てがあの羽音の向こうに存在するような感覚だった。



良い匂いがした。


そうだ、1回寝てしまえば忘れられるんじゃないか?

心地よい羽音が聞こえる。

何を忘れるんだったか、よく分からないが。


寝室の扉を開けると、服を全て脱ぎ捨てる。
虫刺されの疼きは、ここに来て沸騰するような熱を孕んでいる。
その熱にあてられたように、股間が痛いほど硬くなっている。


そうだ、そうだ。

視角も、聴覚も、触覚も味覚も嗅覚も。


それもこれも、目一杯癒して貰うんだ。




ー目の前の、とてもミリョクテキナカノジョニー




「ふふふ、五感も、血も心も全部、私が癒しますよ♪」






***





日曜日

「ん...んんっ...?」

なんだか頭がぼんやりしている。

熱い倦怠感、裸の身体。

「愛ちゃん...?」

いや、彼女はお水の商売であって風ではない。
まして妻帯者がそんな...妻帯者...?
羽音がする。

「んん?俺...結婚してたっけ...?」

普通なら、あり得ない自問である。
五郎にはそんな事に"注意を向けられない"。

フラフラと、ベッドから這い出す。

そこには食事を作る...誰だったか
羽音がする。

愛しい人が居た。

「あっおはようございます!五郎さん!」

「おはよう。あー、えーっと」

「やだなぁ、奥さんの名前、忘れちゃったんですかー?高音(タカネ)ですよ、たー、かー、ね!」

高音は朝からボリューム満点のサンドイッチを作っている。
蜂蜜のような、良い香りがした。

「昨日は...その、いっぱい頑張っちゃいましたから!精を付けようと思いまして♪」

少し朱を差した頬に手をやりながら、もじもじする様はとても可愛くてよろしい。

「ははは、可愛いやつめ」

高音の頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細める。
背中の羽も喜びで弾むように震えていた。

羽?
羽音がする。

まぁ可愛いんだから問題ないか。
魔物娘の妻を持つ部下も、溺愛してたし。

しかしエプロンの下から覗く縞模様のニーソ?からはみ出た、女性的な肉は目に毒だった。

「やん♪五郎さん、目付きがイヤラシイですよ♪」

「ああごめんごめん、愛ちゃんの太ももにも負けな




羽音がする。今まで以上に強く。




「ねぇ五郎さん...愛ちゃん...って、だれですか?」

はっとして顔を上げると、高音が血のような目をじいとこちらに向けていた。

「え、いや、その、けっ結婚?する前にさ、ちょっと...あ、れ?結婚...?」
羽音がする。

「...ふーん、○○街のお店ですかねー?」

「な、なんでそれを知ってるのかなー...?」

んん?妻に隠れて行ったような記憶は
羽音がする。

...あれ?俺、妻帯者なのにキャバクラに行ったような罪悪感が...

途端に吹き出す汗。

「スンスン...私、あなたの汗には敏感なんです。嘘は身体にヨクナイデスヨー?」

「あ、ああ...なんというか、ごめんなさい...?」

ドロリとした眼に射すくめられて、オドオドと謝罪する五郎。

あれ?そもそもこの状態、昨日の今日で無理が有るんじゃ
羽音がする。

「ど、どうしたら、許してくれるんだ...?」

「うふふ...」

妖艶に笑う高音は、後ろ手に寝室のドアを開けながら一言だけ発した。

「お 仕 置 き、ですよぉ」

その眼はまるで、沈殿した固まりかけの、血の海のようだった。





***





「はぁ、はぁ...!な、なぁ、もう許しておくれよ...!」

「だーめ!まだまだお仕置きは続きますよ!」

カプリと五郎の太ももを咬む。

「ほぉら、他の女に咬まれても、こんなに気持ちよくなんてないんですよー?」

五郎の身体はあちこちに虫刺されのような痕が至るところに出来ていた。

「それに、今の五郎さんは、私以上に良い匂いの女なんていないと感じるんですよぉ?」

高音は続ける。
実際に、高音の身体から漂う蜜のような香りを嗅ぐたびに、下半身と痕が熱く疼き、どうしようもない衝動が沸き立つ。

「そしてぇ...」

つつ...と彼女の指が、五郎の太ももをなぞる。
太ももに出来た痕を彼女の指が触れた途端

「...っ!ぐぅっ!」

股間から精が込み上げそうになるほどの快楽が、脚から頭のてっぺんまで駆けめぐる。

「触るだけでイっちゃいそうなぐらい気持ちいいのは、私の身体だけなんですよっ♪」

明るいが暗くドロっとした瞳を向けながら、高音は妖艶に微笑む。

しかし高音は、的確すぎて恐怖を覚えるほど、射精感が込み上げてくるすんでの所で、愛撫を止める。

「あはは、五郎さんの汗は正直ですからね〜!これはお仕置き!なんだから、気持ちいいのはお預けです!」

可虐的に笑いながら、身を寄せてくる。

「ん...♪ほらほら、他の女、なんて、忘れて、私とっ...あっ♪擦り合い、するほうが、楽しいでしょー?...はふっ♪」

高音は、五郎の太ももに跨がり、自分の愛液を塗りたくるように、秘部を擦り付ける。

まるでかゆみ止めを塗られたように、愛液が付着した虫刺されの痕は、疼きを快楽に置き換えていく。

「あぁ...!こんな気持ちよさ、愛」羽音がする。
「愛...?だれだっけ...?」

もうどうでも良いことに感じた。

とにかく目の前の女と愛し合いたい。
そんな衝動の前では、他の事など些末な物だと、頭が発信している。


「それで良いんですよー?」

高音はその魅力的な透き通った羽を優しく羽ばたかせながら、五郎の頭を撫でる。

「ほぉら...んっ♪」

クチャリ

人差し指と中指で拡げる。

魅惑的な芳香を漂わせながら、充血した肉壁を惜しげもなく見せつけてくる。

「もう、ココ、こんなになっちゃってます...あっ...んんっ...♪」

もう片方の指で掻き出すたびに、ゴポっと蜜が溢れ出す。

「もう他の女には靡いたりしないって、約束してくれるならぁ...はっ...んふぅ...♪」

頂点の肉芽は物欲しそうにヒクついている。

「ココ、これからも好きにしちゃって、良いんですよぉ...♪」



一切の羽音を止める。



五郎は突然、霧が晴れたような気持ちで、今の状況を把握した。

嗚呼、この娘が。

金曜日から始まる一連の怪奇の元凶だったのだ。

拡げられた孔は奥底まで見えている。

きっと、昨日の朦朧とした中で、彼女の処女も奪ってしまっているのだろう。

不思議と、昨日のような恐怖心は無かった。

既に全部決まっているじゃないか。
身体も、体裁も、精神も、なにもかも。

「なるほど、妻と呼ぶにはまだ早かったな...?」

「...名演出、だったでしょー?」

「...わかった、責任も取ろう。他の女に靡かないのも約束する。だから...」

「家事も、夜もいっぱいする!だからぁ...」

「「私の、パートナーになってください」」





***






ゆっくりと、彼女に覆い被さる。

「ん...ちゅ...」

吸い付かれるようなキスを重ねる。

「挿れる、ぞ?」

「うんっうん...っ、はやくっナカに挿れてぇ...♪」

グチュっと、亀頭が秘部にあてがわれる。
ぐちゃぐちゃになった膣口が、蜜と共にちゅうと吸い上げてくる。

ふと気がついた。

彼女の膣内にこのまま挿入すると、彼女が付けた咬み跡たちと彼女の身体が、余すことなくぶつかるようになっている。

彼女はヴァンプモスキートという種族で、彼女が付けた咬み跡をその主が触れると、性感帯に触れたような快楽が生じるらしい。

周到な彼女のことだ。跡の位置も計算の上なのだろう。

このまま、挿入したら、どうなってしまうのか?

恐怖に近い興奮のまま、一気に彼女の奥へと突き進んだ。

ニュルリ

バチュ!という音と共に、跡という痕が彼女の尻、太ももにぶつかる。

同時に彼の先端が、彼女の最奥に打ち付けられる。

「ああっ!ううぅぅぅ...っ!!」

「ぐあっ!!」

彼女も相当に焦らされていたのだろう、挿入した途端に内も外もガクガクと痙攣させて、絶頂に浸る。

その肉壁の戦慄きと、無数の咬み痕からもたらされる規格外の快楽で、あっという間に五郎も限界が来た。

ビュウウウッ

1秒ほどの、どこかに飛び去ってしまいそうな勢いの射精。

しかし今、彼の出口は彼女の膣内。暴力的な勢いで、最奥の子宮口にその精を叩き込んだ。

「はぐぅっ!?っあ゛あ゛あ゛あ゛!!」

比較的鈍感な筈の膣内でも感じ取れるほどに叩き付けられた精液の刺激で、間髪入れずに彼女に二度目の絶頂の波が襲う。

ジョワッ

ボタボタボタッ

「はああぁぁぁ......♪」

恍惚とした笑みを浮かべる高音。

彼女の膣口から、歓喜の蜜が溢れ出る。

「くうぅっ...はぁ......うっ!?〜〜〜っ!!」

ドクン!!

「はあぁぁ.....あう゛っ!?ん゛ん゛〜〜っ!?」

彼女から溢れる蜜の量が多く、五郎の太ももを伝い、咬み跡の上を撫でるように流れた。

その瞬間、更なる快感が彼を襲い、一生分吐き出したと思っていた精液が、再び同じような勢いで、彼女の子宮口に殺到したのだ。

「うぐぅぅぅっ!!」

「らめへぇ...っも...っはいらにゃひ...!ひあ゛っ!?あ゛っ...あっ...!!」

伝う蜜が咬み跡を撫でるたびに、新たな絶頂。重なる射精。

それの衝撃に震え、蠢く膣内。吹き出す蜜の飛沫。
それが咬み跡を再び撫でていく。

彼等は下半身を動かせないまま、延々と限界まで絶頂の繰り返しに翻弄されることとなった。






***





上司が変わった。

どう変わったって、前みたいにキャバクラに誘ってくることが無くなったのだ。

キャバクラ...うっ頭が

なんでも奥さんが最近できたから?らしい。

それに、元々デキる上司だったが、その手腕が更に磨かれているような気がする。

献身的でとても可愛い奥さんのお陰で、今まで以上に頑張れると言っていた。それはとても分かる。

上司の奥さんか...一度僕も見てみた...はっ!?殺気が!?

種族は...うーん、なんかヴァンパイアみたいな名前だったような...? 

「おい古谷。今日はもうあがろうか。」

「あ、はい!...あれ?中島さん。腕に虫刺されありますよ?」

「お?あぁ、また"塗らなきゃ"だな。」

かゆみ止めの事だろうか。でもなんか嬉しそうな顔、してるなぁ。

上司の後をついて、暗くなったオフィスから出る。





...後ろ、オフィスの奥から、僕の妻の笑い声が聞こえた気がするけど、気にしないでおこう。
19/03/06 13:09更新 / スコッチ
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■作者メッセージ
「ただいま〜。」
「おかえりなさい。...もう誘われることもありませんね?」
「そうだねだからその眼はやめて欲しいかなー?」ガタガタ


***


ヴァンプモスキートの説明を読んで「咬み痕の持ち主だけが快楽をもたらす」という説明が、グっときた次第です。独占欲強そうで。

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