校庭へ出るときには、皆既に用意が整っているようだった。
ルメリは大きな馬上槍、キサラギはいつか見たジパングの武器。そして僕はカタナ。メリーアは何も持っていなかったが、彼女の戦闘スタイルは体術による肉弾戦と、小型の刃物や簪、鉄扇を使う暗器術を基本としている。きっとどこかに武器を隠しているはずだ。

「この編成なら勝てそうですね」
　キサラギがつぶやく。すると、メリーアが顔を曇らせた。
　メリーアは何も言わなかったが軍師として家で徹底的に教育を施されている彼女にとって、キサラギの慢心は気に入らないものだったに違いない。
　それに、今回の演習は四人の集団で戦う演習ではなく、何らかの原因によって隊列が分断された状況下を想定した合流戦演習だ。
　僕たちは分断された攻撃側で、隊列の再編成と敵の撃滅を同時に行わなければならないし、味方がどこにいるのかさえも分からない状況で、敵の強襲に備えて警戒をしなければならない。長時間の戦闘となれば、体力と精神ともに消耗し、戦闘どころではなくなってしまう。

「個の力は強いけど慢心はしちゃダメかな」
　僕がフォローすると、メリーアは頷き、今回の戦闘について話し始めた。




　そしてしばらくすると、クラスの全員が草原演習場に集合し、コルヌ先生も戦術教官室から出てきた。
　コルヌ先生の鎧は軽装で、帷子に小さな肩盾を纏い、兜はつけていない。兜の代わりにあるのはトレードマークの大きな帽子だ。腰に下げる得物は護拳に蔦の装飾のついたレイピアで、装飾はそれ以外にない。
　実用性と美しさを兼ね備えた装備だった。

「それでは演習を開始する。第一班、二班、各班員前へ」
　僕たちの班の番号が呼ばれ、少しドキッとする。相手はどこのチームなのかは知らされていない。だから、前に出て顔を合わせた時、僕たちの戦術の通用しない相手であれば、戦術を変えなければいけない。
　先生の前に出て、相手の班を見ると、そこにはドラゴンのレンディス・フランニュートと、サラマンダーのレクシア・エイリーンが居た。そして他には、ワイバーンの生徒とワームの生徒が居る。
　レンディスは、僕たちの班を見て、にやりと笑った。
　彼女やレクシアはこの学校を代表する不良娘という位置づけだが、それでも彼女たちは馬鹿じゃない。自分たちが一番力を出せる編成を知り、自らの役割を全うし、戦略を立てることができる。
　彼女が笑ったのは、その戦略が僕らの班に通用すると確信したからだ。

「アタシたちの班は強いからね。油断すんなよ？」
　レクシアが笑い、レンディスはまた僕に顔を近づけた。
　そして舐めまわすように僕の表情を観察し、離れる。
「……戦士の顔もできるんだな。せいぜい私を楽しませろよ」
　２人はそう言ってから列に戻って整列し、号令を待つ。
　僕達の二班の足元には転送用の魔法陣があり、コルヌ先生の号令と共に転送が始まる。

　先生は息を大きく吸い込むと、その息を吐き出してから号令をかけた。


「戦闘……始めっ！」






　　　　　　　　　　　　　　　§




　先生の号令と共に、僕が転送されたのは、僕の寮の裏側にある触手の森の入り口だった。
　敵チームの行動開始地点は、僕たちのいた草原演習場の中央からだから、僕たちはルメリ以外の三人で草原の索敵を行い、敵部隊を発見した場合は上空に向かって火弾を放ち、それを合図に強襲する。その時のカギになるのはルメリの火力だ。
　攻撃力に優れたルメリの火力一本に頼るような作戦だったが、機動力のあるルメリが到着できれば後の話は早い。撃破されていない味方がルメリを支援して、相手を倒すだけだ。
　また、自身が敵部隊を発見した場合は先鋒として敵と対峙し、相手をどれだけその場にとどまらせることができるのか、という事が重要となる。
　その点で、罠を張りやすい草原演習場は敵部隊攻略の要となる。



　しかし、この作戦は相手チームには通用しない。
　なぜなら、相手チームにはワイバーンとドラゴンのレンディスが居るからだ。
　彼女たちは空を飛ぶことができると言う点で索敵能力に優れているため、草原演習場でどれだけ低い姿勢をとっても、発見される確率は高い一方だ。
　草原演習場の草は僕の膝程しかないし、ルメリが突撃を仕掛ける前に見つかってしまったら、敵は四人で総攻撃を仕掛けるだろう。
　いくらルメリと言っても、四人の総攻撃を受ければひとたまりもないはずだ。
　各個撃破に優れたレンディスの火力編成は、敵の殲滅作戦に非常にいい編成だ。天晴れとしか言いようがない。
　潜伏状態からの持久戦を行い、発見次第遠距離攻撃を行って撃破できるかもしれないが、単騎での魔術砲撃は命中しなかった時のリスクが高すぎる。
　上空を常に飛んでいるワイバーンに居場所を教えるようなものだ。

　結局打つ手なしなのか……。

　そんなことを考えていた時、太陽が翳った。
　あたりが急に暗くなり、雲でも太陽にかかったのかとも思った。
　けれど、上を見上げてみると、そこにあったのは翼竜とレンディスの姿。
　上空で二人が旋回している。


　つまり……。

　僕は敵部隊に見つかったのだ。

「……なんてこった！」
　なんて言っている場合じゃない。
　僕は手を太陽に掲げ、烈火の魔弾を発射する。
「フォイエ！フォイエ！フォイエ！」
　三発発射したが、かすりもしない。しかし、三発も発射すれば、誰かが来てくれるはずだ。
　索敵に二人をつかっている以上陸上部隊はレクシアとワームの二人編成で単騎であることはほとんどないとみていい。
　それならばまだ時間はある。

　僕はそう確信し、触手の森へ飛び込んだ。
　うねる触手をカタナで切り裂き、奥へと進んでいく。
　天蓋の様に垂れ下がる触手たちの森は、奥に行けば奥に行くほど暗くなる。それだけ背の高い活発な触手が日光を遮っているのだ。
　つまり、この場所であれば上空からの奇襲はできない。奇襲をしようとすれば長い触手に手足を絡め取られ、入り口まで送り返されてしまう。
　つまり、上空からは決して入ることのできない触手の森であれば、飛行部隊であっても敵は陸上から攻めていくほかないのだ。地形が不利だからと、レクシアとワームの地上部隊の生徒が合流するのを待っていたら、僕の三発のフォイエに呼び寄せられたルメリ、メリーア、キサラギが現れ、レンディスとワイバーンの生徒にとってはもっと不利になる。
　さぁ、二つに一つだ。どっちを選ぶ……レンディス。

　抜刀した状態で様子を窺い、地面に耳をつけて足音を聞く。
　足音は二人分。……よし。

　僕ならできる、と自己暗示をかけた。

　この学校に転入する前の、三か月間を思い出せばこんなものは屁でもない。
　僕はあの三か月でルメリと武術訓練をし、エルメリア姉さんとは魔術訓練をしていたのだ。
　王国一の騎士と王国一の魔同士の訓練は容易なものではなかったけれど、これも世界最高峰の学び舎に入るためだと思ってやってきた。
　僕ならできる。

　そんなことを考えているうちに、レンディスのブレスの音が聞こえてきた。
　もう近い。しかし、奇襲はできない。
　速度や身体能力は魔物娘たちのほうが人間よりもはるかに高いため、奇襲をして一人を撃破できても、二人目の追撃から逃亡することは難しい。
　だから僕はレンディスが姿を現すまで待つ。
　実戦ではないと言うのに震える足を叩き、カタナを力強く握る。


　するとその時はやってきた。

「やあ、王子様」

　しかし、最初に口を開いたのはレンディスではない。

「オレはレクシア・エイリーン。もう知っているかな？」

　分断されたはずの地上部隊の一人、サラマンダーのレクシア・エイリーンだった。

「……っ！」
　予想は外れた。しかし足跡が二人分だったのは何故か。目の前には四人いるのに。
　答えは簡単な事だった。レクシアが触手を切り刻み、そこを低空飛行していたからだ。
　そしてもうひとつ、彼女の部隊がなぜこんなにも早く合流できたのか。
　それはレンディスとワイバーンがレクシアとワームを空中輸送した可能性もあるが、転移魔術を使った可能性もあった。
　僕の思考の中に、それらの考えは浮かんでこなかったのだ。
　しかし、そうだとしても、ぼくはここで負けを認めてはいけない。

「レクシア……っていうのか。覚えておくよ。――そっちの君たちは？」

　僕は名前を知らないワームの生徒とワイバーンの生徒にも話題を振った。

「オリアナです♥」

「メイです」

　先に答えたワームの生徒は、何も武器を持っていない。ワイバーンのメイもだ。硬い鱗を持つ彼女たちの戦闘スタイルは肉弾戦にブレスを組み込んだものになる。一瞬の火力は高いが、距離を保てばどうにかなる。しかし、触手の森の中ではそれが難しい。

　僕は会話をしながら考える時間を欲した。

「王子サマーはやく戦おうぜー」

　しかし、時間というものはいともたやすく奪われるものだった。
　知ってはいたが、この状況ではキツイ。

「そうだね……じゃあかかってきてよ」

　しかし、びびってもいられない。
　だから僕は安易な挑発をした。だがそれがいけなかった。

　僕が挑発をすると、レクシアの尾は大きく燃え盛り、彼女の持つ剣までにも熱が伝わっていた。僕が危機的な状態にありながら、自信ともとれる虚勢を見せたせいか、彼女は僕と戦う事に期待しているようだった。

「……じゃあ、こっちからイかせてもらうぜッ！」
　彼女が踏み込みながら剣を振るう。
　突発的な攻撃だ。　
　僕はカタナで受け止める。目の前で火花が飛んだ。
「オラオラッ！」
　レクシアはまた剣戟を繰り出す。
「プロテクト！」
　魔術で受け止める。そのたびにレクシアの尾の火柱は大きく燃え盛った。
「防いでるだけかよッ！」
　彼女は両手剣を片手で振るい、連撃を繰り出す。
　その素早さに合わせて防御するのが精いっぱいで、攻撃に頭が回らない。
　そしてそんな時、視界の外から何かが迫ってくるのが見えた。

　ドムッ。

　そしてそれは、そんな音を立てて僕に命中した。

■作者メッセージ
本格的なバトルパートに入りました

躍動感出てる？