読切小説
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魔王軍第三魔術部隊剣風帖
 そもそもの始まりは、他愛もない雑談からであった。
 魔王城の廊下を歩いていた二人の魔物娘がいた。ヴァンパイアとデュラハン、いずれもかなり高位の存在ではあるが、魔界の中心、魔王のお膝元に居るということもあり、それなりにリラックスした雰囲気を漂わせていた。

「ところで貴方、戦場でもないのにそんな大げさな大剣やらなんやら、いつも装備しているんですの? 鬱陶しくありませんの?」
 
 問いかけたのは吸血鬼、身に纏うは高貴にして豪奢な、戦闘には全く向かないであろう華美な外套。それとは対照的に、無骨な鎧兜一式を身につけたデュラハンが答える。

「当然だ。これは私のような武人にとって、単なる武装を超えた一種の礼装なのだからな。常在戦場、如何なる時も戦いに望めるように、己を律しているのだ」
「そんな事言って、一旦首が外れたら戦闘どころじゃなくなる癖に」
「……だからこそ、日中くらいはこうして緊張感を保ちたいのだよ、デュラハンとしては。
 まあ、精神論的な面を抜きにしても、いつも手の届く範囲に武器があるって言うのは、これでなかなか安心感があるぞ。そなたも何か持たないか?」
「武器、ねぇ。どうもその、道具に頼るって発想が私には今ひとつしっくり来ないの。
 私の牙より鋭くて、私の爪より軽くて、私自身よりも素早く振るえる武装がもしあるなら、使ってみてもいいのだけれど」
「それは無い物ねだりというものだよ……」

 普通ならば、そのまま誰の気にも留められず、会話を交わした本人たちさえいずれ忘れ去るであろうこの一連のやりとりが、如何なる運命のいたずらか、とあるサイクロプスの耳に入った。
 夫も持たず、ストイックに武器作りに勤しんでいたそのサイクロプスの心に、火が着いた。いくらヴァンパイアが高貴な種族だからといって、武具制作という自身のアイディンティティそのものを軽んじるような発言をされて、黙っているわけにはいかない。何としても、自分の今までの鍛冶屋人生全てを賭けてでも、至高にして究極の刀剣を作ってみたい。サイクロプスは決意を固めた。

 


 夜空に荒れ狂う暴風。猛る稲妻。円卓会議に相応しいシチュエーションが毎度と変わらず整ったことに、サバトの統括たるバフォメットは深く満足した。

「これより、魔王軍第三魔術部隊円卓会議を開始する」
 
 魔術部隊長の宣言に、会議の出席者たちは気を引き締める。円卓会議はこれまでも何度かサバト上層部によって開かれ、その度に革新的な成果を挙げてきたのだ。

「まずは、先日試作品をテストしたホルスタウライザーのことだ。
 幾つかの試験例を調べたところ、乳汁の分泌には問題がなかった。しかし、その乳汁を飲んだ者ほぼ全てに異常な性欲の亢進、及び乳汁分泌量の異常な増大が見られた。
 これはホルスタウロスが出すオリジナルのミルクには見られない特徴であり、このままホルスタウライザーを商品化することはできないと判断する。引き続き、研究開発を行うとともに、より広い範囲から被験者を募り原因を究明したいと思う。
 まずは、前に出た『本来ミルクを出せない女性に無理に乳汁を出させているため、内分泌系が予想外の反応を示し、結果ミルクの効能が変わってしまった』という仮説の真偽を検証したいところなのだが……私には残念ながら妊婦の知り合いは居ない。諸君らの知り合いで、対照実験に協力しても良いという妊婦がもし居たら、教えてもらいたい」

 魔女たちがざわつく。

「……このシリーズ、段々変な方向へ向かっていってる気がするけど、そのうち妊婦ファックとかやるのかしら」
「勘弁して欲しいなぁ……パイズリ、搾乳ときたら、次はニプルファックだろとか言ったとか、なんとか」
「魔女体狂乱ですね、分かります」
「誰得よ……」
「シーナとかワルキューレとかいう魔女が出てきたら、要注意ね」
「ともかく」

 バフォメットの声により、議場は静粛さを再び取り戻す。見ると、ホルスタウライザーとは別の議題があるらしかった。

「ホルスタウライザーは研究と実験を続けるとして、だ。
 それとは別に、とあるサイクロプスの武器職人から我々魔術部隊に一つの依頼があったのだ。『最強の剣を作りたいので、力を貸して欲しい』と」

 再び会議出席者達が動揺し始める。今まで魔導具制作依頼は幾つかあったものの、武具制作依頼が、それもその道の専門家たるサイクロプスから持ち込まれるなど、前代未聞のことである。

「依頼者の言うには、『軽さと鋭さとリーチを完全に兼ね備えた剣を製作しようとしたのですが、上手く行きません。これらを一本の剣に盛り込もうとすると、どうしても耐久性が犠牲になってしまいます。何よりも軽く何よりも鋭く何よりも堅牢な、魔界に並ぶ物無き刀剣を創り上げるため、みなさんの力を借りたい』とのことだ。
 分かるか?依頼者の挙げた条件全てを満たす武器を作るには、魔術の力を用いる他無いのだ。
 何のことはない、いつもの魔導具制作依頼の一つなのだが……、まあ、たまには魔王軍らしいことをしてみても、撥は当たるまい?」

 元より魔女たちに反対意見など有るはずもなく、バフォメットの指揮の下魔術部隊は一丸となって魔剣制作に取り掛かった。


 数週間後。
 サイクロプスの作った素体に魔導回路を埋め込むことで作られた魔剣が、遂に完成した。
 向かい合うバフォメットとサイクロプスとの間には、刃渡りが子供の背丈ほどもあるその剣が安置されている。血管のような、赤黒く禍々しい紋様を浮かべた刀身は、如何にも魔剣らしいものである。が、長大な刃を振るい易くするため通常よりも長く頑丈な柄を装着されたことで全長がかなり伸び、剣というよりも槍に近い印象を見るものに与えていた。

「これが……」
「ああ。貴公の打ってくれた両刃剣を、魔術的に加工し耐久性を付与した。
 いや、『耐久性』というよりは、『再生力』と言った方が良かろうな。この剣は傷つき折れると同時にその端から修復され元の切れ味を取り戻し、その為に必要な魔力も剣自身が調達するようになっている。試しに、振るってみてはどうか?」

 恭しく頭を垂れ、魔剣を捧げ持ったサイクロプスは構え、虚空に向かってニ、三回斬りつける。一拍置いて、鍛冶屋は呟いた。

「……素晴らしい。持っていることを忘れそうなこの軽さに、空気すら切断しそうなこの鋭利さ。それでいて柄も刀身も頑健で、幾度の戦にも耐えてくれそう……これこそ、私の求めた剣に相違ありません。改めて、礼を言わせて下さい」
「なに、貴公の打った素体たる剣が無ければ、ここまでのものは作れなかったさ。我々はあくまで魔術が専門だからな」
「その、魔術のことなんですが。先程、刀自身が魔力を調達すると言ってくれましたが……それは一体?」

 剣を元の位置に戻し、サイクロプスが問い返す。答えるバフォメットの表情は苦笑とも苦悩ともつかないものであった。

「ああ、そのことか。簡単なことだよ。斬りつけた相手から吸い取るのさ」
「吸い取る?」
「無機物やらを斬るときのために、魔力蓄積器を内蔵してあるんだがね。魔力を持つ、例えば魔物娘なんかを斬ることで、その蓄積器に魔力を補充するように作ってあるのだ」
「つまり、実戦で振るい続ける限り、魔力切れは起きないというわけですか」
「そういう事だ。まあ、ただ魔力を吸うわけでもないんだが」
「と言いますと?」
「こいつは斬りつけた魔物から効率よく魔力を吸うために色々と工夫を凝らしてあるんだが、その内の一つとして『相手の魔力許容量を下げる』機能があるのだ。
 相手の持てる魔力の最大量を一時的に減らして、持ちきれない分の力を全部頂いてしまおうというコンセプトなのだが」
「なるほど」
「今の魔物たちは、現魔王の影響で女性性が強く出ている。その魔物娘を魔術的に弱体化させることで、外見年齢や女性としての機能にも影響が出てしまうのだ」
「……つまり、どういう事です?」
「この剣で魔物娘を斬ると、幼女になる」

















「……は?」
「いや、私としても狙ってこんな仕様にしたわけではないのだが、魔力供給のためには仕方がなかったのだ。
 まあ、一時的に幼女化させて生存に必要なエネルギー量を下げることで、結果的に安全装置というか、これに斬られても魔物娘は死なずに済むようになったわけで、結果オーライではないかなと」
「いや、その、なにそれ」
「幼女化特性に因んで、取り敢えずこの刀を『ロリバーン』と命名してみた。貴公の意見はいかがだ? 私としては、『アロリダイト』という候補も捨て難いのだが」
「そんなこと言われても、困る……というか、それもう刀である必要無いじゃないですか!」
「まあ、まだ実地に試したわけではないので何とも言えないのだがな。折角だから、制作費代わりということにして、貴公で試してみるか」
「いや、いやいやいや、う、嘘ぉ!?」

 刀を持ったバフォメットの瞳に本気の色を感じ取ったサイクロプスは、即座に反応し立ち上がると同時に後ずさる。数瞬前まで自分が居た場所を銀色の牙が薙いで行く光景は、恐怖を通り越して 何処か現実離れしていた。

「避けるでない! 痛いのは一瞬だ!」
「ひ、ひえぇーっ! 誰か、誰かーっ!」


 その後暫く、魔王城は「お前も幼女にしてやろうか!」と叫びながら走りまわる妖怪の噂で持ちきりになった。「魔王城の何処かに『この剣を抜く物、幼女たる資格あり』と言われた剣が刺さっている」という話も同時に広まったが、こちらはすぐに廃れた。 「幼女たる資格」の意味が、誰にも分からなかったためであろう。
11/01/22 19:01更新 / ナシ・アジフ

■作者メッセージ
最初は単発ネタのつもりだったのですが、いつの間にかシリーズ化。
バフォメットさんにちゃんと名前を付けなかったことを、今では後悔している。

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