連載小説
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出版社にて
突如、上司である出版社の編集長に帰還を命令されたリックとノエルとその二人についていくリャナンシーのミュウ。先日ジパングの旅籠に届いた帰還命令に詳しい内容は載っておらず、ただ単純に出版社に戻ってくるようにとしか書かれていなかった。リックとノエルの取材というなの旅行は今まで編集長がスポンサーとして支援していたから可能になっていたためであり、その出資者から直接呼び出しを行うということは、今回の件で編集長に何らかのトラブルが来たのか、あるいは投資先としての魅力がなくなったことによる投資の打ち切りかのどちらかである。正直なところ、そのどちらも二人にとってはありがたくない。特にリックにとってはミュウという将来の伴侶となる相手を見つけた彼にとって、より良い作品を作るためにまだまだこの取材は続ける必要があると思っていたからだ。


そして今、三人は出版社の本部がある町へ向かう馬車に乗っている。ガタガタと振動しながら大きな音を立てる荷台の中を重苦しい空気が支配する。リックとノエルは頭を下げ、いかに自体が深刻かを物語っているように見えた。一方、ミュウはそんな二人をただ不安そうに見つめることしかできなかった。そんな状況で馬車に揺られること数日、時は彼らにとって無情に進み、リックとノエルにとっては久しぶりの、ミュウにとっては始めての二人が所属する出版社のある町についた。

「帰って来ちまったな……ノエル……」
「ああ…… そうだな……」

二人は感慨深そうに町並みを眺めながら、目的地への道のりを想起する。足を踏み出す前にリックがミュウに向かい、真剣な眼差しでじっと見つめる。珍しくリックとノエルが同時にため息を吐いて後ろにいるミュウとともに自分たちの拠点の町へと入って行った。全く気乗りしない二人とただついていくだけの少女の足は思った以上に早く目的の場所である出版社の前へとたどり着く。顔が憂鬱で塗りつぶされているリックがその扉を手に掛けようとしたとき後ろにいるミュウの方を向く。

「ミュウ、悪いけどよ待合室で待っててくれないか?」

リックの真剣な表情にミュウは圧されたのか、素直に頷く。その様子にリックとノエルは内心、安堵の笑みを浮かべた。二人は今回の呼び出しには一応の心当たりがあった。取材という名の逃避行における経費の大半を編集長の懐から出ているため、二人には使った出費額を定期的に編集長に知らせる必要がある。しかし、今まで請求した経費全てが適切な出費かどうかかと問われれば二人は首を横に振るだろう。よって、用件は出費に対する申し開きであると二人は予測していた。大の大人二人が無駄遣いをしていた事実はミュウにはあまり知られたくないのが本音であった。

「あ…… あの! 何があるのかわかりませんが、がんばってくださいね! あと、終わったらこの町の案内をしてくださいね!」

ミュウは背を向ける二人に対し死地に向かう兵士の無事を祈るような声色で声援を送る。その声を聞けばもう何も怖くないと思えた。少なくともリックはそう感じた。最も、これから自分たちの身に起こることは駄目な大人として説教くらうだけとなんとも微妙な展開なのが涙を誘う。少なくとも隣で覚悟を決めたリックの顔を見ていたノエルはそう感じた。






出版社に入ったリックとノエルはミュウを待合室に案内した後、編集長のもとへと向かった。編集長の部屋の前で軽く深呼吸し丁寧にドアを叩き、名前と用件を伝えた。幸か不幸か編集長は暇だったのかすぐに入るように促されため、静かに扉を開け、部屋へ入る。編集長の部屋は中央に机を置き、周りを本棚で囲んだ作りとなっている。ここまではいいのだが、件の編集長は白髪まじりの壮年で、ほぼ確実と言っていいほど柔らかい笑顔を浮かべ中央の椅子に座っている。ここまではまだ普通の編集長と部屋なのだ。扉を開けてから響いている水音に目を瞑ればの話だが。曰く、彼と結ばれたワーキャットはマタタビの使いすぎて常に夫と何らかの接触していないと落ち着かないとかなんとか。今日は姿が見えないがおそらく机の下にいるのだろう。

「さて、君たちに来てもらった理由なんだけど、リック君。」
「はい。」

編集長は優しそうな声で掛けているが、リックは一切の余裕を感じさせられないほど表情は固かった。これから何を言われるのか、ある程度予測ができるために気を抜くことができなかった。そんなリックを知ってか知らずか、落ち着いた動作で引き出しの中から一枚の紙を取り出し二人に見せるように机の上に置いた。

「これを見てくれるかな。 ああ、ノエル君も見てもいいよ。」

二人はそう言われ取り出された紙を覗き込む。長く回りくどい文章が延々と続いているが、どこからどう見ても契約書にしか見えない。内容は噛み砕いて言えば今回の経費分を払い終わるまでは執筆した作品を全てをこの出版社から出すという内容だった。

「もしこの契約書にサインしてくれればこれからも取材旅行に行ってもいいよ。 まぁ、これからは旅費は君が稼いだ金から出るようになるだけだね。」
「あの、編集長ちょっといい…… ですか?」
「なにかな。 リック君?」
「用件ってこれだけ…… なんですか?」

いくら温厚そうな編集長でもさすがに目に見える不振な出費に対しては起こるかと思ったため拍子抜けといった感覚に見舞われた。

「なに。 用は投資した分を返してもらえれば問題はないよ。 それに……」
「それに?」
「君、リャナンシーに気に入られたんだってね? なら、勝手に妖精の国に行かないようにするための約束事みたいなものだよ。」

その言葉にリックは納得したように頷いた。自身がリャナンシーに気に入られたことで舞い上がっていたが、そう言った創作家はほぼ例外なく妖精の国へと旅立つと言われている。ならば、最低限やらねばならない事を明文化しておこうという事だ。もちろん今のリックは行く気は毛頭ないが、いずれ行くにしても後腐れのないようにしなければならない。そこまで考え、リックはその契約書にサインを入れた。

「ん。 これでいいよ。」
「わかりました。 じゃあ、俺たちはこれで…… 」

そう言うと、リックは編集長の部屋からでようとドアノブに手をかけようとしたとき、ノエルが出ようとしない事に気づいた。リックが不思議そうにノエルを見つめていると、それに気付いたノエルはリックの方を向き先に行くように促す。

「俺はちょっと編集長と個人的な話があるから、さっさとあの子を向かいに行ってやれ。話が終わり次第、仕事場に行くから。」
「お、おう。 それじゃあ、失礼します。」

リックはノエルに促されるまま、部屋を出て、ミュウを迎えに行った。今からこの町をどう案内するか思案しながら待合室に向かった。






リックは待ち合い室で読書に集中していたミュウと共に町を案内していた。この町はどちらかと言えば親魔物というより中立を宣言している。そのため、魔物娘に対する偏見が完全に消えておらず、教会の圧力がかかる事もある。しかし、そんな状態でもゆっくりとではあるが、住民に魔物娘が受け入れられつつある。その理由の一つにリック達が所属している出版社が魔物娘の小説を出版し、それをこの町の市場に出す事で民衆の目に触れ、小説を通して実際の魔物娘の知識を得る事ができるようになっているからである。リックが町の案内のついでに出版社の活動を紹介していた。

「リックさんなんだか誇らしそうですね。」
「あー。そうかもな。 俺がこの道を選んだのはガキの頃に本の影響があってな。そのとき、俺もこの本みたいに誰かに小さくても、人生を変えるまでとはいかなくても、心に残るようなヤツを書きたかったから何だよ。」

そう言ってリックは目を閉じ、その当時の事を思い出す。今でも忘れる事のできないあの衝撃。たまたま手に取り読んだその本に書かれた魔物娘との甘くて幸せな純愛が描かれた世界。ページをめくるたびにその場面が脳裏に浮かび、やがて自分もその世界の住民なのだと錯覚させる。時を忘れ、寝食を忘れ、ひたすら想像をかき立てた。読み終わったとき、リックの心にあったのは自分も紙の上に世界を作りたい。そう、強く願った。

「で、すぐさま準備して、故郷を飛び出して、編集長に拾われて、ノエルやミュウに出会って、今に至るというわけさ。」
「リックさんて割と無鉄砲なんですね。」

クスクス笑うミュウを見て、リックもそれに心の中で同意する。我ながら本当に無鉄砲であったと。さっき言った事のうちどれか一つでも欠けていれば今の自分はいなかっただろう。

「そう言えば、そろそろ暗くなってきましたね。」

ミュウにそう言われてリックは日が暮れ始めている事に気がついた。あと30分もしないうちに夜が来る事は目に見えていた。

「じゃ、町の案内はこの辺にして、俺たちの仕事場に行くか。ノエルが待ちくたびれて、切れてるかもしれねぇし。」
「それは大変ですね。では行きましょうか。」

再びクスクス笑うミュウを隣にリックは懐かしの仕事場へと歩を進めた。ここからでも日が落ちるまでには仕事場につくだろうが、あまり相方を待たせすぎるのも悪いと思い少しだけ急ぐ事にした。






久しぶりの仕事場に戻ったリックは乱雑な部屋の中と埃っぽいにおいを嗅ぎ、戻ってきたんだなと心の中でつぶやいた。

「おーい。ノエル戻ったぞー」

リックの呼びかけに誰も反応せず、返ってくるのはただ静寂のみ、そこでリックはノエルが戻ってない事に気がついた。

「編集長さんとの話がまだ長引いているのでしょうか?」
「かも知れねぇな。 よし、少し片付けるか。 具体的には三人寝泊まりできる程度には。」
「あの、私、フェアリー種ですから小さくなれますよ?」

遠慮しているミュウに対し、気にしなくていいというジェスチャーを送り、どこをどう片付けるかをリックは思案する。旅行前にある程度片付けたとはいえ、さすがに三人が寝泊まりするには広さ的に問題があるので、最低限のスペース作りに奔走する事となった。部屋自体それほど広くない事が功を奏し、どこに何を置くのかがすぐさま決まり、それに従ってものを運搬する事となった。作業ははとこ通りなく進み、1時間もしないうちに三人が寝泊まりするに最低限のスペースを確保する事ができた。一通りきれいになった部屋をミュウが見渡し、ふと気になるものを見つけたのか、リックに訪ねる。

「あの、あれは?」
「ん? ああ、あれはノエルと仕事するまでに書いていた原稿だよ。 まぁ、一緒に仕事するようになってすぐさま誤字脱字が多くてノエルに散々訂正を入れられているけどな。」
「じゃあ、読んでもいいですか?」
「構わねぇけど、あんまり期待するなよ?」

リックが言い終わる前にミュウはその原稿を手に取り、真剣な表情でそれに目を通していく。内容は様々な魔物娘の恋愛をモチーフにした短編の集まりといったもので、目を覆いたくなるような誤字脱字の嵐の中、ノエルが書いた訂正を見ながら物語に触れていく。元々の文章は荒削りで表現も完璧とはほど遠い。しかし、不思議と惹かれる内容で正しく文章化されている状態ならば、その情景を思い浮かべる事ができた。読み進めるうちに心に暖かい何かが流れ込んでいくのをミュウは感じた。ここにはリックが紙の上で描いた世界が確かにあった。

(これが、母さんの言いたかったことなのかな……)

彼女の母はどんな作家でも強い情熱さえあればすばらしい世界が作れると言っていた。対してミュウは完璧な文章にこそ
世界が宿り書き手の世界が読み手に具現する。其れこそが真実であると。故に母の言葉を理解する事ができなかったミュウは住処を飛び出していった。だが、目の前の原稿がそれを否定し、ミュウにリックの描いた世界を見せていた。初めて読んだリックの原稿よりも拙い文章であったが故に完璧な文章がなくとも作家の世界を表現する事ができると気付いた。

「リックさん……」
「ん? どうしたんだ?」
「ありがとうございます。 あなたのおかげでずっとわからなかった事がわかりました。」

ありのままのリックの世界を感じ取ったミュウは笑顔で答えた。






〜〜〜おまけ〜〜〜


ノエルはすっかり寝静まった夜の町を深いため息をつきながら肩をがっくりと落とし歩いていく。その原因は彼の相方のリックとその妻の内定となっているミュウにである。ちなみに今は二人の邪魔にならないように空気を読んで適当に時間をつぶしている真っ最中で、少し前までなら適当に魔物娘をじっくり観察するのだが、なぜかそんな気にはなれなかった。今回の呼び出しはノエルが予め編集長に頼み込んで起きた出来事であった。リックがすぐに妖精の国へ旅立たないように予め一手打とうと考え実行した。一応の楔として今までの旅費となっているが、リャナンシーと結ばれる事がほぼ確実となった彼には返すのはそう難しい事ではないと予測できるため、今度は頭痛が彼を襲い頭を抑え深々とため息を吐く。だが、ここである疑問に気付いてしまった。

(あれ? なんで俺ってこんなに深刻に考えてるんだ? 別にあいつの人生なんだから好きさせればいいじゃないか。 そもそもだ、あいつがいなくなれば…… )

そこで彼の思考は急激に動かなくなる。頭の中が混乱したのではない、あまりにも突然で唐突にきた目の前の現象に彼の思考は急激に停止してしまった。純白の髪と翼、深い紅の双眸が彼の瞳に映し出されていた。彼女の唇から紡ぎだされた言葉によってノエルはさっきまでの問いの答を得る事となった。

(ああ、そうか…… 俺はあいつと会えなくなるのが怖かったのか……)






翌日、窓から入る日光に当てられリックはまぶたを開ける。結局、昨日はノエルが返ってこなかったため、ついうっかりミュウと夜のお楽しみをしてしまったためか彼の顔には寝不足の字が見える。体を起こし拡散している頭を掻いて時計を見るともう少しで昼になる時間だった。周りを見回し、隣で寝ていたはずのミュウがいないところを見ると先に起きていることがわかった。次にノエルが帰ってきたかどうか確認しようとすると、どこか見覚えのある金髪の眼鏡を掛けたサキュバスらしき人物が不機嫌そうにリックを見ていた。

「やっと起きたか……」
「…… 誰?」

リックに問われたサキュバスらしき魔物娘は手のひらで顔を抑え、わざとらしい大きなため息をつく。寝不足のリックにもその仕草もどこか見覚えがあり、加速度的に嫌な予感がひしひしと感じるようになっていく。

「俺だ俺。 ノエルだ。」
「は?」

ノエルと名乗った不機嫌そうなサキュバスは今度は苛立たしげに腕を組んだ後、びしりとリックの方に指を向け怒りを隠そうともせずに高らかに宣言する。

「俺はお前と離れるの事は嫌だと認める。 だけどなぁ! お前の女になる気はこれっぽっちもないからな!!」

叫んだ事によって少しは怒りが収まったのかくるりとリックに背をむけ、飯作ってくると言って台所に行く姿をリックはただ呆然と見届ける事しかできなかった。その後で少し離れたところからミュウがノエルらしきサキュバスをからかっているような声の途中でそれをかき消すようなサキュバスの悲鳴がリックのところまで届いた。



13/03/15 10:00更新 / のり
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■作者メッセージ
ええと、なんでこんな事になったのか自分でも困惑気味ですのりです。

こうして見るといかに自分が未熟かはっきりしてしまって恥ずかしくなりますね。

この作品でわかった事は、まだ自分は連載するには実力が足りていない事が身に染みました。もう少しいいまとめ方が思い浮かばなかったのが悔しいです。

おまけに関してですが、あれはリックが妖精の国に行かないようにする楔が他に思い浮かばなかったんですよね。......書いた後でノエルも一緒に行くんじゃね? と思いましたが。

とりあえずかなり無理矢理になりましたが完結させる事ができました。次書くとしたら短編になると思います。次があるかは不明ですが。まだまだ自信が持てない私ですが、他のも読んでくださると嬉しいです。

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