連載小説
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第八章
「命の保障は無いぞ」
レヴィは開口一番にそう言った。
「死なねえさ、絶対連れて帰ってくる」
クィルラはすぐにそう返した。
レヴィは溜め息をつき考えた。教国に魔物が単身で乗り込むなど狼の群れに羊を投げ込むも同じ、レヴィはそれを見過ごすほど薄情ではない。出来れば、説得して考え直させたかった。しかし、いくら思考を巡らせたところでそれは無駄なことだった。この状態のクィルラを諭せる者などこの世に、いや過去の偉人を探っても居ようはずがない。国の場所を教えないという手もあるが、そんなことをすれば彼女は世界中を回ってでも探し出すだろう。何より、レヴィもこのまま素直に諦めさせるという気になれないのも、また名案が浮かばぬ理由の一つだった。
「もしかして場所知らないのか?」
長考に業を煮やしたクィルラが催促した。
「確かに具体的な場所は知らぬ・・・が」
そう言うとレヴィは立ち上がり、テントの外に出て行った。クィルラは不思議に思い彼女のあとに続く。クィルラがテントから出てきたのを感じると彼女を方を振り返った。
彼女はいつも不機嫌そうな顔をしていた。友人のレヴィでさえ笑っているのを見たのは数えるほどしかなかったほどだ。傍から見れば、ただひたすらに苛立ってる様にしか見えなかっただろう。だがそれは彼女の努力の末だった。そしてレヴィはそれに気付いていた。どれだけ怒りで顔を覆っても、クィルラの目には孤独が宿っていたのだ。彼女は知っていた。自分が泣き出せば、もう止まらなくなる事を。それを人に見られるのが、たまらなく嫌だった。だからこそ彼女は、溢れ出る寂しさを無理矢理怒りに変えて、それで体中を覆っていた。決して、孤独に負けぬように。
しかし、今のクィルラにそんな面影は微塵も無い。寂しさも、それを覆い隠すような憤りも全て消え失せ、今は一人の魔物として、夫を愛し彼を取り戻すことだけを考えている。
「少し変わったか?」
「あん?」
「いいや、気にするな。」
レヴィはゆっくりと遥か北東を指差した。
「・・・お主からブローチを受け取ったとき、魔力はあの方角に向けて放たれていた。そのときあの男がお主の夫を探しに出ておらず、まだ教国にいたのであれば、あの方向に真っ直ぐ飛んでいくと見えてくるはずじゃ」
話を聞き終わるや否や飛び立たんとするクィルラを、「ただし・・・」とレヴィが制止した。
「どれくらいの距離はまるで分からぬ、もちろん男が早めに行動を起こしていればどれだけ飛んでも無駄じゃ。そもそも教国に行けば必ずしも解決の糸口が見えると決まったわけではない。とにかく危険かつ望み薄な賭けじゃ・・・それでも行くのか」
無駄だと分かりつつ脅しを入れる。助けはしないといったのだが、いつの間にやらいつものようにレヴィはクィルラを支えている。そこまでしたのに、クィルラが何の成果も得られず命を散らすようなことがあっては、寝目覚めが悪いどころの話しではない。
「いまさら引き下がると思ってんのか?」
一言、それだけ言って彼女は雨を切り裂きレヴィの示した方向へ疾風の如く飛び出す。その姿は瞬く間にレヴィの目ですら捕らえられぬ遠方へと消えてしまった。

一体どれぐらいの距離を飛んだだろうか
クィルラはそんなことを考えたりはしなかった。彼女の頭の中にはカルトスの姿と声、そして数少ない思い出だけが詰め込まれている。飛行距離を記憶する隙間などありはしなかった。
見渡す限り広がるような見慣れた荒野は、信じられないほどすぐに終わり町並みへと姿を変えた。同時に当たりに一体に不思議な匂いが立ち込める。それは料理、あるいは強く炊きすぎたお香、あるいは煙突から立ち上る煙など様々なものが混じりあったものだった。不快なものでは決してなく、もしクィルラに余裕があれば、どこかに降りて夜景と共にのんびりと楽しめたかもしれない。
夜景も後方へと過ぎ去る頃、眼下に広がったのは鬱蒼とした森だった。先ほどの町並みとは違い何も香ってくることはない。代わりに支配するのは音だった。繁殖相手を呼ぶ虫の声を筆頭に、夜行性の鳥や動物達も一緒になって一つの演奏会のような状態になっていた。奏でられる音楽は賑やかで、しかし騒がしさは感じられず、楽しく聞いている内に眠りに誘われるような、実に夜に合うものだった。
そして森が終わり、今度は草原が現れた。岩が点在するその草原は、忘れもしないあの男の記憶にあったものだった。打って変わって、今度は匂いも音も感じられなかった。静かに、それはそれは不気味なほど静かに広がる草原を飛んでいると、斜め右の方向からまばゆい光がクィルラを直撃した。夜明け、地平線から顔を出した太陽が瞬く間に辺りを照らしていく。世界を包み込んでいた闇は消えて、草花が水を得た魚のように緑色に輝き始めた。その中で、クィルラは北に見えた物を見て思わずその場に着地した。暗闇のせいで気付きもしなかったそれは、この草原と同じように男の記憶の中でみた城だった。つまりこの城こそが全ての発端であり、彼女の目指した場所である。遂にクィルラは、教団の本拠地へとその足を踏み入れたのだ。
「さて、どうしたもんかな。まさか正面突破するわけにもいかねえし」
ここまで来たはいいものの、肝心の潜入方法を考えていないことに気付いた。クィルラは人に化ける技術も能力も持ち合わせておらず、教国に入り込むのは極めて難度の高いことだった。加えて、このままこの場所に留まるわけにも行かない。教国の人間、あるいはそれと親交が深い旅人などに見つかってしまえば、たちまち大騒ぎになり最悪の場合にはその場で殺されてしまうかもしれなかった。単純に空から様子を探ろうか?いや、最も目立つ経路だろう。では出来る限り体を隠して忍び込もうか?何の訓練も受けていない者がそんな真似をしてもすぐに正体を暴かれるのが関の山だ。時間だけが過ぎていき、名案は一つたりと浮かんでは来なかった。
「クッソー、こんなことなら無理矢理にでもレヴィを連れて繰ればよかった!」
頭を抱えて、いつも後先考えない自分の性格を今更になって嘆いた。だがそれだけで性格が改善するのであれば何も困りはしない。
「ああもう知るか!いっそ国まるごと痺れさせてやる!!」
故に結論は小細工をやめての正面突破となってしまった。ありったけの雷を体に宿して遠くに見える城下町へと特攻をしかけようとしたその時
「―!?」
クィルラの耳が鋭い金属音を感じ取った。もう見つかってしまったかと慌てて音のした方向を振り返るが、どこにも敵らしき姿は見えなかった。続けてキン・・・キンと同じ音が響いた。やはり音の主は見当たらない。一体なんの音だろうか、誰がどうやって鳴らしているのだろうか。無性にそれが気になったクィルラは考えるよりも先に飛んでいた。空高く飛んで見つかってはまずいと、落ちないギリギリの高度を保ちつつ猛スピードで音を辿った。
「おま・・・が・・・ければ」
やがて聞えてくる音は金属だけではなくなり、人の声らしきものも混ざってきた。
戦っている。クィルラはそう直感した。決闘だろうか、あるいは魔物が教団兵に襲われているのだろうか。いずれにせよ何が起きているのか確かめたい。クィルラはさらに加速する。そしてその答えは彼女の予想とは全く違う形で示された。
二つの剣が刃を激しくぶつけている。
一つは、機能性と美しさの両方を兼ね備えた理想の剣で、その色は日の光を受けて輝く一点の曇りも無い銀白色だった。
一つは、使い手に込められた狂気を現すように刀身のみで形成され、また実体の無い光で出来た剣だった。
「カルトス・・・」
無意識にその名前が口から漏れた。クィルラが気付いた時には、光の剣の使い手に向けて突っ込んでいた。
「なっ―クィルラ・・・!?」
少年はクィルラの姿を確認した瞬間にカルトスから庇われるように押し倒された。
「ど、どうして・・・この場所が・・・!」
「カルトス・・・アンタはカルトスなんだよな!?」
四肢を使って少年を抱き締めクィルラが問う。その問いかけに、少年は答えることが出来なかった。
「俺の、名前は・・・」
「丁度いい!」
教団の男―カルトスの声が響き渡った。少年はハッと今剣を交えていた相手のことを思い出し、抱きつくクィルラを押しのけて自分は彼女の前に立ちふさがった。
「その鳥型の魔物を殺せ。それを以ってお前の復活と認めよう」
「復活だって?ふざけるなッ!一体この世の誰がそんなことを望んだ!?俺さえ生まれなければ・・・あの魔物達は・・・数百もの命は、失われずに済んだのにッ!!」
「私一人のせいだとでも言うつもりか?」
「ッ!」
カルトスの言う通りだった。いくらカルトスがそうなるように少年を導いたとしても、実際にその道を歩み、行動を起こしたのは少年だ。彼が葬ってしまった魔物達には、カルトスによる傷は一切ついてはいない。数百もの命を奪ったのは紛れもなく少年なのだ。
「分かるだろう、私一人が起こした結果ではない。お前もその一員。むしろお前いたからこそと言っていい」
「今更・・・我関せずとでも―」
「まさか、私はお前も"一員"と言っただけだ。理論を考え、お前を生み出したのはこの私だ。私無くしてお前の功績など存在し得ない」
何が言いたいんだと少年が言おうとした時、カルトスは思わぬ行動に出た。剣を腰の鞘にしまい、ゆっくりと少年に向けて歩き出す。少年はクィルラを庇いながら光の剣の先をカルトスに向けて彼を警戒する。それでもカルトスは全く臆しもせずに歩き続けた。そして、少年の剣先がカルトスの体に触れるか触れないかのところで彼は静止し
「剣をしまって欲しい、それは人に向けるための物ではない。何故私を斬るのだ?そんなことをしてなんになる」
「お前に、二度と俺みたいなのを生み出させないために!」
「・・・それは出来んのだ」
「何―?」
カルトスは実に残念そうに俯いた。
「お前の誕生に必要だった魔道師は、あの後まもなく全員死亡した。元々寿命を無理矢理延ばしていたのだ、その魔力を全てお前に授けてしまえば当然といえよう。だから、お前以外にお前の役目を果たせる者は後にも先にももういない。・・・だからせめて、二人で誇ろうではないか。人間を魔物から守るお前と、それを生み出した私とで―!」
カルトスは静かに、右手を差し出した。
「誰が!!」
少年は光の剣を振るって、決別の証にと差し出した右手を切り落とそうとする。しかしカルトスは左手で剣を抜いて少年の斬撃を受け止めた。ギリギリと音をたてて交差した剣は火花を散らす。カルトスは真っ直ぐに少年の顔を睨みつけた。
「ならば私も覚悟を決めねば。私はこの十数年、お前を最高傑作と思っていた。それが・・・ただの鳥一匹に惑わされるとはな!」
カルトスは剣を右手に持ち替えて強引に少年を振り払った。真正面からの力比べでは敵わない少年はそのまま大きく大地に転がる。
「私はお前が失敗作だと認めなくてはならん。今その責任を取ってくれる」
少年の側に立ち、処刑とばかりに銀色の刃と振り下ろそうとした刹那
クィルラが、カルトスに上空から強烈なドロップキックを食らわせた。そのまま両足で彼を踏みつけて全身を拘束する。
「おのれハーピーが!」
「黙って聞いていりゃあ傑作だの失敗作だの・・・!てめえは命をなんだと思ってやがるんだ!!教団はいっつもそうだ、勇者勇者とはやし立てて、結局やらせるのはただの殺戮じゃねえかッ!!」
クィルラの言葉を聞いてカルトスの顔が歪な笑顔に変わった。
「勇者とはこれまた大層な。あんな物が勇者であるものか、あれは私が作ってしまった出来損ないの"兵器"にすぎぬわ!」
クィルラの怒りが烈火の如く燃え上がった。その怒りは稲妻へと姿を変えて、余すことなくカルトスの体に流れ込む。
「ぐ、がああああッ!」
「――アイツは、今みたいにアタシの雷を食らってもがき苦しんでたとき、死ぬかもしれねえってときに、どうしたと思う?・・・必死で、お前の名前を呼んだんだぞ。"兵器"として生きてきても、他でもないてめえに『助けてくれ』って頼んだんだぞ・・・!それをッ!!!」
異形の者に無理矢理与えられる、自分が最も忌み嫌う感覚がカルトスを襲う。その感覚に、心を必死で魔物への憎しみで満たし、仲間や教主から教えられたことを思い出し、絶対に堕ちるものかと悲鳴をあげて耐え続けていた。病的なまでのその感情のおかげで、クィルラの雷を心まで侵入させることはなかったものの、カルトスの身体は痺れ続けてまるで動かせなくなってしまい、もはや誇りを守るために自ら命を絶つことさえ出来なくなっていた。
「この―私が―堕ちる―ものか―」
「・・・」
僅かに、ほんの僅かに、クィルラの顔に哀れみが現れたかと思うと、彼女は雷を流し込むこともカルトスの身体を拘束することもやめてしまった。
「・・・カルトス!大丈夫か!?」
クィルラは素早く少年の元に駆け寄り、彼を抱きかかえた。
「どいてクィルラ・・・!」
クィルラを跳ね除けて少年が静かに立ち上がった。その手には光の剣がしっかりと握られている。
「こんな・・・こんな奴・・・!」
その剣を振り上げ、自らに引導を渡そうとした瞬間、クィルラが少年に飛びき、二人は地面を転がった。
「やめろ!何考えてんだ!!」
翼で少年の腕を固定しながらクィルラが大声で叫んだ。少年は全身から力が抜けるのを感じた。ガックリと身体を横たえて、その目は空を見ていた。
「・・・生きていいはずがない。何百人も死なせておいて、生きていいはずが・・・」
「じゃあ死ぬのかよ、アンタが死んだらその何百人は戻ってくるのかよ!」
「そういう問題じゃない!償いだ。俺に捧げられるのはこんなものしか残って・・・」
「そんなもんで償いになるかよ!!アンタは生きるんだ!生きて、あの町を守り続けて、奪った命の数だけ人を助けるんだ!たた死ぬより、そっちの方がよっぽどいいだろうが!」
「奪った命の数だけ・・・」
少年は小さく「そうか」と呟き、彼の手から光の剣が消えた。もう死ぬ気はないと分かったクィルラは、少年から離れて彼を心配そうに、しかしやさしく見つめていた。
「でも、それでいいのかな・・・」
少年は犯した罪の大きさと数で不安になる。それだけで済むのか、それだけで返しきれるものなのだろうか。
「アタシはそう思ってる。だから、帰ろうぜ」
クィルラと少年が手を取って立ち上がった。クィルラは向かって来た方向、つまり南西を向くと翼を大きく広げる。しかし少年は慌てて彼女を止めた。
「ちょ、ちょっと俺も運んでくれない?」
「は?記憶が戻ったんなら飛べるんじゃねえのか?」
「いや、まあ、そうなんだけど・・・これあんまり印象が良くないって言うか・・・」
そう言いながら少年は背中に二対の羽根を出現させた。それはクィルラが初めて見たときと変わらずに光り輝いている。
「なんか、殺す為に持ってるって感じがしてさ」
「そんなの使い方次第だろうが、くだらねえことばっか気にしてると置いてくぞ!」
そのままクィルラはさっさと飛び立ってしまった。一人残された少年はその後を追わざるを得なくなる。考えてる暇はない、町を飛び出したあの日、帰り道など一切考えていなかったのだから、ここで彼女を見失えば永遠の別れとなるかもしれないのだ。
「うわ!待ってよ、クィルラ!俺どこをどう行けばいいのか分からないんだよー!」
少年はすぐに地面を蹴り彼女の後姿を必死で追いかけた。そのうちいつの間にか、魔物を殺す為の力などという考えはもうすっかり消えてしまっている。
その少年の名はカルトス、これからも美しい妻に引っ張られ、時には少し尻に敷かれながら、その罪を償いつつ真の幸せを手に入れることだろう。



夜の草原に、男が一人転がっていた。指の一本も動かせず、彼はその身が朽ちるのを待つばかりである。しかし、その運命は突如覆されることになった。ユラリと、一つの黒い影がこの男に近づいてきていた。
「魔物・・・神聖なるこの地に、奴に続き二匹目とは―!」
「あらあら、息も絶え絶えって感じ。でも大丈夫、私がしっかり労わって、永遠に愛してあげるから。だから、方も私を愛して頂戴・・・ね?」
魔物は転がる男に覆いかぶさり彼の体を隅々までまさぐる。男はその様子をただ屈辱に満ちた表情で睨みつけていた。
「そんな怖い顔しないでよ。私たちは人間に嫌われるのが、一番辛いんだから・・・」
「ならば、すぐにこの場を離れることだな。私は堕ちぬ、貴様を愛しはしない」
「その考えもすぐに変わるわ・・・」
静まり返った草原の真ん中で、魔物は男に優しく唇を重ねた。
13/09/22 14:37更新 / fvo
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■作者メッセージ
これ書いてる間にクッキーが1兆1513億枚焼けました
もうちっとだけ続くんじゃ

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