読切小説
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桜の下で



 sakuraという花がある。
花というよりは、樹木だ。
遠い、海を超えた向こう側、ジパングと呼ばれる地方の物。
向こうの字では『桜』と書くらしい。

 その桜が、どういうわけかは知らないが。
ぼくの村の近くにも、一つぽつんと咲いている。

 村を出て、街道を外れ、森に入り、獣道を少し行った所。
急にひらけた場所に出て、周りより七十センチほど高くなった丘にたどり着く。
そこに、一つぽつんと、その『桜』が咲いているのだ。

 その桜は大樹とも呼べそうなもので、ぼくよりも大分背が高い。
ぼくは他の桜という物を見たことが無いから、それが桜として大き目なのか、はたまた小さいのかは知らない。
けれどきっと、長く生きた大きな物なのだろうと、漠然とだが感じていた。

 そうそう奇妙なことに、そこには桜の他には一本として別の樹木は立っていない。
そこが森であるにも関わらず、だ。
不思議だろう?


 まあ、ぼくにとっては、そんな事はどうでも良いのだ。
大事なことは、ちょっとした探検で見つけたこの場所が、ぼくのお気に入りになったという事。
それと、この場所がぼくにとって大事な意味を持つ場所だという事だけだ。


 桜を見ると、彼女の事を思い出す。


 それじゃあ今日は、彼女のことについて話すとしようか。
少し長くなるし、多分少しじゃなくノロケ話になるだろうが、どうか我慢して聞いてくれ。


 XXX XXX XXX XXX XXX


 ぼくが初めて見た桜は、夏の桜だった。
その時見た桜はとても大きくて、ぼくを驚かせた。
どうしてここだけ、うす緑の葉っぱなんだろう?
どうしてここだけ、この木しか生えていないんだろう?

 そんな疑問も抱かせた。


後で知ったが、桜は葉の付くのが遅く、初夏になって初めて新緑らしい。
ここだけ桜しか生えていない理由は、大人になった今もまだ分からない。


 さっきも言ったが、ぼくがこの場所を見つけたのは全くの偶然から。
ちょっとした思いつきで、ちょっとした探検ごっこをしたせいだ。
そもそも、そんな事をした理由は、実にシンプルな物だった。


 曰く、家出だ。

 詳しくは覚えていないが、つまらない事で叱られただけだったと思う。
今考えれば、この上なく子供らしいバカバカしい事だ。

 それでも子供だったぼくにとっては重要で、家出に足る理由だったらしい。
そんなこんなで、ぼくは家を飛び出して、村を飛び出して、街道を飛び出して行った。
ガムシャラに走っていった結果、森も飛び出して、この桜のあるひらけた丘に出ていた。


 感動だった。

 その木は、村で見たどの木よりも大きくて……いや、もしかするとこの森で一番大きいかもしれない。
そんな風に思って、暫らくは感激のあまり声も出せずに呆然と桜を見上げ続けていた。

 今になってみれば、この桜が特別大きいわけでなく、周りがマッサラだったから大きく見えただけだろう。
冷静な目で見れば、この木はそこまで巨大というわけでは無い。
まあ、大きいことには変わりは無いが、森一番ということはないだろう。


 話がずれた。
一番話したいことは、この桜が巨大に見えた…なんて事では無いのだ。
その時に、ぼくは一人の女の子に出会ったんだ。
それが言いたかったんだよ。


 呆然としていたぼくは、もっと近くで見てみようと考えて、ヨロヨロと歩きながら桜に近付いていった。
そうしてしばらく歩いたところで、桜の木の下に、人影を見つけた。
少し駆け足になって近寄ってみれば、ぼくと同じくらいの歳の女の子らしいと解った。

 そして少し驚いた。
その女の子は、人間では無かった。
肌は濃い赤色をしていて、頭には角が二本生えていた。


 アカオニ、と言うらしいね。
彼女たちもsakuraと同じ、ジパング出身の魔物……向こうでは妖怪というんだっけ?

 ともあれ彼女の姿はそのソレで、ぼくにとっては衝撃的だった。
今まで魔物といえば、時折村に物を売りに来るゴブリンさんくらい。
真っ赤な肌のヒトなんて、見たことが無かった。


 だからぼくは、少しだけ彼女が……怖かった。
今思えば、これもバカバカしい事なんだけどね。

 けれど彼女は眠っているようで、かわいい顔でスヤスヤ寝息を立てていた。
だから最初は怖がって近付けなかったぼくも、恐る恐るながら隣まで歩いて行っていた。


 そしてまたビックリ。
何って、彼女がとっても可愛かったんだ。
ヒトメボレっていう奴だね。

 ドキドキしながら、彼女の寝顔を見ていると、ふと彼女が目を開けた。
お月様みたいなキレイな金色の眼で、またまたドキン。
そして彼女はぼくを見て、ニッコリ笑いかけてきた。

「はじめまして」

「は、はじめまして」

 ぼくは、しどろもどろになって答えてた。
きっと耳まで真っ赤にしてたんじゃないかなぁ…

 そこから先は自己紹介さ。
名前は何か、何処に住んでいるのか、歳はいくつか、とかね?
大体は彼女から聞いてきて、ぼくがモタつきながら答えていたって感じかな。
いやあ…思い出してみると恥ずかしいもんだ。



 初めて会ったときの話は、だいたいこんな感じかな?



 XXX XXX XXX XXX XXX


 あ、そうそう。
彼女は孤児だったみたいでね。
ぼくを探しに親が来たときに、一緒に連れられて村に来たんだ。
といっても、あんまり家も裕福だったわけじゃないから、彼女は孤児院に行ったんだけどね?

 それから、暇さえあれば、ぼくは彼女と遊ぶようになっていた。
遊ぶ内容は、鬼ごっこだったり、カクレンボだったり。
村の、他の子供達も混ざった他愛もない物ばかり。


 けどその中で、ぼくと彼女だけの『トクベツ』もあった。


 毎月……いや、隔週だったかな?
ひょっとすると毎日だったかも知れない。
ゴメンゴメン、どうにもあの頃は時間の感覚も忘れるほど毎日が楽しくってね。

 まあ、兎も角。
結構しょっちゅう、ぼくと彼女は、あの桜の木が生えた場所に行ったんだ。
そうして、そこで昼寝をしたり、木に登ってみたり、日が暮れるまでひたすら話をしたりね。

 楽しかったなぁ…
その頃のぼくは、かなり内気で。彼女は勝気で男の子みたいに活発だった。
多分そのせいだね、いつも彼女に引っ張られるように桜の木の所まで連れて行かれたよ。
早く早くって急かされながらね。

 あの頃の思い出は、今も黄金色に輝いているよ。



 夏、ぼく達は淡い緑のカーテンの下で、昼寝をしていた。
風は温かだけど、熱い陽光は葉っぱに遮られて、とても涼やかだった。
その中での昼寝は、本当に心地良かった……

 やっぱり彼女は、すやすやと安らかな寝息だった。
普段はとっても元気で、チョッピリうるさいくらいなんだけど、眠っているときはとっても静かなんだ。
そうしてると……いや、普段からそうでは有るんだけど、本当に可愛らしい顔をしてるんだ。
だから、ちょっぴり眠ったふりをして、彼女の横顔を眺めてみたりもしたよ。
ま、結局いつの間にか寝ちゃって、気が付いたら彼女に起こされてるんだけどね。


 秋。
緑だった葉は赤く色付いて、気温も下がっていく頃。
やっぱりぼく達は桜を見に行った。

 大きな木は、てっぺん近くから赤色が広がっていくんだ。
それで後何日で木全体が赤くなるのか、お互いに予想しあったりね。
大抵ぼくが負けてたけど、五年目くらいでやっと勝てるようになったよ。

 その頃から、勝負の方法が変わったんだっけ……
紅葉の予想から、どっちが高い所の紅い葉を採れるのか、なんて勝負に変わったんだ。
多分、負けず嫌いの彼女の事だから、もっと勝てそうな勝負に変えたんじゃないかな?
負けず嫌いは、アカオニ共通の性格だって聞くしね。

 あ〜……、木登りの方は、まっったく勝てなかったね。


 冬。
森の木も葉が落ちきって寂しくなってくる頃だ。
この辺りは、冬になれば雪が積もる。
それも尋常じゃない量だ。

 下の方の雪は踏み固められてるから、沈んだりはしない。
けど、あまり人が通らない場所はソコナシ沼並にズブズブと行くんだよ。
深いところなら……そうだなぁ、腰よりも少し上までは沈むんじゃないかな?

 まあそういう訳で、冬は桜の木のところに行くまでが一苦労だったんだよ。
一番最初に行く時は軽装で、ツナギと長靴だけで行こうとして……危うく遭難しかけたよ。
というか、アタマの上まで雪があってさ、落とし穴みたいになった場所に二人仲良くハマッちゃったんだ。

 その時の彼女、とっても格好良かったよ。
まだ7、8歳くらいだった筈なんだけど、グズるぼくを引っ叩いて「ネたらシぬぞ〜!」なんてね。
なんとか雪を掘って、階段状に踏み固められないか?肩車して片方が穴から出て、大人を呼んでくるのはどうだ?
そんなアイデアをいっぱい出して、頑張って脱出しようとしたんだけど……子供の体力じゃ限界が来てさ。
結局二人ともヘバって、穴の中でお互い抱き合いながらチッチャクなってたよ。

 泣きそうになってたぼくを励まして……自分も震えて、泣きそうな顔になってるんだよ?
惚れ直したね。いやだって、本当に格好良かったんだもん。

 で、最後には、二人とも寒くてワンワン泣いて叫んでたんだ。
それで泣き声を聞いて大人の人達が駆けつけて、引っ張り上げられてお終い。
意外と呆気なかったけど……あの時は怖かった。

 次の年からはスキーを使う事にした。
で、桜に着いても激しいことはやらないで、二人っきりで話すだけ。
そういう風に決めた。


 そして、春。
知ってるかい?
桜は春が一番キレイなんだ。

 最初は、小さな新芽が出る。
普通、木の新芽って言えば葉っぱなんだけど、桜の場合はちょっと違う。
桜の芽は、蕾なんだ。

 小さな小さな蕾でね。
最初は枝の先に付いてる茶色いポッチなんだ。
それが日を追うごとに大きくなって……そして積もっていた雪が完全に無くなる頃には、薄桃色に色が付いてくる。

 そして一斉に、とても綺麗な花が咲くんだよ。
こう…花びらと花びらが重なったような感じの花で、バラみたいな感じかな?
一斉に開いて……そして一週間か、二週間くらいでハラハラと散ってしまうんだ。
儚く、ね。

 感動的だよ、アレは。
君達も、一度見てみると良い。


 さて、少しズレたかな?


 春のぼく達は……毎日のように桜を見に行ってた様な気がするよ。
日増しに大きくなっていく蕾を見て、仄かな桃色を見つけて喜んだり……
まだ風も冷たいんだけど、彼女が笑っていると、どういうわけか暖かくなった気がした。

 そして開花の日。
ぼく達はお弁当を持って、朝から夕方まで桜の下で笑い合ってた。
親や友達には『ピクニック』で誤魔化して、やっぱり二人の秘密でね。

 風に揺られて散っていく花が寂しくて……
それを見る悲しそうな彼女の顔が、まるで一枚の絵みたいだった。
今になっても、あの最初の年に見た表情だけは鮮明に思い出せる。
次の年からは見なくなった顔なんだけど、ね。

 次の年といえば、その頃から彼女が手作りの弁当を作ってくれるようになったんだ。
普段は粗野って言えるくらいなのに、意外と……って言ったら失礼だけど、かなり料理が上手くってね。
自分で調べて、「桜にはコレだ!」なんて言ってジパング料理を沢山作ってたんだ。
後の方では、底の浅い四角い箱を何個も重ねたお弁当箱に満載してたよ。
美味かったなぁ……あれ。


 そんなこんなで、ぼく達は春夏秋冬、四季折々を桜と共に楽しんでいたんだ。


 XXX XXX XXX XXX XXX



 ところで、知っているかい?


 『桜の下には死体が埋まっている』


 ジパングの方の都市伝説……みたいな物なんだけど。
なんだったかなぁ……桜の花はあんなにも綺麗な薄紅で。
それは、桜の根元に埋まる死体から血を吸い上げてるから…とか。
その死体の執念とか、そういうモノが作用しているからだ、なんていう話なんだけどね。

 随分前に、彼女が話していたた事なんだ。


 確か……十一の時の夏、だったかな?
いつものように彼女に手を引かれて、桜の場所まで良く途中だった。
妙に蝉の声が耳に残る、晴れた夏の風のない朝……

 桜の下には死体が埋まっている

 突然、彼女が言った。
いつものような活気に満ちた声で無く、ポツリと降り出しの雨みたいな呟きだった。
心なしか、つないでいた手にも暑さ以外の汗が滲んだような気分になった。

「どうか、したの?」

「…いや」

 尋ねてみても、答えはなかった。
黙りをされては、何も出来なくなる。
ぼくにできたのは、ただ、風になびく彼女の黒髪を、後ろからじっと見ているだけだった。
結局、何も教えてくれなかったよ。


 ただ、その後。
桜の所に着いてから、少しだけ教えてもらった。

 どこから持ってきたのか……いや。
走っていた時から持っていたのを、ぼくが気付いてなかっただけなんだけど。
彼女はスコップを二本持っていた。

 そして一本をぼくに渡して、自分はもう一本を担ぎ直して。

「本当かどうか、確かめてみないか?」

 なんて風に誘ってきた。
その時にはもう、『いつもの彼女』で。
さっき感じた漠然とした不安なんか忘れて、二人で泥だらけになりながら一日中穴を作っていたよ。


 その作業の合間に彼女が詳しく教えてくれたのが、さっき言った都市伝説。
どうやら、彼女が昔、お父さんから教えてもらったことらしい。
教えてもらったのがすごく昔で、彼女が本当に小さかった頃だから、もっと詳しいことは忘れたって言ってたね。

 それで話を聞いていたぼくが、怖くなって震え出すと、あの子は笑ってたよ。
そりゃあもう、指突きつけてお腹抱えて大爆笑。
さすがにちょっと傷ついた……かな? さすがにその辺りは忘れちゃった。


 ま、結局いくら穴をあけても死体なんて出てこなかった。
噂は噂、お話しはお話しの域を出ないのさ。

 けどこうして、こんな逸話を聞いてみると……
 
 桜の紅が、少しだけ際立ったように見えるんだ。
 不思議だろう?





 ああ、話している内に付いたようだね。
ここがその、桜の木がある場所だ。
その茂みをこ越えれば、ぼく達の思い出がつまった、あの不思議な場所に出るはずさ。

(草むらをかき分けて、一歩先へと出てみれば。
 そこは一足先に訪れた春の世界。
 暖かな香りが鼻孔をくすぐる)


 さて、見えるかい?
あれがぼく達の思い出が詰まった『桜』さ。
変わってないなぁ……でも、ちょっと背が伸びたかな?


 XXX XXX XXX XXX XXX



 さて、長かった話もこれで最後だ。
ここまで聞いてくれてありがとう。
最後の話は…ぼくと彼女のお別れの話だ。





 十七になった日のことだった。


「『街』の方での就職が決まった?
 そりゃあ随分とめでたい話じゃないか。
 ん……? ヤケに浮かねぇ顔だな。 こほっ…けほ……っと、失礼」


 そりゃあ暗い顔にもなる。
何せ下手をすれば、今日この日でこの村とも彼女ともお別れなのだ。
笑いながら「お世話になりました、さようなら!」なんて風なのは、ぼくのキャラでもない。


「なんだい、そんな事で落ち込んでたのか」


 けど街の方に行ったら、しばらくは帰って来れない。
もうちょっと…こう、悲しそうにしても、良いんじゃないか?
正直な事を言うなら、ぼくはかなり寂しいんだ。


「どあほ」


 あいたっ!?
殴ることは無いじゃないか!


「うっせぇ。 男がぴぃぴぃ泣くんじゃない、みっともない」


 ……君に殴られたら男も何も関係ない気がするよ。
片手で馬と綱引きできるような「人間」は、さすがに見たことがない。


「黙って〜ろ…っての。
 五年が何だってっんだ? 十年一緒だったじゃねぇか。
 別に今生の別れだぁ言われた訳じゃねぇんだ。別にいーじゃねーか」


 だけど…!


「はぁ……しゃーない。歯ぁ食いしばれ!」



 言われて、反射的に眼を閉じる。
気がつく前に、殴られる…ッ!と思い、体のほうが身構えていた。
これはその…なんというか、慣れだ。

 しかし幾ら待っても、予想していた衝撃は来なかった。
何かと思って目を開けてみると……


「あ!? ばっか…目開けんな!!」


 彼女の顔がすぐ近くにあった。


「……ぅあ〜もう、ままよ!」


 次の瞬間には、彼女はもう半歩分ほど近づいていた。
驚いたが、声は出なかった。……というより、出せなかった。


「ん、こんなモンか……こほっ」


 何がなにやら分からないまま、気がつけば解放されていた。
赤い顔を更に真っ赤にして、咳き込む彼女。
ぽかんと口を開けて、それを見ているぼくがいた。


「こら。 何呆けてんだ。
 んな見てきたって、コレ以上はやってやらんぞ?」


 ぷいっと顔を背けて、横目でチラチラとこちらを見ながら、彼女が言う。


「あ〜その。なんだ。アレだ。
 アタシは不器用だからさ、こんな風な形じゃねぇと言えねぇんだよ。
 ……ずっと好きだった」


 ああ、彼女が何か言っている。
耳には届いているというのに、アタマの理解が追いつかない。


「だから、さ。……いつか、迎えに来い!
 そん時は美味い酒でも持って、アタシを奪いに来い!!
 必ず、絶対に、絶対にだ!!」


 ぼくのオデコを拳でドンと小突いて、彼女が力一杯に叫ぶ。
それでようやくアタマの方が追いついて……


「…ん、っと…待ってるからな?」


 少し不安気に続けた彼女に、小さく微笑んでみせたのだった。



 XXX XXX XXX XXX XXX


 さて、話はこれで全部だよ。
やれやれ……改めて人に言うと小っ恥ずかしい話だ。
けどぼくの半生は、彼女との思い出がいつも付き添っていた。

 さて、ここから先は余談さ。
やっぱりちょっと小っ恥ずかしい、ね。


 ぼくはこの通り、『街』での務めを終えて村に戻ってきた。
けれど彼女はいない。人に聞いたら、「突然どこかに旅に出た」って言われた。
誰も行き先を知らないし、旅に出た理由も聞いていないそうだ。
どうやら……ぼくは愛想つかれちゃったみたいでね。


 そしてこの通り、生まれ育ったこの村で、細々と隠遁生活さ。
こうしてこの場所に来て、毎春花が散るのを見ては、彼女のことを思い出す。
そんなただの情けない男さ。

 いやはや、格好の悪い話。
……君も、はるばる『街』から来てもらってるのに悪いね?
こんな話を聞くために来たわけでもないだろう?

 けど、ぼくに出来るのはこういった昔話だけさ。
悪いけど、向こうに戻る気は無いよ。



 さて、それじゃあぼくは少し桜を見てから帰ることにするよ。
君はどうする? 先に戻っているかい?

(では私も、もうしばらくこの木を見させてもらいます)

 ん……そうかい。
それなら、ゆっくりしていくといいさ。













(『彼女』、さん?
 私は貴方が羨ましいです。
 こうして何年も経っているのに、まだあの人の心は、ずっと貴方を好きなまま。
 貴方も、そこから一途にあの人の事を想っているのでしょう?
 ほんとう…妬ましいくらいです)


 ほんの少しだけ地表に出た
 白い木の根にそう告げて
 私は帰路についていった。



 血色の花が散ってゆく。

10/12/04 22:06更新 / 夢見月

■作者メッセージ
 XXX XXX XXX XXX XXX


「こほっ……」

 ヤな咳だ。
口に当てた手が、ベタリと濡れるのを感じた。
見なくとも、イヤな紅で染まっているのがよく分かる。

 こいつは不治の病って奴だ。
親父も死ぬ前はこんな感じだったし、お袋もそうだったらしい。
今となっては顔も思い出せねぇ二人だが……苦しそうな咳の音だけは、深く耳に残っていた。

「すまん……約束、果たさせてやれねぇ」

 見なくなって久しい……友?まあ恋人に成れたわけでもねぇし友でいいか。
届かないことを願い、悲しい別れを風に乗せ、『友』に別れを告げておく。

 直接言わずに済んだのは悪くない。
ああ、神様お許しを。アタシは自分の命を終わらせます。


「着いた…」

 桜の根本。
あの日の思い出。
出会いの場所。

 ずっと前から決めていた。
終わらせるなら、此処がいい。

「それじゃ、よろしくな」

 大きな幹に、トンと手をつき頼みごと。
土を思い切り蹴飛ばして、自分の墓穴を自分でこさえる。


  ここならきっと、また会える

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