読切小説
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絡みついて触手漬け
触手の森に棲息する触手植物。その粘液は保湿効果抜群、お肌の健康に効果覿面、肌荒れとは縁の無いつやつやお肌に……
そんな話を、ジパング出身の魔物である狸の行商人から仕入れてきたのはつい先日。

「……これで良し、と」

肌の荒れた喉元、痒みを訴える所を掻き毟りながら、部屋を見渡す。
触手召喚の魔法陣と触媒。制御・送還用の術式。対価代わりの土壌改善剤。そして粘液採取用のバケツ。準備は万端だ。

錬金薬を調合しては数え切れない程に試して来たが、未だ成果は実を結ばない。痒い。掻きむしったせいで痛い。おのれ皮膚炎。おのれ肌荒れ、おのれ湿疹。
触手植物の粘液。得体は知れないが、材料として試す価値はある。そう思い立ったが故の、触手召喚の術式。正直な所、藁にもすがる思いでもある。
簡易な召喚だが、触手を呼ぶにはこれで十分だろう。

「―――」

陣に魔力を注ぎ込み、詠唱を開始する。
憎き皮膚炎に引導を。目指すはつやつやで健康なお肌。求めるのは湿疹、痒みから解放された生活。
薬に加工出来そうになければ、無害である事を確かめて夜のお供にしよう。あくまでも主目的は薬だが。


「……"我が呼びかけに応え、来たれ"」

詠唱を終え、人一人通れるほどの大きさのゲートが開かれる。
床に空いた空間の穴。緑色の花弁の中に、紫色の触手がぎっしり詰まった房が二つ、べちゃりと這い出てくる。

どうやら、触手植物の召喚は成功――

「えへへ……来ちゃいましたっ」

――あ、召喚事故だ。



「えっ……」

穴から顔を出したのは、触手植物ではなく触手の魔物。
女性の形をした触手が、にゅるりと這い出てくる。
思わぬ召喚事故に、唖然としてしまう。召喚事故のリスク自体は理解しているが、それが実際に身に降りかかるとなれば別問題だ。

「わぁ……本当に男の子だ……うふふ、女の子の匂いもしない、やったぁ、独身ですね」

粘液にぬらつく緑色の肌。手脚の代わり、そこには触手の束が。
その顔立ち、身体つきは大人の女性そのものだが、表情はあどけない。
優しく人懐っこい年上の女性。女体部分だけを見ればそんな印象を受ける……しかし、触手。書物で読んだ、テンタクルという魔物。
うねうね動く触手には、嫌が応にも貞操の危機を感じさせられる。粘液ローションでお楽しみするならともかく、触手そのもので犯されるのは御免だ。

「っ……」

我に返り、慌てて魔法陣に魔力を流し込み、強制送還の術式を起動する。
これが間に合えば、この召喚事故は無事に事態の収拾を得る。
しかし、間に合わなければ、完全に召喚陣から出てこられてしまえば、あの魔物は自由の身だ。
一見無害そうな顔立ちをしているが、間に合わなければ、あの触手の餌食にされてしまうに違いない。

「きゃっ……えぇっ、なんで送り返すんですかぁ……」

くねくねうねうねしながら、ゲートの縁にしがみ付く触手女。
送還術式に抵抗しながら、涙目、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。

「魔物を呼んだ覚えは無いっ……帰れよっ……!」

魔物とは言えど、触手とは言えどいたいけな瞳。罪悪感に心が痛む。しかし、これも魔物の常套手段と聞いている。
心を鬼にして送還術式を継続、召喚陣の向こう側へと押し込もうとする。

「嫌ですっ、お婿さんを見つけるんですっ、帰りませんですっ……!助けて、みんなっ……!」

「なっ……」

魔物の声とともに、召喚陣を通り抜けてくる存在。本来の召喚対象であるはずだった触手植物が、束となって現れる。
触手の群れはテンタクルに絡み付くと、送還術式の束縛を振り切り、無理矢理に召喚陣から引きずり出して。

「や、やったっ……出てこれました……!」

目の前には、召喚陣から完全に抜け出て、自由の身となった魔物。その後ろには、魔物が操っていると思わしき触手の群れ。

「あぁ……なんたる事だ……」

つまるところ僕は、召喚事故で魔物、しかも触手の魔物を呼び出してしまい……送還にも失敗したという事で。
元々はただの触手植物を呼ぶ予定だったから、魔物をどうにかする備えは当然無く。
助けを求めようにも、此処は魔術・錬金工房の地下室。声は外に届かない。
そもそも他人に知れたならば、魔物を召喚した咎で処罰されかねない。魔物との交易はあれども此処は中立領で、魔物の立ち入りには許可証と手続きを要するのだから。
僕が身元保証人になれば話は別だが、それは魔物の行動に対する重大な責任を負うという事なので御免被りたい。

「なんたる……事だ……」

ああ、とんでもない事になってしまった。もはや、"優しくして"と頼むしかないのか。魔物に犯されるならばせめて、サキュバスなどの人間に近い部類が良かった。よりにもよって触手の魔物とは。

「ありがとう、みんなっ……わたし、絶対に幸せになってきますからっ」

役目は終えた、と言わんばかりに召喚陣の向こうへと帰っていく触手植物の群れ。それに向かって手(?)を振るテンタクル。触手の群れもまた、その身を振って応えている。
この様子だと恐らく、呼び出されるはずだった触手植物が、自身の代わりにこのテンタクルを送り付けてきたらしい。
魔物が見れば微笑ましいと言うかも知れない、そんな光景。
そして、触手達が帰ると同時に召喚陣が効力を失い消滅する。
それらを呆然と眺めながら、事態の深刻さに頭を悩ます。


「えと……お邪魔、します……?」

「邪魔だと思うなら出て行ってくれ……」

遠巻きにこちらを眺め、小首を傾げながら問いかけてくるテンタクル。どうやら、すぐには襲い掛かってこないらしい。
護身用の装備もなく、機嫌を損ねるのは非常にまずい状態にも関わらず、半ば反射的に口答えをしてしまう。悪い癖だ。

「そ、それは嫌ですっ……」

触手の魔物は、首をぶんぶん横に振る。嫌だと言って、それだけ。思ったよりは随分とおとなしい。おとなしいが、油断は出来ない。

「……それ以上、僕に近づくなよ」

特に何か攻撃魔法が撃てるわけではないが、気を取り直して杖を向け、威嚇する。
こうなれば虚勢でこの場を切り抜けるしかない。

「えっ……あっ……その、私、ストラと言います……」

杖を向けられ襲い掛かるでもなく、逃げるでもなく、怯えるでもなく、戸惑ったような様子。
そして、なぜか自己紹介を始める触手女。

「……リドメクス」

どうにも解せない行動、言動。無理矢理に召喚陣から出てきた割には、やけに行動が消極的というか、遠慮がちというか。
触手の魔物なのだから、もっと、こう、問答無用で人を犯すのかと思えば、意外と話が通じている。
多分、今の自分は怪訝な顔をしているのだろう。

「えっと、リドくんは……あの子達を、呼んだんですよね……?」

「……ああ」

勝手にあだ名を付けながら、おずおずと、こちらの様子を伺うような仕草。魔物には似つかわしくない、内気な印象。
無害さを装って、油断した所を狙う腹なのか。
しかし、ふわふわと浮かびながら触手をうねらせ、粘液をぽたぽたこぼしている辺りで、その試みも台無しに思える。

「あ、あのっ……その、ですねっ……」

頬を染めながら、きょろきょろと視線を泳がせる触手女。
手と呼べるものは存在せず、代わりにあるのは、人の頭を包める程に大きな緑の花冠。その中で蠢く、紫陽花のような色をした触手の束。
両手を合わせるようにして、もじもじと恥じらうような仕草。
その姿は、まさに恥ずかしがり屋な乙女そのもの。いや、きょうび年頃の少女でもそうそうこんな事はしないだろう。
純朴な女の子の、意を決した大提案。そんな風に見えもする。
……絡め合わせているのが触手でなければ、だが。

「……何だよ」

植物然とした緑色の肌も紅潮するのだな、と、余計な事を考えながらも、警戒を露わにして応える。
幾ら乙女な仕草をしていても、魔物は魔物。気を許すつもりは勿論無い。
しかし、交渉でこの場を切り抜けられるなら願ったり。さあ、何を要求してくる。

「えっと……その……その……」

少し、敵意を露わにし過ぎたかも知れない。
伏し目がちに言い篭るその姿を見ていると、そんな感覚が込み上げてくる。
込み上げてくるが……ぐっと堪え、相手の出方を待つ。

「そのぉ……」

大人の女性ながらも、どこか間の抜けた、あどけない顔立ち。それが、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
頭に生えている触手花は、せわしなく蠢き、粘液をどろどろと垂らして。
人畜無害そうな雰囲気と、相反する触手の身体。どちらが正しいのか惑わされる。

「っ……しょ、触手プレイならっ……わた、わたしとっ、シませんかっ……!?」

顔を真っ赤に、意を決した魔物が切り出した言葉は、触手プレイの誘い。力み、緊張に張り詰めた声。とても演技には思えない、ある種の迫力を伴っていて。
言葉を終えれば、潤んだ瞳がじっと見つめてきて、僕の返答を待っている。

「どういう……事なんだ……」

結局、この魔物は俺を犯すつもりだという事なのだろうか。それにしては、何やら遠回しにこちらの許可を得ようとしている。あくまでも合意でヤりたいのか。合意するとでも思っているのだろうか。
そもそも、触手の魔物が触手プレイを恥じらってどうするというのだろうか。魔物に恥じらいがあったのか。服を着てもいないというのに。
目の前で起きている事についていけず、思わず本音が漏れる。

「え、いや、その、あの子達より、女の子とシたい、ですよね……?
触手ですけど、わ、わたし女の子ですよっ……?
おっぱいだってありますし……せ、セックスだって出来ちゃいますっ……!お得ですよ、お買い得ですっ!」

提案を断られて、わたわたと慌てた様子。困ったように触手をぶんぶん振り回して、何やら必死にまくし立てている。
本人も何を言っているのかよく分かっていないのか、いまいち要領を得ていないし、内容は非常にはしたない。 恥じらいも何もかも台無しだ。
挙げ句の果てには、触手でその大きな胸を弄んで強調したり、股を隠しているスカートのような部分を捲り上げたり。
緑色の巨乳も、見えそうで見えない所にも、本能的に目が行ってしまう。この触手の魔物を"女"として見てしまっている自分が少し腹立しい。

「……アレを呼んだのは、粘液を採取して、薬に使うつもりだったんだよ」

その言動、行動からは、この女が兎にも角にも触手プレイをしたいという事が汲み取れて。
一見は恥じらいながらも、中身は非常に見た目通りというか、つまりは魔物らしく触手らしく、僕を犯したいらしい。
そしてもう一つ分かったのは、僕が触手植物を呼ぼうとした理由が誤解されているという事。
たぶん、触手植物を召喚して愉しもうとした、そんな男だと思われているのだろう。
流石に看過出来ない間違いなので、落ち着いて訂正する。
話が通じないわけではなさそうだ、もしかしたら、その気が無いと理解すれば素直に引き下がってくれるかもしれない。

「あっ、気持ちよくなりたいならっ、わ、わたしがシてあげますから……!
媚薬効果もあの子達より強力ですっ、本当ですっ」

「ああ、媚薬ではなくて」

触手でお楽しみするために呼んだのではない、と伝えても、必死に食い下がってくる。

どれだけヤりたいんだ、これだから魔物という生き物は……

「えっ、えっ……?違うんですかっ……?」

「皮膚炎の薬の材料に使うつもりなんだよ。媚薬としての効果は消した上で」

必死に慌てふためいていた表情が、僕にその気がないと伝えた途端、今度は困惑の表情に変わっていく。
やはり、僕にその気がある物だと思っていたらしい。

「え、えっちなコトのために呼んだんじゃないんですかっ……!?」

「ああもう、だからそう言ってるだろう……!」

そして、驚愕と落胆の入り混じった声。詰め寄って来て、半ば涙目。
勝手に召喚に割り込んで来たあちらが悪いのであって、別に僕に落ち度があるわけではないのだが、どうにもバツの悪さを感じてしまう。

実際には触手の粘液で夜の自分磨きを充実させる目論見もあったが、それは言わぬが吉だろう。
触手の粘液で愉しみたいとは思っても、触手に犯されたいとは思っていないのだから。

「で、でも、本当はその、わたしと、えっちなコト……したいとか……」

「いや……そんな趣味はない。勘弁してくれ」

縋るような声は、魔物だとわかっていても心を揺さぶられる。ぬか喜びであって欲しくはない、そんな様子。
しかし、心を鬼にして断固拒否。触手に犯される趣味は無いのだから。
目の前でうねついている触手を見れば、身体中を這い回り、蹂躙され喘がされる光景が容易に思い浮かぶ。
肌にくまなく粘液を擦り込まれ、媚薬効能で敏感になったところを徹底的に責め立てられ続けて。

想像しただけで気持ち悪……いや、これは物凄く気持ち良さそうだ。
そんな考えがよぎるが、性欲と快楽に人間性を、人としてのプライドを売るほど僕は落ちぶれてはいない。触手に犯されて悦ぶ変態に成り下がるのは御免だ。

「え、ぁっ……やだ、そんなっ、早とちりだなんてっ……」

僕が拒否の姿勢にある事をようやく理解した触手女は、またもや慌てる。

「は、はずかしいですっ……お、男の子の前で、こんなコト言ってっ……はずかしいです、はずかしいですうぅっ……!」

そして、両手(?)の巨大な触手花で顔を隠し、俯き、くねくねと身悶え始めて。
触手の隙間から垣間見える顔は、植物の魔物とは思えないほど、見事に真っ赤に染め上げられている。

「あんなに大胆に、誘っちゃいましたけどっ、そのっ、あれは、リドくんがシたいと勘違いしてたからでっ、そのっ……!
ぁぁぁん、はずかしいですぅ……!」

「どういう……事なんだ……」

顔を隠したまま、その場でぐるぐる回ったり、触手でびたんびたんと床を叩いたり。宙に浮いているのをいいことに、まるでベッドか何かの上かのようにごろごろと転がり回ったり。
恥ずかしい、恥ずかしいと何度も連呼しながら動き回って、最終的には部屋の隅へ。
恥ずかしさに、これ以上ないほど身悶えする触手の女。
僕はただただ唖然としながら、それを眺めていた。




「うぅ……わたし、なんて恥ずかしいコトを……穴があったら挿れたい……穴があるから挿れてもらいたい、とはこの事なんですね……」

「はぁ……落ち着いたか」

長い長い身悶えを終えて、ようやく部屋の隅で落ち着き始めた触手女。その顔は未だ、林檎のように紅く染まっていて、潤んだ瞳も変わらないまま。
もはや、その様子に呆れた声しか出ない。
非常に恥ずかしい言い間違いをしている事は指摘しない。身悶えされてはまた、手がつけられなくなる。
ある意味、触手としては正しい言葉なのだろうし。入れられる側はたまったものではないが。

「あ、はいっ、なんとか……えと、その……じゃ、じゃあ、お薬作り……
粘液、採取されちゃうんですね……えへへ……優しくしてください……」

「いや、お前に用は無い。そして僕にそれを近づけるな」

恥じらい混じりの笑顔を浮かべるテンタクル。粘液がとろとろと垂れる触手を差し出してくるが、それを一蹴。
襲い掛かられないよう、距離を取りなおす。それにしても、いちいち言動が性的で、非常にやりづらい。

「えっ……そんなぁ……なら、わたし、どうすれば……」

「……触手の森に送り還す算段がつくまで大人しくしてろ」

途方に暮れるテンタクルに対する僕の提案は、触手の森への送還。
これが一番、穏便に事が済むはず。
僕は魔物召喚の事実を他者に知られず、このテンタクルは元居た場所に帰る事が出来る。

「お、送り還すのは嫌ですっ……!
あの子達が作ってくれたチャンスなんです、別れを惜しんで、私を代わりに送り出してくれたんです……帰る時はまだなんですっ……そこは譲れませんっ……!」

「僕は、お前を官憲に突き出す事も出来る。この領土で魔物が生活するには、然るべき手続きと許可が必要だ。
お前は当然それを経ていない。不法入国の魔物……領外追放で済めば良い方だと思うね」

慌てて送還を拒否し始めるテンタクルに、官憲への引き渡しを仄めかす。勿論、実際にそんな事をすれば僕も魔物召喚の咎を受けかねない。
それに、処刑でもされたりしたら……と考えると、何もされてないうちから引き渡したり通報するつもりにはなれない。その程度の情は僕にもある。
しかし、それをこの女が知る由は無いだろう。付け込まれかねないから、知られても困る。

「うぅ……そ、それでも、ですっ……!ずっと夢見てきたんですっ……!」

しかし、この女は根っこの部分ではかなり強情らしく。脅しにも屈さず、必死に食い下がられてしまう。
その瞳は真剣で、いたいけな乙女の夢を潰す悪者な気分になってしまい、非常にタチが悪い。

「……何を」

有無を言わせず話を進めるつもりだったのだが……どうにも、涙目で見つめられると非情に成りきれず。
夢が何かぐらいは聞いてやっても良いだろう。と、つい甘い対応になってしまう。

「えっ、それは、その……す、素敵な……旦那様が……欲しくて……幸せなお嫁さん、に……」

触手にも、魔物にも似つかわしくない、可愛らしいというかなんというか、あまりにも少女な夢。
はにかみながらも語るその表情は、紫の眼は、瞳は、澄み切っている。
まさに、恋に恋い焦がれている。確実に性的な物を孕んでいるにも関わらず、ある意味とても綺麗な憧れ。

「はぁ……他を当たってくれ」

魔物相手だというのに毒気が抜かれて、どうにも調子が狂ってしまい、ため息一つ。
事実上、僕の中から官憲に通報するという選択肢は消えてしまった。
迂闊に信用するのはあまり良くないが……少なくとも、この夢はきっと本当なのだろう、と思わせる物があった。
だからといって、厄介払いをしたい事には変わりないのだが。

「ほ、他って何処ですか……」

「僕に訊くなよ……探せば居るだろ」

「でも、わたし、外に出たら捕まっちゃうんじゃ……」

「だから、送り還してやると言ってるだろう」

「触手の森も、その近くの街も、男日照りですよぅ……」

「……左様か」

なんとかして送還を納得させたいが、中々首を縦に振らないこの女。素性もろくに分からない男の元に、何処ともわからない場所に転がり込んでくる程なのだから、ある意味当然といえば当然の強情さではある。
話し合いによる解決が難しいとなれば、実力行使で言う事を聞かせたくなってくるが、哀しいことに、返り討ちになる未来しか見えない。
あちらが納得しない事にはどうにもならない状況で、内心で途方にくれる。

「うぅ……お願いです、此処に住まわせてくださいっ……
それと、お友達からでもいいのでお付き合いしてください……
なんでもしますからぁ……」

このまま居直られると、手が出せない。そんな事を考えた矢先、泣きついてくる。
目をたっぷりと潤ませて、涙が零れ落ちる寸前。
涙は女の武器。それは、魔物であっても、触手であっても変わる事はなく。
むしろ、顔だけ見れば文句無しの美人なのだから、その威力は凄まじい。
その罪悪感はまるで、心臓を鷲掴みされるかのよう。

「くっ……勝手に転がり込んできて、住まわせろだと……迷惑にも程があるだろ……」

泣き落としには屈してはいけない。相手は魔物だ、触手だ、隙を見せたら犯される。
そう自分に言い聞かせるが、僕を見上げるその眼に、縋る声に、どうしようもなく語気を削がれてしまう。

「そ、それはそうですけど……ほ、本当にお願いですっ……!
迷惑は掛けませんからっ……!」

「もう、既に迷惑……」

「う、うぅ……家に置いて良かったと思わせますからぁっ……なんでもしますからぁ……快適な生活をお世話しますからぁ……」

必死で、一生懸命で、健気さをも感じさせる、魔物の懇願。たとえその内容が図々しくとも、人の心はそんなに割り切れるようにはできていない。
このままでは押し切られてしまう。分かっているのに、打つ手がない。

「快適な生活……」

快適な生活。相手の言葉に乗ってはいけないと分かっているのに、つい、相手をしてしまう。
家事や雑用を任せられるならば、家に置いてやってもいいか、と思い始めている。
情にほだされつつある。自覚しても、もう遅い。

「……掃除は」

「が、頑張って覚えます……!」

しかし、返ってくる答えはあまりにもおざなり。事実上、掃除が出来ないと言っているに等しい。
よくもまあ、それで快適な生活を……と言ったものか。

「炊事は」

「愛情で美味しくなる……んですよね……?」

期待をせずに投げかけた、二つ目の問い。可愛らしい答えだが、それはつまり、料理も出来ないという事。
そもそも、自分の口に入るものを触手に作らせたくない。粘液が混ざってそうだ。

「洗濯、は……」

目の前の女を見れば、大きな緑の果実を惜しげもなくさらけ出している。服を着ていないのに洗濯ができるわけがない。

「し、下着も、その、洗っちゃいますっ……よ、喜んで洗っちゃいますからっ……頑張りますっ……」

「……どれも粘液でダメになるな」

「あっ……い、一応我慢できますよ……?」

「はぁ……頑張る、というのは答えになってない……」

ピンク色な発言には心底呆れながら、またもため息。心身ともにだいぶ疲れてきた。

「まったく、何なら出来るんだよ……」

「えっと……その……触手で……気持ち良く……とっても気持ち良く……きっと、病みつき間違いなしですっ……一回でいいので試してくださいっ……」

出来る事、と言われて思い浮かぶのが触手による夜伽なのだから、なんとも救えない。
その上、魅力を売り込みたいのか、身体から生えた様々な形状の触手を見せつけてくる。
ブラシ状であったり、吸盤状であったり、明らかに男性器を咥え込めそうな穴の空いたモノやら、手のように器用に物を掴めそうな形状をしたものまで、多種多様。

「それは……遠慮しておく。……他には?」

触手に犯される趣味はないというのに、それらの与えてくれるであろう快楽が自然と想起されて、下半身に熱が集まっていく。
本能に訴えかけてくる、妖しい何かが、彼女の触手にはある。
気持ち良さそう、一回だけ、試すだけなら……いや、流石それはいくら気持ち良さそうでも駄目だ。触手相手によがるなど、あまりにも無様で情けなさすぎる。

「う、うぅ……何もありません……
お、お願いですぅ…………どうか、どうかぁ……」

「本当に何もない……のか……」

本当に触手だけが取り柄だと聞いて、何故か僕の側が頭を抱えていた。
何でもするという心意気しか買う所がない。そんな魔物を家に置いて良いのか。いいや、良くない。
ほとんど穀潰しの、他人に知れてはいけない爆弾のような相手を抱え込んで、その挙句、四六時中、触手に嬲られる事を警戒しなければいけない。
それで僕が得るのは、話相手と、異形の女の裸体だ。一応、女体部分だけ見れば間違いなく眼福なのだが、視界の端にちらつく触手のせいで素直にそうも思えない。
性欲を無駄に持て余した挙句、触手のもたらしてくれるであろう快楽に走りこんでしまわないか、自分で心配になってくる。
明らかに、僕の得る物が少なすぎて、リスクだらけで割に合わなすぎる。上手い事厄介払いしないと、本当に触手の餌食だ。男として、人として大事なモノを失ってしまう。
そう理解はしていても、泣き落としに心は揺らぐ。ああ、こいつはなんて卑怯な女なんだ。




「分かった、分かった…………はぁ、良いだろ、この家に置いてやる……」

どれぐらいの時間が経ったかは定かでないが、涙目でいじらしい姿を見せつけられ続けた。懇願する彼女の声、縋るような響きを聞き続けた。
僕は、精神力の限りを尽くして抗ったと思う。充分以上に理性的だったはずだ。
結局のところ、それでも泣き落としに屈服してしまった。

「置いてやるから……そんな目で僕を見るな……」

罪悪感に苛まれた。良心の呵責、という言葉が当てはまっていたと思う。
内心としては、もう勘弁して欲しい、という思いだ。
我ながら、随分と疲れた声をしている。

「ほ、本当ですかっ……!?」

こちらが折れた途端、ぱぁっ、と表情を輝かせるテンタクル。
頭の触手花が閉じてつぼみのようになっていたのが、再び花開いていく。感情が表れる部位らしい。
奇妙なその花は妖しく、事もあろうか可愛らしさすら感じてしまう。

「……あぁ」

肯定してしまえば、本当にこの女を家に置く羽目になる。
しかし……期待に輝いた瞳を見て、実は嘘でした、とは言えるはずもなく。

「あ、ありがとうございますっ……やさしいんですね、リドくんは……
本当に、ありがとうございますっ……」

僕の心労を知ってか知らずか、この女は心底嬉しそうな様子。
頬をほんのり染めて、少しはにかんで。まるで花のように可憐な笑顔。観葉の植物には疎いから、どの花のようだとかは思い浮かばないが……こんな笑顔を見たのは生まれて初めてで、不覚にも惹かれてしまいそう。

「……それでいい」

追い出せるなら追い出している。不本意。優しいわけではない。
そんな恨み言の一つ二つも言いたい気分だったが、気勢を削がれてしまう。
少しだけ、疲れが報われた気分。きっと、惑わされている。

「えへへ……やったぁ……同棲生活ですね……一つ屋根の下ってこういう事なんですね……夢みたい……」

頰に手を当て、何やら想像した様子、うっとりとした表情で呟き始める。
恐らく、本人は独り言のつもりなのだろうが、見事に思考がだだ漏れている。

「おい。僕には指一本……いや、触手一本触れるなよ」

同棲生活。一つ屋根の下。欲望と絡み合った言葉を聴き取れば、悪寒めいた物が走り、反射的にクギを刺す。

「ぇっ、ぁ……お、おさわり禁止なんですね……
えと、その……握手とかもダメです……か……?」

「……これが最大限の譲歩だ」

「は、はぃ……」

おさわり禁止、という如何わしい言葉にツッコミたくなるが、触れずにおく。そもそも握手する手が無いだろう、という言葉も呑み込む。
身体接触を拒まれて、露骨に残念そうな顔。期待を裏切られた、とまではいかない様子だが、しょんぼりとしてしまう。
しかし、これは最後の砦だ。罪悪感を押し切って、此処だけは確保する。
握手ですら、媚薬効果があるらしい粘液の存在を考えると非常に危険なのだから。

「他にも余計なことをしたならば。例えば、食事に粘液を混ぜたりとか……わかってるな?」

さらに重ねて釘を刺す。正直、いくら釘を刺しても足りないと思うぐらいには、この女の存在は不安だ。
そもそも釘を刺しても、あちらがその気になれば僕をどうとでも出来るのだから、気が気でない。

「あ……ダメなことをしたら……お、オシオキ、されちゃうんですよね……えへへ……」

予想を越える、ピンク色の発言。だらしなさを感じる程に緩んだ表情。口の端からよだれが垂れかけてさえいて、物思いに耽る、にしてはあまりにもよこしま。
身体中の触手のうねりは活発になり、粘液をだらだらと垂らし始めて。迂闊に触れたならば、取って食われてしまいそう。
期待を露わに身悶えする姿は、何を考えているのか想像に難くない。

「違う……」

もはや釘を刺す以前の問題。顔に手を当て、がくりと項垂れる。

「えっ、違うん、ですか……?そう、ですか……」

「……」

明らかな落胆。間違い無く、"オシオキ"されたがっていた。
はにかんだり清純ぶったりしても、中身は酷い爛れようだ。
爛れながらも、やけに乙女乙女しているのが、耳年増というかなんというか。
ただ、欲望を駄々漏れにしては最早、恥ずかしがり屋の痴女だ。仮に彼女が人間であったとしても、これは御免被りたい。
女なら、美人なら誰でもいいわけではない。ただの変態だろう、これは。
非難の意味を込めて、ジト目で睨み付ける。

「ぁっ……そんなに見つめられると……恥ずかしい、です……」

非難の視線も通じず、頬を染めて伏し目がち。
しょんぼりと収まっていた触手の蠢きが再び再開される。

「あの……その……ふつつか者ですが……や、やらしくおねがいしますね……リドくん」

そして、勘違いを多量に含んだ言葉。この変な言い間違いは、触手の森の流行語か何かなのだろうか。
深々と、初々しい所作のお辞儀。顔を上げ僕の名を呼ぶその表情は、はにかんで、希望に満ち溢れていて。
眩しい笑顔。幸せな事が先に待ち受けている、そんな顔。

「……はぁ、ヨロシク」

これから先、僕に待ち受けているであろう面倒事。それらの事を考えれば、目の前の女に幸せを吸い取られたような心地。だとしても、この女はどうにも憎めず、突っぱねる事が出来ない。
当然握手はしないが、ため息一つ、首筋を掻き毟りながら申し訳程度の受け応えを返す。
厄介な同居人を抱え込む羽目になった割には、不思議と途方に暮れるという気分でもなかった。







「……」

地下室の片付けをしている間、どうしようもなく気になった事。それは、ストラと名乗った、この女の格好。
緑色とは言え、触手が生えているとは言え、ほぼ全裸の女体が惜しげもなく晒されている。つまり、服を着ていない。
そして、植物の魔物のくせに、彼女の身体はやたらと肉々しい。
揺れる巨乳が、むちむちの太ももが、粘液塗れに妖しくぬらつく。
短丈のスカートのような触手が、股ぐらを隠しているが、それだけ。植物然としたスカートの下、女体の上で紫色の触手が蠢くその光景は、むしろ裸より扇情的。
腰から上を見れば、触手の服と女体が一続き。きゅっとくびれた腰、深く窪んだへそ周りも艶かしい。
腹部に見える、4つの眼のような物も、異形ではあるが、どこか愛嬌がある。見られているような気がして、落ち着かないが。
召喚直後はそれらを気にしている状況では無かったが、落ち着きを取り戻すに従って、どうしても気になって仕方がない。
本人は、それが当然の姿だと、なんの恥じらいもなく身体を晒している。触手に人の常識は通じないらしい。
勿論、じろじろと見たりするような事はないが、視界の端に映れば、嫌が応にも目で追ってしまう。
魔物に、それもこんな異形の存在に欲情するのは非常に不本意だが……正直、このままではムラムラして仕方がない。

「……取り敢えず、だ」

そろそろ服を着せなければ、生殺しにも程がある。とは言え、女物の服があるわけでもないし、普通の服を着られるような外見でもない。
となれば、間に合わせに羽織らせるには適当だろう、と己の着ているローブに手を掛ける。
どうせ粘液で汚すのだから、洗濯済みの奴をくれてやるのも勿体無い。着ている奴で十分だ。

「わぁ……も、もしかして、その気に……」

「違う」

「い、いきなり脱ぎだすから期待しちゃいました……」

僕がローブを脱ぎ始めた途端、期待に満ちた声。からかいや冗談で言っているのではなく、本気で勘違いして、期待して、こんなことを言うのだからタチが悪い。
この言動は、据え膳である事を無自覚に、しかし確実にアピールしてくる。
四肢が触手であっても女として認識してしまう自分が怨めしい。

「……僕の家で暮らすからには、裸は隠して貰う。これを羽織れ」

出来るだけ裸体を視界に収めず、ローブを放り投げる。触手の森の常識で暮らされては堪ったものではない。

「ぁっ、着衣の方が好きなんですね……でも……べとべとになっちゃいます、このローブ」

「もうそれでいい……くれてやるから、さっさと着ろ。替えは沢山あるんだ、1枚ぐらいどうという事はない」

否定すれば裸が好き、肯定すれば着衣プレイが好き。なんとも答え難い、迷惑で卑猥な勘違い。
着衣で事に及ぶよりは裸体をじっくりと眺めたい派だが、そんな事を口に出来るはずもなく。

「ありがとうございますっ……では、早速……あ、袖の部分、広くなってるんですね……よし、着れましたっ……似合ってます、か?」

「……触手に服は似合わないな」

振り返れば、僕のローブを着たストラの姿。
袖口や裾からはみ出た触手。小柄な僕のローブでは、全く隠せていてない。
女体部分は隠せているので目的は達されたが、お世辞にも似合っているとは言い難い。

「で、ですよね……それに、落ち着きません……張り付いてきて……」

「……文句を言うな」

ローブの下、豊満な胸の存在感。粘液のせいでべっとりと張り付いて、その形を浮き上がらせている。
胸の先端、その突起の形もくっきり、はっきり。
そこから下は、突き出した胸から布が垂れ下がり、まるでカーテンのよう。服の前後で、見事に丈が揃わなくなってしまっている。
少し野暮ったいシルエットだが、大きな胸だけに許されたそれは、十分過ぎるほどに煽情的。
服を着せても、胸の大きさはどうにもならなかった。
それどころか、布が被って肌の色が出る事もなく、腹や肩の、目玉のような何かが見える事もなく、胸元だけ見ればもう人間と変わらない。
なまじ素直に眼福と感じてしまって……これはこれで非常にまずい。

「ぁ、でも……はぁ……ん……リドくんの匂い……えへへ……大事に使わせて貰いますねぇ……」

ストラはおもむろに、ローブの生地を手繰り寄せて顔を埋め、匂いを嗅ぎ始める。
そして、うっとりと甘いため息。呟きは恍惚としていて、ふにゃりとした笑顔が、何故かとても艶っぽく。
今までになく女を感じさせる、魔性の仕草。それを引き起こしたのは、僕の身に着けていた物。
その事実に、えも知れない昂りが、ゾクゾクとしたざわめきが駆け巡る。
心臓の鼓動が、頭の中にまで鳴り響く。なのに、それが心地いい。
目の前の女性に、魅入ってしまう。

「……ローブの換えを、取ってくる」

下半身に集まった熱。気が付けば、ズボンの下で、これ以上ない程に、僕のモノが反応していた。
このままではまずい、と我に返る。
慌てて背を向け、前かがみに、よろついた足取りで。僕は階段へと逃げこむ羽目になった。




「……おい、食事は僕と同じで大丈夫か?」

カーテンから漏れる日が暮れてきた頃。
工房と居住空間が一体となったこの家は中々に広く、そして見た事もないようなモノが沢山あります。
部屋や物を汚さないように気をつける、という条件で家の中を見させて貰っていたのですが、そんな私を呼ぶ声。
この家の家主であり、私のお婿さん候補、リドくん。小柄な身体に無愛想な言動が、とても可愛らしくて、私好み。
突然転がり込んできた私を受け入れてくれたのですから、実際の所、中身は悪い子ではないのでしょう。

「ええと、たぶん……」

食べられる物を確認する。植物の魔物である私への、さりげない気遣い。
それを嬉しく思いながらも、はっきりとした答えは返せません。
なんせ、私自身も魔物の身体を手に入れて、そんなに日が長いわけではないですし……お料理なんて、食べた事がありません。
この身体は、人間と一緒に暮らせるように出来ていますから、きっとご飯も人間と同じ物が食べられるはずですけど……

「……何なら大丈夫なんだ」

「えっ……それは……その……食べられるものというか、食べたいものなら……」

「何なんだよ」

「えと、その……は、恥ずかしいですぅ」

食べても大丈夫だと言い切れる物。本能から食べたいと思うモノ。身体が求めるモノは、安心して食べられます。
それはつまり……男の人の精液。魔物としての身体を手に入れてから、精液が欲しくて堪りません。
未だ、男の人に触れた事もない私ですが……魔物の皆さんが、精を注ぎ込まれて幸せそうにしている、その姿を思い出すと、私もあんな風になりたいという思いがこみ上げて、こみ上げて。
私が今、一番に食べたいモノ。それは、目の前の男の子。リドくんの事を食べたくて食べたくて、仕方ありません。
精液だけでなく、その身体も触手でしゃぶり尽くしてみたい。きっと、とっても美味しいはず。
けれども、そんな事は恥ずかしくて言えませんし、言ってしまえばきっと、リドくんは引いてしまいます。おさわり禁止令が出ているので、自分から触るわけにも行かず。ああ、もどかしいです……

「はぁ……そこで待ってろ。在り物を持ってくる」

言いながら、リドくんは台所の方へと消えていきます。
ああ、また呆れられてしまいました……



「作り置きだが、文句は言わせないからな」

「あ、ありがとうございます……これは……スープですか?」

「ああ」

「澄んでいて、綺麗な色……それに、いい匂いです……スプーンですくって飲むんですよね……?」

台所から戻ってきたリドくんが持ってきたのは、スープと、薄切りのパン。
スープはスプーンですくって飲む。こうやって男の子と出会える日のために、触手の森に訪れる皆さんから常識を教わっておいたのが功を奏しました。
もしお話を聞いていなければ、今頃私は、触手でスープを啜っていたに違いありません。
スプーンは……私には手がないので触手で持てばいいんですよね、きっと。

「そうしてもいいし、パンを浸して食べてもいい。お前の好きにしろ。僕はそのまま飲む」

そう言うと、リドくんはパンには目も向けず、黙々とスープを飲み始めます。カップを持ち上げ、口をつけて。まるで、料理というよりは飲み物のように。
どうやら、リドくんはスプーンですくって飲まないらしいです。……お行儀が悪いのでしょうか?

「では、わたしも……いただきます」

カップに注がれたスープは、濃い琥珀色にも関わらず、濁り無く澄んでいます。その香りは、とても豊か。具は何も浮かんでいませんが、ただならぬ雰囲気。
リドくんがそのまま飲むのであれば、私もそれに倣った方が良さそうです。同じ事をすると親近感で距離が縮まる、と教えて貰った事ですし。
はしたない印象を払拭するために、此処はスプーンですくって飲みましょう。これがお上品なやり方なんですね、そうですよね。

「……」

スプーンで琥珀色の液体をすくって、一口目をぱくり。

「わぁ……とっても美味しいです……」

私の知らない色んな味が、香りが、複雑に絡み合って、渾然一体となっていて。何が何の味なのかは全くわかりませんが、リドくんのスープは、とにかく味覚の舌を喜ばせてくれます。
こんなに美味しい物は、生まれて初めて。自然と笑顔になってしまいます。

「そうか。お代わりぐらいはあるぞ」

スープを褒められて、リドくんも喉元を掻きつつ、心なしか嬉しそうな顔。お代わりもある、と気前のいい言葉を返してくれます。

「あ……」

ふと見れば、リドくんのスープからは湯気が立っています。しかし、私のスープは丁度いい温かさでした。
きっと、植物の魔物である私に配慮して、適度にスープを冷ましておいてくれたのでしょう。

「えへへ……ありがとうございます」

さりげない気遣い。リドくんの優しさがこもっていると思うと、スープの味もまたひとしお。
男の子と一緒に、美味しい食事。夢がまた一つ、叶っちゃいました。とっても幸せです。

ああ、でも……きっと……リドくんと愛し合えたら、もっと幸せなんですよね……?





「お前、触手達の"代わり"って言っていたよな」

「はいっ、呼ばれたのは確かにあの子達ですけど……魔力が女の人の物じゃないって聞いて……順番を譲って貰ったというか、送り出して貰ったというか……通れちゃったので、来ちゃいました……」

食事を終え、座り心地の良さそうな大きな椅子……ソファと言うらしい物に寝っ転がりながら、リドくんは尋ねてきます。
私もソファを試してみたかったのですが、粘液で汚れるからダメだと言われてしまいました。残念です。

「やはりか」

「えっと……なんでこんな話を……?」

召喚術で呼ばれたのが、私ではなくあの子達だった事を伝えると、リドくんは一人で腑に落ちた様子。
いったい何のお話なんでしょうか。

「お前が、お前の意思で転がり込んできた事……
そして、僕は召喚術の行使そのものに失敗などしていない、それの再確認。
呼んでいない相手が割り込めるのは、簡易な召喚術に付き物のリスクだ。
勿論、術式を複雑にしていけば今回のような事故は防げるが……朝食を作るのに丸一日かける馬鹿はいないように、手間が割に合わないわけだ。故に簡易召喚を選んだ僕の判断自体は正しいものだ。
この召喚事故、僕の腕ではなく、僕の運が悪かった。
そういう話だ。いいな?」

「な、なるほど」

ソファで寝返りを打ち、こちらを睨みつけるようにしながら、早口でまくし立てるリドくん。少し、気圧されてしまいそうです。
魔術のあれこれはよく分かりませんが、リドくんの運が悪かった……むしろ、私が此処に来れたのが幸運だったらしいです。

「……うふふ」

そして、リドくんが負けず嫌いな性格だという事も分かりました。プライドが高いと言うには、高慢と言うには、どこか子供っぽくて、可愛らしく思えてしまいます。
母性本能をくすぐられる、というのはこういう事なんですね。ぎゅーっと抱きしめてあげたくなります。

「……何がおかしい」

「えっ、あっ、その……ヒミツです……」

可愛い。抱きしめたい。伝えてみたいけども、恥ずかしくてなかなか口には出せません。
ああ、もっと素直になれたらいいのに。

「はぁ。なんなんだよお前は……」

ため息一つ、くったりとそっぽを向いてしまうリドくん。ふてくされた感じが堪りません。
ソファに寝転がったまま、丸くなったその姿。触手で包み込んであげたい。
でも……痒そうに、苛立たしげに首を掻き毟るのは、とても憐憫を誘います。
触手の粘液を塗り込めば、よくなるでしょうか。だとすれば、身体の隅々まで、じっくりねっとり……
むしろ、たっぷりセックスしてインキュバスにすれば、健康体になりますし……
治療のためだと言えば、お触りもセックスも了解してくれるかも。
考えれば考えるほど、リドくんを眺めれば眺めるほど、夢が広がります。
ああ……男の子ってステキな生き物です……







「ふぁぁ……」

やる事をひとまずやり終え、風呂にも入って身を清め、時は夜。
ただでさえ召喚術などという魔力を食う術を使って、その挙句、この触手女のせいで心が休まらないのだから、酷く疲れて、眠たい。
ああ、今日は早く寝るとしよう。

「……この家に居座るからには、明日から家事はして貰うし、僕の仕事も手伝ってもらうぞ」

働かざる者食うべからず。家に置いておくからには、最大限に利用してやらねば。
明日から目一杯こき使ってやるとしよう。それで音を上げ、触手の森に戻りたくなってくれたなら良し。
音をあげずとも、僕の暮らしは幾らか便利になるだろう。なってくれなければ困る。本当に穀潰しを養うのだけは勘弁だ。

「はい、頑張ります……!」

随分と恨みを込めたつもりだが、どうにもこの女は意に介さず。家事や助手など面倒であろうに、むしろ嬉しそうに返事をする。

「あ、もしかして、手取り足取り……えへへ……」

「お前には手も足もないだろ……勿論、触手を取るつもりはないからな」

「そんなぁ……」

「はぁ……僕はもう寝る」

暖簾に腕押しとはこの事か、と脱力。頭の中がピンク色なのは本当にどうにかならないのだろうか、こいつは。

「あっ、私は何処で眠れば……」

「お前は風呂場で寝るんだな。触手の森なんて所で過ごしていたんだ、ベッドが無くとも眠れるだろ……」

「お風呂場ですね、分かりましたっ……」

風呂場で眠れと言っても、何ら嫌そうにせず。寝床に文句を付けないのは有難い事だ。
ベッドを使わせようものなら、翌日には粘液まみれになっている事が想像に難くない。

「……寝る。部屋には入ってくるなよ。明日の朝、起きてこなくても放っておけ。もし来客があっても絶対に応対するなよ、お前の存在を他人に知られたら僕は……」

「お、おやすみなさい……えへへ……一つ屋根の下ですね……」

「はぁ……お前は何を言っているんだ……明日からこきつかってやるからな……覚悟しとけよ……」

階段を登りながら振り向けば、頬を染め、もじもじと触手を擦り合わせる姿。嬉しそうに、恥ずかしそうに、楽しみそうに。
この女の度し難い好意は、どうにも僕の調子を狂わせる。
明日からは本当に、本当に、容赦なくこき使ってやろう。隙も見せない。絶対にだ。






「マンドラゴラの根……欠片で十分だから持ってこい。量は僕が計る」

ストラがこの家に転がり込んできてから一週間と少し。
彼女を助手として働かせてみた所、予想以上に優秀だった。

「ええと、これですねっ……はい、どうぞ」

まず、並みの人間と比較してもかなり物覚えが良い。アホの子なのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
大量にある材料棚の中身も、一週間という短い期間で半分ぐらいは暗記しているし、僕に訊ねてきた事はまず忘れない。
僕の手が届かない位置にある代物も、触手で軽々と取ってくるので、そういう意味でも非常にスムーズに事が運ぶ。
薬に粘液が混入する危険性については、魔法的に防水した布を触手に被せることでひとまずの解決を得た。手袋代わりだ。

「それだな。次は、これを乳鉢で混ぜておけ。
昼を食べたばかりだから……おやつ時ぐらいまでだな」

「はいっ、がんばりますっ」

材料をすり潰し、よく混ぜる。気が遠くなる程に退屈で、非常に手の疲れる単純作業。
いつもは魔法で器具を動かしていたが、長時間の魔法行使は、それはそれで負荷が掛かる。

つまる所、僕の嫌いな作業を彼女に押し付けているのだが……彼女は嫌な顔一つせず、それどころか、にこにこと笑いながら応じてくれる。
僕が心底嫌う肉体労働も、彼女にとっては苦ではないらしい。意気揚々と乳棒でキノコをすり潰し始める。その横顔は楽しげだ。

「完全に混ざってないと失敗するからな、手は抜くなよ。
あとは、こいつも刻みながら、ついでに錬金釜を見張っとけ。
砂時計が落ち切ったら、そっちの赤い薬を釜に10滴加えろ。ああ、そこの蒸留水もよこせ」

「任せてくださいっ……もう、刃物にも慣れてきましたから!
はい、お水ですよっ」

そして彼女は、一度に多くの事を押し付けたとしても、なんら慌てる事なく平然とこなす。
それも、一つ一つ解決していくのではなく、複数同時。
火にかけられた錬金釜と砂時計に目をやりながら、触手で乳棒を操り、材料をすり潰す。別の触手がナイフを握り、薬草を切り刻む。
また別の触手が、蒸留水の入った容れ物を僕の目の前に置く。
全てが同時、人間には不可能な並行作業。多くの触手を持ち、それを自在に操る事の出来る彼女だからこその業だった。

「あぁ」

この家にやって来る前の彼女は、多数の触手植物と意思疎通を行い、束ね、自在に操り、カップルを愉しませていたと聞いた。
その経験が並行作業にも生きている、とも。

「まったく、便利な身体だな」

物覚えの良さに、触手による驚異的な並行作業能力。疲れを知らず、重い錬金釜も軽く運んでくれる。
学こそ無いが、単純作業においては、僕が五人居たとしても勝てないだろう。
僕の手足として働かせるのであれば、恐ろしく有能だ。
そして、大量の仕事を押し付けたとしても、彼女は文句一つこぼさない。

「えへへ……ありがとうございますっ」

少し褒めてやるだけで、いい気になって張り切り始める。
従順で健気なその気質が、彼女をさらに有能にしている。助手として、これ以上の人材はまず居ないだろう。
健気過ぎて、少し罪悪感を感じてしまう程だ。

「あっ……わたしの触手、見直してくれました……?」

余った触手をうねらせ、こちらにアピール。勿論、その間も作業は怠っていない。
触手としてのプライドがあるのか、僕が触手を嫌がるのが不服なのか、彼女は時折、触手の良さを訴えかけてくる。

「……仕事が捗っている事は認めるよ」

事実、彼女のおかげで仕事における労力は激減した。時間も随分と短縮された。
彼女が仕事に慣れ、設備を少し整えたならば、恐らく週に2日も働けば、十分に食っていける。
こうなれば、彼女を有能であると認めるしかなかった。もはや、穀潰しなどとは口が裂けても言えない。

「えへへ、役に立てて嬉しいです……
で、でも……わたしの触手、本当は……
き、気持ち良くシてあげるためのモノ、なので……もっと、役に立ちたいです……」

褒められて自信づいたのか、ストラはここぞとばかりに触手を売り込んでくる。
慣れというのは恐ろしい物で、最初は触手に嫌悪感を抱いていたが、見る分には平気になってしまった。
おまけに僕は、彼女の触手さばきを知ってしまった。僕の手よりも遥かに器用で、同時に数人分の事を容易くこなすその能力が、本来の用途に集約されたなら。
彼女の言葉のせいで、触手に身体中を責め立てられる光景を、快楽の程を想像してしまう。
嫌悪感が薄れつつある今、彼女の触手に対する認識は、"気持ち悪いモノ"から、"気持ち良さそうなモノ"へと変わりつつあって。

「……遠慮しとく」

事ある毎に揺れる豊乳、触手で持ち上がったローブの裾から覗く、粘液にぬらついた太股。おまけに、当の本人は至って無防備。
そんな物が目の前にある毎日を過ごすのだから、性欲は溜まる一方。
そして、日に日に露骨さを増していく触手の誘惑。
少しだけなら触手の快楽を味わってみたい。彼女と交わりたい。そんな、気の迷いも生まれ始めていて。
人間は理性的であらねばならない、と自身に言い聞かせるが、今日も気が気でない。
早い所、厄介払いを済ませなければ。



「……帰ったぞ」

「あっ……おかえりなさい、ちょうど今、スパゲッティが茹であがりますっ」

最近、お出かけの多いリドくん。そんな彼が帰ってくるのを、台所でお迎えです。
一人で過ごす時間は寂しかっただけに、リドくんが帰ってくるのは嬉しいものです。
お料理を用意して、帰りを待つ。一人は寂しいけど、夫婦みたいだな、と思うとこれはこれで素敵です。それでもやっぱり、寂しかったです。

「今日もちゃんとレシピ通り、味見もバッチリですっ……」

最初は食材の名前すら知らなかった私ですが、今はなんとか、レシピ通りにお料理出来るようになりました。
手取り足取り教えてもらいたかったけど、それは叶わず。包丁の使い方などは見よう見まねで、基本的な事を教えて貰った後は、"レシピ通り"の一点張り。
初心者が下手にアレンジするな、という言葉は尤もなので、しっかり守っています。食べる相手の事を考えるからこそ、レシピ通りです。

「あ、ソースは少なめにしておきますね」

「ああ。この前も言ったが、僕は麺を食べ終わった時にソースが余っている状態を許せないんだよ。
多ければいいというものではないんだ」

レシピ通りに作りつつも、出来る所はリドくん好みに。
料理は愛情……触手の森で出逢った夫婦に、そんな言葉を教えてもらった事を思い出します。きっと、食べる相手への気遣いが大事だという意味に違いありません。

「……はい、出来上がりましたよー」

茹で上がったパスタをお皿に盛り付けて、ミートソースは少なめに。

「さ、召し上がれっ」

テーブルに待っているリドくんの元へお皿と食器を運び、コップにジュースを注ぎます。

「……ん」

「ど、どうでしょう……」

フォークを手に取り、黙々とスパゲッティを食べ始めるリドくん。
今回は上手くできたはずですが、果たして気に入ってくれるでしょうか。

「……レシピ通りに美味しい」

呟くように答えると、再びリドくんはスパゲッティを黙々と食べ始めます。
黙々と、しかし素早く。表情も心なしか和らいでいて、美味しいという言葉に嘘はないのでしょう。

「えへへ……美味しいだなんて……」

普段はつれない態度のリドくんですが、だからこそ、美味しいと言って食べてくれる時の喜びは大きくて。
レシピ通りと言い、素直に美味しいと言わない所も可愛くて。
もっと上達して、もっと美味しいお料理を食べさせてあげたい。リドくんのおかげで、すっかり料理が楽しいです。

「あ、リドくんが出掛けてる間に、お掃除とお洗濯も終わらせておきましたっ……えへへ……」

お料理だけでなく、掃除と洗濯も頑張って覚えている最中。
私が家事を覚える前、家の散らかりようは酷いものでした。触手の森に住んでいた私でも、散らかっていると確信できる程。
埃まみれの部屋なんていけません、綺麗な場所に住んで、綺麗な物を着なきゃダメです。私がお世話してあげないと。
家を綺麗にするようにしてから、リドくんが痒みに身体をかきむしる頻度が減った事が、密かな誇りです。
それに、リドくんの洗濯物は、とっても素敵な匂いがして……ああっ、思い出すだけで身体中が濡れてきちゃいます……

「ああ……在留許可の申請、目処はついたぞ」

「ホントですかっ……!?」

リドくんとの暮らしは素敵なものですが、私は本来、この街に居てはいけない存在で。
無理を言って匿って貰っている状態なので、家からも出られませんし、私の存在を隠し通すためにリドくんにも迷惑をかけてしまっています。
それが解消されるとなれば、とっても大事な話です。

「ああ。役人に相談をしてきたが、僕の助手として住み込みで働かせる分には、許可証の発行が可能だとさ。つまり、お前を連れてくればそれで事は解決……」

「やったぁ、これからもリドくんと一緒に居られるんですねっ……
そして、一緒にお出かけも……えへへ……念願のデートも……」

「おい、話の続きはまだ……」

「これからも一緒なんですよねっ?デートもできちゃうんですよねっ?楽しみです……!」

「はしゃぐな、その触手をひっこめろっ」

「あ、すみません、つい……」

リドくんの助手として住み込み。つまり、この素敵な同棲生活は続くという事。しかも、それをリドくんが認めてくれたという事。恋人や妻ではなく助手という肩書きですが、一つ屋根の下で暮らしても良いと言われているのですから、こんなに嬉しい事はありません。
そして、リドくんと一緒に、街へと出掛けられるのです。それはもうデートです。リドくんとデートが出来るだなんて……ますます幸せになっちゃいます。着実に、愛し合う関係へと近づいています。
嬉しさのあまり、つい、リドくんに飛びついて抱きしめてしまいそうになるけど、嫌がられてしまったので我慢、我慢。
"ダメ"と言った時はシていい時。そう教わりましたけど、今はまだその時じゃないみたいです。

「はぁ……続きを話すぞ。許可を得るために必要な事だ。
手続きはお前と一緒に街門で行う必要があるわけだが、お前は街中を歩けない。
だから、僕が街の外に出て、お前を召喚術で呼び出す。
工房の地下室に対になる魔法陣を作っておくから、お前はそこで待機だな。これが一番確実な方法だろう」

呆れたようなため息一つ、説明を再開するリドくん。真面目に話し込む姿はキリッとしていて素敵です。
説明を終えた後は、再び私の作ったスパゲッティに向かってくれます。

「わぁ、魔法で解決するんですね……流石はリドくんですっ……」

「……この程度の魔法使いなら探せば幾らでもいるさ」

私にとって、本当にリドくんは凄い人です。魔法も使えて、沢山の事を知っていて。
その気持ちを素直に伝えてあげると、この程度、と言いながらも得意げな顔。褒められて嬉しそうにする姿も、また可愛いです。

「えと……本当にありがとうございますっ……こんなに、よくしてもらって……
その、私に出来ることなら、な、なんでもシてあげますから……」

初めて出会った時から、つれない態度ばっかりだったリドくん。それでも彼は、私を家においてくれました。
私の憧れを、夢を幾つも叶えてくれて、可愛い姿を、格好良い姿を沢山見せてくれています。
今度は私に街での生活をくれるのですから、本当に感謝してもしきれません。これからは、嬉し恥ずかしデートに、幸せな事が沢山。
私だけでなく、リドくんも幸せにしてあげたい。そんな想いをなんとか伝えようとします。

「……礼はいいからお前も早く食え、冷めるぞ」

何でもする、という言葉にピクリと反応。微かに顔を赤くするリドくん。
やっぱり、えっちな事を考えてくれたに違いありません。誤魔化すように食事を勧めてくるその姿もまた可愛くて。

「えへへ……いただきますっ」

いつかはリドくんも、私の身体を受け入れてくれるはず。リドくんと交わりあって、愛し合って、二人で幸せに。
そんな光景を夢見ながら、新しい生活を心待ちにするのでした。



全く、ストラは……馬鹿な女だ。
彼女を家から街の外に移動させれば、こちらのもの。
召喚陣を時間差で発動させ、街の外においてけぼりにすれば、僕はめでたく彼女を締め出せる。
他にも、厄介払いの方法は幾らでも思いつく。
だというのに、あいつは僕の言う事を鵜呑みにして……今頃、僕に呼び出されるのを待っているに違いない。

「……」

疑う事を知らない純真な瞳。期待に満ちた眼差し。これからも共に暮らせるのだと、そう信じきって。
心底嬉しそうに、喜びを露わしながらも何処か控え目な、花も恥じらう乙女の笑顔。あんなに幸せそうな笑顔を向けられたのは、あいつが初めて。

「はぁ……存外甘いな、僕も」

召喚陣の時限作動化。僕には容易い事だ。足元の召喚陣に、少し術式を書き足すだけでいい。
そう、彼女を追い出すこの上ない機会なのだが……共に暮らして情が移ってしまったらしい。
彼女の信頼を、期待を、純真さを裏切れない。あの笑顔を、幸せをこの手で壊すなど出来ない。
いつもにこにこと、時々にへらと笑っている彼女が、涙を流す姿……駄目だ、想像すらしたくない。それが僕の手によるものなら、尚更だ。

僕は、彼女を裏切れずにいた。

「まあ、損にはならないだろ、たぶん……」

そして、合理的に考えても、彼女を追い出すのは得策ではなかった。

多数の触手による並行作業能力は、助手として有能だ。
彼女の性格自身も……下衆な言い方をすれば、便利だ。
文句も言わずによく働き、面倒な事柄を押し付けても苦にしない。
そして、放っておいても僕の世話を焼いてくる。献身と言って間違いのない物だった。
何かしら労ってやらねば、とさえ思ってしまう。

僕が今着ている服も、彼女が洗濯した物。彼女の洗濯した服は、微かに甘い香りがする。触手粘液の残り香なのだろうが、不思議と女の子の良い匂い。不覚にも、興奮してしまう。
彼女が家の中を片付けるようになってからは、ホコリに悩まされる事もなくなり、皮膚の痒みもだいぶ楽になった。

『はいっ、お弁当ですっ。お腹が空いたら食べてくださいっ』

今朝、そう言って彼女は、頼んでもいない弁当を渡してきた。持たされたバスケットの中身はサンドイッチ。
そこらの子供でも作れるような代物。けれど、具材は僕の好物をよりどりみどり。
休憩ついでに半分ほど胃に収めたが、僕の好みに合わせてマスタードが多めだった。
彼女の、こういう気遣いをしてくれる所は……まあ、好きか嫌いかで言えば、当然好きだ。本人には恥ずかしくて言えたもんじゃないが。

「……癪だけどな」

ああ、悔しいぐらいに快適になった。彼女の存在で、僕の暮らしは変わってしまった。
仕事も家事も、彼女が殆どをこなしてくれる。僕は指示を出すだけでいいのだから、楽で仕方ない。
今さら独りの生活に戻りたいかと言われると、かなり悩んでしまう。

「あー……まあ、なんとかしなきゃならんわけだが……」

懸念があるとすれば、彼女がここに転がり込んできた目的と、触手。
夫婦という関係への憧れ。それはつまり恋に恋するという奴で、別に相手は僕じゃなくとも良いのだろう。
しかし、そうは分かっていても、彼女から迸る性的な魅力に心は揺らぐ。同居が長く続けば、間違いを犯してしまいかねない。
あの豊満で柔らかそうな女体は言うまでもなく、僕の劣情を掻き立てる。
そして、蠢く触手も明らかな快楽器官。孔の中に舌のようなモノがひしめく奴なんかは筆頭だ。男のモノを咥え込み、快楽を与える以外の用途が考えられない。
そんなモノを毎日見せ付けられるのだから、辛抱堪らない。挿れてみたくもなる。
絶対にあの中は気持ち良いはず。きっと、僕の知らない快楽が……

「はぁ。僕は何を考えてるんだ……」

触手を思い出して欲情している自分に、自己嫌悪。
独り言をぶつぶつ呟いている事にも気付いて、余計に情けない気持ちだ。

「……」

そもそも、独り言を言うのは久しぶりな気がする。
たぶん、彼女が転がり込んできて、嫌でも彼女の相手をしなきゃならなかったからか。
……話し相手が居ないというのは、存外寂しい。悔しいが、彼女が居ないとそれなりに寂しいらしい。
ああ、僕らしくない。独りで練金薬、魔法薬の研究をして、ついでに薬を卸して資金を稼ぐ。そんな生活が好きだったはずなのに。
今では独りを寂しく感じている。

「……はぁ」

余計な事を考えるのはやめだ、さっさとストラを呼び寄せてやるとしよう。
急いでやる義理はないが、あんまり待たせるのも可哀想だ。




「えっと、あの、リドくん……わたしたち、す、すっごく見られてますぅ……それに、人がいっぱいで……」

「はぁ……お前は目立つからな。諦めろ。魔物が多い区域に行けばそういう事もなくなるが……」

「う、うぅ……今日はお家に帰りましょう、リドくん……」

「はぁ……そうするか」

無事に手続きを終え、街の中へと入る事が出来た僕達。予想はしていたが、僕達は奇異の視線に晒されている。
ストラの外見は非常に目立つ。そして、この街で魔物が暮らせるようになったのは、ほんの数年前。当然と言えば当然だ。

デートをするのだと意気込んでいたストラも、恥ずかしそうに縮こまる有様。
また、男と魔物が一緒に歩いていれば……この街ではほぼ確実に恋仲だ。
つまり、世間から見た僕は……触手が大好きな変態、という事になって。彼女だけでなく僕も居心地が悪い。

結局の所、僕達の暮らしは今までと然程変わらなさそうだ。少なくとも、ストラが人混みに慣れるまでの間は。




「あぁ……駄目だな、これも失敗だ。……はぁ、やはり媚薬作用が強力過ぎるな」

僕は元々、皮膚炎の治療薬を作るために触手を召喚しようとした。
ストラを助手として迎え入れてからは、本来の目的通り、彼女の触手の粘液を用いた治療薬の開発も進めている。
出来た薬は、手の甲の患部にごく少量を塗布。そうして僕は、薬の効果を確かめている。

「えへへ……自慢の粘液ですから……」

彼女の粘液が持つ、薬としての作用は抜群だ。実際、試し塗りに度々使っている手の甲は、てきめんに治りつつある。
しかし、触手粘液の本来の効用、媚薬作用はそれ以上に強力で。
いかに媚薬作用の不活性化を目論もうとも、薬としての効果も失うか、媚薬作用が余計に酷くなるばかり。
さしもの僕も、匙を投げたい。これじゃ毎日、媚薬を作ってるようなモノだ。

「……褒めてないからな」

薬を塗れば、痒みは収まって。しかし代わりに、皮膚は敏感に。
空気に触れるだけで感じる、じくじくとした甘い疼き。
掻き毟りたいという衝動は、ストラに触って欲しい、気持ち良くして欲しい、という快楽欲求へと変わっていく。
手の甲だからこそ耐えられるが、こんなモノを身体中に塗ればどうなってしまうか、想像に難く無い。

「そんな事言っても、褒め言葉ですよぅ……これが本分なんですから……
で、ですから……その、ガマンせずに、わ、わたしに、ですね……?」

「っ……だから、断ると言ってるだろ」

僕は、彼女の触手がもたらす快楽の片鱗を知ってしまった。媚薬の味を知ってしまった。身を委ねれば途方も無い快楽を得られると、確信を抱いてしまった。
そんな中、恥じらい混じりの誘惑。いやらしく蠢く触手を擦り合わせ、淫らな水音を立てながら、熱っぽい流し目。色欲に爛れた本性を、もはや隠せていない。
そんな彼女を前にして、あさましい欲望は膨れ上がる。
このままの生活が続けば、本当に過ちを犯してしまいかねない。
前にもまして、悶々とする生活を送っていた。





「さて、と。話なんだが……お前に給料を払おうと思う」

「お給料……住まわせて貰ってるのに、ですか?」

見渡す部屋は、小綺麗に片付いている。床にも埃は見当たらない。
これら全部、ストラのおかげだ。
彼女は、助手だけでなく家政婦としても非常によく働いてくれている。
あくまでも僕は、彼女を家においてやっている立場だが……これだけ働かせて、衣食住しか与えないというのは流石に気が引ける。
そういった理由で、彼女に然るべき給料を払おうと考えていた。

「まあ……お前のおかげで、随分と快適だからな」

「えへへ……わたしのおかげだなんて……嬉しいですぅ」

給料を払う、と言っても食い付きは薄く。彼女の行いを評価してやれば、嬉しそうに身悶え。

「あ、でも、お金は要らないですっ……
えと、その、代わりにっ……ご、ご褒美が欲しいですっ……労って欲しいですっ……」

「はぁ……そう来たか……内容次第だな」

やはり、魔物の価値観は解せない。褒められるのが、そんなに嬉しいのだろうか。
そんな事を考えた矢先……ストラの提案。
街に連れ出して金銭の価値を教えてやったにも関わらず、給料は要らないと言う。

「えっと……その……そうですね……
あーんして貰ったりとか、デートに連れて行って貰ったりとか、頭を撫でて貰ったりとか、褒めてもらったりとか……いろいろ、です……」

給料代わりにねだられたのは、数々のスキンシップ。
考え込んで答えたという事は……少しは遠慮したのだろう。主に、性的な要求がない辺り。

「はぁ……分かった。その程度ならしてやるよ。給料代わりがそれで済むなら安いさ。
催促も自由にすればいい。ただし……
応えるか応えないかは僕次第だ。度を過ぎた要求は跳ね除けるからな」

給料代わりにねだるには、あまりにもささやか過ぎるご褒美。
衣食住の保障と、ちょっとしたスキンシップ。
たったそれだけで、何人分もの仕事をこなすと言うのだから……流石の僕も、その健気さを無碍には出来ない。
四六時中べったりされる事や、襲われる事を防ぐための予防線は張りつつも、許諾。

「えへへ、やったぁ……」

露骨な予防線に気づいているのかいないのか。文句ひとつ言わず、心底嬉しそうな様子。
期待を裏切るのも気が引けるので、次に買い物に連れて行く時は、何かプレゼントしてやるとしよう。

「では、早速、その……リドくんを、ぎゅ、ぎゅーっと……だ、抱きしめるのは……ダメ、ですか……?」

「抱きしめるって……触手で、だよな」

「は、はい……ぎゅっ、とさせて貰えるだけで、それだけで良いのでっ……
ま、まさぐったりとかは……きっと、ちゃんと我慢しますから……」

「……断る」

そんな事を考えた矢先の過大要求。幾ら、共に暮らすのに慣れてきたとは言え、触手は触手。
少し触れただけでも、媚薬粘液は肌を蝕むのだから。
当然、身体をやすやすと許すつもりはない。

「うぅ……お触りは禁止なんですね……」

「ああもう、そんな目で見るな……元々苦手なんだよ、身体を触られるのは」

先程までの喜びっぷりが嘘のように、深く落胆。眼に涙を滲ませながらも、伏し目がち。
ぬか喜びとはまさにこの事で。期待を裏切ってしまい、こみ上げる罪悪感。どうにも、ばつが悪い。

「じゃ、じゃあ……代わりに……リドくんに、ぎゅっとしてほしい……です……
触られるのが苦手でも……これなら大丈夫、ですよね……?」

触手ハグを断られて気後れしたのだろう。おずおずと、控えめな提案が続く。
その姿は、あまりにもいじらしく。それが、僕の罪悪感を直撃する。
本人に自覚はないのだが、こういう時のストラは卑怯なまでに、僕の心へと訴えかけてくる。

「あー……それなら、まあ、断りはしないが……どれぐらいで満足するんだ、お前は」

過ちを犯さないためには、僕から抱きしめるのも当然避けるべきなのだが……
給料代わりにハグをねだるような、ストラの健気さ。それを二連続で断り、裏切るような真似は出来なかった。

「えへへ、やったぁ……出来るだけいっぱい……ぎゅーっとして欲しいですぅ……えへへ、ぎゅーっとしてくれるんですよね……」

「はぁ……程々だからな」

曖昧な返事を前に、勝手に喜び始めるストラ。現金な奴だと思うが、何度も何度もぬか喜びさせるのも気が引けて。
強く押されたわけではないというのに、首を縦に振らざるを得ない状況へと追い込まれてしまった。
手玉に取られてしまった気分だ。勿論、あちらにその気はないのだろうが。

「はいっ、程々でも嬉しいですっ……ぎゅーっと……ぎゅーっとしてください……」

「なんだ、その……胸に、抱きつく事に、なるんだが……」

ストラは両腕を広げ、抱擁を催促してくる。
体格差のせいで、彼女の豊満な胸は僕の目線と同じ高さにある。
そんな状態で抱き締めろと、彼女は言う。
その言葉だけで、僕の下半身に熱が集まっていくのが分かる。
ローブのおかげで、前屈みにならないで済むのが救いだ。

「はいっ……ぜ、ぜひどうぞ……?」

顔を真っ赤にしながらも、彼女は僕の問いに頷いて。
上体を逸らして胸を張るその姿勢は、まるで、その巨乳を僕に差し出すかのよう。
そして、両手を広げたまま、ゆっくりと僕に近寄ってきて……

「っ……」

たゆん、たゆんと、ゆっくり揺れる、ローブに包まれた豊乳。それが、どんどん近づいてくる。
気が付けば、僕の顔に触れる寸前。あくまでも僕の言いつけ通りに、彼女は自分から触れてくることはしない。
視界を埋め尽くす、圧倒的な量感。ごくりと、生唾を飲んでしまう。
ふわりと漂ってくる甘い香りに、心臓が早鐘を打つ。ストラの胸の匂い。女の子の匂い。

「ぅ……」

抱きつきたい。ストラの胸に抱きついて、顔を埋めてしまいたい。その柔らかさを、思う存分味わいたい。この甘い匂いを、胸いっぱいに吸い込んでみたい。
僕だって男の端くれ、常日頃ストラの誘惑を断ってはいるが、女体というものに憧れ、興味を抱いて、夢を持って……有り体に言えば、女体は大好きだ。
それも、人間の女性ではお目にかかった事のない、犯罪的なまでに肉付きの良い身体が目の前にあるのだから、辛抱堪らない。今すぐ抱き着きたい。

しかし、胸に抱きついて、女体の感触を堪能して……理性を保っていられる自信は、あまり無い。
それに第一、胸に抱きつくなど恥ずかしくて仕方がない。
その事を考えればやはり、冷静に彼女の提案を拒むべきなのだが……

「あっ……も、もしかして、焦らしプレイ……ですか……?
あぁん……はやく、ぎゅーっ、っとしてほしいですぅ……」

ストラは既に、すっかりその気になってしまっている。
見上げれば、彼女の期待に満ちた瞳が、僕を覗き込んでいて。
頬を染めて、口元を緩ませ、熱っぽい視線を送ってくる。目を逸らしても、期待の眼差しが突き刺さっているのをありありと感じる。

「はぁ……仕方ない、な……」

今まであれだけストラを働かせておいて、報酬をくれてやらないというわけにはいかない。
それに、これ程までに高まった期待を裏切るわけにもいかない。
つまり……仕方無い。魔物とは言え女の子を、無給でこき使うのは、流石に非道だ。
給料代わりに抱き締めて欲しい、そうねだられた。別に、僕が抱きつきたいから抱きつくわけでも無い。何も恥ずかしい事は無い。
下手に拒んで不満を溜めて、実力行使に出られるのは最悪のパターンであるし……それを回避するためにも仕方の無い事だ。
仕方無く、仕方無く、彼女を抱きしめてやるのだ。

「い、行くぞ……」

「は、はいっ……」

恐る恐る、腕をストラの背に回す。回すだけで、まだ触れはしない。
二十歳を過ぎた男が、子供のように胸に抱きつこうというのだから……この時点でかなり恥ずかしい。
照れるような彼女の声があれば、なおさらだ。

「っ……むぅ……」

「ぁんっ……」

恥ずかしさはあれど、意を決し……ストラの身体を抱き締める。
密着する身体。彼女の望み通りに、僕の顔は柔らかな丘に着地。
彼女の漏らした悦びの声が、頭の中に甘く響く。

「ん……」

「ああっ、リドくんにぎゅーってされちゃってますぅ……えへへ……あったかくて、気持ち良いです……」

いつにも増して身悶えするストラ。
大きく揺れ動く胸から伝わる、至福の感触。沈み込んで、押し返されて。柔らかく、優しく、僕の頭を受け止めてくれる。
抱き回した腕には、むっちりとした柔肉の感触。湿り気を帯びたローブ越しに伝わる温もりが、肌に染みていく。
ストラの身体は、僕が女体に抱いていた幻想よりも、遥かに心地良く。

「はぁ……」

「んふふ……リドくんの髪、いい匂い……」

胸に抱きついたまま、深呼吸。くらくらする程の甘い香り。甘酸っぱく、とろりとしていて、肺の中で絡みついてくるような……女の匂い。
身体が熱く火照っていく。けれど、暑くはない。もっと、もっと、密着したい。ストラの温もりを、柔らかな感触を味わいたい。
心が、昂ぶっていく。

「……」

「あんっ……こんなに、ぎゅーって……えへへ、こんなにしてもらえるなんて……」

ストラにもたれかかり、抱き締める力はより強く。
息苦しいまでに、彼女の胸に頭を押し付け、半ば埋もれて。腰を抱き寄せ、身体も押し付ける。
押し倒さんばかりに身体を預けるが、ストラはしっかりと僕を受け止めてくれて。
柔らかさ、しなやかさがぎゅっと詰まった、魅惑の身体。硬さというものを全くと言って良いほど感じる事はなく、むにゅむにゅのむちむちで、極上の抱き心地。
甘い香りに浸されて、頭の中が蕩けそう。今まで味わった事の無い、幸せな心地。

「ぁっ……これって……えへへ、うふふ……り、リドくんったらぁ……えへへ、こんなの、ダメですよぉ……!」

「んぅ……?」

何かをきっかけとして、ストラの身悶えが激しさを増す。抱きついてなお、振り払われてしまいそう。
蕩けた頭でも分かる、明らかな異変。
怪訝に思った僕は、名残惜しく思いながらも抱擁を解こうと、彼女から一旦離れようとするが……

「あぁん、離れちゃイヤですぅっ……」

「っぅ……!?」

突然に、僕の身体を抑え込むモノ。彼女の腕が、触手が、絡みついてくる。
離れようとした僕を引き止めるかのように。ストラの身体に、縛り付けられてしまう。
彼女の腕に、そして触手に、抱きすくめられ、捕らえられてしまった。

「ひぅっ……!?」

同時に、ぬめった何かが首筋を撫でる。舌よりも滑らかで、艶やかな感触。細く、長く、喉元にまで這い寄り、絡み付いてくる。
口から漏れたのは、嫌悪感による悲鳴ではなく……不意打ちで訪れた、背筋から腰にまで突き抜ける、ぞわぞわとした快楽による嬌声で。

「ぁっ……す、すみませんっ……名残惜しくて、つい……」

「ふ、ふざけ、るなっ……ぁっ……やめろっ」

はっ、と我に返ったような様子で謝り始めるストラ。しかし、僕を捕らえる触手も、抱擁も解かれる事はなく。
後頭部に押し当てられる、柔らかな固まり。彼女の腕の触手束。
ぬちゃ、という音とともに、頭を撫でられる。髪に優しく手櫛を入れられるような、甘い気持ち良さ。これにも思わず声が漏れる。

「で、でも……とっても気持ち良かった……ですよね……?
あんなに可愛い声で、可愛い顔で……うふふ……」

「あっ、そういう問題じゃっ……はなせっ……ぁあっ、やめろっ……」

触手の抱擁から逃れようともがいている最中に見えた、ストラの表情。恥じらいが抜けきらないながらも、その笑みは捕食者めいていて。
僕を覗き込むその瞳の奥には、燃え盛る情欲の炎。頭の触手花からは、よだれのようにだらだらと、粘液を垂れ流していて。
立ち込めるのは、媚薬粘液の甘くむせかえるような香り。

「リドくんが……その……さっきから……お、おちんちんを……当ててくるのもいけないんですよ……?
こぉんなに、熱くて、硬くて……敏感でぇ……気持ちよくなりたいんですよね……?」

明らかに異様なストラの様子。今までならば、やめろと言えばやめていたのに。嫌だと言えば止まるのに。今の彼女に、制止の言葉は意味を成さず。

「ひぁっ……や、やめっ……」

膨れ上がり、反り立った僕のモノ。触手に縛られ、密着したストラの身体。彼女は、身悶えしながら身体を寄せてきて。
服越しだというのに、確かな女体の感触。擦り付けられるだけで、気持ち良い。込み上げる熱。脚から、力が抜けていく。
そして、股間を撫で上げる感触。触手もまた、僕のモノを責め立ててくる。ズボンをべっとりと粘液で濡らされてしまう。

ようやく、己の犯した過ちに気付く。
胸の感触に夢中で気づかなかったが……ストラに抱きついた時、勃ったモノを押し付けてしまったのだろう。
僕が、彼女に、自分から火をつけてしまった。

「あぁっ……リドくん、とってもステキですぅ……」

ストラの根底にあったもの。それは、愛し合う事への甘い憧れ。
けれども、今の彼女を突き動かすのは、それだけではない。
愛し合う他の誰かへの憧れ、それだけではなく。

ストラは、快楽に喘ぐ僕を見ている。僕に狙いを定めている。僕を絞り尽くそうと、犯し尽くそうと、舌舐めずりをしている。
欲望に満ち溢れた眼差し。骨の髄までしゃぶり尽くされてしまいそう。

「えへへ……こんなに近くに……」

「ぅぁ……」

視界の端に映るのは、紫色にぬらついた、無数の舌状の触手。
絡み付いて、僕の顎を、くい、と上向かせてくる。
後頭部を這い回る触手は、僕の頭を再び押し込んで来て。喉元から、魅惑の豊乳に沈み込む。
視界を覆うのは、僕を覗き込むストラの笑顔。妖艶ながらも、照れ混じり。
吐息が掛かるほどの距離、見つめ合う姿勢で、囚われてしまう。

「はぁん……近くで見ると、もっと、もーっと、カワイイですぅ……」

「うぅ……」

まるで手を添えるように、頬を触手の束で包み込まれる。その柔らかさにも関わらず、触手は僕の頬を捉えて離さない。
今の僕はきっと、触手から与えられる快楽に、情けない顔をしている。
だというのに、ストラはうっとりとした様子。僕が快楽に悶える姿を見て、愉しんでいる。
こんな顔をまじまじと見られるなど、恥ずかしくて仕方がない。

「えへへ……リドくんのくちびる……とっても美味しそう……」

「っ……ひぁ、ま、待て……」

僕の唇に、まじまじと注がれる視線。これ見よがしな舌舐めずりに合わせて、身体中に絡みついた触手が蠢く。
顔を背けようとしても、触手に捕らえられて逃げられない。
豹変したストラは、まるで熱に浮かされたかのよう。薄緑色の瑞々しい唇は、朱を帯びて。
唾液にぬらつき、艶かしい光を放つその様。肉厚で、ぷるぷるで、見るからに気持ちよさそう。
吹きかけられる吐息は絡みつくように甘く、頭の中に溶けていく。
きっと、今から、唇を奪われてしまう。ストラの、柔らかそうな唇で。けれど、キスだけではきっと済まない。
蹂躙される恐怖半分、恥ずかしさ半分、彼女を拒む。しかし……ストラとキスをしたいか、したくないか。
そう自分に問いを投げかけたなら……ストラの唇の感触を味わってみたい。キスを、したい。
僕もまた、彼女と同じように、目の前の唇に魅入ってしまっていた。

「食べちゃいますよぉ……念願のキスです、えへへ……
たっぷり気持ちよくしてあげますから、安心してくださいね……?
あむっ……んっ……ちゅぅっ……れろぉ……」

「んむっ……んぅ……っ」

啄むように押し付けられた、柔らかな感触。唇を、奪われてしまう。
触れただけで吸い付くような、そんな魅惑の弾力が襲い掛かる。
そして即座に、甘い吸引。ふわふわでぷるぷるの唇は、堪らなく心地良い。
しかし、それも束の間。ぬるぬると触手めいた何かが、唇の間から侵入してくる。
それがストラの舌だと気付いた時には、僕の舌は絡め取られてしまっていて。

「れるぅ、んっ、ちゅるっ……」

執拗なまでに絡みついてくる、ストラの舌。舌伝いに注ぎ込まれる彼女の唾液はほんのりと甘く。
にゅるにゅると粘膜の擦れあう快楽。舌が蕩けてしまいそう。
そして、その快楽はじわじわと強まっていく。
嫐られた舌が、甘く火照って仕方がない。じんじんと疼き始めて、仕方がない。濃密なキスの最中、僕の舌は敏感さを増していって。
彼女の唾液もまた媚薬。それを丹念に擦り込まれてしまっていた。

「れろぉ、んっ……」

「んむっ、っ……ふぅっ……」

そして、僕の頬に押し当てられているのはストラの手。それはつまり、人の頭をすっぽりと覆える程の触手房。
ストラは、さらに深く僕の頭を捕らえようとしてきて。顔の側面から後頭部までが、ずぶずぶと触手の沼に沈み込んでいく。


「じゅるるるっ……ちゅうぅっ……んくっ……」

「んーっ……!?」

ぐちゅぐちゅ、ぬちゅぬちゅと、粘液の音が響き渡る。
耳の裏も、表も、凹凸の隅々までも、隙間無く。無数の触手が這いまわっている。
敏感な耳を襲う、にゅるにゅるの触手。ぞわぞわとして、背筋が震えて、止まらない。
快楽のあまり、ストラにしがみ付かずにはいられない。悲鳴のような嬌声をあげてしまう。
僕の嬌声を唾液と一緒に吸い出し、呑み込みながら、ストラは心底嬉しそうに目を細める。

「れろぉ、れるっ、んっ、ちゅぷ……」

「んっ、んん……んぅ……っ」

伸縮自在の触手は、耳の外側を嫐るだけでは止まらず。ついに細長い触手が、耳の孔にまで侵入してくる。
その動きは、僕の口内を犯す舌の動きと似ていて。
まるで耳の中にも、ねっとりと、執拗にディープキスをされてしまっているかのよう。
耳の中の、その隅々までもを舐め尽くす、魅惑の耳掃除。自分でも知らなかった極上の性感帯、弱点を責め尽くすその快楽は、キスに負けず劣らず、法悦を極めていて。
強張っていた身体が、だらりと弛緩してしまう。気持ち良さに、抗えない。身体が、ストラを受け容れてしまう。快楽に、屈服してしまう。
そして、直接刷り込まれるのは、舌の這うような水音。染み込んでくるような、淫らで甘い音色。
耳を犯され、音に犯され、頭の中が融けてしまいそう。

「んふ……れろっ、んっ……ふぅ……ちゅるっ……」

「んっ、んくっ……ふぁ、ぁ……」

未知の快楽が襲い来るのは、耳や口だけでなく。
後頭部に絡みついてきた触手は、ブラシ状。優しく頭を撫でながら、髪に櫛を通すかのよう。
だというのに、彼女の触手は、僕の性感帯を的確に探り出してきて。
甘い心地良さと共に、執拗な快楽。甘やかされているようで、嫐られてしまっている。
そして、首筋を責め立てる熱烈な吸い付き。大きな吸盤のような触手に、うなじを捉えられてしまう。
吸盤の中にも、小さく細やかな触手がひしめいていて。吸い付いたまま、ぬるぬるのぐちゅぐちゅ。
首筋をぱっくりと咥えられ、キスされているかのよう。それに加えて、ざわめくような蠢き。
触手に舐めしゃぶり尽くされて、ぞくぞく、ぞくぞく、背筋を駆け抜ける快楽が止まらない。

触手快楽を味わいながらのキス。多彩な快楽が重なりあって、高めあって。もはや、夢見心地で、骨抜きで、恍惚で。
僕はもう、ストラから逃げる事など考えられなくなってしまっていた。

「ちゅぅっ……ぷはぁ……はぁぁ……えへへ……キスしちゃいましたぁ……
リドくんのお口、こんなに美味しくて、きもちいいなんて……ずるいですぅ」

「んっ……ふぁ、ぁ……はぁ……」

最後に熱烈に吸い付いて、ストラの唇が離れていく。
長い長いキスが終わり、感じるのは名残惜しさ。息を吸い込むと、ぼんやりしていた頭が、少しだけはっきりとする。
初めてのキス。僕の初めてのキスを奪ったストラは、うっとりと笑う。

「うふふ……リドくんが感じてくれると……嬉しくて、しあわせになっちゃいます……
それに、すっごくかわいくて、ステキで……もう、堪らないですぅ……」

「はぁ、ぁっ……」

僕に快楽を与え、愉しむ。触手の本性を露わにしたストラ。欲望塗れの声は、キスだけでは終わらない事を物語る。
触手の責めは、未だ止まず、執拗に続く。

「うふふ……念願のキスもしちゃいましたし……」

脱力した僕の身体を、ストラの触手が抱え込む。まるで、お姫様抱っこのように、優しく持ち上げられて、なすがまま。

「えへへ、初めてのベッドインです……ぁっ……リドくんの匂い……」

「ぁっ、うぁ……はぁ……」

粘液でどろどろになっているのにも御構い無しに、ストラは僕をベッドへと横たわらせる。
頭を受け止めるのは、枕ではなく彼女の触手。休む間も与えずに、首筋を責め立ててくる。
そして、ストラもベッドの上に。僕の腰の上で、ふわふわと浮かんでいる。
僕が下で、彼女が上。主導権は、完全にストラの物。この先、どうされてしまうかは想像に難くない。

「ぁぅ……」

「ぁん……隠さないでください……今からもっと、きもちよーくなってもらうんですからぁ……」

ストラのキスを、触手責めを受け入れてしまったとはいえ、僕にはまだ羞恥心という物が、理性という物がある。
掛け布団を手繰り寄せ、身体を……特に、服の上からでも分かるぐらいに張り詰めたモノを隠そうとするが……
あっという間に触手に布団を剥ぎ取られてしまう。

「わぁ、こんなになって……ぁっ、お布団もいい匂い……」

「うぅ……」

ズボンに張られたテントを、まじまじと、興味津々に見つめてくるストラ。僕から剥ぎ取った布団の匂いを嗅いで、ご満悦。やっぱりこいつは変態だ。

「えへへ……それでは、脱がせちゃいますね……」

「うわ、ぁっ……やめ……」

幾本もの触手が服の内側に潜り込み、絡み付く。にゅるにゅると肌の上を這い回るうちに、服が剥かれていく。いとも容易く、あっけなく。
両腕は頭の上で絡め取られて、抵抗の余地はなく。

「わぁぁぁ……これが、リドくんのカラダ……えへへ、ステキですぅ……」

「うぅ……っぁ……みるなぁ……」

あっという間に、丸裸。僕の貧相な身体も、荒れた肌も、粗末なモノも、露わにされてしまう。
僕の身体をまじまじと眺め、ストラはうっとりと息を吐く。粘り気を帯びた視線は、僕のモノに注がれていて。
そこは、ストラの触手に感じてしまっていた事を、ありありと主張している。
あまりにもはしたなく、情けない光景。恥ずかしい。褒められて尚更に、羞恥心を煽られる。
とても、ストラの顔を直視出来ない。

「あっ、それなら……わたしも脱いだら、見てもいいですよね……?」

「はぁ、ぁ…」

湿り気を帯びた、衣擦れの音。視界の端で、ローブが脱ぎ捨てられる。
ちらりと視線をやれば……そこにあるのは、艶かしい女体。
粘液にぬらついて、いやらしく艶めいた緑色の肌。触手の根本は、太もものようにむちむち。きゅっとくびれた腰周りに、可愛らしく窪んだへそ。
そして……豊満な胸。瑞々しく、はち切れんばかり。
その先端からは、透明な蜜のようなモノが滴っていて。まさに、たわわに実った果実のよう。毎日僕を悩ませてきた、罪深い果実。
それが、僕の眼前にさらけ出されて。ストラの肢体から、目が離せなくなってしまった。
腹部の、二対の円らな眼のようなモノが、僕を見ているような気がする。けれども、忌避感は感じない。
異形の女体を、ストラを、綺麗だと思ってしまっていた。

「うふふ……これでおあいこですね……
もっと、もーっと、きもちよーく……シてあげますから……」

「ひぅ、ぁっ、はぁぁ……」

瞬く間に、身体中に触手が絡み付き、這い回る。僕の身体を守るものは何一つなく、逃げる事も出来ず、されるがまま。
脇腹を、内股を、ブラシのような触手が執拗に擦り上げる。胸板には吸盤のような触手が迫って。あろう事か、乳首を吸い上げられて、ねぶり尽くされてしまう。
敏感な部分を嫐られるその快楽は、僕の常識を塗り替えていく。
張り詰めたモノにはまだ、直接触れられていないのに。射精するより気持ち良い。
イってもいないのに、もはや、どうにかなってしまいそう。身体がびくびく跳ねて、それなのに脱力して、思い通りにならない。
直接、僕のモノを責められてしまったなら、どうなってしまうか、想像もつかない。

「えへへ……リドくんのおちんちん……びくびくして……とっても美味しそうですぅ……
食べちゃっても、イイですよね……?」

ストラは、じろじろと僕のモノを視姦し続ける。身体中を触手で嫐りながらも、一番敏感なそこには、全く手をつけないまま。
そして彼女は、淫蕩な笑みを浮かべて僕を見降ろし、舌舐めずり。

「だ、だめっ、ぁっ、ひぁ……」

食べる。そこまで言われて、ストラの意図が分からない僕ではない。
僕のモノを、触手が責め立てていない、その理由。僕を犯すため、交わるため、取っておいたのだ。
しかし、むやみやたらと身体を重ねるのを良しとする程、僕の倫理観は爛れていない。責任とか、そういうモノもある。
それに、これ以上の快楽を味わえば、病み付きになって、戻れなくなってしまう。
理性が鳴らす警鐘に従い、ストラを拒むが……

「うふふ……ダメって事は……イイって事ですよね……ちゃーんと勉強したんですからぁ……」

もちろん、発情しきった彼女が僕のいうことを聞くわけがなく。

「えへへ、手もつないじゃいます……」

「ぁ、だ、だめって、いってるだろ……っ」

両腕の触手花で手を、腕を、絡め取られてしまう。
それはまるで、恋人同士が両手を繋ぐかのよう。しっかりと捕まえて、離さない。
しかし、僕の肘から先はねぶり尽くされて、快楽に浸される。手を、腕を犯されてしまう。

「うふふ、ふふ……ココで、もーっと、もーっと、気持ちよくなってくださいねぇ……?」

そして彼女は、自らの股を隠す、スカート状の触手を捲り上げる。
脚のような触手は、僕の腰を跨ぐように、大きく開かれていて。
つまり、ストラの秘所を隠すモノは何もなく。
成熟した盛り上がりに、ぴっちりと閉じた筋。そこからは、まるで蜜のような粘液が溢れ出していて。
緑色の肌がぬらつくその姿は、なまじ肌色よりも艶かしく、美しい。
春画でしか女性器というものを見た事がない僕でも分かる。それはまさしく女の身体なのだと。
僕の本能に訴えかけてきて、興奮を煽り立ててきて、もはや、それだけで暴発してしまいそう。

「えへへ……わたし達、ついに……セックスしちゃうんですね……」

「っ……」

そして、ストラは自らの触手でその秘裂を押し広げ、割れ目を見せ付けてくる。
だらだらと、涎のように垂れ落ちる愛液。潤みきったその光景が、ストラの興奮をありありと伝えてくる。
曝け出された粘膜は、これ程なく滑らかで、美しく、生娘そのもの。
しかし、何処か非人間的で、あまりにも淫ら。搾り取るための、快楽を与えるための器官なのだと、そう、本能で理解してしまう。
これから行われる事を拒むより先に、期待してしまっていた。この先に、どれほどの快楽が待ち受けているのか。
想像もつかない事が頭をよぎって、生唾を飲んでしまっていた。
ストラと、交わりたい。気持ちよくなりたい。そう思ってしまっていた。

「うふふ、えへへ……いただきまぁすっ……」

そんな僕の考えを見透かしたのか、単なる期待か、ストラは淫らに笑みを咲かせて。
僕のモノに秘裂をあてがったと、そう思った時には。彼女は勢い良く、腰を落としていた。

「はぁんっ……あぁっ、ふぁっ、ぁっ……はぁぁんっ……」

「ぁ、ふぁぁぁぁ……」

度重なる愛撫で、暴発寸前にまで追い込まれていた僕のモノ。それが、一瞬で呑み込まれてしまう。
狭く、きつく、絡みついてきながらも、強引に。奥の奥まで、咥え込まれてしまう。
ストラのナカは熱くて、気持ち良く。僕は、絶頂を迎えてしまう。
腰砕け、では済まない程の快楽。その熱の迸りは、肉棒だけにとどまらず。
肉棒、腰も、脚も、どろどろに融けてしまうかのような、鮮烈な快楽。
あまりの快楽に、声にならない嬌声が、喉から漏れ出す。
視界が霞み、ぼんやりと遠のいて。心までもが、快楽に押し流されてしまいそう。
どくどく、どくどくと、気持ち良く、ストラのナカに精を吐き出す。

「きもちよすぎますぅ、ぁっ、はぁん、あぁっ……りどくんっ、りどくぅんっ……」

「ぁぅ、ひぁ、はぁぁ……」

僕の上でストラは、淫蕩に、幸せそうに身悶えしていて。僕もまた、身も心も熔かすような快楽に身を任せる。
無数の肉ヒダが、まるで触手のように、自由自在に絡みついて、僕のモノを責め立てる。
今まで味わってきたのとは比にならない程の、至福と言えるほどの絶頂、快楽。射精が止まらない。融けるように熱く、煮えたぎるモノを、全て吐き出してしまいそうな程。
いつもならすぐに終わってしまう快楽が、すぐには終わらない。
どれだけ続いたかも、気持ち良すぎて分からない。
夢のような射精快楽が、続いていく。

「あっ、はぁ、ぁんっ……りどくんのせーえき、いっぱぁい……
はぁん……すっごくおいしいですぅ……せっくす、しちゃってます……うふふ……」

「はぁぁ……しゅとらぁ……」

たっぷりと注いで、注いで、注ぎ切って、ようやく射精が終わる。
ストラは、弓なりに背を反らし、触手中から涎を溢して……僕をうっとりと見下ろしていた。
恍惚に満ち、幸福に浸ったその表情は、とても綺麗で。
僕は、夢のような快楽の、その甘い余韻に浸りながら、ストラの名前を呼んでいた。手を握り返していた。
気持ち良すぎて、触手への嫌悪などというものは、すっかりと消えてしまっていた。

「えへへ……はじめて、なまえで呼んでくれましたぁ……」

そう言ってストラは、心底嬉しそうに笑う。その表情は、淫らなのに、無垢で。どうしようもなく惹かれてしまう、見惚れてしまう。

「ふだんはツンツンしてるのに……もう、とろとろですねぇ……ふふふ……とーっても、ステキですぅ……」

「ぁ、はぁっ、ひぁぁ……」

そして、惚けた顔で、舌なめずり。身体中に絡みついた触手は、その動きを止めない。僕の身体をぐちゅぐちゅに責め立て続ける。
射精を終えても続く、絶え間無い触手快楽。夢見心地から、帰ってこれない。
ストラの言葉通り、頭の中は、とろとろ。

「うふふ……わたしのリドくん……はなしませんからぁ……」

脚のような触手は、僕の腰に執拗に絡みついてきて。まるで、ストラの身体を、僕に縛り付けるかのよう。
より深く、密に、身体が繋がる。僕のモノが、奥の奥まで咥え込まれてしまう。
ストラに、一回の射精で満足するような様子は全くなく。
欲望に潤んだ瞳で僕を見据え、何が何でも離さない、と言わんばかりに、触手の拘束を強固にしていく。


「えへへぇ、スキですぅ、リドくん、だいすきですぅ……
だからぁ……もーっと、もーっと、きもちよくなってくださいねぇ……?」

「ぁ、はぅ、ぁぁ……」

ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、そこら中から、淫らな水音が響き渡る。もはや全身性感帯となってしまった肌を、触手に蹂躙される。
そして、僕のモノを咥えこんでいるのは、媚薬の湧き出る魔性の蜜壺。尿道口から根元まで、媚薬漬け。射精直後である事も合わさって、恐ろしい程に敏感になってしまっていて。
そんな僕のモノへと襲いかかる、ぐりぐりと押し付け、捻るような腰使い。
膣の蠢きはより激しく、うねり、くねるように。奥へ奥へと、引きずり込むような、搾り取るような締め付け。無数の肉襞がざわめいて、
僕の一番弱い部分である裏筋を、重点的に責めあげてくる。

「ぁんっ……ナカで、びくびく……うふふ、きもちいいですよねぇ……?
えっちなカオ……もーっと近くで、みせてください……」

「ぁぁ……」

そしてストラは、触手を巧みに使って僕の上半身を優しく引き起こす。騎乗位から、対面座位へ。ストラとの距離は、より近く。

「うふふ……ぎゅーっとして……」

そして、熱烈な抱擁。無数の触手が絡み付いて、僕を抱きしめる。
触れ合う肌と肌、押し付けられる女体の感触。
媚薬粘液をたっぷりと擦り込まれた肌。抱き締められるだけで、肌と肌が重なるだけで、とろけてしまいそうな程、気持ち良い。

「むにゅむにゅですよぉ……」

そして、喉元に押し付けられる、魅惑の感触。抱き込まれるがままに、ストラの胸の谷間へ。
ストラの豊乳に頭を、挟みこまれて、埋もれてしまう。
息をするため上向いて、谷間から顔を出せば……喜悦に満ちたストラの顔が、僕を覗き込む。

「ぁ、ふぁ……」

「うふふ……リドくんったら、やっぱり、おっぱいだいすきなんですね……とーっても、幸せそうなカオ……」

本能に訴えかけてくる、至福の柔らかさ。母性と淫らさをたっぷりと実らせたその胸は、まさに恍惚。媚薬塗れの肌で味わえば、もはや法悦を極めてしまっていて。
そんな僕のだらしなく緩んだ表情を、ストラは覗き込んでくる。
穴が空きそうなほどにまじまじと、じっくりと、息が吹きかかるほどの距離で見つめられてしまう。
触手、搾精生物として、獲物を見る眼差し。欲望が剥き出しになった声色。

「うふふ……このまま、ぐちゅぐちゅです……」

「ぁぅ、ひぁ、ぁぁ……」

全身に絡みつき、僕をストラに縛り付ける触手が、ぐちゅぐちゅと蠢き始めて。
甘い抱擁はそのままに、身体中を蹂躙されてしまう。抱き締められて、捕まえられて、性感帯を責め尽くされて。
快楽は天井知らずに上乗せされて、どうにかなってしまいそう。

「ぁぁん、びくびくしてますぅ……うふふ……もっいっかい、びゅるびゅるしてくださいっ……」

快楽に反応した身体が、勝手に跳ねる。肉棒も、腰も、僕の意思を離れて、びくびく。そんな僕の様子を感じ取って、やはりストラは嬉しそう。

「ぁ、あぁ……しゅとらぁ、しゅとらぁ……」

そして、魔性の蜜壺と、無数の触手に嫐られた僕は、呆気なく二度目の射精へと追い込まれてしまう。
我慢する事なんて考えられない程の、圧倒的な射精感。込み上げてきた、熱い迸りを、快楽を、ストラのナカにもう一度注ぎ込む。
たっぷり吐き出した直後、二回目の射精。だというのに、その勢いは、その快楽は、あまりにも鮮烈。
身体中に馴染み、染み込み、擦り込まれた媚薬粘液のせいで、快楽の量は、最初の射精と桁違い。

「ぁぁんっ、リドくんの、せーえきぃ、やっぱり、おいしくてっ、しあわせですぅっ……
はぁ、ぁんっ、イキ顔も可愛すぎてぇっ、みてるだけで、イっちゃいそう……」

「ぁ……はぁ…………っ……」

頭が真っ白になって、身体中がとろけて、快楽の果てに、魂ごと吸い出されてしまいそうな、そんな錯覚さえ感じてしまう。
そして、未知の快楽に翻弄される僕の、その姿は……ストラにしっかりと見つめられてしまっていて。
気持ち良すぎて何が何だかわからないのに、見つめられるのは恥ずかしく。恥ずかしいのが、気持ち良い。心までもを犯されるような、甘美な絶頂。

「ぁぁ……っ……、……」

自分のモノとは思えない程、激しい射精。ついに、精液が打ち止めになってしまう。最後の一滴まで、搾り尽くされてしまう。それでも、絶頂は止まらない。
出すモノがなくなってしまっても、射精の快楽は終わらない。夢のような気持ち良さが、頭の中を埋め尽くし続ける。意識が、甘く融けていく。

「はぁん……リドくんのせーえき、ぜぇんぶ……もらっちゃいましたぁ……ごちそうさま、ですぅ……」

「ぁ…………はぁぁ……ぁぅ……」

二度目の絶頂、限界を超えた射精を終えて、もはや僕は息も絶え絶え。ストラは満足気に僕を見下ろすけれど、その瞳は未だ、情欲の炎に燃えている。
快楽に掻き回された意識は、もはやどろどろのぐちゃぐちゃ。ストラの声が、触手の水音が、頭の中を何度も反響していく。

「うふふ……わたしのカラダ……とーっても、きもちいいですよねぇ……?」

精を搾り尽くしてなお、ストラは僕を責め立ててくる。執拗に、執念深く、ただただ、僕に快楽をもたらす。
そして、朦朧と蕩けた意識を埋める、甘い問い掛け。

「ぁ、ひぁ……きもちいぃ……しゅとら……」

「うふふ、うれしいですぅ……」

気持ち良い。ストラの身体は、触手は、交わりは、何よりも気持ち良い。
快楽漬けにされた今、どろどろの本音しか、ただ頭の中に浮かんだことしか、言葉にできない。

「えへへ……リドくんは……わたしのコト、スキですかぁ……?」

そしてストラは、僕の瞳を覗き込む。期待に満ちた眼差し。淫靡な囁きが、蕩けた意識に染み込んで。
触手の蠢きはより艶めかしく、僕の弱点を責め立てる。
ただ快楽を与えるだけでなく、愛情を擦り込むような、丹念で執拗な、それでいて激しい愛撫。

「ぁ、ふぁぁ、はぁぁ……す、すきぃ……」

全身で味わう、ストラの好意。夢見心地の快楽。身も心も蕩けきって、しあわせ。
僕の事をこんなにも気持ち良く、しあわせな気分にしてくれるストラが、好き。
全身に絡みつき、僕を悦ばせてくれる触手も含めて全部、好きになってしまった。
きもちよくて、可愛くて、淫らで、健気で。好きなところが次々と頭の中に浮かんでは、快楽に融けていく。
心の内から湧き出る衝動にまかせて、ただただ、好きだと伝える。

「えへへぇ……やったぁ……わたしも、だぁいすきですぅ……
もっと、スキっていってくださいっ……」

「しゅとらぁ、すき……ぁっ、はぁ……きもちいぃ……」

ふにゃりと蕩けた、満面の笑み。心の底から見惚れながら、求められるがままに言葉を返す。

「うふふ、えへへ……しあわせですぅ……
もーっと、もーっと、すきになってもらいますからねぇ……?わたしのリドくん……」

もっと、もっと、好きに。執着を露わにした言葉が、僕の心を絡め取る。
この先に待っているのは、さらなる快楽と、幸福。もっと、もっと、気持ちよく、しあわせにされてしまう。
あれほど触手に抱いていた抵抗、忌避感は既に欠片もなく、期待が胸を埋め尽くす。
全身に絡みつく、ストラの触手にされるがまま。愛撫を、蹂躙を、悦んで受け入れる。
そして僕は、身も心も、ストラに溺れていくのだった。









ストラが僕の家に転がり込んできてから、随分な時が過ぎた。
魔物に対して中立だったはずのこの国も、いつの間にか親魔物領になり、魔界となり……この街を歩けば、道を見渡せば、多くの夫婦が仲睦まじく行き交っている。

「えへへ……リドくぅん……」

そんな中、後頭部に押し当てられる、魅惑の果実。ぎゅっと捕まえて離さない、甘い抱擁。
甘えた声が、耳をくすぐる。

「うふふ……」

すりすりと身体を寄せ、ストラはたっぷりと僕に甘えてくる。人懐っこくて甘えん坊な、僕の妻。
彼女の、そういった可愛らしい部分は、やはり愛おしい。

「はずかしいって、いってるだろ……ぁ、はぁっ……」

「えへへ……嬉し恥ずかしデートですからぁ……」

今はデートの真っ最中、そして、僕たちが歩いているのは、街の大通り。行き交う人々も気にせず、ストラは僕にくっついて離れない。
それだけならば可愛いものだし、魔界の夫婦としては何ら珍しくもない。……僕はそれだけでも恥ずかしいが。
しかし、ローブの内側に触手を潜り込ませて、僕の身体に絡ませるとなると、話は別だ。

「ぅぅ……」

ローブの内側に潜り込んだ触手が、僕の肌を愛おしげに這い回る。
胸板を這い回り、乳首をねぶり、脇腹を撫で、僕の性感帯を刺激するそれは、刺激的なスキンシップ。
本気で僕を責め立てているわけではないのだが……ストラの触手によって、僕の身体は隅々まで開発済み。
上半身をまさぐられるだけでも、快楽に声を上げてしまいそうになる。
幾らローブで隠れているとはいえ、妻の触手に責め立てられている事は、傍から見て明らか。
そんな状態で街を歩くのだから、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。

「えへへ……わたしはいつだって、リド君と一緒に居て、リド君を感じてたいんですからね」

「……しってる」

しかし、幾ら恥ずかしいと訴えても、ストラは僕を解放しない。ストラ自身も、人前でべたつくのは恥ずかしいらしいが……ただ純粋に、僕にくっついているのが、こうやって触手を絡めて甘えるのが好きだと言う。
僕を辱めるためではなく、愛しさを擦り込むための行為。
恥ずかしい、恥ずかしいとは言うが……ストラの触手に抗う事はしない。出来ない。
口に出して言うのは恥ずかしいが、こうしてストラに絡み付かれるの気持ち良くて、心地良くて、堪らない。僕もストラと同じように、ストラの事をいつだって感じていたいし……ストラのもたらす快楽には、もはや抗えない。

「じゃあ、次は、あのお店にいってみましょうか……ふふふ、前から頼みたかったメニューがあるんですっ」

「……あ、あぁ」

半ば引っ張られるように連れ込まれるその先は、魔界の食物をふんだんに使ったパフェで評判のお店。勿論、宿屋は併設されている。
恋人達の訪れるその場所は、見るからに甘い雰囲気を醸し出していた。




「夏のラブラブスペシャルカップルセットをおねがいしますっ……えへへへ……
あっ……えへへ、宿の利用は……じゃあ、三日三晩コースにしちゃいますね……」

「……」

普通の神経ならば、気恥ずかしくてとても口に出来ないようなメニュー名を、ストラは嬉しそうに告げる。
そしてためらう事なく、併設された宿の利用を選んで。
僕に絡みつく触手のうねりも、心なしか嬉しそう。僕は、口を開かない。フードを目深に被き、俯いたまま。
下手に口を開けば、ストラの触手のせいで、情けない声を漏らしてしまいかねない。顔を覗かれたら、快楽を堪えているのがバレてしまう。

「はぁい、承ったわ。では、しばしお待ちを」

落ち着いた内装に防音魔術まで施され、恋人達が2人きりの雰囲気を味わえるように配慮された、宿の一室。
注文を受けたサキュバスの店員が外に出れば、僕たちは静寂の中で2人っきり。

「えへへ……ふたりっきりですね……」

「ぁ……そう、だな……」

そして、ふたりっきりになった途端、ストラはにんまりと笑みを浮かべて。

「ぎゅーっ……うふふ……」

「んむっ……」

その豊満な胸に、ぎゅっと抱き込まれてしまう。
ストラの胸の、甘くいやらしい香り。勿論、彼女の着ているローブ越しだが……それでも、くらくらしてしまいそう。

「えへへぇ……もうガマンできませんっ……」

触手の魔物であるストラが、ただ絡みついて、甘えるだけで終わる訳もなく。
今日は、注文が来るよりも早くにスイッチが入ってしまったらしい。
いつもなら、美味しい食事に舌鼓を打ちながら、僕の事を搾り取るというのに。

ローブのうちに潜り込む触手は、さらに数を増して。上半身だけでなく下半身をもまさぐり始め……

「っ……ぁっ……ぁぁ……」

ストラの触手のうちの一つが、僕の下着にまで潜り込んできて……モノを掴み、ねぶるためのそれが、ぐっぽりと大きく開き……僕の玉袋を掴みこんで、咥え込んで、やわやわと揉みしだき始める。
触手の中にひしめいた、無数の舌のようなモノが、ぞわぞわと舐め上げてくる。
男の弱点を執拗に責め立てられて、腰砕けになるほど気持ちいい。
こうされてしまうと、もはや僕は、ストラにされるがまま。たっぷりと快楽を覚えこまされたこの身体が、ストラの触手から逃れられる道理はなかった。

「うふふ……一足先に、いただいちゃいますねぇ……」

肉孔とでも形容すべき触手が、僕の肉棒に覆い被さってきて。ストラの膣内にも負けないうねり、くねり。そして縦横無尽に蠢く触手舌。
肉棒をぐちゅぐちゅにねぶり尽くされる快楽もまた、抗えない程に気持ち良く。

「ぁっ、ぁぁ……」

延々と触手に身体をまさぐられ、辛抱堪らなくなっていた僕は、あっという間に、ストラの搾精触手へと精液を放ってしまう。
理性を霞ませる、魔性の快楽。堪える事なんて考えられなくなって、頭の中は快楽に染められていく。

「はぁん……おいしぃ……えへへ、リド君ったらぁ……もう、かわいいカオになってますよぉ……」

「ぁ、はぁ、ストラぁ……」

インキュバスとなった僕の身体の、その欲望が、ただ一度の射精で絶えるわけもなく。むしろ、今の絶頂をきっかけとして、燃え上がっていく。
ストラの胸に、自ら抱きついて、甘えて、快楽をせがむ。せがまずにはいられない。
そう遠くないうちに、注文の品を届けに店員さんがやってきてしまうはずなのに。
痴態を見られてしまうかもしれない。そう思っても、ストラに与えられる快楽を拒む事などできなかった。




「御注文の品でーす」

ノックを二回、注文の品を持って、店員が戻ってきたらしい。
静寂を乱す声に、ハッと我に帰る。

「ぁっ……ありがとう、ございますぅ……入ってくださいっ……」

「んむっ……ふぅ……」

そんな中、僕はストラの胸に、思いっきり抱きついていて。
ローブの下では相変わらず、ストラの触手にされるがまま。
ストラの身体にしがみついて、その豊満な胸に顔をうずめて、声を堪える。
ローブの下で、ストラの触手にぐちゅぐちゅに搾り取られている。そんな痴態がバレるなど、恥ずかしくて、どうにかなってしまう。
ストラも同じ考えなのか、何食わぬ顔で店員に接する。
他人に交わりを見られるのは、お互い恥ずかしいのだ。

「ここに置いておくわね?
うふふ……ではでは、ごゆっくり」

微笑ましそうな、羨ましそうな声を残して、サキュバスの店員は、すぐに立ち去っていく。
そしてまた、二人きり。


「……ば、ばれてない……ですよね?」

「はぁ、今のはバレて……ぅぁ……おまえのせいだぞ……」

お互いに頬を真っ赤にして、顔を見合わせる。
ここは魔界の甘味処に併設された宿なのだから、交わっていて当然ではあるのだが……それを他人に目の当たりにされれば、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。

「ぁんっ……リド君がいけないんですよぅ……いやらしくて、可愛くて……大好きなんですからっ」

「うぅ……さっさと、食べるぞ」

僕が文句を言うと、ストラは決まってこの言葉を口にする。はにかみながら、僕の事を可愛いと、大好きだと言う。
好意を露わにした言葉の前には、それ以上の文句を継げなくなってしまう。
出会ってからずっと、彼女の素直さには勝てないままだ。

「うふふ……そうですねっ……どこから食べるか迷っちゃいます……」

ハートをかたどった器には、2人分の量のパフェ。
濃紫のゼリーを底に敷き、その上には、ホルスタウロスのミルクによるバニラアイス。これもまた、ご丁寧にハート型。
アイスを取り囲むのは、小ぶりながらも実のぎゅっと詰まっているであろう、虜の果実と堕落の果実。アイスの上には、一対の夫婦の果実、そしてまといの野菜の芯が乗せられていて。
パフェを彩るソースは、陶酔の果実によるブランデーとアルラウネの蜜を混ぜ合わせたモノだろうか。
そして、ストローの2つ差されたコップの中身は……とろけの野菜ジュース。
魔界食材のオンパレードを前にして、ストラはくねくねと身悶えする。

「これ、は……」

身も心もとろとろになってしまうと評判の、ダークスライムゼリー。
ホルミルクは言わずもがなの精力剤で、その上、虜の果実は精の香りを引き立てる。
堕落の果実もまた、強力な精力剤であり……魔物が口にしたなら、放たれた精液を一滴たりとも無駄にせず。
夫婦の果実は、対になった果実をそれぞれ口に含んで、口移しをしながらゆっくりと食べるのが一番美味しい。
陶酔の果実は、その名の通り、心地の良い陶酔をもたらして、僕とストラ、お互い以外の事を考えられなくしてくれる。ブランデーとなれば、その香りだけでくらくらしてしまう。
アルラウネの蜜の媚薬効果は、舌が蕩け落ちてしまいそうな程。
グミのような、まといの野菜の芯を食べたなら、即座に服を脱ぎ捨てて肌を重ね合わせる事に夢中になってしまうだろう。
そして、極め付けはとろけの野菜ジュース。
魔界の食材の効能を高めるこの野菜ジュースを飲んだなら、魔界パフェの効果は倍増では済まない。

「……」

三日三晩コースを選んだストラの判断は正解だった。
これだけの魔界の食材を口にしてしまえば、確かに三日三晩交わる羽目になってしまいかねない。
こんな過激なメニューを楽しみにしている辺り、やはりストラの本性は貪欲極まりないのだと、再認識させられる。
ごくり、と思わず生唾を飲んでしまう。期待、してしまう。

「とりあえず……アイスが溶ける前に、食べさせてくださいっ……えへへ……」

甘えたように言いながら、まるでエサを待つヒナのように、ストラは口を開ける。
可愛らしく、アイスをねだるのだが……

「しかた、ないな……あーん……っ、はぁっ、ひぁ……」

ストラは、触手の責めをやめてくれないどころか、二人きりになったのをいい事に、容赦無く僕の肌を嫐り始めてくる。
触手で乳首をねぶり、首筋を啜り、僕を責め立てて、肉棒をしゃぶり尽くす。
快楽に震える手でなんとかスプーンを持ち、愛しの妻の口元に、アイスを献上する。
餌付けしているみたいで楽しいのだが、それ以前に、僕自身がストラに味わわれてしまっている。

「あーんっ……うふふ……とーっても濃厚で、ひんやり甘くて……でも、口の中でふわっと溶けて……おいしいですぅ……
でも、リド君のおちんちんも、熱くて、とろけちゃいそうに甘くて、美味しくて……えへへ……
ぁんっ……気持ちよさそうにお口を開けちゃって……うふふ、あーんしてあげますね……はい、あーんっ……」

ストラは、僕から全く目を逸らさない。デザートに、僕の身体に舌鼓を打ちながらも、僕の痴態をまじまじと観察してくる。
そんな最中、快楽に半開きになった口元に、アイスクリームが運ばれてくる。

「っ、ぁーん……ぁ、はぁっ、おいしぃ……
ぁっ、ふぁ……ぁぁ……」

差し出されたアイスをぱくりと口にすれば、濃厚で滑らかな、甘みと舌触り。
快楽に緩んだ顔が、美味しい物を食べたせいでさらに緩んでいくのを自覚する。
そんな中、アイスを食べさせられながら、またもや僕は、呆気なく達してしまう。

「あぁんっ……リドくんのイキ顔、ずるいです、かわいすぎですぅ……お口の端からこぼれてますよぉ、アイスクリーム……
せーえきもびゅるびゅる出してくれて、えへへ……おいしいですぅ……
えへへ……ふふふ……
美味しいデザートと、美味しいリドくんを一緒に食べて……リドくんの可愛い所もたっぷり見て……あーんもしてあげて……
うふふ、とーっても贅沢で、とーっても幸せですぅ……」

そんな僕を眺めて、視姦して、貪って、ストラはご満悦。
幸せそうに緩みきった笑顔は、欲望に爛れきっていて。
上の口では絶品のデザートを、触手の口では僕の肉棒を味わうその欲張りさが、愛おしくて堪らない。
この可愛らしい搾精生物は、愛しい妻は、貪欲極まりなく。
今日も僕は、彼女の愛と欲望の前に、身も心もどろどろのぐちゃぐちゃにされてしまうに違いないのだろう。
15/07/14 02:12更新 / REID

■作者メッセージ
4ヶ月ぶりぐらいですがこんばんは、REIDです。

マインドフレイヤさんによる触手ブームっぽいのに合わせてテンタクルさんを投下していくムーヴです。

今回はかわいい系のおねーさんを書きたいという事もあってこんな事になりました。
触手生えたおねーさんはいいものです。絡みついて離れないというのが本当ステキ。

次は、ちょっと面倒なラミアのおねーさんを書くかも知れないです。

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