読切小説
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人命救助したら夢の中で天使にイチャモンつけられた。
 いつもだったら、黙ってじっと見ていただろう。
 だけどその時、彼──岩清水高校二年の男子生徒・檜邑明宏(ひむら・あきひろ)は、勇気とか責任感とか使命感とかのパラメータが、何かのはずみで通常時よりほんの少し≠セけ高くなっていたのかもしれない……



 その日の下校時、明宏はいつものように帰り道を歩いていた。
 時刻は夕暮れ。駅の方から来た何人かとすれ違う、いつもと変わらない光景。
 背が高く、ガチムキで三白眼という外見の明宏と目が合って、露骨に道端に寄る者も──

「…………」

 別にインネンつけてるわけじゃないんだけどな……と思いつつ、カバンを手にしたまま大きく伸びをした瞬間、

 どさっ── 「……?」

 後ろから聞こえてきた鈍い音に振り返ると、今しがた自分の横を通った気弱そうな男性が地面に倒れ伏していた。

「え……?」

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。
 反射的にまわりを見回すと、その場に居合わせた他の人たちも、立ち止まったまま驚きと困惑の表情を浮かべている。
 だけど誰も動かない。互いに顔を見合わせたり、目を逸らせたり……

 救急車の到着時間は、全国平均で八分前後。そして脳細胞は酸素の供給が断たれて三〜四分で壊死が始まり、たとえそのあと蘇生しても後遺症が残る。心停止後、いかに早くCPR(心肺蘇生)を開始できるかが救命の最重要ポイントである──

「……ちっ」

 一週間前に学校で受けた救急救命講習。そこで指導員(救急隊員)に言われたことが頭をよぎり、明宏は舌打ちをして倒れた男性──要救助者に駆け寄った。
 周囲の安全を確認してその小太りな身体を仰向けにし、道端へと引きずって運ぶ。
 横にしゃがみ込むと、額に手を当て表情・顔色・体温を観察。そして左右の肩を交互に叩いて、耳元に呼びかける。
 最初は普段の声で、二回目以降はだんだん大きく。この時点で身体をよじるなり、手を払いのけるなりしてくれたら、それで済むことだったのだが……

「もしもし、どうしました? ……もしもし、大丈夫ですかっ? ……もしもしっ、聞こえますかっ!?

 反応なし。明宏は顔を上げると、自分の周囲を取り囲んでいる人たちを見回した。

「そこのスマホで写真撮ってる女子っ! それですぐに119番して救急車呼んでっ! それとそこのメガネ掛けたあんた、近所でAED探して持ってきてっ!」

 このような場合は、特定の人を指名して大きな声で依頼するのが鉄則である。「誰か°~急車呼んで」などと頼んだりすると、傍観者効果──誰かがやってくれるだろうという集団心理がはたらいて、人はほとんど動かない。
 明宏に指を差された彼女は連れたちと顔を見合わせ、バツが悪そうに手にしたスマホを耳に当てた。
 だが、もうひとり──メガネを掛けた社会人風の男性は、ぼーっとしたような表情で向き直ると、

「わたしはえーいーでぃーがどこにあるのかまったくしらない……」
「駅とか学校とか交番とかコンビニとかスポーツジムとか、いくらでも思いつくだろがっ!!」

 抑揚のない口調に、半ばキレ気味に怒鳴り返す明宏。
 その剣幕にメガネの男性は二、三度まばたきすると、「そ、そうっすよね……」と口元に半笑いを浮かべながら、そそくさと駆け出していく。

「…………」

 その背中を一瞥し、明宏は要救助者に向き直った。「呼吸確認。いち、に、さん、し、ご、ろく──」

 応急処置の手順を声に出すのは、自分自身を落ち着かせるためだけではなく、万がいち「お前のやったことが原因で死んだ」と難癖つけられたときに、正しい手順で処置をしたと主張できるようにするためでもある……世知辛いが。
(注:現場に居合わせた人が救命のために実施した行為には、医師法上、民事上、刑事上、責任は問われないとされています)

「くちがうごいているからいきしてるじゃないかー」
「ほっておいてもだいじょうぶだー」
「胸もおなかも動いてないから、空気が肺までいってないっ!」

 野次馬の中にいた大学生くらいの男性ふたりが、下手くそな芝居みたいに声をかけてきた。明宏はイラっとしながら言い返す。
 それは死戦期呼吸、すなわち息をしようと口(顎)だけが動いている状態である。普通の状態と区別しにくいため、応急処置時の呼吸の有無は口ではなく、胸や腹部で判断するようにと教えられている。
 なお、普段通りの呼吸かどうかわからなかったり、迷ったりした場合は「呼吸なし」と判断し、すぐさま心肺蘇生の手順を実施するべし。

「胸骨圧迫。位置は胸の真ん中下半分、剣状突起(胸骨の最下端、みぞおちの上にある軟骨の突起物)は折れるから絶対押さない……」

 教わったことを反芻しながら両手を重ね、指を組み、手のひらの下半分で要救助者の胸を圧迫する。深さは約五センチ、速さは一分間に百〜百二十回。ただし、胸が元の高さへと戻る前に急いで押し込まないよう注意する。

 いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち──

 連続で三十回胸骨圧迫を行うと、明宏は男性の額に手を当て、人工呼吸のために気道を確保──舌が落ち込んで気道を塞ぐのを防ぐため、反対側の手の人差し指と中指で顎先を持ち上げて頭部を軽く後屈させた。

「おとこどうしできすするぞー」「わーいわーいほもだー」「ほもだー」
「…………」

 いつの間にか前に出てきた小学生の男子たちが、直立不動&棒読みでわざとらしく囃し立てる。
 お前らそんなに邪魔したいのか……明宏は彼らをじろっと睨み付けて黙らせると、顎先を押さえていた手を離し、ポケットからハンカチを取り出して要救助者の顔に被せた。
 気道を確保したままハンカチ越しにその鼻を摘み、口元を覆うように自分の口をつけて、素早く二回、胸が軽く膨らむ程度に息を吹き込む。
 息が上手く入らなくても二回まで。そして再び胸を押し込む。ちなみに口元が吐血やゲロで汚れているなどして人工呼吸に抵抗をおぼえた場合、それをとばして圧迫だけを延々行なっても構わない。
 胸骨圧迫三十回、人工呼吸二回。それを五セット繰り返した頃に、ようやくメガネの男性がAEDを抱えて戻ってきた。
 明宏は圧迫を続けながら、問いかける。

「つ──使えっ、ますか……っ?」
「い、いえ──」
「だったら、フタを、開けて……っ、機械のっ、しっ指示に、従って、ください……っ」

 体力には自信あるが、さすがにキツくなってきた。だけど誰も交代してくれそうにない。
 しかし明宏は、おっかなびっくりAEDのフタを開けてケーブル付きの電極パッドを取り出すメガネの男性を横目でうかがいながら、胸骨圧迫の手を休めない。
 説明書と機械音声のアナウンスの通り、パッドを右の胸と左脇の下、心臓を挟むように貼り付ける。

 心電図ヲ解析シマス…………電気ショックガ必要デス……身体カラ離レテクダサイ……

「おらっ、電気流れるぞっ! 下がれっ!」

 ふらふら近づいて触ろうとする小学生たちを払いのけ、指示に従ってAEDの除細動スイッチを入れる。
 どんっ──と音を立てて、要救助者がとび跳ねるように仰け反った。
 周囲が一瞬、静まり返る。

「よしおわったえーいーでぃーをかえしてこよう」

 そんな中、また別の男性がふらふら近づいてきて、電極パッドを剥がそうとする。操られているかのように伸ばされたその手首を、明宏はがしっとつかんだ。

「救急隊が来るまでつけっぱなしにしとくのが常識だろがっ」
「アッハイ」

 そもそもAEDは不整脈──心臓の拍動リズムの異常を、一度リセット≠キることで正常に戻す医療器具である。たとえ息を吹き返したとしても、いつまた心停止の状態に戻るかわからない以上、つけたままにしておく必要があるのだ。
 胸骨圧迫三十回、人工呼吸二回。まわりはじっと見てるだけ……半ば意地になりながら、明宏は必死の形相で要救助者の胸を押し続けた。

 ──これで死んだら、マジで許さねえからなっ。

 そんな思いが届いたのか、要救助者の男性は二度目の電気ショックで仰け反ったあと、えづくように咳き込み、呼吸を再開させた。

「ははっ、や、やった……よかった…………」

 近づいてくる救急車のサイレン音を聞きながら、明宏は安堵の息を吐き、その場にへたり込んだ……










「なんてことしてくれたんですかぁっ!」

 いきなり怒鳴りつけられて、うとうとしていた明宏は弾かれたように顔を上げ、あたりをきょろきょろと見回した。

「……どこだここ?」
「んなことどうでもいいんですっ。それより、なんてことしてくれたんですかヒムラアキヒロさんっ!」
「は?」

 周囲はどこまでも真っ白。座り込んだ明宏の目の前でぷんすかぷんと怒っているのは、金髪をマッシュショートにした小学三、四年生くらいの小柄な──おそらく立ち上がった明宏の腰くらいまでの高さの可愛らしい女の子。ひらひらした白いノースリーブのワンピースドレスを身につけ、瞳は碧色。腰の後ろから白い翼が生え、頭の上には光り輝く輪っかが浮いている。

「天使……?」
「はい、エンジェルのニアと申しますっ! 名前の意味は光り輝く者! ……それは置いといてアキヒロさんっ、あなたは本日ヒトナナマルマル時、何をしたか覚えていますかっ?」
「ヒトナナって……ああ、道で急に倒れた人に救命処置して、救急車呼んで引き渡したんだっけ。あとで救急隊員の人から電話がかかってきて、後遺症もなく大事にいたらなかったって──」

 ああ夢か。明晰夢ってやつだなこれ……頭の中でそう思いながらも、明宏は律儀に答えを返す。
 だが目の前の天使?は、なおもご機嫌斜めらしく、形のよい眉を吊り上げたまま詰め寄ってきた。

「いいですかアキヒロさんっ、あの人は、本来ならあの時わたしたちの世界に最強の勇者として転生するはずだったんですっ! それをあなたが蘇生させちゃったから、全部おじゃんになっちゃったんですよおじゃんにっ!」
「話が見えんっ! つーか顔が近い近い近いっ!!」

 あたしの努力を返せえええっ! と涙目で凄みながらつかみかかってくる天使──ニアに困惑しつつ怒鳴り返す明宏。
 わたしたちの世界? 勇者? 転生? ……なんのこっちゃ?
 要するに異世界転生を救命処置でキャンセルされたことに対して文句を言いに来たらしい。もっともラノベのいちジャンルとしての認識しかない明宏に、現実感は全くない。

 ──まあ、夢だしなんでもありか……

 しかしニアは彼の襟首を強く握りしめたまま、視線を落としてうなだれた。
 その両肩がぶるぶると震えだす。

「主神さまの肝入りで、あの人には知力体力すばやさがんじょう全ステータスの底上げ、地水火風四大属性魔法完備の上マジックポイント無限大、前世の記憶完全バックアップ、ティーンエイジ若返り&爽やかイケメン化もしくは美少女TS化といった数々の祝福が与えられ、サキュバス上がりの魔王とそれに誑かされた元勇者を打ち倒して世界を救うはずだったのに…………あなたのせいで……あなたのせいでえええええええええっ!!」
「知らんがなそんなこと」

 美少女TS化は祝福なのか? という疑問はさておいて。
 とにかくこちらの預かり知らぬことで難癖つけられても、どうしようもない……明宏は憮然とした口調で短くつぶやいた。
 ニアは顔を上げ、キッと睨み付けると、「わたしが……わたしが彼を転生させようと、あの時どれだけ苦労してアキヒロさんのまわりの人たちに干渉したか──」

「ちょっと待て。救命処置を邪魔してた棒読み口調の連中、あれ全部お前の仕業かああああっ!」

 夢の中とはいえ、さすがにそれには腹が立った。こっちが一生懸命やってるのに散々茶々入れて……いやいや、つまりはあの小太りの男性を見殺しにするつもりだったのかと。
 だが立ち上がろうとした明宏を、ニアは強引に押さえ込んだ。

「殺すんじゃありません! 転生なのです! そもそもあの人は就職したブラック企業で心身をすり減らしていたんですっ! なのに……なのにそんな人をこの世界に留め置いて、またその苛酷な職場に引き戻すなんてあんまりだとは思わないんですかああああっ!?」
「あががががががががっ──」

 見た目によらぬ馬鹿力で、明宏の肩をガクガク揺さぶり続けるニア。
 いきなり脳味噌を高速でシェイクされ、明宏の意識が(夢の中なのに)とびそうになった次の瞬間、

「でびるきいいいいいいいい〜っくっ!!」
「たわらばっ!」


 横から遠慮のえの字もないドロップキックが炸裂し、ニアの身体が宙に舞った。
 頭を振って顔を上げた明宏の目の前に仁王立ちしていたのは、長い銀髪をツインテールにした、これまた小学三、四年生くらいの、小柄な──ニアと同じくらいの身長の可愛らしい女の子。ピンクのキャミソールに黒のローライズホットパンツを合わせたヘソ出しスタイルに身を包み、肌の色は青紫。瞳は瑠璃色、白目は黒く、腰の後ろからコウモリのような膜翼が、お尻からは先端がトランプのスペードのような形をした尻尾が生えている。

「今度は悪魔かよ……」
「イグザクトリィ! あたしはデビルのレクシィ。名前の意味は守護する者! ……それは置いといておいそこのアホ天使っ! そのブラック企業、社員が道端でぶっ倒れたことで過重労働と賃金未払いの実態が明るみに出て労働基準監督署が入ったって夜のニュースでやってたわよっ!」
「ふ、不意打ちとは卑怯なっ……え? それマジで? じゃなくて!」

 顔面から地面?に叩きつけられ、鼻を押さえながら起き上がるニア。
 そして表情を引き締め全身に緊張感をみなぎらせ、悪魔──レクシィに対峙する。大袈裟に吹っ飛ばされたにもかかわらず、ダメージはほとんどないようだ。

 ──ま、まあ、夢だしな……

 ていうか、ファンタジーな見た目の悪魔に「労働基準監督署」なんて単語を使われたら違和感が半端ない。

「わざわざそのことを言うためだけに、ここに来たと言うのですか……」
「それを言うなら、あんたもイチャモン付けに来ただけでしょが」
「違いますぅー。罪を自覚していない哀れな者に贖罪の機会を与えに来たのですぅー」
「へー、じゃあ彼にどんなオトシマエつけさせるわけぇ? まさか勇者の素質もなんもない一般ピーポーを同意もなしにそっちへ連れていく気じゃないでしょうねぇ」
「ぐぬぬ……」

 睨み合う天使と悪魔、完全についていけなくなった明宏。

 ──ゆ、夢、なんだけど……なんだこの展開?

 確か明晰夢って、ある程度自分の思い通りになるんだったっけ……と思ったその時、二人の胸元から同時に着信音が聞こえてきた。

「もしもし、すいません今ちょっと取り込んでて…………げっ! 主神さまっ!?」
「はいは〜い、プリティデビルのレクシィちゃんで──って、ま、魔王さまっ!?」
「……?」

 いきなり手にしたスマホにぺこぺこしだした二人に、明宏は怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。

「……え? 帰ってこなくていい? ちょっとそれってどういう…………た、確かにここに来たのはわたしの独断ですが、それは主神さまの意向をソンタクした結果…………は? こっち側から転生を経て呼び込むのはいいが、直接乗り込んだりすると魔物たちに別世界の存在を感づかれる? …………あ、あのぉ、実はその、ですね……えっとぉ、目の前にぃ、そのぉ…………あ〜ちょっと待って待って待ってええっ! お願いですから切らないでぇっ! ……主神さまっ! 主神さまあああああああああっ!(涙目)」
「……こっちに残れって、いいんですか? …………はあ、なるほど。精神干渉をはね除けて救命処置をやり通したから、天界もその力を危惧しているんじゃないか……って、……あーでも今ここにいるアホ天使見てたらとてもそうは思えないんですけど…………ま、まあ、確かに彼、好みのタイプですが(照れ照れ)── ……え? こっちで暮らしてる連中がいる、って……マジですか?

「…………」

 明宏が無言で見つめる中、天使と悪魔は通話を終えて、同時に顔を向けてきた。
 一方は死んだ魚のような虚ろな目で、もう一方はニコニコ笑みを浮かべて……

 次の瞬間、明宏は二人にガバッと抱きつかれて押し倒された。

「お、お前らっ! いきなり何を──っ!?」
「せ、責任取ってくださいっ! 主神さまとのリンクが切れて帰れなくなってしまいましたあああああっ!」

 明宏の左腕にぎゅっとしがみつき、ニアが目の幅涙を流しながら絶叫する。

「ちょっと離れなさいよあんたっ! 自業自得でしょうがっ! ……というわけでアキヒロ、だっけ? 今日からあたし、コイツらのちょっかいからあんたを守ることになったからよろしくねっ」

 隣に怒鳴り返したレクシィが、じゃれつくように明宏の右腕をホールドする。

「はあ? 何あとから来て勝手なこと言ってんですか? アキヒロさんはこのわたしが守りますっ! っていうか責任取ってもらうんだから、アキヒロさんはわたしのもので〜すっ」

 左腕をぐいっと引っ張られ、よろめく明宏。

「そっちこそ何しれっと私物化宣言してくれちゃってんのよっ! ねえアキヒロ、こんな粘着質な女より、あたしみたいに気立てのいい女の子の方が好きだよね〜♪」

 右腕をぐいっと引っ張り返され、反対側へバランスを崩す。

「出会い頭にケリかましてくる奴が何寝言ほざいてやがりますかっ。ダマされちゃいけませんよアキヒロさんっ! 悪魔はありとあらゆる手を使って誘惑してきますからっ」
「だったらあんたもアキヒロのことゆーわくしてみなさいよぉ。まああんたみたいなお子ちゃま体型だと、無理無理の無理だろうけどっ」

「…………」

 左右から腕を交互に引っ張られ、罵詈雑言が耳元を飛び交い……

「人のこと言えますかこの寸胴がっ!」
「言ったなこのちんちくりんっ! えぐれ胸っ!」

「…………」

 明宏のこめかみがピクピクと引きつりだす……

「そもそもあなたたち魔物娘は人間が大好きとか言ってますけどっ、エッチしてたら飢えないとかケガも治るとかいったふざけた体質で、頭の中九割方エロしか詰まってないから、結局のところ四六時中ずっこんばっこんするしか能がないでしょうがっ!」
「あんたら主神系の天使がそんな石頭でわからず屋だからっ、主神教団も反魔物領も服はダサいしメシマズだしトイレは不潔だし未だに風邪ひいたらケツ穴にネギ刺すし、だから周辺から超古臭いだの時代遅れだの前世紀の遺物だのって言われるのよっ!」

 …………お前ら、いい加減に──

「「……え?」」

 ただならぬ殺気に罵り合いを止め、振り向いたその時、

「いい加減にしろおおおっ!!」
「「きゃあああああああああ〜っ!!」」


 何の脈絡もなく明宏の全身から強烈な光がほとばしり、ニアとレクシィはその奔流に飲み込まれて遥か彼方へと吹っ飛ばされた。

「なんで勇者でもないアキヒロさんにこんな力があああああっ!?」
「ここ明晰夢の中だからアキヒロが一番強いのよおおおおおっ!!」

 …………………………………………
 ……………………
 …………
 ……










「おはよう、母さん」
「おはよう明宏。……どうしたの? 朝っぱらから変な顔して」

 二階の部屋からリビングへ降りてきた息子に、母親は菜箸を手に小首を傾げた。

「あー、なんか寝てる間、変な夢見てた気がしてさ」
「ふうん……で、どんな夢?」
「いや、それがよく覚えてなくて……変な夢だったってことだけなんとなく」
「何よそれ」

 肩をすくめて微笑む母親を尻目に、明宏はテーブルに用意された朝食に箸をつける。父親は先に出勤したようだ。

「それはそうと、昨日は大変だったわね」
「え? ああ、あの救命処置こと? 正直無我夢中でやっつけだったし……」
「でも偉いわよ。当たり前のことだけど、やろうって勇気を出すのはなかなか難しいもの」
「そ、そんなこと……たまたまだって、たまたま──」

 母親からの称賛の言葉に照れて、目をそらす。
 朝のニュースでは、とある企業の労働環境の酷さが話題になっていた。重役らしき男性がレポーターに詰め寄られ、しどろもどろに弁解している様子がテレビに映っている。
 どっかで知ってたような気がするな……と、明宏は口を動かしながら首を捻った。

「テレビばっか見てないで、さっさと食べなさい。でないと二人を待たせちゃうわよ」
「二人……って、誰?」
「何? まだ寝ぼけてるの? いつも迎えに来てくれる光輝(みつき)ちゃんと真守(まもり)ちゃんじゃない。……明宏のガールフレンドの♪」
「……ぶっ!」

 口の中のものを、思わず吹き出しそうになる明宏。「がっ、がっ、ガールフレンドって、そ……そんなんじゃねーからっ! ……ん?」

 ……じゃあ、一体何なんだっけ? ていうか、ミツキ? マモリ? 誰だそれ……? あれっ? いや、聞いたことあるような……知ってるような──

 わかってるわかってる、といった顔でニヤニヤ笑う母親を睨みつけ、朝食の残りをかき込む。
 と、その時、玄関のチャイムが鳴った。

「「おはようございま〜すっ!」」

 玄関に向かうと、ドアが開いて小柄な──明宏の腰くらいの高さの少女が二人、勢いよく飛び込んできた。
 ひとりは金髪マッシュショート、もうひとりは銀髪ツインテール。どちらも小学三、四年生くらいの見た目だが、明宏が通う岩清水高校の女子制服(特注サイズ)を身につけている。

「今日も一緒にお勉強がんばりましょうね、アキヒロさん♪」

 左腕にしがみついてきたのは金髪の幼女子高生、天塚(あまつか)光輝。
 その頭上に光の輪っかが、背中に天使の白い翼が一瞬見えたような気がした。

「放課後は約束通り、あたしのショッピングに付き合ってよねアキヒロっ♪」

 右腕をがっちりホールドしているのは銀髪の幼女子高生、曲久亜(まくあ)真守。
 その背中に黒い膜翼が、お尻に悪魔の尻尾が一瞬見えたような気がした。

「ちょっとレク……じゃなかった真守っ、明後日から定期テストなんですよ。放課後は図書館で自主学習するべきですっ」
「何言ってんのさニア……っと光輝、自主学習なんてマジメに普段の授業聴いてたらそもそも必要ないじゃん。むしろ頭を休めて本番に備えなきゃ」
「あなたの口から『マジメに』なんて言葉が出てくるなんて、ナノいちミリも思いませんでしたわ」
「喧嘩売ってんのあんた? そんなに勉強したけりゃ、ひとりで図書館でもどこでも行きなさいよっ」
「あなたこそ、買い物でもどこでもひとりで行ってきなさいよっ!」

「…………」

 明宏の腕をつかんだまま、互いにバチバチとガンをとばし合う二人。
 謎の既視感をおぼえつつ、彼のこめかみがピクピクし始める……

「みんな、急がないと遅刻するわよ〜」
「はっ、そうでした。行きましょうアキヒロさんっ!」
「アキヒロ、行こっ!」

 母親に急かされ、光輝と麻守は見た目にそぐわぬ馬鹿力で明宏の腕を引っ張って、玄関を飛び出していく。

「うわあああちょっと待てお前らっ! カバンカバンカバン〜〜〜〜っ!」

 明宏の悲鳴じみた叫び声が、ドップラー効果を伴って小さくなっていった。



 岩清水高校二年男子、檜邑明宏。
 大柄で目つきが悪いため近寄りがたい印象があるが、責任感が強く、他人がやりたがらない、けど誰かがやらなければならないことを、なんだかんだ言いつつ率先して引き受けたりやったりしてしまう。お人好しとか貧乏くじを引くタイプとか称されるが、少なくとも悪いヤツではない。
 ただ、見た目小学生の同級生女子二人に四六時中纏わりつかれているため、影でクラスメイトたちから「ロリ王」などと呼ばれているのだが……当の本人はそのことに全く気づいてない。
(END)
19/08/17 20:40更新 / MONDO

■作者メッセージ




「夢を……見ていました」

 明宏の救命処置で一命を取り留めた男性は、病院のベッドに横たわったまま、そばにいた看護士に向かってぽつりとつぶやいた。

「夢の中に小学生くらいの天使が出てきて、『異世界に転生して勇者になってください』なんて言われました──」

 そう言って、ふう……と息を吐く。

「でも小説やマンガと違って、異世界に連れて行かれても、服が穴あき布を頭から被って腰ひもを締めるだけだったり、煮ると焼くだけの食事が口に全く合わなかったり、衛生概念がなくてトイレはドアの影でやらされたり、医療技術が低くて風邪ひいたらお尻にネギ刺されたりするかもしれないじゃないですか──」

 腕に点滴の針を刺されて、もぞっと身をよじる。

「いくらチート能力をもらったって、そんなの三日と保たないですよ。で、そのことを確認しようとしたらいきなり目が覚めて……ねえ看護士さん、こういうのも臨死体験っていうやつなんでしょうかね?」
「…………」

 男に問いかけられた看護士は、点滴の液量を調整すると、何かあればナースコールを押してください──と事務的に伝えて病室を出ていった。
 再び大きく息を吐くと、男は天井を見上げた。

 それは夢。
 仕事に追いまくられて現実逃避した、自分の心が見せた夢……

「けど、美少女TS転生だけは、ちょっと惹かれるものがありましたね──」





 そのふざけた
 幻想……もとい転生を
 ぶち壊す(笑)。

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