連載小説
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集結の宇宙恐竜 傲岸なるものども
『『『『『エンペラ帝国七戮将、見参!!』』』』』

 蒸気渦巻く次元の裂け目から現れたのは、クレアが撤退させたはずのエンペラ帝国残党であった。

「この忙しい時に!!」

 一難去ってまた一難、相次ぐ息災に苛立つクレア。
 だが、メフィラス、デスレム、グローザムに加え、新たに二人知らない顔がいるのに彼女は気づき、顔を不快そうに歪ませる。
 一人は恐ろしい程の巨漢で、人間離れしたデスレムよりもさらに大きい。古の巨人族にも匹敵する体格だ。
 しかし、こちらはそれですらどうでもいい程と言える。もう一人、いやもう一体と呼ぶべきだろう『機械獣』がその後ろで不気味な駆動音をあげているからだ。

『……!?』

 暗黒の鎧も、巨大な機械獣のクローアームに捕らわれては為す術もない。必死でもがくが、一向に抜け出せる気配は無かった。

『ふん!』

 メフィラス達及びその後ろに控える機械獣は、真紅の裂け目から歩いて抜け出ると共に、二本のアームが暗黒の鎧をその中に放り込んだ。

『戻れ、次元の壁よ』

 その操縦者の呼びかけに呼応するかの如く、砕け散った空間の破片は時間が巻き戻るかのように浮き上がる。そして、そのまま破片は元の形へと急速に結集し、巨大な裂け目が完全に塞がり、噴き出す蒸気も完全に遮断されてしまう。
 同時に暗黒の鎧も完全に虜となり、異次元に囚われてしまったのだった。

『次は“肉体”ですね』

 メフィラスは倒れ伏すゼットンをちらりと見やると、今度はクレアの方に視線を移す。

『また会いましたね、お嬢さん』
「あんた、死んだんじゃ…!?」

 初めこそ状況の急変に気を取られて意識していなかったが、メフィラスの声を聴き、事態の異常さにクレアは改めて気づく。
 断末魔の叫びをあげて爆散した邪悪な魔術師が、今再び彼女の目の前に姿を現した事は、不可解だとしか言いようがない。

『フッフッフッフ、私が生きているのは不思議ですか? なぁに、つまらない理由ですよ』

 何やら含みのある言い方で笑うメフィラス。真相はあまりにもつまらないため、わざわざ語るに及ばない。よって、相手の推理力に任せる事にしたのだ。

(あの時死んだアイツは偽物か…)

 クレアが真っ先に思いつくのはその程度であるが、それこそが正解であり、そして簡単に当てられる程『常道で、芸の無い』やり方でもある。
 その用心深さと卑怯さには呆れるが、彼の振る舞いを見る限り、それが有効に活かされているとは言い難い。

「ふ〜ん……まぁ、大体察しはつくよ」
『それは何より』

 フードに覆われているので表情は窺えないにもかかわらず、クレアにはこの魔術師が笑ったように見えた。
 しかし態度からして慇懃無礼、気持ちの良いものではない。

「でもね、私はアンタ達とこれ以上遊んでるヒマは無いの。あの鉄屑とデクの坊、汚い豚と粗大ゴミを連れて、さっさと帰りなよ」
『『『『!!!!』』』』

 あまりの言われように、プライドが高い彼等は当然憤る。一斉にクレアを睨みつけ、殺意を滾らせた。

『まあまあ、落ち着きなさい諸君……お嬢さん、時間は取らせませんよ。そこで情けなく倒れるゼットン君を渡してくれればよろしい』
「! いけしゃあしゃあと…」

 夫が仰向けで気絶しているのも、元はといえばメフィラス達のせいである。理由はよく分からないが、暗黒の鎧を纏わせた夫を操って暴れさせ、危うくクレアも殺されるところだった。
 しかし、彼等からしてみれば異例という程の寛大な対応である。
 本来、彼等の信条からすれば魔物娘と取引など行うはずがなく、例え冗談でも見逃してやるなどとは言わないからだ。

「渡すと思う? 夫を悪人にくれてやる魔物娘なんか、この世界にはいないよ!」
『…それが返事か!? ならば貴様は死ぬしか道が無い!!』

 当然魔物娘が夫を渡すはずもない。そんな彼女に業を煮やしたグローザムとデスレムはこの小癪な羽虫を始末すべく、前に進み出た。

『先刻は不覚を取ったが、今の貴様なら恐るるに足らん!』
『グオオ…!』

 先程のクレアは病み上がりとはいえ、まだ余力があった故、この二人を圧倒する事が出来た。
 しかし、今は体力が精々平常時の二割というところで、勝率は相当に低くなっている。彼等の言うことも、あながち間違いではないのだ。

「なめるなよ、糞ったれども…! 私が死んでも、夫だけは守りぬいてみせるさ…!」
『ほう、薄汚い魔物にしては見上げたものだ。しかし、その威勢の良さがどこまで続くかな?』

 グローザムは機械音をあげながら両腕を分割、四本腕となる。さらには腰に装着した魔導激光剣(マジック・ビーム・ソード)を起動し、四本の光刃を煌めかせた。
 デスレムの方もそれに呼応し、虚空に不気味な魔方陣を描き出し、得物を召喚する。

『グオオオオ……! そんな貴様に敬意を表し、死に方ぐらいは選ばせてやる!』

 やがて魔方陣より現れたのは、彼の身長に匹敵する長さの巨大な総金属製の棍だった。
 六角形型の両端には一辺につき七本、計四十二本ずつ大きな鋲が打たれており、さらに棍の両端にはそれぞれ大きな棘付き鉄球が鎖で繋げてあるという凶悪なものである。

「ベルゼブブ一匹にズイブンと念入りな事で…」

 クレアが忌々しげに吐き捨てるが、忌々しいのは彼等も同じ事。『たかがベルゼブブ』となめてかかったらあのザマである。

『さあ、どう死にたい? 斬り殺されたいか?』
『それとも殴り殺されたいか?』
「私は腹上死がいいわね」
『『!?』』

 響く声に驚く両人。剣呑な掛け合いの中に差し挟まれたのは、殺伐としたこの場に似合わぬ艶やかな声であった。

「夫の腰の上で死ねるなら、魔物娘として本望だわ。そうは思わない、ディーヴァ?」
『やはり来ましたね…!』

 メフィラスが忌々しげに辺りを見回したところで、クレアの後ろにポータルが出現する。

「…やれやれ、実に殺伐とした空気でいけないわね。軍人さんの悪い所だわ」

 そしてポータルが輝くと共に、中心部より一人の淫魔がせり上がってくる。
 やがて完全に姿を現すと閉じていた目を見開き、周りを一瞥して状況を確認。次いでクレアに視線を向けた。

「…クレアさん、だったわね。あの暗黒の鎧を相手取り、よくぞ持ちこたえてくれました」

 現れたサキュバスは体の各部がやたらと露出した黒い衣装に身を包み、真紅の瞳と透き通るような白い肌、腰まで届く銀白色のストレートヘアが印象的である。
 しかし、何より彼女が異彩を放つのは、並の魔物娘を上回る絶世の美貌と、放たれる凄まじい魔力だった。

「…ガラテア様!?」

 このサキュバスは魔王の第五十二子、名をガラテアという。
 目の前の人物が誰であったのかクレアは気づき、慌てて跪くが、そんなベルゼブブの手を彼女は恭しく取り、優しく微笑んだ。

「そんな真似はしなくていいわ、ディーヴァ」

 魔王の娘達であり、その母に次ぐ最高位の淫魔『リリム』。
 己が数多の魔物娘より選ばれたディーヴァであっても尚雲上の存在で、自由奔放なベルゼブブが普段から想像も出来ない程礼儀正しくなる相手である。

「己が夫と不本意な闘いを強いられた事、さぞや耐え難いものだったでしょう」

 腹を血に染めて倒れている男へ視線を移し、ガラテアは心を痛めた。魔物娘にとって自分の夫と殺し合いを強いられる事がどれ程苦痛か、想像するに余りある。

「…だから、ここは一旦引いて、後は私達に任せて頂戴。あなたには旦那様を労ってあげて欲しいの」
「…はい。ガラテア殿下、お心遣い感謝いたします」

 クレアはリリムにこの場から離れるよう促され、二人の女は互いの位置を入れ替える。

「このポータルは、あなたの街の入り口に繋がっているわ。早く、旦那様を医者に見せてあげなさい」
「ディーヴァの身でありながら殿下の御側でその身をお守り出来ず、申し訳ございません。その不忠、どうかお許し下さい」

 ポータルが輝き出し、申し訳なさそうに頭を下げるクレアと、担ぎ上げられたゼットンが光に包まれだす。

『渡すか!』
「あっ!」

 だが、事はそう上手く運ばなかった。
 先程よりは小さいものの空間に穴が開くと、中から巨大なアームが出現する。そしてゼットンを掴み取ると、そのまま彼等の方まで引っ込んだ。これによりポータルの転送は中止され、さらには消滅してしまったのだ。

「ああ、ゼットンが!!」
『悪いがこの男は渡せん! なにせ、こいつを回収するために、我々はわざわざこんな不浄極まりない土地へやって来ているのだからな!』
『お手柄ですよヤプール! さぁ、あの淫売どもを始末なさい!』

 メフィラスの指示を聞くまでもなく、二人は得物を手に魔物娘達へ向かっていた。
 通常、男であるならリリムと対峙した時点で無条件に欲情し、虜になってしまう。しかし、既に人間をやめている彼等には、その美貌も魅了の魔力も足止めにすらならなかった。

「ああああああッッ!!」

 ようやく取り戻した夫を再び奪われ、クレアは耳をつんざくような悲鳴をあげた。
 強がってはいたが体力は消耗しきっており、悪漢どもから夫を奪い返す力など最早残っていなかったのだ。

『クククク、そう悲観するな! その内再会出来るだろうさ!』
『ふっへっへ!! 悲しきは、それがあの世での出来事だろうという事だが!』

 そして、それを嘲るかの如く、距離を詰める敵将二人は残虐な高笑いをあげる。

「……うるさい下郎どもだわ。魔物娘ですら見放す程の真性のクズね」
『な、何だと!!』
『グオオ…淫魔風情が利いた風な口をきくじゃねぇか!!』

 耳障りな高笑いから一転、思わぬ罵倒を受けた二人は激昂して立ち止まり、リリムを睨む。一方、一連のやり取りを眺めていたガラテアも不快感を抑えきれず、悪漢どもを睨み返している。
 本来リリムはその圧倒的な実力によるものか、非常に寛容な性格であり、相手が不遜な態度を取ったところで怒る事は無い。
 しかし、今のガラテアにそんな様子は全く無く、悪漢どもに対する彼女の憤りが深い事を示している。

「やれやれ……少し躾が必要なようね。でも魅了は効果が無いみたいだから、少々手荒な真似をしなければならないけど」

 呆れた様子で溜息をついたガラテア。そして、いきなりその場から姿を消したかと思うと、次の瞬間グローザムの背後に現れた。

『何!?』

 リリムの動きを辿れなかった事に驚愕するグローザム。それでも柔軟に動く腕の関節構造により、すぐさま背後に四本の斬撃を叩きこむが、その動きを予知したリリムはそれをかい潜る。
 そして彼が斬撃を躱されて一瞬気を取られた隙を突き、足を払った。

「ごめんあそばせ」
『うお!?』
『…グオオ!?』

 ガラテアは倒れこむグローザムの両足を掴んで持ち上げ、彼女を挟んで反対側にいたデスレムにおもいきり叩きつける。細身とはいえ金属の塊なのでそれなりの重量と硬度があるため、彼自身かなりの威力の武器となり、デスレムの身体に相応のダメージを与えたのだった。

『ぬうう、ナメた真似をしやがって!!』
『グオオ…!』
(思ってたよりアグレッシブな人だったんだなぁ…)

 クレア自身も少女相応の小柄な体格の割に、体重500kgを超えるデスレムを運びながら飛べる程のパワーがあるが、ガラテアの暴れぶりには舌を巻いたのだった。

「それにしても不可解だわ」

 倒れる悪漢二人をよそにそう言い放つガラテアは、今の攻防で汗一つかいていない。性の悦楽に特化した豊満で熟した肉体は、明らかに戦闘向きでないのにもかかわらず、恐るべき膂力と体力を誇る。
 そして魔力や魔術もあらゆる魔物娘を上回る彼女は、帝国残党にとって間違いなく侮れない敵に違いあるまい。

「何故このボウヤにここまで執着するの?」

 倒れているゼットンを見やるリリム。
 暗黒の鎧の現在の宿主ではあるが、ゼットンを戦力として期待しているわけではないのは、既に彼等が述べている。クレアも彼等が漏らす情報に戦闘中常に聞き耳を立てていたが、何がしたいのかは一向に見えてこなかった。

「一体あなた達は何がしたいの?」
『それを明かす義務はありませんねぇ、魔王の娘よ』

 ガラテアにこれ以上の狼藉をさせぬべく、睨みつけるメフィラス。

「あら、私の素性をご存知?」
『それ程の魅了の魔力を放てる淫魔など、リリムしかおりますまい』

 一連のやり取りからして、この淫魔が貴い身分なのは間違いなく、何より放たれる魅了の魔力は凡百のサキュバスとはわけが違う。それらの点から、この淫魔がリリムである事は明白である。

『考えてみれば、これは好機かも。なにせリリムは魔物一の希少種、我等も直接御目にかかるのは初めてです。故にまだ仕留めた経験は無いのですよ』
「へぇ…」

 メフィラスの不穏な呟きを聴き、ガラテアの目つきが鋭くなる。一方、リリムの怒りを買っておきながら魔術師は全く怯まず、その冷笑的な態度や雰囲気にも変化が無い。
 普通はどれ程強い精神力を持とうとも、リリムを目にしただけで発情し、正気を保つ事が出来ない。
 しかし、この魔術師にはそのような様子が全く見受けられず、ガラテアはそこに多少の不気味さを感じていた。

「魔物娘を殺した経験がおありのようね?」
『無論の事! 旧魔王時代を含めれば、我等だけでも仕留めた魔物の数は二十五万を超えますからね!』

 ガラテアの問いに対し、珍しく拳を振りかざして勇壮に語るメフィラス。

「旧魔王時代において魔物と人間は敵同士、不幸な過去はあったわ。しかしながら、今の魔物はお母様を含めて、人間と敵対する事など望んでいない。
 殺し合いなんてもってのほか……今ではお互い愛し合う事すら出来るのよ」
『上手い言い方もあったものです。人間を家畜とし、己に都合良く扱うのにね…』
「なんですって!?」

 このリリムにとって、そう言われるのは心外であった。しかし、メフィラスも一見淡々と語っているように聞こえるものの、語気には怒りが籠っている。

『魔王の代替わりによって、魔物は進化というべきか、それとも退化というべきかはさておき……劇的に生態が変わりました。しかし、その“人間の敵対者”という本質・根幹は変わっていません。
 現に人類は今、存亡の危機に立たされているじゃありませんか』

 魔物が人類に対し、敵対から共存へと路線が変わってより既に数百年が経つ。しかしながら、人類は旧魔王時代以上に人口を減らしつつある。
 そして、その原因は魔物娘にある事をメフィラスは指摘したのである。

『“人類の統合”とは、なかなかに良い大義名分……しかし、その実態が“統合”でなく“吸収・同化”である事を、愚か者達は気にさえしない!』

 主神の定めた世界の法則には『魔物は人間と対立し、人間を襲って喰らう。食物連鎖の上位の存在』というものがある。そして今代の魔王はそこに魔物娘の設定を上書きし、『人類と魔物を一つの種族に統合』しようと目論んだ。
 しかし、主神の力は強かった。強大な魔王の力をもってしても尚、『魔物は人間を襲う』、『魔物娘は人間よりも生物的に上位の存在』という設定の名残が残ってしまっているのだ。
 これをどうにかすべく、魔物娘は魔王を筆頭に四苦八苦しているわけである。

「それは違うわ!」
『ほう、違うと? ならば、女を積極的に魔物へと変じる行為、さらには魔物と人間の間に魔物娘しか生まれないという現実。これが同化吸収でなければ一体何だというのですか!?
 お前達は甘言を振り撒き、その肉体で堕落させ、人間を自分達に都合が良いように次々と造り替えていったでしょう! 今もお前達の手により、刻一刻と人間の数は減り、魔物が増えていっています!
 何が統合か!!――その先に待つのは人類の滅亡。それも最も恥ずべき結末ではないですか!』

 メフィラス達は神への信仰など微塵も無いが、人類という種の未来は案じている。だからこそ、よりにもよってあの低劣な存在である魔物に、統合を名目に人類丸ごと吸収されかかっている事には我慢がならなかった。
 彼等にとって、それは最も恥ずべき人類の終焉の姿であり、断じてその未来を歩ませるつもりはない。
 無論、魔物娘側に人類を利用する意図など無く、そして彼女等の人間に対する慈愛と献身は本物である。
 しかし、かつて魔物が人類を散々蹂躙してきたのも事実であり、そしてメフィラス達のような、その恐怖を直に体験した世代がまだ生き残っている。かつての姿を知る彼等にとって、魔物とは恐怖と嫌悪、怨嗟の対象でしかないのだ。

『それに、そもそも人類の統合などと調子の良い事を申されておりますが、果たしてそれを本当にやるつもりなのかどうかも怪しいものです。
 仮に本気だとしても、主神の定めたルールを変えられるという確たる保証が、一体どこにあるというのですか?』
「言いたい放題言ってくれるじゃない……!」

 魔王の力が蓄えられる度、魔物の数が増える度、魔界が広がる度に魔王側の力は強くなる。そして力が一定の基準を超える事で、人間がオス、魔物がメスとして生まれる『統合された種』が出現し、魔王の望みが叶う事になる。
 しかし、教団圏やメフィラス達のような敵対勢力には、そんな魔王の意図がいまいち伝わっていなかった。仮に伝わっていても、『そもそもそんな事が出来るはずがない』と一笑に付されている始末。
 それが魔王には歯痒い事だが、残念ながら未だに魔物娘と人間の男との間には魔物娘しか生まれないのも事実。
 そのため、彼女の主張は信憑性に欠けるものだと、敵対勢力には受け止められている。

『おっと、興奮するあまり少々話し過ぎましたね』

 残念ながら、この魔術師は議論をしにここへ来たのではない。言いたい事はしっかり言うが、その一方で相手の意見を聞くつもりは毛頭無かった。

『鎧とゼットン君は両方回収した故、ここにもう用はありません……が』
「あら?」

 そう言うなり、メフィラス達はクレアとガラテアを取り囲んだ。

『魔王軍と戦うにあたり、リリムを相手にするのは避けて通れぬ道。
 したがって、ここで一体をサンプルとして捕え、後々の戦いに役立てるのも良いかもしれませんねぇ…』
「ふん、お断りだわ」

 絶世の美貌を不快そうに歪めながら、ガラテアは毒づいた。

「そこのボウヤも渡さないし、実験動物になるのもまっぴら御免よ」
『ギシシシシ! 小娘よ、心配するなァ!
 サンプルってのぁ、死体でも別にかまわねぇんだよォ!!』
「!」

 あまりにダラダラとメフィラスとリリムの間で話が続いたため、ついに我慢しきれなくなって飛び出してきたのは新顔の片割れであった。

『そういうわけで、大人しくくたばれやァ!!』

 男は人間離れした長身のデスレムが童子に見える程の魁偉な容貌であり、普通の家一軒分はあるだろう巨体である。さらに驚くべきは、そのせいで一見余命いくばくもない肥満体にも見える事だ。
 しかし注意して見れば、分厚い脂肪の下に重厚な筋肉と頑丈な骨格が、巧妙に隠されている事が分かる。そして傷ついた巌の如き顔は見る者を皆怯えさせ、ぎらついた橙色の双眸、獅子の鬣を思わせる薄茶色の長い頭髪、常に鋭い音を立てて咀嚼を繰り返す顎は肉食獣そのものだ。
 一方、服装は地肌に灰色に染められた毛皮のポンチョ、その上に鉄鎖がベルト代わりか×字に巻かれ、下は黒のスパッツと同じく灰色の毛皮のブーツという程度でセンスの欠片も無い。

「跳んだ!?」

 男は信じられないほどの巨体にもかかわらず、その場から軽々とガラテアの頭上まで高く跳躍したかと思うと、そのまま彼女の頭目がけて強烈なフットスタンプを叩きこんだ。
 一方のリリムは臆する事無く頭上に強力な防護結界を張り、攻撃を防ぐ。
 しかし男の桁外れの体重とパワーにより、ただの踏みつけは凄まじい威力となり、防ぎながらもガラテアの両足は地面に少しめり込んでしまった。

「うわっ!」
「危ないわね!」

 突然手荒い真似をされて怒るリリム。それを尻目に巨漢は再び高く跳躍し、高速でとんぼを切りながら、リリムから少し離れた場所に轟音をあげて着地する。
 そのせいで乾いた地面には亀裂がそこら中に走り、さらには超重量のせいで辺りには一瞬地震が起きた程であった。

『ほう、防ぎましたか』
『……なぁ、メフィラス。こいつ喰ってもいいかァ?』
『あんなものを食す気ですか? 相変わらず食い物の趣味が悪い…』
「……!?」

 感心するメフィラスに奇怪な質問をした巨漢は、口から垂らした涎を拭うと、ガラテアを見やる。
 その目は間違いなく肉食獣が獲物を仕留める時と同じものであり、あまりにも非人間的なものであった。

『ま、よろしいでしょう……ただし、内臓の一部と頭部、四肢のいずれかは残しておいて下さい。
 特に脳は記憶を抽出するために必要ですから、決して傷つけてはなりませんよ』
『何ィ!? それじゃ、ほとんど喰えるところがねーじゃねぇかァ!!』
「何ですって…!?」

 予期せぬ回答に愕然とする新顔の巨漢。一方、不穏な会話を聴き、ガラテアの脳裏に一瞬不安がよぎる。

「…私を食べる気?」
『んん〜?……ギシシシシ、その通りだぜ小娘ェ!
 俺様は“星喰い”アークボガール・ディオーニド! 帝国に逆らう奴ぁ、俺様が全て喰らい尽くしていい事になってんだよォ!』

 メフィラス達と違い、事態を静観し沈黙を守っていた七戮将アークボガール。積極的に動かなかったのは、ただ単に常に飢えている自身の腹を刺激しないためであり、その本質は同僚達同様、非常に好戦的で冷酷残忍である。
 しかも彼は相当の悪食であり、さらには無類の大食漢でもあった。
 それは活きの良い柔肉が動き回っているのにとうとう我慢出来なくなり、食欲を抑えきれなくなって飛び出してきた事からも明らかである。

「うふふ…初めて見るわ。リリムを取って食おうとする輩はね」
『ギシシ! 俺様はこう見えても優しいんだ。喰うのは殺してからだからよォ!』

 不敵な笑みを浮かべるリリム。一方、歯を剥きながら不気味に哄笑したアークボガールはその場へ座り込み、大口を開く。

『スゥゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!』
「…くっ!?」

 それから数秒もしない内に、大型台風でも来たのかと錯覚するような勢いでアークボガールは息を吸いこんだ。
 馬鹿げた巨漢である上、肺活量はそれを遥かに超える凄まじさを誇るらしく、一分以上も平然と吸い続け、辺りの泥や草木などを粗方吸いこんでしまう。

『あの馬鹿め!』
『グ、グオオ……!』
『…相変わらず周りの事を考えていませんね!』

 その強力な吸いこみは、味方にまで牙を剥いた。メフィラスは防護結界を展開して踏み留まり、グローザムとデスレムはそれぞれ機械獣のアームに鷲掴みにされる事で耐えなければならなかった。
 やがて限界まで吸いこんだらしく、アークボガールは息を止めたが、膨大な量の空気を吸引した事で、その姿はますます出鱈目なものとなった。
 胴体は空気と吸引物によって数倍にまで膨れ上がり、破裂寸前の風船のような不格好な物と化したのである。

『ハァァァァァァ――――――――――――――――――――――――――ッッッッ!!!!』

 アークボガールは大口を開け、今度は肺と胃に圧縮された空気の塊を吐き出し、ガラテアの張る防護結界に叩きつけた。
 さらには吸いこんだ土砂や岩石もまた弾丸の如く飛来し、それらによって覆い尽くされた結界は中が見えなくなった程だ。

「きゃああ!?」
「わああ!」

 ダメージは無かったが、解放された空気の威力は凄まじい。その圧力によって、ガラテアとクレアは結界ごと吹き飛ばされかけた。

『ギィ〜〜シシシシシシシシッッ!!!!……んん!?』

 愉快げに汚い哄笑をあげるアークボガール。しかし何か異変に気づいたらしく、急に押し黙って辺りを警戒しだした。

『メフィラス!』
『ええ、承知しています』
『すまん、突破された』

 アークボガールがメフィラスの方へ振り返ると同時に、機械獣の操縦者であるヤプールの声が、機械獣頭部から展開された拡声器より響き渡った。
 どうやら、彼が何らかの妨害工作を施していたらしいのだが、魔物娘側に突破されたらしい。さらには彼等の様子からして、それは軽視出来ない事態であるようだ。

『私の能力で奴等の移動を妨害していたが、思ったより早く突破されてしまった。まことに残念だ』

 そう呟いたものの、ヤプールは操縦席で何故か歓喜の表情を浮かべていた。もっとも、メフィラス達も操縦席の中こそ見えないものの、彼がやたらと嬉しそうだとは気づいていたが。

『…やれやれ、全くしぶとい連中です。まぁ、予想していたよりは簡単にゼットン君を奪い返せましたし、ここは帰るとしますか。
 リリムだけならともかく軍勢まで付いてくるとなると、ちと面倒ですからね』
『…チッ、お預けかよォ』
「……良かった、無事なようで」

 悪漢どもが慌て出したのを見て、胸を撫で下ろすガラテア。

「皆でやってくれたみたいね」

 ガラテアは今代の魔王の娘、貴い姫君の一人である。当然ながら、彼女が戦闘地域にわざわざ一人で出向いてくるはずはない。
 それどころか、ケイトの救援要請を受けて魔王軍精鋭から急遽選抜・編成した一個大隊1000名を率いて来たのだ。しかし、ポータルから現れたのは彼女一人で、率いる精鋭の姿は影も形も無かった。
 では一体どうしたのかというと、部下達はヤプールの妨害を受け、移動の途中で異次元に閉じ込められてしまったのだ。
 ガラテアだけはその際自力で脱出し、クレアの元へ駆けつける事が出来た。そして、次元の狭間に取り残された配下達もまた脱出のために手を尽くし、今ようやく地上世界への道が開けたのであった。

『魔王の娘よ。そういうわけで、我々はここで退かせていただきます』
「おーっと! 屑鉄に興味は無いからどうでもいいけど、そのボウヤは別よ。こちらに渡すまで、あなた達を帰すわけにはいかないわ」
「ゼットンを返せって言ってんでしょ〜? 今なら半殺しで勘弁してやるからさぁ!」

 帰還しようとするメフィラス達だが、魔物娘二人はそれを遮った。
 愛する夫が、そして深手を負った哀れな青年が、何やら邪悪な目的に使われようとしている。それを見逃す程、クレアは薄情でなく、ガラテアは冷徹ではない。

『ふむ、困りましたね……』

 乗り気ではないが、向こうが一戦交える気ならば、やらざるを得ない。

『メフィラスよ、ここは私に任せてもらおう』
『おお、そうでしたねぇヤプールよ。あなたはこれの試験のために来たのでしたね』

 メフィラスは戦闘にあまり乗り気ではなかったが、ヤプールは違う。彼の乗りこむ新開発の『対魔物戦闘用超大型機甲外装ユニット“Mキラーザウルス”』の性能をテストするため、彼はこの地へと赴いてきたのである。それなりの戦闘をしない事には、来た意味が無いのだ。
 操縦席前面のモニターに映るリリムを見て、ヤプールはほくそ笑む。この機械獣は彼が帝国時代から長きに渡り築き蓄えてきたゴーレム製造技術のノウハウを結集し造り上げた最高傑作、最新にして最強の兵器である。
 その性能を試すのに、リリムとその配下どもはまさにうってつけの相手だった。

「勝手に話を進めてもらっては困るわ」
「何ブツブツ喋ってんだよぉ! いいからゼットンを返せよぉぉっ!!」

 勝手に話を進められるのが気に入らないガラテアと、話が咬み合わないので苛立つクレア。

『あの男を返せと? そうはいかんよ。あやつがいなければ、我々の悲願の成就は永劫に叶わん』

 ヤプールが操縦席前面のコンソール中央にあるスイッチを押すと、機械獣の両目に青い電光が灯り、肩部から胸部にかけての黄色い発光体が点滅する。

『では魔物どもよ。このヤプールとMキラーザウルスがお相手仕る!!』
『ギャオオオオオオオオォォォォォォォォ――――――――――――――――ッッッッ!!!!』

 魔物娘どもを阻むべく、機械獣は電子音の混じった大きな咆哮をあげると、その小山の如き巨体を歩ませ始める。

「邪魔をしないで!!」

 リリムは苛立って、つい叫んでしまった。機械獣の動きを封じるため、操縦席のヤプールに対して様々な魔術を行使したが、機械獣の力か本人の能力によるものか、その効果は一向に発揮されなかったからである。

「ああもう、仕方ないわね! クレアさん、傍を離れてはダメよ!!」
「は、はいっ!」

 覚悟を決めたガラテアは再び自分とクレアを覆う防護結界を展開すると共に、両手から毒々しい菫色の魔力を放出した。やがて魔力は無数の太い触手となり、機械獣の左右のクローアームに絡みつく。

『んん!?…凄いパワーだ、さすがはリリム!! 成程、まずは力比べをご所望というわけだな!』

 アームに絡みついた触手は、見た目を遥かに超える凄まじい力を発揮した。その力で機体の後方が一瞬浮き上がった程だが、機械獣の方もその桁外れのパワーと重量を活かし、腕を軋ませながらも負けじと引っ張り返す。

『おおう、勇ましい。ヤプールに後は任せ、我々はさっさと退散するといたしましょう』

 メフィラスは勇壮なリリムの姿に驚きつつ感心するものの、だからこそ今は関わり合いになりたくなかった。

『では、ゼットン君をお願いします』
『イエッサー』

 デスレムが青年を担ぎ上げるが…

『!』

 まごついているところで、ここより少し離れた地点にポータルが展開されるのをメフィラスは感知した。
 しかも相当の大きさであり、規模からして間違いなくガラテアの連れていた魔物娘達の展開したものであろう。

『さっさと退きますよ!』
「させないわ!」

 予想より早い出現を受け、メフィラスは同僚達に帰還を急かす。しかしそうはさせぬべく、機獣と綱引きを行いながらも、ガラテアは魔術を発動させる。

『むっ!?』
『グオ!?』
『ゲゲッ!?』
『ぬぅ! 魔力で出来た炎壁ですか…!』

 メフィラス本人に干渉するのはリリムですら難しいが、その周りの空間ならば造作も無い。
 燃え盛る火炎の如き毒々しい菫色の魔力はメフィラス達の周囲を円状に覆うと共に、空間転移を封じたのだった。

「そのボウヤは渡さないと言ったはずよ」

 埒が明かないと考えたのか、ガラテアは魔力を止めて触手を消滅させ、機械獣との綱引きを打ち切った。機械獣は放された反動で大きく仰け反るものの、背中のバーニアから爆炎を放出して相殺し、体勢を整える。

『仕方ありませんね……』

 忌々しげに呟くメフィラス。さすがにむざむざ逃げられるのを見過ごす程、相手は甘くなかった。

「!」

 メフィラスが炎壁の前に右手をかざすと、その部分だけが抉り取られたように消失する。メフィラスはその炎壁の空隙から悠々と抜け出し、残る三人がそれに続く。

『やれやれ』
「……ショックだわ。そう簡単に脱出されるとね」

 リリムの行使した魔術である。大魔道士級の魔法使いといえど、解除にはそれなりの時間を要するレベルにもかかわらず、目の前の魔術師は楽々と脱出した事にガラテアは驚いた。

『驚く事はありますまい。術式も単純な上、無詠唱の魔術ですからね。したがって解除は容易ですよ』

 魔術を発動させるには言霊の詠唱→術名を唱えるという過程が付き物だが、術者の技量次第ではそれを省略出来る。
 ただし、発動は早くなるものの言霊が無くなる分性能は落ちるため、詠唱破棄した魔術にそれなりの効力を持たせるには相応の技量に加えて鍛錬が必要である。
 魔女程度の腕ならば高等魔術でも術名の詠唱だけで魔術を行使出来る。リリムやバフォメットならば高等魔術でも無詠唱で発動が可能という。
 それでも性能の六、七割は維持出来るので、一般に彼女等が呪文を唱える場面を滅多に見られないのはこのためである。

「それでも一応、リリムの魔術よ……?」
『私をみくびってもらっては困ります。帝国宰相、七戮将筆頭の他に、“魔術師元帥(グランドマスター)”の称号もいただいているのですよ』

 『魔術師元帥(グランドマスター)』は、各時代における最高の魔術師に与えられる尊称である。
 称号を持つ者は皆規格外の実力者で、魔術の腕は上級魔族を凌ぐ、あるいは魔王に迫るものだという。

「…成程。私と同じぐらいの腕ってわけね…」
『その通り。あなたが魔術的な干渉を出来なかったのは、ただ単に私があなたと同等以上の魔術の技量だからです。
 それともう一つ付け加えておきますと、あなたの魔術特性はヤプールとも相性が悪いと見受けられますね』

 メフィラスの発言を聞き、歯噛みするガラテア。落ちぶれたとはいえ、彼等はかつての人類圏の戦力の頂点であるのを改めて理解したのだった。

『不快ですか? たかが人間に己の魔術が通じないことが?』
「そんな風に解釈しないでちょうだい。
 親族以外に今まで自分を上回る魔術の使い手を見た事が無くて、いざ出会ってみたらちょっと悔しかった……そんなところかしら』

 リリムは魔術師の問いに、素直に心情を吐露した。

『今は亡き陛下の最終目的は神々を誅滅し、その支配領域の天界を奪うこと。
 しかし、軍の頂点である我々が魔王の娘一人に手こずる程度ならば、陛下もそんな事を企みはしないでしょう』

 悔しがるリリムを見て、くつくつと笑うメフィラス。そして、彼女をさらに悔しがらせようと思ったのか、担ぎ上げられた傷ついた青年に何やら呪文を唱える。

「あ!」

 すると青年の姿は霞の如く消えてしまい、それを見たリリムは間抜けな声をあげてしまった。

『そしてリリムよ。かつて我等一人一人が数多の敵、百以上もの国家を滅ぼしたのをお忘れなく』
「そうね……あなた達のしでかした悪行の数々、すっかり忘れていたわ」

 青年の誘拐だけが彼等の罪ではない。人類史へ永遠に刻まれし、史上空前の殺戮と破壊。王女の前に立ち塞がるは、その当事者達である。

『悪行? 君達如きが正義の味方気取りとは笑止千万』
「そうね、確かに正義の味方気取りかも。だって悪者を捕まえに来たんですものね」
「「「「「「「「Yes,mom!!!!」」」」」」」」
『ようやくお出ましですか。まったく……異次元を永劫に彷徨っていれば手間が省けて楽だったのですがね……』

 ガラテアが喋って時間を稼いだ事が功を奏し、ついに一個大隊がこの場所へと到着した。彼女等は二百人ずつ、計五隊に分かれると、悪漢五人を素早く取り囲んだのである。
 全員ではないが、この中には“ディーヴァ”が多く含まれており、戦闘力は折り紙付きと言える。
 そして精鋭二百名を率いるは、その中でも最上級の四人のディーヴァ達。各人が教団圏国家との戦で名を馳せた、“伝説”とよばれて然るべき戦場の女神達である。

「ターゲット捕捉、これより戦闘を開始します」
『木偶人形が!! 貴様如きが私の最高傑作の相手になるものか!!』

 二百名が取り囲む中、ゴーレムが一体、唸りをあげる機械獣の前に立ちはだかる。それに憤る軍事技術者だが、彼に対して何か因縁があるのか、ゴーレムの顔はどことなく哀しそうであった。

「これ程の相手には滅多に出会えない。楽しめそうだね…♪」
『グオオオオ……またオーガか!!』

 二百名が取り囲む中、オーガが一体デスレムの前に現れ、たまらないといった様子で舌なめずりする。

「我が友が世話になったな」
『……友だと? あの糞蝿の知り合いか?』

 二百名が取り囲む中、グローザムの前に現れたのは長剣を二本携えたデュラハン。彼女の口ぶりからして、クレアの知己であるようだ。

「我が一族の恨み、晴らさせてもらうぞ……」
『あァ!? 何だテメェは!?』

 二百名が取り囲む中、アークボガールを怒りの籠った視線で睨みつけるのは一体のドラゴン。
 彼に相当恨みがあるのか、顔中に筋が走って美貌が凶相となっている。

「そして、あなたの相手は私と魔界の精鋭二百名が務めさせていただくわ」
『それは光栄』
「うふふ、ウソばっかり……」

 戦闘は始まっているのにもかかわらず、柔和な笑みを見せるガラテア。一方のメフィラスはガラテアの指摘する通り、禍々しい妖気を全身より溢れ出させている。

「それと……」
「!」

 動けないベルゼブブは足手まとい故、リリムは再びポータルを開き、そこにクレアを放り込んだ。

「あなたはやっぱり退きなさい。悪いけど、足手まといだからね」
「重ね重ね申し訳ございません。失礼いたします……」

 クレアは頭を下げると、ポータルの向こう側へと姿を消した。

「これでOKね…」
『おや、ついでに始末しようと思っていたのですが』

 そうは言うものの、メフィラスはガラテアの一連の行動を止めなかった。別に今殺さなくとも、クレアを始末するのはいつでも可能だと考えていたからだろう。

「動けない相手を殺すのは趣味がよろしくないわ」
『君達如きにかける情けなどありませんよ』

 前述の通り、メフィラスは別にクレアへ情けをかけたわけではない。しかし圧倒的な実力故か、相手を甘く見る癖はまだ直しようがないようである。

「では、悔いの無いように戦いましょう」
『戦い? フッフッフッフ……勘違いしてはいけませんよ』
「勘違い? 何かしら?」
『下等生物相手に“戦闘”? 実におこがましい。我々が今より行うのは………………』

 言い淀むメフィラス。そして下等生物達に対する彼の感情を示すかの如く、空には再び分厚い黒雲が立ち籠めた。

『“害獣駆除”ですよ!!!!』

 そして魔術師の叫びと共に、無数の雷撃が豪雨の如く魔物娘達へと降り注いだ。
14/12/30 21:51更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:対魔物戦闘用機甲外装ユニット

 エンペラ帝国七戮将にして稀代の天才軍事技術者ヤプールが開発した、ゴーレムに代わる次世代の戦闘機械。
 かつて魔王の代替わりの際、帝国軍が抱えていた戦闘用ゴーレム達が全て魔物娘と化してしまい、戦闘で敵を殺害するのを拒んで逃亡するという事件が起きた。この兵器はその抜けた戦力の穴埋めとして開発されたものである。
 自立行動能力を持つが故に魔物娘と化したゴーレムの問題を鑑み、中から乗り込んで操縦するようになっている。
 それ以外は旧魔王時代と変わらないといっていいが、自律行動が出来ない上に人が直接操縦するので、旧時代のゴーレムに付き物だった暴走の危険は無い。
 ただし、ゴーレムと違い自立行動能力が無いので、人が乗らねばただの置物という問題もある。
 操縦に関しても、コンソールと操縦桿を用いて動かさなければならないのでそれなりの練習を要し、口頭や念話での指示で簡単に動かせたゴーレムと比べると信頼性と引き換えに煩わしさが増したと言える。

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