第五話「近づく魔の手」
緯度が教室に入り、しばらくしてから、明日奈が現れた。
「久しぶりだな」
「朝会ったばかりでしょ?、もう、先に行っちゃうんだから」
ぷくっ、と河豚のように頬を膨らませる明日奈、どうやら慧と競争したことがおかんむりのようだ。
「悪かったな、男はたまに無性に走りたくなるものだ」
額を右手でこすり、汗を拭うような仕草をする緯度、明日奈は一瞬だけ迷ったようだが、素早く己の可愛らしいハンカチで彼の額を拭った。
「う、む、すまんな、明日奈」
さすがに申し訳なさそうにする緯度だが、明日奈のほうは、クスクスと笑っている。
「もう、ほんとに緯度くんは私がいないとダメよね」
「あっ、なになに、ひょっとして緯度、陸上部に入るつもり?」
どこで話しを聞いていたのか、後ろから慧が緯度に抱きつく。
「入るつもりはない、というかだな慧、いい加減私に抱きつくのはよせ」
バリバリと引き剥がし、慧の席に無理やり座らせる。
「わっふふ、なに?、ひょっとして照れたりしてる?」
「まあ、そうだな、君が慧でなければ危なかったかもしれんな」
しばらく慧は緯度の台詞を反芻していたが、ようやく馬鹿にされたとわかった頃には、1分以上経過していた。
「わふっ!、馬鹿にしたなっ!」
「私をドギマギさせたいならそういうところから改めるのだな」
むふー、むふー、と興奮する慧を押し止めると、緯度はゆっくりと立ち上がり、トイレに向かった。
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「戌井さんって、緯度君が好きなの?」
緯度がいなくなった後、明日奈はそんなことを慧に聞いてみた。
「え?、好きだよ?、そうじゃないと抱きついたりしないって」
あっさりと白状する慧、これには明日奈も、本を読みながらこっそり聞き耳を立てていた佐久耶も、びっくり仰天した。
「や、やっぱり?」
「うん、良い奴だよね緯度、あーあ、陸上部に来てくれないかなあ〜」
両手を頭の後ろで組みながら、そんなことを言う慧、あっさり白状したということは、明日奈はライバル認定されていないのか、それとも好意に気づいてはいないのか。
「そ、そう、告白、とかは、しないの?」
おずおずと聞く明日奈、こっそり慧の表情を図るが、彼女はキョトンとしていた。
「え?、告白?、それって彼氏彼女になるときにやるんじゃないの?」
「・・・え?」
何やら話しが噛みあっていない、どういうことだ?
「えっと、戌井さんは、緯度君が好きなん、だよね?」
「わふっ!」
「抱きついたり、してるよね?」
「わふっ!」
「それじゃあ、やっぱり彼氏彼女になりたいの?」
「わふっ?、緯度は仲良しだけど、まだそこまでは考えていないよ?」
慧の言葉に、やっと明日奈は理解した。
確かに慧は緯度に尋常ではない好意を向けてはいる、しかしそれは友人や悪友に向けられるような、そんな好意だ。
もしも慧を男友達だと考えると、緯度とは仲の良い親友に見えるだろう。
「はあああ、なんだ、そっか・・・」
身体中から脱力し、机に突っ伏す明日奈、よく見ると佐久耶も本を読みながら、どこかほっとしたような表情を浮かべている。
ただ一人、慧だけが、質問の意味を図れず、キョトンとしていた。
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「くくっ、青春を満喫しておるな緯度、楽しそうで何よりじゃ」
「ほっとけ、それで物語はちゃんと進んでいるのか?」
トイレからの帰り道、廊下には人通りが少ないため、緯度は妹喜にそう問いかけた。
「うむ、進んでおるはずじゃ、お主は何も考えず、生活しておれば良い、それで物語は進んでいく、注意すべきは・・・」
「物語の節目、重大な事件を阻止しようと何かが起こる、ということか?」
緯度の言葉に、妹喜は満足そうに頷いた。
「そうじゃ、妾の予想が正しければ、次は明日奈か、もしくは佐久耶が狙われるじゃろう、目を離すでないぞ?」
何故明日奈と佐久耶の二人が狙わねばならないのかはよくわからないが、とにかく『サキュバス的エロゲ』の展開的に、二人がこれから重要な役目を持つのだろう。
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「・・・師団長、どうやら第一陣は失敗したようです」
「『士魂』がでしゃばっているか、しかしアルテアを殺められなかったのは大きい、コマンダーロイドどもを対淫魔特化に調整していたのが裏目に出たか・・・」
「師団長、次なる一手としては夢宮明日奈を堕落前に消し去ってご覧にいれます」
「出来るのか?」
「はい、所詮は堕落前、それにこれがうまく行けばリリム、ケルベロス、ベリトの三淫魔の誕生を阻止出来ます、アルテア、それにレヴィアタンは後の対処でも可能です」
「ふん、良いだろうブレード、見事明日奈を葬ってみせろ」
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長い学校の授業が終わると、緯度はゆっくりと伸びをした。
「何じゃ緯度、この程度で疲れたのか?」
「そういう台詞は一時間しっかり起きていてから言うように」
リュックサックに荷物をまとめながら、肩から喋る妹喜に対して言い返す緯度。
「明日奈も佐久耶も、今日はなんともないようだな」
現在件の幼馴染は自分の席に座り何やらクラスメイトと話しをしており、眼鏡の文学少女はクラスの新しい掲示物を読んでいる。
「油断は出来ぬぞ?、敵の正体は未だ掴めぬが、アルテアを追い込むような連中、相当な組織なはずじゃからな」
「・・・ふむ」
敵がいかなる者かはわからないが、とにかく用心するに越したことはないだろう。
そんな考えをしていたためか、いつの間にか教室には誰もいなくなっていた。
「帰るか」
リュックサックを背負い、教室を出ようとして、何やら不自然な音を聞いた。
「・・・誰かが隣の教室におるな」
放課後この教室棟を使う者はいない、用心をしながら緯度は隣の教室を覗きこむ。
「・・・むっ!」
そこでは明らかに尋常ではないことが行われていた。
金髪の、一般的には黒ギャルと言うべきだろうか?、とにかく取り巻きをつれた女生徒が、三つ編みの少女を足蹴にしていたのだ。
「緯度、あまり関係ないことには関わらぬ方が良いぞ?、お主にはこの物語を完結させる使命があるのじゃからな」
「わかっている、しかしあんな状況、放ってはおけない」
やれやれ、と妹喜が肩をすくめるのと、緯度が教室に入るのはほぼ同時であった。
「・・・楽しそうだな」
緯度としては極めて落ち着いて言ったつもりだが、実際は腸が煮えくりかえるような思いで言ったため、言葉には多分に他者を威圧するかのような勢いがあった。
「な、なんだよお前っ!」
取り巻きの女生徒たちは慌てたように彼を睨みつけるが、それにはかまわず、緯度はゆっくりと歩くと、教室の中央で疼くまっていた少女を抱き起こす。
「・・・むっ!」
角度的に顔が見えなかったため気づかなかったが、驚いたことに、女生徒にいじめられていた三つ編みの少女は逢間佐久耶だった。
「逢間、大丈夫か?」
「え?、夜麻理、君?」
髪についた埃を取り除いてやり、緯度は佐久耶に怪我がないことを確認すると、ほっと一息ついた。
「さて、逢間に何をしていたのだ?、出来れば集団リンチ以外の答えが欲しいものだが?」
「なんだよお前、関係ない奴がしゃしゃり出てくるなよ」
ようやく勢いを取り戻したのか、黒ギャルは緯度に詰め寄る。
「や、夜麻理君・・・」
「大丈夫、君は何も不安に思わずとも良い」
にこりと佐久耶に微笑みかけると、緯度は正面から黒ギャルを睨みつけた。
「質問に答えてもらおうか、逢間に何をしていたのか、こんなに痛めつけて、正気とは思えないが?」
「ぐ、うぐう・・・」
凄まじい威圧感に首謀者始め、取り巻きも動けなくなってしまっている。
「二度と、逢間に近づくな、今度こんなことがあったら・・・」
どうなるかを緯度は言わなかったが、ただごとにはならぬことを、どうやらギャルは理解したらしい。
「行こう逢間、これ以上ここにいる理由はない」
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「・・・あんの野郎、なめた真似をしやがって・・・」
「畜生、調子に乗りやがって、ぶちのめしてやりたいぜ」
『なるほど、君は彼を『ぶちのめし』たいのか?』
「な、なんだよお前・・・」
『その欲望解放しろ』
「う、うわあああああ・・・」
16/11/12 22:21更新 / 水無月花鏡
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