読切小説
[TOP]
背に乙女匣
 江戸から少しばかり離れたとある町。江戸の雑多で騒がしい雰囲気とは違い、平和で長閑な町であった。
 昼時になると飯屋や甘味処は町の人々で溢れ、皆各々歓談するのであった。
 天気がどうだの、新作の菓子が美味いだの、最近の将軍様や江戸の様子はどうだの、まぁまぁとりとめのないことばかりである。
「また、人斬りがあったらしいぜ」
「あぁ、らしいな。おかげで夜道が怖くて仕方ねぇや」
 しかし、そんな町にも住人を脅かす懸念が無いことは無かった。
 茶屋では男二人が少し声を潜めて話していた。それは辻斬りの事であった。
 ここしばらく度々辻斬りが現れ、今まで幾人かがその凶刃の餌食となった。幸い医者が常駐しており命を落とす者はいなかったが、人々は皆自分が切られてしまうのはいつなのか怯えて暮らしている。昼の内はまだ楽しいが、毎夜毎夜彼らは落ち着いて寝ることも出来ないのだ。
「新選組はまだそいつを見つけてないのか?」
「早くとっ捕まえてほしいもんだがなぁ。人斬りは文字通り人の前にしか現れんらしい。魔物相手には姿を見せたことがないんだと」
「なんと卑怯な奴」
 そんな会話を隣の席で聞いていた男は、茶を啜ると傍らにあった縦長の木箱を背負い、店から出ていった。


「おい、そこの男止まれ」
 夜分、件の町の外れ。幼いレッドキャップが木箱を背負い、笠を被った男を呼び止めた。
「あ、その羽織は新選組の方でいらっしゃるのでしょうか」
 男はまじまじと彼女を見る。レッドキャップは赤色の衣を身に纏っていた。しかし、柄や「誠」の文字からして、秩序の魔宴である『新選組』に属していることは一目瞭然であった。
「まぁ、そうだが……そういうお前は商人か何かか?」
「そういうところですね」
「アタイは今ここらに出る辻斬り追ってんだ。お前、何か怪しいもん見なかったか?」
「いえ。私以外には見ませんでしたねえ」
 にやりと笑いつつ、男は飄々と言ってのける。
「そうか。まぁ、そいつは魔物の前には出られねぇ小心者っぽいから、お前さんは除外だな」
「それなら好都合。今夜も巡回よろしくお願いいたします」
 男は恭しい態度を取りつつも、すたすたと足早に夜の闇へと消えていた。
「あ、ちょっと……どちらにしろ、あぶねぇから夜には出歩いてほしくないんだがなぁ……」
 仕方なく、その後を追うレッドキャップであった。

 男がレッドキャップを撒いた辺りで、再び夜の静寂に包まれる。
 今宵は満月。提灯を下げている者もいないがやけに明るい。
 ざっざっと小石交じりの畦道を踏みしめる音と、虫と蛙の声だけがあった。
 しかし、その踏みしめる音は気が付くと二重になっていた。男の前から一人の人影が歩いてきた。
 一本道、お互い一言も発することなく、すれ違う。
 数歩の距離が空き、突然人影が振り返り抜刀、月光に煌めく刃を男に向かって振り下ろした――
 きぃん
「!」
「おわっ」
 人影は驚き、一歩後ずさる。
 確かに男は自分に背を向け、そして全くこちらに気が付いている様子もなかった。しかし、確かに人影――辻斬りの一閃は防がれたのだ。
 恐らくは、刀によって。
「お、お前。何者だ!」
 よく見ても、男は刀を携えている様子はない。なおさら、何をしたのか、何をされたのかがわからなくなる。
「何者って、しがない商人ですよ」
「くっ!」
 余裕綽々の表情に、辻斬りはたじろぐ。だが次の瞬間には斬りかかっていた。
 がきぃ!
 またしても、防がれる。今度は二本の鋏のような刃に挟まれ、弾かれたのがはっきりと見えた。
「ですよね――十八子(オハコ)」
 いつの間にか、彼の背負う木箱の蓋が開いているのに気が付いた。そしてそこからずずずと、髪の長い少女が現れた。
 月光より透いた白い肌の、まるで死人のように細い少女であった。その手には似合わぬ大振りの刀が二本と小刀二本があった。
「匣音……オハコに背中を任せっぱなしにするのやめて。面倒くさいから」
 消え入りそうな声で男に語り掛け、四本のうち二本の小刀を渡した。
「ごめんよ……でもなんだかんだで守ってくれる十八子が好きだよ、私は」
 箱の少女が前かがみになり男を守るように交差させて二刀を構える。対して、男は小刀を逆手で持ち、だらりと両腕の力を抜いていた。
「行くよ、十八子」
「行くよ、匣音」
 妖しい銀の刀が四筋。見る者を威圧する光景であった。
 しかし辻斬りはめげずに刀を構える。
 四刀など見掛け倒し。一刀に集中している自分にこそ勝機がある、そう確信していたのだ。
 だがその自信はあっけなく崩れ落ち、どうして逃げなかったのかという後悔へと変わる。
 一歩。その足運びは、人ひとりを背負っているとは思えない速さ。そしててっきり前に構えられている少女の刀が来るとばかり思っていたが、その予想に反して一の断ちは男の右方から切り上げられる。
 寸での所で躱し、次に待つのは二の太刀。今度こそ少女の左腕がまっすぐ振り下ろされる。
 これも躱すが間髪入れず、男の左の刀が少女の振り下ろされた刃に擦れんばかりの位置に突きを入れる。
「よっ  はっ」
「  ほっ  」
また辻斬りの後退。だが追い詰めるように少女の右から、男の左、また少女の右と、立て続けに斬撃。避けるも、少女両刀振り下ろしからの男両刀での突き。少女左、男左。少女突き、男右、少女突き。右、左、右、右、左。左、右、刺突、右、左。左左右刺突右……
 乱舞。男は順手持ち逆手持ちを切り替えてすらいた。構えも歩もでたらめだ。だが、それでも二人がお互いを補い合い、一つの型として昇華されていた。
 辻斬りは何とか凌ぐも、攻撃すること叶わずただただ疲弊していく。
 そしてぐらりと、体勢が崩れる。
「しまっ……」

「「よいしょ」」

 四刀がほぼ同時に辻斬りを斬りつけた。
 彼の魔力は一瞬にしてトび、地面に崩れてしまった。


「……はぁ、世の中色んな奴がいるとは聞いてたが、ここまで珍妙だとは聞いていなかったぜ」
 やがて、先ほどのレッドキャップが現れる。少し前に追いついてはいたが事が始まってしまい様子を見守っていたのだった。
「あ、新選組さん。この人しょっぴいておいてください」
 男は驚くでもなく、悠々とレッドキャップに辻斬りを押し付ける。
「あぁ、了解。ご協力感謝するぜ」
 呆れながらもレッドキャップは二人を見た。
「こういう戦力はうちにも欲しいくらいだなぁ。息ぴったり。アタイの相棒じゃ考えらんねぇぜ」
「オハコ、別にこいつと仲良くない」
「言うねぇ十八子。私が足になってあげてるのに」
 惚気のような言い合いに苦笑しつつ、
「気が向いたら、来てくれよ。うちはいつでも新入りを待ってるからな」
 レッドキャップは辻斬りを連れ、消えてしまった。


「辻斬り、捕まったらしいぜ」
「はぁよかった。これで夜道も大手諸手を振るって歩けるってもんよ」
 また町の茶屋にて。
 今度は町の危機も去り、真の平和がそこにはあった。
 そんな中、箱を椅子に座らせた男は、
「ほれ、十八子。茶と菓子が来たぞ。……まったく出不精、そんな雑に飲み食いするものじゃあないでしょうに」
 と澱粉玉入り甘茶を箱に流し込んでいるのであった。
20/02/02 01:03更新 / 鯖の味噌煮

■作者メッセージ
んーやっぱり、小説でバトル描写って難しい。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33