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前篇



ーー昔々、とある村にそれはそれはいたずらが好きな狐がいたそうな。
ーーその狐、ただの狐に非ず。
ーー人語を理解し話すことを得意とし、更には妖術を使い人をかどわすという二尾の妖狐であった。



「くぁっ!? ぺっぺっっっ! …こんのぉクソぎつねめぇぇぇ!!」
『くけけけ! 騙されるテメェらがわりぃんだよっ! あっはははー!』
今日という日もまた村人の一人を妖術を使って悪戯をしたところである。

『どうだぁ? 肥溜めの風呂は? 最高に良い匂いだろう? くけけけっ!』
「〜〜っっっ!!」
どんな悪戯かと問えば村人の若人へ幻術をみせつけ、恰も湧きたての風呂に錯覚させた田畑を繋ぐ畦道の脇にある肥溜めに肩までどっぷり浸からせてしまうと言う物。
…はっきりといってきなり臭うものである。

『まぁ〜さっさと家にでも帰って風呂に入っておきなってっ! くけけけけ〜…』
「っっ…ち、畜生ぅぅ!!」
その憐れな若人を遠目の高台から覘き前足で抱腹し笑い転げていた金毛の二尾の妖狐はすぐさま四足に戻るや、後ろ足で土を若人にぶっかける様に蹴るとそのまま山の方へ向かって走り去ってしまう。
残された若人は結局何も出来ずにその悪戯妖狐を見えなくなるまで恨めしく見送るしかなく、彼の口から出た怒気を含んだ声は秋口間近の珍しく訪れた朝もやに吸い込まれていった…。



ーーその妖狐、村の外れの山中にある神社にて暮らしていたそうな。
ーーそこではもう一匹のおきつねさまがおってその者、その神社に祭られる『稲荷』であった。
ーー常に迷惑を撒き散らす妖狐に呆れた二尾の稲荷は意気揚々と帰ってきた妖狐を毎度毎度叱り付けるのである。



遥か後ろから聞こえる声を嬉々とした表情で聞く妖狐は軽い足取りで森を駆けていく。
紅葉が始まりだした楓の木の葉についた露がぴとりと地に落ちるその中を抜け、普段餌にしている兎共を視界の隅にすら入れず、有象無象に天に伸びて空を隠す竹林を走る。

あっという間の足の速さはやはり獣というべきか。

そして辿り着いたるは小さな赤い鳥居とこじんまりした木造の社が作られた分社…神社である。
社の大きさは辛うじて人一人が寝ることが出来そうなほどの大きさであることから小社の中でもとりわけ小さいものなのであろう。
その社の前の石畳の参道を何か黄色い影がゆらゆらと揺れながらに何かをしてている。
…よく見れば神主が着る様な浅黄色の袴に白襦袢という神職に順ずる者が好んでよく着る物だ。

妖狐は走り込みながらその影へ寄って行くと徐に減速し、猫が立ち上がるそれのようにして二足になってその影へと歩み寄る。
その影もピンとしていた耳を更に天に向かって一瞬尖らせたので気付いたようだ。
手に抱えるように使っていた竹箒をそのままに妖狐へと体を振り向かせていく。
ゆっくりと向けられた影の全体像は…

なんとこれまた化猫のように後ろ脚だけでたったままの狐である。
しかしこの服を着た狐からは不思議と安らぎを感じる気が醸し出され、ある意味神々しくもあった。
対して近寄っていく妖狐からは妖怪特有の瘴気という物だろうか、禍々しい気が体から少しずつにじみ出ている。
…全く気の質が正反対の狐が相対するこの空間には先程まで五月蠅いくらいにチュンチュンと鳴いていた雀がいつの間にかいなくなってしまい、唯々妖狐が歩くたびに石へ爪を引っ掻く音だけが社内に響き渡るのであった。

だが石畳が永遠に続くことは無く、すぐに妖狐は稲荷の傍まで進むと手の動きだけを人のそれと同じように片手だけ挙げて挨拶を…

『ただいま、姉御…』
『こんのぉ…痴れ者めがぁっ!』

…静かだった境内に竹の撓り音と乾いた打撃音がするのはほぼ同時であった。

妖狐が開口一番に挨拶をすると行き成り神道の狐は抱えた箒の柄を折れても構わないくらい強く妖狐の耳と耳の間、脳天にしこたま打ちつけたのだ。
この行き成りのことに妖狐は数秒の停止の後『っ〜!!』と声にならない呻き声をあげて蹲ってしまう。
だがそんな妖狐に構わず神道の狐は箒を抱えなおすと妖狐を見下ろすようにして説教をはじめると、妖狐に会う先程までたおやかだった二尾が一気に開いて逆毛立つ。

『あれほど人様に迷惑をかけるなと…口を酸っぱくして言いましたよね? 』
『ぅ…わ、私は姉御と違って稲荷じゃ』
『黙りなさいっ!! なのに貴方ときたら…いいですか? 私たちはここで勝手に住んでするのではなく村の方々の温かい支援があって…』



ーーその妖狐、元は大陸からきたという。
ーーしかし、なんの因果かこのジパングに流れ着き弱っていたところを一匹の稲荷が介抱したそうな。
ーーそれ以降妖狐は稲荷のことを『姉御』というようになったという。



『って聞いているのですか!? 』
『ぐぅー…ぐぅー…』
『……〜っ!!』

…再び乾いた打撃音は先程よりも若干音が大きかった。

『っ〜!』
『はぁ、貴方は前の大陸で悪戯をし過ぎて不興をかってこのジパングに流れ着いたのでしょう? なんでまた貴方は同じ轍を踏むのです?』
『…さぁね、私にも分かんないね。』
激しい痛みを抑える為に頭に手を乗せて再び地面に鼻をつける妖狐に稲荷は呆れ顔で鼻先をスンと鳴らす。
その稲荷の言葉に一瞬体が強張った妖狐だったが強張ったときに逆立った尻尾がゆっくりと元に戻ると同時に視線を稲荷ではなく横のほうへとずらして拗ねた子供の様にぶっきら棒に答えると続けてこう言うのだ。

『ただ…大陸と違ってこの国の人間は優しすぎるね。…なんでこうも簡単に信用するんだい?』
『それがジパングだからです』
『…私は人間なんて嫌いだ。生まれて数十年…ずっと見てきた人間は自己中心的で、協調せず、無駄に生き物を殺しているじゃないか…どうしてだい? 』
未だに視線をずらしたままの妖狐は瞳の中から段々と光が無くなっていく。
その表情は耳が下がっていることから極度の不安にさいなまれているのだろうか。

稲荷はその妖狐の暗い部分に横槍を入れることなく目を瞑りただ静かに妖狐の独白を聞き入る。
…木々の葉が波打つ音を背に。

『ましてや気に入らないという理由で同属のもの、ましてや血肉を分けた親兄弟まで殺す…どうしてこんなのを好きになれるんだい?』
『……』
『姉御、同情や哀れみなんて要らないよ。私はただ…人間が嫌いなだけだ。信用できないだけだっ!』
やがて間を置いて稲荷が目を開けると向き直った妖狐の顔をちょうど拝む形になったが…その目にはドス黒い感情が支配しているのだろうかガラスの義眼のようなツクリモノの輝きしかない。
この目に今度は稲荷がビクリと体を震わせた。
醸し出される黒い瘴気がそうさせたのか、それても妖狐の射殺すような眼力がゆえか…

『……姉御は神に帰属したよね? …私はそれも真っ平ゴメンだ』
『…何故?』
『私は…私だっ! 何者にも縛られない自由が私の選んだ道だっっ! ましてや人間なんかと一緒になんて…考えただけでも身の毛がよだつっ!!』
稲荷と妖狐は僅かばかりの沈黙の後黒い感情が篭った妖狐の発言を皮切りに今度は稲荷が静かになってしまうのもつかの間。
妖狐はその言葉だけを言い終えると再び四足にてどこかへと走り出してしまうのだった。
漏れだす魔力の濃い瘴気を隠しもせずに、ただただ遠くへと…。


ーーこの二匹の狐をよしとする青年が一人妖狐とすれ違いになって社内へ来るものありて。
ーーその青年、名を「十兵衛(じゅうべえ)」というそうな。
ーー青年は農民をしつつも稲荷に従事する神官でもあった。



「おや? どうしました? 稲荷様? …途中で悪戯ぎつねとすれ違いましたが…」
『あぁ、十兵衛殿…いえ説教中に逃げてしまったもので』
「あぁ、そうでしたか…あ、稲荷様! 今回とれた蕪(かぶ)は上出来でしたので稲荷様に奉納したいのですが…」
そんな妖狐と稲荷だったが妖狐の走り去った方角、鳥居の方から一人の青年が石段を上がってきた。
その彼の身なりをみれば…お世辞にも綺麗とは言いづらいものの、作物を作っているような発言からして農民なのだろうか?
…いや、違う。
農民という身分にしては明らかなほどに白衣、稲荷と同じ浅黄色の裾先がささくれ立った袴を着ているところをどうやら神官のようである。
その神官は背中に担ぎ背負っていた所々色あせた藍染の風呂敷を解いたかと思うと稲荷の目の前へ蕪を掲げた。
その蕪は神官の言う通りに中々の出来栄えでとても丸々とした白い握りこぶし程の、実に青々とした鋸のような葉を茂らせており取れたての証拠でもある茶っこい土が点々と白の上にある。

『まぁ! なんと瑞々しい!』
「でしょう? ささ、どうぞ稲荷様」
『それではありがたく頂戴いたします♪』
稲荷は抱えていた箒を本殿の直ぐ傍に生えた木にへと立てかけると、神官から大きな蕪を一つ貰い受けて神殿の扉を開けた中にある木皿へとゆっくりと置いて器用に二礼二拍手をした。
勿論神官も彼女に倣い彼女の後に隙無く続けて行い、最後に彼女と共に一礼をすると神社のしんと静まり返った空間に音が戻る。

「…なんか稲荷様が自分の祠に頭を垂れるのは、その…何か不思議な気がいたします」
『あら? 神と言えども感謝の気持ちは忘れてはいけませんよ?』
「はいッ!!」
頭を上げた二人は再び向き合ってクスりとどちらからともなく笑い合う。
そのちょっとした時間のゆとりを楽しんだ二人はそのまま各々の仕事へと戻っていくのであった。


ーーー処変り妖狐、渓谷の川原の傍にてふらりと足を運ぶと川に浸かる篠筒を発見しよった。
ーーーその篠筒を覗くと黒い何かが暴れよって妖狐は慌ててそれを離したと。
ーーー…中から出てきたのは鰻だったそうな。


『…けっ、姉御が…姉御が悪いんだ…親を殺した人間なんて誰が好きになるかっ…』
稲荷の元を去った妖狐が何気なく辿り着いたのは秋が深まりかけたばかりの山々の合口に出来た渓谷。
その渓谷の一番深いところに流れる緩やかな清流の脇の石ばかりの川原をかちかちと爪で弾いたりしながら四足にてのそりと歩く妖狐の毛深いせいで表情は見えずとも意気消沈をしている様子は垂れ下がった二尾を見れば一目瞭然である。

『…はぁ…ぁ? なんだ? コレ??』
酔ったりしたでも無かろうに体が左右に振れていてもやはり倒れないのはさすが安定の四足。
『あー…うー…』と呻きとも溜息とも取れる声を出しながらふと視線を川へとずらしたとき、視界の隅に何やら水に浸かった藁色のナニカを発見して、その物を確りと見る為に近づいていくとそれは篠筒であった。
篠筒自体はさほど大きくは無く妖狐が抱えて中を見るには十分な高さと径であり、時折筒の中からパシャリと水がはねる音がしているあたり何か魚がいるのだろう。

『んー?』
その音に好奇心がむくりと反応した妖狐は人が万華鏡を覗き込むそれと同じように片目を瞑って中を覗いたその瞬間、妖狐の顔へ水鉄砲の如く水が筒の中から襲ってきた。
なので驚いた妖狐はその筒を遠方へと突っ返すように投げてしまったのは仕方ないことだ。

『うわぁ!? …び、吃驚した…??』
そのまま妖狐は川原側へ瞬間的に飛びのいて折角の二足を再び四足となって、妖狐が投げて横になり入口が川に浸ってしまった筒を見つめると…中から艶のあるぬめりとした細長い魚らしきものが数匹出てきたではないか。

『…鰻? へぇ…ここいらで獲れたんだ…』
そう、鰻である。
綺麗な清流が故に生息しているそれは狭い篠筒から開放されて喜ぶようにして川べりを一度だけぱしゃりと跳ねるとその水中の影たちは果たして何処かへと消えていった…。

『…ぁ! …けっ、だ、誰のかわからねぇけど…私のせいじゃないやい!』
明らかに自分のせいであるがあくまで事故であると誰も聞いていないのに言い張る妖狐は暫く複雑な表情で鰻たちが消えていった川を見つめていたが『ふん!』と鼻息一つ鳴らして踵を返すと後ろ足で一度だけ砂掛けをし走り去ってしまった。

ーーー妖狐、自分の非を認めず。
ーーー胸中に靄を残して隠れ家にて不貞寝をしたそうな。


『…あぁくそっ! 気分が悪いっ! もう今日は寝ようっ!』
紅葉が散る山々の地を縫うように走りいつかの竹林を抜けた先に見えてきたのは洞窟である。
どうやらここが妖狐の隠れ家のようで妖狐は何時まで経っても晴れない胸中の靄を振り払うようにして顔を勢い良く左右へ数回振った後、洞窟奥にあった藁詰めの寝床にて横になり不貞寝をしてしまう。
だがその不貞寝がそのまま本眠へとなのに時間はかからず…ぽーん、ぽーんと洞窟に音が響いた事で外が雨だということを知る前のことであった。



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『ふぅ…私としたことが…』
そう呟き歩く妖狐は朝餉の食事が終わって稲荷の元へ移動している最中であった。
結局あの後心の靄が晴れるまでに実に三日も住処に引きこもっていたが、結論を出したようでその結論である稲荷に謝るという謝罪の気持ちを表すために口に柿の実を一つ枝ごと持っている。
勿論、盗人を許さぬ義姉の気質を考えて自然になっているモノだ。
自分自身に呆れているのか口角を上げながら鼻息一つ吐いて足早に稲荷の元へ向かうとそこではいつも通りに箒を掃く稲荷がいた。

しかし…。

『よぉー姉御! この間h』
『…っ!』
『っ!? な、な、何だよ姉g』


妖狐が言葉を言い切ることは無かった。


気軽に声をかけるように柿を手に確り抱きとめた妖狐は稲荷へ近づいていく。
だが振り向いた稲荷は目に怒りの炎を燃やしており、いつもとは逆に妖狐へと常日頃持っている箒をその場で投げ捨て走り詰めると戸惑う妖狐めがけて稲荷は前足の爪を立てて妖狐の頬を深く抉る様にして振りぬく。
行き成りな上に予想外の稲荷からの攻撃に混乱する妖狐はなすすべなく地面へと倒れこむと抱えていた柿も同様に投げ出されてしまい、投げ出された柿はもう原型をとどめることなく潰れて…石畳が柿を食べてしまったかのようになっていた。

『…貴女、数日前に川原で何かしたのでしょう?』
『な、何をいっていr』
『答えなさいっっ!!』
よろけながらも立ち上がった妖狐に対して依然として怒気を収めない稲荷が妖狐の前にて仁王立ちの如く立ちはだかっていた。
歯を剥き出しにして怒る普段からは考えられないような稲荷の態度に、妖狐はその迫力に負けて『うぅ』とよろめくも一応正直に答えていく。
勿論まだ何故自分がこんなに怒られているかは分からないままである。

『そ、そうだよ? そこでちょっと…なんで知ってるんだい?』
『貴女のにおいが残っていたのよ…【十兵衛殿が溜めておいた鰻入りの篠筒】からっっ!』
『っ! あ、あれは十兵衛のだったのか…いぎっ!? 姉御…で、雷撃は痛いっ…』
二尾の尻尾が逆立つ稲荷は比喩でもなんでもなく体の底から怒りというモノを神通力に乗せて妖狐へと当てるとそれは空中で稲妻の如き雷撃に変りソレを妖狐へと無遠慮に当て始める。
妖狐としては何度か見たことある雷撃ではあったものの、これ程までに激しいものは受けたことが今まで無かったのだ。

『お黙りっ! …貴女の軽い悪戯のせいで十兵衛殿の母上様の最後の望みが無になったのですよ?』
『…な、何?』
分からなかった妖狐だが十兵衛の母と聞いて思い当たる節が一つあったようだ。
妖狐も何度か十兵衛へと悪戯をしたがその中で十兵衛の母は体があまり丈夫ではなく、昨今に至っては病床に伏せたままということは知っていた。
知っていたからこそ稲荷の次の言葉に一気に脳内が氷のように冷たくなってしまう…。



『母上様はこう言っていたそうです…「死ぬ前に鰻を食べたい」…と』



ソレを聞いてしまった妖狐は先ほどまでの焦りとは別質の血の気を抜かれるような錯覚に陥ってしまったようで折角立ち上がったのに口を半開きにして鼻の上に手を宛がいその場に崩れ落ち奇しくも稲荷にひれ伏すような格好で身を全て投げ出し伏してしまう。

『…自分が何をしたか分かりましたか?』
『うぁ…ぁぅ…ご、ごめんなさい…』
『それは、その言葉は…私じゃないでしょう?』
そんな状態の妖狐はまさに何かに怯えるように『ごめんなさい』と何度も呟くと全身が小刻みに震えてしまった。

…人間が嫌いで悪戯を繰り返していた妖狐であったが決して病人やけが人を貶めるようなことは無く、悪戯をするときは必ず前もって調べてからにしていたのだ。

…幾ら嫌いといっても『自分が何かされたわけではないのに、命のやり取りなんてしたくない』と心のどこかで思っていたのだろうか自然とそのようになった悪戯で妖狐は初めて人の思いを『殺して』しまったのだ。

…幾ら沢山悪戯をしてきたといってもまだまだ妖怪として若い妖狐は初めて【自分の手で人の死】というものに関わったのだ。


ーーー妖狐は初めて己の浅はかさを呪ったようで。
ーーー後悔をしている妖狐に稲荷は優しく手を伸べて諭したそうな。
ーーー妖狐は改心し直ぐに十兵衛の元へと向かったそうな。


『まずは…十兵衛さんに謝ってきなさい』
『っ! 』
『怒られるかもしれない。けれど、けれどね?』
鼻の上から頭の上に移動した妖狐の手に屈んだ稲荷の温かみを帯びた手がすっと先ほどできた引っ掻き傷に触れると、妖狐は体を一度激しく萎縮させてしまい尻尾が妖狐の股座の中に引っ込んでしまった。
しかしそんな状態の妖狐に稲荷はまだ語りかける。
妖狐からは顔が見えないが声からしてもう怒りは無い様で今はに逆に子供をあやすような温かみのある声に変わっていた。

『ずっと言わないとどっちも辛いのよ?』
『…』
『十兵衛さんとはいつも会っているんだから幾らでも機会はあるわ。でもね? 今回のことは貴女が悪いのは分かるでしょ? だったら自分から謝って許してもらいなさい。許してもらえるまで謝りなさい…ちゃんと気持ちが伝わるまで、ね?』
…妖狐の震えが止まった。

『…いけますね?』
『…うん…』
『では…行ってきなさい。行ってちゃんと十兵衛さんに謝ってきなさい』
やがて徐々に体が起き上がり始めた妖狐はあれよあれよという間に再び二足で立ち上がったかと思うと真っ直ぐに目の前の稲荷の瞳と視線を交わらせたのだ。
その真っすぐな瞳にはもう怯えや恐怖といったものは無くなって変わりに…覚悟があった。
…ついでに言うなら稲荷の治癒術のせいか、口元の傷からはもう血が止まっている。

『…行ってきます!!』
振り返り鳥居の先めがけ加速し速さを増していく妖狐を稲荷はまるで母親がわが子を送るような目で見送るのであった。

『はぁ…本当に手のかかる妹だこと…ふふっ…』
妖狐の背が見えなくなった頃、稲荷は微笑みと共に境内の掃除を再開しだした。
太陽が中天を迎える前にはもう粗方境内を掃除し終え、一息つくため本殿前の段差に腰掛けて休もうとした、その時のこと。

『…ん? あら? 随分と黒い曇天…雷雨かしら?』
稲荷の頭上、黒き雲が空を徐々に覆い始めていたのだが『普通の黒雲』のそれとはまた別の気配を感じ取っていた。
お茶をする為本殿の中から急須と湯呑を取り出した矢先である。

『(…? 空気が変わった?)』
冷水による冷茶を注ぎ終わって器用に湯呑を持ち上げて一口。
雲がもたらす涼風とはまた違う、形容しがたい【ナニカ】が稲荷の体を通り抜けるような感覚がした…


ーーーまさにこの瞬間…


『…っ!? か、はっ!? か、体が…っ…熱いっ!?!?』
抱えていた湯飲みを石畳に落として粉々になるのも気にせず社の賽銭箱前に蹲ってしまい、苦しげな声を出し始めた稲荷。


ーーー大陸の何処かにあるという魔界にて…


『かふっ…!? あ、あぁ、ぁぁぁーーっ!!??』
その稲荷から眩い光があふれたかと思うとそれは徐々に稲荷へと収束していき、その光が一際強くなった瞬間に…一気に爆ぜたっ!


ーーー魔王の鞍替えが発生したのだ。











ではこの転換期の瞬間、妖狐はというと…すこし時間を巻き戻して見てみましょう。








【後篇へ】

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次回予告っ!
「大変だよ十兵衛っ! ねぇさんが・・・ねぇさんが!!」
「なんだ? 別嬪さんになったのか?」
「…ェ? なんでわかったの?」
「…え?」
「…う?」

次回っ! 狐のお話後篇【ドキッ! 袴の狐と和服の狐の姉妹丼っ!?】こうご期待っ!!



…嘘ですw でもエロはあります…2匹分っ!!

12/09/01 12:02 じゃっくりー

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