連載小説
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白蛇の怪
ある日の暮方のことであった。男が一人、草むらにうずくまっている。
まだ薄明かるさの残る青黒い空、椀のような月が傾いでいる。小高い山々が見える、小さな農村である。ポツポツと星の点り始めた天の下、彼は一人着物の尻をはしょって、自慰にふけっていた。
なんでも外で致す方が、気が乗るそうである。
真っ暗闇では味気ない。これほどの見えるか見えないかの明かるさを彼は好んでいた。もしかすれば、村人が通りかかるかもしれない。その緊張感がよいのである。しかし、もし見つかった時、それが男であれば、馬鹿なことをしておるわ、で終わるかもしれないが、女人であれば、もはや村の中を大手を振っては歩けまい。村で噂が広まるのは早いものである。
男に妻はなかった。
そう考えると、男がバレていないと思っているだけで、もうとっくに男のこの性癖は村中に広まっているのかもしれない。女人に声をかけても、男は相手にされなかった。
そよそよと、風が草むらをかき分けていく。魔羅にかかる風が、よい刺激となる。
リリリ、と。
鈴虫やら蟋蟀(こおろぎ)、名も知らぬ虫の声がする。男は彼らにはやしたてられる面持ちで、右手を動かしていた。
草むらは男の家のすぐ裏手であった。いつも通り野良仕事を終えて、男は鍬を家に置くと、いそいそと草むらに篭ったのである。
男は息を一つはいた。
果てたのである。
彼は満足そうに、自らの白濁を見やる。
それは草にかかり、下に長く白を引いていた。男は果てた心地よさの中、ボンヤリと
「嫁が欲しい」
そう思っていた。
一人で致すのも心地の良いものではあるが、嫁に致してもらうことが出来たらどれほどよいだろう。致してもらうだけでなく、その爛れた女陰(ほと)に魔羅を突き入れて、奥の奥で吐き出せたのなら、どんなに具合が良いだろう。
しかし、そのようなことは望むべくもない。
同じ百姓連中にも相手にされないような俺に、女人がなびいてくれるはずもない。男はいっそ晴れ晴れとした顔で諦めていた。そうして、手頃な葉に、手に残った汚れを拭った時だった。
男はギョッと目を剥いた。
なんと、男が吐き出したはずの白濁が、草むらから、ぐぐ、と持ち上がったのである。
「うわぁ」
男は吃驚仰天して、魔羅をむき出しにしたまま尻餅をついてしまった。チクチクと、草が尻を刺して痛いが、それどころではない。
その白く細長いものは更に伸び上がりーーそれは、一匹の白蛇であった。
月明かりに照らされて、白い鱗が艶かしい色味を帯びていた。その蛇に、男の汚液が垂れていたのである。美しい鱗に、男の汚液が垂れかかっている。蛇は鎌首をもたげ、そのつぶらな瞳でジィッと男を見ていた。チロチロと、炎のような舌が揺れている。
チロチロ。
チロチロ。
それは、まるでこれから燃えたとうとしている業火の種火のようであった。
もしかすると、蛇はただウットリと男を見ていただけなのかもしれないが、後ろ暗い秘め事に興じていた心持ちであった男は、睨まれていると思ってしまった。男が精をふりかけたのは、化生の代表格の蛇、よりにもよって白蛇である。
白蛇は龍神さまのお使いであるとも聞いている。
蛇は相変わらずジッと、男を見ている。その視線の先は、むき出しになっている魔羅でもある。
男は、恐ろしさのあまりに真っ青になってしまった。彼は頭を地に擦り付け、許しを請うた。
「申し訳ござんせん。私めの汚い精を、その御身体に振りかけてしまい……どう謝れば良いかもわかりません。二度とここで自慰などいたしませぬ。酒や米を所望でしたら、い、いいえ、ウチにはひえや粟しかございませんが……。どうか、どうか祟るのだけはおやめくださいまし」
男は必死に謝り、しばらくして恐る恐る頭を上げて見た。
蛇は、相変わらずそこにいた。
ジィッと。
黒々とした目で見ている。
赤い舌も揺れている。
チロ……。
チロチロ。
その瞳には奇妙な光があるように思えた。
男は生きた心地がしなかった。その目はまるで、この獲物をどう食らってくれようか、という瞳にしか見えなかったからだ。
カチカチと、男の歯の根が音を立てる。
そよそよと、白々しい風が吹いていく。
ビョウ、と。
ひときわ強く風が吹くと、蛇は、チロリと舌で口の周りを舐め、草むらの中へ這い戻っていった。その最後の顔は、笑っているように見えた。
男は、もう自分は駄目だと思った。自分はあの蛇に祟り殺されてしまうのだ。女人を抱くこともなく、自慰にふければ御使いさまに精をふりかけ、祟り殺される。何という馬鹿げて情けない話なのだろう。しかし、それが自分であるのだ。
男は腰を抜かしていた。
男は、まさしく蛇のように這って、自らの家に戻った。

男は自棄(やけ)になって酒を飲んでいた。
もう自分は死ぬのだ。だから正月のために大事にとっておいた酒を飲んだって構うまい。水で存分に薄めた酒は、ほぼ水の味しかしなかったが、自棄になった男は、もはや気分で酔っていた。それに、男は元々弱い性質(たち)でもあった。
「龍神さまも、酒精の香りがした方が美味く食えるだろう。俺なんて、骨と皮ばっかりで、元々美味くねぇだろうしなぁ」
男はケラケラと笑い、本当に酔っているらしかった。彼は四肢を投げ出して大の字になると、来るならきてみろと、そのまま眠りこけてしまった。

こんこんと、夜も更けた頃である。
粗末なあばら家の格子窓に、星と月が混じり合った、青白い光が差している。静謐な空気を乱すように、男の間抜けなぐーすかというイビキが響いている。
この男、小心なのか豪胆なのか、分からぬところである。
そんな男の戸を、トントンと叩くものがあった。
だが男は気がつかずに眠りこけている。

トン、トン。
グースカ。

トン……トン。
グースカ。

ドンドン。
ンガッ……グースカ。

イビキの音が聞こえるばかりで男が起きる気配はない。戸を叩いている主(ぬし)は、どうやら業を煮やしたようであった。格子戸の隙間からほっそりとした手が入り込んだ。
女の手である。
手には石を持っていた。その手はひょいと、男に石を投げ、見事に男の間抜け面に当たった。
「イタッ!」
男は何事かとようやく起き上がり、ねぼけ眼(まなこ)であたりを見回した。ボヤけた男の目が、格子戸から抜けるほっそりとした白い影を捕まえることはなかった。
「なんだってんだ……まぁいいや。寝るか」
男が再び寝ようとすると、戸の方から、

トトトトトトト、ドン

「うひゃあ」
慌てたような、まるで若干の苛立ちを含んだような音に、男は慌てて戸に駆け寄った。格子戸の隙間から見える月は、大分傾いている。こんな夜更けに何者だろうか。
「ど、どちらさまでしょうか」
男は、恐々と尋ねてみた。
「もし……私は旅のものですが、泊めてはいただけないでしょうか」
「ウチにでございますか!?」
男は吃驚してしまった。自分で言うのもなんだが、男の家はどの家でも断られて最後に声をかけるような、寂れたあばら家である。
そんな家に、女の声が泊めてもらいたいと言っている。声だけを聞けば、ウットリとするような艶があり、それは背筋を逆なでにされるようなゾクゾクとする響きを含んでいた。
男はゴクリと唾を飲み込んだ。
何せ彼は女に飢えているのである。
女と話をすることができたのは、いつぶりか知れない。
暗い欲望が、腹の底で真っ黒な蛇となって、とぐろを巻いた。
このまま戸を開け放って女を迎え入れたいが……しかし男は躊躇った。これはもしかすると戸を開けた瞬間に男どもが押し入ってくるかも知れない。だが、こんな見るからに貧乏な家をわざわざ盗賊が狙うとも思えない。そもそも女を使って戸を開けさせずとも、ひと蹴りすれば破れるような戸である。
もしやあやかしの類……。
男は夕べの白蛇を思い出して、金たまが縮み上がった。男の欲望の黒い蛇が、白蛇に丸呑みにされた気がした。だがそれも、龍神さまのお使いであるような白蛇であれば、このような戸など、息のひと吹きで、家ごと吹き飛ばせてしまいそうである。
「もし……。この戸を開けてはいただけないでしょうか」
女は変わらぬ美しい声で呼びかけてきている。
女の吐息が耳元にかかっている気がして、男はまた、ゾクゾクとした。
「ウチは何もございませんが……」
「大丈夫でございます。食物など求めませぬ。ただ、眠るために軒を貸してさえいただければ良いのです。ただではお貸しいただけぬと言うことであれば、褥を共に致しても構いません」
か細く羞恥を含んだ声に、男はゴクリと唾を飲み込んだ。
声だけ聞けば、女は極上である。
この時代、金銭のない女は旅銭を稼ぐため、体を開くこともザラであったと言う。
それを聞いて、男は今までの疑念も何とやら、どこかへ飛び去ってしまった。新しい黒い蛇が、男の腹の中にどっかと腰を下ろした。
彼はペロリと卑しそうに薄い唇を舐めると、そろりと戸の穴に目を押し付けて覗いてみた。男は、夕べから数えて一番吃驚仰天してしまった。これほど吃驚でできるとは、貧乏でも彼の人生は楽しそうである。
戸の向こうには、天女と見まごうほどの女性がいた。
男はもはや脇目も振らず、戸の立てかけを外し勢いよく開け放ってしまった。その勢いに女は少し目を開いたが、男を見て、ニッコリと微笑んでくれた。
男はだらしなく鼻の下を伸ばしてしまった。
月は地平に落ちる寸前であった。空には眩いばかりの星が輝いている。満天の星の下。暗い田畑を背景にして、美しい女が立っている。
旅をしていると言うのは本当らしい。
白っぽい縮緬の着物の裾をはしょり、女だてらに脚絆、草履をはいている。夜だというのに編み笠を被り、木の杖を携えている。縄のような白っぽい帯を締めているが、村の外から来たのなら、流行が違うこともあるだろうと、男は思う。
結っていない女の髪は黒く長く、漆が流れているかのごとくに艶やかである。白い肌は、沈む月の代わりに昇ってきた新しい月だと言わんばかりに淡く輝いている。赤い唇は思わず吸い付きたくなるほどにみずみずしく、これほどの女は、噂に聞く遊郭にでもいないのではないか。そう思えるほどの美貌だった。
男は再び喉を鳴らしてしまった。
この男、もしかすれば、逆流性胃腸炎の気があるのかもしれない。
編笠の下の真っ黒な瞳は、男をジィッと覗き込んでいる。
それはどこかで見たような目つきだったが、泊めてくれるならばその体を抱かせてくれると言う女の言葉に、男の魔羅は夕べ独りで致したというのに、数日致していないというほどに固く、玉も重たくなった。
むくむくと膨らんだ男の股間を見た女は、唇の端を吊り上げて、
「ご立派なようで……優しくしてくださいませ」
恥じいるように言った。
男はもう辛抱たまらなくなって、女を家の中に連れ込んだ。
「あら、乱暴なこと」
そんなことを言いつつも、女は楽しそうである。
「可愛いらしいお方ですね」
目を血走らせた男に押し倒されのしかかられつつも、女はやはり嫣然とした態度で笑っている。その真っ黒な瞳は情欲に濡れ、妖しく輝いている。
チロリ、と。
女の艶かしい舌が、彼女の真っ赤な唇を濡らした。
男は女の着物を破りそうな勢いでほどいていった。だが、女の着物をほどいたことのない男は手こずるばかりだった。気ばかりが急(せ)いて、うまく脱がすことができない。
見かねた女が教えてくれる。
「こうですよ。ここ、ここをこう引っ張って……あん。やんちゃなお方……」
徐々に露わになっていく女の肌に、男は何か尊いものに触れている心持ちがしてきた。
とうとう剥き出しにされた女が、汚いあばら家の床に、自らの着物を敷いて仰向けになっている。暗闇の中、格子戸から差しいる星明かりだけが、女の肢体を照らしている。
つやつやとした肌は雪のように白く、そのくせ、生臭いほどの色気があった。自ずから白く輝いているようでもある。女が淫らに体をくねらせると、大きすぎもしない、形の良い真っ白な饅頭が二つ、あばらの上にで揺れた。その先には蕾のような突起が、それぞれちょこなんと付いている。それは男に見られているうちに徐々にぷっくりと固くなってきているようでもあった。
闇の中で体をくねらせる女は、人の形をした一匹の白蛇であった。己を犯しにきた男に巻きつき、丸呑みにしそうな妖しさがある。だが、男はこれほどの女体をかき抱けるのなら、それも致し方のないことだろうと思ってしまう。
惚けた男に向かって、女は淡く笑った。
「女人の体を見るのは初めてですか」
男は阿呆のように首を縦に振った。目は真剣である。
「そうですか。私も初めてです」
女の言っている意味を、男は考えることはできなかった。なぜなら、女は男に向かって、股を開き、さらにはほっそりとした指で女陰(ほと)を押し広げたからである。熟れた果実のような肉が男の目に入り、男は思わず手を合わせて拝んでいた。
まるで念仏でも唱えるように「ありがたや、ありがたや」と呟いている。
男は初めて見るむき出しの女体に、神々しいものを感じずにはいられなかったのだ。
しかし、それだけでもなさそうである。
その様子に誘惑していた女は一瞬鼻白んでしまったが、彼女は先ほどまでとは変わって優しげな、包み込むような笑みを浮かべた。そうして今度は股ではなく手を広げた。
彼女は男が欲しているものに気がついたのである。
「良いですよ。抱いてあげましょう」
男は欲情していた気持ちも忘れ、菩薩のような彼女に抱きしめられることにした。
「ああ、あったかいなぁ……」
男は彼女の母のような温もりに包み込まれ、知らず、涙を流していた。
「おっ母(かあ)にもこうして抱かれたことなんて、覚えてねぇなぁ……」
年甲斐もなくほろほろと泣く男を、女は愛し児にするように、頭を優しく撫でていた。
彼は早くに両親を亡くしていた。彼らから受け継いだ猫の額ほどの田畑を耕し細々と食いつないできていた。毎日毎日野良仕事に精を出していても一向に暮らし向きはよくならない。そんな男のところにわざわざ来てくれる嫁もいない。
草むらで自慰にふけるのは、彼のたった一つと言っていい楽しみであったのだ。
この女は観音さまだ、菩薩さまだ。
男は今までつもりに積もっていた感情が、風に散らされるように消えていくのを感じた。
しばらくそうしていただろうか、男は顔を起こし、晴れ晴れとした顔をしていた。もはや彼の中にわだかまっていた黒蛇も、どこかへ消え去ってしまっている。
「ありがとう。さ、着物を着てくれ。俺はこれだけで十分だ。なんだか毒が抜けた気がするよ。あんたもこんな男に股を開く必要なんてない。股なんて開かなくても泊めてやる」
男の魔羅はいつしか萎えていた。彼はのそのそと彼女の上から退こうとする。が、彼女によって頬を掴まれた。彼女の瞳は真剣であり、畏ろしいまでの力強さがあった。
「何故一人で満足しているのです。ここは私を抱くところでございましょう」
「ふ、ふぇえ」
男は頬を挟み込まれたまま、間抜けな声を上げて目を白黒とさせた。
女が何を言っているのか分からない。それではまるで、彼女は自分に抱かれたがっているようではないか。
女は訳が分からないという顔をしている男の頬を引き寄せると、口を吸った。男は蛇のような舌が、唇を割り、歯を押し開いて入ってくるのを感じた。それは男の舌に執拗に絡みついて来た。
粘膜同士を絡ませ合う生暖かい感触は、男にとって勿論初めての経験であった。先ほどまでの温かみとは全く違って、いたく淫靡な感がある。
男は萎えていたはずの自身の魔羅に、再び血が通っているのを感じた。
男はビクリと身を竦ませた。
女の手が、彼の股間を撫でていたからだ。
「ふふ。ちゃあんと固くできるではないですか」
彼女は牝の顔で笑うと、男を引き倒し、着物の裾を開いて褌をほどいて男の魔羅をむき出しにした。それは男が「アッーー」と言う間のことであった。
男は女のほっそりとした手に魔羅が握られるのを感じた。女の華奢な手が亀頭の先を撫で摩り、先走った液を使って滑らかにしごいてくる。自分でやるのよりもよほど気持ちの良い感触に、男は極楽の蓮の花が見えるような気がした。
女は手だけではなく、舌でも男の魔羅を愛撫してきた。チロチロと蛇の舌のように尿道口を刺激されて、男は呻いた。
「ふふふ。美味しいです。早くもっと濃くて真っ白なモノを出してください」
女はもう男の魔羅を口いっぱいに頬張り、男は温かく湿ったものに魔羅を包まれて、歯をくいしばるしかなかった。
「汚れていますね。この垢をこそぎ取ってあげましょう」
女は男の恥垢を味わっているようだった。
「そ、そんな汚いものを娘さんが舐めるもんじゃ……」
「そんな汚いもので、私を汚してみたくはありませんか?」女は男の玉袋をついばみながらそう言った。竿の裏にベットリと舌を押し付け、玉を口に含む。チロチロとうごめく舌は、時には不浄の穴まで舐めていた。「想像してください。私の口の中にあなたの汚い精が吐き出されるのです。私はその苦味と臭みに顔を歪ませて、味わいながらそれを飲み干すのです」
「の、飲む……?」
「勢いが激しければ、弾けでた魔羅から吹き出す精が、私の顔も髪も汚すかもしれませんねぇ」
魔羅を弄ばれる男はその様を想像して、竿に込み上げてくるものを感じた。
「ああ、膨らんできました。出てしまうのですね」
女は恍惚(うっとり)とした顔で言う。
「さあ、出してください。出して、私をトロトロに汚してくださいませ」
女はそう言うや否や、男の魔羅を喉奥に着くまで深く飲み込み、一気に吸い上げた。そのあまりの刺激に男は果ててしまった。
どくっ、どくっ。
男は金玉が空になってしまったのではないかと思えるほどの量の精が、竿の中を脈打ちながら抜けていくのを感じた。女は一滴も零すまいと、苦しいだろうに、男のモノを喉深くに飲み込んだまま、生っ白(ちろ)い喉をコクコクと動かしていた。
飲んでいるのだ。
男の出した、白く汚れた欲望の塊を。
チュポン。
女は音を立てて、男の魔羅を解放した。最後に尿道に残ったものも吸い上げるのも忘れなかった。男は今までに感じたことのなかった快感に、腰砕けになっていた。
そんな男の上に女はのしかかり、男の体を起こした。
「な、何を……」
訳もわからず男が女を見ていると、彼女は妖しげな笑みを浮かべつつ、口を開いた。女の口元は、彼女のよだれと男の汚液が混ざってベタベタになっている。男の陰毛も張り付いている。だが、そんなものを汚らしいと言っては女に笑われてしまう。
開かれた女の口には、男が吐き出した、最も汚らしい白濁が舌の上に乗っていた。彼女の口から漂ってくる匂いに、それは自分が出したものだと言うのに、男は顔をしかめてしまった。
女の瞳はもはや情欲以外の何物も見出せないほどに、黒く濁っていた。薄桃色に輝いているようにすら見える。瞳孔が縦にすぼまっているようにも……。
女は口を閉じ、目も閉じた。
信じられないことに、その汚物を舌の上で転がして味わっているようであった。
まるで女児が飴玉をしゃぶるように、さも美味そうに自分の吐き出したものを味わっている。その歪で仄暗い光景に、男は再び欲望が血潮となって魔羅に流れ込んでくるのを感じた。
女はゴクンと大きく喉を鳴らした。
同時に男も喉を鳴らしていた。
開かれた女の口には、もはや男の汚物は残っていなかった。残らず彼女は胃の腑に収めたようだった。
男は荒い息を吐いていた。
女は満足そうに笑うと、始めのように仰向けになり、股を開いた。女は挑発するように指で肉を押し広げていた。テラテラと、蜜が滴った。男が躊躇うはずはなかった。彼は快楽の入り口に猛々しくそそり立った魔羅を添えると、一気に腰を沈める。メリメリと、肉を掘り進む感触と、薄膜を破る感触を覚えた。
「うぅあああ」
女はまるでケダモノのような声をあげると、手足を蛇のように巻きつけてきた。男も女を強く抱きしめ、魔羅を女陰の深くまで押し入れた。亀頭の先に、唇のようなものが吸い付いてくるのを感じた。女に差し込まれた杭のような男の隙間から、赤いものがこぼれている。
女は破瓜の痛みなど感じていないように、男の下で腰をくねらせた。絡みつく肉の感触に男は呻き声を上げている。彼女のナカは魔羅を蕩かせてしまうほどに熱く、肉のツブツブが、びっちりと張り付いて擦り上げてきた。魔羅に肉蛇が巻きついているようだ。唇の先のようなものは、蛇の接吻(せっぷん)に違いない。
男は渦巻きのような快楽に溺れ、助けを求めるように彼女の子宮口に魔羅を押し付けた。だが、腰をくねらせている女の肉の刺激がやむことなどない。
女は恍惚の声を上げている。
「ああ、これが男。お腹の奥がゴツゴツと突き上げられて……あぁ……イイ。もっと乱暴にしてくださいませ。私の奥の奥。子袋の中まであなたを刻み込んでくさいませ……アッ、あぁ」
淫靡に腰をくねらせているくせに、女はまるで甘える赤子のように男の口を吸い、舌を絡ませてきた。男は欲望の昂りに流されぬように必死になりながらも、女の懇願に応えた。
やがて。
「ぁあ……ァッ、来ます。来てしまいます。気をやってしまいそうです。あなたも、遠慮なく、私の中で果ててくださいませ。私の子袋を汚してくださいませ。アッ、嫌、いけません。このままでは術がとけて……。あっ、あぁーーッ!」
女は男の下でいっそう体をよじらせると、甲高い声を上げて果てた。男も、どくどくと、初めて出すかと思うほどの量を、女のナカに注ぎ込んでいた。果てているはずだと言うのに、女の膣はまだ男の魔羅に吸い付いている。まだ精を残していないか確かめるように、ざらざらと脈動していた。
と、男はいつしか自分にしがみついている女の四肢が二本になっていることに気がついた。見れば、黒く艶やかだった女の髪は、神々しいまでの白い髪になっている。男は魔羅を差し入れたまま、いつの間にか女に跨った形になっている。
どうにも尻にはツヤツヤとした感触がある。
男はそっと女の下半身に手を触れてみた。冷たく滑らかで、心地の良い感触だった。しかし、女の足の感触ではなかった。男は恐る恐る目を向けてみる。
それを見て、男はぎゃっと叫んでしまった。女の女陰(ほと)から魔羅を抜いて、戸を蹴破って逃げ出そうとした。だが、女の腕はしっかと彼を捕まえ、それを許さなかった。
男を捕まえている女の体の下は、巨大な蛇になっていた。真っ白い蛇体。
蛇体は太く、家を満たすような長さでのたうっている。女の官能が、尻尾の先までさざ波のように伝っていた。
自分が抱いていたのはあやかしだったのか。
男の心が恐怖でいっぱいになる。
ガチガチと歯の根を噛み合わせる。
目を合わせた美しい女の顔が、ゾッとするような笑みを浮かべた。
「わぁああああ」
男は叫び、力一杯女から離れようとするが、女の物凄い力はビクともしない。
そのうちに、
シュルシュルと。
女の下半身の蛇の体が、女ごと男を巻いてきた。
肌の上を蛇の鱗が擦れる、ヒヤリとした感触が這っていく。
シュルシュル……。
シュルシュル……。
粗末なあばら家の中に、蛇の体が這い回る音が響いている。男のかすれた悲鳴は女の口で塞がれている。男は気づく。間近でみる女の瞳は、夕べ、精を引っ掛けてしまった白蛇のものだ。
やはり彼女は俺を喰らいに来たのだ。最後にいい思いをさせてから食らうというのは、女を知らないまま食らうのを哀れに思われたからだろう。
女の柔らかな胸が、男の胸で潰れている。
今や二人は互いごと縄で縛り合って心中する男女ような有様だった。
女は戒めの中で腰をくねらせ、まだ己に突き立てられている魔羅を膣肉で扱き上げた。男の魔羅は命の危機を感じた生物が死の間際に子を残そうとする本能を目覚めさせられたかのように、彼女の中で再び熱くいきり立った。
女の瞳はまだまだ足りないと言っている。
うっすらと、裂けるような笑みが浮いている。
男は観念する。どうせ食われるのならば、いい思いをして食われることにしよう。
そうして彼は、自らも腰を押し込むのだった。



男は村の女に声をかけられていた。
「ねぇ、長者さん。どうしてここまで立派になったんだい? あんたちょっと前までうだつの上がらない貧乏百姓だったじゃないか」
「それはなぁ……うちの女房が福の神だからなんだよ」そう言いつつ、彼は何かを恐れるように辺りを伺っていた。
「なぁにオドオドしてるんだい。おかしな長者さんさんだねぇ」女はカラカラと笑って、男の袖を叩(はた)いてきた。そうしてニンマリと笑う。
だが、男はされてはならぬことをされてしまったと、顔を青くしていた。村女は気がつかない。
「しっかし、女房が福の神だなんて、あたしも言われてみたいもんだ。もしも羽振りがよくなったって、うちの旦那は俺のおかげだー、なんつって調子に乗るだけさ。お内儀(かみ)さんは果報者だねぇ」
「ははは。あんな別嬪さんをもらえて、俺の方が果報者だ」
そう言いつつ、男はやはり落ち着かなげに辺りを見回している。
ガサガサと草むらを風が吹き抜けるだけでおっかなびっくりである。
「はいはい。ごちそうさま」
女はひとしきり話すと男から去っていった。
男はホッと胸をなでおろす。こんなところを見られでもしたら、大変なことになる。
男はこの村一番の長者になっていた。あの白蛇の化身である女を抱き、彼女と祝言を挙げてからというもの、男の畑から小判の箱が見つかり、それを元手に広げた土地からは、味がいいと評判の野菜が取れる。それは町の女商人が買い取って、大名屋敷に高値で下ろしてくれている、らしい。その女商人との取引は女房がしていて、男は傍目にチラと見たことくらいしかない。
男は、恐ろしいくらいに運が向いて来ていた。
これは彼女のおかげ以外の何ものでもない。
昔から、白蛇が住み着くと縁起がいいとも言われているのだ。
だが、同時に言われていることもある……。
「やっと帰られましたね」
艶やかな声がかけられて、男はガチガチと歯を打ち鳴らした。
恐る恐る振り返ると、そこには最愛にして最恐の妻がいた。自分にはもったいない程の美貌の女。陽を浴びて白々と輝く肌に、赤い唇。カラスの濡羽のような艶やかな黒髪を背に垂らし、彼女は上等な絣の着物に身を包み、その裾には彼岸花の刺繍が入っている。
彼女は普段は人の姿に化けているが、その正体は白蛇である。
白蛇の機嫌を損ねては災いがある。
妻は、恐ろしく嫉妬深かった。
「旦那がいるというのにあなたに色目を使って……あの方も仕方のない人ですねぇ」
「いい、いつからそこに?」
「いつからって……そんなの決まっているじゃあないですか。最初っから。最後まで、ずぅっと」
女房の瞳孔が縦に細まっているのを目にして、男の足元だけ地震が起こっているかのごとくに、男は震える。彼女の髪の先が若干白く染まっている。
そして、無駄だと知りつつも弁明する。
「色目なんて使ってるわけない。もし使われても、俺はお前に首ったけだ」
「まあ嬉しい」
彼女は少女のような笑顔を浮かべた。
おや、これは仔細なさそうだ。男は少しだけ気を緩める。
しかし。
「でも、ちょっとあの方の匂いが残っていますね……」
彼女は形の良い鼻を男の袖に近づけてそう言った。下から見上げてきた彼女の顔は真顔である。男は血の気がひく。ざざざ、と。その音が聞こえるほどであった。
「そう言えば、あの方に袖を掴まれていましたねぇ……」
「服を捨てれば大丈夫じゃ……」
「いいえ、いけません。これは、私の香りで上書きをしなくてはなりません」
「ま、待て……明日は年貢を納めないと……」
「ああ、それなら下人にやらせればよろしいのです」
「いやいや、それは失礼にあたる」
「いいえ、仔細ありません。私が書状をしたためておきましたから。お役人さまも何も言いませんでしょう」
男はゴクリと唾を飲み込む。百姓あがりの男の妻が、どうしてお役人さまにそれを通せるのだろう。恐ろしさのあまり、男は考えることをやめた。
「では、土蔵に行きましょうか」男は女に手を引かれた。有無を言わさぬものすごい力である。振りほどこうとしようものなら、蛇の牙のような爪が、食い込むことになる。
頑丈に造られた土蔵はまるでそびえ立つ一枚岩のようで、それは、妻が造らせたものだった。まさしく牢のように作られたここならば、どのような嬌態を晒し、どのような嬌声を上げようとも、外には伝わらない。あれは快楽の檻である。
「私たちは今から土蔵にこもりますので」
彼女は通りかかった下人に告げる。下人は呆れ顔で、
「お内儀さん、今回は三日くらいで出てきてくださいまし。前みたいに一月もこもられると、困っちまいますわ」
「そうね。考えておくわ。さ、行きましょうかあなた」
男は手を引かれつつ、下人に目で救いを求める。しかし、下人は唾を吐いた。はたから見れば、彼らは夫婦の情事のために土蔵にこもっているに過ぎないのだ。
一月も食物を差し入れることもなく、夫婦が土蔵で過ごせるのは、きっとそこに食糧も水も備蓄してあるのだろうと、下人たちは思っている。それは間違いである。白蛇と呼ばれる魔物娘であるお内儀さんと、伴天連ではインキュバスと呼ばれるものになっている彼ら夫婦は、交わってさえいれば、飲まず食わずでも生きていけるのだ。
男はガックリと肩を落とし、妻に手を引かれるがままにされている。
夫婦が土蔵に入れば、妻の手で重い扉が閉ざされた。窓もない土蔵の中は、完全なる闇である。後ろにいる妻の気配だけがマザマザと感じ取れる。
ガチャリ、と。
錠の落ちる音がした。
妻は妖術で鍵を閉めたのだ。そんなことをせずとも、その扉は男だけでは開けることは出来ない重さがある。
ズル……。
ズル……。
妻が近づいてくる音がした。何か巨大なものが地面を擦る音である。夫婦しかいないこの閉ざされた土蔵の中では、彼女は本性を明らかにする。
ボウッ、と。
青白い炎が灯った。
それは女の手から燃えたっていた。
女の白い肌が、闇の中に明々と揺れていた。
妻はすでに着物を脱いでいた。
ほっそりとして見事な肢体が、その形の良い乳房を、その先の桜色の乳首を、ほっそりとした腰、割れ目を隠している白い茂みも、さらにはその下に続く艶かしい白い蛇体の下半身も、惜しげも無く晒されている。それが、青白い炎にチロチロと照らされている。
彼女の白髪は風を孕んでいるかのように波打って膨らみ、情欲に満たされて、かえって無機質にも見える瞳が男を映している。その瞳孔は、獲物を丸呑みにしてしまう蛇のものだった。
ボウッ。
ボウボウ。
青白い炎が男を苛むように大きくなる。女の心の昂りがほとばしっていた。
男の方もすでに着物を脱いでいた。彼の体も青白い炎に照らされ、魔羅は天高く、太く雄々しくそそり立っていた。なんだかんだ言いつつ、男は妻を愛し、乗り気であった。
彼は自ら女に近づき、そのまま彼女に魔羅を突き立てると、彼女を抱きしめる。女はうっとりと顔を歪ませて、その炎で夫も自身をも焼いた。
ゴウゴウと、地獄のような炎が二人を包んでいる。
彼らの情欲だけを燃え立たせる嫉妬の炎は、彼らの肉を焼くことはない。だが、二人の体は焼けただれたような真っ青な熱を持つ。
青白い炎に焼かれつつ、二人はケダモノとなって交わり合う。
ゴウゴウ。
バチャバチャ。
夫婦のむつみあう水音は、青い炎をさらに燃え立たさせる。
その隙間から、女の赤い舌が炎のように見え隠れした。
繋がり合う彼らの姿のように、一本の舌の先は、二股に分かれていた。
17/09/13 00:36更新 / ルピナス
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