連載小説
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(57)ホルスタウロス
ホルスタウロスのホリーは、自宅でもある農場の敷地を歩いていた。
普段ならば、畜舎で台に寝そべり、夫である男の手で乳を搾ってもらっているのだが、今の彼女は違った。
大きな帽子をかぶり、首もとにタオルを巻いて、農場を囲う柵の内側をぶらぶらと歩いているのだ。
敷地の見回りは本来、男のもう一人の妻であるミノタウロスのミナの仕事だ。しかし昨日、ミナがついに不満を爆発させて泣き出し、互いの仕事を知るため一日だけ交代することになったのだ。
だがホリーは、内心彼女に感謝していた。乳搾りをしないため、胸は張るが、たまにはお散歩代わりの見回りもいいものだ。それに、彼女も乳搾りの辛さを知れば、自分への感謝を自覚するだろう。
「あー、いいお天気!」
雲一つない青空の下、彼女は伸びをした。
「ホリー、もう準備できたのか」
背後からの声に振り返ると、男が立っているのが見えた。
「はい、今日一日、ミナの代わりですから。代わりとはいえ、ちゃんと仕事しないと」
そう、ミナの代わりも勤められないようでは、彼女に笑われてしまう。
「んー・・・まあ、いい心がけだね」
一度言葉を濁らせてから、男は頷いた。
「じゃあこっちに」
「はい」
男の導きに従い、ホリーは畜舎の向かいほどの畑に歩み寄った。
「とりあえず、今日は虫取りと雑草摘みをやってもらおうと思う」
男は野菜の植えてある畑にかがみ込むと、土を指した。
「畝にリョウナミが植えてあるけど、分かるよね?」
「もちろんです」
乳搾りの合間、リョウナミを種から苗に育てたり、収穫したリョウナミが食卓に上ることもあるため、ホリーにも見分けがついた。
「じゃあ、雑草を摘んでおいてくれないかな?リョウナミもだいぶ大きくなってきたけど、まだまだ小さいから雑草に栄養をとられちゃうんだ」
「任せてください」
ホリーは乳房の上、鎖骨のあたりに軽く拳を当てた。
「うん。それと、あっちのワライチゴの見張りと、虫取りもお願い」
「はい」
「じゃあ僕は、ミナのところに行ってるから。何かあったら、大声でね」
「分かりました」
男は立ち上がると、畜舎の方へ消えていった。
「さーて、と!」
ホリーは野菜に紛れて生える、細い草を毟ろうとその場にかがみ込む。しかし、足をそろえていては、自身の膝が乳房に当たってしまうことに気がついた。
今はそうないが、乳房の中に母乳が溜まってきたら、膝の圧迫で漏れ出すかもしれない。
「仕方ないなあ・・・えーい」
彼女は内心の恥ずかしさを覚えながらも、大きく膝を左右に広げてかがみ込んだ。
そして、手を伸ばして土の合間に生える雑草を摘み、引き抜く。草は彼女の手によってたやすく土から離れ、彼女の傍らに置かれた籠に入っていった。
「あ〜らくちんらくちん」
ホリーは手を動かしながら、帽子の下で、にこにこと笑いながら思わずつぶやいた。
この調子なら、昼前に仕事は終わり、後は見張りと称して敷地の縁をぶらぶらお散歩できるかもしれない。
「ミナに悪いわぁ」
自分も誉めてほしいと涙ながらに訴えられた時は申し訳なく感じたが、今は彼女の愚に感謝していた。
たまにはこんな日もいいかもしれない。



額を汗が滑り落ち、眉間から鼻梁を伝い、鼻先から滴り落ちる。
汗の滴は、まっすぐに地面に落ち、土にぶつかって消えた。
「うぅぅぅ・・・」
首に下げたタオルで顔を拭い、彼女はうめき声を漏らした。
タオルはぐっしょりと濡れており、雑草を抜いた際に手に付いた土で薄く汚れている。そんなタオルで拭った顔はきっと、泥化粧に彩られているのだろう。
だが、生ぬるい汗の粒が顔を這う不快感に比べれば、数倍はましだ。
「ぷは・・・」
顔を覆っていたタオルを離すと、風が顔をなで、一瞬の清涼感が得られた。しかし、照りつける太陽の光が、彼女の肌にじわりと汗を滲ませる。
「続き・・・続き・・・」
ホリーは低い声で、呻くように言うと、大きく開いた足をずらして、一歩分横に移動した。そしてのろのろと手を伸ばし、リョウナミの合間に生える雑草の芽や、ミナが取り損ねて育った物を引き抜いていった。
雑草は、彼女の指の力でたやすく土から離れる。雑草自体も、ごく小さい物のため非常に軽い。
しかし、それを傍らの籠まで持ち上げる腕の方が、ホリーにとっては重かった。
「うぅぅぅ・・・」
ホリーは目の前にある雑草を摘み終えると、低くうめきながら立ち上がった。
曲げたままだった膝が、微かにみしみしと音を立てて伸び、曲がっていた背中や腰がまっすぐになっていく。そして、ホリーの腕や背中、腰に太腿が、鈍い痛みを彼女に伝えた。
「あー・・・」
両手をあげ、伸びをしながら彼女は声を漏らした。
全身の痛みは微かに和らぎ、頭の中に溜まっていた疲労感も少しだけ意識の中から押し流される。
しかしその彼女も、畑に目を向けた瞬間、顔を曇らせた。
まだ、リョウナミ畑の半分、いや三割ほどしか作業が終わっていないからだ。
始めた当初は調子がよかった物の、徐々に身体に溜まってくる疲労感や、腰や腕の痛みに、こうして時々背伸びをした結果だ。
加えて、ホリーは汗をたっぷりかいてのどが渇き、五度も水を飲みに井戸まで行ってしまった。
この調子では、昼前どころか夕方までに雑草摘みの仕事が終わるとは思えない。
「あー、もー」
肩をぐるぐる回し、固まっていた肩をほぐしながら、彼女は誰にともなく唇をとがらせた。
こんなことなら、仕事を交代しなければよかった。そんな考えが彼女の内側に浮かぶ。
すると不意に、畜舎の方から声が響いた。
「んぁぁああああっ・・・!」
ミナの喘ぎ声だ。ベッドの上で愛されているときのような、甘い声。
きっと、母乳が出ないにも関わらず、乳搾りを受けているのだろう。本来なら、今日もホリーが搾られているはずだった。だというのに。
「いたっ・・・」
乳房に走った痛みに、彼女は声を漏らした。
母乳が乳房の内に溜まり、乳房が張っているのだ。
「・・・・・・」
胸の奥の痛みを、そう解釈しながらホリーは視線を畜舎から離した。
もしかしたら、ミナもこうだったのだろう。こうして毎日、ホリーと男が畜舎に入るのを見送り、ホリーの声を聞きながら草を毟る。そして、晩飯の時間には、ホリーの頑張りだけが評価される。
男はベッドの上で、ホリーもミナも等しく愛してくれる。しかし、ベッドの外ではどうだろうか。
こうして草を毟りながら、ミナの喘ぎ声を聞いていると、ホリーは自分だけが切り離されたような気分になった。
「・・・・・・もう少し、がんばろ・・・」
彼女は小さくつぶやくと、今度はもう少し長い時間屈んでいられるよう期待しながら、畝の間に屈み込もうとした。
しかし、彼女の視界の端を、一瞬何かがよぎった。
「っ!?」
とっさに顔を向けると、リョウナミ畑の向こう、ワライチゴ畑の広がる一角に、人影が三つあった。
柵の向こう側にたつ子供と、今まさに柵を乗り越えようとしている子供、そして柵の内側にたつ子供。
「こ、こらー!」
ホリーは声を上げると、手を振り上げながら立ち上がり、ワライチゴ畑の方に向けて走り始めた。
「や、やべっ!」
「逃げろ!」
「おい、いつもの牛ねーちゃんじゃないから大丈夫、だったんじゃないのか!?」
子供が口々に声を上げ、慌てた様子で柵を飛び越え、走っていく。
そして、ホリーがリョウナミ畑をぬけ、ワライチゴ畑の縁に達した頃には、子供たちの姿は見えなくなっていた。
「こ、こ、こらー・・・!」
子供が消えていった、草むらの向こうに向けて彼女は声を上げた。
せっかく顔を拭いたのに、もう彼女の顔はおろか全身を汗が濡らしていた。



それからしばらく、天頂をすぎた太陽がだいぶ傾き、色づき始める直前頃、ホリーは草むしりの仕事を完遂した。だがそれは、彼女一人の仕事ではなかった。
あの後、子供たちは十分おきに現れた物の、ついにワライチゴが盗まれることはなかった。最後の方など、柵の内側に立つだけで駆け寄ってくるホリーを見ているだけだったので、単に声を上げながら走ってくるホリーの姿が面白かったのかもしれない。
だが、昼過ぎごろに子供の一人が柵にズボンをひっかけたせいで、ついにホリーに捕まってしまった。
ホリーは捕まえた少年にこんこんと説教をした。やはり、内心悪いことをしたと自覚しているのか、彼はホリーと目を合わせようとせず、下ばかりを見ていた。
ホリーは一通り説教をしたところで、少年に雑草毟りの仕事を手伝うよう申しつけ、どうにか完遂させたのだった。
そして、お駄賃代わりにワライチゴの実を片手に山盛りになるほど与え、彼女は夕焼けの道に少年を送り出した。
独断でワライチゴを一部収穫してしまったが、まあ大丈夫だろう。
「はぁ・・・・・・疲れた・・・」
少年を見送り、彼の姿が見えなくなったところで、ホリーは思わずつぶやいた。
一日中太陽の下にいたせいか、彼女の衣服はにわか雨に降られたときのように湿っていた。
「・・・・・・うー・・・・・・」
シャツの襟に顔を近づけ、数度息を吸うと、かすかに臭うような気がした。
一日中汗をかき続けていたため、鼻が麻痺しているのかもしれないが、汗くさいのは確実だった。
「ご飯の前に、身体きれいにしないと・・・」
男とミナにこの臭いをかがれる前に、どうにかしなければ。
ホリーは畜舎の様子を遠目に伺いながら、こそこそと母屋の裏手に回った。
だが、井戸の側に、男がいた。
「お、ホリー、お疲れさま」
「あっ、あぅああぁぅ・・・」
井戸端に屈み、タオルか何かを洗っていた男が振り向き、声をかけた。しかしホリーはその言葉に、意味をなさない音を紡ぐことしかできなかった。
「どうした?ああ、ワライチゴのことなら大丈夫だ。ここまで聞こえてたし」
男は、ホリーが子供にワライチゴをやった件について怒っているのではないか、と思ったのか、彼女を安心させるように言った。
「むしろ、よくもまあ、うまいこと思いついたなって感心したよ。収穫は明日だけど、来年からはワライチゴをもう少し多めに植えて、時々子供たちに手伝わせよう」
「そそそそうですね、それがいいですね」
「ん?ホリー、どうしたの?」
ホリーの異常に、男は立ち上がった。
「な、何でもありません!」
ホリーは裏返った声で否定するが、それがむしろ男の不審を強めた。
「なあホリー、本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫です!大丈夫ですから!」
一歩、二歩、と歩み寄る男に、彼女は手のひらを向けながら言った。
このまま歩み寄られては、ホリーの汗くさい臭いを嗅がせてしまう。
「大丈夫、大丈夫ですから!っきゃっ!?」
雑草毟りで一日屈み、まともに上がらなくなった彼女の足が、ついにホリーに反逆した。何もないはずの地面で、彼女は転び、その場に尻餅をついてしまったのだ。
「ホリー!」
「こ、こないで・・・!」
実を案じ、駆け寄る男に、彼女は思わず拒絶の言葉を口にした。
しかし男は、構うことなく彼女の側にひざを突き、手足や尻などに、怪我がないかを確認した。
「大丈夫か?怪我は?」
「あ、あぁぁぁ・・・やめて、離れて・・・」
汗で濡れ、微かにぬるぬるする気さえする腕を掴まれ、彼女はもはや自分に逃げ場がないことを悟った。
「離れてって・・・もしかして、今日ミナのお乳を搾ったことを、怒って・・・」
「ち、違います・・・!」
彼女は否定し、一時の間をおいてから続けた。
「その・・・今日のお仕事で・・・一杯、汗かいちゃって・・・」
「・・・あぁ、なるほど」
男は、ホリーの言わんとすることに気がついたのか、大きく一つ頷いた。そして、彼女が抵抗するまもなく、ホリーにがばと抱きついた。
「なっ・・・!?」
ホリーは男の突然の行動に目を白黒させるが、彼は彼女の濡れた身体を抱きながら、深く息を吸った。
「あ・・・」
臭いを嗅がれている。その事実に思い至り、ホリーの顔が朱に染まった。彼女は男の腕を振り払い、彼の抱擁から逃れようとした。しかし、羞恥のためか彼女の腕に思うように力がこもらず、振り払うことはおろか、彼の腕の中で満足に身動きを取ることさえできなかった。
「やめて・・・かがないで・・・」
自分の恥ずかしい臭いを嗅がれている。それだけで、ホリーは涙声でそう懇願するほか、もはや何もできなかった。
だが、男の口から紡がれたのは、ホリーが想像だにしていない言葉だった。
「いい匂いだ・・・」
鼻から息を吸うのを止め、男がそう呟いた。
「え・・・?」
「いい匂い・・・ホリーが一杯働いた、一日頑張ったいい匂いだ・・・」
再び男は、深くを吸った。ホリーは恥ずかしさを覚えるが、今度は先ほどのように涙を流すほどではなかった。
「汗をたっぷりかいたのは、ホリーがそれだけ働いたということだ。うん、一日慣れない野良仕事を頑張ったんだね。よくやった」
その一言で、ホリーは胸の奥に熱いものが生じるのを感じた。熱いものは、彼女の内側から目元へ達し、滲みだした。彼女の頬を、熱を帯びた滴が垂れていく。
「う、うぅ・・・うぇぇぇ・・・!」
ホリーの口から嗚咽が漏れだし、思わず彼女は男の胸元に顔を押しつけていた。
男のシャツの胸元に、涙はもちろん、顔に付いた土汚れや汗が擦りつけられるのも構わず、彼女は男の腕の中で泣いた。
汗に濡れて臭いを放つ自分を抱きしめ、誉めてくれた。それだけで、彼女は自身が満たされていく思いだった。
そして、男の腕の中でたっぷりと涙を流すしてから、彼女はようやく落ち着いた。
「ご、ごめんなさい・・・なんだか、急に涙が・・・」
男の胸元から顔を離し、彼女は彼を見上げながらそう弁解した。
「いいよ。一日離れて働いていて、少し不安になったんだろ?」
男はシャツの汚れも気にせず、彼女に向けて笑った。
事実、そうだ。時折響くミナの声を聞きながら、ホリーは疎外感を覚えていた。おそらく、それが溢れてしまったのだろう。
「あの・・・」
「ああ、ごめん」
男の腕の中で身じろぎすると、彼は腕を離し、立ち上がった。
そして、男の差し出した手を取り、ホリーも遅れて立ち上がる。
「すみません、私の汗でだいぶ汚してしまって・・・」
男のシャツはもちろん、ズボンにさえ付いた濡れた跡を見ながら、ホリーは謝罪した。
「いいよいいよ、元々僕の汗でも汚れていたし。それにしても、たっぷり汗かいたねえ、はは・・・」
明るく流そうとしていた男が、不意に言葉を聞った。
どことなく、顔がこわばっているように見える。
「?」
彼女は、一度男の顔を見てから視線をたどり、自身の胸元に目を移した。
するとそこには、シャツの生地を押し上げる巨大な二つの乳房と、濡れたシャツの生地越しに浮かび上がる乳首と乳輪があった。
「〜〜〜〜っ!!!」
ホリーの口が開き、彼女の両手が口を押さえ、声にならぬ悲鳴が上がった。
透けている。厚手の生地のシャツを選んだはずなのに。そんなに汗が?いつから?少年にも見られていた?もしかして子供たちがただ柵に入っては逃げを繰り返していたのは、透けて見える乳房を楽しむため?
彼女の脳裏に、ぐるぐると事実と疑問が浮かび、直後消えていく。
「・・・!・・・!」
「だ、大丈夫!さっきホリーを見たときは透けてなかった!」
無言の悲鳴を上げるホリーをなだめるように、男はまくし立てた。
「たぶん、さっき抱きしめたときにお乳が溢れたんだ!きっとそうだ!」
「え・・・?お乳・・・?」
耳に入った男の言葉に、ホリーは一瞬悲鳴を止めると、その場でシャツの裾に手をかけ、一息に脱いだ。
そして、汗をかいたにしては妙に湿りすぎている胸元に鼻を寄せると、彼女は臭いを嗅いだ。
先ほど嗅いだ、自分でも汗くさいかどうかわからない曖昧な臭いとは異なる甘い香り。ホリーの母乳の匂いだ。
「よ、よかった・・・」
夫以外の、それも少年に自身の乳房を見られた訳ではないと言うことに、彼女はほっと胸をなで下ろした。
「本当にごめん。昼頃に一度お乳を搾っておけば、こんなことには・・・」
「いいんです。お乳が溢れたのが、あなたの腕の中だったってだけで・・・」
ホリーは上半身をさらしたまま、恥ずかしそうに微笑んだ。
「それより、おっぱいが張って痛いことを思い出しました・・・搾ってもらえませんか?」
「わかった。じゃあ、畜舎の準備をしておくから、体を拭って・・・」
彼女を残して立ち去ろうとした男の手を取り、ホリーは彼を止めた。
「え?ホリー?」
「畜舎じゃなくて、ここでお願いします・・・お乳が張って、辛いんです・・・」
彼女は男の手を握り、彼の目を見つめながらそう求めた。
彼女の乳房の先端には、やや広めの薄茶色の乳輪が広がっており、中指の先ほどの太さの乳首がぷっくりと膨れていた。そして、男の抱擁によって決壊したためか、乳頭からはじわじわと白い滴が滲んでいる。
「どうか、今搾ってくれませんか・・・?」
「でも、ここじゃバケツもないし・・・」
「だったら、あなたが飲んでください」
男に向け、彼女は続けた。
「いつもいつも、私のお乳は見知らぬ誰かに売られて行くばかりで、あなたが飲んでくれるのはベッドの上だけです。一度くらい、私が一日かけて溜めたお乳を飲んでくれても・・・」
「でも、量が・・・」
「忘れたんですか?お乳は血から作られて、汗も血から作られる。今日は一日たっぷり汗をかいたので、そんなに量はないはずです」
「・・・わかった」
自身が昔ホリーに教えたことを持ち出され、男は頷いた。
男は地面にひざを突くと、白い滴を滲ませる乳房に顔を寄せ、口を開いた。
そして、乳房の先端に男は唇をかぶせ、軽く吸った。
「んっ・・・!」
膨れた乳頭の内側を液体が擦り、男の口中へと吸い出されていく感覚に、ホリーは声を漏らした。
両方の乳房に生じていた、内側にため込まれた母乳の圧力による微かな痛みが、片方だけ和らぐ。
男は息の続く限り乳房を吸い、母乳を飲み、小休止も兼ねて唇を離した。
「ぷは・・・す、すごい・・・」
息継ぎもせず吸い続けた母乳の感想を、彼は口にする。
「なんだか、いつもよりずっと濃くて、おいしい・・・!」
「気に入ったんですか?」
「ああ、何というか、売るのがもったいなくなるぐらい・・・」
一日搾らず、乳房の中で熟成させるだけでこんなになるのか。男は、素直に驚いていた。
「だったら、あなたが全部飲んでください・・・ほら、まだ残ってますし、こっちも・・・」
「ああ・・・」
男は、ホリーが両方の乳房に手を添え、軽く揺するのを見ながら息をもらし、彼女の片方の乳房を両手でつかむと、再び乳房に口を付けた。
今度は吸うのではなく、両手で母乳を絞り、口で受け止めるためだ。
男は、いつもの乳搾りの要領で、彼女の乳房の根本から先端に向け、指を埋めていった。すると、男の口内に勢いよく母乳が迸った。
「ん・・・んん・・・」
予想以上に溢れた母乳に指を止めつつも、彼は喉を鳴らしながら白い液体を飲み干していった。
舌を擦り、喉に絡みつきながら流れ落ちていくそれは、ミルクと言うよりむしろクリームのごとくとろりと粘りを帯びていた。
「ふふ・・・ん・・・!」
指で搾っては飲み、再び乳房を握っては喉を鳴らしを繰り返す男に、ホリーは彼の頭をなでながら微笑んだ。しかし、母親を思わせる柔和で穏やかな笑みは、乳頭の内側を液体が擦る感覚の前に、たちどころに崩れさった。
指が乳房を揉みしだき、乳腺を搾って母乳を迸らせる。乳房の内側の圧力が和らぎ、乳の張りが収まっていく。
その一方で、もう片方の乳房は手つかずのまま、ただ鈍い痛みをホリーに訴えるばかりだった。
解放感を生む乳房と、痛みを帯びる乳房。二つの落差に、ホリーは会館が期待によって膨れていくのを感じていた。
「うぁぁぁ・・・こ、こっちも・・・!」
乳をあらかた搾り取り、白い滴の残滓を名残惜しげに吸う男にそう求めると、彼はホリーのもう片方の乳房に吸い付いた。
両手で軟らかな肉の鞠を鷲掴みにし、口内へ勢いよく白い液体を迸らせる。舌で受け止め、喉奥へ喉奥へと送り込んでいく様子は、まるで何かに取り付かれているようだった。
だが彼の様子は、ホリーに薄気味悪さどころか、満足感を与えていた。自分の母乳が、彼を虜にしているのだ。
「あぁ・・・ん・・・!」
陶酔感に彼女の下腹が疼くが、直後乳房からの快感がそれを押し流す。
男の指が食い込み、乳房を揉みしだき、母乳を迸らせる。圧力と、乳房の心への刺激、そして解放感が、彼女の興奮を高みへと導いていく。
そして、男が最後に唇を窄め、乳首をたっぷりと吸ってから彼女の乳房を解放した。
「ふひゃ・・・」
ホリーはそんな、とろけたような声を漏らしながら、その場にへなへなとへたりこんだ。
「はぁはぁはぁ・・・あ、あぁ・・・」
男はしばし荒く呼吸を重ねていたが、ふとホリーが座り込んでしまっていることに気が付いた。
「えぇと・・・ごめん・・・」
我を取り戻した彼は、しばし考え込んでから、そう彼女に謝った。



夕食の席、テーブルを男とミノタウロスとホルスタウロスが囲んでいた。
ミナもホリーもどこか普段より色濃い疲労感を顔に滲ませている。
「さて、今日一日仕事を交代してもらったわけだけど・・・どうだった?」
自身の左右の席に着くミナとホリーを交互に見ながら、男が尋ねた。
「なんだか、とても疲れました・・・」
「アタシも・・・」
げっそり、という表現が似合う表情で、二人が呟く。
「ああ、それと・・・ホリー、今までごめんな」
ふと思いついたように、ミナが顔を上げて、向かいの席に腰を下ろすホリーに謝罪した。
「今まで、屋根の下でごろごろしてて羨ましいと思ってたけど・・・本当はあんなにキツい仕事だったんだな。アタシ、今まで勘違いしてた。ごめん」
「私こそ・・・今まで、ホリーは外で適当に散歩しながら見回りでもしてると思ってて・・・ごめんなさい」
ミナの謝罪に、ホリーも続いた。
「うん、お互いに、相手の仕事がわかったみたいだね」
一通り謝罪を交わしたところで、男が満足げに首を上下に振った。
「前々から、二人が互いに不満を抱いているのはわかっていたんだ。でもその不満も、誤解と思いこみが原因だから、本人同士で解決してもらおうと思ってね」
「それで、私たちの仕事を交代させたんですね」
ホリーは男の言葉に頷いた。
「でも、そのぐらいならさっさとアタシたちに言ってくれりゃよかったのに・・・昨日泣いちゃったアタシが、バカみたいじゃないか」
「でも、僕が口で『向こうも頑張っているから、我慢してくれ』都下言っても納得しないだろ?」
「そりゃ・・・」
「ねえ・・・」
どう聞いても、相手の肩を持っているようにしか聞こえない。ミナとホリーは顔を見合わせ、頷いた。
「ま、どちらにせよ二人とも納得したんだから、それでいいんじゃないかな?」
「そうだな!」
「そうですね」
三人は互いに笑った。
「それじゃあ、料理が冷める前に食べようか」
男は一同を見回し、いつもの言葉を口にした。
「今日もみんなの協力で、一日無事に過ごせました。そして、今日もおいしい晩御飯が食べられることを、互いに感謝しましょう。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとさん」
ミナとホリーの二人の言葉には、確かに感謝が籠っていた。
12/10/16 10:40更新 / 十二屋月蝕
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■作者メッセージ
普段と違うことすると興奮するのは、変則プレイの常識だけど、おっとり型の魔物娘さんに激しい運動強いるのは最高だと思う。
だって汗みずくになった運動苦手そうなぽっちゃりさんが、乳と腹と尻を揺らしながら走る様子は、見ているだけでボッキもんやでぇ。
とにかく、ホルスタウロスのホリーさんがへとへとになりながらも、「こらー!」ってこっちに走ってくるのを見るだけで幸せになれるはず。
運動苦手なお嬢さんに運動させる連作短編はいつか書きたいなあ。

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