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第5章 「友達」として…… 1
 ようやく昼休み。待ちに待った昼食の時間だ。席に着くと早速有妃が持たせてくれた弁当を開く。おっ。今日は豚肉の生姜焼きか…。肉だけでなく色とりどりの野菜も花を添えており、とても華やかで美味しそうなお弁当だ。なぜかタコの形のウインナーがちょこんと乗っかっているのがご愛嬌なのだが。そんな俺の弁当を見て隣席の黒川がからかう様に言った。

「今日はタコさんウインナーか…。いつも愛妻弁当で羨ましいな。おい。」

「はぁ?ウサちゃんリンゴを入れてもらっているお前に言われたくはない。」

 黒川の今日の弁当はサンドウィッチだが、華やかと言う点では俺の弁当に引けを取らない。そしてウサギの形に切ったリンゴがなんとも愛らしい。俺に反論され黒川も照れくさそうだ。

「でも黒川。いつも弁当は奥さんが作ってくれているんだろ?」

「ああ。そうだけど。」

「てっきりダークエルフさんは召使いに家事をさせるとばかり思っていたけれど…。」

 お前は一体何を言っているんだと言う顏をして黒川は俺を見た。

「どうもお前はうちのお嬢様を誤解している様だな。お嬢様はとても優しい人でいつも俺の事を……。」

「わかったから。俺が悪かったから…。」

 この話になると長くなるので慌てて黒川をなだめた。

「でも、お互いに変わったな…。」

「ああ。こんな風に奥さん手作りの弁当を持ってこられるなんて考えてもいなかったよ…。」

 俺と黒川は昔を思い出すように語り合った。お互い二次元で妄想していた当時が嘘の様な状況だ。本当にいつも笑顔で美味しいご飯を作ってくれる有妃には感謝のしようが無い。だが、有妃と結婚する以前は満足に飯すら作った事が無かった。と言うか美味しいご飯を食べようとする事への関心が無かったのだ。
 
 そういえばご飯と言えばあの事が切っ掛けだったな…。俺は有妃と『友達』になって間もない頃の事を思いだした…








 






 







 狸茶屋で有妃と別れてからも心に妙なわだかまりを残したままだった。なぜ有妃は俺をあのまま帰したのだろう。白蛇と言えば欲しい男は意地でも自分のものにする種族ではないのか。とするとやっぱり俺は性的に食べるほどの魅力が無いのか…。でも図鑑には無理やり男を襲わないと書いてあったし…。いったいどういう事だろう…。
 
 週明け会社に行っても悶々とした思いが消えなかった。そんな俺を見つけた桃里社長が、待ちに待ったとばかりに話しかけてきた。

「どうだ森宮君。有妃とはうまくいったか?」

「はい。お友達から始めましょうと言う事で…。」

「そうか。それは良かった!」

 社長は快活そうに笑ったが、俺は内心の不安を隠して愛想笑いするしかなかった。

 仕事も一段落した昼休み中の事だ。相変わらず鬱々として呻いていたが、不意にもふもふした何かで頭を叩かれた。いったいなんだ?と思い振り返ると、そこには刑部狸の咲さんの姿があった。当時彼女は会社で経理を担当しており、OLっぽい服装が意外と似合っていて可愛らしい。咲さんは悪戯っぽい笑顔を浮かべたと思ったら、芝居がかった口調で弁じだした。

「ようこそ魔物の世界へ…。我らの同胞になった君を歓迎するよ。森宮君。」

「はい……?」
 
彼女が一体何を言おうとしているのか理解できず俺はまじまじと見つめる。

「えーと…。咲さん。一体何の事ですか…?」

「いやいや森宮君。刑部狸のネットワークを侮らない方がいいよ。先週土曜日に君が狸茶屋で何をしていたのかは先刻承知なんだから。」

 思わぬことを言われて動揺する俺を見て咲さんはニヤニヤする。まさか社長がしゃべったのか?そういう事を軽々しく話す人では無いと思ったのだが…。

「……それって社長から聞いたんですか?」

「おっと、勘違いしないでくれよ。社長の名誉の為に言っておくけれど、彼女はこの事を誰にも言っていないはずだよ。」

「それじゃあいったい誰が。」

 焦って問い詰める俺をなだめる様に微笑むと、もふもふの尻尾で撫でる。そんな咲さんの尻尾の心地よさに動揺も自然と治まった。

「まあ落ち着きなよ。あの店をやっているのはうちの親戚筋でね。お得意様の桃里社長が、人間の男と白蛇を引き合わせていたと言うじゃないか。その人間の特徴を聞いてみるとこれまた君とそっくり。となると答えは一つだよ。」

 ああ。なるほど…。ここはただの田舎街にすぎない。刑部狸がそれほど多く住んでいるとも考えにくい。同種の咲さんと関係があってもおかしくは無いだろう。納得した様な表情をした俺を見てうなずくと咲さんは話を続ける。

「わかってくれたかい?と言う事で君は白蛇さんにお持ち帰りされて、魔物の虜になったのかと思ったんだが……。どうやら違うようだな…。」

「そうなんですよ…咲さん。」

「君からは白蛇の匂いも魔力も微量にしか感じられないからもしやと思ったけれど…本当に何もされなかったのかい?」

「はい…。ほとんど何も。」

「ほとんど?『ほとんど』とはどういうことなんだい?ぜひ詳しく聞かせてくれないか?」

 興味津々といった顔つきの咲さんだったが、なにかトラブルでもあったのなら力になるからと促され、事の一部始終を説明した。彼女とは俺が入社した当時からの顔なじみで、からかい半分、親切半分といった態度ながらも世話になっていた。以外にも口が堅いので色々相談にも乗ってもらっており、間違いなく頼りになる先輩だと言ってよい。

 当時咲さんは俺の上司の平田さんと結婚したばかりで、それに関しては変な噂が流れていた。平田さんの実家の店は当時多額の借金があったらしいのだが、それを彼女が全部回収してチャラにする代わりに結婚を迫ったとの事だ。
 実際はどうであったかなんて聞くに聞けないが、いかにも刑部狸といったエピソードだ。そんな咲さんなら魔物娘と人間男の機微にも明るいだろう。

「ふうん。まあ…一般的な白蛇さんのイメージと違うと言えば違うか…。でも本当は白蛇って温厚な種族だってことは知っているだろ?イメージと実際の姿が違うなんて良くある話だよ。」

「はい。それは知っていますけれど…。俺を襲おうと思わせるだけの魅力が無い事を思い知らされたようで、なんだかモヤモヤしてしまって……。」

 そんな俺の話を聞くと咲さんは少々むっとした様な顔つきをした。

「さっきから話を聞いていると、君自身がどうしたいのかは全く見えてこないんだが…。白蛇さんがああしてこなかった、こうしてこなかったと言う事ばかりで。
 一体森宮君は彼女とどんな関係になりたいんだい?襲われたいのかい?単なる友達でいいのかい?深く付き合いたいのかい?それとも今まで通りの生活がしたいのかい?
今後君がどうなりたいのか分からないのでは話にならないよ。」

 厳しくも冷静な口調で咲さんは諭した。確かにその通りだ。俺の気持ちが全く固まっていないのではどうもこうもない。思わず何も言えなくなって黙り込んでしまう。

「悩め悩め。君は今まで借金取りからずっと逃げていたようなものなんだよ。ほっとけば今後どんどん膨らむばかりじゃないか?今が返済する機会なんだよ。
 まあいい事だよ。人間は生きている限り悩むものだ、とも言うじゃないか。私には良く分からないが。」

 それって『人間は努力する限り迷うもの』の間違いじゃないんですか?と思ったが、当然口には出来なかった。咲さんは楽しそうに笑っている。

「ええ…。わかってはいるんです。けれど…」

「ああもう!鬱陶しいなあ!仕方がない…ひとつ教えてやるよ。相手は魔物なんだよ。困ったらぎゅっと抱きしめて君が大好きだ!って言ってやればすべて解決するじゃないか。大概の魔物はこうすれば喜んで襲い掛かってくるよ。
 全ては君の思い次第って事を忘れないようにな!……まあ相手の思いに関係無く、欲しい男は手に入れる私たちが言う事じゃないが…」

 いつまでも煮え切らない様子の俺を見かねたように言うと、やれやれと言わんばかりに苦笑した。そんな咲さんを見て気持ちも晴れてくる。いつも思うが本当に有難い。

「わかりました。色々ありがとうございます。勉強になりました。」

「ははっ。そんなに謙遜されると私も照れくさいが…。まあ、困ったならまた話を聞くよ。」

 咲さんは尻尾で俺をぽんぽんと叩くと朗らかに笑った。















 それからしばらく経ったある日の夕方の事だ。仕事も終わり俺は家路を急いだ。なぜなら先日買ったばかりの魔物娘漫画を観たかったのだ。人虎のメイドさんに押しかけられる気弱な青年というシチュエーションで、最近のお気に入りだ。

 夕飯?そんなものは腹に入ればいい。特売日にパスタやレトルトのカレーを大量に買い込んできて、半月パスタと半月かカレーとかで良かった。無論こんな破滅的な食生活では長くは無いと言う自覚はある。でも健康無事で生きていったいその先に何があるんだろう。良くて俺の将来は穏やかな破滅しかないではないか。それならば別に…

 こんな投げやりな思いを抱きながら古ぼけたアパートに帰宅したのだが、ふと見ると、駐車場に以前見た姿があった。真珠の様な透き通った肌と、血を思わせる鮮やかな赤い瞳、そして銀色と見紛うばかりの白髪の女性の姿……有妃だ。彼女は俺に気が付くと華やかに笑った。相変わらず虜になりそうな素敵な笑顔だ。

「こんにちは佑人さん。ふふっ。早速遊びに来ちゃいましたよ。」

 え……?なんでこんな時に?平日に約束なんかしたっけ?疑問を抱いた俺だったが、ふと思い出した。先だってメールのやり取りをした時、有妃は近いうちに遊びに行きますと送って来た。俺はいつでも歓迎しますと返信したのだが、無論これは社交辞令が含まれている。
 遊びに来るのは別にかまわないが、それならば都合の良い日を連絡してから来て欲しい。これはお互いにとって暗黙の了解だと思っていたのだ。

 だが結果として、いつ遊びに来ても良いという言質を与える事になってしまった。恐らくそれを承知で来た有妃を追い返すわけにはいかないし、実際に彼女と一緒に居たいと思うのは間違いのない事実だ。
 
 俺は見られたくないものは隠してあったか頭を巡らせた。……よし、大丈夫だ。エロ関係は隠してある。エロじゃない魔物娘アニメや漫画は、先日打ち明けている事だしまあいいか…。不安要素は無いと判断すると彼女に向けて笑顔を見せた。

「いらっしゃい有妃ちゃん。よく来てくれたね。でも…相当散らかっているけれど大丈夫?」

「そんな事は全然気にしないで下さい。もし良かったら私がお片づけしてあげます。こう見えて結構得意なんですよ〜。」

 冗談っぽく笑うとぽんと胸を叩く有妃だったが、俺は (見られたくないものまで見られるのは嫌だから遠慮します) と心の中で呟き相槌を打つ。

「ありがとう。まあでもとりあえずは大丈夫かな…。さっどうぞ。とりあえず上がって。」

「それではお邪魔します。あ…それとこれはお土産です。」

 有妃は軽く頭を下げると部屋に入った。その瞬間、すーっと息を吸い込んでは吐き、吸い込んでは吐き、それを何度か繰り返した。えっ?もしかして何か臭ったのか?一応臭いの元になりそうなものはまめに処分するようにはしているのだが…。思わず気になって聞いてみる。

「ごめん。何か臭ったかな…。」

「あっ。いえ。違うんです。佑人さんの素敵な匂いが部屋に籠っていて…思わずコーフンしちゃったんですよ。」

「ちょっと…。そんな…恥ずかしいよ。」

 恥ずかしさのあまり思わず顔を赤らめる。有妃はそんな俺を見て若干嗜虐的で淫らな表情をすると、くすくすと笑った。からかっているのか本心なのか分からないが、随分と楽しそうだ。

「あれ?カレーがたくさんありますね〜。こんなにどうするんですか?」

 キッチンの一角に置いてあった20個近いレトルトカレーを見つけた有妃が問いかける。つい先日、夕食用に買い込んであったものだ。

「ああ。これ?俺の夕食だけど。これだけあれば2週間以上は困らないし。」

「まさかこれを毎日食べ続ける訳では無いんですよね。」

「ううん。毎日食べているけれど…。」

 何の気なしに言ったが、有妃は急に真顔になり俺を見つめる。突然の事に驚き声も出ない。

「御冗談…ですよね?」

 こんな真剣なまなざしの人に嘘はつけない…。俺は正直に首を横に振る。有妃はため息をつくと泣きそうなほどの悲しい顔になった。

「駄目じゃないですか…。こんな事をしていたら体を壊しちゃいますよ…。」

 思わぬ彼女の一面を見て急に申し訳ない気持ちになってしまった。有妃は慌てて表情を和らげると俺の手を取った。そして優しく見つめると穏やかな声で教え諭す。

「突然ごめんなさい。でも…わかって下さい。毎日ちゃんとしたご飯を食べなければ、佑人さんおかしくなっちゃいますよ。」

「ううん。ありがとう。心配してくれたんだよね。でもサプリも飲んでいるから…」

「それでも駄目です。」

 言い訳した俺の言葉をさえぎって有妃は断言する。そして慈愛に満ちたまなざしを見せると優しく抱きしめてきた。突然体に伝わる柔らかな感触に驚いたが、彼女の穏やかな匂いを嗅ぐとなぜか心が安らいだ。自然と甘えるように有妃に身を任せてしまう。
 そうだ。そういえば初めて有妃と会った日もこうして優しく抱きしめられたな…。ずっとこうしていて欲しい…。思わぬ安らぎを与えられ心がとろけそうになった。

「佑人さん。今まで色々つらかったんでしょうね…。やっぱりこのまま見ていられません。これからは私に任せてください!ずっとあなたのそばに居てお世話して差し上げます!」
 
 これも初めて会った時に言われたな…。うっとりしながらそんな事を思う。でもお世話って一体…。有妃は俺が疑問に思う間もなく体を解くと問いかける。

「佑人さん。お腹の具合はどうですか?我慢できないほどお腹が空いています?」

「ううん。そんな事は無いけど。」

「わかりました。それでは少し待っていて下さいね。何か買ってきてすぐに作りますので。」

 心遣いはとても嬉しいけれど、知り合ったばかりの彼女にそんな迷惑はかけられない。慌てて引き止めようとする。 

「ちょっと待ってよ!それはいくらなんでも悪いよ。俺は大丈夫だから…。」

「いいえ。困っている『お友達』を放っては置けませんっ!大丈夫!佑人さんは何も気にしないでいいんですよ。」

 俺を安心させる様にうなずくと、有妃はたちどころに買い物に出かけて行った…













17/03/07 00:52更新 / 近藤無内
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■作者メッセージ
次に続きます。

この章では有妃と佑人の初Hに挑戦したいのですが、どうなるでしょうか…。

今回もご覧頂きありがとうございます。

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