連載小説
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第四話 森入口、ワーウルフの村【前編】
「ここを今日のキャンプ地とするっ!んだよ!」

ぷっぷくぷーとぷにぷにしてそうなと言うか実際している頬を膨らませ、仁王立ちの上に両手を腰に当て、えっへんと胸を張りながらアザラシ娘は草原のド真ん中で宣言した。
ちなみに第一目標である森はもうすぐそこ、という訳で。

「なんでこんな所で泊まるんだよぉぉ!?森見えてるじゃねぇか!それにっ!」

俺は真っ直ぐ天へと指を突き示す、その先には燦々と輝く我らが太陽。
声高々に叫び上げる、アザラシ娘への抗議の声を。

「まだ昼前じゃねぇか!!」

「今日はゴロゴロして過ごすんだよ!ほらっ!」

「あら〜お昼寝ですかぁ〜?私の毛、少し使います〜?」

「ほら、ワーシープもこう言ってるよ!」

いつの間にやら側に居たワーシープの背後に回りこんで毛皮から取り出したハサミをチョキチョキ鳴らすティナ。
気がつけばお昼寝、ゴロゴロと言うキーワードに周りののんびり系魔物娘達が反応してこっちを見ている、ご勘弁願いたいコチラとしては森の中に入って食料関係とか天候とかを対策したいのだ。

「どっから連れてきたんだよお前!?はさみで毛刈りしようとすんな!元居た所に返してきなさい!」

「ちぇー、とにかくスコッドは薪になるもの探してきて欲しいんだよ、私昼寝してるから」

ワーシープにさよならしたティナはごろんと寝転がって物の数秒でぐーすかと眠り始めてしまった。
こうなってしまっては引っ張ろうと押そうと動きやしない。
更にティナを囲う様にワーシープやホルスタウロスとかもゴロリと寝転がってお昼寝を始めてしまった、このまま柵を付けて小屋とか必要設備を用意すれば十分に牧場とかが経営可能レベルになる程に!
という訳で仕方なくわがままお嬢様の言う通りに薪集めに森に向かうことにした。
色々見て回ればワーシープとかも寝返りとかでティナから離れていくだろう。



森の中に入れば先程までの太陽の暖かさが木の葉によって丁度いい明るさに調節されて降り注ぐ。
さながら光のシャワーと言ったところだろうか、森の中に集落や村があるのか一本道が整備されていた。
このまま行けば情報とかこの森で禁止している事等を教えてもらえるかと考えたが、昼寝をしているティナからそう長時間離れるわけにもいかない。
唯でさえ珍しい見た目をしているのだから面白がった魔物娘とかに運ばれると厄介だ。

「お、コイツはオニユリか・・・野苺も実ってるな、少しもらっていくか」

百合の畑でも無さそうだしよく見れば果実や食べれる系の植物が森中に生えている。
此処で生きる動物達は餌に困らなくてよく育ちそうだ。
薪になりそうな落枝もかなり集めることが出来たので戻ることにした。
とりあえずここにある木の実や植物を分けてもらえたら次の町までは食料も十分持ちそうだ。
・・・森の中にありそうな村はどうするかはティナに相談だな。



戻ってきてみればティナがずいぶんと大きくなっていた。
と言うのは間違いでティナの毛皮が倍以上に膨らんでいた、足の方の毛皮をぐいっと顔の方に伸ばして寝袋モードにしている。
・・・おい、おいおいおい何やってんだこのアザラシ!
薪や食料を置いてティナに近づく。
すると一気にチャックが開きティナが顔を出す、ついでに毛皮の中にもう一人・・・耳からしてワーウルフか?目元が見えなからアレだが...美人だな。
目隠し・・・いやアイマスクだろうか、ずいぶん寝るのが好きみたいだな。

「ねぇ!このワーウルフさんと恋人になってよスコッド!」

・・・、いきなり何を言ってんだこのアザラシは。
羊の次は狼を拾ってきやがって。

「お前なぁ、他のカップルの愛しあいを手伝う次は俺と他の魔物娘が愛し合ってるのを手伝いたいのか?というかそのワーウルフ誰だよ!どっから拾ってきた!」

「失礼な!拾ってきたんじゃなくてお昼寝してたら側に居たの!」

俺がでかい声で言ってしまったせいかワーウルフが毛皮の中に潜ってしまい顔だけこっちを見ているような感じになってしまった。
ぐ・・・ついティナとの漫才気分でやってしまった。

「わりぃな、コイツ俺の恋人なんだけど結構変わっててな。今の話は聞き流してくれ」

「あ、あぁ・・・」

まぁ、そりゃあんな変な事を言われたら誰だって戸惑う。
全く...変なことを言いやがって。

「ちょっと、変わってるって何よー!」

「気にするな」

ティナの毛皮の中に居づらくなったのかワーウルフはもぞもぞと動き出す。

「...スマン、出てもいいか?ティナ」

「うん」

毛皮からワーウルフが出てくるその様はまるで羽化をした蝶のように見えた。
羽の様に風になびく長い黒髪。
スラリと伸びた脚、一切のたるみが無い・・・だが女性らしさを全く損ねていない筋肉の付け方。
うっすらと割れた腹筋、そしてとんでもないレベルのスタイルの良さ。
絶対片手じゃ零れ落ちそうな胸・・・っておい、何考えてやがる俺!?

毛皮から出終わったワーウルフは片手を俺に向け、自分の名を名乗った。

「ニミュだ、ニミュ・ランバード」

俺はその手を握り返す。

「スコッド・フリードマンだ、よろしく...聞くのは失礼だと思うんだが、その目は?」

「あぁ、私の目は光に弱くてね・・・こうして光から遮断しているんだ、他の方法で周りを見ているから心配しなくていい」

「そうか、済まないな」

こう見るとかなり長身だな・・・俺より幾らかデカイ。

「・・・」

「・・・」

ティナのおばか、変なコト言うせいで会話が続かねぇじゃないか。

「...すまんが、私はコレで」

「あ、そういえば森の中に村とかってあるのかな?」

「ええ、私達のワーウルフが集まってる村・・・と言っても私は新参者だけど」

ふむ、やはり村はあったか。
それならちょいと食料を買いたい所だが。

「ねぇニミュ、どうせだからお昼一緒に食べない?」

「・・・なら、宿屋があるから泊まるといい。ワーウルフばかりだが客人には優しい人たちばかりだ」

「わーい!行く行くー!」

ちょいと今の間が気になったが・・・ちょいと警戒して行くか。
先程俺が見た道をニミュが先導して進んでくれる。
歩き方も一切ブレがない、ニミュの隣を歩いているティナと比べれば一目瞭然だ。
まぁ、ティナの場合は陸上での戦闘より水中での狩りの方が主だから陸上での構えとかそういうのはあまり修練を積んでいないのだろから仕方無いことだが。
ふと自分がいつの間にかティナとニミュばかり見ている事に気づき、誤魔化すように視線を反らして視界に入った木々から先ほど俺が取った植物のことを思い出した。

「なぁ、ここらに生えていた木の実とか百合根とか少し取ってしまったが・・・大丈夫だったか?」

「構わないさ、この森の植物は誰のものでもない。食べつくすとか勝手に売るとかそう言うのじゃなく少数で生きるために食べる・・・そんな事なら誰も文句は言わんさ」

「そうか、そう言ってくれると助かる」

そう言うとニミュは片手を上げてひらひらと振る。

「所でティナ、さっきあなた・・・私にこの人と恋人になってほしいって言ったね?それって二股になるけど・・・」

「うん、私は私自身が好きでそれでスコッドも好きになって、スコッドの事を本当に好きになってくれる人なら歓迎なんだよ」

おい、俺がニミュを好きになるの確定かよ。

「・・・なぜ私がこの男を好きになると確信する?」

横顔の、しかも口元しか見えないから表情からは読むことが出来ないが、声で疑っているのが分かる。

「だって、『二人共心に傷がある』からなんだよ」

同時に立ち止まる俺とニミュ。
そして数歩前に行った後、振り向いて俺達を真っ直ぐ見つめてくるティナ。
勘違いか、蒼色の瞳が一瞬深紅に変わったように見え、その瞬間だけ恐ろしく感じた。
あの悪夢を、俺は口に出しただろうか?
ティナは俺はうなされていたとしか言っていなかった、それは嘘で何か寝言を言っていたのだろうか?
そもそも、なぜさっき知り合ったばかりのワーウルフの心に傷があるとわかった?
当てずっぽうで言ったならば、立ち止まりティナに顔を見けているニミュの雰囲気が何かを警戒している...そんな状態になるはずがない。

「仮にもし...私に傷があるとして、この男と傷の舐め合いをしろと言うのかい?」

「それはわからないんだよ、二人がどうするかは」

少なくともこんな道中でする話でもなければあっけらかんと言う台詞でもない。
怒ってしまったらどうするんだこのアザラシ。

「・・・まぁいい、村には入れてもらえるように言うから安心してくれスコッド」

「重ね重ね、連れがすまん」

どうやら、怒りの琴線に触れはしなかったようだ。
心のなかでため息を吐いておく。

「...見えてきたぞ」

村の入口と思える木製の門が見えてきた。
見張りと思われるワーウルフが声をかけてくる。

「ニミュー、そいつらはー?」

「客人だ!少しの間世話になる!」

「・・・うし、あいよー!今開けっからー」

ぎぎぎと音を立て、木製の分厚い扉が開かれていく。
人が通れる大きさまで開いた所でニミュが手招きをし、俺達も中に入る。
木製の家が複数並び、店も開かれているようだ、店だけじゃなく小さいながらも酒場もあるようだ。
チラホラとワーウルフ以外の種族も居るのがわかる。

「この森の中には結構な数の村があってね、おおまかに種族ごとで分かれているんだ。それで交流とかもしている・・・森自体が国みたいなものだと思ってもらったほうがいいだろう」

「へぇ・・・」

もしも全部の村を回るってなったらかなり時間が掛かりそうだな。
そしてここでもティナを珍しそうに見る目が沢山っと・・・まぁ森の中に住んでいたら海洋生物なんてまず見ないよな。

「かわいい〜、わっ...この毛皮なんか面白い触り心地〜」

「帽子も可愛い〜」

「ほっぺぷにぷにしてる〜」

「むぅい〜♪もっと撫でていいんだよ〜♪」

と思ったら何人かのワーウルフに撫で回されて顔がむにょんむにょんとゼリーみたいになっている!?
あぁもう!

「宿はこのまま真っすぐ行けば看板があるから分かるだろう、私は用があるからまた後でな」

「わかった!あーこら、その子は玩具じゃないぞー!」

また後でと言ってたし話す機会は多分あるだろう、何処かへ去っていったニミュと別れティナを救出する。
ちゃんと謝っておかないと此処出るときに嫌な気分になるのは嫌だしな。
とりあえず頬を摘まれたり全身をナデナデされてご満悦なアザラシを抱えて宿に向かうことにした。

「うへへ〜おっぱいがいっぱいだったんだよぉ、もふもふな毛とバインバインなおっぱいは無敵コンビだよ〜♪」

うわ、デコピンしたいこの笑顔。







テーブルを挟み、私の向かいに座るワーウルフが一人、その隣に男が一人。
鹿の剥製や脚拓、見渡す限りそういうもので部屋がうめつくされている。
私は目で見ているわけではないので色とかは分からないが・・・きっと手入れなどはしっかりされているのだろう。
今まで自分が仕留めてきた獲物、それを何らかの形で残すのが私の眼の前にいる人の趣味だ。
この村の長、流れ者の私をこの村に引き入れてくれた恩人。
その人にさっきの事を話した。
赤毛の肩ほどまでの長さの髪、大きいとは言えないが形がきれいな胸。

「...と、いうわけなんですが」

「あはははは!恋人持ちの魔物娘に求婚されたって傑作じゃないか!」

豪快に笑い飛ばされた。
隣に座っている長の夫が話す。

「ニミュちゃん、その女の子はともかく男の人はどうだい?」

あの男...か。

「歳は私と同じくらいか少し下、身長も私より数センチ下です。...体の方はおそらくどこかの国で兵をしていたんだと思える程度には鍛えられています」

「ったく、まどろっこしいねぇさっさと言いなよ、ハメたいと体が疼くか?」

・・・この人は全く。

「...その、今のところは...この...み、ですね」

自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
見られたくなくて、思わず顔を逸らす。

「それに...」

「それに?なにかあったのかい?」

「・・・出会い頭に頭を触られても嫌だと思いませんでした」

「かかかかかっ!かんっぜんに脈ありじゃないか!頭触られるのが大っ嫌いなアンタが触られて大丈夫だったのってアンタの話を聞く限り両親と初恋の人くらいじゃねぇか!」

テーブルをバンバン叩きながら今すぐでも笑い転げそうになっている長。
・・・ちょっと縛って黙らせたくなってきた。

「ニミュちゃん、君の体をその・・・スコッド君だっけ?彼が受け入れてくれるなら、僕らは応援するし此処を出るのも止めたりはしない。君は魔物娘なんだ、自分に正直に動いていいんだよ」

「...はい」

ありがとうございます。
そこで長が手を二回程ぱんぱんと叩いた。

「クー、ちょいといいかい?」

「はっ、此処に」

この森唯一のクノイチ、クーさんが天井裏から音もなく長の斜め後ろに降り立った。
・・・ほんと、どこに居るのか今の今まで気づかなかった。
私の音探知に当たらないってどういう方法なのかしら。

「ニミュの言ってた二人、今どうしてる?」

「男性の方はこの村に顔なじみの友が居たということで友の家で飲み合っています、魔物娘の方は酒場へ向かいました」

「ふーん・・・ニミュ、丁度いい酒場に行ってきな。男の方はアンタの体見せりゃどうだかわかっだろ、だからアザラシの方がどうだか見ておきな」

「わかりました」







夕暮れ時、もうすぐ闇の時間となり夫婦達の時間にもなる境界の時。
この村唯一の酒場、実際の所酒場と言われてはいるが料理やら何やらも出すため食堂のような扱いにもなっている。
狩りを終えたワーウルフ達の宴会場でもあり、他の村から来た者との交流の場にもなっている。
逃した鹿はデカかった、どの辺でどんな鳥を見ただの情報を言い合ったり自分が仕留めた獲物の自慢を大声で叫んでいる。
そんな店の中でアザラシが一匹、カウンター席に座っていた。
何やらブツブツと呟いているが周りの喧騒にかき消されアザラシの向かいでカクテルを作っているマスターにも聞こえていない。
そんなアザラシの隣に黒毛に赤毛が混じった長髪のワーウルフ、ニミュがやってきた。

「隣、いいかしら?」

「むぅぃー...あぁニミュかーいいよー」

了承を得たニミュはティナの隣の丸椅子に腰を下ろす。
目が見えていないニミュには表情からは判断できなかったが声色と体から発する気でやさぐれかけていることがわかった。
事実、後ろ姿で興味をもって覗き込んだ他の客があまりの可愛くない表情のために無言で離れていったレベルである。

「恋人と何かあった?」

「聞いてくれるのかい?」

「まぁね・・・マスター、エール一杯お願い」

「はいさーエールね、先にはい、アザラシちゃんパラライカ」

「...貴女、パラライカ飲むって何歳?」

「16だけど魔物娘に歳とアルコールは関係ないんだよー」

ニミュは早くも後悔し始めていた、今のこの子はなんかヤバイと。
そして自分が注文した酒とツマミに頼んだソーセージを二人でつまみながらぽつりぽつりと話し始めた。
その光景を面白がって周りの客は二人に酒を進めに進めた。




〜そして・・・・30分後〜

「チキショウ、喘ぎ声がオウオウ言ってたらいけねぇのかよぉぉ!わたしゃアザラシだ!オットセイでもアシカでもねェェェ!!!!」

「ぎゃぁぁぁぁ!グラスよりも先にテーブルにヒビ入ってるーーーー!」

ズドン、ズドンとグラスをテーブルに叩きつけるティナ。
なぜだかグラスには傷ひとつ入らずテーブルのほうが悲鳴を上げ始める。
更に頭からは噴火した火山のように湯気がぽっぽーと吹き上がっている。

「だぁいてぃおめーら人のチンポ勝手につかって、旦那ができたら旦那のチンコの方があたしゃぁよりきもちーだとぉ?私は肉バイブでも独身共の大人のおもちゃでもじゃねーんだぞ!あぁぁん!!?」

「ひぃぃぃぃぃ!ごめんなさいぃぃぃ!」

恨みはらさでおくべきかと言わんばかりに他のワーウルフの胸ぐらを掴み、ガンを飛ばし、火をつければ火を噴くのではないかと思ってしまうほどの酒臭い息をぶつけまくるニミュ。
もう誰もこの二人の暴走を止めることは出来ない。

「でも愛してるんだよスコッドー!!」

「「「テーブルが割れたあああああ!」」」

「アタシの体見てドン引かねぇ男プリィィィィズ!!」

「「「「誰かあの子貰ってやってー!!!」」」」

「アザラシちゃん、お代は・・・」

「マスター!人魚の血とサバト製の玩具はどれだけ価値があるんだい!?」

「・・・好きなだけ飲みなさい!」

ティナが提案した対価を聞いたマスターはなかなか素晴らしい笑顔とサムズアップをティナに向ける。
玩具の方がどれだけかは分からないが人魚の血ならば欲しいやつに売りつければこの店のテーブルを全て買い換える程度は稼ぐことが出来るかもしれないからだ。

「ワインボトル2本追加なんだよ!血の代わりにワインを巡らせろー!」

「魔界豚のステーキ5人前もってこーい!肉じゃー!肉食わせろー!」

「会計は任せるんだよー!」

「ヒャッハー!!」

片や恋人に「お前の喘ぎ声ってオットセイみたいで可愛いよな」とアザラシのプライドを破壊されて4人がけテーブルを空きグラスで埋め尽くす程やけ酒してジョッキをゴンゴンテーブルに叩きつけ、遂には3つ叩き割るアザラシ。
片や周りのワーウルフに絡みまくって過去話や自分に対する陰口の真偽を確かめるために片っ端から絡み、逃げ出そうとした奴は鎖で拘束するワーウルフ。

この日を堺に『面白いからって新入りを玩具にするのと面白がってやさぐれている人に酒をすすめるのは止めましょう』と酒場にでかでかと看板が付けられることになったという。

ちなみにスコッドはと言うと・・・。
「あ?ティナが酒場で暴れてる?俺が何か言った所為?・・・可愛いって褒めただけのはずだが。と言うか情報集めに言ってくるとか言ったのに何してんだアザラシは」




ちゅんちゅん、ぴーちくぱーちく。

「あだまいだい....みずぅ....」

「う゛ぇ゛ー...かんっ、ぜんに二日酔いだわコレ....」

時刻は一巡して午前5時半。
酒場は崩壊とまでは行かなくても大掃除が必要なレベルまで荒れていた。
そして残ったのは魔物娘でなければ急性アルコール中毒で仲良くお陀仏になっていたはずのアザラシと狼。
二人は顔を動かさずに目だけ合わせるとそれぞれ片腕だけ動かして力強く握手した。
ちなみにスコッドが駆けつけた時にはすでに手遅れ状態であり、運び出そうとしても暴れだすため仕方なく放置していたのである。

「「うぷ」」

二人はうつ伏せの体勢からビーチフラッグで世界を取れるのではないかと思えるほどの速さでトイレへと駆け込んだ。
便器に顔を向け口を開くと
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※見せられないよ!
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二人はカウンター席にもたれ掛かるように座る。
外では夫婦達が目覚めの営みをちらほら始めた家が出てきたようだが二人には月面で兎が餅を付いているのを見てるレベルで関係のないことだ。
ふとグラスが二人の目の前に置かれる

「水よ」

「ありがとうなんだよますたー・・・」

「すみません...飲み過ぎました...」

マスターはさっさと箒で片付けを始める。

「私の若いころに比べればまだマシだから安心しなさい」

「あぅぅ、血だけど・・・」

「アルコール抜けてからもらうわ、今の貴女の血を貰っても飲んだら二日酔いになる血しか取れ無さそうだもの」

「了解なんだよー・・・」

コップの水を飲み干すとそのままダウンして再度眠りについてしまう二人。
そんな二人の側にスコッドが近づき、マスターに声を掛ける。

「すみません、連れが暴れちまって」

「いいのよコレ全部チャラに出来るだけのお代はもらえるから・・・手伝ってくれるなら壊れたテーブルを外に運んで、瓶とかも片付けるの手伝ってもらえるかしら」

「その位なら」

真っ二つに割れたテーブルを掴み、軽々と外へ運び出していく。
まるで名剣で斬ったかのような鮮やかな切り口、これがグラスを叩きつけて破壊した傷と言われてもスコッドは納得できなかった。
だがそのことは後回し、今は自分の言葉のせいでなってしまった状この状況の回復のために体を動かすことを優先させた。

「所でスコッド君、この子はどう?」

マスターは眠っているニミュの頭をつんつんとつつく。
僅かに嫌そうな呻き声を出したがすぐに眠ってしまう。

「ここの一番偉い人にも言われたよ、確かに好みといえば好みだが人間だからか夫一人に妻一人って言うのが常識でな・・・」

掃除を中断してカウンター席に座り、ティナの頭を起こさない程度に優しく撫でる。

「大丈夫よ、インキュバスになればその価値観もぶっ壊れて平気になるから!バイコーンって種族と夫婦になったらハーレム5人はザラだから!」

「改めて聞くとすごく恐ろしいんだが」

コツンとスコッドの前にジュースが注がれたコップが置かれる。
スコッドは自分は頼んでいないという顔をしたがサービスの品だと分かるとゆっくりと飲み始めた。
数口飲んだ所で変な薬とか入れられていないかと疑ったが無いないとマスターが手を振ったので安心して飲む。

「話変わるけど昔の友人探してるんだって?君の友人から聞いたよ」

「あぁ、まさか此処で一人と再開できるとは思っていなかった。犬嫌いのあいつがワーウルフと結婚してるとは・・・」

「なら丁度いいから情報集めにいい所を紹介してあげましょう、ココよ」

そう言ってマスターがスコッドに渡した紙はこの地域の地図だった。
カウンターに広げ、とある場所を指さす。
そこはただの草原だった、近く何かあるといえば複数の小さな村の中心点を指している程度か。

「ここに伝令のワイバーンが教えてくれた情報からの予想だと、5日後にとあるキャラバンが数日ほど止まって市を開く。とんでもないデカさのキャラバンよ、荷を下ろして準備すれば下手な村よりでかくなる、更に反魔物領すれすれすら通って世界中巡るような事やってるから情報量はとんでもないよ」

「キャラバンか・・・案外そこで拾われて住んでる奴も居るかもな」

「品揃えもトンデモナイからね、装備やらなんやらを手に入れるならこの村では最小限にしておいてキャラバンで揃えるようにするといいわ」

「了解、色々と教えてくれて助かるよ」

「・・・っと、ここまで色々教えてあげたんだから・・・もらっていきなよ?」

スコッドはこの時のマスターの顔を見て確信した。
この人は昔かなりヤンチャしてた類だと・・・。
あえて返事はしなかったが、ニミュの事についてスコッドはすでにある程度覚悟は決めていた。昨晩のアザラシと狼が酔っ払って暴れている頃、スコッドは長に呼び出され話をしていたのだ。



〜昨日・夜〜
なにかしでかしたことによる極刑とかを一瞬想像していたが、実際は一人のワーウルフの話。
ただ不運に不運が重なった最悪な過去話。
長とスコッドしか居ない部屋、話の途中から空気が重く感じ何も言えなくなっていた。

「というのがヤケになったあの子からマシンガントークみたいに言われる内容だと思うから受け止めてやってくれ!」

「・・・軽ッ!?」

「つーか酒場を半壊しかねんようなアザラシと狼は、いらねぇから引き取れ」

「厄介払いかよ!?」

「まぁいいからいいから、あの子は床上手だよーおまけに処女だし」

「俺にとってはそっちのほうが要らん情報だ・・・」

自由人、余りにもゆらゆらと揺れているせいでツッコミを入れても何してもひらひらと躱されてしまう。だが何処までも折れない芯がこの人には有るとスコッドは確信していた。

「つーわけで私が発破かけてアンタの部屋に送るからちゃんと話を聞いてやってくれ、アンタから呼び出すとあの子の事だなんか勘ぐりそうだからね。というかさ、今の話と合わせていきなり体を見せられてたら平常心でいられたかい?」

「無理」

「だよねー」

あははははははと二人で大笑いし、さっさと迎えに行ってこいと長に尻を蹴られ酒場へと向かったのだった。


〜回想終了〜

後編へつづく

15/05/06 17:23更新 / ホシニク
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■作者メッセージ
おまけ〜宿にて〜

「それにしてもアレだよな」
「何がだい?」
「ティナの喘ぎ声ってオゥオゥってアシカとかみたいで可愛いよな」

瞬間、ティナの脳裏に岩場でお昼寝していたら数匹のアシカやオットセイによって自分を持ち上げてボールのように海へ放り投げて遊ばれた過去がよぎった!

「アハー、ソウカーアシカカー」
「あぁ」
「チョットサカバデ、ジョウホウアツメテクルネー」
「分かった・・・おい大丈夫か・・・行っちまった」

酒場の騒ぎに続く。


※2015/05/06 初稿

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