読切小説
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パパご飯

リンゴーン、リンゴーン

12時の鐘が鳴り、人々はみな昼休憩に入る。
それはここF市中心街にそびえたつ、カネマル産業の営業2課でも同じことがいえる。

「じゃあ食事行ってきまーす」

それぞれが午前中の労務をねぎらい、己の腹を満たすべく席を立つ。

「主任は今日もお弁当ですかー?」

「うむっ」

そんな中、部下であるサキュバスに声を掛けられながらも黙々と作業を続ける男性が一人。彼こそが、このカネマル産業の営業主任である。

「いーですねーっいつも、じゃ行ってきまーす」

「うむ」

サラサラと郵送する封筒に宛名に必要事項を記入し、トントンと同封する資料の角をそろえる。ひと段落ついて、ふっと息を吐くとゴソゴソと鞄の中に手を入れて、丁寧にランチクロスに包まれた弁当箱を取り出した。
時同じくして、営業2課の扉が開き当企業の常務取締役である刑部狸が部屋に入ってくる。

「主任、いるかネ」

「常務」

重役の登場に昼食の準備を中断しようとする彼に常務は「そのままでよい」と制した後に話をつづけた。

「今日の昼はな、何の予定も入らなかったのでな『登』のうな重を出前してもらった」

「登と言いますと会社のウラにある鰻女郎の夫婦が経営している店ですか?」

「そうじゃ、あのうまいと定評のあるウラの登のうな重じゃ」

常務はただ自慢しに来たわけではない。昼に彼を訪ねてくるのには理由があった。

「でっ、また取り替えてくれんかなーキミの弁当と」

「はっどーぞ」

決まって、彼の弁当と交換したがるのである。彼の弁当を受け取った常務は意気揚々とふたを開ける。

「おーっ、今日は山菜メシに手製のサツマ揚げかっ!」

きらびやかに彩られた弁当は光を放っているようにさえ見える。

「うんーっ」

イワシのすり身から作られた大ぶりなサツマ揚げは食べ応えがありながらも余計な油は切られており、さっぱりとしている。

「うほほーっ」

山菜メシも、もっちりとしたもち米の食感とコリコリとした旬の山菜が何とも言えない絶妙なバランスを生み出している。

「うまいっ、主任!いやあ、いつ食っても最高だね」

「はっどーも」

満面の笑みで常務は彼の弁当を平らげていく。

「わしはな、キミんとこの弁当にいつも入ってるこの玉子焼きが大好きなんじゃよ」

常務は「これだ、これだ」子供のようにはしゃぎながら箸で玉子焼きを掴む。

「一本丸ごと切らずに入っていて、箸で切ると中はトロリとやわらかい...しかし君は幸せ者じゃのーっ、いつもこんなうまい料理が食えてー」

「これだけ料理の上手い奥さんはめったにいるもんじゃない」

いつも食べてしまって申し訳ないが、と申し訳程度の断りを入れて、

「大事にせにゃいかんよ奥さんを!」

「はっどうも」

常務はご機嫌に笑いながら、主任の肩を叩く。そうしているうちに昼休憩は終わり午後の業務が再開するのであった。



「田中ーっ企画書はー?」

「はいっ、今やっているところです」

「急げよ」

「は...はい」

先ほどとは打って変わり、課内は電話の呼び出し音と上司からの指示が弾幕のように飛び交う。

「主任、芭露芽食品の村上さんがお見えです」

「うむっ」

主任はすぐさま応接室に出向き打ち合わせを行う。

「ではそういうことでよろしくお願いします。」

うまく話はまとまり今度は、部下が提出した報告書に目を通す。

バリバリ、くしゃくしゃ

「やり直しだ!こんないーかげんな企画が通るかバータレイッ」

「は、はい」

ジリリーン

「ハイッ営業2課...わかりました、すぐにうかがいます」

「田中、企画書は後だ行くぞ」

「はいっ」

怒涛の勢いで迫る一連の仕事をこなし営業に出向く。これが主任が「仕事の鬼」と呼ばれる所以であった。

「ただいまー、御戸間産業から注文取ってきたぞ」

一流企業からの注文にに課内が盛り上がる。

「田中、今日中に見積り出しとけよ」

「はいっ」

各自は残りの作業へと戻り、自分のなすべきことに取り組んでいった。



ピンポーン

定時の鐘が鳴るも、その仕事の多さから誰も帰ることができない。ただ一人を除いて。

「お先っ」

主任はテキパキと身支度をして帰宅の準備をする。

「あっ、主任...あ、あの見積りどうしましょう?まだできてないんですが...」

「オレの机の上にでも置いとけっ」



会社からバイクで5分の所にあるアパートが主任の自宅だった。
インターホンを鳴らし内側から玄関を開けてもらう。

「おかえりーっ、パパ!」

扉を開けると彼の娘であるリャナンシーのマコが抱き着いてくる。

「ただいまーマコー、おなかすいたかー?」

「うーん、もうペコペコだよー」

主任のいや、パパの会社での硬派な印象は一瞬にして砕け去り、娘思いの軟派な性格があらわになった。これこそが彼の本性であることを会社の人間は誰も知らない。

「よーしよし、パパがすぐ作ってやるからなー、今夜はマコの大好きなイタリアン鍋だぞ!」

「やったーっ」

マコは大好物の料理に手を合わせて喜ぶのであった。



手軽でボリュームたっぷり『ザ・イタリアン鍋』

1.厚手のふたつき平鍋を加熱し、火を止め、ごま油をうすく引く

2.ジャガイモ、玉ねぎ、ピーマンをスライスし、キャベツを大雑把に手でちぎる

3.下から玉ねぎ、ジャガイモ、キャベツ、ピーマン、トマト、ベーコン、ピザ用チーズの順に敷きつめ重ねてふたをする。

4.ごく弱火で15分〜20分放っておけば出来上がり!
※辛口がお好きな人はベーコンの上に塩コショーを加えると酒のつまみにもピッタリ!



「さあ、できたぞ!」

「うわっ」

ベーコンからしみ出した味が下の野菜全体にしみこみ、それをさらにチーズが包み込んでうまさを逃がさない。もう最高!

「いただきまーす」

野菜からたっぷり汁気が出るため焦げ付く心配もない。

「うまいかっ」

「うーん!」

幸せそうに食べる娘の姿を見て、パパも自然と口角が上がる。

エビ・カニなどを加えるとぐっと豪華になってパーティーにも最適!



「「.....96、97、98、99、100!」」

親子二人で湯船につかり、数を数える。

ブロロロロー

「パパ、くすぐったいよー」

「こーら、あんまり動くと乾かせないぞー」

パパに包まれるようにして、髪の毛をドライヤーで乾かす。
二人で仲良くキャッキャウフフしていると、突然外がバタバタと騒がしくなる。

「あっ、ママだ!」

「ただいまーっ」

勢いよく扉が開き、マコにとってのママ、パパにとっての妻の虹子が血相を変えて帰宅する。

「おかえりーっ、ママ!」

「トッ、トッ、、トイッ、トイレー!」

限界を迎えた膀胱を救出すべく慌ててトイレに駆け込む。

ジリリーン、ジャーッ、バン、ピゥュ

家電が鳴り、水を流し、戸を閉め、受話器を取る。この間約3秒。

「はいっ、虹子ーっ、なに展示品間に合うって?OKOKじゃ朝一で館のほうに届けてよ」

彼女は種族がらもあり、とある美術館の館長をしている。展覧会や品評会を開催すると息をつく間もないほど多忙に見まわれている。

「めしできてるぞ」

「うんっサンキューッ」

この間も電話番号を入力しており、家に帰ったからと言って仕事が終わるわけではない。

「もしもーし、あっわたし、作品間に合うみたいだから明日直接会場まわってもらえるー?」

一方、パパも一度脱いだはずのスーツをもう一度着直して外に出る。彼は、デスマーチ期間は娘の世話が一区切りついたら、会社に戻り残った仕事を終わらせるのだ。

「こんばんはー」

「いつもおつかれさまー」

顔なじみになった夜間警備のワーバットと軽いやり取りをして、机に座る。

「見積り大丈夫そうだな。」

誰もいない室内で点検を行い、戸締りを確認する。

夜もとっぷり暮れて、彼は二度目の帰宅をした。

「ただいまー」

すでに寝ている娘を起こさないようにすり足で寝室へと向かう。

「まだやってるのか」

そこにはすやすやと眠っているマコのそばで資料を作成している虹子の姿があった。

「あっ、もう終わるわ」

鞄を整理しながら、空になった弁当箱を取り出す虹子。

「はいっ、お弁当今日もうまかったよーっ、流石私の見込んだ芸術の才能の持ち主ね」

「うむっ、しかし、ただの弁当だろ、芸術の才能なんて...」

「そんなことないわよ、誰かを思って、手間暇かけて製作する、お皿という名のキャンバスにあなただけの作品を作る。それって素敵なことじゃない?」

虹子がそっと背中から抱き着く。

「そういうもんか?」

「そういうものよ」

互いに顔を見合わせて、フフフッと微笑む。

「ところで、今は何を作っているの?」

彼の手元には粉を練って生地状になったものが丸まっている。

「明日の朝はうどんにしようと思ってな、うどん粉仕込んでたんだ。」

生地をボウルに移しラップをかけ、冷蔵庫にしまう。

「これでよしっと」

「ホント、あなたって料理が好きなのネーッ」

「うむっ」

手を洗いエプロンを壁に掛ける。

「じゃあそろそろ、寝ましょうか?ア・ナ・タ」

「うむ、うむ」

そっと襖を閉めて、二人は濃密な時間を過ごすのであった。
20/07/25 01:35更新 / 甘党大工さん

■作者メッセージ
うどんと夫婦の営みのはコシの使い方が重要です。(それでいいのか)

私事ではありますが、今回の作品で作家1周年を迎えることができました。
これもすべて皆さんが目を通し、コメントしてくれたおかげだと思っています。これからもより良い作品を作れるように努力しますので、何卒応援のほどよろしくお願いします。最後までお読みいただきありがとうございました。それでは。

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