☆魔界荒野☆



昼間とは思えないうす暗き空。
光が届かない荒野に、一体の豚が歩いていく。
その豚はとてもじゃない程巨大で。
広々とした黒きキャンパスに、豚の体格と影という名の黒を描く。


人間の世界ではあり得ない光景。


ここは魔界。


魔物娘が住む世界。


魔界豚と呼ばれる巨大な豚に小さな小さな点二つ。


それは魔物娘。


一つは黒をベースに白を混ぜ合わせた髪をツインテールにし、赤き薔薇のリボンで束ねている。
対象となる髪と共にあるのは、対象的な二本角。
顔立ちは大人と子供の間の可愛さを持ち、口元を噛みしめ、大人らしさをアピールするかのよう。きっと口元を緩めて笑えば無邪気さを残す子供へと戻るだろう。
上半身の露出を抑えた漆黒のドレス服から見えるのは首元と手のひらのみであるが、そこから見える純白の肌が漆黒のドレスと対をなしている。
一方、ドレススカートから下が見えるのは人間の女性のものとは違うーー漆黒の肌が見える四本足。
足は蹄、尻尾は黒のさらさらした毛並み。
改めて上半身は美女、下半身は黒馬、そして頭には二本角。
姿の通り漆黒の愛を求める魔物娘。


バイコーン。


もう一つは、茶色のボブカットにタレ耳、鳥の羽毛に覆われた手首、足まで届くほどに伸びた尻尾。
服は給仕服にエプロン、色は白とは程遠い傷と汚れが染まっており、日々彼女が世話を怠っていないことの証明を刻み込んでいる。
手そのものはすべすべの肌とは違う赤く擦り切れた痣が出来ており、毎日の炊事洗濯を欠かすことなく行った結果である。
長いロングスカートから見える足は鳥の鱗がバラバラに剥がれ落ち、その足は常に立ち止まることなく歩き続け、前に進もうとも後ろから主人の命令あらば、例え鱗が剥がれ落ちようとも、すぐさま振り向き駆けつける忠誠心の証と言える。
見た目の美しさを求める者には決して理解できない美しさがそこにある。


主人のために仕える魔物娘。


キキーモラ。


バイコーンとキキーモラ。

二人の魔物娘。


彼女らが何もなきキャンパスへと歩く理由。


とある場所へと向かうため。


雲を突き破る程の城へ向かうため。


そこに住む両親に会うため。


付き添いの給仕とともに。

漆黒の令嬢は向かう。


魔物娘の頂点。魔王様が住む魔王城へ。



☆魔界荒野・魔界豚の背中☆



｢ねえ、煌羅｣
｢……｣

｢ねえ、煌羅｣
｢……｣

｢煌羅、煌羅？煌羅様？キララちゃん？｣
｢……｣

｢……命令よ、振り返りなさい｣
｢何でしょうか、お嬢様｣

｢遅いゎよ！主人の命令を無視しないでよ！さっきの文章と矛盾してるじゃない！｣
｢何を訳のわからないことを言ってるのですか？ここには私とお嬢様と魔界豚のトンスケしかオリマセンガ〜〜｣

｢途中棒読みっぽくなってるゎよ！｣
｢お嬢様はいつもツンツンしておりますね。怒るとシワが増えますよ？｣

｢誰のせいよ、煌羅がいくら読んでも返事しないからでしょ！｣
｢あれは命令だったのですか？でしたらきちんと正確に命令しないと『命令よ、ねえ煌羅』って｣

｢……いくら主人に仕えるキキーモラって言っても極端過ぎない？｣
｢これが私です。大好きなお嬢様に忠誠を誓ったあの日から常にお嬢様の傍におり、離れていても命令あらばいつでも駆け付けます｣

｢大、好き……ポッ……ま、まぁ煌羅がそう言うなら、大体、この旅だって、本当なら私一人で旅するつもりだったけど、煌羅が淋しそうな顔をするから、仕方なく同行させてあげたのだから……｣


｢……｣


｢って、無視してんじゃないゎよ！｣
｢あれ、『お嬢様の話を聞く』という命令だったのですか？｣

｢そうよ、私に忠誠を誓ったんじゃないのかよ!?｣
｢ええ、命令とあらば。逆に命令ではないなら無視しますが｣

｢基本無視かよ！｣
｢怒るとニキビが増えますよ｣

｢だから誰のせいだと……｣
｢まぁ冗談はここまでにして、私に話し掛けたのは、お嬢様に相応しい夫を探す旅を始めてもう二年経ったということですよね？｣

｢えっ？何で判ったの？私まだ何も言ってないのに？｣
｢何年お嬢様に仕えてると思いますか？十年ですよ、十年。お嬢様が直接口にださずとも表情や話の流れから何を求めてるのか、すぐにわかりますよ｣

｢そうよ、旅を始めて二年経ったことを言おうとしたの｣
｢旅を続けて二年……この二年でお嬢様はこんなに立派になりましたよ｣


　そう言いながら私は、お嬢様の胸を優しくタッチします。


｢どこ触ってるのよ！｣


｢立派になったのは、身体だけだったので｣
｢他に言うことないの!?｣

｢失礼しました。立派と言ってもバストがAからBになった程度でした｣
｢そっちの方が失礼よ、何故そんな細かな違いが解るのよ！｣

｢お嬢様の健康管理も私の役目です｣
｢管理が違う！｣

｢他にも食事の中に嫌いなピーマンをこっそり投入したり｣
｢マジで!?｣

｢洗濯の時は下着の匂いをチェックしたり｣
｢それが健康と何の意味があるの!?｣

｢生理の他にも清潔性を確かめてるのです｣
｢清潔かどうかで匂いをかぐな！｣

｢お嬢様はいつも物を散らかしているではありませんか。自分の部屋ならまだしも、よりによって一泊しかしない宿で。少しは掃除する人の身にもなってください｣
｢うっ｣

｢そんな調子では、いつまで経っても旦那様は見つかりませんよ｣
｢い、いいもん。私には……兄貴がいるし｣

｢……また楽な道を｣
｢別に問題ないでしょ、魔物娘の夫婦には兄妹同士で結婚してるのもいるし｣

｢だから、大好きな兄と結婚を？｣
｢ええ、兄貴大好きダイヤちゃんよ｣

｢……普段は『ウザイ』と言って無視してるくせに｣
｢なっ、何言ってるゎけ？確かに兄貴の前では素直になれないけど、心の底では兄貴のことが大好きよ｣

｢でしたら兄の前で言ったらどうですか？『兄貴大好きダイヤちゃんよ』って｣
｢い、言えるゎけないじやない、だってあの兄貴だよ。いつも息をするかのように『俺は純粋な愛を求めてるんだ』と言ってるくせに、実際は一夫多妻という不純な愛し方をしてさ｣

｢確かにあの方はハーレム王子と言っても差し支えありません。仮にお嬢様と結婚するなら、嫁が四人になるだけですし｣
｢だから、兄貴と結婚しても、問題ない♪｣

｢ならば将来の為に、兄に対する奉仕の練習をしなければなりませんね｣
｢奉仕は私がするの!?それはどちらかと言えば煌羅の役目でしょ!?｣

｢心配する事はありません。私が兄を調教します｣
｢だから逆よ、逆！｣

｢でしたら私がお嬢様にご奉仕を｣
｢その『ご奉仕』って、文面通りの意味よね？｣

｢まさか、この私を疑うのですか？｣
｢いや、そこまでは……｣

｢お嬢様を苛めていいのは私だけです！｣
｢今の発言で確信を持ったゎ！｣

｢話が脱線しました｣
｢脱線してない、通常運行よ！｣

｢あの日、お嬢様に生涯の忠誠を誓ったあの時をお忘れになったのですか？｣
｢結局回想に入るのね｣



☆回想☆



あの日

勇者として魔王討伐のため

魔王城に突入し

愛する夫と共に愛馬に跨りながら

勇往邁進に魔物を追い払い

途中で愛馬を失おうとも

歩みを止めることなく

魔王様の下にたどり着いた瞬間

幼いリリムの魔力を受け

一角の白馬に生まれ変わったあの日の事を



☆回想終了☆



｢忘れたとは言わせませんよ？｣
｢それはお母様のことでしょ｣

｢……間違えました｣
｢……わざとでしょ｣

｢正しくは星空に届くほど高き山にて、私は見たのです。それはまるで純白の令嬢……その瞬間、私は確信しました。彼女こそ生涯の忠誠を誓うべき主人だと。それがダイヤ様、貴女なのです｣
｢……そんな出会い方だったっけ？私と煌羅が出会った場所は星空山なのは確かだけど｣

｢そろそろ到着ですよ。お嬢様｣
｢スルーかよ｣


　私とお嬢様が話してる間に触手の森へと足を踏み入れたようです。
　巨大な魔界豚に触手たちが騒ぎ立てますが、それらを踏み潰すかのように堂々と進みます。
　触手の森を抜ければ魔王城は目と鼻の先です。


※


｢触手が無くなったわ、皆あの豚に付いていくわよ｣


☆魔王城裏口☆



　お嬢様の両親に会うため、十年振りに魔王城へ訪ねた私達は


｢お前たち何者だ？怪しすぎる｣


　門番であるガーゴイルに門前払いされました。
　どうやら歓迎されていないようです。


｢困りましたね。お嬢様。魔界豚で触手の森を堂々と進んだのがまずかったようです｣
｢……｣

｢答えろ、教団に着いた裏切り者か？｣

｢魔界豚で触手の森を堂々と進行したなのはお詫びします。ですが、ウチのトンスケは巨大過ぎて、サキュバスの城下町を通ることが出来なかったのです｣
｢……｣

｢ほら、お嬢様も何か言ってください｣
｢……もごっ、はべれるばけはいでひょ｣

｢何を言ってるのかわかりません｣
｢……ほんっ、ロープを口に加えた状態で喋れないゎよ！｣

｢ああ、せっかくの手綱が｣
｢だから煌羅が私に乗馬しながら入門するの反対だったのよ！もはや魔界豚以前の問題になってるじゃない！｣

｢お嬢様の偉大さをアピール出来ると思いましたが……｣
｢偉大さよりも、怪しさをアピールしたゎ！｣


｢答えろ、何者だ｣


｢仕方ありません、出したくは無かったのですが……｣


　私は懐から『それ』を出そうとーー


｢何者かって？このレーサ様に訪ねるつもり？｣


　ーーする前に後ろから女性の声が聞こえてきました。
　声の方を振り向くと、人間達がいました。
　おそらく魔王討伐に来た勇者一行でしょう。


　｢私はレーサ、魔王との戦いが終わったら、結婚するんだ！｣


　妙なフラグを立てた女勇者を無視して、私は他の仲間をチェック。
　女僧侶、魔法使いの少女、あと男四人。


｢そこの馬とメイドが森を踏み荒らしてくれたおかげで、難なくここにたどり着いたわ｣


　私は勇者一行に近寄ります。


｢残念だわ。下半身が馬じゃなかったら感謝したけどね｣


　まずは男共に魅了魔法を使います。
　男のうち三人が私に魅了されてる隙に、首にチョップして気絶させます。


｢おにいちゃん！｣
｢ああ、主神様｣
｢ぼく、魅了されてないよ｣


　女僧侶と魔法使いと男一人が、男三人が倒れた事に戸惑っています。
　その隙を逃さず、懐から取り出した『それ』ーー堕落の果実とねぶりの果実二本を彼女らの口の中に入れました。
　女僧侶と魔法使い、そして男一人が果実の味に酔い痴れています。


｢さあ、馬の魔物。まずはあんたから｣
｢もう、果実はないので貴女は他の三人に襲われて魔物になってください｣

｢へ？｣
｢それとお嬢様を馬呼ばわりしていいのは……アタシだけなんだよぉ｣

｢あんたさっきまでとキャラが違……きゃ、あんた達いつの間に魔物に？｣

｢おにいちゃんと遊ぶ前に、練習｣
｢ああ、堕落神様｣
｢ぼく、女になったよ｣

｢アイリス、ダクス、落ち着いて、特にルプス、あんた男で私の婿候補第一位だったはず……いやぁああんお腹に毛が生えて……｣


　一仕事終えた私はお嬢様の下に戻ります。
　彼女達は勇者としての目的を忘れ、魔王城で暮らすようになるでしょう。


｢お疲れ様、煌羅｣
｢給仕として当然です｣


｢勇者一行をあっという間に倒すなんて……あの方たちは一体？｣


｢あら、終わったようね｣
｢ああ、娘が無事で安心したよ｣


｢パール様と柴様!?今日は一日中部屋に籠もる予定のはず｣


｢ゴイルちゃん、門番の仕事お疲れ様｣
｢娘とその従者のお迎えしてくれてありがとう｣

｢ええ、お二人のためなら娘さんの出迎えは当然……ってええ！｣

｢お母様、お父様……｣

　お嬢様が両親に気付くと、二人に抱きつこうと駆け寄り……。


｢ダイヤ〜久しぶり♪｣
｢きゃっ｣


　先にパール様がお嬢様にダイブしてきました。


｢十年振りね〜元気にしてた？｣
｢うん、お母様も器用ね｣


　久しぶりの母と娘の再開に柴様も涙を拭ってます。
　私も同じく感激します。

｢あわわ、パール様から調教される｣


　ついでに門番の弱味を握りました。
　次来るときはお嬢様を乗馬しながら入れそうです。


☆後編へ続く☆

■作者メッセージ
キャラクター紹介

【名前】煌羅(きらら)
【性別】女
【年齢】きららさんじゅうきゅうさい
【種族】キキーモラ
【魔宝石】煌めく黒雲母
【口調・口癖】丁寧/ドS
【能力・特技】格闘技
【概要】
　バイコーンのダイヤに仕えるキキーモラ。キキーモラにしては珍しい？男性ではなく魔物娘に仕えており、本人曰く、お嬢様に生涯の忠誠を誓っており、彼女自身、決して男性にはお仕えしないとのこと。

　ダイヤの身の回りのお世話をしており、命令ならば忠実に従うが、それ以外は無視するというある意味極端な忠誠心である。

　普段からダイヤをからかうことに力を入れており、彼女の反応を見るのも楽しみの一つであるが、ダイヤが危機に直面したときは体を張って守り、またダイヤを侮辱する相手がいれば容赦なく叩きのめすので、ダイヤに対する行為は彼女を心の底から愛していることの裏返しなのだろう。

【補足事項】
　ダイヤと出会う前は凶暴な一匹狼で、旅から旅の渡り鳥であった過去を持つ。