読切小説
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ある男子生徒の一日 2人目
朝。
カーテンから差し込む光で目が覚めた。その隙間から見える空はどこか薄暗い。
いつかこの空は以前のように突き抜けた明るさを取り戻すのだろうか。

「……おはよう。ご飯作ってるから着替えちゃって」
無口な幼馴染がドアを開いて頭を出す。
その顔は変わっていない。しかし目玉のような装飾や触角に気分が悪くなる。

居間へ行ったらちょうど天気予報をやっていた。
「―――というわけで、わしの占いによればこの地方は一週間晴れ続きというわけじゃ。
 傘など持たず自然公園などに出かけるのがよいぞ。オススメの場所は……」
テレビの中ではバフォメットが喋っている。
占いで天気予報か。いったい人類の文明はどこまで退化していくのだろう。

ジューと台所から目玉焼きを焼く音がする。
「できた。わたしのタマゴだからよく味わって……」
なあ、知ってるか。人間はタマゴなんて産まないんだぞ。
「わたしはマンティス。そもそも男はタマゴも赤ん坊も産まない」
人間=男。分かり切った返答だが悲しくなる。
カマキリのタマゴの目玉焼き。
こんな物食いたくないが、残すと無言でジーッと見てくるので仕方なく食べる。
……美味しい。そのことが不快感に拍車をかける。
不味ければマンガのようにこんな物食えるかとちゃぶ台返ししてやれたのだが。

マンティスの幼馴染とともに通学路を歩く。
すると近くの一軒家から楽しげに会話する声が聞こえてきた。
「ご主人さま〜、もっとゴロゴロってして〜」
若い男に膝枕されるワーキャット。
この家の住人は爺さん一人のはずだったのにどうしてこうなった。

学校へ到着。
教室へ入ると異形の女どもが嫌でも目に入る。
男はそのままなのにな。そう思いながら自分の席へ座る。
隣の席はバブルスライムでほのかな香りが漂ってくる。
悪臭ではないが肺が汚染されそうで窓を全開にしてやりたくなる。

前に座っている奴と話す。
「おー、おはよ。…おまえ最近なにかあったのか? いっつも暗い顔で考え込んでさ」
暗い顔、ね。……なあ、もしもの話なんだが人間に女がいたらどうなってたんだろうな?
「人間に女? そう言われても全く想像つかねーよ」
そうか。じゃあ別の話。ハーピーとかなんであんな翼で飛べるんだろうか?
あんな体じゃ羽ばたいて飛べるわけないと思うんだが。こう、物理的に。
「物理的って……魔力で飛んでるんだから物理関係無いだろ。
 幼稚園児でも知ってるじゃんか。おまえ、大丈夫か?」
精神がまいっているとでも思ったのか、生暖かい目で見てくる。
前の席になんとなくの話題だよと返して話を打ち切った。

歴史の授業中。
教師が話をしている。
「教科書の写真を見てください。これは約3万年前の洞窟壁画です。
 アラクネと思われる人物が裸の男に服を渡している光景が描かれていますね。
 最初期の文明はこのような魔物の技術を模倣したと―――」
なあ先生。おかしいと思わないのかよ。
魔物がそんな文明持ってたなら人類は魔物におんぶにだっこで宇宙まで飛び出したりするわけないだろ?

午前の授業が終わった。
周りの者は席を固めて弁当広げたり、学食へ出かけている。
自分も買い出しに…と思ったた声をかけられた。
「ねえ、その、わたしと一緒にお昼たべない?」
真っ青な肌に角を生やした頭。アオオニだ。
……どう見ても人間と間違うわけないのに、メガネも顔立ちも以前のクラスメイトと同じ。
何も起きてなかったら喜んだかもしれないが、丁重にお断りして教室を去る。

学食。
ここは前も今も人でごった返す。
アラクネやケンタウロスは人間一人以上のスペースを取るから、余計に混雑度が高まった。
メニューを見て注文する。うどん一つ。
テーブルに着いた自分を見て前の席の奴が言う。
「またうどんか? たしか昨日はソバだったよな。ちったあ精の付くモン食ったらいいのに」
自分が安心して食べられるのは学食ではうどんかソバだけだ。
前の奴が食べている丼物など、何が入っているのか分からない。

食べた後、昼休みが終わるまで何をするでもなく屋上階段でボーっとする。
ここは誰も来ないから気が楽だ。そう思っていたら足音と話し声。
……カップル様か。はいはい、場所を譲りますよ。
立ちあがって階段を下りる。

行くあてもなく校舎をブラブラ。していたら幼馴染と出くわした。
……なんだよ、顔をジッと見て。
「……何か悩んでる?」
悩んでいると言えば悩んでいるよ。自殺してしまおうかとかな。
「自殺? そんなこと言わないで、悲しくなるから」
自分はお前がそんな姿になったことが悲しいよ。
いっそ面影もない完全な化け物になってくれたなら、この世に諦めもついたのに。

授業も終わり放課後。自分はさっさと家に帰る。
引き籠っていれば魔物の姿を見ずに済むからな。

玄関の扉を開いたとき、ちょうど電話が鳴った。
受話器を取る。はい、もしもし。
「久しぶりー、お母さんよー」
父とともに海外へ行っている母。その声は記憶にあるものよりずいぶん若い。
朝の老人宅の光景がフラッシュバックする。

「ちょっと、聞いてるのー!?」
いけない。ついボーっとしてしまった。
ごめん良く聞こえなかったんだ。こっちは大丈夫だよ。父さんの様子はどう?
「父さんも元気よ。もう、元気過ぎて困っちゃうぐらい!」
母の喜びにあふれた声。あの父が元気過ぎて困る、か。
元気になった持病持ちの父。そして若々しくなった母の声。
きっと二人も………。なんだろう、視界が滲む。
話すのが辛くなってきたので国際電話で長話はいけないからと話を切り上げた。

暗くなってきたのでカーテンを閉め電気をつける。ついでにテレビも。
「それでは次のニュースじゃ。最近増加している男性への強姦事件について警察は――」
朝と変わらずババア口調の幼女が原稿を読み上げている。
これはこれで不快だが、最低限の情報は仕入れておかないと世の中の変化に気づけない。
そう思い眺めていたらチャイムが鳴った。

「こんばんわ……。晩ごはん、作りにきた」
得体のしれない食材を混ぜるので遠慮したいがもう諦めた。
以前無理矢理追い出そうとしたらカマを振りかぶられたから。

トントントンとリズミカルな音。
包丁使えよ。カマで食材切るな。
「こっちのほうが切れ味がいい」
…今度の休みに砥いでおこう。

二人でテーブルについて夕食。……なんとなく昔の話をしてみる。
そういやおまえは昔は乱暴者だったよなあ。確か空手やってたんだっけ? 
覚えたての正拳突きの練習台にされて泣いた覚えがあるよ。
「空手? カマで脅した覚えはあるけどそんなもので泣かしたことない」
マンティスが武術なんて習うわけない。だからそんな記憶もない。
違和感さえ感じていない幼馴染。
…バカ、期待するだけ無駄だったんだよ自分。

夕食も終わりカマキリ女も出ていった。
もう夜更けだというのに町中が不気味に光っている。
世界がおかしくなってから、暗い昼とは対称的に夜が明るくなった。

それを眺めながら自分は久しぶりの儀式を行う。
………ダメだ。また踏ん切りがつかない。
ぶら下がるロープをそのままにベッドへ潜り、目を瞑る。

自分は宗教を信じているわけではないけど、神様に願う。
―――次に目を開いた時は、この悪夢から覚めていますように。
11/11/14 17:00更新 / 古い目覚まし

■作者メッセージ
もし自分がこの立場だったら正気を保てないと思います。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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