連載小説
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その5 - 日曜日 -
 休日の目覚めは最悪だった。
 設定を間違えていたらしい携帯のアラームがガンガンと脳を揺さぶり、胃がきりきりと捩じ切れそうなほど痛い。顔をくしゃくしゃに歪めて身体を起こした俺は、がなり立てるアラームを乱暴に切った。耳障りな音は消えたが気分の悪さは消えてくれず、二度寝は諦めてのそのそと身体を起こす。だが、脚に力が入りきらずに再びベッドへ突っ伏した。
 昨晩から何も口にしていないせいだろう。激務明けの久々の休日で、抑圧された反動からひたすら自己メンテナンスに励みまくった結果がこれだ。下半身の気だるさが2週半くらい回ってむしろ心地よくなってくる。

「にしたって、大の男が何やってんだ……」

 学生時代を彷彿とさせる自堕落っぷりに苦笑しか浮かばない。かろうじてシャワーを浴びた記憶はあるが、ついでに何か食いに行けば良いものを。
 それほど昨晩はハッスルしたのだったか。思い出そうとするが、モヤがかかったように記憶が曖昧だ。流石に不健康過ぎる。加えて今日が日曜だということも思い出して、いっそう気落ちした。ああ、月曜日の足音が聞こえる……。
 とりあえず、いつまでもぐずっているわけにもいかない。気合いを入れ直し、えいやと身体を起こす。
 ふらつく足で洗面所を目指す途中、ふと、玄関にコンビニ袋が転がっているのが見えた。
「ん?」
 不思議に思って拾い上げると、中にはサンドイッチやらおにぎりやらお茶やらが入っていた。当然、俺が買ったものではない。それに袋の表側は少し濡れていて、ついさっき買って来たばかりのようだった。窓から見た感じ、今日の天気は雨だ。
 その時。
 玄関前で座り込んでいた俺の後ろで、カラカラと洗面所の扉が開いた。

「あ。起きてる」

 振り返るとそこには、タンクトップにボクサーパンツというボーイッシュな出で立ちで、パツキン女子が突っ立っていた。肩当たりまで伸びた亜麻色の髪は毛先が湿っている。首からはバスタオルを掛けており、ひとっ風呂浴びたのは明らかであった。
 しっとり卵肌を肩ヘソ太股と惜しげもなく晒した恰好はすさまじく目の毒だ。童貞を刈り取る形をしている。
 だが俺は前かがみになるより先に、そのおでこ目掛けてデコピンを繰り出した。
「あいたっ」
「バカたれ。なに不法侵入してんだ」
 しかも見覚えのある服装である。俺の下着を伸ばすんじゃない。
「不法侵入じゃないよ。鍵開いてたし」
「えっマジ?」
 抗議する女子の言葉に焦り、慌てて玄関のドアノブを見る。ロックはかっちりと掛かっていた。いや、侵入者が中にいるのに今のロック状態見ても意味がない。昨晩はどうしてたっけ。マズい、記憶にない。
「‥‥…いや待て。鍵が開いてたから入りましたってそれ駄目じゃねえか」
 空き巣と変わり無い理屈だった。
「チャイムは押したし、お邪魔しますも言いましたー」
「聞こえてないし、お邪魔どころかお風呂まで入ってるじゃない」
「傘忘れたから濡れちゃったの。そんなこと言ってるとご飯あげないよ」
 パシっと俺の手のコンビニ袋をひったくり、そっぽを向いてしまった。
「お? それ俺にくれんの?」
「私こんなに食べないし。そのつもりだったけどやめます」
「あー嘘うそ、歓迎します嬉しいです」
「軽いね、もう」
 膨れ面のまま、女子はてくてくと居間へ歩いて行った。その後を追おうとして、まだ顔も洗ってないことに気がついて向きを変える。
 洗面所の扉をくぐると、風呂場からの湿気が漂ってきているのが肌で分かった。シャワーどころじゃなくマジでひとっ風呂浴びたんじゃなかろうか。
 どこか甘い香りに落ちつかない気分になりながら、洗面器に視線を落とす。ふと足元の洗濯カゴに、雨に濡れたのであろう白のブラとショーツが入っているのが見えた。
(せめてシャツ被せるとかしろよ……彼氏の家でこんなんやったら引かれるぞ)
 呆れながら顔を洗った、その時。強烈なデジャヴが襲ってきた。なんかこれ見覚えあるぞというアレだ。
(昨日、たしか洗濯カゴん中に……)
 顔を洗うのもそこそこに、カゴの中に手を伸ばす。白下着をよけて、下のバスタオルと自分の下着をよけたさらにその下。果たしてそこには、水色のブラとショーツが置いてあった。しかも紐タイプである。ハレンチ。
 しかしこれがここにあるということは、あいつは昨日もここにいたということではなかろうか。もしくは、以前来た時のを俺が放置していただけか。いや、ここ最近は家にもろくに帰ってなかった筈だ。だったらこれは、と考えたところで、ひどく甘ったるい香りが鼻いっぱいに広がった。あまりの強烈さに目眩を覚える。

(あいつって……カオル、だよな?)

 カオル。苗字はシノミヤ。篠宮薫。
 その名前が浮かんだ途端、言いようのない不安が頭をよぎった。さっきまでさも親し気に話していた、亜麻色の髪の女の子。だが本当に彼女がカオルなのか、はっきりと断言できない。随分昔からの知り合いなのは間違いなくて、この家にも何度か上げている。だがいつ? どの時期に?
 見た夢を寝起きで思い出そうとするときのように、詳細が霞んでしまって思い出せない。知っている筈なのに知らないという違和感。

(それになんか、デカいこと見落としてるみたいな……)

 何かが頭から抜け落ちている感覚がひどい。腹が減り過ぎて思考が麻痺しているのだろうか。それとも昨晩遅くまで励み過ぎて脳が鈍ってしまったのか。ぐるぐると自問が回り出す。
 そうして思考の迷路に潜っていた為に、俺は自分がどんな状態で固まっているか分かっていなかった。それが理解できたのは、カオルが洗面所に戻ってきた時である。

「ねえ」

 後ろから声を掛けられ、我に返った。首だけで振り向くと、カオルが扉の前に立ち尽くしている。呆れたようなその顔はほのかに紅潮していた。
「それ。どうする気?」
 ぴっと指差した先。
 俺の両手には、水色のブラジャーと紐パンティーが握られていた。

「ぉわーッ!?」

 ご丁寧なことに、クロッチ部分を広げるようにして持っていた。男で例えるなら睡眠時の暴発を間近で観察されるレベルの気まずさである。無意識にピンポイントでエグいことをしていた。

「ごめん! ごめんなさい違うンです!」
「置きっ放したの私だし責める気はないけど……まさかその角度から攻めてくるとは思わなかったよ」
「攻めてない! ホントそういうのじゃないから!」
「だいぶローアングルだよね。中身をさて置いてガワに飛びついてるわけだから。後々苦労するよそれ」
「苦労も何もない! まじで違うんだって!」
「ほんとに? 欲しいですって素直に言えたらあげちゃうよ?」
「いらんわっ!」

 からかわれている事に気づくまで少し時間が掛かった。



 ○   ○



 洗面所でひと悶着あった後。
 居間に戻った俺は、カオルが買ってきてくれたオニギリをむしゃむしゃと頬張っていた。お茶と一緒に流し込めば、やっとのエネルギーに胃が飛びつくのを感じる。全身が喜ぶとはまさにこのことだ。
「しかしあれだな。野郎1人のとこに遊びに来てコンビニ物を差し入れるって、女子力0って宣言してるようなもんだよな」
 不格好でもなんでも、手作り料理のひとつでも用意する姿勢を見せるのが女子力ではなかろうか。良いとこ見せようという気がまるでないのは納得だけども。
「それ言う? なら、下着をハントするのって男子力どのくらいなの?」
「カテゴライズが違うんじゃねえかな……ホントごめんなさい」
 言うなれば変態力。それを使って潜在能力を解放するヒーローもいた気がする。顔に装備して覚醒する感じの。
 結局下着は、以前やって来たときのが残ってたという話に落ち着いた。どうも釈然としないが、いつまでも引っ張ると俺が気まずい。
「おっと、忘れないうちにお駄賃渡さないとな」
「別にいいって、子供じゃないんだし」
「俺からすれば十分子供ですよっと」
 不法侵入は叱らなければいけないが、気を使ってくれてることは実際かなり嬉しい。行き帰りの電車代も出しておこう。
「そういや、こっちまで来るにしては半端な日だな。日曜に来るってかなり強行軍だろ」
 しかも雨である。遊びにも行けない。もとより出かける気はないが。
「べつに普通だよ。学校はもう夏休みだし」
「えっ?」
 夏休み……? ずいぶんと懐かしい響きだ。
 いや、社会人にもありますけどね夏季休暇。申し訳程度の1週間くらいのやつ。
「俺のと交換こしようぜ」
「ふざけたこと言わないの」
「ふざけてないよガチだもの」
「もっとダメじゃん……」
 そうは言いますけどねお嬢さん。世の社会人のほとんどはもう一度夏休みを味わいたいと思ってる筈だよ?
「もー。せっかく来てあげたのに雨は降るし兄は情けないし……骨折り損だなぁ」
 冗談めかした調子で言って、カオルはゴミを手に立ち上がる。台所に下がっていく後ろ姿を目で追っていて、愚息のむずがる気配があった。
(こら。お座り)
 頭を振って卑猥なイメージを追い出す。いつからだったか、カオルはとんでもなくエロい身体つきになった。平らだった筈の胸はMサイズのタンクトップから谷間を覗かせるほどになったし、内腿の隙間ができる程度に美脚ながらも肉付きはムッチリとしている。
 特に尻の成長ぶりには目を見張るものがあった。高2でこれほどの安産型はそういるものではないだろう。ボクサーパンツからはみ出た尻たぶが震えるのも肉質が素晴らしい証拠である。こいつのクラスメートは毎日大変な思いをしているのではなかろうか。
 家が近くで、カオルが小さい頃から何かと世話を見ていた俺にとっては身内のようなものだが、あまり素肌を晒すなとは言い聞かせている。しかし一向に下着姿でうろつくのを止めようとしなかった。
 まあ仕方ない。昔は風呂に入れてやったこともあるし、裸だって何度も見ている。カオルの方に警戒心がないのは当たり前だろう。兄貴分たる俺の心構えこそが重要だ。
「カオル。お前、この後はどうするんだ?」
「別にー。なんも決めてないよ。顔を見に来たようなもんだし」
「そりゃどうも。まあ、好きにしてけよ」
 なんとなく、わざわざこっちまで来たことには理由がある気がしていた。だが本人が切り出すまでは黙っているべきだろう。
 ひとまず部屋着を用意して、下着も乾かしてやるとするか。



 ○   ○



「うぇぇ……グロきもい……」

 テレビの前に座り、かちゃかちゃとコントローラーをいじるカオルが嫌そうにつぶやく。部屋着と下着を渡した後、何かやらせろと五月蠅いので適当にゲームをあてがっていた。家にはコントローラーが1つしかないので1人用ゲームを遊ばせている。
 今やっているのは某ダークファンタジーアクションゲームだ。死に覚えが基本のあれである。筋はいいのでわりと順調なのだが、強烈な世界観にびびって操作ミスが目立つ。女子に遊ばせるにはちょっとハードルが高かっただろうか。しかしわーきゃーいうわりには画面から目を逸らしていないので、案外楽しんでいるような気もする。
 様子をチラ見しながら、俺はベッドに腰かけてタブレット端末をいじっていた。いつの間にかプライベートのメールが溜まっていたので、地道に消化しなければいけないのだ。とりあえずギフトメールの期限にだけ注意しておく。

「ねー。ここかなりキツいんだけど、どうすればいいの?」
「あー、弓使え弓。弓があれば大抵なんとかなる」
「なんで弓? 弱くない?」
「それで誘い込むんだよ。1匹ずつ地道に釣っていくわけ」
「えー。地味過ぎ……」
「攻略ってのはそんなもんだ。堅実な足場固めが基本」
「……うん。それはよく分かってる……♥」

 ぞわりと、寒気がした。さすがにTシャツ短パンは薄着過ぎただろうか。雨のおかげで少しは冷えていたのだが、蒸し暑いのでエアコンを付けていた。とりあえず裸足はよくなかったかも知れんと靴下を漁る。
 その時、ブィーっと、携帯が震える音が聞こえた。机の上に置かれたカオルの携帯電話が明滅している。

「おっと――あれ、止まんない? ごめん、携帯とって!」

 カオルはSTARTボタンでゲームを止めようとして、止められないことに気づいたらしい。焦った様子で声を張り上げた。
 俺は肩をすくめて、仕方なしに携帯を拾う。今どき珍しいガラケーだ。画面を確認すると、どうやらメールのようだった。
「大丈夫。メールだ」
「えっ、そう? 誰から?」
 それは自分で見ろよ、と言おうとして、なぜか口が開かなかった。何故だか無性にメールの送り主が気になったのである。
 本人の許可に後押しされ、俺は親指を押し込んだ。ロックは特にかけていないのか、そのままメール本文が表示される。送り主は……。


・―・―・―・―・―・―・―・―・

 From: 坂東先輩
  Title: この前はごめん
  Text: 薫ちゃん、この前は本当にごめん。俺がどうかしてた。
      君に伝えたかったことは、あんな言葉じゃダメなんだ。
      もう一度、俺の気持ちをちゃんと伝えたい。
      また、会ってもらえませんか。

      明日の16時、公園で待ってます。

・―・―・―・―・―・―・―・―・

「っ!?」
 ドクンと、心臓がいやな脈を打った。不意打ちな衝撃に息が詰まる。動揺している自分にさらに動揺してなかなか治まらない。
「誰からー?」
 ゲーム画面から目を逸らせないのか、カオルは気軽な様子で聞いてくる。普段なら文句のひとつでも言うところだが、今だけはこの情けない姿を見られずに済んでほっとした。
 ゆっくり深呼吸し、息を整える。動揺を誤魔化せるくらいまでは落ちつかせた。
「……坂東先輩だってよ。なにお前、告られでもしたの?」
「うぇっ!?」
 パッとこっちに振り向いた拍子に、画面の中のキャラクターがあらぬ方向へローリングし、崖を転げ落ちていった。
 YOU DIEDの文字が画面いっぱいに映る。画面へ向き直ったカオルはまた「うぇー……」と呻いた。
 キリが良くなったのでひとまずゲームは中断できる。ゲーム機の電源を切ったカオルはのっそり立ち上がると、俺の手から携帯を受け取った。メール文を読んで「うむむ」と悩まし気に唸り、ポスンと俺の横に腰かける。
 ひとしきり考え込んだあと、おもむろに口を開いた。

「坂東先輩はねー……サッカー部のイケメンなのです」
「なぜ急に説明口調」

 照れ隠しなのか何なのか。カオルはもみあげをくるくると弄りながら続ける。

「坂東先輩は最後の大会を終えて暇ができたのです」
「あーね。3年はだいたい夏が最後だよな。でも受験は?」
「坂東先輩は推薦が決まってるので受験勉強とは無縁なのです」
「なるほど。けっこうなハイスペック」
「坂東先輩は、この前私に告白してきたのです」
「……まあ、お前も美人さんだしな」
「お褒めいただき恐悦至極。しかし私はどうにもピンとこず、思わず先輩に尋ねました」
「ほう。なんと?」
「『センパイは私のどういうところが好きなんですか?』と」
「おぉ。けっこう重めなやつ」
「そして先輩は言ったのです――『……身体、とか?』と」
「ぶふッ!?」
「私は思わず吹き出してしまい、アガっていた先輩はカッチン硬直。よく分からない空気のまま解散し、そのまま夏休みが始まったのでした」
「……うん。告白は緊張するもんね。仕方ないね」

 なんだか急に親近感だよ坂東くん。俺も似たようなことやらかした記憶あるし。トラウマを越えて強くなれ。

「で? お前はなんて返事するんだ?」

 先ほどのメールを読むに、坂東くんは2度目の告白に臨もうとしている。やらかしてぽっきり折れてしまった俺とは違い、実に見上げた根性だ。これだけで俺的にポイント高い。
 そしておそらくカオルは、初めてかどうかは分からんが、この真っすぐな告白に対して何かよく分からん気持ちでいるに違いない。それを相談しに来たのが今日の目的でほぼ間違いないだろう。ならば俺は甘酸っぱい恋のキューピッドとして、青少年の夏にラブリーな打ち上げ花火をお見舞いしてやろうではないか。
 自分の立ち位置を定めていた俺の横で、カオルは悪戯っぽく目元を細めていた。

「……そこで。キタガミに訊きたいことがあるんだけど」
「おう。何でも聞いてやるぞ」
「そう? じゃ、遠慮なく」

 ギシィ

 ベッドのスプリングが軋む。カオルが脚を組み替え、身体をこちらへ寄せてきた音だ。
 むにゅりと柔らかそうな太腿が重なり合い、境界線がみっちりと歪む。思わず目でなぞってしまいそうになり、俺は慌てて視線を戻して逆方向へ腰を滑らせた。しかしカオルはやんわりと距離を詰めてくる。
 やがて俺はベッドの端、壁際まで追いやられてしまった。
「ちょ、なに?」
「んふふ……」
 カオルは脚を解くと、片膝をベッドに乗せ、もう片脚を床に立て、俺の方に向き直って両手を壁につけた。いわゆる壁ドンの構えである。だが俺の眼前にはカオルの顔ではなく、膨らみによって内側から歪まされたTシャツの胸元があった。襟ぐりから覗く谷間に、思わずその全貌を想像してしまう。
 はっとして見上げると、まるで狩人のような目で、カオルが舌なめずりをしていた、ような気がした。熱に浮かされたような瞳が面白そうに俺を見下ろしている。上半身で覆い被さるような体勢で、ゆさゆさとTシャツを揺らして見せた。

「私の身体ってさ……」

 くちゃりと、湿り気を含んだ吐息が漏れる。

「どのくらいエッチかな……?」



 ○   ○



 ごうごうと壁越しに音が聞こえた。背後の壁の向こうにはベランダがあって、そこにはエアコンの室外機も置かれている。室内機が空気を吸い込み、室外機がその熱を外に追い出す音だ。エアコンの仕組みは化学反応で冷やした空気を中へ、熱された空気を外へ送るという至極単純なものだが、その恩恵は計り知れない。
 熱は、人間の思考力を奪うからだ。
 エアコンは人間の生産活動を陰から支え続けていると言える。快適な空間を提供するエアコンは、生産者たちのコンディショナーでもあるのです。ハイ私上手いこと言いました。

 そして現在。

 エアーコンディショナーの吐きだす冷気なぞ微塵も感じられないほどに、俺の周囲の気温はぐんぐん上昇していた。比例して思考力はがんがん下がってる。あれ、おれ今どこにいるんだっけ?

「ねぇ。聞いてる……?」

 ポスンと、横っ面をはたかれる。衣服が撫でてきただけで衝撃などまるでないが、それが目の前のTシャツだと分かったとき、頭をガツンとやられたくらいに驚愕した。

「おま、ブラはっ!?」
「んー? どうしてると思う?」

 布越しにグミのような突起物の感触があった。意識した途端、Tシャツの胸元に明らかなポッチがあることに気が付いてしまう。なぞられた頬が恐ろしく熱くなった。

「洒落にならないって! 何やってるか分かってるか!?」
「よぉーく分かってるよぉー♥」

 間延びした声はどこか夢心地だ。カオルの声音が違う誰かになってしまったように聞こえて、背筋に寒気が走った。ちがう、これはカオルじゃない。
 いやまて。……そもそも。
 俺が知ってる"カオル"って、誰だ?

「それよりさ、質問に答えてよ」
「えっ……?」

 放心しそうになっていた俺の意識が、カオルの声で引き戻される。

「私の身体。どのくらいエッチかな?」
「ど、どのくらいって……」

 何故こんな質問をするのだろう。先輩に言われた言葉が気になってるのか? なら下手なことは言えない。

「き、綺麗だよ。お前は」
「キレイ?」
「ああ。スタイルも良いし、自信もっていい。男なら誰だって、」
「違うよ」

 ピシャリと、声が被さる。

「いま聞いてるのは、そういうことじゃないの」

 どこか苛立ったような口調に、思わず腰が下がってしまう。脳裏でどこか冷静な自分が、これはマズイぞと声高に言った。獣みたいな上下関係が出来つつある、怯むんじゃないと、本能が警告してくる。
 カオルは壁に手をつけたままぐっと腕を伸ばし、俺の視界に余裕を持たせた。距離は依然として近いままだが、全身を覆わんばかりだったプレッシャーが僅かに和らぐ。束の間の隙に俺はぐっと身体に力を込めて、震えそうになるのを支えようとした。
 カオルは首を傾げて言う。

「エロい? エロくない?」

 なんだそれはと返しそうになるが、目だけで制された。有無を言わさずとはこのことだろう。

「え、エロいよ……」
「えへへ。ありがとう」

 にへらと相好を崩す。やばい、状況を忘れて撫で繰り回したくなる。

「じゃあ、どのくらいエロい?」
「ど、どのくらいって……」

 口がうまく回らない。さっきから緊張し通しで頭も回っていないし、やたらと背中が痒い。リビドーに任せてその辺を転げ回りたくなってくる。

(こいつ、何のつもりでこんな……)

 考え込んでいた俺に、答えに迷っていると思ったのか、カオルはにっこりと笑ってみせた。

「べつに口に出さなくってもいいけどね。そこに分かりやすい定規があるし……」

 つつっと視線が下がる。それがある一点に注がれていると気づいたとき、猛烈な恥ずかしさを覚えた俺は身を捻ってそれを隠そうとした。
 しかしそれよりも早く、カオルは動いていた。
 両手で股間をかばおうとした俺に対し、カオルはペチンと、俺の頬に右手を添えてベッドの方へ押した。
 ベッド仰向けにに倒れ込んだ俺に合わせてカオルも半身を傾かせると、右脚だけを持ち上げて覆いかぶさる。ムッチリとした右太腿が俺のヘソ辺りに乗っかった。
 左腕を喉元に置かれて動けない。だが、自分とカオルがどういう体勢になったかは分かる。分かってしまった。いつか観た覚えがあったからだ。

「すご……布越しなのにあっついねぇ♥」

 陶然とした声音で、カオルはすりすりと右脚を擦りつけてきた。俺の股ぐらから屹立した興奮の証が、そのひざ裏に囲まれてるのを感じる。

(膝コキかよ……!)

 JKがこんなマニアックな体位を繰り出してくるとは。高度情報化社会の侵攻が恐ろしい。それともこいつが特別スケベなだけだろうか。たぶん後者だ。

「ね。触るとビクってなるのって、喜んでるから?」
「……生理反応だ」

 変な声が出そうになるのを必死で堪える。意地でも出したくない。
 逆レイプ系の作品とかを見てるとき、なんでこの竿役は抵抗してるんだろうといつも思っていた。エロい目にあってるんだから受け入れればいいじゃないかと。抵抗してた方が演出的にエロいからって言われたら身も蓋もないけども。
 しかし実際、その立場に置かれてみて分かる。怖いし恥ずかしいしでとにかく逃げ出したくなるのだ。逃げ切った後で後悔するかも知れないけど、それ以上に取り返しがつかなくなることの方が恐ろしい。眠っていた貞操観念が悲鳴を上げているのが分かる。

「……うーん。なんで逃げようとするの? 知らない相手じゃないでしょ、私」

 なんとか押し退けようと動く俺に、カオルが不思議そうな顔で言った。

「行きずりの女じゃない。キタガミの幼馴染だよ?」

 自分にも言い聞かせるような、ぐっと力のこもった口調。

「キタガミから見れば子供かも知れないけど、もうエッチしてもいいんだよ?」

 左腕を胴に回し、ぐっと乳房を強調して見せる。右手が膝裏に回され、盛り上がった俺の先端に添えられた。布から形をなぞるように、指先が下へ下へ滑っていく。やがて下の膨らみに指が届く。

「キタガミのここは準備してるよね。きゅんきゅん動いて、赤ちゃんの素をいっぱいいっぱい作ってる」

 ぐぃっと、いっそう強くカオルの腰が俺の身体に押しつけられた。俺の腰辺りに柔らかな膨らみが当たる感触。食い込むような割れ目の感触に、いやでも気づかされた。

「いろんなこと無視してさ……ぜぇんぶ、私のココに出したいんじゃないの……?」

 敢えてのノーブラなのに、パンツなぞ履くわけがないということか。そこまでされてしまうと、俺としても言わずにはいられない。

「……逆に聞くけど。お前は、何がしたいんだよ」
「えー? 私に言わせちゃうんだ、それ……エッチだねぇ♥」

 抗議する口調なのに声音は喜色に満ちていた。スリスリと右手をいやらしく這わせつつ、カオルは夢心地な声で応える。

「したいことはいっぱいあるけどぉ……私なら、キタガミの上に乗っかってぇ……」

 右膝を伸ばし、俺の腰に跨って見せた。両手を俺の腕に乗せ、一切の抵抗を許さないとばかりに体重をかけてくる。

「上からパンパンパンってしたいかなぁ♥ もちろん、下からもパンパンして欲しいけどね?」

 ぐいぐいと尻を押し付けつつ、熱の籠った瞳で俺の顔をじっと見下ろしてくる。俺はどういう表情を返せばいいのか分からず、目を逸らした。

(……そういう意味じゃないんだが)

 よもや、体位の話が出てくるとは思わなかった。どうしてこんなことをするのか、という意味で言ったんだが。直截な説明にこっちが赤面してしまう。
 だが、何だろう。
 カオルの"したいこと"は見るも聞くも明らかで、それに対する俺の答えは決まりきってしまっている。逆レイプという状況に異論はあるが、それだって俺が抵抗してみせているからだ。ひとたび乗り気な姿勢を見せれば、立場は対等になるのではなかろうか。

 そう。抵抗して"みせている"。

(……なんだ、この感じ。頭がぼんやりする……)

 意識した途端、不意に気づかされてしまった。
 俺は、抵抗する理由を自分以外に見つけようとしている。社会倫理とか貞操観念とか、そういう形のないものに対してだ。確かにそれらは指標として真っ当だが、ならそこに俺の意思はあるのだろうか。意思に背を向けた行いは正しいと言えるのか?
 反対にカオルは、あけすけにアピールをかましてくる。小難しい理屈を抜きにして、ただ俺という雄を求めてきてる。異性からの告白という起爆剤に、夏休みの解放感と年の離れた男友達の家という状況が燃料となって、少女を雌に変えてしまったのだろうか。どこぞのギャルゲーでもあるまいに。
 だが、これは乗ってもいい船だ。双方合意の不健全行為、互いに結婚だって認められる年齢。責任はやった後でとればいい。
 まるで自分じゃないような、昏い欲望が止まらない。だが、止めようという気が起きなかった。

「……」

 静かに腹を決めた。すると俺の気配が変わったのに気づいたのか、カオルは抑えつけていた俺の腕から手を放す。
 俺はゆっくりと上体を起こし、カオルと見つめあった。

「……ゴムはつける。それでいいな?」
「……別にいいよ♥」

 それで足りるならね、という台詞は聞こえない振りをした。



 ○   ○



「……ふーっ。第一関門突破ぁ……」

 後ろ手に洗面所の扉を閉めたカオルは、人心地ついた様子で息を吐いた。すぐさま行為に及ぶのかと思いきや、北上は「先に明日の用意するから」と言って、荷物を広げ始めてしまったのだ。まだ正午も回っていない時間から思えばずいぶん苦しい理由である。
 ムードもへったくれもありはしないが、あれは彼なりに気を使ってるのだということは分かっていた。一応、設定の上では、自分は幼馴染の妹分ということになっている。さんざ誘惑してみせたものの、気持ちの整理をする時間をくれたということだろう。

(優しいなぁ……堪んないなぁ……♥)

 そんな優しい人を騙しているのだと考えると、どうしようもなく興奮する。手練手管を使って彼を堕とすことには喜びしか感じない。自分は爪の先まで魔族なのだと、改めて自覚した。

「……ね。これって、もういいよね?」

 洗面所の鏡の前に立ち、自分に呼びかけた。すると鏡の中の自分が違う表情を浮かべる。

「いいんじゃないかしら。彼も受け入れようとしてくれてるし、魔法の効き具合も悪くなさそう」

 区別として、山羊と呼んでいる意識が答えてくれた。北上の記憶を改ざんし、意識の誘導を魔法で行っている張本人である。昨日の失敗を踏まえて即座に対応して見せるあたり流石だ。異性からの告白というトリガーも、彼女の発案によるものだった。

「……私は賛同しかねる。彼の意識はいまだ不安定だ。捕らえ切れなかった場合を考えるともう少し慎重にぃ――ひぃっ!?」

 怜悧な目をした自分が、不意に情けなく目じりを下げる。自分の両胸を持ちあげて先端をきつく摘まみ上げたからだ。冷静かつ厳格な竜の意識は常に一歩引いた目線でいてくれるが、どうしようもなく乳首に弱いことは公然の秘密であった。しかしまあ、その感度は自分たちにも伝わってしまうのだけど。

(――ちょ、やめ! やめて! キタガミにばれちゃう!)

 とっさに上げそうになった嬌声をなんとか抑え、両腕の操作を奪い取った意識に呼びかけた。竜は呆気なく撤退し、山羊も困ったように引っ込んでいる。誰が犯人かは明白であった。

「……」

 怒気を滲ませた蛇は、拗ねるようにそっぽを向いて下がっていった。その激しい怒り具合は黙っていても伝わってくる。昨日の独断専行を総否定されたことが余程苛立たしいのだろうか。
 いや、そうではない。
 この怒りは、彼を独り占めしたいからに他ならなかった。彼女は彼が自分だけを愛するように、他の意識を喰い潰すことも辞さないだろう。だが、それは絶対にできない。できないと分かっているからこそ、もどかしい。なにも他の意識の存在を否定したいわけではなく、むしろ認めた上で好きあっている。それだから、どれも愛おしくて憎らしくてどうしようもないのだ。

(だって、私たちも同じだからね)

 考えるまでもなく、4人の意思は互いに分かり切っている。
 全員が全員、彼には自分だけを見て欲しいと思っている。もしかすると、蛇の強すぎる意思に影響されているのかも知れないけれど、紛れもなく本心だ。本心だと言いきれるほどに大きく、重い。
 自分以外が愛されることも愛おしく思えるのは山羊くらいだろう。己の嫉妬心すら肥料にして、情欲の根をさらに深く伸ばすのが愉しいのだ。反対に竜は、蛇の考えに近い。だからもっともらしい理由をつけて、自分以外が愛されるのを邪魔しようとする。
 それを理解していてなお、蛇は竜を退けた。自分が抱かれないことよりも、彼に抱かれないことの方が耐えられないからである。

(ああ。でも。今日は私なんだよねぇ……♥)

 そして獅子たる自分は。
 被虐心も嫉妬心も、あらゆるすべてを踏みつけて君臨することに堪らなく興奮する性質だ。踏みつけるものは多ければ多いほど、大きければ大きいほど良くて、それが自分たちの気持ちであれば最高だった。すべてを忘れて獣のように、なんて純粋な気持ちはとっくに忘れている。踏みつけて、醜いドロリとしたものが溢れ出す瞬間が堪らなくそそるのだ。
 蛇の誘いに乗ってしまった自分たちは、やはりどうしようもなく堕落したのだろう。
 相談に見せて呼びかけたのは、ただの勝利宣言だった。それを分かっていてなお反応してくる自分たちが愛おしい。
 鏡の中の自分たちは、ひどく底意地の悪そうな、喜色に満ちた顔をしていた。もはや誰の表情でも同じことだ。

「それじゃ……いこっか」

 瞬きする間に元の、快活な笑顔を浮かべてみせると、カオルは鏡から立ち去った。



 ○   ○



「ねぇ……そろそろいい……?」

 ベッドに座り込んで四苦八苦していた俺は、急に背後から声を掛けられて焦る。いつの間にか洗面所から出てきていたらしい。それに気づけないほど俺がテンバっていたということだ。

「お、おう。もうちょっと待っててくれ」

 マズイ、これはまだ見せられない。
 慌てて壁の方に向き直り、カオルの視界から逃れようとした。時間を稼げ、考えるのだ。

「だぁめ。もう待てないー」

 だが、背後からのギュムっとした接触判定に、手の打ちようがないことに気づかされた。興奮するなってのが無茶なんだよなぁ。

「あれ? それ、何してんの?」

 俺の肩から顔を出したカオルは、胡坐をかいていた俺の股間に視線を注いだ。ブツは両手で隠せるのだが、辺りに散らばったゴムまでは隠せない。もはや観念するしかなかった。

「……サイズが、合わなくなってるんだ……」

 いつかのときの為にと、エレクチオンモードに合わせて最もフィットしたゴムを選んでいたというのに。買ってあったゴムがすべて無駄になってしまった。
 昨晩は気づけなかったが、俺の息子はハードモードを超えてルナティックの域に達しようとしていた。我ながら伝わり辛い表現だが、限界のもう一段上のステージという意味である。興奮の度合いが違ってもせいぜい長くなる程度だろうと思っていたが、認識が甘かった。あらゆるパラメータを凌駕した息子の前に、男の可能性を感じざるを得ない。

「すっごい情けないけど……本番は駄目そうです」
「ふーん」

 じゃあ何ならいいの? と聞かれそうでちょっとドキドキする。根がスケベな少女に大人のサマーレッスンする羽目になるんじゃないのこれ。
 だが実際、俺は"教えて"やらねばならないのだ。この無垢な少女に、男という生き物の性を。何故だか今日は、そういう使命感まで湧いてくる。

「ま。いきなり本番ってのも無茶だし、今はいいだろ。まずはこいつに慣れとけ」
「……うん」

 どうしてか、カオルの声を聴いた途端、逸る気持ちが治まっていくのを感じる。年上なんだから俺からリードしなければと緊張もしていたのだが、今は自然な調子で提案できた。この感覚を覚えておくとしよう。

「どうすればいいの?」
「見て触って慣れるのが一番だ。こっちに来な」

 カオルから離れ、壁にもたれる。脚を広げ、片手で形ばかり隠してみた。気恥ずかしさはあまりない。カオルの目に浮かぶ期待を裏切ってはいけないと思っていたからだ。焦らされることでより強く興奮しているように映っていた。

「……ね、手、どけてよ……!」

 案の定、ふるふると手を震わせて腕を伸ばしてくる。俺はあえて何も言わず、カオルの手に掴まれるまま、手をどかした。
 するとカオルの眼前に、己の顔の半分に届くかという、俺の逸物が現れる。

「ふわぁ♥」

 瞬間、カオルは喜びの吐息を零すと、飛びつかんばかりに俺の股間に顔を寄せてきた。いや、埋めてきたというのが正しい。

「ねっ!? これ、嗅いでいいッ!? かい、嗅いでいいかなッ!? いいよね! 嗅いじゃうね! ん〜うぅッ」

 すぅーッ くふンッ んすーッ んすゥーッ んッ んすぅーッ

「やばっ、これ、やばぃ――くしゃぁい♥」

 興奮のあまり呂律が回らなくなったようで、カオルは口の端から涎を垂らして呻いていた。
 ぐりぐりと鼻を埋め込むかのように擦り付け、カオルは息荒く俺の匂いを吸い込む。両の腕を俺の腰に回し、なおも押し付けるように力を込めてきた。擦る動きは左右だけでなく上下にも及び、やがて下の精巣に埋まったとき、カオルの腰が飛び跳ねた。あまりの興奮に達したのだろうか。
 香りを愉しむ、なんて高尚な行為とは程遠く、貪るように、啜り込むようにカオルは嗅ぎ続ける。まるで犬のようだ。するとムクムクと、俺の中で悪戯心が湧いてきた。
 何故だか、がっついてくる態度に動揺はまるで出てこない。陰茎の変化よりも、自分の心情の方が不可思議だった。だが都合は良い。

「カオル。待て、だ」

 試しに言ってみる。だがカオルは顔を押し付けてくるのを止めない。聞こえてる筈だというのに、あえて無視しているのだろう。欲望に忠実な奴だ。

「待て」
「あうっ」

 両手をカオルの両頬に挟み、無理やりこちらへ向けてやる。カオルは尚も名残惜しそうに、チラチラと逸物へ目をやっていた。

「お前はムードとか考えないのか」
「えー? それ、キタガミに言われたくない」
「んじゃお互い様ってことで。ってかおま、ベタベタじゃねえか……」

 自分の分泌物とは言え、その量にはさすがに引かざるを得ない。カオル自身の汗も涎もあるのだろうが。
 両頬を持ちあげたままじっと見つめていると、カオルが何かに気づいたように瞬きした。

「キスしたいの? いいよバッチこい!」

 ホールドされたまま、これまたムードもへったくれもないことをぬかしてくる。俺が緊張してないのって、こいつの能天気さに引っ張られてるだけじゃなかろうか。

「口ではしない。お前がするのは、こっちだ」
「えっ――」

 くっと手を捻り、再び股間の方に顔を向けてやる。表情は見えなくなるが、頬に添えていた手が、カオルの口が吊り上がるのを感じ取った。間違いなく、興奮している。

「……私、ファーストキスなんだけど」
「俺のもだ。これからお世話してやるんだし、挨拶代わりにな」
「ひっどいなぁ……もう……」

 仕方なさそうに享受する声に、ぞくぞくと、背筋に寒気が走った。先ほどのような恐怖ではない、冷気を越えた先の凍傷のような熱を感じる。この興奮は、カオルにも伝わっていることだろう。

「それじゃ――」

 ゆっくりと手が解ける。俺の両手から逃れたカオルは、しかし後ろには下がることなく、目の前に屹立する俺自身に接近していった。薄桃色の唇を受け入れるように窄ませ、火傷しそうな吐息を吹き掛ける。

「――よろしくね」

 ちゅ

 ファーストキスが、捧げられた。

「っ♥♥♥」

 ちゅっ ちゅっ ちゅっ

 しかし、それだけで終わるわけがなかった。
 カオルは亀頭へのゆっくりとしたキスを終えると、すぐさま全体に口づけの雨を降らせ始めた。教えてもいないのに、時折ちろちろと舌が顔を出しているのが分かる。そもそも、教えるほど知識に差があるとは思っていないのだが。

(膝コキ知ってるようなやつが、こっちを知らないわけないよな……)

 カオルがするに任せ、じっくりと観察してやる。するとカオルは時折、ちらちらとこっちを見上げて、反応を確かめるように舌を這わせ始めた。義務的な動きではあり得ない、こちらを気遣うような仕草に胸が熱くなる。

「いい子だ……」

 絹糸のような、亜麻色の髪に触れてみた。女性は髪に触れられるのは嫌がるというが、ここまでさせてしまった相手には今更だろう。怒られるのも承知で、カオルの頭を撫でてみる。
 するとカオルは口の奉仕をいったん止め、こちらが撫でやすいように頭を傾げてきた。心地よさそうに目を細める表情は、本当に犬のようである。さらさらとした感触はいつまでも触れていたくなるが、カオルが期待するように見上げてくるのを、我慢し続けるのは至難だった。

「……咥えてくれないか」
「ん〜? ……いいよぉ」

 カオルは俺に見えるように、口をあーんと広げてみせた。ぽってりとした舌を蠢かせ、どれほど自在に操れるかを見せつけてくる。れろれろと舐め捻る動きに、これから訪れるであろう快楽への期待値がぐんぐん高まった。

「なんだ。練習してたのか?」
「んふふ。イマドキの子なら、基本だよ」
「うそつけ」

 軽口を交わして、カオルはすっと首を持ちあげた。その際、陰茎の反りに鼻を沿わせて、ひくひくと匂いを嗅いでいるのが分かる。実に分かりやすい匂いフェチだ。指摘するときには気を付けないとな……。
 やがて頂点に達し、カオルはデロンと舌を出す。受け入れやすいよう、舌腹で導くつもりだろう。
 しかしこうして見ると、カオルの小さな口に比べて俺のが如何に凶悪かが分かる。男として冥利に尽きると言えばそうだが、もう少し適切なサイズにならないものか。これでは一方的な負担を強いてるだけな気がする。口淫を促しておいてあれだけども。

「先言っとくけど、無理はだめだぞ。なんか今日の俺、ちょっとおかしい」
「そっちは無茶して欲しいくらいだけどね……そろそろ私たち、我慢できないみたいだし」
「何言ってんだおま、「あむぢゅ♪」えっ――!?」

 瞬間。何が起こったのか分からなかった。
 陰茎の先からドロリと溶け出していくような感覚が、電流のように全身を襲ったからだ。言いかけた疑問など遥か彼方に飛んでいく。必死に歯を食いしばり、腹に力を入れて耐える他なかった。

 んぢゅ んぢゅんぢゅる ねろねろねろ

 愛おしそうな顔つきで唇を窄め、鈴口を締め付けてくる。逃げ場を失った無防備な亀頭は、淫猥にのたうち回る舌の攻撃に晒された。
 全体の硬さが増していても、そこだけはひどく柔らかい。それを逃さないとばかりに、カオルの口は浅く、そこだけを重点的に攻めてきた。自分でゴムをつけるとき刺激への耐性も上がっていると気づいていたのだが、それを物ともしない技巧である。たちまち臨界点が近づいてくるのが分かった。

「くぅっ!」
「んぽっ」

 これはまずいと腰を引きかけたのを先回りしたように、カオルは音を立てて口を引き抜いた。

「もっと頑張りなよ……もう……」

 呆れるような口調ながらも、両手はしゅこちゅこと俺のメンテナンスに励んでいる。玉を転がし、竿を擦って、亀頭にはあえて触れず、じんわりとした刺激が止まないよう気を使っていた。まるで違う意識が手に宿っているようで、左手も右手も飽きさせない動きをしてくる。
 しかし、なんだろう。心なしか、カオルの瞳の色がじわじわと滲んで見えてきた……。

「次、わたしだから……出してもいいよ……」

 ドロリとした、ローションのような粘度の液体が塗された。それが涎だと理解する前に、再び亀頭が集中攻撃に襲われる。
 しかし、そこで口は止まらなかった。
 しゅっしゅっと忙しなく竿を上下する左手の陣地を奪うように、ゆっくりと、中へ中へ飲み込んできたのである。

「ンぐ……っ ぇぐ……ッ」

 時折、裏筋を引っかくように、硬い感触が触れてきた。歯を当てないよう気を遣うのではなく、あえて当てることで、どれほど飲み込んでいるのかをアピールしているかのようだ。
 やがて信じられないほど深く入ったと思ったとき、ねろねろと、睾丸を舐めてくる感触に戦慄した。改めて下腹部を見ると、カオルの口が、完全に股に埋まっているではないか。
 自分でも信じられないくらいに膨張していた肉竿が、いま、少女の中に埋まっている。その事実に、クラクラとするほどの目眩を覚えた。紛れもなく興奮の証だ。視覚的も刺激的にも限界が来たと思ったその瞬間、

 じゅっっぷるるるぅっ

「うぅうぁああッ!」

 カオルの口がいっぺんに引き抜かれた。あまりの衝撃に首が反り返り、背後の壁に当たってしまう。

「げほっ! げほっ!」

 喉いっぱいの圧迫感から解放されたカオルは、息も荒くむせていた。それでもなお両手の動きが止まらないのは驚きだが、流石の俺も我に返る。

「入れられるのは分かったけど、無茶はしないでくれ。びっくりするから」
「――えほっ……心配は、無用です」

 すんっと涙目で鼻を鳴らすが、カオルはまたもぱっくりと咥え込む。リベンジするかのように、喉の入り口まで使って首を振り始めた。
 先ほどのように深くはないが、それでも十分な刺激だ。じゅっぽじゅっぽといやらしく音を立てながら、亀頭から竿までを満遍なく締め付けてくるのが堪らない。一瞬、目尻に浮かんだ涙に怯んでしまったのが、逆に、苦しくてもなお奉仕してくれるのだという興奮に繋がってくる。我ながら変態的思考だが、背徳感とはこういうものだろう。

「はもっ んっぽ、んぽッ、ぽちゅぅッ ふむぅん。ちゅぽッ」

 恥悦を露わにしたディープスロートに、ぐんぐんとこみ上げてくるものがある。このままでは中に出してしまうことになるのでは、と、躊躇する心が湧いてきた。今の俺の状態は普通じゃない、エライことになってしまう予感がする。

「ちょ、カオル、おれ、そろそろ……ッ!」

 引きはがそうと思って添えた手が、逆にがっしりと掴まれた。こちらに目をやった瞳は、ドロリと、赤く濁っていた、ような気がした。
 明確な抵抗に呆然と、瞬きする間に、どんどんと射精欲求が肥大化してくる。まずい、ほんとこれ、マズいって……!
 しかしカオルはむしろ、掴んだ俺の手を、自分の後頭部に添えてきた。

「ま、なんで――」

 抗議しようとした声が、目で制される。

(こっちの方がお好みでしょう?)

 と、カオルがほほ笑んだような気がした。
 受け入れてくれる。それに理解が及んだ途端。
 俺はカオルの手を押しのけて、その後頭部に両手を乗せた。躊躇う心に蓋をするように、カオルの頭を掴むと、力いっぱい肉棒を捻じ込む。

「んごッ!? んむゥぐぅ――っ♥♥」

 くぐもった声の中に、確かな媚があることを読み取ると、俺は2度3度とカオルの頭を下腹部に叩きつけた。そんな自分本位な動きでも、カオルはカリ首に引っかかるよう唇を窄め、舌を動かしながら先走りを舐めとってくれる。

(ああ、ちくしょう、こんなことってあるのか……!)

 ガリガリと理性が削れていく音が聞こえる。自分の欲望を露わにする度、昨日までの自分が消失していくのだ。
 これが、自分に正直になるということ。ああくそ、これでは本当に、何のために我慢してきたのか分からないではないか……ッ!

(あ、れ、おれ)

 ドクンと、心臓とは明らかに違う衝撃が全身を襲った。なんだろう、この感じ。
 性的刺激の臨界点は、パワーアップした肉棒に合わせてか、今までの限界を軽く超えていた。意識が飛びそうになりながらも、手の動きは止まらない。ぱぢゅんぱぢゅんと、カオルの涎も相まって、いやらしい水音が部屋に響く。どこか他人事のようで、ひどく現実感が薄れている。あまりの刺激に、意識がかい離し始めてしまったのだろうか。

 みず、おと。カオル、の、

 視界を少し上げると、カオルの腰が、喜悦に揺れているのが分かる。役目を終えたカオルの両手が、しゅりしゅりと自分自身を慰めているのが動きで分かった。そう、まだ俺は、彼女のそこを見ていない。風呂上りは、とにかく胸を見てしまっていたから……。

 ふ、ろ

 フリフリと揺れる尻が、俺の目を奪う。良い形。本当に良い形だ。埋めたい、埋もれたい。

 埋もれただろう、確かに。

(う、あッ――がッ!)

 バヅンッ

 俺の手は止まっていた。しかしカオルは意にも介さず、俺の脚に両手を添えると、自分で自分を苛め抜くように、激しい口淫を続けていく。喉の奥深くまで飲み込んで、亀頭の先から竿の根元まで、ばっぢゅばっぢゅと往復させた。絶え間なく繰り返される刺激は、段々と速度が上がってくる。もはや感度は、俺の全く知らない領域にまで達していた。俺に知覚する術はない。他人の行為を眺めているような気分だ。

 やがて、限界が訪れる。

「――っ!? ――ッ♥」

 射精が始まるや否や、カオルはさらに強く根元へ口を押し付けてきた。逸物を喉奥まで咥え込み、出るものすべて、空気に触れることさえ惜しいとばかりに、次々と嚥下していく。

「んッ、ぶっ、んっ♥ んぽっ♥ んぶッ♥」

 時折むせ込みながらも、しかし一滴も零さないという気概からか、ぐりぐりと頭を揺らしてペニスを離そうとしない。吐き出そうとする身体の反射に逆らうような動きだが、はたして本当に逆らっているのか、その顔を見ていると分からなくなってくる。

 喜んでくれている。心から。その表情を見れば明らかだ。

 俺はそれに安堵すると、ゆっくりと意識を手放した。




<日曜日 了>
16/07/24 22:37更新 / カイワレ大根
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■作者メッセージ
遅刻による増量、というわけではございません。
真ん中で切るのも味気ない気がしてしまい、もう繋げちゃえとなりました。

だいたい10話と申しておりましたが、このペースだと8話くらいになりそうです。

エロはいかがだったでしょうか。感想をいただけるとありがたいです。
無論、投票だけでも飛び上がるほど嬉しいのです。
ありがとうございます。

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