連載小説
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前編
 あたしはあの時、ひきこもりの友達を無理矢理散歩に連れ出していた。ひきこもりと言っても、所謂カリュブディスだ。巣穴にこもって時々渦潮とか起こす、謂わば種族からしてひきこもり。
 あの日、私は海底に沈んだ海賊船とお宝を見つけ、それをあの子に見せてやりたかった。巣から無理矢理連れだし、沈没船のところへ行った私たちは、そこで出遭ってしまった。
 十メートルはあろうかという、巨大な海蛇さ。噛まれたら魔物でも死ぬ猛毒を持つ種類で、しかもその時は結構餓えていたらしい。
 私はカリュブディスを守るため、敢えて海蛇を挑発して、自分の方に引きつけた。あの子はあんまり速く泳げないし、しかもこの前結婚したばかりだったからね。連れ出したあたしが責任もって守らなきゃならないと思った。八本の脚をフル稼働させて逃げる私を、海蛇は激しく身をくねらせ追ってきた。私は必死で、水面へ向かって泳いだ。カリュブディスから引き離すために。

 水面に辿り着いたとき、すぐに海蛇も顔を出した。そのまま獰猛な目を光らせ、大げさなまでに口を開けて毒牙を見せつけながら、私に迫る。

 ああ、私、死ぬ。そう思い、あることをとてつもなく後悔した。
 魔物娘に生まれたのに、男の味も知らずに死ぬなんて。えり好みなんてしなきゃよかった、ってね。

 目を閉ざした瞬間。ざくっ、という音が聞こえたんだ。何かが突き刺さる音。

 恐る恐る目を開けると……銛で頭を貫かれた海蛇が、水面に浮かんでいたんだ。

 そのときあたしは、近くに小舟が浮かんでいるのに気付いた。それに乗っていたのは、目つきの鋭い、鷹のような男。彼が銛を投げたのは明白だった。
 彼はじっと私の方を見て、口を開いた。

「……怪我は、無いか?」




 ……その後は、まあ……分かるだろ?
 一目惚れ、ってやつだよ。



「……ふふっ、おはよ」

 年代物のワインを土産に、今日も朝から彼を訪ねる。彼はすでに起きて朝食を済ませ、机で新聞を読んでいた。あんなに腕のいい漁師なのに、この港町エスクーレ・シティの中ではかなり小さい家に住んでいる。まあいくら銛打ちの腕が良くても、漁師の私生活なんてそんな物なのかもしれないけど。でもこの人はもっと優雅に暮らしてもよさそうな雰囲気なんだよねぇ。伊達男っていうか。

「ああ」

 彼は私の方を見て、そう言っただけだ。あれから毎日訪れているが、いつもこの調子。近所の魔物や漁師たちに聞いてみたら、普段から寡黙な人だけど、町の人間からは凄く尊敬されているって話だ。あれだけの腕の漁師なら当然だけどね。

「ワイン、持ってきたんだ。一緒に飲もうよ」

 彼の肩に手をまわしつつ、ボトルを見せる。カリュブディスから買ったものだ。何年も海底に転がっていたせいでフジツボがこびりつき、ラベルの字もかすれているが、見た目は小汚くても中身は凄い。詳しい理屈は知らないが、海の中で保存した酒は地上の何倍かの速度で熟成が進むらしい。味はとてつもなく美味い。友達のカリュブディスは旦那と一緒に、海底でワイナリーをやっているのさ。
 でも彼は、こういうのをなかなか受け取ってくれない。口には出さないけど、女に貢ぐのも貢がせるのも嫌な性質なんだ。

「あんたと一緒に飲みたいんだよ。ねぇ?」
「……夜に飲もう」

 彼は新聞を読み続けた。魔物専門の誘拐犯、マフィアの抗争、いろいろ汚い事件のニュースが誌面を彩っている。このエスクーレ・シティは綺麗な町だけど、裏ではマフィアが常に暗躍し、鉄と血の掟で全てが動いているんだ。奴らは人間にも魔物にも容赦しない。この町の住人は、こういう事件をよくチェックして、自分の身に火の粉が降りかからないようにしてるんだね。
 さて、拒否はされなかったので、あたしはワインをテーブルの上に置いた。多分、何か用事があって朝から飲んでいられないんだろう。でもこのまま帰るのもつまらないから、ちょっと遊んでいこっと。
 椅子に座ってる彼に抱きついて、肩に胸を押し当てる。すると彼は新聞を置いて、あたしの頭を撫でてくれた。嬉しくなって脚を巻きつけ、全身で抱きついた。好きな人を全身で味わうのが、あたしらスキュラの喜びなんだ。彼は嫌がるそぶりを見せず、そっとあたしの背中に手を回してきた。ああ、幸せ。
 今日こそは本番できるかな? あたしスキュラの中じゃちょっと押しの弱いタイプで、なかなか本番に持ち込めないんだよね。今まで脚やお口でしてあげたけど、いざヤろうと思うと……ね。

「ほら、脱いで」

 彼のズボンの留め具に手をかけて、その下にある肉棒を引っ張り出す。手でもみもみしてやると、すぐに大きくなった。彼が軽く溜め息を吐いたが、拒んではいないみたいだ。挿れようか……いや、焦っちゃ駄目だ。まずはいつもみたいに、脚で弄ってあげよっと。その後口と胸でもう一回勃たせて、そこから本番だ。うん、完璧な流れ。
 私は脚の一本をくねらせ、彼の立派な肉棒に這わせた。竿部分に巻き付けてにゅるにゅるしながら、先っちょで亀頭をつついてあげる。上下に動かしてしごいたり、締め付ける力を強くしたり弱くしたり。

「ねぇ、気持ちいい?」
「……ああ」

 彼はそう答え、あたしの胸に手を伸ばした。

「ん……♪」

 ブラをずりおろし、おっぱいを丁寧に揉んでくれた。全体をなで回すように揉まれ、時々乳首をつままれ、あたしも気持ちよくなってきた。お返しにもう一本の触手で、彼のタマタマをくすぐってみる。彼は微かにくぐもった声を出した。

「ここね、男の人の感じる所だって、友達が言ってたんだ〜♪」

 ついでに、彼のほっぺたを舐める。彼も強く私を抱きしめてくれた。自慢じゃないけどスキュラって柔らかいから、抱くと気持ちいいはずなんだよね。
 あたしのアソコが濡れはじめ、彼もあたしの脚で高まってきたみたい。タマタマをくすぐる触手を増やして、肉棒をしごくスピードも上げて、フィニッシュに入る。

「……うっ」

 彼の肉棒から、熱いのが迸った。どろっとした濃い精液が、あたしの赤い脚を白く彩る。その温度が、幸せを実感させてくれる。

「ふふふっ、今日もいっぱい出たね?」

 すると、彼が微かに笑ったような気がした。よし、今日こそは本番に繋げよう。
 まずはおっぱいで挟んで……いや、その前に何か言った方がいいかな? 『でも今日はもっと出してね』、とか。よし、それでいこう。

 と、その瞬間、誰かが家のドアを叩いた。

「……どけ」

 彼があたしに言う。怒ってはいないけど、有無を言わさない気迫のある声に、思わず抱擁を解いてしまう。彼は付近で股間を拭うと、ズボンを上げて立ち上がり、ドアを僅かに開けた。その隙間越しに、尋ねてきた奴と何か話している。相手の言葉に頷くと、あたしの方を見た。

「カトリーチェ」

 彼に自分の名前を呼ばれ、ドキンとしてしまう。

「……今日はもう帰れ」

 彼は壁に立てかけてあった銛を手に、家から出て行った。



 私はしばらく立ちつくしていたが、脚についた精液が床に垂れ、ハッと我に返った。彼の精液を手ですくい取り、口に運ぶ。一滴も捨てたくないから。
 今日はもう帰れ、か。やっぱり彼からすれば、私なんて別にどうでもいいのかな。ただエッチなことしてくれる女、ってだけで。でもあたしは、他に男を振り向かせる方法を知らない。
 寂しいな。なんか無性に寂しい。ぬめりを帯びたアソコも、切なく疼いていた。








「あんっ……あぅ、んっぅぅぅ、ひゃぅん……」

 晴天の下、仰向けになって沖に浮かびながら、自慰にふける。子供のころはよく、同族やメロウの友達と一緒に、こうやって水面で自慰をしたもんだ。太陽に見せつけるみたいに。言われた通り海に帰ったはいいが、疼きが収まらなかったので久しぶりにやることにした。こんなところ、彼が見たらなんて言うかな……。

「あふぅん……はぁぁん……」

 両手で胸を揉み、脚でアソコを弄る。脚の先端部分の小さい吸盤を、肉芽に吸いつけた。そして彼の声を、横顔を、背中を頭に一杯に浮かべながら、自分をひたすら慰め続ける。

「ひゃぁん……んっ、くぅ……」

 ……あたしは昔から、スキュラにしては弱虫だと言われてきた。粘り強さが無い、とも。近所に住んでたセイレーンと、しょっちゅう喧嘩して負けてたっけ。そいつは今でも友達だけど、もうエスクーレの海にはいない。彼女はセイレーンらしく歌を唄いながら、港町を渡り歩いていたが、途中で教団に捕まった。なんとか逃げ出したけど、そのときはすでに喉に傷をつけられていたらしい。セイレーンにとって、一番大事な喉を。
 その話を思い出すたびに、あたしは教団の連中にムカッ腹が立つ。でも彼女はめげず、今はルージュ・シティという町で踊り子として人気を博しているらしい。その町で出会った、ギター弾きの男と共に。本当にたくましい奴だよ。あいつの根性を、ほんの少しでも分けてもらえていれば……今日もこんな、虚しい思いをせずに済んだかも。
 でも彼だけは絶対に、逃がしたくない。

「ふ……あぁぁん!」

 絶頂に達し、海水の中に潮を吹き出す。今だけ、私の体は満たされた。
 脚を伸ばして余韻に浸りながら、考えた。どうすれば彼は、もっと私に近づいてくるのか……って。


 その刹那。

「うぐっ!?」

 突然、左肩に激痛が走った。何だこれ、あたしの体に……矢が刺さってる!
 辺りを見回すと、何艘かのボートが私の方に迫ってきていた。弓や剣、投網を手にした男たちが乗っている。魔物狩りだ……逃げなきゃ!

 飛んできた投網を避け、あたしは咄嗟に潜った。そのまま深い所へいかなきゃならないのに、どうにも脚が上手く動かない。
 そ、そうか、麻痺毒だ。この矢を抜かなきゃ……駄目だ、手に力が入らない。うう、思うように体が動かない、浮いてしまう。頭までぼんやりしてきた。
 いい男を見つけたせいで、気がゆるんでいたのかもしれない。このエスクーレの海は……悪徳の海、悪徳の港なんだ……!


「よく効く毒だな」
「ああ。それにしても水面でオナニーしてるとは好都合だったぜ」

 海面に浮き上がったあたしに、網が投げかけられた。

 薄れていく意識の中で、最後に脳裏に浮かんだのは……


 海蛇から私を助けてくれたときの……彼の顔だった。
11/03/05 16:37更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ
ルージュ街シリーズと同じ時間軸でやってます。
後編、鋭意執筆中です。

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