連載小説
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迷いと貴女とオレと路 前編
オレこと黒崎ゆうたがこの世界に来て初めての春が来た。
暖かい昼下がり、温い日差し。
そんな中ここ『食事処ハンカチーフ』に頻繁に出入りしてくれる人が…いや、魔物がいる。

―稲荷―

そもそも稲荷とはオレのいた世界でオレの住んでいた国によく似た『ジパング』という国の出身の獣人型魔物。
妖狐の亜種というらしいが表面上はおとなしいという…。
まぁ、妖狐なんて会ったことないからよくわかんないけど…。
後は…そうだな。尻尾だろうか。
一本で約200年生きたという証になるだとか、その尻尾に魔力なんていうものを蓄えているとか…。
…ほとんど聞いた情報だからあてにはならないが…。
あ、それともうひとつ。
その稲荷の人(魔物か…)、実はオレのいた世界同様に狐の好物が被っている。
それは―

「はい、油揚げの味噌汁、稲荷寿司。お待ちどーさま。」
「おおきに。ゆうたはん。」
さっきも言ったように、春になってから頻繁に出入りしてくれるようになった魔物。
稲荷のかぐやさん。
黄金色の腰まで伸びた髪。同じ色の瞳。
ぽってりと紅く輝くその唇。切れ長の目。
整った顔立ちは大人らしく、そして女らしいもので落ち着いた雰囲気をかもし出していた。
どこをどうやっても美人の顔だ。それも、目も覚めてしまうようなほどの極上さを感じさせるくらいの。
見つめられていたらきっと魅了されてしまう…そんな感じ。
体のラインがわかりにくい服装をしているが安産型の臀部から太ももへの豊かで美しき体の線がわかる。
…男なら見てしまうその胸もかなり大きなものだ。
この店の前にある牛乳屋を営むラティさん程ではないがそれでもかなりの大きさ。
服の中に収まりきらずに見えてしまうその谷間は何度男の理性を揺らしたのだろう…。
そして、この大陸では珍しい服を着ている。
薄紫色の和服。
オレのいた世界でも滅多にお目にかかれないあの服を身に纏っていた。
いやぁ…和服って着る人が着ればここまで魅力的な服になるもんだねー。
さらに印象深いのは臀部から生える尻尾だな。
黄金色の尻尾、それも五本…。
…ということはこの人、このお姉さん、既に1000歳を超えていてもおかしくは無い…。
「…どないどすか?ゆうたはん。」
「ん?ああ、いえ、何でもないっすよ。」
おっと、考え事してたら不振がられた。
あなたの年齢のことを考えてました、なんて言ったらきっとシバかれる…。
女性に対して年齢の話は禁物だ…。
それは姉達と暮らしていたからこそよくわかる…。
「そないなとこに立ってへんでこっちゃにおこしやす座っがな?」
「あいえ、まだ仕事中ですし…。」
「そんなこと言わんと、ほら。」
学生服の袖を引かれ、かぐやさんの目の前の席に座らせられた。
ってかこの人意外に力あるな…。
「どないせ、どなたはんも居らんさかいに。」
「ええ、そりゃ…。」
店内にはオレとかぐやさんの二人だけ…。
オレにとっての父、母であるレグルさんとキャンディさんは足りなさそうな食材の調達中。
そして今この時間帯は客足は少ない…むしろ、いないといってもいいとこである。
そこを考慮するとかぐやさんは客が少ないときに来てるんだよな…。
混む時間帯を避けて来てくれるためかオレを捕まえては自分の前に座らす。
もはや、いつもの事となってきていた。
「ふふふ…。」
「…。」
はっきり言ってこの空気はキツイ。
いやね、こんな美人と二人きりになれるなんてすごく嬉しいんだけどさ…、嬉しいんだけど…。
かぐやさん、最近視線が怖い。
オレの爪先から頭のてっぺんまで嘗め回すかのように見てくるし…。
ちょっと照れるが…この視線は少し違う。
かつて空手の師匠に向けられたことのある視線にどこと無く似ていた。
それすなわち、狩るものの視線。
「…。」
オレは獲物か…。
狐って確か…肉食に近い雑食だったけ?
…食われる!?
「ふふふ、そないに見つめられへんとうち、恥ずかし…。」
「あ、すみません。」
今更だがこの人(おっと魔物)京都弁がかなり上手い。
…本場の京都弁を知らないんだけどねー…。
中学生の修学旅行で行ってきたが舞妓さんなんて人には出会わなかったし。
そもそも今の時代に京都弁を使っている人もいなかっただろうし…。
「それにしてもゆうたはんの作った料理、おいしいおすなぁ。」
「それはどうも。そう言ってもらえると作ったこっちとしても嬉しいですよ、かぐやさん。」
「昔は料理しとったのどすか?」
「ええ、まぁ…。」
暴君(オレの双子の姉)に無理矢理作らされていたからな…。
無駄に注文だけはいっちょ前だったからな…あいつ。
「ええお婿はんになるよ。」
「あ、ハハ…。」
「…まぁ…どなたはんかて渡さへんやけど…。」
「へ?」
小さく何かを呟いたようだったが…よく聞き取れなかったな…。
まぁ聞き取れたところで京都弁。
何を言っているのか時折意味が分らない時もある…。

「ごっそさまどす。」
「お粗末さまです。」
あれか一時間ほどでかぐやさんは料理を食べ終えた。
ちょくちょく入れてくる会話が無ければもっと早く食べ終わっていたことだろうけど…。
いや、しかし…『ジパング』からきたというだけあってかぐやさんの箸捌きはすごく、礼儀正しいというか…、丁寧というか。
ともかくすげーきれいだった。
そっか、箸ってあんな風に使うのか…。
口をハンカチで拭いながらこちらを見てくるかぐやさん。
その視線は相変わらず狩るような感じがどことなくする…。
こ、怖い…!
「ゆうたはん、このあと時間おまっか?」
「?…時間…ですか?」
この後は…かぐやさんの使った食器を片付けて、明日の仕込をしたら後は閉店までお客を待ってるくらいか…。
夜になれば客足もまた増えるから…一、二時間くらいなら余裕で空いてるな。
「一、二時間程度なら…。」
「そらよかった。このあとうちの店に来まへん?」
「え?かぐやさんのお店ですか…?」
確か…かぐやさんのやっている店は娯楽を提供するものの類だったな…。
その名も―
「『迷い路屋』…いわば迷路のようなモンどす。」
そうだった…。
いまいちよくわからないお店だが、
客足は絶えずこの街において人気の店トップ3以内に入ってるんじゃないかってほど人気がある。
対象年齢はなし。
老若男女問わず絶大な人気を得ているところから街の外からも客が来るらしい…。
繁盛してんな…。
だが、内容はわからない…。
店の名前からするにかぐやさんが言ったとおりの『迷路』のようなものなのか…。
どこぞのアミューズメントパークにでもありそうな巨大迷路でもあるのかな?
「はぁ…まぁいいですよ。することも無いですしね…。」
その言葉を聞いてかぐやさんは微笑む。
どこと無く好色そうな、色っぽさを感じさせる笑みで…。
「ほな、この後すぐにやて…。」
そっと身を乗り出しこちらに体を近づけてきた。
女性特有の甘い香りがオレの鼻孔をくすぐる。が
「っ!」
あ、あのかぐやさん!?
いくらなんでも和服でその体勢はまずいんじゃないでしょうか!
徐々に寄ってくるせいで着物は少しずれ、胸元が露わになってますよ!



下着は付けていないのかかぐやさんの真っ白できれいな肌ばかりが目につく…というか、
先端まで見えそうです!?
あ、あとちょっとで見える!あと少し!あと―
「「ただいまー!」」
オレらの座っているところからちょうど左。
この店の正面の扉が開いた。
その声にすぐに体を元の位置に戻すかぐやさん。
どうやらレグルさんとキャンディさんが帰ってきたようだ。
…いいとこだったのに…。
心の中じゃあまりの不満に舌打ちの嵐だ。
「おっと、かぐやさんじゃねぇか!」
「ふふふ、レグルはんにキャンディはん、おかえりやす。」
「いらっしゃい、かぐやさん。その様子だとユウタと話していたようだけど…お邪魔だったかしら?」
「そないなことおまへんて。丁度今いのとしとったとこどす。」
かぐやさんは音もたてずに椅子から立ち上がり、レグルさんとキャンディさんの横をすり抜けるように歩き扉に達する。
そして、振り返りオレを見て微笑みを浮かべる。
「ほな、ゆうたはん。期待したはるさかい、ちゃんとおいでやす〜。」
その一言を残して去っていった。
カランカランと、扉についた鈴が乾いた音をたてて…。
期待して…ね。
何に期待をしているのだろうか…?
そんなことを考えていたら急に肩を叩かれる。
ぽんぽん、なんて軽いものじゃなく、バシンッというぐらいの強い力で。
「痛だっ!!ちょ、何するんすか!?レグルさん!」
「おうおう!ユータ、お前も隅におけねぇな!」
肩を組まれ、ニヤニヤにやけた顔を見せてくるオレの父。
なんだこの人は…。藪から棒に…。
「いつの間にかぐやさんと仲良くなったんだよ、オイ!」
「いつの間にって…前からあんな感じじゃないっすか…。ただ、ここ最近店に訪れる回数が増えたぐらいで。」
「それも、客が最も少ないこんな時間帯にか?」
「人ごみとか嫌いなタイプなんじゃないんですかね?」
「まるでお前に会いに来てるみてぇじゃねえか!」
「まさか。油揚が目当てなだけでしょ。」
ここの街で油揚げや刺身などといった料理を取り扱っている店は数少ない。
ここにおいて油揚げなどはそれなりのルートを利用しないと入手するには難しいからだ。
だから、だろう。
かぐやさんがここの店に来る理由は…。
そんなことを考えていたらレグルさんは呆れたようにため息をついた。
心底呆れたかのように…。
「…お前、鈍いにもほどがあるぞ…?」
「…鈍い?料理の腕は鈍ってきてはいないと思うんですが…。」
「…いや、そっちの鈍いじゃなくて…。」
「?」
「やめなさいよ。あなた。」
キャンディさんが言う。
その言葉にもどこと無く呆れている感があったような気がするが…気のせいだろう。
「ユウタがそんなのは最初からでしょう?」
「…ああ、そうだったな…。」
二人して顔を見合わせたかと思ったら盛大にため息をつきやがった…。
なんというか、とても意味ありげに…。
…なんか腹立つ。何をそんなに呆れているのだろうか…?
「そういや、ユータ。かぐやさんが帰り際になんか言ってたみたいだが…あれはなんだ?」
「ああ、あれっすか。なんかこの後うちの店に来てくれないかーっていう誘いを受けたんすよ。」
「っやったじゃねえか!!」
再びバシンッと強い衝撃が肩に走るッつうか!痛いって!!
どんだけ強く人の肩叩いてんだよ!
「まさか向こうからのお誘いとはな!!」
「…いや、でもかぐやさんの経営するお店っていったい何なんですかね?レグルさんは行ったことはありますか?」
「俺はない!」
胸張って答えたよ…この人。
「それじゃあ、キャンディさんは?」
「私?私も無いわね。」
あ、ないのか…。どんな店なのか詳しく聞きたかったのに…。
「そんなことより!せっかくのかぐやさんからの誘いを無下にするわけ無いよなわが息子よ!」
「いや、そりゃしませんけど…。でもこのあと夜に向けた店の準備がまだ終わって―」
「あら、それなら私達がやっておくわよ。これでもあなたが来る前までは二人で切り盛りしてたんだから。」
さえぎるように言われた。
「だからあなたは存分にかぐやさんの所で遊んでいらっしゃい。」
「…遊ぶって歳でもないんですけどね…。」
「何言ってんだよユータ!お前の歳ならもう大人のあ―」
レグルさんの姿がオレの目の前から消える。
―瞬間― 
遅れて店の奥から何か轟音が響いてきた。
「…」
「さぁ、うるさいのはほっといていってらっしゃい♪」
…オレは何も見ていない。
キャンディさんが買ってきた材料が入っていたのであろう紙袋を全力でレグルさんにぶつけたことなんか見えてない。
まして、そのままレグルさんは店の奥までぶっ飛んでいたことなんか、
これっぽっちも見ていない…。
「…それじゃ、お言葉に甘えて行って来ます。」
「ふふ、いってらっしゃい。帰りが遅くなってもいいからね。」
「…ならないように頑張りますよ。」
オレはそう言い残して店を我が家を出る。
別に特別な準備なんか必要ない。
こっちの世界に来た時のままである学生服を着たままにオレはかぐやさんの経営する店『迷い路屋』にゆっくりとした足取りで向かった。

親魔物国 マルクト 西地区 『迷い路屋』

夕日が昇りかけた、そんな時間。
オレは一人立っていた。
目の前には大きな店。
紫を中心としたペイントで彩られたその店はどこと無く和風を感じさせる。
ドアの上に大きな看板が立てかけられていた。
大きな字でデカデカと書いてあるその文字は『娯楽店 迷い路屋』と書かれている。
ここが、かぐやさんの経営するお店か。
意外と近かったんだなここ。
…こんな店に入るのはなんか緊張するな。別に悪いことしてるわけでもないのに…。
ドアの前に立ち、深呼吸をひとつ。
「…よしっ。」
気を引き締めてオレはドアを開け放った。

「おこしやす、ゆうたはん。」

そこは無機質な空間だった。
店を彩った色と同じ紫で彩られた大きな部屋。
一階全てが店になっているんだろうけどもどうやら壁を全て取り払っている。
異常なほど広い空間の中央にただ一人ぽつんと存在しているのはこの店の経営者 かぐやさん。
この空間よりも薄い紫が彼女の存在を目立たせる。
「意外と早かったどすなぁ。」
「ええ、まぁ…。」
どこと無く追い出されるかのように出てきたことは言わないでおこう。
言ったら言ったでなんか変な展開になりそうな気がするし。
とりあえずは何か話をしないと。
「いやぁ…ここっていったいどういうことをするお店なんですかね?」
一番気になっていたことだ。
娯楽店なんていうから娯楽を提供しているんだろうけども。
その内容が全然わからない。
「ふふふ、初めて来やはった人は皆聞いてくるんどす。」
そういうとかぐやさんは妖艶な笑みを浮かべ、歩き出す。
逃げ場のない獲物をゆっくりと追い詰めるかのように。
無論、その標的はオレなんだけど…。
「ここは『迷い路』。お客はんの内におます迷いの空間どす。」
一歩一歩をゆっくりと近づきながら、かぐやさんは言う。
「その『迷い』の中でうちと遊びをしはるんや。」
「遊び?」
「そう、遊び。うちの故郷の『ジパング』でよおやっとった子供達の遊び。」
すっと、足を止める。
何時の間にかかぐやさんはオレの目の前に立っていた。
向き合う形で、微笑みを向けながらしゃべる。
「『鬼ごっこ』とやて言いまひょか。」
『鬼ごっこ』か…。懐かしいな。
オレも子供のころはよくやってたな。友達皆で集まって…。
「ルールは簡単。うちを捕まえられればゆうたはんの勝ち。捕まえられなければうちの勝ち。制限時間は30分間。」
「30分ね…。結構長いけどいいんですか?」
結構…というか、かなりだ。
この広い店の中で『鬼ごっこ』するにしたって壁ひとつないこの空間で逃げ場らしい逃げ場はない。 
そんなところでするなんて30は流石に長すぎだろ…。
30分もあればカップ麺10個も作れるぞ。
「ええんどす。この『鬼ごっこ』うちを捕まえてくれた人は一人もおらんのどすから…。」
「え?」
「ほんでも、見事捕まえられたなら豪華賞品をこしらえてまんねん。」
そこで、オレの顔に手が添えられる。
暖かく、白くきれいな肌をしたその手はかぐやさんの手で…。
彼女は慈しむかのようにそっとオレの頬を撫でた。
「かぐやさん…?」
「こーやって人の『迷い』を読み取るんどす」
不思議とそんな感覚はしない。
触られているところが少しくすぐったいというぐらいだ。
その手を下げ、かぐやさんは店の中央に戻る。
五本の尻尾をゆらゆら揺らし、まるで誘うかのように感じられた。
「ほな、始めまんねん。」
かぐやさんは振り返りオレを見つめる。
妖艶さを感じさせるその瞳で。
どことなく狩るもののような鋭さを秘めたその目で…。
そしてかぐやさんは言った。

「鬼はん、こちら。手のなるほうへ…。」

そういい終わった瞬間。
紫の空間が一気に白く光りだした。
「!!」
あまりにも眩しく腕で目を庇う。
いったい何が起きてんだ…!?
紫だったその空間が放つ光に包まれ続けて、どれくらいたったろうか。
時間的には数十秒くらいだろう。
光は収まった。
「…かぐやさん?」
腕を下ろし、おそるおそる目をかぐやさんの方へ向けるとそこには―

「っ!!?」

そこは紫の空間ではなかった。
壁は白く塗られ、大きな窓がいくつも連なっている。
かぐやさんがいたところにかぐやさんはいなくて、そのさらに先の所に大きく深い緑色の板が壁に貼り付けられている。
床は安っぽそうな木のタイルが敷き詰められて、その上には無機質な金属と木をあわせて作ったものがいくつも並んで置いてあった。
縦6列、横7列の計42個。
中には木の部分に落書きがされていたりするのもある。
「―!」
そしてその中には、かつてオレが座っていたことを証明するかのようにひとつのシールが張られていた。

3年4組 15番 黒崎 ゆうた

そこは紛れも無いオレのいたところで、オレの座っていた席で、オレが勉学をともにした机があった。
―そう、ここは。
ここはかつてオレが通っていた所。
オレが日々勉強をしていた場所。
すなわち

オレの通っていた高校の教室だった。


娯楽店 『迷い路屋』
あなたもあなた自身の『迷い』に迷ってみませんか?
11/05/04 20:21更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
今回は稲荷編です!お姉さん×和風をしたら京都弁が出てきました。わかりにくかったらすいません…。京都…良いですよね。そんな憧れからできた『かぐやさん』。楽しんでいただければ光栄です。

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