読切小説
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美しきクリシェに背を向けて……
 ある日、魔物娘が多くやってきたとある地方都市で、大規模なイベントが開かれることになった。悪魔降臨の儀式だとかミサだとか魔界から地獄の皇太子が来るだとか色々言われてはいるが、実際はとある一人の魔物娘が魔界から来るだけのこと。しかし、その来る人物が問題だそうだ。俺はその作業スタッフ及び出演者としててんやわんやしている。本来魔物娘のイベントというのはまだまだアングラ要素が強いため地下に作られたホールや広いバーなどでやることが多いのだが、今回はなんと野外なのだ。街のはずれにある広大な多目的スペースを使うらしく、炎天下の中汗だくになりながらも、作業員たちの表情は明るい。自らの伴侶と淫らに過ごすことをよしとする魔物娘がこれで大丈夫かと不安になりつつも作業を進めていく。
「そっちはどんな感じだ?」
「とりあえずこのシールドどければ大丈夫だ」
「了解、終わったら飯行こうぜー」
「はいなー」
 ここで作業しているのはあちこちから集められた音楽好きだったりバンド経験者だったりといったメンバーが集まっている。互いに名前も知らないが、音楽のイベントを自分たちの街でど派手にやろうとなればそんな奴らが集まるんだろう。俺の横にいるこいつは、メジャーデビュー目指して都会で活動している間に亡くなった幼馴染の葬式に出ようとしたらワイトになってて結ばれたとか。
「ひとまず休憩か……」
「どうなるんだろうなー」
「どうもこうも、曲は使えてもメジャーなバンドは呼べてないからなぁ。でもまぁ魔物娘のバンドだし満足するだろ」
「そりゃ俺らからしたら眼福だけどなぁ……」
 今更だが、魔物娘は姿形こそ様々なれども美人だらけだ。そんな彼女たちがステージを飾るのだから野郎どもの歓声たるや凄まじいことになるに違いない。
「ま、本番を楽しみにしておこうぜ」
「そうだな」

 そして準備を終え、イベント当日を迎える。イベント名は「Monster Girls Rock Fes」と付けられた。どこかのロックフェスをもじってるようだが、そんなのは割とそんなフェスでも行われていることなので気にしてはいけない。
 関係者エリアでペットボトルとタオルを持ちながら迎えたオープニングアクトは、地元の有志で結成された魔物娘達によるアイドルグループが飾った。フーリーや魔女、エンジェルといった、比較的外見が若く、あるいは幼く見られる者たちで構成されているのは日本のアイドル事情を考慮してか。しかし楽曲はオリジナルでありながらポップでキャッチーなものであるが、衣装もダンスもさすがは魔物娘、かなり際どいものを使用している。まるで地下で大金を叩きつけて見る退廃的なダンスを大々的に取り入れており、衣装もそれに準じたものだ。これを平然と日中から野外でやれるところに彼女たちと平凡な日本人である自分とのギャップを感じてしまう。彼女たち自身がすごく楽しんでやっているのがステージ越しに伝わってくる分、まだパフォーマンスとして楽しめるだろうか。
 その次からが本番と言わんばかりにパンクな衣装のバンドが登場。構成メンバーが見たところギターにアオオニ、ベースにアカオニ、ドラムにウシオニと、もう見た目がパワーあふれるメンバーである。ヴォーカルがアカオニがとっており、セレクトした曲もまさに勢い重視の絶叫系エクストリームメタルがMCはさみつつの5連打。地声は普通に歌の上手いお姉さん的な彼女たちが全員であんな凶悪な声を出せることに魔物娘の恐ろしさを見せつけられた。もうお前らプロ行けよ。
 続いて来たのは、セイレーンとガンダルヴァによるツインヴォーカルを擁し、ギターのハーピィ、ベースにブラックハーピィ、ドラムにサンダーバードといったハーピィバンド。先ほどとはうってかわって爽やかなビートロックを5曲。ただドラム以外がリズムに合わせて空を飛びながらプレイしていたのがまさに彼女たちらしかった。演奏力も申し分なく、非常に聴き心地と見ごたえがあるいいステージであった。このまま客として次も見たかったが、サキュバスのスタッフから出番が近いと告げられたのでスタンバイに入る。

 バックルームに入ると、既に今回俺が組みこれた即席バンドのほかのメンバーがスタンバイに入っていた。俺は今回ドラムを担当しており、唯一の独り身である。リードギターにはキューピッドの婿となった男が、ベースには先ほどステージにいたガンダルヴァの伴侶である男、リードヴォーカルとリズムギターは先日から俺とよく話していたワイトの旦那が務める。
「おう、来たか」
「待たせたな」
 俺のサポートには、青い肌で翼と角と尻尾を持つ肉感的な美女がついてくれた。サキュバスの亜種か魔王の眷属かはわからないが、何かこう色気よりも迫力というか存在感に圧倒されている俺がいる。
「よかったな。お前にも春が来てよ」
「問題はここからどうなるかだろうが、気が早すぎるわ」
 そう弱気に返すが、彼女は艶然と微笑みを向けながら、ドラムセットの調整を手伝ってくれた。実際ここにあるドラムで叩くのではなくてステージに本番用のものが存在するので、ここでやるのはあくまで最終のサウンドチェックとステージ位置の確認だけだ。青い肌の彼女はグラフに各ドラムやシンバルのセットポジションを座標化して正確に書き込んでいく。これが適当だと感覚に狂いが生じるので、地味でありながら非常に重要な作業である。

 いよいよ出番だ。俺達の前にはクイーンスライムが5人ほどの構成で下がっていく。ちゃんと見れなかったのは残念だが、なにかの機会に見れればそれでいいだろう。おそらくこの街に住んでいるだろうし、音楽好きの地方都市というのは狭いものだ。
 ステージを悠然と歩く俺達を大歓声が迎える。黄色い声が多いのは、このフェスでは珍しいというか唯一の野郎のみで構成されているからだろう。そのままドラムセットの椅子に座る俺は、ヴォーカルの彼から合図を受けてスティックを鳴らし、俺達の短くて長い晴れ舞台が始まった。しかし、終わってみるとあっという間の30分だった。最後のドラムロールを終え、俺を除く全員がジャンプして終わった。全員がピックを投げたり水の入ったペットボトルを蓋を開けたまま投げたりしているので、俺もペットボトルを思い切り放り投げてステージを去り、次のメンバーとハイタッチを交わしてバックルームを出た。
 そこからは少し休憩を取るべくステージ近くから離れ、物販を物色する。ここまでテンション上がりっぱなしで空腹を覚える隙もなかったのだが、自分の出番を終えて肩の荷が下りた気がした瞬間、猛烈な空腹が俺を襲ったのだ。追加のペットボトルで水分を一気に放り込んで頭を冷やし、こういったイベントでは定番の焼きそばを即席テントの下のベンチに座ってすする。ソースの味、焼き加減がそこらのお惣菜とは段違いに洗練されており、かつ庶民離れしすぎない絶妙さで非常に旨い。空腹というスパイスも手伝い、300グラムをあっという間に完食してしまった。一息つきながら一服しながら目当てのフードを買い食いしたりしていると、いつの間にか暗くなっていた。それに気づいたのはステージから音がやんでいたからだ。明らかにただ事ではない。慌ててペットボトルを追加し、関係者席に戻る。

 戻ってみると、ステージの意匠が派手になっていた。触手や尻尾などがステージのいたるところに見受けられ、一番高いところには翼があった。これぞまさに魔物娘による祭典だと言えるだろう。肝心のステージ中央だが、スモークがたかれっぱなしであまり見えない。だが横についた魔物娘が明らかにただものではない。ギターを構えるリリムとダークマター、ベースのストラップを調整する龍、ドラムセットに座っているのは稲荷だろうか。キーボードにはヴァンパイアだろうか。どう考えても高位と言われている魔物娘ばかりだ。なにが起ころうというのか。するとステージ中央が派手にライトアップされる。そしてそれ以上に驚かされたのは、まさに天から降りてくるとしか言いようのない現れ方をした魔物娘だ。そして二重の意味で驚かざるを得なかったのだが、それは俺がステージに上がる前に俺を手伝ってくれた彼女だったのだ。
「諸君、吾輩は魔界から来たデーモンのオメガである」
 ゆっくりと、そしてしっかりとした声で告げられた名前。それだけで俺も気付けば歓声を上げてしまっていた。それだけの存在感が彼女にはあった。まるで王族かとも言えるその意匠によってさらにブーストされたオーラが、まさしく彼女にひれ伏さざるを得ない魔力のようなもので会場を覆い尽くす。なるほど、これだけの存在感があるのならばなるほど、それだけ自力のある魔物娘が必要なのも頷ける。生半可な存在では、彼女のオーラに圧倒されて演奏どころではない。
「この国には悪魔が率いるメタルバンドがいるそうなので、それにあやかってこのような登場の仕方や衣装をしてみたがいかがだろうか」
 そして背中を見せる。そこにあるのは衣装でも何でもない自前の翼。闇に属し強大な力を持つ者のみが持てるその力強さ、まさに唯一無二。
「さて、あまり喋ってばかりなのも退屈であろう。そろそろ曲に入ろうではないか」
 一言に込められた力が会場を支配する、上級魔族のみが持ちうるオーラは、メジャーバンドで世界的なセールスを叩くヴォーカリストにも劣らない。
「今回は全て、この世界にある楽曲でセットリストを組ませてもらった。吾輩も非常に感動に包まれたものだ。その感動を諸君らに伝えたい。では行くぞ一曲目、聖飢魔UからWINNERだ!」
 この瞬間、俺は理性を手放し、曲に合わせて叫ぶだけの愚民となった。

 余談だが、このフェスが終わって屍となった俺が家に帰ると、オメガ様が我が家におわし、翌日はドラムプレイだけではない全身筋肉痛で全く動けなかったことをここに記しておく。どうやらここまで大掛かりなことをやる準備だったり、彼女自身が楽しむついでで関係者席をぼんやり眺めてたら、僭越ながら俺に一目惚れあそばされたそうだ。今の俺は彼女の性奴隷同然だが、不幸どころか毎日が幸せで溢れているから心配は無用だ。ちなみにああいった言葉遣いは普段はされないそうで、普段の仕草だとかは普通の女性となんらかわりないことも追記しておく。
15/08/28 02:49更新 / ☆カノン

■作者メッセージ
 タイトルは国産最高峰とうたわれるヘヴィメタルバンドの曲から。悪魔が来りてヘヴィメタる!でも作業用BGMはラルクのトリビュートですごめんなさい← こういうの書くときは疾走感重点な←

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