魔具録

 「最近は骨のある奴が居ないからな。
  どうしても迷宮でラスボス張ってそこそこの手練を待っていた方が、結果的には楽しめる。
  とは言え、どうだ。気付けば人間たちはどうやら、オレ達を洞窟モンスターの一つに数えちまってる。
  ここらでちょいと…ひきこもりを卒業しようかねえ。
  実を言うと、いいかげん洞窟暮らしに飽きてきたのさ」

 オーガは最後の酒樽を仰ぐようにして飲み干した。
 希少価値の高い特上シェリーの中でも随一といわれた酒を、こうも樽のまま乾かすとは。
 
 「そこで、ものは相談ってワケだ」
 「…まぁ、いいけどさ」

 少年はなんとも言えないような表情を洞窟の主にくべ、内容を促した。
 オーガは洞窟の最奥部で、少年の"大きな前払い"を飲んでいた。こういった行事も最初の頃の記憶が曖昧になるほど続いていた。
 
 「今の世界じゃ、どこが一番面白いところだと思う?」




 魔法の光とは違う、ずっと清らかなその光。
 オーガは真昼の外に眩暈を覚えた。

「あぁあ。起きちまった」

 一面の雪景色は青と白で構成されており、太陽の照り返しに目を焼かれる。
 彼女は寒いと吐き捨てるように呟き、足元の凍てついた小石を蹴り上げる。それは山の麓へと大きな弧を描いて消えていったが、小石を見届けることなくオーガは頭を掻き、大きな欠伸と伸びをした。
 最近新しく発生したという魔界に来て見たものの、そこに居たのはダークマターと一人の男のみであった。
 ダークマターと交戦を望んだものの、彼女よりはどうやら男の方が腕っ節は立つようだった。とは言え、やはりオーガと力比べをするに値する能力までは持たない。
 新たな強者や戦地を探そうにも彼女たちは何も知らなかった。

 「やあやあオーガのお姉さん、棒立ちしてドウシタってんの」

 この山を住処としているのか、それとも新たな魔界の住人になるべくして寄ってきたのか、有翼の魔物がオーガに声を掛けた。
 その甲高く機嫌のいい声に低血圧がちなオーガはため息をついた。

 「力のある奴とか知らないかい」
 「知らないしらないしらなァい。そんなの聞ィたコトすりゃありえなァい」
 「そーかい」
 「なァんてうそウソ!知ってるしってるシッてルよォ」

 そして突然始まった金切り声でよく歌う魔物のによる独断開催コンサート。
 有翼の魔物はその歌声もさることながら、歌詞の内容も狂気的であった。
 オーガはコンサートが終わるのをひたすら根気よく待ったが、いい観客として扱われたのか9曲も披露されてしまった。
 そもそも羽毛に包まれた冬毛仕様の魔物はいいが、ほぼ全裸であるオーガは冬景色では一際異彩であり、その分寒さが痛い。
 そうして頭痛や冷えに悩まされながらにしてようやく手に入れた目的地は、意外と近場である。
 太陽が傾き始める前にそこへ到着すると、聞いたとおり辺り一面が大きな空色で染められているのが判った。
 盆地一面に広がるそれは水ではない、とのことだった。

 「ちょいと、時間くれや」
 
 空色と土色の境界線に立ったオーガは、誰もいない空間に呼びかけた。
 彼女の姿を映した空色は、透き通った翡翠色をしていた。

 「なんですか」

 翡翠色が返事をした。  

 「お前らの大ボスに会いたい。最も力の強い奴と腕相撲がとりたくてな」
 「そうですか」
 
 翡翠色や空色はその全てがスライムだった。クイーンスライムを基盤とした王国から、様々な種類のスライムが呼び寄せられて現在のような盆地全土を覆いつくす規模になったらしい。
 
 「どうせお前らの底はインキュバスで溢れてるんだろ。そこら辺にでもい  るのか?」
 「はい」

 声に抑揚のない少女の簡潔な回答を聞き終えるやいなや、オーガはスライムの間を抜き足差し足で踏み込んでいった。
 
 「とぷんたぷん…て感じだな。冷たくて気持ちいい」
 「そうですか」

 先ほどの翡翠色とは別の声がした。それを無視して、指先を動かして徐々に深くへと身を沈める。
 そして肺に空気を溜め込んで潜ると、体全体が深い空色に包まれた。
 
 眼下に広がるのは無数の青と紫の闇。見上げると空色はあたかも水面のようなうねりがあった。しかし湖と違うのは、視界には必ずスライム同士の隙間が見えるところだ。
 
 「あれ しんいり だ」 「げんき ?」    「やあ」
 「みどりおにだ」    「あなたはだれ?」  「なんかいるぞ」
 「みないかお」     「やめろくすぐるな」 「汚物なら消毒するが」

 オーガの姿に気がついた魔物たちは彼女に寄って声を掛ける。彼女たちの声に耳を傾けてみると、知能に差があると判る。オーガはまたも無視をした。
 無視されたと気付いたスライムは、仲間に電気信号や微細振動をもってして確立された伝令を送る。伝令の送られたスライムはすぐさまオーガの体中を弄んだ。太腿、臍、口腔、果ては毛穴まで、彼女の全てを嬲るように舐めとり、揉みしごいていく。
 例えオーガであっても、盆地を埋め尽くすスライムの大群による本気の圧力は耐え難い。オーガは徐々にその隆々としか硬い筋肉の緊張をほぐされ、彼女たちに体を預けることになる。
 顔を紅潮したのを合図にスライムたちの攻撃は更に威力を増してくる。 
 思わず吐いた呼気の塊の代わりに、スライムがどっと内部へ侵食する。
 体内で行われている循環機能にまで数の知れないスライムに溢れ、形容しがたい快感からかいつしかオーガは意識を失っていた。


 「よォ。気がついたかい」
 オーガが目覚めると、遥か真下に人ひとり分の影が居るように見えた。
 下からの魔法の光に周辺は照らされており、オーガは昔の永きにわたる洞窟生活を思い出した。どうにも懐かしいが、戻りたくない気になる。
 どうにも体が不自由だと、彼女は自分の手足を確認する。

 「なんじゃこりゃ」
 「見たままさ。君が王国に足を踏み入れてからは、だいたい120日ぐらいか  ねぇ」
 「そんなこと聞いてねえよ」
 「いや、覚醒するのが随分と早いとこれでも感心してるんだ」
 「・・・そーかい」
 「で、どうだい。スライムの肉布団ってのは」


 「あー、そうだね。かなりいいが、どうにもオレにゃあ綺麗が過ぎる」


 突如、スライムに包囲されていたオーガの世界が瓦解を始めた。
 真下の影は黙視していた。みるみる内にスライムは繋がりが解かれ、真下の影に襲い掛かる。

 「オニを見たのは初めてかい」
 「かなり昔だが、無いことは無いな。そいつは凄かったぞ。何せこの盆地も  彼の腕一振りが作ったもんだ」
 「そんな力馬鹿なオーガなんて、オレは一人ぐらいしか思い浮かばんな。
  まあいい。とにかく、冬眠からの起き抜けだから…最悪、アンタはあの娘  たちとずっと戯れることになるね」

 オーガがスライムたちの何倍もの速さで地面に降り立った。
 影の姿を捉えその正体を見破ると、彼女は目を丸くして微笑んだ。

 「次はオレが驚く番だったか」
 「まぁ、普通インキュバス一人がこんな大量な魔物を操れるわけ無いだろ  うからな」
 
 影はインキュバスであった。元服したてか、あるいはそれより若い。
 全身に刺青が彫ってあり、その体が魔法を行使するマジックアイテムとなっている。

 オーガは予想した。
 おそらくこの男は人間であった時点で魔術的な精力増強が施されていた。もちろん他の魔物も糧を得るために魔力を行使することは多々あるが、魔方陣をつなげて男の体に埋め込み、魔法具化するような方法をとるものはまず居ない。
 自発的に行ったのだろう。色とりどりの墨も、王国の基盤となったクイーンスライムが手に入れた特殊なものであると容易に想像がつく。
 この男が魔物への独占欲が強いのか、身の上を悟ったうえでこのような事に興じたのかはわからない。
 しかし、並みの人間や、インキュバスよりは確実に強いだろう。

 「ここらの伝説だっていうから、この地獄も永いことあるんだろ」
 「あぁ」
 
 オーガは一笑した。

 「なら話は早い。そんな長生きのクイーンスライムは相当オツムがいいって  相場が決まってる。それこそ、淫乱狐に匹敵する計算高さってもんだ!   それを従えちまうヤツなんて、強いに決まってる!!」
 「いったいどうした」
 「いやあ、冬眠場所を間違えちまったせいか、おナカの調子がどうもね」
 「そりゃ大変だ。ベッドで寝るといい」

 男は皮肉気に両手を肩の高さまで掲げた。

 「いや、いい寝袋を知ってるんで大丈夫さ」
 「じゃあベッドに押し倒しちゃってもいいかな」
 「お好きにどーぞ」

 オーガは恥部を隠している布切れを右手でつまみ、捲り上げる仕草をした。
 そしてそのまま豊満な胸を暇な左手で揉みしだいて見せた。
 一介の動きには一切の淫靡さが伴わず、寧ろその野性的な闘争心が剥き出しだった。


 スライムの一体が湖に激突した瞬間が合図だった。

 降り注ぐスライムは巨大な雹と同じだった。
 しかし命を持ったマジックアイテムと、正真正銘のオーガには彼女達は邪魔にすらならない。
 オーガが左手を振るうと、男はその腕を蹴り上げる。男はそれと同時に片腕を水平にフルスイングする。
 魔物は顔を傾けて角に腕を突き刺した。魔具はその傷をものともせずに角を軸に回転し、逆に角をつかむ。
 そして、背後から双角を掴み、足をオーガの腰に回して体の軸を固定した。
 鬼は男の腰辺りを後ろ手に捕らえ、魔力を込めて一気に引き剥がす。
 魔具は意地でも角を離さず、オーガの頭上を回転した。
 女は咄嗟に拳を前に突き出し、やってくる背中の中心を殴る。
 
 「ガ」

 男は声を漏らし、彼女との距離を大きく取った。
 スライムを受け流してその落下スピードのまま方向転換をする。
 水の魔物は彼の支配下にある存在だ。彼女達は彼の意思を受け取り、自らの体を広げてオーガに向かって突進してくる。オーガはそれをほぼ完全に避けていたが、足元の彼女達に足を取られてバランスを崩す。これを契機に散弾と化したスライムたちがオーガの体を叩きつけ、足元から徐々に動きを封じていく。
 オーガは臍の辺りにスライムを一匹携えるようにして他のスライムを蹴散らした。彼女はそれを秘部に押し当て、さらにそのよくのびるスライムを体中に塗りたくるようにして覆う。魔具は決闘相手が興奮していることを察知していたが、目前の事態に少々困惑していた。

 「随分と、まぁ、その、何だ。…ヘンタイだな」
 「焦らすなよぉインキュバス!手ェ緩めんな」 
 
 土俵は少しずつスライムが重なっていき、それから一気に湖面へと押し上げられた。オーガは慣性のまま宙に舞ったが、男は湖面に立ったままだ。そのまま標的に水を掛けるようにして、スライムを掬い取っては狙撃に行かせる。
 男のスライムを全て受け止め、今度はその全てのスライムごと自身を捏ね繰り回した。興奮して溢れ出るオーガの魔力に水魔も中てられたのか、彼女達は悦の塊となっていた。
 それを見切った鬼はスライムの中から泳ぎ出るようにして脱出して、王国最上部に着地する。オーガは着地と同時に水魔の塊を男に向けて勢いよく投げつけた。魔具はその塊を受け流そうとするが、オーガの魔力が混ざっているせいか完全に御し切れなかった。
 すると、今度はスライムが男を求めて襲い始める。
 当然、一部の水魔の暴走は瞬く間に湖全ての魔物に通達される。 
 魔具の男は一言も発することなく、怒りを目に宿したままあっというまに王国の下深くへと沈んでいった。

 「あんまりにも寝袋が気持ちよすぎたんだ。思わずひとにオススメしちまっ  たわ」

 オーガは火照ったままそう言い、再びスライムの群れに倒れこんだ。
 あまり深くない場所で、暴走スライムから全力で快感を受け止める。



 冬に溜まったストレスを全て放出し、さらに活力を養うことを理由にして猛りに猛り狂ったオーガは、五日五晩をそこで過ごした。
 糧はスライムから分け与えられ、オーガの全てを彼女たちは嬉々として受け止めた。それは、見事なまでに完璧なエネルギー循環であった。

 「さて、そろそろかね」

 十分にコトを楽しんだ鬼は、水魔王国から旅立つことにした。
 戦って一週間近く経つというのに、一向に男は現れないのである。おそらく増強された各機能で今も楽しんでいるに違いない。
 
 「次はどこに行こうかねぇ」

 一人ごちたが、足元に丁度話し相手が居る。

 「つよいヤツのがいるらしいよ」
 「きいたこと ある」
 「あっちに」
 「あっち」

 翡翠色や空色の少女達が口々にオーガに教える。

 「どんなヤツだい?」

 鬼はのんびりと、その実とても興味津々にスライムへ問いかけた。

書いていたらどちらにすべきか判断がつかなかったので、
とりあえず“エロあり”に分類しました。




11/05/08 21:54 さかまたオルカ

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