連載小説
[TOP][目次]
第七章
「アンタと会ってから一月も経ってねえのに、なんでこんなに取り乱してんだろうな。それが愛って奴なのかな、それともアタシが一人で居すぎたのかな。不思議だよなあ・・・。なあカルトス、アタシはいつまで寂しがればいいんだよ・・・」

「―状況は把握した、すぐに手を打とう」
レヴィはカルトスの記憶の中で見たことをすべて正確に、なんの偽りも無く町の領主に話した。結果、町にいる数少ない精鋭をかき集め、半分は門に、もう半分は町を巡回させ、少年の観察を行うことになった。町に住む魔物については、どれだけその実力に自信があろうと、全て町を出て適当な場所で身を隠すように伝えられた。町に一切の魔物がいない状況を作り出し、少年が現れた際に魔物を探し暴れまわるようであれば、速やかに捕縛するという作戦である。
「この人員でそれが可能だろうか」
領主に言われてレヴィは彼が集めた人材を簡単に眺めた。全員レヴィも良く知る者であり、その力は彼女も大いに理解していた。
「・・・勝利を確信したければ、ドラゴンでも連れて来るべきじゃな」
しかし、少年の力は人知を超えていた。並の人間で敵う相手ではなく、そもそも魔物でさえ彼を上回る種族は限られている。元々魔物を滅ぼす為に生み出されたのだから、それも当然のことだった。
「魔物の手は借りられん。お前の言うとおり奴が人間を相手にしないなら、これ以上被害を食い止める手段は無い」
「・・・カルトス」
「何だ?」
不意にレヴィが呟いた名前を領主が聞きとがめた。
「奴の名前・・・とでも言うべきか。」
「少年に名前は無いのではなかったのか?」
「・・・詳しい話は省く、一度その名前で呼んでみてくれ。それに返事をすれば、もう敵ではないことになる」
そういい残してレヴィは男の下を去った。領主の屋敷の廊下を歩きながら、一人物思いにふける。
少年が現れるのをただ待っているわけにはいかない。今何の手段も用意しなければ、この町始まって以来の大惨劇が起こるかもしれないのだ。そんな状況は看過できない。だが
「クィルラは、なんて言うじゃろうな・・・」
頑なに夫の帰還を待ち、それを迎撃せんとする自分を外道と罵るだろうか。それとも全てを諦めて少年を自分の敵として見るだろうか。できれば前者であって欲しい。クィルラが打ちのめされた姿を自分は見たことが無い、もしそうなったとき、彼女に立ち直る力はあるだろうか。
考え込んでいると、いつの間にか廊下は終わり扉が目の前にあった。ゆっくりと扉を開くと、すぐ前にクィルラがずぶ濡れになって立っていた。
「・・・で、どう言ったんだ」
真っ直ぐにレヴィを見つめて彼女が問うた。
「さっき言ったとおりじゃ。我らは町を離れるぞ」
「嫌だ、アタシはここでカルトスを待つ。アイツは・・・!」
若干、怒りのこもった視線がレヴィを貫いた。レヴィはやや呆れたような、それでいた安心したような妙な気分になった。
「・・・ワシは町の安全を第一に行動する。もうお主を助けはせんぞ」
「ああ分かってるさ・・・。全部、分かってる・・・」
それきりクィルラは俯いて何も言わなくなった。その横をレヴィが足早に通り過ぎた。彼女はそれを呼び止めもせず、振り返りもせずに歯を食いしばってじっと背を向けていた。
「帰って・・・くるわけ・・・ないよな」
数分その場で立ち尽くし、ようやく振り返ると、町にはかつてない慌しさがあった。あちこちを大荷物を抱えて魔物が行き交い、それを夫や彼氏が必死に追いかけている。そしてところどころに武装した男が緊張した面持ちで辺りを見回していた。
「アハハ、まるで、戦争だな」
「戦争か、言い得て妙だな」
後ろから初老の男に声をかけられた。それはクィルラと少年の世話を散々焼いてくれたあの男だった。
「相手はたった一人だぞ、でも俺達は何人もかけて挑むんだ。滑稽だろ」
「アンタも選ばれたのか?」
「というより、自分から志願したんだ」
「へえ、平和ボケしたこの町の連中にしちゃ珍しいな」
挑発するようにクィルラの顔が歪んだ。
「・・・ま、端的に言えば仇討ちって奴だ」
男は灰色の空を見上げ、大きく深呼吸した。ひどく緊張しているようだった
「俺の女房が死んだ時、光る剣を持った奴に殺されたと聞いた。そして今日、レヴィから少年の情報を聞いたときに直感したよ。コイツだ・・・ってな」
「―ッ!」
ここでクィルラは思い知った、彼はやはり兵器として作られたのだと。
彼女はどこかで、自分が見た記憶を信じずにいた、信じられていなかった。こんなものは、何かのまやかしだと。だが、目の前に被害者がいる。あの記憶は紛れもない事実。そして、彼はその後、あの教団の男カルトスの思惑通りに、魔物を葬り続けたのだ。
「・・・お前の旦那だろ?少年ってのは」
クィルラが黙って頷いた。
「お前さんを責めるつもりはねえ。だが、アイツが"カルトス"じゃなかったら・・・俺は手加減しない。全力で女房の仇をとってやる」
「・・・好きにしろよ!!」
耐え切れずにクィルラは走り出した。
やはり、魔物の敵としか見れないのか。そう考えると、一瞬にして全身の力が抜けた。体が鉛のように重く感じられる。もはや何の行動も起こす気になれなかった。

大騒ぎの中を、クィルラは傘も差さずにゆっくりと家路に着く。彼女に運ぶべき荷物など無い。町から離れるとて、またあの荒野に戻ればいいだけの話だ。というより、もう町に戻る必要もない。もう自分を待つ者などいやしないのだから。ここしばらくの間に起きたことは悪夢にすぎなかったんだと、そう思うことにした。そうでもしなければ耐えられなかった。
「どうしたの?こんな雨の中で。風邪引いちゃうよ」
不意に声をかけられ反射的に振り向いた。その口調があまりにカルトスに似ていたからだ。それは一瞬、彼女がカルトスの幻覚を見てしまう程に。だが、口調とは対照的に、そこにいたのは似ても似つかない優男の青年だった。
ニヤリと、クィルラの表情に笑顔が現れた。
「へえ、サンダーバードに声かけるなんて度胸あるじゃねえか。それともわざわざ食われにくるなのか?」
「あれ、もしかして独り身・・・?」
青年が若干警戒して後ずさる、しかしクィルラはそれ以上に彼に詰め寄った。
「へへ、悪いけど処女じゃあないぜ。でもな、アイツはもう、帰ってこねえんだ・・・だからやるよ、もういいんだ。アタシの体好きにしなよ、こんなもん、いくらでも、誰にでもくれてやる!!」
「ね、ねえちょっと・・・」
「ほら!早く家に連れ込めよ!押し倒して、犯しつくせよ!!」
「うーん・・・やだ」
苦笑いしながら、しかしあっさり青年は断った。それを聞いてクィルラの笑顔はさらに歪む。
「へぇ、どうしたんだよ。アタシみたいな魔物に声をかけるクセにいざとなるとヘタレんのかあ?」
「いや、だって君の旦那さんが帰ってきたとき何されるか分からないし、それに・・・・・・見てらんないよ、涙流しながら笑って・・・」
「え・・・?」
言われて、クィルラは目を翼でぬぐってみた。雨とは違う、やや温かみを帯びた水が翼につくのを彼女は感じた。泣いている、また、自分は泣いている。もう何回目だろうか。
「諦め・・・切れっかよぉ・・・」
膝を折り、泣きじゃくる。人目も気にせず、場所もはばからずに泣きたいだけ泣いた。それでも涙は無尽蔵に流れ出てきた。
「帰ってこないって言ってたよね、捜しには行かないの?」
「嫌だ、探して、必死で探した挙句・・・アイツが変わってたら・・・アタシは、生きる気さえなくなっちまう・・・」
しばらく、青年は考え込んだ。確かにそんなことは耐えられない。あらゆる手段を尽くして得られる結果が、"もう求めるものは無い"などというものはあまりに残酷すぎる。それなら、いっそ僅かな希望を抱き続けたほうが幸せかもしれない。しかしそれは永遠ではない。希望は少しずつ薄れ続け、いつしか完全に失われたとき、襲い掛かるのはそれこそ絶望だ。
「・・・じゃあその時に、今みたいに泣けばいいんじゃないかな涙が枯れるまで泣いて、それでも生きる気がしないなら・・・」
青年はクィルラを優しく立ち上がらせ、彼女の顔を真っ直ぐに見つめる。やはり、彼はどことなく少年に似ていた。姿形は全く違うにも関わらず、その面影が重なって見える。
クィルラは悩んだ。このまま待ち続ければカルトスは帰ってくるかもしれない。彼女はまだそう信じている。しかし、時間が経つにつれそれは薄れていった。帰らないのは、何かしらの理由があるに違いない。そしてその理由をクィルラは知りたくなかった。思い浮かぶものは、どれもが最悪の結末だったからだ。
「大丈夫。今まで待ち続けられたなら、帰ってくるって信じられたなら、"見つけても絶対無事でいる"って、そう信じることもできるんじゃない?」
クィルラの心を読んだかのように青年が答えた。その言葉が引き金になり、ついにクィルラの心は固められた。
まず捜すべき場所の目星はついている。あとは、それがどこにあるかだ。クィルラは小さく頷き走り出した。数少ない、そして最も頼れる友人の下へ。
「レヴィ!」
テントを崩しかねない勢いで飛び込む。
「カルトスを捜しに行く」
「・・・どこへ向かうつもりじゃ」
そんなことを聞かなくてもレヴィは大体予想がついた。それは全く外すことなく的中する。
「あの国の場所を教えてくれ」
13/09/15 10:49更新 / fvo
戻る 次へ

■作者メッセージ
諸事情により今回はかなり短めとなりました。
マジで忙しすぎる

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33