読切小説
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図鑑世界童話全集「青ひげと黒うま」
 昔々、あるところに青ひげと呼ばれる貴族の男がおりました。彼はそのあだ名の通り、青いひげをしていることでよく知られていました。それもひげを綺麗に剃れていなかったとかそんな程度ではなく、本当に真っ青なひげをぼうぼうと顔中に生やしていたのです。そのため、彼の顔を見た者は皆一様にゾッとした気持ちになっていたのでした。
 しかし、彼はうなるほどの金と立派なお屋敷を持っており、その屋敷を仕事で留守にすることも多いため、その間お屋敷を好きにできるのならという事で青ひげと結婚する女性が現れることもありました。ところが、どういうわけかそうした奥さんも皆1年と経たずにいつの間にかいなくなっています。
「いくら贅沢な暮らしでも、お屋敷の管理を任されておちおち出ていけないのではすぐに飽きてしまうのだろう」
「夫があまりにも醜いので、若くて美しい男に目を奪われて駆け落ちしたのかもしれない」
「もしかしたらあの男は恐ろしい顔をしているだけでなく、酷く床下手なのかも」
 近所に住む者達は口々にそんな噂話をしていました。

 そうして6人目の奥さんもいなくなってからしばらくたったある時、青ひげのお屋敷の前に金色の大きな馬車が止まりました。使用人が突然の来客を迎えようと出てくると、どういうわけかこの馬車には御者さえも乗っていません。不思議に思っていると、馬車を引いていた黒い馬が口をきいたので使用人は腰を抜かしてしまいました。
「私を青ひげ様の妻にしていただけないでしょうか」
 それは、2本の角と黒い馬の下半身を持ったバイコーンという魔物娘でした。こうして、青ひげは初めて人間ではなく魔物娘を嫁に迎えたのです。
 自分の方から高価な馬車を持参金代わりに持ってきた事からも解るように、バイコーンは今までの奥さんたちのように青ひげの財産に目がくらむ様子はありませんでした。尽きることが無いのではと思えるような金貨も、立派なお屋敷やその中に飾られた調度品や美術品も、専属の料理人が毎日作る豪華な食事にもです。それに今までの奥さん達とは違い、バイコーンは青ひげの夜のお相手も積極的に務め、むしろ青ひげに誘われなかった晩の方が残念そうにしているくらいでした。
 バイコーンは他の女性の魔力が混ざった精を好むという魔物娘の中でも変わった特徴を持つ種族。彼女にとって6人もの奥さんをとっかえひっかえしてきた青ひげの精や体は、それ自体が何物にも代えがたい贅沢なご馳走だったのです。

 こうしてバイコーンがお嫁に来てから1月が経った頃、青ひげは仕事で6週間もお屋敷を空けなければならなくなり、バイコーンの新妻にお屋敷の管理を任せることにしました。今までの奥さん達ならこれでお屋敷にある物を残らず好きにできると喜んだところですが、バイコーンは青ひげの出張に付いていくと言い張り、馬車を引く馬の1頭を押しのけて自分が馬車を引っ張ろうとまでする始末でした。青ひげはそんなバイコーンを宥めて言いました。
「俺は君を愛しているし信じてもいるからこそ、最も大事な仕事を君に頼んでいるんだ。それに、俺の留守中は好きなだけ友達を呼んでどんちゃん騒ぎをしたりしてもらっても構わないし、料理人にはいくらでも食べたいご馳走を作らせるといいよ」
 それから、青ひげはたくさん鍵の下がった大きな鍵束を取り出し、これは2つある大きな家具部屋の鍵だとかだとかこれは金銀でできた来客用の食器をしまっている棚の鍵だとか1つずつ説明していきます。そして、最後に金で出来た鍵を見せ、こう言いました。
「これは下の階にある大廊下の突き当りの小部屋の鍵だ。他の部屋はいくらでも好きに開けたり人に見せたりしてくれて構わないが、この鍵の部屋だけは絶対に開けないでくれよ。もしそれを破ったら、俺は怒って何をするか解らんからな」
「承知しました。今仰られた事は全部きちんとお守りします。安心してお仕事に専念なさってください」
 青ひげはバイコーンにキスすると、馬車に乗って出かけていきました。彼女は遠くなっていく馬車を見送りながら呟きます。
「あそこまで必死に私を連れて行くのを拒むなんて、もしかして向こうで現地妻でも囲っているのかしら」
 普通なら夫を変に疑っているように思われる言葉ですが、そこは夫が何人もの奥さんを持つことを望むバイコーンの事ですから、むしろそうだったら嬉しいのにというような口ぶりでした。

 青ひげがいなくなると、近所に住んでいたりバイコーンの知り合いだったりする女の人達が、こぞってお屋敷に押しかけてきました。彼女達もお屋敷の中を見てみたいと思ってはいたのですが、青ひげの顔が恐ろしくて近づけなかったのです。バイコーンは喜んで客人達をもてなしました。そうすれば彼女達も青ひげの顔が噂で言われるほど悪い物じゃない、恐ろしい獣のように言われているけど実はしっかりとした教養のある人だと気づいてくれるかもしれない。そしてあわよくば自分と一緒に青ひげの奥さんになってくれる人も出てくるかもしれない。そんな下心もありました。

 そうして3週間が過ぎ、お屋敷に泊まるお客さん達もだいぶ少なくなってきた頃、バイコーンはふと、青ひげから開けないように言われた金の鍵の事を思い出しました。絶対に開けるなと言われた時の鬼気迫る顔が脳裏をよぎります。
「わざわざ金で鍵を作らせるほど大事にしまっておきながら、私には絶対に見せたくない物って何なのかしら」
 しばらく考えていたバイコーンの頭に、彼女にとっては素晴らしい考えが閃きました。
「そうだ! もしかすると、あの部屋の中にこっそり愛人でも住まわせているのかもしれないわ。だったら大変。1番大事なお客様をおもてなししていないじゃないの。あの人もこんな回りくどい事せずに、私にはっきり言ってくださればいいのに」
 彼女は馬の脚を使って全速力で階段を駆け下り、大廊下を走り抜け、金の鍵でそこにある扉を開きました。
 扉の向こうは真っ暗で、最初はそこに何があるのかよく見えませんでした。しかし、バイコーンの目が暗闇に慣れ、そこにある物が見えてくると、彼女は驚きのあまり手にした金の鍵をべっとりとした物がこびりついた床に落としてしまいました。
 女の人を隠しているのかもしれない。バイコーンの予想はある意味では当たっていました。しかし、それはバイコーンが期待していたものとは大きくかけ離れていました。
 小部屋の中にあったもの、それは青ひげの元からいなくなった6人の先妻達の変わり果てた姿だったのです。




「……あいつ、あの部屋を勝手に開けたりしてないだろうな」
 同じ頃。お屋敷に戻る馬車の中で、青ひげは1人呟いていました。仕事が予定よりもうまく進み、6週間かかるはずが半分の期間で戻れることになったのです。

 青ひげは幼い頃、母親から理不尽な暴力を受けて育ちました。彼の母親は夫やよその人達の前では良妻賢母をうまく演じていたのですが、自分と子供達だけになると途端にその凶暴な本性を現していたのです。
 青ひげもその兄弟達もいつも身体中痣や傷だらけでしたし、もちろん父親や他の大人達に助けを求めたりもしましたが、母親はうまく表面を取り繕っていたので「勉強をさぼって森の中に遊びに出て行って怪我したんだろう」とか「あんなに良いお母さんを困らせるような嘘を言ってはいけないよ」とか言って誰も青ひげ達の言葉を本気にしませんでした。そして、その後にはより苛烈な暴力だけが待ち構えているのです。
 青ひげが10歳の時、とうとう母親の悪事は夫にばれ、彼女は投獄されました。そして、跡取りのいない貴族の老夫婦がこの話を聞きつけ、青ひげを養子に迎えて母親がくれなかった分の何倍もの愛情を注いでくれました。青ひげは老夫婦が相次いで亡くなると彼らから受けた恩に報いようと必死に働き、相続した財産を何倍にも増やしました。
 こうして青ひげの金回りが良くなると、その財産につられた女の人が寄ってくるようになりました。青ひげは財産目当てなのが見え見えでも表面上は気立ての良く従順な妻を見ながら、母親が夫の前で外面だけうまく取り繕っている様子を思い出していました。老夫婦からの愛情も、青ひげの心にこびりついた母親への恐怖を落としきることはできなかったのです。
 あの女も母のように裏では俺を酷い目に遭わせようと企んでいるのかもしれない。いくら振り払おうとしてもそんな考えが青ひげの頭から離れません。彼はできるだけ妻の待つお屋敷に帰らなくても済むようにと、以前にもまして仕事を増やしました。
 妻には欲しい物を何でも買い与え、やりたい事は何でもさせて満足させているが、そのうち俺が永久にお屋敷に帰ってこなくなればいいと思うようになるのではないか。いや、既にそう考えていて、俺が背中を向けたら刺そうとナイフを隠し持っているのではないか。あるいは、今晩の食事にこっそり毒を入れようとしているのでは……。
 青ひげの心の中で恐怖と猜疑心が膨れ上がり、それが限界に達した時。気が付くと彼の奥さんは血だまりの中で冷たくなっているのです。それはまるで、獄中で病死した母親の悪霊が彼に憑りついたかのようでもありました。仕事でなかなかお屋敷に帰らない事で変な勘繰りを入れられて喧嘩になって殺してしまったり、死体を隠した部屋を見られてしまったので口封じした事もありました。
 青ひげは自分が青いひげのせいで奥さんや周囲の人達から猛獣のように思われている事を知っていましたが、それでもひげを剃らずに敢えて長く伸ばしていました。母からの虐待で顔に受けた傷を隠し、妻に威圧感を与えることで舐められないようにするためです。

 彼は、自分がとても罪深い事を自覚していました。暖かいベッドの上でかわいい子供や孫に囲まれて惜しまれながら生涯を終えるというようなことは、自分には決して手の届かない贅沢だろうと。俺もいずれは母のように牢獄の中で惨めな最期を迎えるだろう。いや、それでもまだましかもしれない。殺した妻達の遺族が真相に気づいて今すぐにでも俺の元へやってきて、俺は正義の剣で刺し殺されてしまうかもしれない。自分はそうなっても恨み言の1つも口にできない立場なのだ。青ひげはそう考えていたのです。
 しかし、彼は自分から真相を明るみにして自らを正義の裁きに委ねるとか、そうでなくてもこれ以上愚行を重ねるのをやめようとするだけの勇気を持ち合わせてはいませんでした。




「おかえりなさいませ。長旅でお疲れでしょうからゆっくりお休みください。鍵束もお返しいたします」
 青ひげを出迎えるバイコーンの様子を見て、彼はどうやらあの部屋を見られていないようだと安心しました。それに、今までの奥さん達だったら夫の帰還を歓迎するような事を口にしながらも明らかに顔が引きつっていましたし、終いには青ひげが帰ってきても出迎えを使用人に押し付けて遊び続けている者もいたのですが、バイコーンは先妻達と違って本当に心底嬉しそうな様子なので、さすがの青ひげも疑って悪かったと思ってしまうくらいでした。
「急な知らせだったので十分な準備はできなかったかもしれませんが、旦那様のお帰りを祝う宴の準備も致しております」
 彼女が押しかけてきたときは正直面食らったが、あの時結婚話を受けてよかった。バイコーンの後に続いてお屋敷の大広間へと歩いていきながら、青ひげはそう考えたのですが、さっきバイコーンから受け取った鍵束を何気なく見た青ひげは戦慄しました。
 金の鍵にべっとりと血が付いていたのです。
 あの部屋を見られてしまったのだろうか。しかし、そうだとするとなぜバイコーンは取り乱す様子もなくニコニコしていられるのか。そんな考えが彼の頭の中をグルグルとめぐり、彼は気が付くと大広間の扉の前に立っていました。
 扉の取っ手に手をかけようとした青ひげは、ふと、扉の向こうから冷たい風が吹いていることに気づき、なぜかこれを開けてはいけないような気持ちになってきました。しかし、彼の後ろにはバイコーンがいて、大広間に入らないとは言えそうにない雰囲気です。後ろに立つバイコーンの吐息がやけに大きく聞こえているような気がしてきました。
 そして意を決して扉を開けた青ひげは、その向こう側にある光景に更に戦慄しました。そこにはテーブルも椅子も無ければ料理人が料理やお酒を運んだり楽団の人達が演奏の準備をしたりしていることもなく、ゴーストが1体とスケルトンが3体、それにゾンビが2体待ち構えていたのです。

「全員を生き返らせて差し上げるのは少々苦労しましたが、ちょうど偶然姉がネクロマンシーに詳しい方と一緒に遊びに来てくれたので助かりました」
 そう。バイコーンは青ひげが例の小部屋に隠していた死体を残らず生き返らせたのです。
「皆さんも目を覚ましたばかりでお腹が空いているでしょう。旦那様のおいしい精液(カクテル)でさっそく乾杯しましょうか」
 アンデッド達の視線も、皆青ひげの方へと釘付けになっていました。その目には殺された恨みでも、殺される前に見せていた彼への嫌悪や恐れでもなく、強い欲情だけが浮かんでいます。それは、彼女たちが青ひげに殺される前には例えベッドの上でも1度たりとも見せない表情でした。目だけを見れば以前とどっちが生者なのか解らないくらいです。実はバイコーンには、交わった夫の精を他の魔物娘にとっても魅力的なものにする力があるのでした。
「それに、はしたないですが私も旦那様の馬車が遠くに見えてからずっとアソコがぐしょぐしょに濡れておりました。旦那様を出迎える時にも息が荒くなっていたかもしれません。何しろ3週間もお預けをくらっていたのですから。さあ、早く私の浅ましい子宮にもお情けをくださいませ」
 青ひげは顔をひげの色にも負けないくらい真っ青にして逃げようとしましたが、その背中に12本の冷たい腕が追いすがりました。

 それから、青ひげはまる1週間に渡って眠る暇もないくらいに妻たちから代わる代わる犯され続けました。最初は自分が小部屋に隠された7体目の死体になってしまったかのように生気の無い顔をしていた青ひげでしたが、肉体が完全にインキュバスになってその状況を楽しむ余裕が出てくると、表も裏も夫への愛情と性欲に満ちている魔物娘達の様子に、猜疑心に凝り固まった青ひげの心も次第に解きほぐされていきました。
 ひと通りの行為が終わると、青ひげはアンデッドになった妻たちの足元に身を投げ出して、泣きながら許しを請いました。彼女達はそれに言葉で返事をする代わりに、涙を流す暇があったらもっと精液を出せと言わんばかりに再び代わる代わる馬乗りになるのでした。




 その後も、青ひげは相変わらず仕事でお屋敷を離れる事が多かったのですが、それでもできるだけ時間を見つけては1日でも長くお屋敷にいられるようにと心を配るようになりました。金の鍵の部屋も奥さん達の提案で綺麗に改装され、子育てに使う物や娘達のおもちゃや絵本などをしまう部屋になりました。
 そうして何年もの時が過ぎ、青ひげが今まで殺めてきた人数を遥かに超える数の娘達が生まれた頃。彼は長い間伸ばし続けていたひげを綺麗に剃り落しました。彼の妻や娘達はその下から出てきた惨たらしい傷跡に最初は驚きましたが、彼のつらい過去を察して優しく慰めてくれました。
「青ひげは青ひげじゃなくなっても相変わらず恐ろしい顔をしているが、それでも昔に比べると別人のように丸くなった」
 近所の人達もそう噂するようになったそうです。




・編者あとがき
 この話は元は何人もの妻を殺してきた男が新しい妻を同じように手にかけようとしたところでその家族によって制裁を受け、男が遺した財産によって妻の家族が繁栄するという話だったと言われています。
 それが時には戦場で自分を殺そうとした相手にでも誘惑して自らの夫とする魔物娘の価値観と合わさり、このような形の話になったと考えられます。
 また、現在のバイコーンの多くはユニコーンと同様に、多くが先代の魔王様の時代にユニコーンだった者やその子孫であることはよく知られていますが、先代の魔王様の時代にもバイコーンは存在しており、当時のバイコーンは誠実な男性や恐妻家の男性のみを食い殺す魔物だったと言われています。
17/12/05 21:21更新 / bean

■作者メッセージ
 例えどんなに贅沢な暮らしができるとしても、6週間も夫に会えないとか魔物娘にとっては「我々の業界では拷問です」でしょうね。
 一応補足しておくと、ネットで聞きかじった情報なのですが「青ひげ」の元になった民話の中には「私はお金の為に醜い夫と仕方なく結婚したのだ」と口にした妻が夫に殺されるけど新しい妻が(仮に建前でも)「私はあの人が好きだから結婚したのだ」と口にすると夫にかけられていた呪いが解けてイケメンになるというパターンの話もあるそうです。

 また、元ネタの「青ひげ」については実在の貴族で猟奇殺人者として処刑されたとされるジル・ド・レがモデルではないかという説が有名なようですが、僕個人としては元の話を読んだときは「経済的に都合のいい結婚相手が来てくれたと思ったら実は恐ろしい本性を隠していた」という筋立ては日本の「飯食わぬ嫁」にも似た印象を受けました。
 そういうわけで青ひげの母親のエピソードはジル・ド・レに加えて妖怪の二口女をイメージしています。

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