読切小説
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この輝ける星の名は
「へえぇ……この位のバランスって、なかなか見ない光景なのよねえ」


四日ほどかけた旅の目的地にようやく到着し、人の多くなってきた通りを見て素直な感想がわたしの口をつく。
魔物国家の間を旅してみたり、危険を承知で反魔物の人間国家に潜入してみたりしたこともあったが、こういう光景はなかなか珍しいものだと思う。

親魔領アーマライト スクエア。

魔物の受け入れが始まってからあまり時間がたってないため、人間:魔物比は驚きの8:2。
道行く人々はほとんどが人間でありながら、魔物がいても不自然ではなく、それでいて間違った偏見意識も無くなっている。
魔物国家に人間が来た時のように取り合いにもなりにくく、反魔物人間国家のように魔物であることを隠す必要もない。

つまり、運命の相手を探すためにかなり自由に動ける好都合な土地というワケ。


  「フフフ、疼いてくるわぁ……」


思わずテンションが上がり始めるが、とりあえず落ち着くために深呼吸。
まずは一周して町全体を観察してから、活動拠点を構えよう。

もちろん基本が人間国家である以上、何をするにもお金がある程度必要になってくる。
だが、こちらはここへの移住のためにコツコツ資金を貯めてきたのだ。前準備にも抜かりはない。

正直、魔界国家は金銭の感覚がいい加減すぎて、資金を貯めるのは地味に面倒が多かった。
そもそも金銭報酬のアルバイトが少なく、見つけ出したのはドワーフが募集してたマギストメタルの加工手伝い。
いろんな金属を削ったり磨いたりしてた時は、さすがに自分のサキュバスとしてのあり方に疑問が出てきたものだ。


  「工業系サキュバス時代は終わり……これからのわたしは、
   この資金を元に赤い糸を手繰るのよ!」


地味な回想はおいておき、気持ちを切り替えて鞄紐を握る手に力をこめる。
近い未来に待っているだろう華やかな未来を信じて、そのための第一歩を今ここに!


  (ドォン――……)

  「……うん?」


わたしの歴史に残るはずの一歩が、遠くから聞こえてきた爆発音と重なった。
えぇ……、なんか幸先が悪いみたいで気に入らない。

だが今の爆発音、さほどこの街では珍しいものではない様子。
近くの老婆をはじめとして、ほとんどの人が何も反応を見せてはいないから。


  「ね、ちょっと、そこのおばあちゃん? 
   わたし旅のサキュバスなんだけど、ちょっと聞いてもいいかしら?」


当然のように湧く疑問。それを素直に聞いてみる。


  「あ゛ぁ〜、お嬢ちゃんここには初めて来たのかい?
   あっひゃひゃひゃ、魔物はみんなきれいで羨ましいねえ〜?」

  「んっフフフ、ありがと。若返るからおばあちゃんにも魔物化オススメよぉ。
   で、さっきの爆発音のことなんだけど」

  「あぁ、あれかい?」


おばあちゃん(多分わたしより年下)が山の方へと顔を向け、少しだけ顔を曇らせた。
個性ある笑いも止まってしまった。何だろう、あまり良い話ではないのだろうか。


  「インチェスター家のところが何かやってるんさね……、たまにああいう音が聞こえてくるのさ」

  「インチェスター家?」


名物、というものではなさそうだけど。
この街の住人は大体が知ってるものらしい。


  「ああ、家というのは変かもしれないね。今じゃ二十そこそこの息子しか住んでないから」


何、それはとても気になる情報。

なんかミステリアスな雰囲気も感じ取ったことだし、ちょっと場所聞いて行ってみよう。
















アーマライトスクエアの町並みのどこからでも見ることができる、やや高めの山がある。
もしその斜面に家を建てたなら、アーマライトスクエアの全景を一望できるだろう。
しかし、その家はそんな位置ではなく、さらにもう少し奥の山湖の近くに建っていた。
どちらかというと、印象としては隠者、世捨て人。そういう言葉が適していた。

わたしは空飛べるからいいけど、いちいち山を上り下りしてたらまともな生活も大変そうだ。
ここに住んでる人間は、普段どうやっているのだろう?
その建物のすぐ近くに着陸しながら、そんなことを内心呟いた。すると。

  「こんにちはー! 前回依頼の品、お届けでぇーすっ!」

予想していなかった女性の声に不意をつかれ、あわてて声のした方に目を向ける。

……邸の住人じゃない。先客だ。赤い髪のハーピー。
しかし……あれは既婚だ。間違いない。

一瞬自分以外にも狙ってきた魔物がいて、タッチの差で先手を打たれたのかとも思ったが、どうやらそういう事はないようだ。安心。
先ほどの大声からしても、ハーピーがよくやるただの宅配業。なるほど、建物の主は親魔物領化前はいざ知らず、今はこうやって山奥で生活してるのだろう。

なるほど、なるほどと思いつつ、興味津々でそのハーピーの様子を観察してみる。

すると建物の一部が引き出しのようにパカッと開き、建物の主の返事の声もないままハーピーは荷物をそこに投入。
当然のように開いた部分がガチャリと閉じ、別の部分がパコッと開いて貨幣らしきものがジャラジャラ出てきた。
そして、また別の一部分が忍者屋敷の回転扉のようにクルッと回転すると、そこにはメモ書きらしき紙。

  「注文承りましたぁ、またお持ちしますねー」

メモ書きを剥がして鞄に入れたハーピーは、そのまま慣れたような顔でバサバサと飛び去ってしまった。


…………。

え、何今の!? 自動販売機!?
いや、そうじゃないわね。いまの見た感じだとどっちかというと買取機……って、そんなことはどうでもいい。

男の匂いもしっかりするし、ここが『インチェスター邸』で間違いない。
ただ……そう、この中の人、世捨て人どころじゃなくて完全に交流シャットアウトしてる。
アーマライトスクエアに数千、数万といる人間の中でもトップクラスの偏屈者かも。

――でも、そうやって姿を隠されてしまうと余計に気になるわ。
街に来た時の爆発音といい、どんな人がここで何をやっているのか、好奇心がとまらない。

うーん……、どうにか中の相手とコミュニケーション取れないかしら。






  「なんか……あちこち改造してる感じねぇ……」

そおっ、と戸口に近づいて、改めてインチェスター家の建物を見回してみる。
戸口の周囲には、大小さまざまな小窓らしきものがつけられて、物の取入れが可能にされている。
にもかかわらず、肝心の戸口は……勘だけど、多分塞がれてる。開閉した跡が見られない。

  「全くここから出ずに暮らしてるって事はないと思うんだけど……」

仮に全く外の世界に興味がない人間だったとしても、ゴミぐらいは外に捨てるだろう。
中で溜め込んでるような臭気は無いし、どちらかというと少し懐かしい工業臭がする。
懐かしい、っていってもわたし先週まで工業サキュバスやってたんだけど。

  (カチャッ)

  「(ん?)」

一瞬、小窓の一つの蓋が動いた気がした。
どうやらそれは風や気のせいではなかったらしく、今度は回転窓のほうがひっくり返った。

  『用件は』

そこにはメモ書きが貼り付けられており、一言質問が書かれていた。

あ……用件、用件ね?
えーっと。こういう時ってなんて言えば良いのかしら。

気配無く始まった中の人からの質問。そりゃ戸の前に立ってたらこう聞かれるだろうが、何も考えていなかった。
気難しそうだし警戒されてるっぽいし、遊びに来てみた……というのは不審と思われるだろう。

何か、具体的な用件、用件は……!

  「あ、あの! わたしドワーフ製の貴金属アクセサリとか扱ってたりするんですけど!
   興味とか――」

  『帰ってくれ』

パタリ、と小気味良い音を立てて回転した小窓にはそんな淡白なメモが貼り付けられており、やがてもう一度回転してそのメモも内側に消えていった。


……やらかしたああああああ!!

最悪だ。悩んだ末、咄嗟の用件に魔物国家にいた時のアルバイトの癖を出してしまった。
当時のことを思い返してたときに突然質問が来て焦ってしまったとはいえ、
なんで外に出る気のなさそうな独身男性にビジネス丸出しでアクセサリ勧めてるんだわたしは。馬鹿か。

ああ、もう。これなら素直にこんな山奥で何してるのー?とか聞けば良かった。
多分、中の人からのわたしの印象は完全に鬱陶しい営業で固定されてしまったのだろう。

ううう。出だしでコケた。

と、とりあえず今日は出直そう。
気になることは山ほどあるけど、これ以上ここに留まると多分印象の悪化がノンストップする。

撤退! 撤退! 今度来るときはちゃんと作戦立てておこう!

妙に落ち込んだ気持ちを引きずりつつ、ここでインチェスター邸を後にした。











結局その日とその翌日。
アーマライトスクエアの各地を回ってみたけど、あまり目を惹くようなものには当たらなかった。
というより、インチェスター家の事がどうにも頭に引っかかり続けていたのだ。

今は息子一人が住んでいる、というインチェスター家。では昔は家族がいたのかな。

最初に聞こえてきた爆発音。あそこで何をしているのかな。

配達で物を買っていたけど、じゃあどうやって金銭を稼いで生活してるのかな。

完全に外界をシャットアウトしたがっているようなその生活の内側に、
何かを隠して抱えてるような……勘だけど、特別な事情があるのかもしれない。


知りたい、という欲はどうにも抑えることができなくて。

アーマライトスクエアに着てから三日目、
一応の仮住まいも確保したわたしは再びインチェスター邸に足を進めていた。







  「ん〜……。見たところ変化はないわねぇ……」

塞がれた扉と大量の小窓。それは先日と全く同じ。
裏口とかあるのだろうか、と思って建物を一周してみたけど、そういったものは見当たらなかった。

裏側に小屋やら井戸やらがあったんだけど、あれは使ってないのかしら。
あまりの外界シャットアウトっぷりに、だんだんこの建物が要塞のようにも見えてきた。
実際は少し古びてる程度の一軒屋なのだが、中とコンタクト取れないとなるとサキュバス的には要塞と変わらない。

   (カチャッ)

あ!
一瞬だが、ほとんど高さの無い横長の小窓が一瞬開いてすぐ閉じた。
多分……昨日も動いたあれは、のぞき窓。
これで訪問者の様子を見ているのだろう。

   『何も買うつもりは無い』

回転小窓が回り、そんなメモ書きが顔をのぞかせた。

うん、そう言われると思ってた。だけど今日はちゃんと言う事整理してあるもん。

  「ね、あの、インチェスターさん? 前はごめんなさいね、慌てちゃったけど、わたしそういう目的できたんじゃないの」

反応無し。様子を伺ってるのかしら。
ならこのまま続けてみよう。

  「わたし、おとといからこの街に移り住む事にした、サキュバスのレイチェルって言うの。この家だけちょっと離れてるみたいだったから、直接アイサツしに来たの、よろしくネ?」

若干理由が強引だけど、前のビジネス文句よりは大分マシだ。
これで少しは印象マシになるだろうか……と期待していると、小窓が再び回転した。

  『魔物か?』

  「そ、そうよ。少し前から魔物の移住オッケーになったって聞いて。興味が出て住んでみることにしたの。あ、もしかして魔物って見るのはじめてかしら? 別に警戒しなくても大丈夫よ、取って食べたりはしないから」

ほんとは取って食べたりな機会を期待してるんだけど。

  『魔物の事は知っている。ハーピーの配達を利用している』

……あ、そういえば最初に来たとき来てたわね。
ていうか、思ったより会話になり始めてきた。これは割といい進展あるかもしれない。

  「アラそうだったの。そうやって食べ物とか買ってるってコト?」

返事を期待して回転窓を見ていると、別のところから音がした。
先ほどの横長ののぞき窓。それに気づくと、頭にふといいアイデアが浮かんできた。

  「(あ……、また一瞬で閉まっちゃったけど、中からこっちの様子を見てるなら……もしかしてあれってこっちからも相手の目ぐらいは見れたりするんじゃないかしら?)」

今度こそはその一瞬を逃さないよう、のぞき窓に目を近づけてしばらく様子を伺ってみる。
多少なりと会話が進展したのだ、顔の一部を見る程度の欲張りは許されてもいいはず――。

  (カチャッ)
  (カチャッ)

すると、また別方向から音がした。開けて、すぐ閉める音。
今のは何だったのかしら、と思うまもなく、回転扉からメモが出た。

  『中を見ようとするな』


……やらかしたああああああ!!

なんという用心深さ。
もともと覗き窓を複数用意してた上に、不穏な気配を察知されてしまったらしく、
必死になって中を見ようとしている姿を別な所から見られてしまった。

  『俺に関わろうとしないでいい』

そして非情のシャットアウト。

うあああああ、欲張ってミスった! 痛恨のミス。
せっかくこのまま会話続けて少し仲良くなれそうだったのに。

  「(うぐぐぐぐ……)」

しかし、ここからのリカバリーは無理そうだ。

結局、今日は進展があったのか台無しにしたのか良く分からない状態で拠点に帰らざるを得なかった。








翌日の夕方。
アーマライトスクエアに来てから4日目。

今日もインチェスター邸に着てみたが、今日は少し作戦を変えてみる。
正面から尋ねるのではなく、相手に気づかれない位置から中の生活音を盗み聞くのだ。

すこーしだけストーカーじみてるとは思わないでもないが、こんなの親魔物領の魔物ならみんなやってる。
独身男性の部屋の一部をこっそり改造して作った狭いスペースに数ヶ月潜んでた白蛇の話とか聞いたことあるしそれよりは断然マシ。
だからこの程度何の問題も無い。


そろーり、そろーりと足音も羽音も、もちろん独り言だってもらさないようにしながらインチェスター邸の壁に耳を当てる。
そして聞こえてくるわずかな音を頼りに、少しずつ中の人がいる位置へと回り込む。

  「――――」

まあ、一人で住んでるってコトなら何か会話が聞こえてくるってことは期待できないんだけど。
それでも、あー今食事の準備してるなーとかそういうのは分かるかもしれない。

  「――……――」


む、もう少し左側の部屋かな。
普段何してるのかは知らないけど、今だったらやっぱり夕食かな。
好きな料理とか探れないかな、とか考えつつ、もっと耳を傾ける。


  「――っ……、はぁ――」


む?
ため息?


  「――くっ、ふぅ……、っ――」


あれ、
これってもしかして。


  「――はぁっ……、ふっ、ふぅっ――」


……。

…………。

間違いない。



一人で致してるわこれ!!!!!!


ちょっ、ちょっとまってこれ。
初めて聞いてる。ウソ。すごいいいところに遭遇した。
え、これどんな感じ? どんな感じ?
ちょ、待ってこれ。これ本当?
こんな細くて可愛い声出すんだ。
ってかこんな声なんだ。
もっとしっかり聞きたいんだけど。
ちょ、これ、この壁どっかもっと隙間とか無いの?
もっとクリアに聞きたい。え、ウソ。
いやむしろ見たい。
どっか穴開けられないのこれ!?
どうしよう、どのくらいの穴ならバレない!?
ああああ駄目だちょっと興奮してきた。
ヤバいヤバいヤバい、ちょっと我慢できなくなりそう。
どうしよ、ていうか気のせいか匂い漂ってきてない?
すんごい欲しい、ていうか濡れてきた。ヤバい。
どこ? この壁どこなら無音で穴開けられるの?
見たいし聞きたいし嗅ぎたい、たまらん。
これ、この壁どうにかならないの。
この壁一つ先に突入したい。乱入したい。
もうサキュバスがいるってのにこういうことするってのは
これもう要するに

  (ミシッ……!)

  「――ッ!?」

あ……。

圧力かけすぎて壁が軋んだ……。

  (バサッ、カチャカチャ……)

やば、気づかれた……?

きょ、今日はここまで! 退散!! 退散!!



逃げるようにインチェスター邸を離れると、わたしも拠点で数時間ほど一人で致した。
あんな近距離で嗅いだ匂いは強烈で、それだけですごい夢心地だった。













アーマライトスクエアに来て五日目。

今日もインチェスター邸に来たわたしは、着くなり回転小窓に紙袋をひっかけた。

  「こんにちわぁ〜」

しばらくすると、回転小窓が回り、メモが現れる。

  『用件は?』

だが。回転小窓が回ったという事は、わたしがひっかけた紙袋もその内側に入ったということで。

  「用件……フフ。今お昼前よねえ? それ、食べて♪」

これが今日の作戦。
中身は作ったばかりのサンドイッチ。
具材は卵、肉、魚、野菜、果物までなんやかんや入れてるけど今朝買ったものだから軒並み新鮮だ。
一応慎重にコトを進めるつもりだから魔界産の特有効果があるものは入れてない。入れようかとも思ったけど。

  「ホラ、配達で食料調達してるって言ってたから新鮮なものってあんまり食べてないんじゃないかと思って」

うん、我ながら理由付けも完璧だ。
少ない情報からでも良くない部分を見つけてフォローする良妻の鑑。どうかしら。
あと昨日わたしがいい思いした分についてのお礼でもある。これは言わないけど。

  「…………」

しばらく沈黙。
食べるかどうか迷ってるのかもしれない。
うまい理由付けしたとは言っても、やっぱりまだまだ不審に感じるのは仕方ないのかも。

しかし、そのうち包みを剥がす音が戸の向こうから微かに聞こえてきた。

  『ありがとう』

きた!
ちゃんと食べただけじゃなくて、感謝の言葉きた!

これは間違いなく前進、僅かながらも信頼を勝ち取れた確信がある。

  『美味い』

再び回転して現れたメモに、一層の手ごたえを感じ取る。
胃袋から、という言葉を残した先人の誰か、誰かは分からないけどありがとう!

  「どういたしまして♪」

この調子なら、あと2〜3日で直接話せたりできるかもしれない。
そしてゆくゆくは、もっと深い関係に発展するかもしれない。


今日はそれ以上の会話があったわけではなかったが、とてもいい気分で拠点に戻れた。


しかし、改めて彼のことについて考えてみると、再び最初の疑問が浮上する。

あの徹底的な壁に隠されているのであろうインチェスター家の事情。

それは一体何なのだろう?



彼は、それを素直にわたしに明かしてくれるものだろうか?





インチェスター家。
そういう呼び名が広くある以上、過去から続く事情がある気がする。
最初に会った老婆は、多少なりそれについて知っているような印象だった。

今は息子が一人暮らし。ならば、いたはずの家族はどこに行ったのか。

そして、この街では珍しくないというインチェスター邸近くの爆発音。
それも、この五日間で二度ほど聞いた。
だが、それが何なのか。わたしは全く知らないでいる。

もう知らないままでいるべきではない。わたしは、彼の領域に踏み込もうとしているのだから。

アーマライトスクエアに来たばかりのわたしには分からない。
だから、翌日はインチェスター家について聞いてまわってみることにした。

インチェスター家とは、アーマライトスクエアの中でどういう位置づけとして認識されているのか?
それは、彼の領域に踏み入る上での大きな手がかりになるかもしれない。





アーマライトスクエア、六日目。



  『インチェスター家は、まだあの家の息子が小さかった時に越してきたんだ。
   あの山の奥にね。父親と母親と、三人暮らしだったんだ』

  『当時のアーマライトスクエアは反魔物主義だったけど、緩かったものさ。
   みんな争い事は嫌いだしね。
   ……でも、だからこそなんだろうな、インチェスター家が山奥に家を建てたのは』


インチェスター。
わたしはどこかで聞いたことがあると感じてた。


  『インチェスター家は、代々秘伝の製法を継承してる〈火薬屋〉なんだ。
   百年以上前から高性能な火薬を生産するようになって以降、それこそ爆発的に広がり、
   世界中、人間の火器兵器が格段に進歩した』

  『だからかな、〈戦争屋〉と呼ばれる事も多いらしい。
   いや、実際に彼らがどう考えてたかは知らないけどね?』


アルバイトしてた時、採掘のドワーフが採鉱爆弾に使ってると聞いた覚えがある。
遠くから取り寄せた高性能火薬――インチェスター火薬。


  『昔は魔物との戦火が激しい教団国家の方に住んでたらしいけど昔のことだし、
   なんで越してきたのかは知らないなあ』

  『こっちに越してからは、工事や採掘の用途にしか火薬と爆弾を売ってなかった
   みたいだけどね。でも、その前は兵器として大量に出回ったんだ。
   今もそれは各地に残ってるはずさ。
   ……今も、それは誰かを傷つけているかもしれない』


こんな所でそのルーツに出会うことになるとは思わなかった。
もともと大した接点を持った単語ではなかったのだけれど、こういう偶然には少し驚くものがある。


  『両親がいた時は、それなりに皆と交流はあったんだ。仲は決して悪くなかった。
   ……でも、お互いどこか表面的で、一歩引いていた。
   今に罪は無いと分かっていても、何かが心の中に引っかかる。』

  『で、三年前になるかな。親魔物領になるより前だ。インチェスター家で引火事故が起こった。
   ……すげえ音だった。息子は助かったんだが、両親は駄目だった。
   火薬製法の継承で一定の益を得続けてた一族が、火薬によって壊滅する。
   これをアンタは皮肉的だと思うか?』

  『今一人だけ残ってる息子。そんな事があってもなお、火薬を作り続けてるらしい。
   それを両親思いだと言う奴もいれば、両親に対して薄情だって言う奴もいる。
   一人になった息子の姿は、今じゃ誰も見ちゃいない。家に行っても出てこないんだそうだ。
   原因はいろいろ考えられるけどな……』




聞き込みなんてものは、取り掛かった時間にたいしてロクに成果が出ないもの。
そう思ってたけど、一日だけの聞き込みで大量の情報が手に入った。

手に入った、けれど。見えてきた事情は、そうそう軽いものではない。
〈戦争屋〉インチェスター家。火薬製法の継承。そして三年前の事故。
わたしがこの量の情報を飲み込むまで、もうしばらくの日数が必要だった。





アーマライトスクエア、九日目。


再び、わたしはインチェスター邸にやってきた。
前に様子を伺いに来たときと同じで、正面から話をしに行くってのはやらない。

近くの木影に隠れ、彼の一日を探ってみる。
多分、直接的にいっても事情を話してくれたりはしないだろうから。
気づけば、アーマライトスクエアに着てからはずっと彼のことにつきっきりだ。
まだ顔も知らない相手に執心とは、他のサキュバスに話したら笑われるかな。



昼下がりになると、ワイバーンに乗った男がインチェスター邸にやってきた。

戸口の前でいくらかのやりとりがあった後、やってきた男は荷物を受け取って帰ってゆく。

多分、今のは販売したのだろう。
インチェスター家の生業であり、製法を継承しているインチェスター火薬を。

おそらく彼は、これしか生きる術を知らないのかもしれない。
それを生業としている家計の中で、火薬を売る以外に生計を立てる術を教わらなかったはずだ。
両親の死の直接的な原因でもあるその火薬を、彼はどんな気持ちで販売しているのだろう。
経験してきた人生はわたしの方がずっと長いはずなのに、彼の気持ちは分からなかった。

肌の湿りを感じ、空を見上げる。
雲が立ち込めてきた。もうすぐ雨が降るだろう。




日没から一時間半ほどが過ぎた。
予想通り霧雨が降り始めたが、インチェスター邸には変化が無い。
もう帰ろうか……と思っていたが、寝るには早い時間にもかかわらず邸から漏れる光が消えた。

おや、と思って首を伸ばしてみると、しばらくの後に驚くべき光景が見えた。

裏の井戸の蓋が持ち上がり、中から人が出てきたのだ。
ああー、その発想は無かったわ。忍者屋敷みたい。
出てきたその姿は霧雨ではっきりとは見えないが、インチェスターの息子で間違いは無いのだろう。
ようやく見れたわね。今は、それだけでも嬉しかった。

  「(さて、と)」

しかし、出てきたのであればここからが本題。
訪問者に対して姿も見えず声も出さない彼が、何しに外に出てきたのか。
これからそれを確かめなくちゃ。



変わりやすいとされている山の天気だが、まさしく今の状況は絶好。
夜、ましてや霧雨の中なら視覚も聴覚も、嗅覚までもが制限され、身を隠そうとする者の存在には気づけない。
だが、誰かに見られているとも気づかずに堂々としている者ならば、その程度なら支障は無い。

わたしは尾行に気づかれること無く、余裕で目的地にたどりついた。

  「(ここは……山湖、みたいね)」

道のりはずいぶんと短いものだった。歩きにしても、五分かそこら。
ああそうか、水を汲みに来たのかしら、とも思ったが。バケツを持っているようには見えない。
それどころか山湖自体には近づくことなく、湖岸に沿うように歩き始める。

  「(あれ、よく見たら……何か持ってる、かしら?)」

視界が悪くて分からないが、手に長細いものを持っている。
それが何なのか確かめたかったが、そこまで近づくとバレてしまう。
つまるところ、彼の姿を見失わない程度の距離を保って観察するしかない。
細かいところが分からないのが、どうにも歯がゆい思いだった。



結局、彼は同じところに数分留まり、やがて来た道を戻りだした。
おそらく、後は家に帰るだけなのだろう。
ならば、気になるのは彼が何をしたのか。
それは、行ってみれば分かる話だ。


その場所に向かいつつも、何をしに来たのか、いろんな仮説を浮かべてはそれについて考えてみる。
でも、途中でなんとなく見当はついていたし、それは結局正解だった。


彼が立ち止まっていた場所にあったのは、二人分の墓標と、その前に供えられたまだ新しい花だった。











アーマライトスクエア、十日目。




今日も、インチェスター邸の観察を行った。

そして分かったのは、おそらく彼は、毎日両親の墓参りに行っているだろうと言う事。

日没から三十分ほど、今日も彼が井戸から出てきて山湖の方へと向かったからだ。


彼が火薬を作り続ける感情は、まだはっきりとは掴めない。

でも、そこには確かな両親への敬意があるのだろうと思う。

彼のそういう部分にはわたしも敬意を感じている。

だからこそ、許されるなら事情を聞きたい。彼の口から、彼の言葉で。





――まだ完全には暗くなりきっていない中、墓参りを終えた様子の彼が戻ってきた。






彼は、驚き……そしてとても困った様子で立ち尽くしている。
それもそのはずだ。家に帰るつもりが、出入り口である井戸にサキュバスが腰掛けているのだから。
拒絶もありうる強硬手段。だが、わたしは今こうするべきだと思ってこうしている。

もともと他者との交流が得意なタイプでもないのだろう、
話かけてくるどころか、一定の距離から先に進まず、目線も合わせようとはしない。

そして、やっと……やっと彼の顔をまともに見ることができた。

無造作な髪と厳しめの目つきが全体的に鋭い印象を漂わせ、
右目を含む顔半分には――三年前の事故のものだろうか、火傷の跡が残っている。
ハリネズミのように他者を寄せ付けない雰囲気を纏いながら、それでいてどこか寂しそうでもあった。


  「お墓参りに行ってきたのかしら……、そうよね?」


そう尋ねると、彼はドキッとしたように顔色を変え、そして苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


  「ああ……」


そして、やっとまともに彼の声を聞いた。
ほんの少しだけ小さく、ほんの僅かにかすれている。
でも、わたしの耳にはよく届いた。


  「墓に行ったら、俺の知らない花が供えられていた」


声で会話をしている。それだけの事が、とても嬉しい。


  「お前か?」

  「ええ。二時間ほど前に供えさせてもらったわ。別に構わないでしょう?」

  「……駄目だ。お前は、あの二人の事をロクに知ってないはずだ。
   あの二人が何をしようとしてたのか……」

  「なら教えて頂戴。少なくとも、アナタが毎日通うほど敬意を向けてる相手ってのは分かるわ」


そう言うと、彼の表情が変わった。
何か、人間の核心に触れた時特有の表情の変化。

そりゃそうだ。両親の墓に毎日参るなんて、距離が近いとはいえかなり珍しい話には違いない。
ただの両親、というだけの話ではないはずだ。

  
  「人の家の事情に首を突っ込む気か?」

  「そうよ。アナタの事、とても見てるだけではいられない」

  「前の食事の事といい、お節介な奴だ」

  「それをちゃんと食べてお礼まで言ってたのは誰かしら?」


痛いところを突かれたように顔を背けると、やがて彼はため息をついた。


  「他言しないと約束しろ」

  「勿論」


わたしの返事を確認すると、彼は少しずつ話し始めた。
彼がここで、何をしようとしているのか――。





  「――俺はリーブル・インチェスター。代々火薬製法を受け継いで生活してるインチェスター家の生き残りだ」

リーブル・インチェスター。
彼の名前を、わたしは深く頭に刻み付けた。

  「百年以上前……俺の祖先がこれを見つけてからというもの、
   世に大量に俺の家の火薬……インチェスター火薬が生産され、流通した。
   兵器に使うものとしてな。それがどう使われてようが、祖先はあまり気にしなかったらしい。
   そして各方面に出回り、何かを壊すためのものとして使われ、
   時には過剰な火力で誰かが血を流した。多くの人間がだ。
   そして家についたあだ名が〈戦争屋〉だ。……祖先は、それも気にしなかったみたいだが」

リーブルは、嫌な思い出でも話すかのように口を紡ぎ続ける。
顔は地に向け、視線は見せず。だが、擦るように合わせた指先には随分力をこめていた。

  「その呼び名を嫌がったのが俺の両親の代だ。火薬産業によって一財産を築き上げた実家を
   放棄し、このアーマライトスクエアに移住してきた。そして、工事なんかの非兵器利用の
   方向に絞って流通を始めたんだ。だがインチェスター家の業は消えない。
   決して迫害されたとかじゃないんだが、無意識に線を引かれてるんだ。
   腫れ物、というのか? 触れたくない歴史と家業を持つ家。
   それがインチェスター家という認識だ」

……ここまでは知っている。
インチェスター家の微妙な扱い、そして歴史。
火器兵器によって被害を被った者がいるとするならば、それを格段に進歩させたインチェスター家に対して不愉快な気を抱く者も少なくはないだろう。
例え、今は違うとしても。看板や姓にこびりついたイメージは、そう簡単には消えないものだ。

  「父と母は、それを変えようとしてたんだ。
   インチェスター家は〈戦争屋〉じゃない。道具は全て使い方次第、
   使う者によって様々な効果を生み出せる。
   父と母は、この世になかった全く新しいものを生み出して、
   インチェスター家が〈戦争屋〉じゃないという事を証明しようとしてたんだ!」

リーブルの声が、熱気を帯びてきた。
扉越しのときでは感じ得なかった、強烈な感情。
孤独に生きていた者が内に秘めていた執念が、少しずつ顔を出し始めた。

  「見てろ」

彼は背を向けると、小屋から箱を取り出しそのさらに中の箱から缶のような物を取り出し――端に点火すると地面に置いた。

  「耳を塞いでおけ」

言われるがまま、わたしは耳を塞いで見る。
リーブルも、筒から距離を置いて耳を塞いだ。


  (……ドオォオンッ!)


何度か遠くから聞いた覚えのある激しい爆発音。
そして舞い上がる煙。
しかし、それは周囲に破壊をもたらすものではなく。

流れ星のように緑色の光点を、山湖の方へ撃ち出した。

  「ま、魔法……?」

見たままを言うわたしに対し、リーブルはたやすく否定する。

  「魔法じゃない。あれは、母が見つけた炎なんだ」

確かに。魔法道具を使った時のような、魔力の痕跡は感じられない。
では、今の緑色の光は何だったのか?

  「アウラハルコンの金属粉末。それに亜錬金を施すと、燃焼した時に緑色の光を放つ」

母が見つけた炎だ、とリーブルはそう言った。

  「緑だけじゃない。
   亜錬金を施したインコバルトの金属粉末なら、燃焼した時に黄色の光を放つ!」

語り続けるリーブルの顔は、とても誇らしげで、得意げで。

  「母が見つけた《炎色反応》を元に、父が《星》を設計したんだ!
   これらを球体に大量に詰めて、夜中に火薬で上空に飛ばす!
   そして最高位置で球を火薬で炸裂させて、広範囲に散らしながら一斉に《星》を燃焼させる!
   すると、地上からはどう見えると思う!?」

  「さっきみたいな光が……夜空に沢山……」

  「そうだ! 夜空に……巨大な火の花を咲かせることができるんだ!!」


もしここが山奥の一軒家でなければ、その声は多くの人に届いただろう。
それほどの大きな、叫びにも似た声だった。



リーブルの両親は、既に証明の方法を見つけ出していたのだ。

〈火薬屋〉インチェスター家が、〈戦争屋〉ではない事を示す画期的な商品のアイデアを。

火薬は物を壊すだけでなく、美しい使い方もできるのだと。そう誰の目にも明らかに証明する商品。

しかし、それが完成する前に二人は事故で亡くなった。

遺志と願いを、たった一人の息子に託して。



  「俺はこれを完成させる。光の量と色の種類が足りない問題も、俺は絶対に解決する。
   そのために必要な……金属と錬金術の知識。
   王立の錬金術学閥なら知ってる可能性はあるが、平民は相手にされないと評判だ。
   だから俺は、本と独学で……いつか……いつか……」


その目に燃えていたのは、目的の達成のためには何でも捧げようというリーブルの恐るべき執念。
そしてそれに隠された、両親に対する深すぎる敬愛。果たされなかった思いへの悔しさ。

扉の外から話していた時には、想像も付かない姿だった。

しかし、気になるのは今挟まれた重要な一言。
頭に一気につながるものがあったのだ。


  「ちょっ、ちょっと待って。ちょっと確認したいんだけど。これだけ聞いていい?」

  「……何だ。なに震えてるんだ」

  「金属と錬金術の知識があれば、その問題は解決するのね?」


少し黙った後、いぶかしむ様にリーブルが唸った。


  「何か心当たりでもあるつもりか?」

  「魔物の人脈ナメないで。素敵なモノ作ろうとしてるじゃない……わたしにも協力させなさい」


本当に、何が偶然幸いするか分かったものではない人生だ。








事情さえ分かれば、後の話は早かった。

前アルバイトしてたドワーフの所に、真っ先に金属の性質について問い合わせてみたのだ。

金属をどうにかこうにかして火をつけると色が出ることがあるらしいが、多くの色と強い光を出すにはどうすればいいかと。

すると、数日間の間をおいて詳しい返事とそれぞれのサンプルが送られてきた。



赤色は亜錬金を施したユノメタルの金属粉末。

朱色は二次亜錬金を施した白錫の金属粉末。

青色は素錬金を施した明銀の金属粉末。

紫色は亜錬金を施したアカツキガネの金属粉末。

他の色も理論上はあるはずだが、もうすこし時間かけないと分からない。

なお、光量を強くするのであればマキニシアが良いと思う。




他にもごちゃごちゃと書いてあったが、これをリーブルに見せてみると、目を白黒させていた。

返事にはまだ分からない色もあると書かれていたが、リーブルが言うにはこれで十分。

すぐにその効果を確かめると、鼻息を荒くして《星》の製作に取り掛かり始めた。



数を作ろうとする分その作業量も少なくはなく、それでもリーブルは熱心に取り組んだ。

朝も昼も晩も深夜も明け方も作業を続け、たまにそのままの姿勢で眠っていた。

いくらなんでも無茶はやめなさい、と言ったが聞く耳を持たず、私が手伝ったり食事を用意したりとフォローに勤しむ。

私も随分大変だったけど、それでも楽しいからやっていた。



――そしてその甲斐あってか、完成の日はそう遠くないうちにやってきた。
















  「……晴れたな」

  「ええ。いい天気ね」


アーマライトスクエア、三十日目。
現在、午後七時五十三分。

今日、山湖でついに百発以上の完成品を打ち上げる。
光華。リーブルは、この完成品をそう名づけた。


  「……そういう風習があったってのは知らなかったが、幸いだ。皆にこれを見てもらえる」

  「最近アーマライトスクエアでも流行ってるのよ。
   季節代わりの末日に、月夜を見ながらお酒を飲むって」


リーブルにこの風習の事を伝えたところ、この日に打ち上げを行うと決まった。
皆が夜空を見上げる日、この完成品を見てもらおうというワケ。街から見て、月と山湖の方向も合う。
インチェスター家の時代を変える傑作、アーマライトスクエア中の皆に見てもらおうじゃない。
そうすれば、認識は多少なりと変わるだろう。火薬とは何なのか。インチェスター家とは何なのか。


  「両親も見てるわよ」

  「……ああ」


リーブルの両親の墓がここにあるのは、リーブルが決めた事なのだろう。
いつかこの山湖で託されたものの完成品を打ち上げると誓い、それを見せると決めたのだ。

そして、その誓いは今日果たされる。
世代を越えて、願いは現実となったから。


  「そろそろ時間よ」

  「……カウントダウン。十秒前からだ」

リーブルが導火線に歩み寄る。

  「……10……9……8……7……6……」

今、彼はどんな気持ちなのだろう。

  「5……4……3……2……1……」

今、彼は何を考えているだろう。


  「点火」

彼の灯した火は導火線を伝わり、やがて分岐し、それぞれの筒へと吸い込まれていった。
これまでの思いと、願いを乗せて。


  (シュドッ!)
  (シュドドッ!)
  (シュドンッ!)


次々と筒が火を噴き、作品を遥か上空に打ち上げる。
炎の光に続いて煙が立ち込め、硝煙の匂いが鼻をくすぐった。



瞬間、ほぼ真上にも近い角度から、色とりどりの光が降り注ぐ。
咲いたのだ。大きな花が。

リーブルの母が色を見つけ出し、
リーブルの父が設計し、
その息子が完成させた、夜空を彩る光の花が。

様々に色を変えながら、アーマライトスクエアを激しく照らす。
これまでだれも見たことのない、とても巨大で美しい花。
一切非の打ち所の無い、紛れも無い成功だ。


  (ドォォ……ン!)
  (ドォ……ン!)
  (ドドォ……ン!)


遅れて、内蔵を震わせるような爆音が届く。

  「綺麗ね……、皆、唖然としてるんじゃないかしら」

夜空が、赤に、黄色に、緑色に輝く。
それを近くから眺められるここは、二人だけの特等席。

〈戦争屋〉と呼ばれたインチェスター家の、
新たな幕開けが今日から始まる。

時間にして、およそ二分強というところか。
そのはずだったが、体感ではもっと長かったように思う。
今この瞬間、街で変わり始めたものがある。そういう実感があったからだ。
次々と色を変える光と、体を震わせる大きな音は、しばらくその場を満たし続けた。



  「ああ……、ぅ……」


おそらく最後の一発が役目を終えただろうその時、リーブルの小さな声が聞こえた。

見ると、目を押さえて肩を震わせている。


  「……ううう…… ああああああぁ……」


やがてその場にしゃがみこみ、溢れた涙をその場に溢し始めた。

声も、次第に包み隠さない大きなものへとなってゆく。


  「うあああああああぁぁ……」


人目をはばからない号泣。だがそれも無理はない。

両親の想いと名誉、そして託されたものを守るために、ずっと一人で戦ってきたのだ。

今、やっとその戦いが終結した。夜空に打ちあがった光の華をその証明として。

本当は、辛かったのだろう。ずっと抑え込んでいた感情が、今一気に噴き出したのだ。


  「思い切り泣きなさい、今のアナタはとても立派」


そんなリーブルを抱きしめて支え、耳元ではっきりと囁く。

泣き声は大きかったが、それでもちゃんと伝わったようだ。

火薬の煙と匂いが風に流されて消えるまで、リーブルはわたしを抱き返しながら泣き続けていた。












疲れきってしまったらしいリーブルを自宅に運んだが、しばらくそのまま動かなかった。

わたしもその横で、彼が落ち着くまではこのままじっとしていようと思う。



思えば、ドワーフからの返事が来てからというもの、あっさりわたしを家に入れてくれるようになった。

男性の一人住まいに足を踏み入れたというのはサキュバスとしては嬉しいもの。

気を許したのか、それとも作業に必死でそこを気にする暇などなかったのか。

どちらにせよ、壁越しに筆談してた時から比べて随分進展したものだ。


あれから、もう一ヶ月が過ぎたんだ。


  「……なあ、レイチェル」


これは意外。覚えてたんだ。
一回名乗っただけのわたしの名前を。


  「これから、どうするつもりなんだ?」

  「……どうするっていうのは? つまり何が言いたいの?」

  「いや、光華の完成に協力してくれたけど、それは完成しただろ。
   だから、これ以上ここには留まるつもりがないんじゃないかと思ってな」

しばらくリーブルは口をもごもごさせていたが、やがて意を決したように口を開いた。

  「できれば、その。今後も近くにいて欲しいんだ。お前がよければ……だが。あー、恋人として」

わたしの心臓が、飛び上がるように弾んだ。
でも……顔には出さない。
ここからまだ、種明かしが残っているから。

  「残念だけど……それは世間が許してはくれないわ」

  「……そうか」

  「で。わたしから、もう一つ伝える事が残ってるんだけど」

悲しそうな顔をしていたリーブルだったが、不意を突かれたようにこっちを見た。

  「アーマライトスクエアでは季節の変わる月末に、
  月夜を見ながら酒を飲むのが流行ってるって話。
  アレごめんなさい、ウソなのよ」

  「え」

その表情がさらに変化し、硬直する。

  「ちょっと待ってくれ。それだと、街の人は皆音しか聞いてないって事になるのか?
   それだと……」

  「ああ大丈夫大丈夫。街にはこのビラ撒いてるから。
   光華は皆しっかり見てるに違いないわよ」

わたしが差し出した紙切れを、リーブルは素早く奪い取る。
そして硬直した表情のまま、それを最後まで読みきった。


  『月末の夜、結婚の儀を執り行ないます。
   つきましては、午後八時に月のある方の夜空をご覧ください。
   また、大きな音が鳴ります故、ご了承の程をお願いします。
                                   リーブル・インチェスター
                                   レイチェル・インチェスター     』



  「……どういうこと?」

  「だってほら。あんだけ派手に結婚の印を見せ付けたのに、恋人止まりは世間が認めてくれないでしょ」

  「俺聞いてないんだけど」

  「言ってないもん」

  「お前の姓がインチェスターになってるけど」

  「インチェスター家の新作品の完成には、わたしの協力あってこそだったでしょ?
   わたしもインチェスター家に入れてくれたっていいじゃない」

  「…………」

  「結婚しましょ♪」

  「あっ……あぁ、その……」


リーブルの表情は固まったまま、瞬きを二回、そして唾を飲み込むこと一回。


  「今後ともよろしく、頼む……」








いよっしゃああああああああああああ!
作戦大成功ォォォォーーーーーっ!!! 夫婦成立! 夫婦成立!
じゃ、待ちに待ったお楽しみタイム! どれだけこの時を待ち望んだことか!



  「で。これからのインチェスター家の事なんだけど」

まだ全身の力が抜けている様子のリーブルを抱き上げ、ベッドの方へとグイグイ運ぶ。

  「今回結婚の儀として打ち上げたのをみんなが見てるわけじゃない?」

  「……ああ、そうだな」

  「派手にやったんだもの、みんな羨ましがると思うのよ」

  「……そうかもしれない」

  「ってことは、今後結婚は勿論、いろんなイベントで需要が出てくると思うワケ」

  「……考えられるな」

  「ってことで、仕事は今後増えるわ。
   インチェスター家が二人だと、ちょっと足りないと思わない?」

  「…………」

  「どう考えたって必要よね。子供が」

事を察したのか、ぐったりしていたはずのリーブルが急に慌てたように暴れだす。
でも今が一番のタイミングなのだ、なんとかそれを押さえつけ、ズボンのベルトに手をかける。

  「ちょっ、ちょっと待て! 今から、その、アレなのか?」

  「ね! コトは早いほうがいいわ。善は急げって言うじゃない!」

  「急ぎすぎだ! ちょっと、これは少し強引過ぎるぞ!」

  「世間にはねぇ、男性の部屋を勝手に改造して三ヶ月潜んでた白蛇さんとかいるらしいのよ?
   このぐらいいいじゃないの!」

  「なにそれ怖……いやそれ俺に関係なッ――ぅ――」


面倒だし、ここまできたら口実も理由付けも無視。

よく喋るリーブルの口を、わたしの唇でおもいきり塞いでやった。

わたしの我慢もいい加減限界だっていうのに。

どれだけ待たされたと思っているの。


  「ん、ふ、くちゅ……」

  「う、んぅぅ……」


体を組み敷いて
胴体を固定。これならもう逃げられない。

本当はもっと慌ててる表情とかも楽しみたいところだけど、身体がもっと直接的なモノを求めてる。

ずっとずっと我慢した末、ようやく目の前にこのご馳走。ここはサキュバスらしくやらせてもらおう。

頭に手を添え、逃げ場を全部失わせたことを確認してからリーブルの唇を割り込み舌を突き入れた。


  「ん、うぅぅんーーっ!?」


口腔に侵入された感覚に随分驚いたのだろう、もがくように顔を背けられる。

でも、前もって抑えているのだ、結局リーブルはくぐもった声を小さく上げただけ。

残念だけど、サキュバスが上に乗ったらそこでもう勝敗は決したようなものなのよ。


  「じゅる……、ちゅ、じゅっ……」


うはあああ、美味しい。

なにこれ、すっごく美味しい。

そう考えるよりも先に、もっと奥へ奥へと舌を喉までつきこもうとしていた。

もっと、リーブルの口の内側を舐め回したい。リーブルの舌をこっちの口の中に引きずり込みたい。

もったいない、なんでわたしは舌が一つしかないんだろう。もっとウソでもついて二枚舌になっておけば、よりみっちりと舐め回すことができたのに。


本能むき出しで口の中を蹂躙し、何かの動物のように僅かな唾液も舐め取り続けた。

五分か、十分か、あるいはそれよりも長かったかも。

気づけば、リーブルはまたぐったりとしており、抵抗の力も無くなっていた。


  「ん、ぷは」

  「ぅ、はぁっ……、けほっ、ごほっ……」

  「あ、ちょっと呼吸苦しかったかしら? つい夢中で。ごめんなさいね」

  「うぅ……」


あらら、すっかり力が抜けちゃってる。

まあいいか。それならそれで好都合。

さっさと脱がせちゃいましょう。


さっきは少し抵抗されたけど、今度はあっさり脱がすことに成功。

アラ、下着越しでも臨戦態勢が分かるわね。既に元気になっちゃってる。

下着も脱がすと、その目当てのものが姿を現した。


  「あはぁ……この匂い……」


過去、リーブルが一人で処理をしているのを壁越しに盗み聞きしてた時。

あの時嗅いだ匂いが、数百倍の濃さで立ち昇っている。

嗅ぎたかった匂い、見たかったモノ、それがようやく目と鼻の先。

口を近づけて軽くキスをし、少しだけ舌で撫でてあげる。

敏感だったのか、それは弾けるようにビクンと震えて見せた。


  「さーてと、もう我慢できないわ」


手で擦ったりとか口でしゃぶってあげたりとか、胸で挟んであげたりとか。

そういうのもやるつもりではある、あるんだけど今はそれより種をもらっておかないと。


  「立派な筒もあることだし。わたしの中にも派手に打ち上げてもらおうかしら」


すると、リーブルにちょっと嫌そうな視線を向けられた。

え、今の駄目だった? うまいこと言ったつもりだったんだけど。

そんな「それはちょっと……」的な顔をされるとはちょっと心外。

もういいわもういい。そんな顔をしてられるのも今のうちよ。がっつり搾らせてもらうから。


上に乗った姿勢のまま、モノを手で握りって位置が合うまで少しずつ調整。

ドキドキしながら腰を動かすと、入り口にほんの少しだけ先端が触れた。


  「あ」

  「んっ」


いかん、一瞬、身体がビクッってなった。

え、先端がちょっと擦れただけでこんなんなるって聞いてないんだけど。

リーブルのほうも今震えたけど、同じような感じだったんだろうか。

これちょっと、わたしの方がヤバいかもしれない。理性が頭骸骨を砕いて外に飛んでいく勢いかもしれない。


  「ふぅっ、はぁぁーっ……」


まあいいや、ぶっ飛んでいったら後で拾いに行こ。

今はそれより気持ちよくなることが大事。魔界の神もそう言ってる。多分。

深呼吸、深呼吸……。挿れたらどうなっちゃうか分かんないけど、

ま、どうにかこうにかなるでしょ。ならなかったら魔界の神が悪い。


もう、既にわたしの頭結構壊れてきてるなあ。

そんな思いを頭の片隅に残しつつ、勢いをつけて腰を下ろした。

――すると。

突き上げられ、自分の中が押し広げられる感覚に続き、

とんでもない快感が一気に爆発した。


  「んっ、ぅぅ――っ!!?」

  「ぁはぁ……っ!!!!」


う、ああ、

あ、あああっ、どうしよう、下半身なくなった。

いや、そうじゃなくて。やば、めちゃくちゃ熱いんだけど。

ぜんぜんなんか、もう自分の下半身の感覚が下半身の形してなくて、全部熱くて。

なんかマグマか何かがどんどん流し込まれてる感じする。どうしよ、どうしよ。


  「あぅっ、はっ、はっ、はっ……」


ぼやける視界の中で、リーブルが可愛い顔で悶えていた。

でもごめん、リーブル、今ちょっとそれについてどうこう言える余裕、ない。

だらしない声で喘いでるの、これわたしなのかな、それともリーブルなのかな。

なんか、もう、内側から見えない手に足を引っ張られてがっしがっし揺らされてる感じで身体が動いてる。

これ多分わたしが動いてるって事なんだろうけど、なんかもうぜんぜんそんな感じがしない。

ただただ、つながった部分から流し込まれてくる熱に対して、息で熱いのを逃がそうとするんだけど、

全然それ間に合ってないし、あつくて体の輪郭が無くなって来る感触がどんどん上に昇ってくる。

前に動いて、後ろに動いて、その度にリーブルのモノでわたしの中が押し広げられて擦られる。

ちょ、ちょっと止めて。一回止めて。

そう言いたいけど、動きが止まらないし、抜けもしない。どうしよ、ヤバい、これちょっとどうしよ。


  「……う、ふぅっ……!」

  「ん、はぁっ……!?」


そうこうしているうちに、体のどこかがバランスを崩してしまった。

上半身をリーブルの体に押し付けるように倒しこみ、乳首が強く刺激される。


  「んはぁんっ……!」


頭の中で火花が散り、視界が一瞬真っ白に染まる。

気が付くと、わたしは両腕も強く体に絡ませて、頭を彼の肩に乗せるような形で抱きしめていた。

もう視界で今の状況を把握することもできないけど、多分そういう体勢になってるんだとおもう。

彼の体も、わたしの体も、前後に強く揺さぶられている。

何度も、何度も、何度も、何度も。わたしの体の中にいた何かが、勝手に体を操作している。

ああ、でもその何かって言うのも、結局わたし自身の一部なんだろうな。

何十日も理性派気取って我慢して、そしたらこんなに凶暴に育っちゃってた。

こりゃあちょっと手に負えないなあ。今は自由にさせて、少しでも発散してもらおう。

そう判断した瞬間、また別の変化の兆候が現れた。


  「う、う……うぅっ……」




この世で最も価値のある男の精をいっぱい貰った、この世で最も幸福なサキュバス。







アーマライトスクエア、二百日目。




あれから、ずっとリーブルと共に暮らしている。

山の奥の一軒家で、火薬屋としての仕事を手伝いながら、

そして一日一回、リーブルの両親のお墓に花を供える。

そういう生活が、もう半年は続いていた。


  「見てホラ。来週にも三件、結婚式やるみたいよ? その三組も打ち上げしたいって」

  「ほぼ連日結婚式やるんだな。それ合わせると、来週は合計八件になる」

  「ま、魔物流入中の新生親魔物領だもんねー。アーマライトスクエアは。そりゃ連日結婚式にもなるわ」

  「……用意しないとな。まだまだ、需要は増え続ける一方だ」


今日もリーブルは、受けた注文に応えるべく、精力的に作業に勤しむ。

わたしは食事やら洗濯やら家の方の仕事を担当し、それが終わればリーブルを手伝う。
金属を処理し、錬金の工程を行って粉末状に加工する。
結局わたしは、工業系サキュバスやる運命なのかも。
今はそれがすごく楽しいからそこに文句はないんだケド。


  「……お前は休んでろよ。動くの辛いだろ」

  「あはは〜、どうってことないわよ。魔物の頑丈さ舐めないで」


今、わたしのお腹にはリーブルとの子供がいる。

もしかしたら、最初の一発でできたのかもしれない。

結婚してから一年以内に子供を授かる魔物だって強烈にレアなのに、最初の営みで子供ができるとはさすが私。
その上出会いがとてもロマンチックだったと評判で、メロウが出してる雑誌のところとかが次々と取材に来た。
あー、あの雑誌って感動的な結ばれ方をした夫婦の特集が毎号人気で、わたしも読んでた雑誌なのよね。
まさかそれに特集されてしまうとは。偶然も重なった結果だったんだけど、それでもやっぱりさすが私。


そんなこともあって、インチェスター家の傑作『光華』と、その職人が住まうアーマライトスクエアの知名度は一気に上昇し、それに伴って需要も増え続けている。思ったとおり、主に結婚式を祝う印としての需要だ。

まだまだ、これから頑張らなくちゃいけない。子供も、もっと作らないと。


  「ねえ、そろそろ決めておかない?」

  「……何をだ?」

  「この子の名前」


インチェスター家の新しい長女。

生き方を親が決めるつもりは無いけど、この子もインチェスター家を誇りに思ってくれるだろう。

父親が、とても素敵な人なのだから。


  「実は、前から考えてた案があるの。この子の……、そう」


わたし達の未来は、眩いばかりに煌いている。



  「この、輝ける星の名は――」
15/12/20 21:09更新 / akitaka

■作者メッセージ
ここを立て
俺は気づく
お前も俺と同じ
本能を見せようとしている
何がエロくて何が漲っているかなど
誰に決める権利がある
服を脱いだとき
お互い意見が合うんじゃないかな
何がって
性欲は性欲を生むが
最後にはこうなると決まっている

普段SS書こうとはあんまり考えてないんですが、
集合意識の支配によって急にアイデアが降りてきたので。

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