連載小説
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今日は奪還よ
ルベルクが捕えられて一週間ほどが経った。地下牢の中では有効な脱獄ルートが見つかることもなく、ただ時間が過ぎていくだけである。

そんな折、一人の衛兵が地下牢の前に姿を現した。定時の見回りだろうと考えた囚人たちは一瞥するだけで特に反応も示さなかったが、衛兵は牢屋に向かって声をかけた。
「勇者よ。お前の処刑が2日後に決まった。心するがいい。」
「…。」

ついに来たか、そんな面持ちで衛兵を見つめる囚人たち。
すると、衛兵がさらに牢屋に近づき、先ほどとはワントーン落とした声で囁いた。
「私はこの城で潜入調査をしているインキュバスです。みなさんを助けるため、こちら側で立てた作戦を伝えに参りました。」

全員の表情がさっと変わり、一様に身を乗り出す。
その眼には先ほどまでとは違い、希望の光がともっていた。
























「これより、罪人の処刑を行う!」
処刑の日、そろそろ昼に差し掛かるという頃に街の中央にある広場に声が響き渡った。
首都にふさわしい広さを持つ広場には立錐の余地もないほど人が集まり、広場の中央に作られた舞台に注目している。

なにしろ長い間大きな戦争もなかった平和な国だ。勇者が重罪を犯したというニュースは瞬く間に国民の間に広がり、地方からも人が詰めかけてきている。

「罪人を前へ!」
あたりを見回していた民衆が、衛兵に引き立てられるルベルクに気づくと瞬時に道を作った。
その様子をを見た人々からざわめきが起こり、舞台から少し離れた場所に作られた観覧席にいるアルドール司教が口の端を吊り上げた。
それでも縄で手を縛られたルベルクは俯いたまま、粛々と舞台に向かって歩を進める。
普通の人間であるルベルクは捕えられた時よりも痩せ、足取りにも元気がなくなっている。
インキュバスになった囚人たちが食べ物を分け与えてはいたものの、パンのかけらと水だけの食事では栄養失調に陥るのは当然のことだった。

舞台には木の板の上の部分を丸く削っただけの簡素な処刑台が置かれ、その傍らには書状を持った役人と斧を持った執行人が佇んでいる。
丸々としている役人とは対照的に、少しやせている印象を受ける執行人はマスクをかぶっていてその表情をうかがい知ることはできない。

ルベルクが処刑台の前までやってくると、役人が書状を広げて高々と読み上げる。
「罪人、ルベルク・イーゼルは勇者となったにもかかわらず魔物と関係を持って堕落し、この国に魔物を引き入れて国家の転覆をはかった者である。その所業は許し難く、法に則り、反逆罪として死刑に処す!」
一層大きくなるどよめきをよそに、淡々と処刑は勧められる。
「罪人を処刑台へ!」

衛兵がルベルクの首を処刑台に押し付け、数歩はなれる。役人の目配せを受けてアルドール司教が立ち上がった。その顔には悲しさと悔しさが入り混じった物が浮かんでいる。
「就任式の時、私があなたの本性を見抜けなかったことが悔やまれます。今からでも遅くはありません、私たちの知っている勇者殿に戻ってはいただけませんか?」
「…白々しいな。」
反抗的な目でルベルクが睨み返す。
「国民は騙せても、俺はすでにお前の正体を知っている。」

そう言われても、アルドール司教は悲しそうに首を振るだけだった。
「おかわいそうに、魔物に洗脳されてしまっているとは…。早く彼を楽にしてあげなさい。」
役人が頷き、処刑台に向き直る。
「死刑執行!」
執行人が何の感慨もなく斧を振り上げ、勢いよく振り下ろす。木製の舞台に斧がめり込む乾いた音があたりに響き渡った。






「な、何をしている!」
処刑の瞬間には目を伏せていた一部の観衆が、役人の慌てた声と他の人々のざわめきで顔を上げる。
ルベルクの首は繋がったまま、処刑人の斧はその手を縛った綱だけを綺麗に切っていた。
処刑人は斧を振り下ろしたまま覆面を取り去る。覆面の下から現れた顔に衛兵たちが呆然と声を上げた。
「ジパング人…?処刑人にジパング人などいなかったぞ…?」
その時、女性の声が魔法で拡声されて広場に響く。
「その処刑、ちょっと待ったあ!」

その場にいた全員が声の出所を探ろうとあたりを見回していると、立ち上がったルベルクの背後に魔法で作られたゲートが開いた。その中から現れたのはデビルとサラマンダー。そしてその中心にいるのは。
「リ、リリム…!?」

風にたなびく白い髪と人にあらざる赤い瞳、敵と分かった上でも本能的に美しいと感じてしまうその威容。絵で見たものよりは少し幼い印象を受けるが、教会関係者でその姿を見間違うものはいなかった。

民衆の中から次々と悲鳴が上がり、役人が転げ落ちるように舞台から避難する中、予想外に強力な横槍にさすがのアルドール司教も焦りの色を浮かべて立ち上がる。
「まったくもう、魔物よけの防御術なんか張っちゃって…。おかげで到着するのにちょっと手こずったじゃん。」
何でもないような様子で肩をすくめるレイチェルに、アルドール司教は思わず歯ぎしりする。

魔物が幽閉された同族を助けに来る可能性は考えていた。
それが勇者処刑のために城の警備が手薄になるこの日である可能性が高いとも予想はついていた。
そのために数人がかりでかけさせた、強力な防壁の術がこうもあっさり破られるとは。

「んじゃ、さっさと目的を果たして帰り…。」
言いかけた声を遮るように雄たけびをあげ、あのルベルクを連れてきた衛兵が恐慌状態になって切りかかってきた。
それを皮切りに舞台の下で潜んでいた衛兵たちが飛び出し、アルドール司教の制止も聞かずに舞台に殺到した。

最初の一人はナターシャが剣を交え、次の一振りであっさりと剣を弾き飛ばした。
「まあ落ち着けよ、剣の振り方がグダグダになってるぞ。」
にやりと笑ったナターシャに衛兵は尚も向かっていったが、それを火の燃え盛る長い尾が絡め取る。
「おっと、動くんじゃねーぞ。尻尾の火が物を燃やすものになるかどうかは私の気分一つで決まるんだぜ?」
蛇にでも絞められたような声を上げて、ようやく衛兵は止まった。

残りの衛兵たちはレイチェルの張る障壁に動きを阻まれてた。
その間にある者はマレスタの催眠術にかかり、またある者は執行人に扮していたクノイチの夫に首筋へ手刀を入れられ、一人、また一人と昏倒していった。

そんな中、舞台ごと地面を突き破る者が現れた。轟音を上げて飛び出したそれは、レイチェルの姿を認めると元気良く手を振る。
「ボスー!みんな助けたよ!」
「な…ワーム!?別働隊がいたのですか!」
驚きの声を上げるアルドールに向かってレイチェルが胸を張る。
「私が城に攻め入ると思った?残念!地下から…あいてててて!木片が降ってきてるよ!もう、締まらないなあ!」
レイチェルとは対照的に降ってくる木片や土を気にする様子もなくテヘペロするワームの足元にあいた穴から、フェミルとマーサが這い出してきた。
「レイチェルさん!囚人のみなさんの応急処置完了しました!」
「みんな元気よ〜。」
続いてリッチも姿を現す。
「魔物も助けた…。牢屋の解呪、頑張った…。」

「でかした!じゃあ転送魔法で撤収…。」
「待ちなさい!」
ようやく我に返ったアルドール司教が声を上げる。
「この際、魔物のことは諦めてあなた方に返しましょう。しかし、他の囚人とその勇者は置いていってもらいます。」
「ちょっと、そっちが交渉できる立場なわけ?」
ルベルクに肩を貸したレイチェルが不満げな顔で首を傾げる。
臆することなく、アルドール司教は両手を広げた。

「もしこのまま囚人たちを連れていくというのなら、この国の国民を1日経つごとに一人処刑しますよ。」
「!?」

レイチェルたちだけではなく、広場に詰めかけた人々にも衝撃が走る。
「おい、今司教様は何と…?」
「処刑だって!?そんな!」
「いや、これは恐らく魔物と交渉するための司教様のハッタリだろう。」
「そうだ、司教様がそんな非道なことをなされるはずがない!」

「今、魔界化を進めるために魔物が無害であると騙そうとする連中がいるようではありませんか。今ここで国民を見捨てれば、そいつらの努力も無駄になるでしょうなあ。」
「…。」
悔しそうに唇を結ぶレイチェルと得意げに笑みを浮かべるアルドール司教。そこに若い声が割って入った。

「その者は本気で国民を処刑するつもりだ!僕たちを置いていってくれ!」
地面の穴からリッチに抱えられ、スレインが出て来た。その姿を見た民衆から再び悲鳴が上がる。
「国王陛下!なぜ囚人服を!?」
「お体が悪いのではなかったのか!?」
スレインが、国民たちに向かって叫ぶ。
「みんなも早くこの国から逃げるんだ!このままではみんな、司教のたくらみで奴隷にされてしまう!」

「陛下は魔物に洗脳されて言わされているにすぎません!早く捕えなさい!」
思わぬ展開に焦った様子のアルドール司教が叫ぶと、広場の外に待機していた衛兵たちが一斉に舞台めがけて突進してくる。広場の人々を押し潰さんばかりのその勢いに、レイチェルが声を上げた。
「しょうがない…。志乃!宗次朗!煙幕!撤収するよ!」

群衆の最前列に詰めていた女性が服を脱ぎ去り、クノイチとなって勢いよく跳び上がる。
スレインの手前に着地すると腰に付けられたポーチから煙玉を取り出した。
執行人の格好のままのクノイチの夫も煙玉を取り出し、同時に足元に投げて炸裂させる。
辺りを濃い煙が覆い、煙に巻かれたものは目も開けていられないほどになる。
混乱するその場で、口元を袖で覆ったアルドール司教が何とか声を上げた。
「止まりなさい!恐らく逃げる時に追撃を受けないようにするためのものでしょう!」

しばらくして煙が晴れると、その場には壊された舞台と地面に大きく開けられた穴、そしてその場に倒れ伏すルベルクの姿だった。
アルドール司教は内心ほくそ笑んだ後、未だ混乱やまぬ国民たちに向かって頭を下げた。
「皆様、申し訳ありません!交渉のための嘘とは言え、何の罪もない皆様を処刑などと…。しかし、おかげで脅威は去りました!陛下のことですがご安心ください。魔物に洗脳されて暴れるので仕方なく牢屋に入れているだけで、現在は教団の者が洗脳を解くために努力しております!」

安堵した様子の国民から歓声が上がったが、一部の者に残った猜疑心を取り去ることはできなかった。
国王に着せられていた囚人服、彼の言葉、司教の様子…。一つ一つは些細なものだが、不可解な点が積み重なっているのだった。



























とある親魔物領にある広場にゲートが開き、中から魔物たちが雪崩れるように出て来た。
煙を吸い込んでむせたり涙目になっている者もいる中、レイチェルが真っ先に立ち上がって呼びかける。
「みんな無事!?ちゃんといる!?」
質問への返答の代わりに、焦りを含んだ声が返ってきた。
「なぜ僕たちまで連れてきたんだ!このままでは国民たちが!」
支えていたリッチを押しのけるスレインに、レイチェルはルベルクを座らせながら手で制す。
「まーまーそれは説明するからさ。」
「そう言えば煙でよく見えなかったけど、あんた撤収間際に何かしてたわね。」
ハンカチで涙を拭きながら訪ねるマレスタに、レイチェルは得意顔になる。
「ふっふっふ…。何を隠そう、煙幕を張ったのは魔法を見られないようにするため。私はあの場にいたみんなと魔法で作った身代わりを、すり替えておいたのさ!」
スレインが驚きのあまり声を上げる。
「あの一瞬で!?しかも転送のためのゲートもあなたが開いていたというのに!」
「ははは。魔王の娘をなめるでない。…さて、そろそろみんな復活したかな?」

レイチェルが振り返ると同時に、魔物たちが男たちの方へ駆け寄っていく。まず最初にトロールがスレインに抱き付いた。
「陛下!もう二度と会えないと思っていました!捕まっている間、陛下に何かあってはと心配で心配で…。」

最初は突然抱き付かれて目を白黒させていたスレインだったが、やがて穏やかに微笑むと、優しくトロールの背に手を回した。
「僕もだよ、エリナ。君と離れている間は君が何かされていないか心配だった。こうして再会することができて、とてもうれしいよ。」
「陛下。私はもう二度とあなたのそばを離れません。必ずです。」
「うん。僕も同じ気持ちだ。ずっと一緒だよ、エリナ。」

涙ぐむ二人の他にも、広場のあちらこちらで夫婦がお互いの伴侶との再会を喜び合っていた。
「うえーん!怖かったよー!」
「おお、怖い思いをさせて済まなかったな!これからは俺がちゃんと守ってやるからな!」
「あなた!無事だったのね!」
「お前も怪我はなさそうだな。よかった!」

そんな光景をほほえましく見ているレイチェルの元に、スレインとエリナがやってきた。
二人で深々と頭を下げる。
「僕たちを助けてくれてありがとう。さっきは取り乱したけど、もう一度エリナに会えたのはとても感謝しているんだ。」
「私からもお礼を言わせてください。あなたが助けてくれなければ私たちはどうなっていたか…。」
「いやいや!悪くないのに捕まってる人を見たら誰だってこうするって!」

「それに…。」
恐縮している様子のレイチェルから元気のない様子で座り込んでいるルベルクに向き直る。
「あなたも、捕まっている間はずっと希望を捨てるなと励まし続けてくれた。今まで敵だったインキュバスと一緒の空間に入れられて、十分な食料も与えられなかったあなたが一番つらかったはずなのに…。本当にありがとう。」
「俺は…。」
俯いたままのルベルクがぽつりと零す。
「俺は正直、まだ魔物を完全に信用しきれていません。それでも、誰かが理不尽な目に遭うことが許せなかっただけです。」
スレインは頬笑みをたたえたまま首を振る。
「今はそれでいいと思う。今まで信じて来たものを捨てるということは誰でも難しいだろうから。」

再三お礼を言いながら離れていく二人を見送ったレイチェルは、何とも言えない顔でルベルクを見る。
「あの…ごめん。なんか妙なことに巻き込んで…。」
「いいや、これは自分で首を突っ込んだ話だ。」
ルベルクは首を振ってから、少し晴れやかになった表情で見上げる。
「それにしても、レイチェル…だよな?あの友達になってくれって言ってきた。」
「い、いやー…まあ、うん。ははは…。」
苦笑しながら歯切れ悪く答えるレイチェルに、ルベルクは笑って返す。
「心配ないさ、魔物は信用しきれないといったけど、憎んでいるわけじゃない。頭では信用に足るだろうと理解している状態だから、そのうち打ち解けることができると思う。」
「本当?じゃあ頑張る。」
「そうしてくれ。」
お互い顔を見合わせて笑ったところで、マレスタが近づいてきた。

「おーい。イチャイチャしてるところ悪いけど、そろそろ病院の時間よ。人間でその痩せようと肌の感じだと少なくとも健康ではないでしょ。」
「い、イチャイチャはしてないっ!」
顔を赤くして一歩踏み出したレイチェルをよそに、診療所と思しき建物から白衣を着た男性がやってきた。そのままルベルクの肩を組んで診療所へと引き上げていく。

「…ところでよ。」
ルベルクを見送っていたレイチェルにナターシャが声をかける。
「お前、今回は大丈夫だったな。」
「大丈夫って、何が?」
「勇者の体ガッツリ触ってたじゃねーか。前んときは握手しただけで放心状態だったのにな。」
「…あ…。」
ルベルクの体を触りまくったことを自覚し、その筋肉の硬さや髪の柔らかい感触、男性特有のにおいを思い出した瞬間、レイチェルの意識は遠のいていった…。

「おい!レイチェルのやつ気絶したぞ!」
「うわっ、気絶してるのに笑顔ってキモッ…。」
「やり切ったって笑顔ね〜。いい死に顔だわ〜。」
「勝手に殺さないでください!というか、レイチェルさんをベッドに運びますよ!」
15/03/29 23:47更新 / 飛燕
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■作者メッセージ
〜おまけ レイチェルたちがイチャイチャしている間の出来事〜
ナターシャ「…げ、そう言えば衛兵を尻尾で巻きつけたまま連れてきちまった…。」
ワーム「ねえ、その人ちょうだい!」
ナターシャ「ん?こいつでいいのか?」
ワーム「うん!その人可愛い!」
ナターシャ「そ、そうなのか…。じゃあやるよ、そら。」
ワーム「わーい!一生大事にするからね!ダーリン!」
ナターシャ「おお、スゲー勢いで潜っていった…。まあ、幸せにな。」



救出作戦は成功したものの、問題はまだまだ未解決。
レイチェルは(元)故郷を救えるのでしょうか?

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