連載小説
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パンデモニウム監獄 肉柱を折れ!
 とうとうこの日が訪れた。
 以前に告知されたイベント【パンデモニウム監獄・肉柱を折れ!】
 パンデモニウム監獄には多くの腕自慢、そして囚人を夫にして自ら管理させようと考える過激思想の魔物娘たちが集っていた。

 大ホールに所狭しと集まった魔物娘たちに向かって看守服のデーモンが、軍靴を響かせて現れた。その看守服は軍服じみている。彼女の肉惑的な肢体は軍服の規律を弾けとばさんばかりに、ムチムチと自己主張をしている。
青白い肌の美貌には嗜虐的な笑みが浮かび、きっとこれから巻き起こるに違いない男たちの嬌声の、阿鼻と叫喚の混声合唱を想像して股を湿らせているに違いない。
彼女はホールに集った漢女(オトメ)たちを睥睨し、声を張り上げる。
「ようこそ諸君、我らが肉欲の宴へ。私は看守長のヘルゲイト。今日は存分に楽しんで行って欲しい。ここに集まった君たちの数よりも、むろん囚人たちの数の方が多い。男に囲まれて犯されることを怖いと思うのなら今すぐ帰るべきだ。これはイベント。我らが愉しむべき行事なのだから。ふふ。帰るものは誰もいない。いい心構えだ。よろしい!」
 看守服をまとったデーモンは鞭を打ち鳴らし、エナメルの軍靴を高く踏み鳴らした。

「すでに諸君らも知っての通り、このイベントは監獄内にいる男性の肉柱を何本折ったかで勝敗が決まる。賞品としては精力剤五年分! もちろん、気に入った男がいれば彼を手中に収めて戦線を離脱して管理しても構わない。その時は看守として彼の獄房の管理権を譲渡しよう。そして、初代優勝者に捧げられるのは監獄長の座である」
 彼女の宣言に色めき立つ魔物娘たち。デーモンは意気軒高な彼女たちに満足そうに頷くと、士気を最大限に高めるため演説を始める。

「静粛に! 傾注(アハトウング)!」
 デーモン閣下に付き添う、同様の軍服じみた看守服をまとったダークメイジが声を張り上げる。水をうったかのように静まり返ったホールに、低くよく通るデーモンの声が響く。

「諸君、
「私は性行為が好きだ」
 演説を始めた彼女に対し、キョトンとした顔のもの、ニヤリという笑みを浮かべるもの、様々な顔がある。
「諸君、私は性行為が好きだ」
 だが、デーモンの噛みしめるような声の響きに、彼女たちの誰もが顔を引き締めていく。
「諸君、私は性行為が大好きだ」
 その心底の叫びに、誰もの顔が情欲に染まった。

 デーモンはもろ手を翼のように広げ、恍惚として告げる。彼女はホールに咲く一輪の青薔薇のよう。

「接吻が好きだ。
「抱擁が好きだ。
「手淫が好きだ。
「口淫が好きだ。
「顔射が好きだ。
「足コキが好きだ。
「脇コキが好きだ。
「授乳が好きだ。
「クンニが好きだ。
「中出しが好きだ。
「膣イキが好きだ」

 ペロリと唇を舐める。

「平原で、街頭で、公園で、室内で、火山で、凍土で、砂漠で、水中で、空中で、泥中で、車内で、社内で、
「この世界で行われるありとあらゆる性行為が大好きだ」

 彼女は傾聴する魔物娘たちに、嫣然と微笑む。

「真面目ぶった男性が挿入と共に理性を吹き飛ばすのが好きだ。
「高くそそり立つ肉棒が膣内に入った時など心がおどる。
「怖気づく男性が手を伸ばしたコンドームの0.02mmを噛み破るのが好きだ。
「悲鳴を上げて私から逃げていく男性を69(シックスナイン)でイかせた時など胸がすくような気持だった」
 魔物娘たちからくすくすと同意の笑いが漏れる。

「汚いケツをそろえたマゾ豚を鞭で蹂躙するのが好きだ」
 ダークエルフが鞭を打ち鳴らす。

「童貞を捨てたばかりの男が快楽を求めて既に萎えている肉棒で何度も何度も抽挿している様など感動すら覚える」
 アマゾネスが吠えた。

「禁欲主義者の修道士達を快楽に堕としていく様などはもうたまらない」
 ダークプリーストがしっぽを愉快そうにくねらせる。

「汚い射精音を上げ、果てた肉棒たちが私の振り下ろした手淫とともに再びムクムク勃(た)ち上がるのも最高だ。
「哀れな抵抗者達が歯を食いしばって健気にも快楽に耐えているのを、80回の48手が理性ごと木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚える」
 ダークヴァルキリーの股から雫がつたった。

「精通前のショタに滅茶苦茶にされるのが好きだ。
「必死に守るはずだった貞操が蹂躙され今度はこちらを犯しにくる様はとてもとても愉しいものだ」
 ユニコーンがカツカツと蹄を鳴らす。

「男性の巨根に押し潰されて腹ボコぉされるのが好きだ」
 デビルが嗤う。

「四つんばいで挿入され犬のように地べたを這い回るのは悦楽の極みだ」
 オークが嘶いた。

「諸君、私は性行為(セックス)を、最終戦争(ハルマゲドン)のような性行為(セックス)を望んでいる。
「諸君私に付き従う魔物娘諸君、君達は一体何を望んでいる?
「一人の夫を望むのか?
「情け容赦のない糞の様な大乱交を望むか?
「手練手管の限りを尽くし、天上の主神を堕とす魔王の様な闘争(セックス)を望むか?

 看守服のデーモンの問いかけに、ホールにいる魔物娘たちが口々に叫ぶ。
「愛撫(セックス)交合(セックス)陵辱(セックス)」
 
「よろしいならば大乱行(セックス)だ」
 デーモンの顔が蕩けるようにゆがむ。
 彼女は右手で手刀を形作ると、それを一思いに振り下ろした。

「堰を切れ!!
「陵辱の濁流の堰を切れ!! 諸君!!
「そそり立つ肉棒は振り下ろされた我らの性技でたたき折られるのだ!!

「イベント、パンデモニウム監獄・肉柱を折れ!
「これより開始である!!」

 彼女の言葉が終わるか終らないかの時点で既に彼女たちは飛び出していた。全てを薙ぎ倒して突き進む鉄砲水のように、夜闇にむかって引き絞られた矢のように。
 彼女たちの陵辱(狩り)の時間が、今、始まった。

  ◆

俺、光堂寺正義(まさよし)は、冤罪で投獄された。
この監獄は更生不能とみなされた囚人が収容されているらしい。一人一人に別々の独房が与えられ、飼い殺しにする。ここで出会った奴らの人となりをみれば、それも仕方がないと思う。ここに人権はない。怪しげな人体実験に使用されているなんて噂すらある。
俺は自分の冤罪が晴らされることを望んでいたが、ここに入ってその望みは絶たれたのだと思い知らされた。
この監獄は最近大規模に改造されたらしいが、そんな事はもはや些末なことだ。
もう俺は、ここで一生を終えるのだからーー。

その日、異常な事態が起こった。
朝食後、決して変わることなかった殺風景な四角い部屋の壁に、突然映像が映し出されたのだ。
そこに写っていたのは、この世のものとは思えないほどの絶世の美少女。白髪赤目でゴスロリ服に身を包んでいる彼女は、人間ではなかった。その頭からは悪魔のような角が、背中からは羽が、お尻からは尻尾が伸びている。
彼女は幼い唇を蠱惑的につり上げて、無邪気な声で話し始めた。
「おっはー、更生不能なクズの皆さま、ご機嫌いかがぁ?」
こちらを馬鹿にしているとしか思えない彼女だが、その声音は映像越しでも背骨を芯から震わせて……。
「え……」俺は痛いくらいに勃起した自らのペニスに驚く。「俺にそんな趣味はなかったはずだが……」
「にゅふ」
顔を上げた俺は少女と目があった気がした。彼女は俺の動揺を気づいているのかいないのか、こちらを小馬鹿にするように耳に手を当ててシナをつくる
「どーしたのかなー? せっかくリリムのオーバーちゃんが挨拶をしてあげているっていうのに、返答がないわね」彼女は真っ赤な瞳の瞳孔を縦にすぼめ「挨拶は大事よ。おっはー!」

『おっはー!!』
俺は意に反してありったけの声で叫んでいた。彼女は満足そうに頷いている。
「うんうん、コミュニケーションの基本は挨拶ね。『古事記』にもそう書いてあるんだっけ? どーでもいいけれど」
彼女はパンっと手を打ち鳴らす。それはもう満面の笑みで。
「どーも、私は1日監獄長のオーバーちゃん。クズの皆さま、おめでとうございます。あなたたちは私たちの獲物として認定されました。これから私たちがあなたたちを陵辱しにいくので、ちんこをおっ勃(た)たせてお待ちください」
「……は?」
俺は言葉を失う。彼女の言っている内容は分からなかったし、何気なく言った卑猥な言葉にもだ。呆然とする俺をよそに、彼女はやはり小馬鹿にしたように話す。その口ぶりから、この映像を見ているのは俺だけではないらしい。
もしかして、ここにいる囚人全員?

「うーん。やっぱりすぐに状況を飲み込めない方ばかりのようね。それじゃあ、この優しいオーバーちゃんが、丁寧に教えてあげましょう。まず、今のあなたたちの朝食に一服もらせてもらいました。キャッ」
まるで上級生に告白した新入生のように頬を赤らめているが、その内容は恐ろしい。
「でもでも。安心してください。別にそれは命に関わるようなものじゃないわ。単におちんちんがビンビンになっちゃうだけのものだから、にゅふ」
…………なんだそれは、俺たちのペニスを勃起させて彼女になんのメリットがあるというのだ。
「あ、言っとくけど、萎えさせようと思っても無駄よ。オナってヌケる程度の快楽じゃ鎮まりはしないわ。こんな感じでヤらないと」
なんの躊躇いもなく卑猥な単語を連発する美少女が指を鳴らすと、画面が切り替わった。

「あいつは……」
確か幼女絡みの事件で逮捕された囚人だ。あいつが武勇伝のように誇らしげに語る様子には、毎回はらわたが煮えくりかえるほどの怒りを覚えていた。そいつの部屋が映し出されている。奴はカメラを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。するとそいつは何かを見つけて舌舐めずりをした。
カメラ後ろに引くと、奴の前には小◯生にしか見えない少女がオドオドした様子で立っていた。
まさか……。
「お、おい。やめさせろ!」
俺は思わず叫んだが、映像の向こうに届くわけがない。
奴は映像の中で、その少女に飛びかかると……。何をしたかは言いたくない。俺は目を背けて拳を握り、唇を噛む。だが、彼女の泣き叫ぶ声が……。
満足そうな男の吐く息が、少女のすすり泣きに重なっている。

ーーなんだよ、俺におもちゃをプレゼントしてくれたってことか? しかも似てるし……イヒヒ。でもすげえな、これ全然おさまんないぜ。もっともっと、壊れるまで遊んでやるぜ。

不愉快な声が聞こえる。なぜそんな酷いことを……。
俺は沈痛な気持ちを抱いていると、

「アハッ、何考えてるの?、このヘタクソ。壊れるまで遊ぶのはこっちよ。いいえ? 壊さないようにずぅっと、遊んであ・げ・る」
「へ、……お、お前……。う、うわぁあああ! このッ、なんて馬鹿力……。ウヒッ、これ気持ち……いひぃいいいいいい!」
届いてきた音に、俺は映像を見た。
そこには男に陵辱されて横たわる少女ではなく、男を押さえつけて腰をふる青い肌の少女がいた。それは紛れもない異形の姿。男の上で幼い肢体を淫らにくねらせて、男を苛んでいる。彼女は歴戦の娼婦ですらできないだろう淫惨な笑みを浮かべ、快楽を貪る。
男はすでに何度も果てさせられているようだった。
それでも彼女は腰をふる。
「やめ、ごめ、許して……」
「だぁーめ。あんたは幼女が好きなんでしょ? こうしてまた会えたわけだし、これからあんたが悪いことをしないように、ここでずっと私が管理してあげる。嬉しいでしょ。一方的に貪られて、一方的に陵辱されて、これがずぅっと続くの。ただあなたも私も気持ちがいいだけ、嬉しいでしょ? 安心して、あんたが壊れることなんてないから」
「うひぃいいいいいい!」
断末魔のような悲鳴を上げた男から彼女は立ち上がる。その腹は膨らみその股からは男の液がこぼれている。
「えっと、じゃあ、私はこいつの看守に着任するから、お薬追加で。このアプリでこうすればいいのよね」
彼女が何やらスマホらしきものを操作すると、男の萎えていたはずの肉棒が再びそそりたった。
「アハっ、じきに気持ちよくだけなるわ……」

ーープツン。
最後に見た彼女の、人間にはできるはずもない凄絶な表情に、俺は言葉が出なかった。

「はぁーい。ご覧の通りに、今から二十四時間の間、私たち魔物娘が陵辱しにいきます。おとなしく嬲られるもよし。逃げ続けるもよし。開始の合図とともに部屋のドアが開くから、せいぜい私たちを楽しませてちょうだい? でも、監獄からは逃げ出せない。期待させてたらごめんさないね。にゅふ」
彼女の顔にはただ無邪気な笑みだけがある。えくぼなど、微笑みそうになるほどに可愛らしい。だが、冗談じゃない。
「さてさて、もう待ちきれない子ばっかりだから、勝手に始めさせてもらうわ」

オーバーと名乗った彼女は堂々と胸を張り、挑発的に目を見開く。
「にゅっふー! おしっこは済ませた? 神様にお祈りは? 惨めに震えてビュルビュル射精をする準備はOK? え、まだ? うっさいクズども! おしっこまだなら精子と一緒に出してもOK。それじゃあ、行くわよー。イベント名もあんたらに合わせてあげるわ。涙、鼻水、よだれ、ザーメン、マン開で感謝しなさい!
イベント、絶対に射精(だ)してはいけないパンデモニウム監獄24時、スタートぉーー!」



それぞれの監獄から出てきた見るからに凶悪な面構えの囚人たちがゾロゾロと歩いていく。
「ああん? 魔物娘だろうがなんだろうが、単なる女だろ? んなの押さえつけて犯してりゃそのうち大人しくなンだろ。あんなチビっこいのにヤられてたアイツは情けね〜。俺だったらな、こうして……こう、だ」
「ギャハハはは、ジョーさん、それどんな体位? 相手死んでんじゃねーの?」
下劣にわめきたてる彼ら。だが、その声はすぐに悲鳴に変わることになる。
バクン、と。
先頭を歩いていた囚人が、床を突き抜けてきた、何か巨大な岩に覆われたミミズのようなものに飲み込まれた。まるで通過列車にさらわれたが如く、そこにもはや誰もいなかった。
「ジョーさぁあああああああん!」
彼の叫びも虚しく、それに呼び寄せられたかのように、サンドワームが開けた穴から、
「だぁーっ、クッソ。あいつ俺を振り落として行きやがって……ま、好みのやつが見つかったんならしゃーないけどサ」
ヒョコンと、真っ黒い狼のような犬のような耳が見えた。

続いてまるで地獄の淵から這い出てきたと思えるような、凶悪なかぎ爪のついた、これまた真っ黒な毛皮に覆われた獣の手が現れた……。
「おいおい、まさか……」
「あの映像のような女の子ばかりじゃなぇのかよ……」
「化け物……」
男たちのつぶやきにその黒耳が楽しそうにヒョコヒョコと動き、その持ち主は凶悪な腕に力を込め、大穴から艶かしい美女の肢体を曝け出した。まるで地獄の業火で淫らに焼き焦がされたような色合いの肌。野生で鍛えられた筋肉質でありながらしなやかな女の肉体。豊満な胸はたわわに実った果実のようで、首から肩のラインは活火山の稜線のように力強さと美しさを兼ね備えている。ムッチリとしていながら引き締まった太もも、肉惑的に弾けるような臀部。本来白目のある部分は黒く染まり、赤い瞳が愉悦を含んで彼らを見ている。
「ククッ、愉しいなぁ……おい。その化け物にお前らは今から狩られるんだ。悪いことしたっていうのに、のんびり部屋の中で暮らしているわけにはいかねぇな」
彼女は獣の足で、弾(だん)っ、と飛び出すと、先頭の男に飛びかかった。そうしてそのままズボン越しに股間を撫で摩る。
情けない声を出して男は果ててしまったようだ……。彼は幸せそうな顔をして倒れている。
「あーあ、つまんねーの。早漏が。さぁーて、お前らはどうなのかな?」
彼女の視線に他の男たちがビクリと身を竦ませ、複雑な顔をする。いくら彼女が魔物だとはいえ、まぎれもない美女だ。しかもそんじょそこらではない、極上。こんな監獄で禁欲生活を送っていた彼らだ。襲われてもただイかせてもらえるならご褒美でしかない。むしろお願いすればもっといかがわしいことをしてもらえるのではないか。
囚人たちの顔に醜悪な笑みが浮かぶ。
「へぇ……いい顔するじゃないか」
彼女、ヘルハウンドの顔には情欲の混じったどう猛な笑みが浮かぶ。ギラギラと輝く犬歯からは、生臭いメスの匂いが漂ってきそうだ。
「でも、勘違いするんじゃねぇぞ?」
彼女は果てて転がっている囚人に目を向ける。その囚人には首輪がつけられ彼女の手の鎖に繋がっていた。
「俺はここに就職希望だ。お前らは俺に飼われる犬。俺は単にご主人様が誰かってことを教えにきただけなんだ。夫じゃねぇ奴に股は開かねぇ。お前らはただ絞られて管理されるだけだ。俺がよしと言うまで出せねぇし? 俺が触るまでお前たちから俺には触れねぇ。俺のまんこに打ち込みたきゃ俺を押さえつけて無理矢理やるんだな。ま、お前らには到底無理だろうがな。ひゃはは」
彼女の挑発で、彼らから笑みが消える。そして剥き出しの悪意が……。
「ハッ、いいねぇ……」ヘルハウンドは舌で唇を湿らす。「女を前にしたんだったら男はそうじゃなきゃあいけねぇ。特に俺のような女ならな……。さぁ、狩りの時間だ」
数分後、ヘルハウンドの指揮する犬ぞり部隊が生まれることになる。
「ハン、なっさけねぇ……。どっかに凶悪にいい男はいねぇもんかねぇ」
彼女は自らの爪をちろりと舐めた。



獲物を求めて疾駆するユニコーンが顔をしかめる。
「匂うよ、匂いますね……非童貞の匂いです。やはり、囚人で童貞とはレアなのでしょうか。……ですが、私が参加したのは腕試しが目的。淑女たるもの、男性のイかせ方には熟知していなくては、私の経験値になってください」
彼女はゴム手袋をはめていた。
「な、なんだてメェ……。馬!? でっけぇが、胸もでっけぇ。よぅし、俺らで押さえつけちまぉうぜ」
「身の程を知りなさい」
彼女は不愉快そうに顔をしかめると、すれ違いざまに囚人をイかせる。ヌかれた彼らは絶頂の表情で倒れ伏している。彼女は凛とした表情で、ユニコーンにしては奈落の底のような瞳の色で言い放つ。
「あなたたちの精液なんて、一滴だって浴びてやるものですか!」
倒れ伏した囚人たちにどこからともなくワラワラとデビルバグたちが集まっていく。彼女たちは彼らを担ぎ上げると、何処かへと持ち去っていく。イベントに真っ当に参加する魔物娘たちだけでなく、そのおこぼれに預かるために身を隠している魔物娘たちがいる。彼らが何処に連れていかれ、どのように搾取されるかは誰も知らない。もちろん、命だけは大丈夫だ。
「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者だろうと非童貞に興味はありません。ただの人間でもいいから童貞を連れてきなさい」
彼女は清廉なユニコーンには似合わないつり目で言い放つと、……絶句した。
角を曲がって現れたのは馬の下半身を持つ彼女と同程度の身長を持つ大男だった。彼の股間は膨れ上がり、ズボン越しでもトウモロコシのような大きさのそれが、はち切れそうに脈打っているのがわかった。
だがその禍々しいとまで言える彼を見て、ユニコーンは両手で頬を掻きむしらんばかりにウットリと唇を歪ませる。その瞳は桃色に染まり、狂気が滲んでいる。
「出会えました……。理想の童貞……私は賭けに勝った……」
彼女の常軌を逸した様子に大男は怯んだようだった。
「うふふ。大丈夫ですよ。なんにも怖いことなんてありません。ただ、私だけの種馬になってもらうだけですから……」
思わず大男は逃げ出したが、ユニコーンの馬の脚に敵うわけがない。彼はやがて捕まえられ……。



そこかしこで上がる男たちの汚い嬌声を、正義は部屋の中で聞いていた。
「一体何なんだこれは……、これは現実なのか……」
彼はおののいていた。彼女たちに捕まれば自分も彼らのように陵辱されてしまうだろう。もしも気に入られて仕舞えば夫にされてここから出ることが出来なくなる。それはダメだ。そうなって仕舞えば……。
「フンフン、匂うよ匂うよ。男の匂いだ」
ドアノブが回り、彼は慌てて身を隠そうとした。だが隠れる場所などあるはずがない。彼は一か八か、布団を引き出し……。
「ふふん。誰かいませんか〜」
オークが入ってきた。彼は息を殺している。オークは可愛らしい鼻をヒクつかせて、
「臭うよ〜。ふふ。可愛いなぁ。布団の中に隠れるだなんて」
部屋の真ん中に敷かれた布団に手をかける。彼は固唾を飲んで……、
「あれ、いないや……おっかしいなぁ……あれ」
布団の中には誰もいなかった。オークはしきりに鼻を動かしている。
「なんか、先を越されたっぽいかな?」
彼女は怪訝そうな顔を浮かべると、それ以上部屋を調べることなく出て行った。ドアがバタンと閉まる。
助かった……。こんな古典的な手にひっかかってくれるとは思わなかった。
安堵で静かに胸をなでおろす彼は、ドアの裏にいた。彼は彼女の足音が消えてからようやく動き出す。彼女はやり過ごした。だが、状況は何も改善していないことは確かだ……。
「ん……? 何だあれ。さっきまで何もなかったが……。彼女が落として行ったのか……?」
彼は布団の上に落ちていたそれを拾い上げて驚愕した。
「俺のスマホじゃないか……。でも、なんでこんなところに?」
彼が中身を確認してみると……、
「ダメか、圏外だ。ん? 見覚えのないアプリが追加されてるぞ。まもむすGO? ……って、これは、おい、おいおいおい!」
彼はその機能に目が落ちるのではないかというほどに目を見開いた。
彼が使用したのはサーチの機能。本来は自分の攻略できる魔物娘の居場所をサーチする機能だが、これは機能上、攻略できない魔物娘の居場所も表示される。つまり、
「これを使えば彼女たちに見つからずに逃げ出すことができる……」
しかも、監獄内の地図も付随して表示されている。
だが、なぜ俺の携帯がこんなところにあって、しかもこんな都合の良いアプリがインストールされているのだろう。しかも、電波は通じないはずなのにこれだけは使える。
まるで何者かの手のひらで転がされているような得体の知れない気味の悪さがあるが、これを利用しないという選択肢はない。
正義は画面にも表示されない何者かの視線に気づくことなく、自分のスマホを固く握り締めていた。



「フハハハハハハ。私の鞭でイった奴はいい囚人だ。百万年私の奴隷にしてやろう」
ダークエルフがご満悦の笑みで鞭を振るっていた。
「ヒィ、そんな……」
「今口答えをした奴はむち打ち追加だ!」
「ぎゃああああ! ……もう、イきたくないですぅ……」
「安心しろ。今に自分から求めるようになる。もっとも? それでは看守として失格だからな。イかさず殺さずの絶妙なさじ加減を今実戦で練習中というわけだ」
彼女の哄笑と鞭がケツを叩く音が響き渡っている。

正義がそぉっと覗き込めば、四つん這いでケツを剥き出しにされた囚人たちが鞭で叩かれていた。
「こっちは通れないな……」
彼がそう呟いた時、ケツを出している囚人の一人と目があった。奴の瞳が道連れを見つけたのだと嗜虐的に歪む。
「女王ぉおおおさまーー!」
「うるさいッ! 私は女王様ではない看守だ。お前らは私の夫(奴隷)ではなく、ただ管理されつだけの豚だと知れッ!」
バシィ、と鞭が走る。
「ありがとうございますぅううーー!」
彼はすでに目覚め始めているようだ。
「あそこにまだ捕まっていない囚人が」
マズイ。
「何ッ……!」
ダークエルフが振り向くよりも前に彼は駆け出していた。後ろからは、再び鞭の音が聞こえていた。
「馬鹿者ッ! これだから豚は……。私が見たのはーー」
彼女の言葉は遠ざかる正義の耳には届かなかった。

「くっ……どこも通れそうにない……」
柱の陰に隠れた彼は、通り過ぎていく、ヘルハウンドが指揮するいぬぞり部隊をやり過ごせた。先ほどはみこしに担がれたアマゾネスを見た。
どうやらすでに狩られた男たちを指揮して、彼女たちの間には派閥が築かれていっているようだった。アプリのサーチ機能でどうにかやり過ごせているが、そこかしこに彼女たちがいるせいで通り抜けることができない。
アプリのアイテム屋には状況を打破する課金アイテムが揃えられているようだが、金を持っていない正義には買うことができない。興味深そうな顔でありがながらニマニマと笑う狸さんの顔が神経を逆撫でしてきて不快だ。
そうした憤りに心を向けてしまったせいだろう。彼は近づいてきていた影に気づかなかった。
ギュッと、腕を掴まれた。
「うわぁああああ!」
咄嗟のことでその手を振り払ってあいまった彼だったが、その姿に開いた口が塞がらなかった。
だが彼女に瓜二つな少女が尻もちをつている姿に、「ごめん、大丈夫か……」と彼は手を貸して立たせてやった。
「うん、大丈夫」
えへへ、と笑う彼女に彼は少し呆けたような顔をしていた。
その笑い方も彼女によく似ている。だが、彼女がこんなところにいるわけがない。だって、彼女は……。
彼はあのアプリを思い出して彼女に向けてみる。だが、彼女に魔物娘のアイコンは表示されていない。
「君は、人間なのか?」
彼の言葉に彼女は悪戯っぽく笑う。
「ひみつ」
それは答えを言ったようなものだが、彼女に襲いかかってくる様子はない。
「私はね、あなたをここから助けに来たの。あなたが無実だってことを私はちゃんと知っている」
あどけなく笑う彼女のえぅぼが可愛らしい。そうだ、それも……。
「君はどうしてそんなに……」
ーー殺された彼女に似ているんだ。
その言葉は言えなかった。乱入者が現れたからだ。
「まだ折れてない肉柱はっけーん。手こずってんなら回してくれよ。ぶっちゃけそいつは俺の好みだからさぁ……。夫にしてもいいかなって思うんだよ。お前が狙ってるっていうんなら? 俺が折った後に一緒に輪姦(まわ)させてやっても構わないぜ」
そこにいたのは、トサカをおったてたコカトリスだった。
「俺、奥手な自分を変えたくて参加したんだけどさぁ……、やっぱ怖くて逃げ回っているうちに覚醒したっていうの? ま、ぶっちゃけ課金アイテムに、気弱なあなたもこれで攻撃力アップっていうのがあったからさぁ、それを使ったら、イケててさぁ……」
彼女の目はイケてるはずなのにむしろグルグルとして、まるで【イケナイくすり】を使ったかのようだった。
彼は自分を助けてくれるという女の子をお姫様抱っこで担ぎ上げると、一目散に逃げようとする。だが残念、回り込まれてしまった。
コカトリスはまるでトチ狂った鶏のように目を血走らせ、舌を垂らしている。
そのままジリジリと睨み合っていると、
「ふやぁ……」
コカトリスはふやけた。彼女の瞳はオドオドとし始めている。
「もしかして」
「おくすり、きれちゃったぁ……。私、アレがないと……」
彼女はフラフラと自分のスマホを取り出してタップしようとする。
「はやく【イケナイおくすり】を使わないと……」
アイテム名は本当にイケナイおくすりだったようだ。
「させるか!」
正義は咄嗟に彼女のスマホを蹴り飛ばした。
「うぇえええーー、私のスマホー!」
涙目になっている彼女にはすまなく思うが、ここから脱出するためにこちらも必死なのだと正義は自分に言い聞かせる。彼女はそれでもスマホを取りに行こうとするから、正義は慌てて彼女の肩を捕まえた。女の子の華奢な肌に直に触れて、その滑らかな暖かさに戸惑ってしまう。
「なんで顔が赤いのですか……」
正義がビクリとすると、腕の中の少女は頬を膨らませていた。
「……どうして怒ってるんだ?」
「なんでもありません」
ふいとそっぽを向く彼女に彼が戸惑っていると、プルプル震える振動で、まだコカトリスの肩を掴んでいることに気がついた。
「君には悪いけど、スマホを取りに行くっていうのなら、俺はこのまま君を捕まえ続けてやる」
彼のその真っ直ぐな瞳に、彼女はまるで湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にさせて、
「えへへー、捕まっちゃいました」
と、はにかむように言った。
その様子に彼は訝しげな表情を浮かべるが、響いて来た足音にハッと顔を青くする。
「早く逃げないと……」
「ええ。誰かがデレデレしてるせいで道草を食ってしまったもの」
腕の中の彼女は拗ねたように口を尖らせていた。
「別にデレデレなんてしてないし、それよりも今は逃げないと……」
その言葉に彼女は何か言いたそうにしていたが、諦めたように、
「それじゃあ行きましょうか」
「私もついていっていい?」
コカトリスが彼の袖をつまんで上目遣いでみちめてきていた。これは断れるわけがない。
「俺に襲いかかって来たりしないだろうな……」
「あのおくすりがなければ私にそんな度胸はないです……。それに、今はむしろ襲われたいような……」
「痛っ……どうして殴るんだ……」
「自分の胸に聞いてみなさい」
腕の中の彼女はとてもご立腹のようだった。
「胸に手を当てようにも、君がいるからできないのだが……」
「うるさいの」
「これならまだ私にもチャンスが……」
「ないわよ」
なにやら彼女たちの間で譲れない戦いが始まったようだった。
「そんなことはどうでもいいから、早くにげよう」
「「どうでもよくない!」」
息ぴったりの彼女たちに、もしかすると爆弾を抱え込んでしまったのではないか。彼の頬を冷や汗が流れたのだった。



ここはモニタールーム。
黒いゴスロリ服に身を包んだ白髪赤目の可憐な少女、リリムのオーバーがコーラとハンバーガーをお供に監獄内の様子を眺めていた。
「にゅふー。思ったより歯ごたえがなくて退屈していたけれども、これはまだまだたのすめそうじゃない」
彼女はそのギザっ歯をむき出しにしてニンガリとイヤらしく笑い、モニターの一角に視線を向けている。
そこには正義一行が写っている。
「いくらこちら側だって言っても、囚人の脱走に手を貸すのはいけないことよ。彼らにはちょーっと、ペナルティを課しましょうか」彼女の赤い月のような瞳に嗜虐的な笑みが浮かぶ。
「にゅふ。にゅふ。にゅふふふふふふ」
モニタールームには聞いたものを蕩かしてしまうような少女の甘い笑いが満ちていた。



ピンポンパンポーン。
監獄内に一斉放送が流れた。
「はぁーい。皆さん狩り状況はどうかしらー? ちゃんとハントできてるぅ?」
それは朝食後の映像に現れた白髪赤目ゴスロリ服の美少女の声だった。
コカトリスと謎の少女とともに、他の魔物娘たちを避けつつ出口を目指していた正義は足を止めた。甘くとろけるような声音だが、朝の光景や、無事な囚人たちを見かけなくなってきていた監獄内の喧騒に、彼は薄ら寒いものを抱く。
「オーバーちゃんからお知らせです。まだおちんぽおっ立てている囚人たちもずいぶん少なくなっちゃったみたいで、なっさけなーい。あなたたち、それでも凶悪な囚人たちなの? にゅふふ。でも仕方がないかしら。あなたたちは魔物娘によって保護され管理されなければならない存在。それであなたたちは幸せ私たちも幸せ。win-winな関係で無問題(もーまんたい)ね。
ではでは経過報告〜。ドンドンぱふぱふー。耳の穴かっぽじってよぅく聞きなさい。あ、ぱふぱふの最中だったら気にしなくていいわ。どうぞそのままお続けください。夫を手に入れた子には関係ないだろうから。にゅふ。
一位はダークエルフちゃん、すでにマゾ豚の管理体制を作り上げるだなんて流石ね。でも、残念ながら夫(奴隷)とは出会えてないみたい。残りの囚人に期待ー。
二位はアマゾネスちゃん、囚人たちの女王としてみこしに担がれているわ。鞭のご褒美で管理された官僚的ダークエルフ陣営と、強さのヒエラルキーがすべてのアマゾネス陣営。いつかぶつかることもあるかもしれないけれど、このイベントのコンセプトとは違うから、それは別の話
さてさて、三位はヘルハウンドの犬ぞりの遊撃部隊。狗は悦びそり引きまくる、というやつね。
それから下の順位も話したいのだけれども、この三人が圧倒的すぎて、残念ながらそのまま狩り続けていってもこの点数差は覆せないわ。
だ・か・ら。ここまで残った囚人たちの点数をあっぷー!
これでまだまだ三位以下の子たちにも勝利の目が出てきたから頑張ってね。で、ここからが本題。その残った囚人の中でも、魔物娘を逆に従えてしまって脱獄を目指している悪い子がいるの。その子を捕まえた娘(こ)には特別に百万点あげちゃう。その男の写真をアプリに送るから、みんなー。捕まえてしぼりとっちゃえ〜!」

彼女の放送に、正義の全身を嫌な予感が駆け巡った。
アプリを見てみる。……やはり、自分の顔写真がのっていた。彼が焦燥感を募らせる間も無く、地響きが聞こえた。そして男たちの怒声も……。
「しゃあああ! いたぞ! あいつを捕まえてダークエルフさまに連れて行けば、今度はヒールで踏んでもらえるんだ!」
「お前らに渡すか! アマゾネスさまに引っ立てればオイルレスリングをしていただけるんだ!」
完全に彼女たちに管理されている彼らは、彼女たちの手先となって放たれていたようだ。
「ひ、ひぇええええ!」
悲鳴をあげるコカトリスと、謎の少女をともなって彼は一目散に駆け出す。逃げ道は今捕まってしまってはこれまでの努力が水泡に帰してしまう。そんなことはあってはならない。
俺はここから出て、彼女を殺した真犯人をこの手で捕まえるのだ。
彼は殺された彼女にそっくりの少女の顔を見て、そう決意するのだった。

無機質なむき出しのコンクリートの壁がどこまでも続いている。天井で回っているファンが、いやでも足を急かさせる。彼が角を曲がった時、
「よぉーう。いいところで出会ったな。まだ折られてなくて嬉しいよ」
どう猛な犬歯をむき出しに、ヘルハウンドがいた。彼女は犬ぞり部隊にやらせるよりも自分で狩りをしたい性格らしい。
正義は歯噛みして、だが彼女に向かって走る。彼女一人ならくぐり抜けられるかもしれない。
「いいねぇ、元気がいい男は好きだ。だが、元気なだけじゃどうにもならねぇ!」
獣の足が床を蹴った。凶悪な爪の跡を残して彼に肉薄する。振り上げられた右の爪が降ってくる。彼はそれを、彼女の肘に右ひじを添え、前腕で彼女の上腕を跳ねあげて下からくぐらせていた左手で手首を引き落とし、彼女の膂力をそのまま上方回転へと変換させた。
「へ?」
と、一瞬惚けたような顔をしたヘルハウンドだが、宙に投げ飛ばされたまま、彼女の唇は裂けた三日月のように凶悪に広がる。彼女はおこりのようにぞくぞくと体を震わせ、種族の身体能力を生かして空中で態勢を立て直して着地する。
だが、彼女が見ると彼はすでに少女たちと共に走り去っていた。
「くっ、はははははは。やるじゃねぇか……狩りってもんはこうじゃあねぇと」
彼女は滾り始めた下腹部の熱を感じて、彼を追いかけて走り出した。

「すごいですね」
「なんてことはない。相手が力づくできたから上手くいっただけだ。多分、今度は向こうも慎重にくるだろう。捕まったらもう終わりだ」
少女たちの羨望の眼差しに悪い気はしないものの、そんなものに浸っている暇はない。息急き切って走る正義がようやく扉を開けて外に出ると、そこは見知った中庭だったが、
「なんだこれ……」
空は夜とも夕方ともつかない紫色のドームに覆われ、まるで水晶玉の中に閉じ込められているような有様だった。
「中庭に出て来られる人がいるとは思ってはいませんでした」
声のした方をバッと振り向くと、そこには軍服に似た看守服をきたダークメイジが宙に浮かんでいた。彼女は怪しげな微笑みを浮かべ、彼を睥睨している。
「ここは私が切り離した異界になっています。ここから出ることはできませんよ。でられるとすれば、私が気絶した時とかでしょうか……」
彼女を見上げているとドアが開いた。ダークエルフとアマゾネス配下の囚人たちだ。
「見つけたぜ。お前らを捕まえてやる。そして俺たちみたいにあの方々に管理されるといい」
ジリジリとにじり寄ってくる彼らに囲まれて、正義は唇を噛む。ここまでか……。だが、俺はまだ諦められない。
「聞いてくれ!」
彼は声を張り上げてダークメイジに懇願する。
「俺は無実なんだ! 冤罪でこんなところに放り込まれただけなんだ。俺はこんなところにいるわけにはいかない。外に出て真犯人を捕まえなくては」
彼の言葉にもダークメイジの表情は変わらない。さらには彼女の麗しい唇からはこんな言葉
紡がれた。
「知っています」
「え……?」
「だから、知っているといっているのです。ここにいる囚人たちは全員、その経歴も、犯した罪が本当であるかどうかまで調べあげてあります。私たちにぬかりはありません。私たちの手にかかればあなたの無実を証明して外に出してあげることも簡単なことです」
「だったら、出してくれよ!」
「いいえ? そんなわけにはいきません。あなたが無実だろうが犯罪者だろうが、私たちには関係ありません。夫を見つけて彼が快楽の中で幸福にいたる。それだけが私たちの望み。どれだけの命を手にかけた極悪人だろうが、私たちにとっては皆愛しい夫。もっとも? その罪に応じて愛し方は変わりますが? ……そして、私はあなたが好きになってしまいました。その無謀な逃走はみていてとても愉しい」
彼女の顔に劣情が浮かぶ。その淫靡な吐息で彼女自身がぐずぐずに溶けて言ってしまいそうな表情。
「だから、ここから出しはしません。安心してください。真犯人は私たちが責任を持って捕まえ、ここにブチ込みますので……。うふふ」
彼女の瞳にはハートマークが浮かんでいる気がする。
「ですから、ダークエルフにもアマゾネスにも渡しはしません」
彼女は手を掲げ、呪文を唱え始めた。
「ダーク・ダーク・アビス・クルール。愛しい人は鍋の真ん中。粘つく液を絡ませて。邪魔なアクを掬い取れ。【魔女の鍋】」
正義と少女とコカトリスを中心として鍋をかき混ぜたかのような渦巻きが起こって男たちを吹き飛ばした。野太い叫びをあげて囚人たちが吹き飛ばされていく。
その様子を唖然として3人は見つめていた。
「助けて……くれたのか?」
「いいえ? あなたを捕まえるのは私ですから」
地面に降り立ったダークメイジが、艶やかな唇を赤く濡(ぬ)める舌で湿らせて、彼らに近づいてくる。
「うふふ。あなたは私のもの」
「ダメ、そうはさせない」
ウットリとした彼女の前にコカトリスが立ちはだかる。彼女は恐怖のあまりにぷるぷると震えている。
それをダークメイジは鬱陶しそうな顔で見る。
「別に独り占めしようというわけではないのよ。あなたにも分けてあげるから。そこを退いてちょうだい。チキンちゃん」
「いや! ダーリン、今のうちに逃げて、私のことは放っておいていいから」
彼女の真剣な目に、正義は頷くしかなかった。
「行こう!」
少女に手を引かれ、彼は中庭を横切って走っていく。出られないと言っても、まず正門にまでは行ってみよう。彼はとうとう正門にたどり着く。
「ちょっとスマホを貸してくれないかしら」
正義は言われるがままに少女へとスマホを渡した。少女がスマホをいじっていると、音もなく正門の向こうの紫色のベールに穴が空いた。
「これで出られるわ。ちょっと、値がはったけど、課金アイテムが効いてくれて助かった。この門を通ればあなたは自由よ」
正義は少し寂しそうな顔をする少女の目を見る。
「君も一緒に来ないか」
だが、彼女は首を振った。
「私はここで生まれた存在。私はあなたのための魔物娘じゃなくて、この監獄のための魔物娘なの。私はドッペルゲンガー。元々は魔物娘じゃなかった。あなたのように冤罪で入れられた人をどうにか外に出してあげたいという願いから生まれた、影のような存在ね。だから、罪もないのにここで苦しんでいる人がいる限り私はここにいなくてはならない……。私がこの姿で現れたのも、あなたに絶対に外にでなくちゃいけないという気力をふり絞らせるためだもの」
彼女は儚げに笑う。もしも風が吹いたなら、そのまま消えてしまう幻のような悲しい笑顔。
「そんな……」
「好きよ。正義さん。でも、あなたにも私にもすることがある。だからここでお別れ」
「待ってくれ」
だが彼が彼女に手を伸ばそうとした時、正門を壊して大きな丸太が降ってきた。轟音と土煙から彼はドッペルゲンガーをかばう。丸太の上には誰かが立っている。一人ではない。
「どこに行こうっていうのサ。あたしが直々に可愛がってやるっていってんのにサ。腕っ節がなくともここまでたどり着いたお前は、あたしに愛でられる価値が十分にあるってもんだね」
「下品なやり口だ。もっと美しくできないものか。凡百のつまらない男とは違うようだ。お前の価値、私の鞭で研磨してやろう」
現状二位のアマゾネスと、一位のダークエルフが現れた。
「そんな……」
「俺を忘れるんじゃねぇぞ」
後ろからはようやく追いついたヘルハウンドが立っていた。
「俺の足止めに雑魚の男どもをおいていきやがって。あいつら数だけでつまんねぇーんだよ」
正義と少女を囲んで、3人の凶悪な女傑が勢ぞろいした。
いや、まだあと残っていた。

パンッ、パンッ。と、高らかに打ち鳴らされる拍手の音。
「見事。ここまでたどり着くとは。しかも、ダークメイジの結界を解いて外に出る寸前だとは。出し物(イベント)もこれにて佳境。統率者が出てこないと話にはならないだろう? しかし、これは管理形式を見直す必要があるな。ガーゴイルを数名呼び寄せることにしよう」
ヘルゲイト看守長。デーモン閣下がいた。
「君たちの手際も見事なものだった。この監獄の看守の席に座るには十二分に相応しい」
彼女は、ダークエルフ、アマゾネス、ヘルハウンドを見て、ニヤリと頬を釣り上げる。
「だが、君たちの手際を見て私の股が熱くなってしまったこともまた事実。この獲物の争奪戦には、私も加わらせてもらおう」
「はぁ? ふざけんじゃねぇぞ。運営側が最後にしゃしゃり出てきて美味しいところだけ持ってくなんて許されるわけがねぇだろ」
「然り。だが、ここはイベント会場であると同時に私の監獄だ。オーバーさまはただの1日、名誉監獄長。実権を持つ監獄長がいない今、看守長の私が実権でありルールだ」
「んな横暴な……」
「それとも? 君たちは私に勝てないからそんなことを言っているわけではあるまいな?」
デーモンの挑発的な視線に彼女たちのこめかみに血管が浮く。
「ほう、女王に挑発とはいい度胸だ」「上ッ等……」「グルルるる」
一触即発の漢女(おんな)たちの迫力には流石の正義と言えども指一本動かすことができなかった。が、彼の服の袖を掴むドッペルゲンガーの少女は違ったようだ。彼女は彼を引き寄せて耳打ちするとーー。

「その戦い、私も混ぜていただくわけにはいきませんか?」
トロトロに蕩けた顔をしたコカトリスを抱いたダークメイジまで合流した。
「うぅ、ううう、触手が……触手が……」
うなされるようなコカトリスにダークメイジは微笑み、正義に視線を向ける。
「安心してください。漢女(おんな)の情けで処女はとってありますから……。さて」
と、彼女も集まった他の女傑たちに加わる。彼女たちはたわわに実った胸が潰れるほどに体を互いに押し付け、互いを睨みつける。
その暴力的な光景の中、心を決めた正義はドッペルゲンガーの彼女に何事かを尋ねると、彼女は頬を染めて、コクンと頷いていた。

「力によって男を奪い合う。私たちはこうでないとな」
睨み合いの末、それは誰が言った言葉だったのか。胸の弾力で弾かれたように彼女たちは正義に向かって飛び出していく。

と。
「はぁああああああああ!?」
正義は、ドッペルゲンガーと交わっていた。
彼らは彼女たちに脇目も振らず、正義はドッペルゲンガーを真正面から抱き上げ、彼女は彼に足も巻きつけ必死でしがみついている。二人は快楽を味わうというよりは、鬼気迫る表情で、しかし互いを焼く情欲の炎は熱く激しい。
「ちょっと! あんたたち何をやって……」
「チッ、まさか……」
「獲物の横取りたぁ、いい趣味じゃねぇか」
「ハハハ。駅弁、そいつは素敵だ大好きだ」
「胸のぶつけ合いに夢中になり過ぎてしまいましたね」
女傑たちが見守る中、彼らはやがて、絶頂に達する。滾りに滾った彼の熱が彼女の中に吐き出されたその時、

「最後の肉柱がとうとう倒されたわ。これにてイベント終了〜! 勝者は百万点の彼を落としたドッペルゲンガーちゃーん! まったくのダークホースだったけれど、おめでとう〜。さてさて、賞品やこの後の手続きは後にして、イベント終了兼、新生パンデモニウム監獄運営開始記念式典よー!」
監獄全てに響き渡るリリムの少女の声。紫色の空を背景に、監獄の上空へと卑猥な色の花火が打ち上げられた。まるでそれはラブホテルのネオンサインのようで、堅固で無骨な監獄という建造物が、まるで恋人たちを守る背徳の要塞のように浮かび上がっている。
正義とドッペルゲンガーはその様を、互いの体に刻まれた官能の余韻と共に見上げていた。
彼はドッペルゲンガーの彼女に肉柱を折られた。彼を折った魔物娘に与えられる得点は百万点。彼女は彼が女傑たちに陵辱されないために、彼にその身を差し出した。いや? 望んで結ばれたに違いない。彼女は離れがたそうに彼にしがみついたままなのだから。
これで彼の身は監獄長となった彼女のもの、彼女が許せば彼は自由の身だ。

「そろそろ、離れてくれないかな……。このままだと恥ずかしいような」
いまだに目をギラつかせて彼らを見つめる視線を感じ、彼は顔を赤らめる。
「あなたは私と交わるのはいやなの?」
「嫌じゃないが……」
彼女にそっくりなドッペルゲンガーの感触に、彼は逡巡する。
「それならいいじゃない。多分、あの人たちは私が離れた途端襲いかかってくると思うわよ」
「だよなぁ……」
彼はもうすでに彼女に惹かれていた。だが、彼にはまだしなくてはならないことがある。献身的に自分を助け続けてくれた彼女には悪いが、自分はそれを言わなくてはならない。彼は意を決するが、それは当然彼女にはお見通しであった。
「あなたは外に行くのよね……」
彼は頷く。「いつか、君を抱いた責任はとる。…………だけど、俺はあいつを……」
正義が正門の向こうに開いているヴェールの穴を見れば、ダークメイジが口を開いた。
「私、言いませんでしたっけ? その犯人は私たちが責任を持って捕まえるって」
「それは本当に?」
「ええ。嘘は言いません」
ダークメイジはこちらが寒くなってしまうような笑みを浮かべる。
「私としてはドッペルゲンガーさんに獄長の座を引き受けてもらって、その夫としてあなたにはここにとどまってもらいたいのですが。ほら、あなたって名前からして正義感強そうですし」
「私の奴隷(おっと)の座にもおいてやろう」
ダークエルフが頬を微かに染めていた。
「力でも頂点に立てるようにあたしがきたえてやんよ」
アマゾネスが屈託のない笑みを浮かべる。
「俺との決着がまだついてないだろ。逃げられたまんまってのは性にあわねぇ」
ヘルハウンドが歯を見せる。
「お前らが監獄長となったとしても、私は好きにやらせてもうつもりだ」
デーモン閣下が不敵な笑みを浮かべていた。
「さて、このまま外に出るか、それともここで私たちを率いて監獄長の夫に就任するか、選べ」
彼女の問いかけに正義は繋がったままのドッペルゲンガーを見る。彼女の震える瞳を見て、彼は決心した。



「諸君! 傾注(アハトウング)!」
ホールに満ちた魔物娘たちが声の主を見る。
「第◯回パンデモニウム監獄 肉柱を折れ! 存分に楽しんでいってもらいたい」
そう声を張り上げるのは軍服のような看守服に身を包んだドッペルゲンガー監獄長だ。彼女の傍らにはインキュバスの男性。その周りを同じような看守服に身を包んでいるデーモン看守長ヘルゲイト、ダークエルフ、アマゾネス、ヘルハウンド、コカトリスが控えている。彼女たちに囲まれているというのに、威風堂々としたドッペルゲンガーの様子はまったく遜色がない。
以前デーモンが行なっていた演説は今やドッペルゲンガーの彼女がぶち上げている。

ここはパンデモニウム監獄。更生不能と判断された囚人たちが秘密裏に収容される監獄であり、魔物娘たちが管理する監獄でもある。
ここでは時折イベントが開かれる。それは魔物娘たちの腕試しであり、就活、婚活、新居獲得……、様々な思惑を乗せたイベントである。彼女たちによって囚人たちは刑を執行され、彼らは管理される。
もしも個別の看守がついたなら……その後その囚人をみたものはいない。異空間へと繋がっているそれぞれの独房の奥で、厳重に管理されていることだろう。

「おい! 待て! 俺は殺してない! 彼女を殺したのはお前だろう! 俺は冤罪だ!」
叫びながら監獄長の前に引っ立てられてきた男がいた。
正義は彼に向かって語りかける。
「久しぶりだな」
「お前……お前だ! お前が殺したんだ! それにお前は死刑になったというのになんでこんなところで……」
「さあ、なんでかな。お前との再会を喜びたいところだけれども、あいにく俺よりもお前に会いたいと言っている子がいるんだよ」
「何……」
正義が指を鳴らすと、上からシャンデリアのようなものが降りてきた。その上には女の体が……。彼女をみた男はガクガクと体を震わせる。
「な、なんで、お前も死んだはずじゃ……。俺がこの手で殺して……」
「自白したな」
正義が冷めた口調で、
「好きにしていい」
現れたウィル・オー・ウィスプに告げると、彼女は陰惨な顔で笑い、男を檻の中に閉じ込めた。
「や、やめろ! ここから出してくれ!」
彼を無視して正義と、かつての恋人は視線を交わす。彼らの瞳には様々な感情が浮かんでは消えていくようだった。彼らが愛し合っていたのは過去のこと。彼女は正義を囲む魔物娘たちを見て、吹っ切れたように、
「お幸せに」
「そっちもな」
そう、言葉を交わしたのだった。

その様子を見ていた集まった魔物娘たちは舌なめずりをする。今から男たちを駆り立てるのは他でもない。彼女たちだ。彼女たちは解き放たれるのを待つ猟犬のように、目をギラつかせている

今、再びイベントは始まる。
そして終わることはないだろう。人の世界から犯罪が消え去らない限り。彼女たちはそれを管理する。いつまでも終わらない快楽の檻の中で。
17/08/31 10:01更新 / ルピナス
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