連載小説
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湧き出る懇意、鈍る決意
「薬草を取りに行くぞ」

それはいきなりの発言だった。
傷もだいぶ治ってきてあと数日ぐらいしかこの里に滞在できない、そんな時。毎日学校に通うような、毎日家事をこなすような、そんな当たり前のようにフォーリアとマレッサと日々を過ごしてきたとある夕方。
居候として何かしなければいけないと思い、夕食の用意の手伝いをしようと抱きついているマレッサを離そうとしたその時。フォーリアはいきなりそんなことを言った。
窓の外を見れば太陽が傾いてもうすぐ夜の帳が降りる、そんな時間帯だ。もう冬が近いここではこの時間に外に出るのは少々厳しいだろう。
なにより、急すぎる。

「…こんな時間に?」
「ああ。日が暮れてからではないとあの薬草は探せないからな」
「薬草?」
「冬の近くなった寒い日でないと取れないんだ」
「へぇ…」

冬間近で夜じゃないと探せない、そんな不思議な薬草があるのか。
エルフがいる時点でオレの常識なんて通用しないとは思っていたが本当にここはよくわからない世界だ。すぐ隣で抱きついているマレッサを撫でながらそんなことを思った。

「そっか。それじゃあ気を付けて」
「何を言ってる馬鹿者」
「は?」

「貴様も共に行くんだ」










「…寒っ」

流石に冬が近いとどこの世界も寒くなるらしい。夜だというのならなおさらだ。
肌を突き刺すような寒さの中、オレは両手をポケットに突っ込んで呟いた。

「この程度で寒いか。貴様は脆弱だな」
「…確かにフォーリアから見たらその程度かもしれないけどさ。冬場でその格好は寒いだろ」

彼女の姿はいつもの葉を元に作った衣装のまま。あとはそこへ一枚マントを羽織ってるだけ。冬に着る服じゃない。冬の外に出る姿じゃない。見ているだけでも寒くなる。
フォーリアは寒がるオレを横目で見てくすりと笑った。
初めて会った時とは全く違う、蔑んだ感情なんてない笑み。初めて会った時とは全く違う、少しだけ心を許してくれた笑みだった。
そんな顔をしてくれるのは嬉しい。
やっと少しぐらい心を許してくれたのは嬉しい。
だけど。

「…流石に…寒い…」

この寒さの前では嬉しさも半減だ。
そもそも学生服だけでは辛いものがある。生地は硬くて厚くとも完全防寒できるわけじゃない。せめて手袋や耳あてがあったら良かったんだが。
ぶるっと体を震わして両手を擦り合わせる。この程度で温まるわけもないのだけど。

「…貴様というやつは」

困ったように呟いてフォーリアはマントを脱ぎ捨てた。一挙一動がとても凛々しくなんとも美しい。だけど、冬場に葉の衣装を見せつけるのは寒々しいだけだ。

「ほら、これを着ればいい」
「おわ!」

そう言ってフォーリアはオレにマントを被せてきた。先程まで彼女が纏っていたからかふわりと甘い香りに包まれる。
確かにこれなら風に直接当たらないから先ほどよりも温かい。だがその分フォーリアが風に晒されてしまう。

「…フォーリア」
「何だ?」
「寒くない?」
「これくらいで寒がると思ったか?エルフはお前のように脆弱ではないんだ」
「…」

この女性、何言ってるんだろう。体震えてるのに。
やっぱり寒いんじゃん。
猫とか犬のように体毛がある種族だったらまた別だろうが彼女たちは普通に肌を晒している。確かに人間よりかは強いかもしれないがエルフといっても寒さに強いワケじゃないらしい。

「…返すよ」
「いらん」
「いや、返すって」
「そんなものなくても平気だ」
「返す」
「いら…くしゅっ!」
「…」
「…」

自然と自分の顔が無言で緩んでいく。
逆にフォーリアの顔は真っ赤に染まっていった。あまりの赤さに湯気まで吹きそうなくらいだ。
きっと恥ずかしいんだろう。実際以前風呂のときは立場は逆で、オレは恥ずかしかったし。

「…ほら」
「だから、いらんっ!」
「いや、だから…」

結局それからしばらくして、またどちらも遠慮し合い譲り合った結果。






「…」
「…」





オレとフォーリアは二人してマントにくるまっていた。



…なんだこれ。
なんで二度もこのパターンになってるんだ。前回もこの妥協案だったというのに。
だからといってたった一つのマントで二人が温まる方法なんてこれぐらいしかない。別のマントを用意する手があったかもしれないが、彼女が持っているマントで残っているのはマレッサ用のものであり、小さくて防寒には使えそうにないだろう。二人暮らしなんだから仕方ない。

「…」
「…」

だがこの状況、前回同様に気まずい。服を着ているから肌が接することはないが近い。近すぎる。
背中合わせならまだよかったのかもしれない。顔を合わせることなく話すことができたのだから。だが今は並んで歩いている。首を捻る事無く横目だけでフォーリアを確認できる。
さらに言えばマント一つの中に二人は明らかにきつい。離れようとすれば裾が広がって風が入ってきてしまうし、だからといってすぐ傍に並べばあまりの近さに手が触れてしまう。

「っ」
「…!」

互いに表情には出さない。声にも出さない。だけど、それゆえにとても気まずい。
ちらりと横目でフォーリアを見てみると暗がりの中で唯一の光源である、彼女の持つランプで照らされ赤くなっている耳が見えた。
たぶん、オレも同じだろう。

「…夜の森は危険じゃないの?」

また沈黙に耐え兼ねたオレはフォーリアに問いかけた。
彼女はオレの言葉にはっとして、すぐに余裕ある表情を浮かべる。どうやらいつもの調子に戻ったらしい。顔は赤いままだけど。

「私を誰だと思っているんだ?森に詳しいエルフの、長だぞ」
「…そうだった」

例え暗闇でもここは彼女たちエルフの住処。里の外であろうと森全体がエルフの住居といっても過言じゃないらしい。
流石は森に住まうエルフというところか。もうそれなりに長く共に住んでいてもオレの常識ではまだまだ計り知れない存在だ。
だが。

「…」
「…」

会話が止まってしまった。再び訪れる沈黙がやはりきつい。
だが沈黙を破るための肝心の話題が出てこない。
マレッサとなら別にこんな気まずくならないのに。というか、基本オレに甘えてくるあの少女には気兼ねも遠慮も特にないから気まずくなるはずもない。
子供と大人の対応はやっぱり違うもんだよな。

「…なぁ、ユウタ」
「ん?」

話題を探しているとフォーリアが口を開いた。その声に隣を向くとすぐ傍に耳の尖った美女の顔がある。
近い。今更だけど本当にこれよかったのかと悩んでしまうほどだ。互いを嫌ってるとかそんなぎくしゃくする関係じゃなくなったが、それほど親しいといえる間柄でもない。ただ、互いに肌を晒しあった仲ではあるもののこんなに近づいて平気というわけではない。裸になるのとはまた違った恥ずかしさがこみあげてくる。現にフォーリアだって耳赤くなったままだし。
彼女は目の前を見つめたまま足を進めて言葉を紡ぐ。

「怪我は、治りそうか?」
「怪我は…」

その言葉にオレは一瞬詰まった。
怪我の調子はどうかと言われれば良好。傷口は塞がって体をどう動かしても痛みは全くない。完治とはいかなくてもとももう治るといえるほど。

「…えっと」

だから、考えたくなかった、いや、気づきたくなかったとでも言うべきか。
オレがエルフの里に、皆といられるのは傷が完治するまで。それがフォーリアに出された条件だった。
怪我が治ればここから出ていかなければならない。
行く宛はない。生き抜く手段はない。寒さを凌ぐ家もないし、旅をするような道具一式も持ってない。
着の身着のままここへ来てしまったオレにとってこの里を出ることは自殺行為に等しい。
だが、それ以上に。

マレッサや里の皆、それからフォーリアと別れたくない。

ようやく信頼を得て仲も良くなってきたというのに、あの堅物だったフォーリアが少しは優しくなってきたというのにここで里から出て行ってしまうというのはなんとも寂しいものがある。
だから愚かにも、オレは―



「まだ…かかるかな」



―そんなことしか言えなかった。



その言葉にフォーリアは小さく反応を示す。ただ、ランプの明かりだけではよく見えずどんな反応だったかはわからなかった。

「…そうか。それは…よかった」
「…?」

小さく呟かれたフォーリアの言葉。何を思って良かったと言ったのかわからない。
ただ声色だけで判断するに、悪いものではなさそうだった。










「ここら辺でいいだろう」

共に歩いていたフォーリアが急に足を止めた。マントから出した明かりをいきなり消して辺りは暗闇に包み込まれる。
月が雲で隠れ、星も見えないこの空間は一歩先さえよく見えず流石に少し怖い。
だが、それ以上に不思議に思う。こんな目の前さえ満足に見えない中で薬草なんてどうやって探せると言うんだ。

「…フォーリア?これでどう探すの?」
「まぁ見ていろ。すぐにわかる」
「?」

その言葉の意味はすぐにわかった。
暗闇の中に見えるものはなし。聞こえるのは隣にいるフォーリアの呼吸ぐらい。そんな中で何もわからないまましばらく待つと辺りがうっすらと光を発した。

「…ん?」

ぼんやりとした青白い光。それは月のように優しくて、星のように淡い光だった。
そんな光が地面から、周りから発せられている。
まるで地上に星星を散りばめたような、星空に立っているような光景だった。

「…おぉ…!」
「どうだ、すごいだろう?」

得意げに胸を張るフォーリアの隣でオレは感嘆の声を漏らした。
なんと幻想的な光景なんだろうか。
夏の夜に山中で見える蛍の大群とはまた違った輝き。
真冬の夜中に光るライトアップされた家やオブジェとは比にならない美しさ。
現代では絶対に見られない光景にオレはフォーリアの隣で見とれていた。

「花が、光ってる…っ!」
「ここらに咲く花は夜になると光を発する。この森でもここにしか咲かない希少なものだ」

光る花。それも季節的に咲くはずがないのにどれもこれも綺麗に咲き誇っている様はなんと幻想的でファンタジックなものなのだろうか。
淡い光が花から漏れ出し辺りを照らし出す。その中心に並んで立っているオレとフォーリアは互いにこの光景を楽しんでいた。

「素晴らしいものだろう?」
「ああ。すごいよ」

自慢げに笑みを浮かべるフォーリア。彼女の言葉にオレは素直に頷く。
星が光るように花達が輝くこの空間、初めて見るものならば誰もが感嘆の息を漏らさずにいられないだろう。
こんなところにこれたのは一生忘れられない感動だった。

「座るか」
「ん?」

いきなり何を思ったのかフォーリアは座り込んだ。ともに纏ったマントが引っ張られ、何をしているんだという顔でこちらを見上げている。

「いつまでも立っていると疲れるだろう?ほら、座れ」
「…じゃ失礼して」

彼女に促されるまま座る。
風呂に入っていた時には背中合わせだったが今は隣に並んでいた。
初めて会った時と比べればとても近づいた距離。
あの時ならばありえないと言い切れた今の関係。
それが今はこうしていられる。
なんとも不思議で奇跡とでも言うべきだろうか…いや、オレとフォーリアが出会ったこと自体が奇跡なんだろう。人間を見下すエルフと出会うことがまずなかっただろうに、そこへ来たのがエルフなんていない、魔法なんてない、こんな光る花も存在しない世界から来たオレだ。
説明なんてできやしない、不思議な縁。
そんな風に考えているとフォーリアがオレを見つめたままで言った。

「ユウタのいたところにもこれほど綺麗な光景はなかったのか?」
「オレのいたとこ?」

聞かれてすぐに答えられる話じゃない。
オレのいたところはこのような幻想的で、ファンタジーな世界じゃない。常識が通用しないし、存在するものが全く違っている。
どう説明したもんか…。
電灯なんてここには見当たらない。魔法を使ったランプがあっても電気を用いたライトなんて存在しない。原理が全く違うゆえ説明に手間取ってしまう。
顎に手を当てて話を考え言葉を選び、オレは口を開いた。

「そうだねぇ…ある建物が夜になると赤とか緑色にライトアップされてた」
「ほぅ、どんな感じにだ?」
「一個一個小さい電球…いや、ランプが紐に等間隔でついててさ。その紐が建物にくくりつけられてるんだよ。建物だけじゃなくて噴水とか、木とか、それから馬を象った模型にもついてたっけ」
「…ユウタの住んでいたところでは随分と豪勢なことをするんだな」
「…あはは」

それは世界が違うから。
ここでは実現不可能に近いことだって平然とやってのける、そんな世界だったから。
なんて言葉を言うに言えず、ただ乾いた笑いで誤魔化した。

「あと夏には山奥で蛍が飛び交うんだよ」
「蛍というと…あの光る虫か?」
「そう。淡い黄色の光の玉がいくつも夜空へ飛んでいくんだ。あれは綺麗だったな」

幼い頃、オレがまだ父親の実家で暮らしていたときのことだ。忙しい親の代わりに世話をしてくれた先生や玉藻姐、それから飼っていた黒猫の夜宵に双子の姉であるあやかと一緒に見に行った蛍の大群。
あれもまた綺麗だった。
幻想的で、ロマンチックで、ここにも負けないくらいに綺麗だったのを覚えている。

「…懐かしい」

皆で見たあの蛍たち。
皆で……。

「…」

皆…元気だろうか。
お父さんにお母さん、姉ちゃんに、玉藻姐、先生。
それから空手の師匠。
あと友人の京極。
そして双子の姉のあやか。
皆、オレがいなくなってどうしてるんだろうか。

「そうか…それは是非とも見てみたいな」

フォーリアの声に頭に浮かんでいたことを打ち消した。
懐かしむこともいいのだが、あまり多く思い出しているとここにいたいと思った意志が揺れてしまう。ひとまずは記憶の底へしまっておこう。
オレはフォーリアを一瞥して目の前の光景へ視線を向けた。

「あっちも綺麗だったけどさ、こっちと比べられたらなんとも言えないよ。光る花なんてものはないしさ」
「それでもだ。人間が、見ているものを…ユウタが見てきたものを少し見てみたいんだ」
「そっか」

体を支えるためについていた手に何かが触れた。滑らかな肌と細い指の感触にそれがフォーリアの手だと理解する。
意図的に触れているのか、それとも偶然にあたってしまったのか。
そんなことはどうでもよかった。

「なぁユウタ」
「うん?」

オレを呼ぶ声にフォーリアの方を見た。
彼女はこちらを向かずに周りの花へと視線を向けている。
だけど、優しい表情を浮かべたまま彼女は言葉を紡いだ。

「もしも…もしもだ。ユウタが良ければだが…その…」
「…うん」

一呼吸置いて、静かにフォーリアは言った。


「エルフの里に残らないか?」


一瞬その言葉の意味に理解が追いつかなかった。今なんと言われたのか、聞こえていたのだが認識するまでに時間がしばらくかかった。数秒遅れてその言葉を頭の中で反芻して、間違いがないか確認する。

エルフの里に残る?

それは…その…つまり?
オレが理解している意味で受け止めていいのだろうか。

「…いいの?」
「ああ」

フォーリアははっきりと肯定をした。迷いのない確かな瞳を向けながら。

「私たちはまだよく人間を知らない。それでもお前が悪い人間ではないことぐらいはわかる。初めて会ったときは仕方なかったがそれでも、流石にここまで来ればわかるさ」
「…そっか」

エルフの里の中で、最も人間を嫌って警戒していたフォーリアがそう言うとは思えなかった。だからこそ、彼女からそんな言葉を聞けることは考えられなかった。

「そう言ってくれるなんて嬉しいよ」

それに先ほどオレは迷っていたくらいなんだ。
傷が治ってしまってここを出ていくことを渋っていたくらいなんだ。
そんな風に提案してくれるなんてこちらとしては嬉しいところ。
なんだけど…。

「それでは―」
「―でも怪我が治ったときに言わせてもらうよ」

フォーリアの言葉を遮るように言葉を紡ぐ。
オレはすぐに頷くことができなかった。
何で、どうして、何を迷っているんだ。自問自答してもよくわからない。ここから出ていけばオレは野垂れ死ぬことは確定だというのに。
でも、だけど。

そう簡単に頷いてはいけない気がした。

フォーリアたちに関わることが皆にとっていいことなのか。それでエルフの里にどんな影響を及ぼしてしまうのか。そんなとこまでわからない。
だけど、それ以上に渋る理由は一つある。
迷ってしまうわけが一つある。

もう二度と会えないだろう大切な人たち、戻ることのできないオレの本来の帰るべき場所。

たった少し思い出しただけでも決心が鈍るには十分だった。
帰りたいと思っても帰る手段はわからない。
だからといって帰りたくないわけでもない。
この地で、この世界でずっと生きてく覚悟なんてそう簡単にできやしない。
まだ、少し…決意を固めるには時間がかかるかもしれない。
だから…。

「もう少し…考えさせて」

せっかくの厚意に応えられずに心が痛む。
それでもすぐさま頷けるほど軽い問題でもない。

「…そうか」

オレの返事にフォーリアは静かに言葉を返した。その言葉がどこか寂しげに聞こえたのは…気のせいだろうか。










それからしばらく無言で周りの花を見つめていたがそんなことで目的を忘れてはいけない。もっと純粋にこの光景の中に、この雰囲気の中にいたかったが仕方ない。オレは名残惜しくもこの雰囲気を切り上げるように立ち上がった。

「それで…目当ての薬草っていうのはこれ?」
「ん、ああ…あれだ」

フォーリアの指差した先にあったのは光。闇夜の中でぼんやりとでも、一際強く光る複数の花。
辺り一面咲き狂っている光る花の中ではなく、そのさらに向こうで一箇所だけやけに強く光る場所があった。大きな暗闇のラインを超えた先にある自ら光を淡く柔らかな、青い光の塊。

「あの光っている花に囲まれた、その中央部に咲いている唯一光を発さない小さな花が目当てのものだ」

その言葉に花に囲まれている一つの植物を見た。それもまた花なのだがフォーリアの言うとおり光ってはおらず周りの花に照らされている。大きさもまわりと比べるといくらか小さい。
だが現代では見たことのない、薄い花弁をつけた花だった。周りの花の光で照らされてまるでガラス細工のように透けているようにも見える。
とても綺麗な花で薬草というよりも芸術品のように見えた。

「ちなみにあの薬草って何に使うのさ?」
「…まぁ、色々とだ」
「…んん?」

ここに来てなんで言葉を濁した?
そんなに知られたくないような使い方をするのだろうか。エルフしか知ってはいけない秘密の薬草だったりするのだろうか。
今特に気にすべきことじゃないので話はここで切り上げる。

「そんじゃ取りに行こっか」

目の前にある薬草へ向かって花の生えていない地面へ足を進めたその時だった。

「待てっ!」
「え?」

その言葉に振り向く前に足が地面に触れ―なかった。
暗闇に沈み込み、支えるために落とした足が何も踏まずに抜けていく。そこにあるはずの地面の感触がなかった。

「っ!」

どうやらこの先谷や絶壁だったみたいだ。こんな暗闇の中ではそれを目視するにはできるはずもない。ライトがあろうとすぐ傍にまで近づかないとわからないし、今までずっと平坦な地面が続いていたから不意打ちすぎる。
だが、光る花が生えていないことをよく考えればすぐに分かることだった。

「ユウタっ!」

何もない空間へ倒れ込みそうになったその時、フォーリアの手がオレの腕を掴んだ。
だが、既に半分以上傾いてしまった男性の体を一人で支えられるほど彼女に力があるわけではない。すぐにフォーリアの体も傾いてしまう。

「う、わっ!」
「くっ!」

バランスが崩れてさらに谷へと傾く。落ちることは免れないだろうがそれならせめてフォーリアだけでも助けないと、そう思って彼女の体を押し返そうと肩に手を掛けた。

「―っ!」

だが、気づく。
オレとフォーリアは二人して同じマントに包っている。それはつまりオレが落ちるものならフォーリアもまた落ちてしまうということに他ならない。脱ぐか、オレも助かるかしないと道連れになってしまう。
しまった。そう気づいたときにはもう遅かった。

一瞬の浮遊感。
それに続くは地獄に引き込まれるような重力と底の見えない闇へ落ちる恐怖。

「うおぁっ!!」

地面から離れたオレとフォーリアはそのまま光のない谷の底へと落下した。
12/12/23 20:46更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということでエルフ編四話目でした
徐々にデレ始めてたフォーリアです
ちゃっかり同じマントに入ったり、手をつなぎそうになったり、ふたりっきりになってと…進み始めてますね
だけど素直に歩み寄れない主人公
こちらもこちらで複雑な想いがあります
次回はシリアスなお話となります
それでは、次回もよろしくお願いします!!

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