連載小説
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追跡編

 (……解決に、向かってるのかな……)
菊池は自室の天井を見つめていた。
修学旅行で訪れた○○山について調べたが、めぼしい情報が見つかる前に閉館時間を迎えてしまった。
放課後から閉館までそう多く時間が取れる訳ではない、じれったいが、調査も少しずつ進めるしかない。
善治の言う通り、何か対処できるまで自分の精神だけが頼りになる。
それでも、今までと心持ちが違う。
自分の事情を知って、信じて、そのために動いてくれる人がいる。
一人であの存在と向かい合う事に比べて、それがどれだけ大きな支えになるか。
「……ぁ……ぁぁ……ぁ……」
そして、意思を強く保つための拠り所に気付く事ができた。
「ぁぁ……ぁ……ぁ……」
そうだ、自分は……。
「ぁぁぁ………」
菊池は息をひそめる、極力甘い香りを吸わないように。
目を閉じる、その姿を見ないように。
「……ぅぅ……ぁぁ……」
それでもその存在を感じる、視線を感じる、声が聞こえる。
来ている、今部屋の中にいる。
耐えがたい程に恐ろしく、甘く、蠱惑的なあの存在が、ベッドの傍らに立って自分を見下ろしている。
(消えてくれ……)
バクバクと鳴る心臓の音が頭蓋の内側に反響するようだ。
(消えてくれ……)
抑えようとしても、呼吸が乱れる、息が苦しい。
(俺は……)
股間が痛い、張り裂けそうになっている。
(欲に負けそうになったら大事な人を思い浮かべて)
善治の言葉が頭をよぎる。
(俺は、彼女が好きだ。善治さんが好きなんだ……お前じゃない……お前じゃないんだ……!)
心に強く念じる。
「…………」
近い、自分の顔を間近に覗き込んでいる。
それに対し、目を閉じたまま必死に念じる。
善治の事を思い浮かべる。
「……」
すうっ、と、その存在が甘い香りを残しながら消えるのを感じた。
菊池は気を失った。







 「連峰になってるんだよね」
「連峰?」
山について調べて実りが得られず、それ以外の取り憑かれた原因を検討し、それも思い当らず……。
調査を始めて一週間、手詰まりを感じている所で善治が言った。
「あの○○山って連なってる山達の一つで、それ以外も含めるとかなり範囲が広いんだ」
「……それ以外の山にも手がかりがあるかもしれないって事?」
「土地を縄張りにしていたり、そこに縛られていたりするのも多いからこの山一帯に存在してたって事もあるかもね」
「……なあ、善治」
「何?」
「今、俺に憑いてるやつについて調べてるけどさ」
「うん」
「そいつについて調べて……それから、具体的にどうするんだ?」
「お願いする」
「お願い?」
「基本的にはいつもと同じ、お引き取り願うの」
「そのために情報が必要なのか?」
善治は持っていた地理の本をテーブルに置く。
「普通ならそんな手順はいらないんだ、「どなたか存じませんが、お引き取り願います」」
ぽんぽん手を叩いて見せる。
「それで駄目なら「帰って下さい」って強く言う」
ぺん、と強めに手を叩く。
「生きてる人の方が強いからね、大体はそれで帰ってくれる」
「ふうん」
「だけど、格の高い相手だったり、ちょっと異常な相手に対しては礼を尽くしてお願いしないといけないの」
「礼を尽くす?」
「「○○様、わたくし○○と申します、これこれこういう事情がありますので、あなた様のご要望には応える事ができません、どうかお引き取り願えませんでしょうか」」
深々と頭を下げて見せる。
「相手を知らないといけないってそういう事か」
「そう」
「でも……」
ごくり、と菊池は唾をのむ。
「それでもお引き取り願えなかったら、どうするんだ?」
「その時はその時」
さらっと言われてしまう。
「その時って……」
「その時に考えるの、今考えても仕方ない、それよりほらこの○○連峰について調べようよ」
「うん……」
はぐらかされた気がするが今それを問い詰めても仕方ない、早速「○○連峰」と検索してみる。







 「うーん……無い……それらしいもの……」
スマホで検索しても、怪しい噂やそれらしいオカルティックな情報などは見つからない。
数件の遭難事故などはヒットしたが……アレはどう考えても遭難者の霊とかそういうのではない気がする。
もっと忌まわしさを感じるような……。
(少し……違うカテゴリー捜してみようかな……)
地域新聞や過去の情報、地理情報を中心に探していたが、見る棚を変えてみる事にした。

「恐怖!夏の怪談特集」
「ゾワゾワ話総集編」
「怨霊特報〜魔界編〜」

 (違うよなぁ……)
苦笑を浮かべながら、棚に並ぶおどろおどろしい文字を流し見していく。
どれを持って行っても真面目に調べろ、と怒られそうな気がする。
(……ん……?)
ふと、その中の一つが目に留まった。

「日本奇祭奇習特集〜○○地方〜」

 目に入ったのはその地方名が丁度調べている地方だったからだ。
何気なく手に取ってパラパラとめくっていく。
文字は読まず、挿絵や写真だけに目を通していく。
奇妙な人形や、神輿を担いだ人々の写真……。

 ぴたり、と手が止まった。
一瞬目に入った、行き過ぎたページの中にあった挿絵。
ページを戻す。

 ばたん!

 本を取り落としてしまい、慌てて拾う。
手が、震えている。
心臓が早鐘のように脈打ち始めている。
先程目に入ったページを捜す。
あった。

 それほど扱いの大きくない項目。
とある村の「お隠し」という風習についての記事。
その記事の中にある挿絵だった。

 横たわる白装束の人の顔を白布で覆っている絵。

 通常の葬式で顔に布を掛けている絵ではない。
ただの白布ではなく、後頭部に紐が通って顔に付ける構造になっている。
それは、あの女の付けていたそれと相違ない。
善治が「天冠」と勘違いしたあれだ。
どくどくと心臓の音が響くのを感じながら記事の文字を追う。







 ○○地方には葬儀の際、少し変わった風習がある。
それは「お隠し」と言われるもので、遺体の顔を隠すように布を取り付ける、というものである。
一般的な葬儀においても遺体の顔に「打ち覆い」また「面布」と呼ばれる白布をかける風習がある。
これは故人の尊厳を守るため、または恐怖や悲しみを抱く人への配慮という意味でかけられる。
しかしこの「お隠し」はもっと儀礼的な意味合いを持っている。
というのもこの「お隠し」は全ての故人が着けるものではない。
この「お隠し」を死後に付けられるのは生前、重い罪を犯した者に限られる。
この地方に残る考えでは罪深い者は地獄に落ちる際、目にした者を道連れにすると信じられていた。
なのであの世に行って地獄に落ちる際、その罪人が誰も見ないよう「目隠し」の意味で付けられるのだという。
よって、身内に「お隠し」を付けられる者を出すというのは文字通り末代までの恥とされている。
無論、「お隠し」が付けられるかどうかに法的な基準は存在せず、周囲の関係者が判断する。







 罪人の証。
あの布は、罪人の証であるという。
この記事だけでそれと関連付けるのは早いと思われるが、しかし、記事に記載されている地方名は、間違いなくその連峰のある地域なのだ。
急いでテーブルで地図を広げている善治の元へその本を持って駆けつける。
「記事はこの部分しかない?」
本の内容を慌ただしく説明する菊池に、善治が言う。
言われて見るとその「お隠し」については「地方に伝わる」と書いてあるのみで、それ以上の詳細な情報は無い。
「……あー、くそっ、もっと詳しくわかれば……」
「ちょっとその本貸して」
そう言う善治に本を渡すと、本の裏表紙を見ながらおもむろにスマホを取り出してぽちぽちと番号を押す。
「もしもし、すいません○○出版ですか?あ、はい、書籍の内容についてお聞きしたいんですけど……」
喋りながら、ペンをメモに走らせ始めた。

 △△村

 そこそこに古いその本の内容を遡って調べてもらうのには結構な時間を要したが、結果として一つの村の名前が挙がった。
しかし、どうやら現在は廃村となっているらしい。
「……もう無いんだ……それじゃあ調べようが……」
「行ってみよう」
「え?」
「元々村があった場所」
地図を指さして善治が言う。
「行くっ……て……その、でも……つまり俺の見てるアレの本拠地って訳で……」
「そいつはもう土地から離れて君に憑いてる、今更だよ、それに私もついて行くし」
「き、来てくれるか?」
言ってから恥ずかしくなった、思わず縋るような口調になってしまった。
いや、実際のところ一人で行ってもどうしようもないのだが。
「一緒に頑張るって言ったじゃない」
善治は言う。不覚にも泣きそうになる。
どう恩を返したらいいんだろうか。
「言ったでしょ、宿命みたいなもんなの」
何も言えない菊池に、善治はただ笑って見せるだけだった。







 タタン トトン タタン トトン
夏休み。
それは学生にのみ許された長期休暇。
普通の学生達は宿題をほっぽって遊んだり旅行に行ったり普段できない冒険をしたり……。
菊池もいつもならこの時期は家族旅行に行っている頃だった。
しかし今、新幹線に乗っているのは同じでも目的は旅行ではない。
自分に取り憑いているものと向き合う為に菊池は新幹線に揺られている。
「……」
窓の外を流れていく青々とした田園風景を見つめながら、菊池はこの先に思いを馳せる。
これで、解決するのだろうか。
相手の正体を知って、善治にお願いしてもらって……。
アレから、解放されるのだろうか。
実は菊池にはわからない。
自分がアレをどう思っているのか。
恐ろしい、とは思う、同じ空間にいるだけで圧し潰されそうな畏怖を感じる。
だけど……。
「ん」
物思いに耽る菊池の目の前に缶コーヒーが差し出される。
善治だ。
「あ、ありがと……」
受け取った菊池の前に座り、自分の分の缶をカキュ、と開けてこくこく飲む善治の姿は水色のシャツ姿。。
普段学校でしか会わないので制服姿以外の恰好は初めて見る。新鮮だ。
派手ではないが、胸元にちょっとしたネックレスなんて付けている所などを見るとちょっとだけお洒落に気を使っているように見える。
そう、二人旅だ。
いつもの家族旅行を「友達と約束が出来た」と言ってキャンセルし、こうして善治と二人で新幹線に乗っている。
無論、家族には女の子一人との旅行とは言っていない。
そんな心持ちになってる場合ではないとは思うが、好きな女の子と二人きりだとどうしても心が浮き立ってしまう。
「気楽にね」
「え?」
「前に言った心持ちを強く持つ事は大事だけど、緊張しすぎても疲れちゃうから」
「お、おう」
「今はリラックスできてるみたいでよかった」
「……」
浮き立つ心を見抜かれてしまったようで気恥ずかしい。
もしかして、こんな調子で自分の想いも見透かされているのではないかと思ってしまう。
「……本当に大丈夫なの?」
「何が?」
「ほら、両親とか……」
「男の子と旅行行くっては伝えてないけどね」
善治はちょっとはにかむ。
菊池はどきどきしてしまう。
「うちは結構、好きにさせてくれるから……今のうちはね」
少し、気になる語尾だった。
「なあ、善治って巫女さんなんだよな」
「まあね」
「巫女さんって皆、善治みたいな事できるの?」
「普通こういう事しないよ、そもそも巫女って霊媒師じゃないし」
「善治は何でできるの?」
「うーん……」
何か、言葉を選んでいる感じだ。
「いや、言いたくないなら……」
「隠す事でもないんだけどね」
善治は手に持ったコーヒーを見つめながら言う。
「うちの家系、昔からそういう力強かったみたいで……お母さんの方ね、お母さん自身はそうでもないんだけど、おばあちゃんが結構その筋で有名な人でさ」
善治の口から出たそのおばあちゃんの名前は聞いたことの無い名前だった。
だが、それが菊池にとっては逆にリアリティを感じた。
メディアへなどに露出のある霊能者ではない、という事だ。
「で、私がね……隔世遺伝っていうのかな、そういうのが強かったみたいで……そのせいで子供の頃色々苦労したけど」
以前聞いた「信じてもらえないし、変な子って思われるよ」という言葉。
あの時は人に見えない物が見える、なんて言い続けていたら変人扱いされる、という意味に取っていた。
だがよく考えるとどんな異形の存在にも動じない善治はもっと小さな頃からそういうものと向き合ってきたという事だ。
自分が鼻を垂らして遊んでいた小学校時代、善治はどんな怖い目に遭ってきたのだろう。
そして、それに立ち向かって来たのだろう。
「それに、結婚相手も選べないしね……」
「えっ!?」
思わず大きな声が出て、周囲の乗客の視線を集めてしまった。
慌てて口元に手を当てる。
「い、許嫁がいるって事……?」
「いないよ」
ほう、と息を吐く、思わず出た心からの安堵だ。
「だけど、結婚相手選べないって……」
「あんまり力が強過ぎるとね、迂闊に血を繋いじゃいけないんだ、だから相手を選ばなくちゃ、ってこと」
ごくり、と一口コーヒーを飲む。
「相応しい人がいないなら、一生結婚しない方がいいってこともあるし」
善治自身はさばさばした様子だ。
「そっ……そんな……」
時代錯誤な、とは口に出さなかった。
善治の家系がどれだけのものを背負っているのかなんて自分は知らない。
赤の他人の自分が気軽に口を出していい問題でもない。
だけど……。
「そんな深刻な顔しないでよもう、そういうのわかってるから今は結構自由にさせてもらってるんだし……学校も、楽しいしね」
(……わかってないなあ……)
先程、自分の想いも見透かされてるんじゃないかと危惧したが、やっぱりそんな事は全然無い。
全然わかってない。
善治の境遇に同情したのではない。
大袈裟だけど、未来は無いと宣告されてしまったようなものなのだ。
自分が、善治とそういう事になる、という未来。
「……」
「……」
黙り込んだ二人は、車窓から差し込む夏の日差しに目を細めながら流れる景色を見つめていた。
20/03/03 18:59更新 / 雑兵
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