連載小説
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病気のお話
「ふふ……ありがと!」
「おわっ! 急に抱きつくなよ!!」
「おお、らっぶらぶー!」
「ひゅーひゅー!」
「おいそこ! からかうんじゃない!」

それは、何気ない日々の中で起きた疑問だった。

「……ん?」
「どした?」
「いやなんでも……」

ノフィに抱きつくと不思議な気持ちになる。
胸が高鳴るとでもいうか……とにかくなんとも言えない不思議な気持ちになるのだ。

「てか離れろリム! 暑苦しいぞ!」
「あ、ごめん……」
「あ、いや、そんなしゅんとされてもこっちが困るんだけど……」

そしてノフィに引き剥がされると、なんだかものすごく寂しくなってしまう。
お婆ちゃんに抱きついて離れてもここまで寂しくなる事なんてないのに、それが不思議でしかたなかった。



そして、未だにその不思議の正体が掴めないまま、私は日々身体も心も成長していたのであった……



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「ん〜……」
「おはようリムちゃ……おや、何か難しい顔してるけど悩み事かい?」
「あ、お婆ちゃん。おはよう。悩みって程じゃないんだけどね……」

いつもと変わらないはずの朝。
いつも通り起きていつも通り朝ご飯を食べていつも通りお仕事のお手伝いをするはずだったのに……今日はなんだが身体の調子がおかしかった。

「なんというか……落ち着かない。ぞくぞくというか、ふわふわというか……」
「そわそわするって事かい?」
「う〜ん……たぶん」

なんというか朝から身体中がそわそわする。
それに、微妙に身体が火照っている感じもする……が、風邪とはちょっと違うと思う。
別に寒気はしないし、喉も痛くない。鼻水だって出ないから風邪とは思えなかった。

「なんだろ……」
「リムちゃん……抱きついてくれるのは嬉しいけど、歩き辛いからちと離れてくれんかのぉ」
「あ、ごめんなさいお婆ちゃん……」

そわそわするだけじゃなくて、なんだか人肌が恋しく感じる。
お婆ちゃんをぎゅーってしていたらちょっと落ち着いたけど、引き離されたらまたそわそわする感じになった。

「おや? ちょっと身体が熱い気がするのぉ。風邪かねぇ」
「わかんない……私どうしちゃったのかなぁ……何か変な病気にでも罹っちゃったのかな……」
「う〜む……」

今までそんな事なかったのに、この身体の変調はいったいなんだろうか。

「ちょいとスノちゃんにも確認してみようかねぇ。熱以外は風邪っぽい症状もねえし、とりあえず朝食にしようかの」
「うん。あ、ちょっとトイレいってくる」
「そうかい。先に行っとるからの」

お医者さんと言えども、詳しく診察しなければお婆ちゃんもよくわからないようだ。
いったいなんだろうなと思いながらも、突然尿意を感じたのでとりあえずトイレに駆け込む。

「んっ……」

いそいそと穿いていた物を脱ぎ、トイレで用を足す。
漏らしたわけではないと思いたいが、心なしか生殖器が湿っているような気がする。

「……ふぅ……」

用を足し、トイレから出る。
拭いている時、心なしかむずむずするのが治まった気がするし、なんとなく気持ち良かった気もした。
試しに触れてみようと思ったが、そういえばご飯がまだだった事を思い出してやめた。

「おはようリム」
「おはよースノア兄ちゃん。今日も美味しそうだね!」
「はは、ありがとう。じゃあ席について食べようか」

ダイニングに向かい、卵の焼けるいい匂いを感じ取りながらスノア兄ちゃんに挨拶をしてテーブルの定位置に座る。
最近ちょっと皺ができて老けた気がするスノア兄ちゃんの料理は、何年経っても飽きないどころか美味しい。
美味しいけど……今日はなんだか食が進まない。

「もぐもぐ……」
「ん? なんだか今日は元気ないね。尻尾もだらんとしてるし……」
「そうそう。リムちゃんなんだか熱っぽいんじゃよ。でも風邪の症状はないしのぉ……」
「えっそうなの? どれどれ……」

食欲は一応あるのだが、やっぱりなんだか変な気分なのであまりご飯が進まない。
そんな私の様子を見たスノア兄ちゃんは、私の首筋に手で触れ熱があるか確かめようとした。

「くぅ〜ん……」
「……ちょっとリム? 何してるの?」
「ん〜なんだかすりすりするとちょっとだけ落ち付く」

そんなスノア兄ちゃんの手を、私は半分無意識のうちに変な声を出しながらほっぺですりすりしていた。
なんとなくこれじゃない感を感じるが、兄ちゃんの手でもちょっとは落ち付いた。

「もしかして……」
「おや、何かわかったのかい?」
「多分だけどね。魔物の生態にはそこまで詳しくないから確証は得られないけど……ちょっと股間がむず痒かったりしないかい?」
「ん〜……言われてみれば……」
「じゃあ可能性は高いかもね」

どうやらスノア兄ちゃんが何か気付いたらしい。

「私どんな病気なの?」
「病気……とは違うよ。リムはおそらく発情期だね」
「はつじょー……き?」

曰く、私は発情期という、病気とは違う何かになってしまったらしい。

「発情期ってなーに?」
「んーと……そうだね。動物の雌に起こる生殖行動への欲求が強くなる状態になってしまう期間の事だよ。わかりやすく言うと、子供が作りたくて仕方がなくなっちゃう状態かな」
「子供……?」
「そう。人間には決まった発情期はないけど、半分は狼なワーウルフであるリムにはあるんだよ……たぶん」
「なるほどのぉ。たしかに発情期かもしれん」
「へぇ……」

発情期は、動物に見られる子供が作りたくなっちゃう状態らしい。
そういえば、うんと小さかった頃にお母さんがそんな状態になったって話を聞いた事があるような無いような……
流石に幼過ぎたし、お母さんが殺されてからもうそろそろ10年にもなってしまう程時は経っているのでハッキリとは思いだせないが、発情期という単語に聞き覚えがある気はするし、赤ちゃんが作りたくなる物って聞いた事もある。

「赤ちゃんか……私欲しいのかな?」
「さあ……そればかりはリム次第じゃないかなと。発情期って言うのは身体が成長した証でもあるから、リムが単に大人になっただけとも言えるからね」
「へぇ……」

どうやら、私の身体は大人の身体になりつつあるという事らしい。
それはつまり、もう私の身体は子供を作れる状態になったという事みたいだ。
たとえ魔物だからと村中で反対されていたって、私だって女の子だ。自分の子供ぐらい欲しいと思う事だってある。
この村には友達はいても同じワーウルフどころか魔物すらいない。だからちょっと寂しくもあるのだから。

「まあ、僕自身魔物の生態については詳しくないし、ハッキリとそうとは言えないな。今度パンさんが来たら相談してみるよ。それまでリムはお手伝いせずに部屋で大人しくしていたほうが良いかもね」
「えっ大丈夫だよ。病気じゃないんだし平気だよ!」
「無理はダメじゃよリムちゃん。元気のないところを、私達医者側が患者さんに見られるのはよくないからねぇ」
「む、無理してないよ! じゃあ今日は奥で薬の準備とか表に出ない事だけにするから!」
「ん〜、そこまで言うなら仕方ないかな」
「それでもあまり無理してほしくないんだがのぉ……自分でも危ないと思ったら休むんじゃよ?」
「はーい!」

何にせよ病気ではないので、今日もお手伝い。
二人は心配して今日は部屋で大人しくしていろと言うが、別に病気じゃないうえちょっと熱っぽい事以外は問題無いし、それにお手伝いだってお医者さんの勉強かつお婆ちゃん達の助けになるのだからできればやりたいのだ。

「それじゃあそろそろ診療所の準備をしないとね」
「そうだね。じゃあ私診療所のお掃除してくるね!」
「私は道具の準備をしようかねぇ」
「僕はまず朝食の片付けをして、それから道具の準備を始めるか……」

という事で、私は診療所を開くための準備として、いつも通りお掃除をする事にした。
清潔でなければ診療所は務まらない。という事で、私は身体の毛が抜け落ちないようにしっかりと服を着こんでからお掃除を始める。
パンさんが住む街で売っている特注品という事で、着込んでも暑くなく、今日みたいな夏日でも蒸れないので大助かりだ。
一つ不満があるとしたら、尻尾が出せない事ぐらいだ。まあ、時期によってはかなり抜け落ちるのでそのほうがいいのだろうが、ちょっと窮屈だ。

「ふんふふっふ〜♪」

鼻歌交じりで診察室の床を磨く。
熱っぽいせいでいつもより身体が重いとはいえ、鼻歌を歌いながらであれば楽々とできる。

「ふんふふ〜ん♪」

ベッドのシーツを変えたり、机の上の資料や筆記用具などの整理もする。
とはいえ、患者さんが使うベッドはともかく机の上はいつもお婆ちゃんがきちっと整理整頓しているのでそんなに片付ける物は無い。

「よし、これでいいかな」

診察室のお掃除が終わったので、次は待合室の掃除をしようと思った時だった。

「ごめんくださーい!」
「おやノフィちゃん。急病かい?」
「いやいや先生。この通りピンピンしてますよ。仕事前に家で採れた野菜を届けに来ただけです」
「おお、ありがとう。美味しそうなお野菜だねぇ」

玄関の方から、ノフィの声が聞こえてきた。

「ところで先生、リムはいますか?」
「ああ、リムちゃんなら……」
「ノフィ! おはよう!」
「お、ようリム。掃除中だったか」

いてもたってもいられなくなり、私は急いで玄関の方まで走った。
そこには、ノフィの家の畑で採れたと思われる色とりどりの野菜が入った袋を持ったお婆ちゃんと、最近声がちょっと低くなり逆に背は私よりもちょっと高くなったノフィがいた。

「久しぶりだねどうしたの?」
「うちで作った野菜が採れたからな。普段からお世話になってる先生達へおすそ分けしに来たんだよ」

実はノフィと会うのはちょっと久しぶり。大体1週間ちょっとぶりぐらいだ。
他の友達とも小さい時と比べて会わなくなった。ガネンなんてもう3週間ぐらい顔を合わせていない。
別に喧嘩していたり、昔と比べて仲が悪くなったわけではない。今だって5人とも一応仲は良いし、遊ぶ時は遊ぶ。
ただ、全員そこそこ大きくなった。まだ大人とは言えないが、それでも小さな子供ではない。
それぞれが大人になってからしたい事に向けて頑張っている最中であり、2人や3人で遊ぶ事は月に何度かあっても、全員で遊ぶ事は数ヶ月に1回ぐらいになってしまった。

「ほらリムちゃん、美味しそうじゃよ?」
「おー!」
「ま、採れたて新鮮だからな! そこいらの店で売っても謙遜無いぜ?」

私は診療所での裏方的な手伝いと、お医者さんになるためのお勉強で日々忙しい。スノア兄ちゃんの薬の調合を見ながら学んだり、お婆ちゃんの治療を見て学んだりと、見ているだけでも学べることはたくさんある。
それに、医者になるなら絶対に避けられないであろう、血に慣れる訓練もしている。
今は血の前でも問題は無くなってきたが、まだ皆とわいわい村中を駆け回っていた年齢の頃は本当に血がダメになっていた私。
何故なら、血の臭いを嗅ぐだけで、『あの日の事』や『集落の皆』を思い出してしまっていたからだ。
血みどろになって私の目の前で倒れ冷たくなっていく友達や両親……実際にそんなところを見たわけではないが、想像してしまうだけで気持ち悪くて、酷いと吐いてしまっていた。
それでもお医者さんになる夢を捨てられず、血に慣れよう、想像するなと思いながら過ごすうちに少しづつ良くなっていったのだ。
それだけでなく、最近は魔力の扱い方をパンさんから学んでいたりする。
簡単な治療ならともかく、手術などをする場合この狼の手では難しい。なので簡単な人化の術などを学んだりしているのだ。
それと、もうちょっと大きくなったらパンさんのところに世話になる予定でもある。パンさんの住む親魔物領はお医者さんになるための勉強をする機関があり、そこに通うためだ。
お婆ちゃん達や皆と離れ離れになるのはちょっと寂しいが、一時的だしパンさんに頼めば転移魔術ですぐに戻って来れるのでそこまでではないだろう。

「これ全部ノフィが作ったの?」
「いや流石に親父やお袋も携わってるさ。ただ二人ともそろそろいい歳だから、もう何年もしないうちに俺と弟達が主導になっていくだろうな」

もちろん、忙しいのは私だけじゃなく、他の皆にも言える事だ。
ノフィはこの通り実家の畑仕事を行っている。両親は老化の影響で力も衰えてきたし、逆にノフィは大きくなって力も付いたので、力仕事の大半は任されているのだ。
朝早く起きて、夜早くに寝る生活……昼は昼で農業の知識をそれなりに学んでいるようなので、最近はこうして野菜を届けてくれたりして会う事は多いが、あまり遊ばなくなっていた。寂しいものだ。

「それじゃあ奥に持って行こうかね」
「新鮮なうちに食べるか漬物にでもして下さいね」

ガネンも学者になるため勉強の日々で全然会えない。最近は隣町の学術機関へと足を運び、知識と、ついでに基礎体力も付けている。
医療知識も学べるようだが……聞いた感じだとここでお婆ちゃんやスノア兄ちゃんから学んだほうがよっぽどいいらしい。まあ、私は魔物なのでそもそも通えないのだから関係は無いが。
アルモちゃんも騎士になるという夢を見つけたので、隣町の養成学校に入って訓練の日々だ。養成学校の寮で暮らしているので普段村には居ないが、たまの休みには絶対に帰ってきて皆とお喋りするのでそこまで会えないわけではない。ガネンとは隣町でもよく会っているとの事。
ちなみに騎士になりたいと思ったのは、4,5年前この村に来たヴァルキリーのアミンさんに憧れたかららしい。私は襲われた事もありあまりそう思わないが、カッコ良かったと言えばカッコ良かったのかもしれない。
そしてネムちゃんはというと……昔から言っていた通り、シスターになった。正確には見習シスターだが、今はこの村の教会で神父さん達と一緒に神に仕えている。
ここ2,3年はちょっと遠くの街でシスターになるお勉強をする為に居なかったが、今年からは村に戻ってきたのでまた一緒に遊ぶ機会も増えたのだ。
ただ、その数年で何かあったのかちょっとだけ私とアルモちゃんに冷たくなった気がする。まあ私は魔物だから神に仕える身としては思うところはあるだろうし、友達である事には変わりないとネムちゃん自身が言い、実際二人きりでも仲良く遊んでいるので別にいいが、アルモちゃんにも冷たくなったのはなんでだろうか。
そういえば逆にガネンには昔以上に甘えている気がする……一方、ノフィに対してだけは全く態度が変わっていない気がする。まあ、些細な程度なのでそんなに気にしていない。

「ところでもう帰っちゃうの?」
「あーまあ……」
「えーもう行っちゃうの? まだ一緒にいてよ〜」
「ん〜……一応野菜配りは先生のところで最後だけど、あんまほっつき歩くのもよくねえしな。そっちだって今から開業だろ?」
「う〜……そうだけどさ〜」

そういうわけで久しぶりにノフィと会ったわけだが……折角会えたのにもう帰ってしまうと言い始めた。
流石にそれは寂しい……ので、ノフィにくっつく。
ノフィにくっついているとなんだか落ち着く……それと対照的に、身体の中がゾクゾクと震えてくる。

「ねえいいじゃんもうちょっと一緒にいようよ」
「お、おい、あんまりベタベタくっつくなよ……」

恥ずかしそうにそう言いながら、私の頭を押さえ離そうとしてくるノフィ。
手の触れた頭はなんだか気持ちいい。ただ、離されたくは無いので腕を背中に回しギューっと力を入れて抱きつく。

「ノフィ……ノフィ〜♪」
「お、おい……なんかお前ちょっとおかしくねえか?」
「えーそんな事ないよ〜……ハァハァ❤」
「いやいやおかしいだろ!? なんか顔赤いし舌も出てるぞ?」

ノフィに抱きついただけでなんだか下腹部がキュンとしてくる。
ノフィの匂いが……私の気持ちをどうしようもない程高ぶらせる。
ノフィが……欲しくなってくる。

「ノフィ〜❤」
「おわっ!? お、お前何を……!?」

ノフィが欲しくて堪らなくてつい押し倒す。
床に倒されて痛がっているが、気にしないで胸に蹲り頬をすりすりさせる。

「わふぅ……❤」
「ちょっやめろって! おいリム!」

畑仕事の後だからか、ノフィはほんのり汗臭かった。
でも、その汗の匂いが私の頭をとろとろにして、何も考えさせなくする。
ただひたすらにノフィが欲しい……頭の中がそれ一色になっていた。

「ノフィ……はぁ、はぁ……くぅ〜ん♪」
「お、おいリム……?」

ノフィの身体に身体を擦りつける。
それだけで心が高ぶる。そして、下腹部がハッキリとした熱を帯びる。
うずうずとする股間を、ノフィの足に押し付ける私。
それだけでもふわふわとした悦びを感じるけど……物足りない。

「はっ、はっ♪」
「り、リム……ってちょい待て! 何をする気だ!?」

股間に……生殖器に何か入れたい。
何か……それは本能がわかっている。
わかっているから、私はノフィのズボンを引き裂く……事はできないから、ずり下ろすために手を掛けた。

「ノフィ、子供、つくr」
「これリムちゃん! そこまでじゃ!」
「わあっ!?」

その瞬間、後ろから誰かが強い力で私の身体を持ち上げ、ノフィから引き剥がしてしまった。

「むぅ……はーなーしーてー!」
「落ち着いてリムちゃん! ノフィちゃんだって困っとるじゃろ?」
「ふぇ? あ……」

どうしてノフィから引き剥がしたのかと、力強く暴れる私。
しかし、お婆ちゃんにぎゅっと抱きしめられながらそう言われ、ふとノフィの顔が困惑していたのを見て、段々と落ち着きて来た。

「あれ……私、今何をしようと……」
「落ち着いたかい?」
「う、うん……お婆ちゃん、私いったい何して……」

落ち着いて、状況を確認して、自分のしたことが怖くなった。
帰っていくノフィを見た時、ノフィと一緒にいたいという気持ちが一気に膨れ上がり、離れたくないとくっついているうちに、なんだかよくわからなくなっていた。
よくわからなかったというか……ノフィとの子供が欲しくなった。

「り、リム?」
「……ゴメン……」

無理矢理にでも押し倒し、ノフィと子作りをしようと私はノフィを襲った。その事実が怖かった。
魔物としては正しい行動かもしれない。でも、それはこの村で暮らすには、そしてお婆ちゃん達に迷惑を掛けない為には、してはいけない事だ。

「じゃあ……」
「あ、おい!」

その怖さと、襲ってしまった事の申し訳なさで、私はこの場にいられなくなり自室へと掛けて行った。



「なあ先生……リムの奴、どうかしたんですか?」
「そうじゃのう……発情期……まあ、今の時期はいろいろと精神的に不安定なのじゃよ。まあしばらくはそっとしておくのがいいかもしれんのお」
「そうですか……」
「ところでノフィちゃんはリムちゃんの事どう思っているんだい?」
「……は? いきなりどういう事ですか?」
「リムちゃんの事、異性として好いていたりはするんかの?」
「え……い、いやいやいやいやリムはそのととと友達ですよあははは……」
「誤魔化すのが下手じゃの」
「う……そ、そういえば先生意外と力持ちですね。俺でも引き剥がせなかったリムをあんなに簡単に引き剥がしたりしてましたし。結構な年齢だと思うのに……というかおいくつですか?」
「さあのぉ。リムちゃんやノフィちゃん達よりは上じゃよ」
「そりゃあ……まあいいや。リムによろしく言っておいて下さい。あとあれぐらい気にしねえからってのも」
「えぇえぇ、わかりましたよ」



……………………



「うっ……んんっ」

自室に逃げ帰った私は、しばらくはベッドに伏せて大人しくしていたのだが……

「ふぐ……あんっ」

疼きの収まらない下腹部を沈めようと、おしっことは違う分泌液が滲み出る自身の性器に指を這わせていた。
顔を枕に沈め、少しだけ腰を浮かせ、股を擦る度に部屋にくちゅくちゅという恥ずかしい音が響く。

「んっ、ふああっ」

太股の銀色の毛が性器から出る液で黒くべっとりとなっているが、そんな事も気にせずただ夢中で自分の性器を弄る。
気持ち良い……けど物足りない。でも気持ち良くてやめられない。

「ああぁあ……っ!」

普段よりも硬く陰核を丸い爪で引っ掛いたら、身体中に痺れるような快感が走った。
それと同時にビクッビクッと身体が痙攣し……しばらく震えた後力が抜けベッドの上に沈み込んだ。

「はぁ……はぁ……」

熱い息を吐きながら、少しだけ落ち着いた身体を動かし顔を天井に向ける。

「はぁ……ふぅ……」

身体を落ち着かせようと深く呼吸を繰り返す……しかし、落ち着くどころか余計に身体が疼き始める。
この疼きを抑える為にもう一度指を性器に持って行こうとした時だった。

「入るよリムちゃん」
「え……ちょっとまっ」
「リムちゃん、ノフィちゃんがね……え?」

突然扉を叩く音と一緒に、お婆ちゃんの声が部屋の外から聞こえてきた。
今の私は服は肌蹴て、下半身には何も身に付けていない。自分の性器は丸見えだ。
裸であるという事だけならよくお風呂で見せているのでそこまで恥ずかしくはないが……ベッドのあちこちは性器からの分泌液で濡れているし、性臭とでもいうのか、独特な臭いが部屋中に充満している。
そんな現状を見られるのは恥ずかしく思い、待ってと言いながら慌てて片付けようとしたが……待ってという声が聞こえなかったのか普通に入ってきてしまった。

「……」
「あ……えと……そ、その〜……」

一言も言葉を発する事なく、入口で口を開けたまま固まっているお婆ちゃん。
そんなお婆ちゃんに私はあれこれと言い訳をしようと考えているが……何一つ良い言葉は見つからない。

「……リムちゃん?」
「あぅ……ごめんなさい……」

ようやく言葉を発したお婆ちゃんに向かって出た言葉は、ごめんなさいだった。

「い、いやいや、別に私は怒ってるわけではないし、リムちゃんも悪い事してるわけでもない。謝る必要はないよ」
「う、うぅ……」
「恥ずかしがる必要もないよ。発情期だし自慰は仕方のない事じゃ」

お婆ちゃんが言うのなら、この自慰と言う行為は悪い事ではないのだろう。でも、なんだかあられもない姿を見られたようで恥ずかしい。

「お婆ちゃん……私どうしちゃったの? なんでノフィを襲っちゃったの? 嫌われたりしてないかなぁ……」
「そうじゃのう……もう少ししたら教えてあげようかの。リムちゃんの発情期が過ぎて、落ち着いてからの」
「えぇ〜……」
「でもとりあえず、ノフィちゃんの伝言だけ言っておくかの。気にしないってさ。だから嫌われてはおらんよ」
「そ、そうなの……ほっ……」

とりあえず、発情期という物のせいで子供を作ろうとノフィを襲ってしまったが、ノフィ自体は気にしてないと言ってくれたらしい。
嫌われたらどうしようと少し不安だった……だから、その言葉を聞いて安心した。

「お婆ちゃん……なんだか性器やお腹というか、膣とか子宮がずっとムズムズして止まらないの。何か挿入したくてたまらないの。なんでこんな感じになっちゃってるの?」

安心したら……また下腹部がキュンとしてきた。お婆ちゃんの前なのに自慰を……いや、交尾したくなってきた。
何かというか、おちんちんが入れたくて仕方がない。こんな気持ち初めてで、どうしていいかわからない。

「大丈夫。それは女の子にとって、特に魔物にとっては当たり前なんじゃよ。特にリムちゃんは発情期、男性のペニス……おちんちんが欲しくなっても仕方ないんじゃよ」
「仕方……ないの?」
「おおそうじゃよ。お婆ちゃんだってお爺ちゃんとそうしたいと思った時もある。神様の言葉には反するが、それは生き物の持つ大切な感情なんじゃよ」
「お婆ちゃんも?」
「うん。そうじゃなければスノちゃんはこの世におらんよ」

どうしたらいいかはわからないが……おかしなことではないらしい。

「まあでも、だからと言って衝動的に襲うのは良くないのぉ。ワーウルフはそういう傾向のある魔物らしいが、この村でそれをやってしまったら私じゃ庇いきれなくなるかもしれんからの」
「あぅ……気をつけないと……」
「そういう事じゃ。まあ、これからしばらくは自室で大人しくしているほうがええかの。間違いを起こしてスノちゃんを襲わないように、発情期の間はご飯の時間になったら運んできてあげるからトイレ以外はなるべく自室に籠っていなさい」
「はぁ〜い」

おかしなことではないが、大っぴらにやっていい事ではない。
という事で私は発情期の間は自分の部屋で大人しくしている事にした。お婆ちゃんの言う通り、間違いを起こしかねないからだ。

「もちろん、オナニー……自慰はいくらしていても構わんよ。シーツは洗えばええ。我慢し過ぎてスノちゃんやノフィちゃんを襲っても困るからの。ただあまり人に言わない事じゃな。神父さんやネムちゃんは良い顔せんと思うからの」
「わかった」

そう言って部屋を出て行ったお婆ちゃん。

「んっ……んはあっ!」

その瞬間、私はへたり込んでオナニーを始めた。
お婆ちゃんが出ていくまで我慢していたこともあって、ちょっと触っただけで全身から力が抜けていき、電流のように快感が全身に一気に走った。
その後はご飯の時間になるまで、ずっと絶頂とオナニーを気が済む事なくし続けていたのであった……



====================



「……」
「あ、お婆ちゃん。リムどうだった?」
「あ、ああスノちゃん。とりあえず淫らに乱れておったよ」
「そっか……じゃあ僕はあまりリムに近付かない方がいいのかな?」
「そのほうが良いじゃろうの」

ボーっとした表情を浮かべながら、リムの部屋から診療所に戻ってきたお婆ちゃん。
開業準備で忙しかったので一連の騒動は見ていないが、どうやら発情したリムが思わずノフィ君を襲ってしまい掛けたらしい。
それでお婆ちゃんがどうにか抑えつけ、部屋に逃げ帰ったリムの様子を見に行っていたそうだが……なんだかお婆ちゃんの様子もおかしかった。

「お婆ちゃんどうかしたの?」
「ふぇ? わ、私は別にどうもしておらんよ」

ボーっとしているというかなんというか……若干顔を赤らめているような気もするし、どうも様子がおかしい。

「もしかしてだけど……リムの姿にあてられたとか?」
「むぐ……そんな訳ないじゃろ。年寄りをからかうでない」
「年寄り、ねえ……」

もしかして……というか、確実にリムの淫らな姿を見て自分もちょっと発情してしまったのだろう。
お婆ちゃんが年寄りをからかうなという時は大体良い当てられたくない図星を突かれた時に発する言葉だし、間違ってはいないだろう。

「お婆ちゃん、言っておくけど僕知っているんだからね。夜中にこっそりと僕のパン……」
「スノちゃん!」

なんだか反応が面白かったのでもう少しからかおうと思い、お婆ちゃんがバレバレなのにずっと隠している事を言おうとしたら、大声で怒鳴り遮られた。

「スノちゃん、そこまでにしてくれんかの。私はスノちゃんのお婆ちゃんなんじゃよ?」
「……そうだね。ごめんお婆ちゃん」

そして、真剣な表情とハッキリとした口調で止めてくれと言われてしまった。
調子に乗っていた僕はハッとして、すぐに謝った。

「さて、患者さんが待っておるからの。お仕事始めようかね」
「うん。今日も一日頑張ろうか」

お婆ちゃんだって……いや、ルネだって僕の為に我慢しているんだ。僕がそれを蔑ろにしてはいけないじゃないか。
そう反省して、僕はいつもの業務に集中したのだった。



====================



「……」

発情期に入ってからそろそろ2週間ぐらいになる、ある日の夜。

「……ふぅ……」

発情期が終わったのか、身体の火照りが治まり、今日はオナニーをほとんどせずに済んだ。

「ベッドがちょっと臭くなっちゃったな……」

発情期に入って3日目から1週間ほどが特に酷く、起きてはオナニーをして、オナニーし過ぎて疲れたら寝て、また起きたらオナニーしてと、寝るかオナニーをするかの一日だった。ご飯を食べた記憶も曖昧だ。

「まあ、次の機会に消臭剤なるものをパンさんが持ってきてくれるって言ってたらしいから、それまでの我慢かな……」

そんな感じにずっと性的興奮状態だったから、自分の性感帯もある程度把握してしまった。
私は最近少し膨らんできたおっぱいを始め、自分の尻尾の付け根や耳の先端が快感を強く感じるらしい。そこを弄りながらオナニーした時の絶頂はその他の時よりも激しく、潮を吹く事もあった。

「はぁ……」

それ以上に興奮したのは、ノフィにされていると想像しながら性器や性感帯を弄っていた時だ。
自分の手ではなくノフィの手でおっぱいや性器を撫でられ、自分の手ではなくノフィのおちんちんが自分の膣内に挿入されていると思いながら迎えた絶頂は、まさに天にも昇る気分だった。

「あ、やば……想像したらまた……」

ノフィに後ろからガンガン突かれている事を想像したら、またじわりと濡れ始めてしまった。
こうなっては仕方がないので、私はベッドの上で四つん這いになり、お尻を突き出して自分の肉球を濡れた性器に這わせる。

「あっ、あっ、いい、いいよノフィ……♪」

ノフィのおちんちんの先が性器を擦っているのを想像しながら、指を曲げて軽く挿入する。
プニプニして硬い物が、私の膣内にゆっくりと侵入してくる。そして、窄めた膣を引っ掻きながら抜けていく感覚が気持ち良い。

「くぅ……ふあああっ♪」

ノフィが後ろから私のおっぱいを揉んでいる事を想像しながら、私は性器を弄っていないほうの手で自分の胸を愛撫する。
ピンと張った乳首をコリコリと爪で引っ掻く。ビクビクと腰が震え、自分の指を……いや、ノフィのおちんちんをぎゅうっと搾る。

「ふあ、んっ、いひゃあぁ……」

口の端から涎が零れ落ちる。熱い息が漏れ出して止まらない。腰も自然と揺れてしまう。
じわじわと高鳴り、今にも爆発してしまいそう……そんな感覚が強くなってきた。

「わうぅ……イク、イッちゃあぁっ……っ♪」

そして、ノフィが射精した妄想と同時に、私は身体を痙攣させた。
身体が固まり、意識は反対にふわふわする。
出るはずもない精液を搾り取ろうと、膣が私の指をギュっと締めてくる。
そう、精液が出るはずがない。

「はぁ……ふぅ……」

妄想では私の子宮は白くて温かい液で満たされているが、現実はそんな事もない。
冷静になった頭でそんな冷めた事を考えられるので、やはりもう発情期の大半は去ったのだろう。

「あーだる……」

流石に疲れを感じてそのままベッドにうつ伏せで寝転ぶ……が、さっきまでとは違うそわそわが私を襲った。

「……お散歩行きたい……」

ここ最近はずっとベッドの上だった。指やら腰やらはやたら動かしていたが、足をあまり動かしていないのでなんだか散歩でもしたい気分だ。
とはいえもう今は丸い月も一番高いところにあるような時間だ。一人で出掛けるには遅過ぎる。
それでも身体を動かしたいと思い、もう寝たであろう二人を起こさないように静かに家の中でも歩きまわっていようかなとベッドから起き上がり、パジャマに着替えたら……突然扉がノックされた。

「リムちゃん、起きてるかね?」
「お婆ちゃん? まだ起きてたんだ」

ガチャリと空いた扉の隙間から現れたのは、お婆ちゃんだった。

「まだ完全に過ぎたわけではないけど……その様子じゃとやっぱり落ち着いてきたようじゃな」
「うんまあ……」

臭いはここのところずっと充満していたので気付かないにしても、ベッドの上に付いた新しい滲みは誤魔化せない。
それを見られるのはやっぱり嫌だ……なんというか、自分の恥ずかしい物を曝け出しているみたいだ。

「ところで、どこか行こうとしてたみたいだけどどうかしたのかのう?」
「あーうん。ちょっとお散歩したくて……でも夜だし外に出るのもなあと思って家の中を歩き回っていようかなと」
「なるほどのぉ……じゃあ私と夜のお散歩にでも行くかねえ?」
「え……いいの? じゃあ行こうお婆ちゃん!」

それはともかく、これからお婆ちゃんがお散歩に付き合ってくれるみたいだ。
お婆ちゃんと一緒なら外に出ても良いかなと思い、私はパジャマの上に一枚上着を羽織り外に出た。

「おお……月が綺麗じゃのぉ……」
「そうだね〜」

お婆ちゃんと二人で家から出て、満月に近い月の明かりに照らされながら田んぼの中を民家の方に向かって歩き始める。
時間が時間なので人の気配はない……と思ったら、わりと近くに良く知る人物の匂いを感じた。

「あ、こんばんは」
「こんばんはネムちゃん! こんな遅い時間にどうしたの?」
「それはこっちの台詞。ルネ先生とリムちゃんこそどうしたの?」

それは、シスターらしく修道服を身に纏ったリムちゃんだった。
修道服を纏っているせいか、実年齢よりもかなり大人びて見えるルネちゃんは、ちょっとだけ眠たそうな、それでいて怪訝な表情で私達にどうしたのか尋ねてきた。

「私達はただのお散歩だよ」
「お散歩……ね。村の誰かをワーウルフにしようとかしてないよね?」
「してないよ! 私が他の人に噛みついた事ないの知ってるでしょ?」

どうやらネムちゃんは私が誰かをワーウルフにする為襲いに行くのではないのかと考えていたらしい。
こっちはただのお散歩なのに……随分と酷い言いがかりだ。

「うん知ってるよ。ただ、この前ノフィ君からリムちゃんが発情期に入ったって聞いたからね。修道院に居た時に聞いたけど、発情している動物系の魔物は普段より凶暴になるらしいからそれぐらいしそうだなって」
「むぅ……しないよ……たしかに神様は嫌いそうな事はしてたけど、他人は誰も巻き込んで無いよ……」
「あ、ゴメン。別にリムちゃんが普段からしそうだとは思ってないよ。ただ、そういった時期は判断力が鈍る……ですよね先生?」
「まあ……あながち間違ってはおらんのぉ」
「そう。それでリムちゃんが変な事しないようにちょっと様子見に行こうとしたの。でもその様子じゃ大丈夫みたいだね」
「もちろんだよ!」

まあでも、シスターとしては仕方がないのだろう。
たしかに発情期に入った私は、誰かに襲いかかる可能性も充分にあっただろう。実際、何度かお婆ちゃんを噛もうと思ったような気がするし、爪が丸かったから良いけど何度か引っ掻いた。
これが実際に村人……それこそネムちゃんやアルモちゃん相手にやっていたらと思うと……怖いものである。

「夜は魔の時間……云々は魔物のリムちゃんに言っても仕方ないか。それじゃあおやすみなさい」
「うん、おやすみ。また今度遊ぼうね」
「うん。わたしは基本的には教会に居るから、いつでも遊びにきてね」

最後は笑顔でおやすみなさいと言って、私達は別れた。
ネムちゃんがそのまま教会の方へと帰っていくのを見送った後、私達はまたゆっくりと歩き始めた。

「ネムちゃんも大きくなったのぉ」
「うんそうだね。私と違って大人の魅力を感じるよ」
「リムちゃんも大きくなっているよ。まあ、身長も胸の大きさもネムちゃんのほうが上かもしれんがのぉ」
「まあね。お母さん、集落の中でも背が低いほうだったからね。胸もさほど大きくなかったような気はする」
「へぇ……リムちゃんからお母さんのお話をしてくれるなんて珍しいねぇ」
「そうだっけ?」

月明かりの下、虫の鳴き声以外の音が聞こえない中で、お婆ちゃんとお話しながらゆっくりとお散歩。

「もっと聞かせてくれないかねえ」
「うん! 私のお母さんはね、強くてカッコ良かった。私が迷子になった時もすぐに見つけてくれて、悪い事したらきちんと怒ってくれて、良い事したらいっぱい褒めてくれた。お料理もできて、力もある。私にとって自慢のお母さんだったよ」
「そうかいそうかい。リムちゃんが優しい子なのも、そのお母さんのおかげかねえ」
「えへへ……」

まずは、私のお母さんのお話になった。
言われてみれば、あまりお婆ちゃん達には両親のお話をしていなかった気がする。始めの頃はそこまで言える程心を開いてなかったし、まだ心の整理が付いていなくて話し辛かった。今となってはお母さん達と同じぐらい大好きだから、比較してるみたいで話し辛かったのもあるだろう。

「そんなお母さんだけど、お父さん相手にはいつも強気だった。お父さんはお母さんには絶対逆らえなかったんだよ」
「ほっほ。お父さんはお母さんの尻に敷かれてたんだねえ」
「そうだね。いつも上に座られてた。大体お母さんのほうが上でお父さんは下だったよ」
「……いや、そういう意味ではなかったんじゃが……」

優しくも厳しく、そして強かったお母さん。そんなお母さんにいつも頭が上がらなかったけど、お母さん以上に優しかったお父さん。
二人とも、もう二度と会えないけれど……絶対に忘れる事のない、私にとって大切な人だ。

「そんなお父さんだったけど、お母さんとはいつも仲良かった。愛し合ってた二人が、私は好きだったな」
「いい話だのお……そういえば、お母さんは元人間だったかの?」
「直接聞いた事はないから私の推測だけどね。元々はお宝探しの名人……トレジャーハンターかな? だったらしいし、お母さんに捕まったお父さんの方はもちろんお母さんの両親も集落に居なかったし、たしかお母さんの小物箱の中には人間用の手袋とかも入ってた気がするからね」
「なるほど……リムちゃんが人間嫌いにならずに済んだのはそのおかげかのぉ……」
「うん。人間には皆を殺されたし私も殺されかけたけど、お父さんもお母さんも人間だったんだから、二人を嫌いになるみたいでね。もちろん今も人間は嫌いじゃない……というか好きだよ」

とはいえ、この村に来た時は私は人間が怖く、そして苦手だった。
襲ってきたのはこの村の人達じゃないし殺したいとは考えなかったけど、できれば関わりたくなかったし、見たくもなかった。
でも、今はもう怖くないし、苦手でもない。いっぱいおしゃべりできる程、私は人間が大好きだ。
そう思えるようになったのは、始めから私に優しくしてくれたお婆ちゃんと……ノフィを始め私と友達になってくれた皆のおかげだった。

「そういえばお婆ちゃん、それで思い出したんだけど……」
「ん? なんだい?」
「お婆ちゃんの子供……スノア兄ちゃんの両親ってどうしていないの? 今何をしてるの?」

田んぼを抜けて、商店や住宅が並ぶ地区までやってきたところで、今まで気にはなっていたけどなんとなく聞けなかった事を、この際だからと聞いてみた。

「うーん……今は何をしとるんかのぉ……」
「え? わからないの?」
「わからんのぉ……なんせ、最後に二人を見てからもう20年以上は経っておるからなぁ……」
「そうなんだ……」

今まで、二人の口から存在自体は何度か聞いた事あったけど、存在以外は全くわからなかったスノア兄ちゃんの両親。
二人の事を語るお婆ちゃんは、どこか懐かしそうに、そして寂しそうに見えた。

「一応お婆ちゃんの息子は……つまりスノちゃんのお父さんは私らと同じお医者さんをやっていたよ。今もやっているかはわからんがね」
「なんで会いに行かないの?」
「それは……ちょっと言い辛いかねぇ……まあ、どうしても会えない理由があるんじゃよ」
「それはお婆ちゃんが裸を見られたくないのと関係あるの?」
「そう……じゃのう。それが大きな理由じゃな」
「そうなんだ……」

だったら会いに行けばいいのではと思ったが、そうもいかないらしい。
お婆ちゃんはほとんどの事をハッキリと言ってくれるが、自分の裸の事になると途端に口を塞ぐ。それが大きく関わるのならきっと教えてくれないだろう。

「会いたいとは思わないの? だってお婆ちゃんにとっては大事な子供なんでしょ?」
「そうじゃのう……そろそろ爺ちゃん婆ちゃんになる年齢だと言っても、お婆ちゃんにとっては大事な息子だからねえ。また会えるようになったらぜひ会いたいのぉ……」
「寂しくないの?」
「少しはね……でも、スノちゃんやリムちゃんが居てくれるから、そんなに寂しいとは思わないよ」
「……ふ〜ん……」

だから私は、会えない理由ではなく会いたいかを聞いてみた。
やっぱり会いたいとは思っているらしい。寂しくないと笑顔を浮かべているが、私の方を向いたその顔は少しだけ寂しさも感じた。

「まあ、息子もそうじゃが、やっぱり孫は可愛くて仕方がないからの。スノちゃんが一緒にいてくれるだけで、私は嬉しかったよ」
「そうなんだ……スノア兄ちゃんの事はもちろん大切なんだよね?」
「当たり前じゃよ。お婆ちゃんはスノちゃんをとっても溺愛しておってな。産まれたばかりのスノちゃんの手をずっと握っておったり、小さかったスノちゃんと勝手に遠出してお嫁さんに怒られたり、寂しがるスノちゃんの為に等身大お婆ちゃん人形を作ったり、怒られてるスノちゃんを庇ったり、お祭りに行くスノちゃんの為に豪華な着物を買ってあげたり、スノちゃんが僕もお医者さんになるって言った時には感動して思いっきり抱きついたり、スノちゃんの小さい頃の服だってとってあるし、スノちゃんがお医者さんになった時用に医療道具一式買っておいたし、スノちゃんの……」
「あーもういいよお婆ちゃん。スノア兄ちゃんの事が大好きなのはわかったからさ」
「むぅ……ちと長かったかの。でも、お婆ちゃんにとって……私にとってスノちゃんは目の中に入れても痛くない、それだけ大切なんじゃよ。もちろんそれはリムちゃんもじゃよ」
「あ……うん、ありがとうお婆ちゃん!」

じゃあ孫のスノア兄ちゃんは……聞くまでもないとは思っていたが、止まらなそうだったので途中で遮った。
やはりとても大切らしい。お医者さんだからお金も沢山あったのか、やたらと凄い事もいくつか言っていた気がする。それだけスノア兄ちゃんはお婆ちゃんに愛されていたのだろう。
そして、私も同じぐらい大切だと言ってくれた。嬉しくてつい抱きついた。

「じゃあさ、話を変えるけど……どうしてお婆ちゃん達は私のような魔物に優しくしてくれたの? この村の人達は大体魔物の事を怖かったり、嫌ったりしてるじゃん。どうして?」

村の広場も通り過ぎ、畑が連なるエリアまで来た私は、疑問に思っていた事を色々とお婆ちゃんに聞いてみる事にした。
今でこそ皆挨拶したり話し掛けてくれたり、時にはアメちゃんをくれたりするが、来た当初は殆どの人が確実に私を煙たがっていた。
その中で、お婆ちゃんとスノア兄ちゃんは最初から私を魔物だからと煙たがらず、一人の子供として接してくれていた。それが不思議だった。

「それは……主にはパンさんがいたからかの。前スノちゃんから聞いたかもしれんが、私らがこの村で医者をしておれるのはあの人のおかげだからの。パンさんの知り合いの魔物達にもいっぱい親切にしてもらったから、魔物に偏見を持たなくなった……ってところじゃな」
「ふ〜ん、そんなもんなんだ……」

なんて事はない。パンさんとその知り合いの魔物達に助けてもらったからという理由だった。

「まあそんなもんだよね……あ、ここ……」
「おや、ノフィちゃんの家まで来てしもうたの」

次はどんなお話を聞こうかなって思っていたが、ふと見上げるとそこはノフィのお家だった。
意識するとノフィの匂いを鼻が捉えてしまい、さっきの妄想を思い出してしまう。

「ってここは外だしあまり考えないようにしなきゃ……」
「おやおや、もしかしてノフィちゃんと性交したいとか考えておったのかい?」
「え、あいや、そそそんな事……」
「リムちゃんも誤魔化すのが下手じゃのう……」
「あぅ……」

ちょっと口にしていたみたいで、ニヤニヤしながらお婆ちゃんにノフィと交尾している妄想をしていた事をズバリと言われてしまった。

「ほっほっほ。リムちゃんはノフィちゃんの事どう思っているのかい?」
「ど、どうって……」

そして、ノフィの事をどう思っているのかと聞かれた。
それはもちろん仲の良い友達で……

「と、友達……だけど……」
「だけど?」

そう、友達……だけど……

「なんだろう……ノフィの事を考えると、最近ちょっとおかしくなるの。ドキドキするし、お腹もキュンキュンしちゃう。これってなんだろう……」

ただの友達……とはなんだか違う気がした。
小さい頃からノフィの事を考えるだけで気持ちが高鳴り、すぐにでも会いたくなるし、挙句の果てに淫猥な妄想にまで登場させるほどだ。
いったいこれは何なのか。私にはさっぱりわからなかった。

「うふふ……本当にわからないのかい?」
「……うん。これって病気?」
「そうじゃのう……たしかに病気かもしれん」

……いや、本当はわかっていた。
小さい頃から感じてた不思議な気持ちの正体は、発情期に入ってようやくわかった。
ただ、意識すると止まらなくなりそうだから、発情期の間は考えないようにしていた。

「ただの風邪とかではなくて、私にも治せない……恋の病じゃな」
「恋の……ああ……」

そう……私は、ノフィの事が好きだ。
友達としてではなく、異性として。自分の番になってほしいと思っているのだ。

「違うかのぉ?」
「……ううん。きっとそうだよ。私、ノフィの事が好き……大好き……」
「やはりそうじゃったか。発情期に入ったばかりの時、直接触れたスノちゃんには襲いかからなかったのに触れてすらいないノフィちゃんを襲っておったからそうだと思ったわい」
「あうぅ……」
「あ、ちょっと待ってくれんかのぉ……」

それをお婆ちゃんに指摘されて、恥ずかしい気持ちと共に、大好きだという感情が溢れてくる。
今すぐ会いたい……もうノフィは寝ている時間だし、そんな衝動に身を任せるわけにはいかないので、我慢して早足で家から離れる。

「告白はしないのかい? 多分断られることはないと思うがの」
「うーん……そうは言っても〜……それに、魔物の恋人なんて、ノフィにも迷惑かもしれないし……」
「そんな事言ってはダメだよ。後に後にと思っていると、いつの間にか手が届かなくなってしまうかもしれないんだよ?」
「え?」

告白はしないのかとお婆ちゃんに言われたけど……この反魔物領の村では迷惑かもしれないし、それ以上に恥ずかしいから中々その気にはなれなかった。

「お婆ちゃんはね、お爺ちゃんと喧嘩したまま、永遠に別れる事になってしまったからのぅ……ごめんなさいも言えないまま、じゃよ」
「そう……なんだ」
「そうじゃよ。だから、どんな事でもすぐに言った方がええよ。後悔しないようにじゃ」
「……うん」

でも、お婆ちゃんのお話を聞いて、今すぐにでも告白したほうがいいのかなと思い始めた。
誰かに取られるかもしれないし、明日ノフィが死んじゃうかもしれない。実際集落の皆は突然死んでしまったのだ。人はいつ死んでもおかしくはない。
言えずに後悔するぐらいなら、恥ずかしくても今すぐ言うほうがいい。
だから……

「今度会ったら、告白してみる。断られたら無理矢理押し倒す勢いでね」
「それは困るんじゃが……まあ、その心意気が大事じゃな。頑張るんじゃよ」
「うん!」

私は、ノフィに告白する事にした。
たとえ断られたって、何回でも好きだと言ってやる。それぐらい強気で気持ちを伝えようと思う。

「さて、教会まで来たし、もうちょっとじゃのう」
「お婆ちゃん眠たくないの?」
「大丈夫じゃよ。リムちゃんこそ眠くないかの?」
「うーん……ちょっと眠くなってきたかな。いい運動だったよ」
「ふふ……満足したようじゃの」

そう心に決め、グッと握り拳を作ったところで、教会前に辿り着いた。
ここからさらに田んぼの中を通って行けば家に着く。つまり、お婆ちゃんとのお散歩はこれでおしまいだ。
そこそこの時間お散歩していたこともあって、充分満足していた。眠くてちょっと欠伸が出てきたほどだ。

「明日……はお休みか。じゃあ明後日からまた診療所のお手伝いするね!」
「もう大丈夫そうだし、そうしてもらおうかのう。明日は散らかってしまったリムちゃんのお部屋のお掃除じゃな」
「そうだね。あとシーツだけじゃなくてベッドも洗いたいな……自分の性臭と体臭とはいえちょっと臭くて……」
「ベッドごと洗うのはちと難しいのぉ……今度パンさんが臭い消しを持ってきてくれると言っておったが、それは次の休みじゃしなぁ……この前変えた診療所の方のベッドも既に処分してしまったし……あとはまあ、クッションを集めて床に寝るしかないかねえ。まあこれは今の時間からやる事ではないがのぅ」
「うぅ……我慢するしかないか……自分の鼻が利いて嫌に思ったのはこれが初めてだ……」
「あとは……狭くても良いなら、私と一緒に寝るぐらいかねえ」
「あ、それがいい! 一緒に寝ようよお婆ちゃん!」
「リムちゃんがええって言うならええよ。じゃあ一緒に寝ようか」

ちょっとずつ月が傾いていく中、私とお婆ちゃんは笑ってお喋りしながら家へと帰ったのであった。



……………………



…………



……







「ふぁぁ……」
「おやリムちゃん、復帰したてで体調が戻らないのかい?」
「あ、すみません。暑さでちょっと気が抜けちゃいました。これお薬です」
「ありがとう。やっぱり白衣姿のリムちゃんが居ないと寂しいよ」
「えへへ……ありがとうございます! それではお大事に!」
「うん。リムちゃんもルネ先生やスノアのお手伝い頑張ってね」

発情期も過ぎ去り、いつも通り診療所のお手伝いをしていたある暑い日の事。

「はい、アルモちゃんのお母さん。傷薬は毎日お風呂上がりに優しく塗ってくださいね」
「ありがとうリムちゃん。しっかし今日は暑いね……暑さ対策に髪の毛短くしようかしら」
「そうですね……私も魔力のおかげでそこまで暑くないと言っても、この全身の毛は見た目がまず暑いからちょっと短くしようかなと……」
「ああいいかもねそれ。私が短くしてあげようか?」
「よろしければ今度のお休みに是非お願いします。そういえばアルモちゃんもその時は帰ってくるんでしたっけ?」
「順調ならその予定よ。ガネン君のお休みも重なるし、また皆で集まれると思うわよ?」
「はい、楽しみです!」

その日は暑さのせいで体調を崩す人もおり、朝から結構の人がきていて忙しかった。
今はもう昼過ぎだが、そのせいでまだお昼ご飯を食べずに頑張っていた。
しかしまあ、それも最後の患者さんである、料理中に誤って指を深く切ってしまったアルモちゃんのお母さんが帰れば終わり……のはずだった。

「す、すみません!」
「ん? あ、ノフィのおとう……!?」

突如勢い良く開いた診療所の扉。
その向こうから、息を大きく切らしたノフィのお父さんと……ぐったりと力無く背負われているノフィの姿があった。
その瞬間、まるで心臓が凍りついたかのように冷たさを感じた。嫌な予感が、私に重く圧し掛かった。

「ノフィ!? いったいどうしたのですか!?」
「わからない……朝から畑仕事をしていたんだが、昼になっても帰って来なかったから様子を見に行ったらぶっ倒れてて……」
「わかりました。お婆ちゃん、スノア兄ちゃん、大変ノフィが!」
「あらまあ……慎重に診察室のベッドまで運んで下さい」

身体がピクピクと細かく震え、息も絶え絶えであり、意識はないようだ。
この熱い中汗が全く出ていないのもおかしい。生きてはいるが一目見て危ない状態だ。

「ノフィ、しっかり!」
「下手に触ってはいかん! リムちゃんは氷とアルコール、それと飲み水を持って来ておくれ。お水は井戸水のほうがええ」
「う、うん!」
「先生、うちの息子はいったい……」
「見た感じでは熱中症じゃな。熱い中にずっとおると体温が異常上昇してめまいや吐き気、酷いと失神してしまう病気じゃよ。実際身体が発熱したように熱いし、その割に汗をかいておらんからその可能性が大いにある」

お婆ちゃんの指示に従い、私は体温を下げる為の大量の氷とアルコールを取りに薬品庫まで駆ける。

「おや? そんなに慌ててどうかしたのかい?」
「大変スノア兄ちゃん! ノフィが熱中症で倒れた!!」
「なっ……それは大変だ。とにかく体を冷やさないと……」

そこにいたスノア兄ちゃんにノフィが大変なことになっている事を伝え、氷とアルコールを先に持っていってもらい、家の裏にある井戸まで走って水を汲む。
熱中症という事は塩分もあった方がいいと考え、少量の塩と砂糖を水に溶かし、診察室まで急いで戻った。

「お婆ちゃん! ノフィは……」
「落ち着いてきとるし大丈夫じゃよ。あとはそのお水をゆっくり飲ませるのじゃよ」
「うん。ノフィ、ほらお口あけて……」
「あ……ああ……」

関節にアルコールを塗り、氷嚢を置いて身体を冷やしているノフィ。息は荒れているが、先程よりは落ち着いているようだ。
とはいえ水分補給は必要なので、ノフィの身体を軽く起こしてゆっくりと水を飲ませる。
まだ意識は朦朧としているみたいだが、一口一口きちんと水を飲んでくれている。

「まあ、しばらく安静にしておれば回復するじゃろう。まだ暑い日は続くからのぉ。外で作業をする日は帽子を被せたり適度に水分補給をさせるのじゃよ」
「ありがとうございます先生!」
「私らでノフィちゃんの様子は見ておくから、まずは他の家族達を安心させに行きなさい。それと、一応大事を取って一晩ここで入院させておいたほうがええから、それの用意もしておきなさい」
「わかりました。ではお願いします」

飲み終えた後、またベッドに倒れ込んだノフィ。荒れていた息も落ち着いてきたのでもう大丈夫だろう。
一安心したところで、今日は診療所に泊まる事になったノフィの着替えなどの用意の為にノフィのお父さんは一旦家に戻った。
スノア兄ちゃんとお婆ちゃんは入院準備のために部屋を出て行ったので、部屋の中には私とノフィの二人だけになった。

「ノフィ……」

倒れて背負われているノフィを見た時は、正直生きた心地がしなかった。
もし発見が遅れてノフィが死んでいたら……いや、そんな事は考えたくなかった。
とにかく、無事だったのでホッとした。

「全くもう……」

無事なのがわかったからか、心に余裕ができて他の感情が湧いてきた。
ノフィに落ち度はないのはわかるが、人を心配させた事にちょっと腹立たしく感じてきた。

「心配させないでよバカ……もう大切な人に死んでほしくないんだから……」

ノフィが気絶している事をいい事に、私はノフィに文句を言う。
文句を言いつつ、身体を冷やす為に使っている氷が溶けてずれたものを治したりする。



そんな感じに意識のないノフィの世話をする事数時間……



「ん……んん……?」
「あ、気が付いた?」
「んん……ここは……リム?」

ちょっとずつ空が赤く染まり始めた頃、ようやくノフィの意識がハッキリと戻ったようだ。
一応何度か水は飲ませていたから大丈夫だとは思うが、微妙に声が枯れている。

「おはよう。ここはうちの病室だよ」
「病室……? なんでそんなとこに……ぐっ……」
「あーまだ寝ていたほうが良いよ。はいお水。ゆっくり飲んでね」
「お、おう……」

それでも気持ち悪さは残っているのか、少し起き上がった身体をまた横にしたノフィ。
とりあえず用意しておいた水を渡し、ゆっくり飲むように促す。

「ぷはぁ……俺はいったい……たしか痛んでいた野菜を切り落そうとして……それで……」
「畑で暑さにやられて倒れてたんだよ。暑い中で頑張り過ぎ。水分補給はきっちりする事!」
「お、おお……」
「ちょっとでも体調が悪くなったら木陰で休む事! わかった?」
「え、ま、まあ……」
「わ か っ た ?」
「お、おう。わかった」

どうしてここにいるのかわからないようだったので、簡潔に教えてあげた。

「全くもう……心配させないでよね。ノフィのお父さんだって凄く慌ててたんだよ」
「そうか……親父は?」
「ノフィが一泊する荷物を家族全員で持ってきた後、ノフィが問題無く寝ているのを見て安心して家に帰ったよ。目を覚ましたしまた呼んでくるよ」
「おう」

かなり前から症状は安定していたし、ノフィの家庭もいろいろと忙しいので、ノフィの看護を私に任せてまた家に帰り、目を覚ましたら呼びに行く事になっていた。
だから、目を覚ました事だしノフィの家族を呼びに行こうとしたのだが……

「あのさ、リム……」
「ん?」
「……迷惑掛けてすまなかったな」
「……っ!?」

ボソッと、申し訳なさそうに迷惑を掛けた事を謝ってきた。

「……バカ……」
「え?」
「ノフィの馬鹿! 何が迷惑掛けてすまなかったよ!」

その言葉を聞いた私は……溜めていたものが膨れ上がり、爆発した。

「謝るんなら最初から迷惑掛けるな! 無茶をするな! 私がどれだけ心配したと思ってるの!?」
「え、いやその……ごめん……」
「ゴメンじゃない! 本気で心配したんだから! 死ぬんじゃないかって怖かったんだから!! 自分の身体を大事にしてよ!!」

感情的になって、まだ回復したばかりのノフィの胸倉を掴みながら強く当たる。
家中に、下手すれば外にまで響き渡る怒鳴り声で、ノフィが縮こまってしまう程叱りつける。

「本当にもう……怖かったんだから……ばかぁ……」
「リム……」

そして……死ぬんじゃないかと思った不安や、大事にならなくて良かったと思った安堵など、いろんな感情が入り混ざって……涙が零れた。

「死んじゃったらどうしようって……ひっく……不安だったんだから……まだ好きだって告白もしてないのに……ぐす……一生の別れとか嫌だったんだからぁ……」
「……リム……本当にゴメン……」
「ひぐっ……だから謝るなバカ……」

ノフィの胸に顔を埋め、文句を言いながら涙を流す。

「もう大丈夫……今度から気をつけるよ……」
「当たり前だよ……二度と心配させないでよ……馬鹿ノフィ……」

ぽんっと頭の上に置かれたノフィの手は、腰に回されたノフィの手は……もう大丈夫だと主張するように、力強かった。

「あのさ、リム」
「ひっく……何よ?」

そのままの姿勢で、まだ泣いている私にノフィがおずおずと尋ねてきた。

「お前今……好きだって告白もしてないのに、とか言わなかったか?」
「……あっ」

指摘された瞬間、溢れていた涙が嘘のように止まった。
私は慌ててノフィから離れ……恥ずかしさのあまり顔を背けた。

「え、いや、その〜……」

感情的になっていたせいで、ついうっかり流れで好きだって言ってしまった。
たしかに次に会った時に告白する気ではあったが……こんな自分でも予期していない時に言ってしまい、心の整理が付いておらず頭の中が真っ白になってしまった。

「で、結局今のは……」
「そ、そうだよ! 私はノフィの事が好きだよ! もちろん男女の中としてね! 私の番になってほしいと思ってるよ! 悪い? 文句ある!?」
「えっも、文句はねえけど……」

そして、半ばやけくそに好きだという事を、勢い任せにハッキリと伝えた。

「いやその……俺も……」
「何?」
「俺も……実を言うとリムの事が好きだ。もちろん女としてな……だからその……うわっ!?」

そして、ノフィの返事は……自分も私の事が好きだという事だった。
それを聞いた瞬間、私はノフィに飛び付いた。

「ちょっ何を……んんっ!?」

そして……半ば強引に、ノフィの唇を奪った。
少しかさかさしているノフィの唇に、私の唇を強く押し付けてやった。

「ぷは……今日はキスだけで勘弁してあげる! とっとと元気になって今度はデートに連れてってよね!」
「あ、ああ……」
「それじゃあ家族の人達呼んでくるから! 恋人になった事もその時に言ってもらうからね!!」
「え、ああ、うん……」

そして、その勢いのまま私は病室を飛びだした。

「ああもう……勢い任せに私は何してるんだろう……恥ずかしい……へへ……」

かなりの恥ずかしさと、それ以上の嬉しさを胸に、私はノフィの家へと駆けて行ったのであった。



これが、初めて迎えた発情期と、近い将来夫となるノフィと恋人になった時のお話であった。





「……」
「ほっほっほ。アツアツなキスじゃのう」
「うげっ!? もしかして見てたのですか?」
「あれだけ大声出しておったら誰だって様子を見に行くと思うがの」
「ま、まあ……恥ずかしいな……」
「そう恥ずかしがらんでもええ。わけあって今リムちゃんは自分のベッドを使っておらんし、どうせなら今日リムちゃんと一緒に寝るかい?」
「い、いやいや、それはちょっと流石に早いですよ!」
「おや? ただの添い寝のお話なんじゃがの?」
「うぐ……か、からかわないでください!」
「ほっほっほ……でもそうじゃのう。わりと多くの人が寛容になっておると言っても、魔物であるリムちゃんがこの村で子供を作るのはちと風当たりが悪いからのう……どうにかしてやりたいんじゃが、なかなか難しいからの」
「はい……ですからリムとは健全なお付き合いをしていこうかと。発情期は……寂しいけどできるだけ合わないようにします」
「ううむ……私としてはそれは寂しいと思うんだがのぉ……」



ただ、ノフィと交わるのは、もう少し成長してからであった。
14/07/21 20:58更新 / マイクロミー
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■作者メッセージ
お久しぶりです。その分ボリュームは大目になっております。
いつも通りとか言わないで下さいw

今回は発情期のお話、そしてノフィとくっついたお話でした。
本番は次回までのお楽しみという事で、今回は自慰どまりです。日付的にも丁度いいですしねw
物語もいよいよ最後に向かってきましたので、ちらほらとお婆ちゃんについても言及しましたが……まあ、最終話(6話予定)には明かす予定です。

次回は……17歳になり、変わらず医者を目指すリム。ちょっと様子がおかしい村を一時的に離れるリムに、ノフィが取った行動とは…の予定。

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