連載小説
[TOP][目次]
1泊目 『ようこそ、豆狸へ』
「ね〜、そろそろ行き先教えてよ〜?」
「えー? 着いてからのお楽しみって言ったじゃなーい?」
「それはそうだけど〜…気になって仕方ないよ〜」
「うーん、どうしようかなー?」

2人組の女が市街地の一角を歩きながら姦しく会話している。
仲の良い友達同士、遠方から旅行にでも来たのだろう。

「まぁ遅かれ早かれわかることだし…わかったわ、教えてあげる」
「やった〜♪ それでそれで? どんなところなの?」
「もう、慌てないの!」
「あぅ」

片方の女が相方の鼻頭を指先で軽く小突く。

「これから行くところはね……『東方旅館』よ!」
「トー、ホー?」
「そ。東方ってジパングのことを指すんだけど、私達一般ピーポーじゃ行く時間もお金もないでしょ?」
「う、うん。ジパングって、行くだけでも年収分のお金が必要だって聞いたことある」
「そうね。だからそんな私達のために、近場でジパングに行ったような気分を味わわせてくれる…それが『東方旅館』なのよ。わざわざ高いお金払って現地へ行くよりも、よっぽどリーズナブルだと思わない?」
「言われてみればそうだね〜! もしかして、温泉なんかもあったりするのかな〜?」
「当たり前じゃない! むしろそっちがメインと言っても過言じゃないわ!」
「うわ〜! 凄く楽しみになってきた〜♪ こんな素敵なサプライズを用意してくれてたなんて〜、さすがだね〜♪」
「ふふん♪ 私にかかれば、ざっとこんなもんよ!」

自慢げに話す女と羨望の眼差しを向ける女。
アンバランスに見えて、実はかなり相性の良い2人組だ。

「でもね…ちょっと気になる話を聞いたの」
「気になる話〜?」
「うん。ただの噂なんだけど、実はその旅館で……何度か強姦事件があったみたいなの」
「ぇえ〜!?」

悲鳴とも取れる女の声に、町の住人が一斉に視線を向ける。

「こ、こら! 大声出さないの!」
「ご、ごめん……」
「噂には続きがあるの。旅館は『来る者拒まず』をモットーに経営してるものだから、私達みたいな旅行者以外にも、冒険者やならず者……果ては犯罪者なんかも泊まりにくるらしいのよ」
「な、なんか、怖くなってきたかも……」
「確かにね。でも、事件は全て『未遂』で終わってるの。この意味、わかる?」
「え? え〜っと〜……」

うんうんと頭を捻る女。

「……わかんな〜い」
「本当に考えたの?」

やれやれと肩をすくめる相方。

「はぁ…まぁ本当かどうかはわからないけど、事件は全て、旅館で働く『仲居さん』達が解決しちゃったらしいのよ」
「な、仲居さんが〜?」



※仲居(なかい)は、現在では旅館や料亭などで給仕や接待をする女性の職業を指す。

古くは中居と記されて、公家や門跡の邸宅で主人の側で奉仕する人の控室を指し、後に料理の配膳室や家政・経理部門及びその職員の意味でも使われた。
宮中では御末とも称した。

上代においては上女中と下女との中間の、小間使の女を意味した。
転じて遊女屋・料理屋、旅館などで、客に応接しその用を弁ずる女性の接待業を意味する。

多くの場合住み込みで、長時間労働である。収入はチップによる歩合を取ることもある。

江戸時代に旅籠や宿場において設置されることがあった公娼である飯盛女とは全く異なる職業である。

近年では、男性の仲居がいる場合もある。                                    by バフォペディア



「彼女達が有能なのか、それとも恐ろしく強いのか…どちらにしろ頼もしい限りよね」
「そうだね〜。それなら安心して過ごせるね〜♪」

女達の楽しげな会話が続く。
そして、

「……見て! アレが旅館じゃない?」
「え〜? どこどこ〜?」
「ほら、あそこよ!」

女の指差す方向には、見事なまでに『和』を表現した、横に長い大きな神社のようにも見える建物があった。
しかし和といっても古臭くはなく、どこかモダンな雰囲気さえ感じられる。
質素だが上品、まさに今風の旅館と言える素晴らしい外観だ。

「うわ〜……」
「す、すごい……」

想像以上に立派な旅館に呆気にとられる2人。
そんな2人を出迎えるのは、

「「「「「いらっしゃいませ〜」」」」」
「「!?」」

この葉が刺繍された桃色の和服に身を包んだ十数人の仲居達。
しかも皆揃いも揃って美人ばかりだ。

「「………」」

2人は言葉を失う。
ここは……極楽か何かなのか?

「ご予約のーーー様ですね〜」
「長旅でお疲れでしょう?」
「荷物をお持ち致します〜」
「どうぞこちらへ〜。お部屋へご案内致します〜」
「「………」」

あれよあれよという間に旅館内部へと誘われる。
玄関をくぐると、床一面に敷かれた高級羊毛マットが、長旅で疲れた2人の足を優しく労わる。

「……なんだか〜凄いところに来ちゃったね〜?」
「私も話には聞いていたけど、まさかここまでとは……え?」

今だ地に足の着かない2人の方へ、旅館の奥から小柄な女性がゆっくりと近づいてきた。

「どうしたの〜?」
「あ、あの人……」

女性は2人の目の前で立ち止まり、懇切丁寧に深々とお辞儀をする。

「ようこそーお越しくださいましたっすー。うちはー当旅館『豆狸』の総括兼女将を務めておりますー、『ホノカ』という者っすー。以後お見知り置きをー」
「「……ご丁寧に、どうも」」

近くで見てようやく女性の正体がわかった。
そもそも彼女の外見は、女性というよりは少女といった方がしっくりくる。
しかしそれよりも気になるのは……

「あの…女将さん?」
「どうかしましたっすかー?」
「いえ、その……『耳と尻尾』は…本物なんですか?」

そう、ホノカと名乗る女将の頭には…丸っとした耳。
そしてお尻からはモフモフと手触りの良さそうな尻尾が生えていた。

「もちろん本物っすよー。気になるようでしたらー触ってみるっすかー?」
「い、いえ! 結構です!」
「はわー、そっすかー? 自慢の尻尾なんすけどねー」
「「………」」

彼女は……『形部狸』、そのものだった。












「クロード様、新規のお客様がお見えになられました」
「おう」
「ご挨拶に行かれなくてもよろしいのですか?」
「挨拶もなにも、どうせ俺が世話係やらされんだから、わざわざ顔出す必要ないだろ? それに俺は今、この馬鹿デカい露天風呂の清掃中。挨拶に行ってる暇なんてないっつーの」
「なるほど、正論です。マリアは論破されてしまいました」
「………」

汗だくになりながら浴漕の底をブラシで根気強く擦るガタイの良い大男。
そんな男のすぐ傍で、手伝いもせずのんびりと近況報告をするリビングドールの少女。
……鬱陶しい以前に、マジで手伝ってほしい。

「なぁマリア」
「はい、なんでしょうか?」
「俺の近くでのんびりしてるぐらいなら、他の仲居達のサポートにでも回ってやれよ? お前がいないおかげでヒィヒィ言ってるんじゃないか?」
「それはできません。『クロさんの仕事っぷりを観察してーうちに報告するっすーノ』と、ホノカ様から仰せつかっておりますので」
「あんのクソ狸……」

この忙しい時に余計なことを……!

「マリア。俺、豆狸(旅館)へ来てどれくらい経つ?」
「ちょうど半年程ではないでしょうか」
「そうだよな。で、うちの『女将』はまだ俺の仕事内容に不満があると?」
「残念ですが、その質問にはお答えしかねます。ホノカ様から直接お聴きになられては?」
「……いい。もうなんかめんどくせぇ」
「左様ですか」

傭兵稼業から足を洗って半年、俺はこの旅館で仲居として働いている。
タダ働き同然の超重労働を強いられている…が、住み込み可能で三食飯付きというのだからありがたい。
給金は一切出ないが、この千載一遇のチャンスを逃さない手はない。

「クロード様、手が止まっています」
「うっせ」

ご覧の通り人形の姿をした悪魔や狸の女将から『心無いイジメ』を受けることも多々あるが、傭兵時代に命懸けで戦ってきたことを考えれば、これくらいどうということはない。
むしろ笑って許せるレベルだ。

「クロード様」
「なんだ?」

実は1度だけ、俺はあまりの忙しさに『脱走』したことがある(数分でホノカに確保された)。
仲居という仕事をなめていたのだ。
まぁ、今となってはただのネタ話でしかないが。

「露天風呂の解放時間が迫っております。お急ぎください」
「だったらお前も手伝え!」



色々言ったが、なんだかんだで今の生活は気に入っている。
もうしばらくは、あの狸にコキ使われてやってもいいか―――――





〜旅館・施設紹介〜

『露天風呂』

100%天然温泉
滋養、強壮、生殖能力増大、勃起倍増・勃起不全解消などの効果あり
時間帯により男女の使用制限がかかる
混浴可能な時間もあるが、その際タオルの持ち込みは禁止

宿泊中のお客様は基本料金無料(瓶入りホルタウ産ミルクは別途料金発生)
13/06/15 14:53更新 / HERO
戻る 次へ

■作者メッセージ
旅館で日々奮闘する元傭兵のクロードさん
そんな彼をイイ感じにコキ使う女将のホノカ

2人の今後の運命や如何に……

みたいな感じで、ほのぼのと話を展開させていく予定です
例によって更新遅くなるかもですのでご了承くださいノ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33